第六話 男らしくで行こう!
アーガマの食堂はあいも変わらず盛況していた。
その理由として、食べている人間が個性派ぞろいというのは大きいだろう。
・・・そんな中で。
「はあ・・・」
祐一はカレーを口に運びつつ、その合間に溜息を吐いていた。
それを真向かいから直視していた名雪は食事の手を止めて、呟いた。
「祐一・・・」
「ん?なんだ、名雪?」
別に気を抜いているというわけでもないし、話が耳に入らないというわけでもない。
ただやはり、その姿には覇気がなかった。
「私、元気ない祐一は、見たくないよ・・・」
「んなことはないって。ほれ、こんなにも」
と、力瘤を作っては見せるが、そんな事で誤魔化せるほど名雪との絆は薄くはなかった。
「ねえ、祐一・・・もう戦うのやめたら?」
「・・・何言ってんだよ。んなことできるわけないだろ?」
「祐一は戦うには優し過ぎるよ。だから・・・」
「できないって言ってるだろ!」
その祐一の張り上げた声に食堂にいた皆の視線が集まった。
「う・・・悪い。なんでもないんだ」
視線の主達に頭を下げてから祐一はもう一度名雪に向き直った。
「・・・大声を出したのは悪かったよ。
でもな名雪・・・俺には、戦いを止めるなんてこと許されてないんだ」
「・・・・・あゆちゃんの、ため?」
「違うな」
祐一は呟いて席を立った。
「俺のためだ」
その言葉を置き去りにして、祐一は食堂を後にした。
祐一は嫌悪していた。
・・・自分自身を。
復讐のために戦う事を決意していながら、甘さが抜け切らない自分自身を。
だからといってその甘さを完全に消してしまえば、それは黒いヒュッケバインのパイロットと同じだ。
なら、一体どうすればいいのだろうか・・・?
「祐一」
「ん」
後ろから声をかけられて、祐一は振り返った。
そこにはアムロ・レイが立っていた。
「アムロ大尉・・・何か、ご用ですか?」
「食堂で君の様子がおかしかったから気にかかってね。名雪君にも頼まれたし」
「・・・名雪が・・・・」
「どうしたのか、できれば話してくれないか?」
祐一は暫し考え込んだが、自分一人では答えが出ないことなどとうの昔に分かっていた。
であれば、伝説のパイロット、アムロ・レイに話だけでも聞いてもらうのも悪くはないように思えた。
「その・・・こんな事を言うのは失礼だとは分かってはいますが・・・」
「ああ、別に構わないよ」
アムロの肯定の言葉を受けて、祐一は意をを決した。
「・・・アムロ大尉は戦争で親しい誰かを失った事はありますか?」
「・・・戦争だからな・・・誰一人死ぬ事のない部隊というのは奇跡だろう。
ロンドベル隊になってからはいないが・・・一年戦争当時はな・・・・」
「すみません・・・」
「気にすることはないさ。それで?」
アムロ大尉は表情を緩めて、先を促した。
「・・・これは、名雪たちには話さないで欲しいんですが・・・・俺は三年前の戦争に巻き込まれて・・・死んでしまった奴の仇が取りたくてパイロットになったんです。
でも・・・昨日の戦闘で・・・・俺は躊躇いを持ってしまいました。人を殺すということに。
復讐の事を抜きにしても・・・ここが戦場である以上、俺は迷っちゃいけないはずなのに・・・」
「・・・・・」
「親しい人間を殺した相手を憎む事・・・それが正しいとは思いませんが・・・・間違っているとも俺には思えないんです。
・・・そう思っている限り、俺は止まれない。
でも、何処かで止まってしまう・・・一体、どうすればいいのか・・・・分からないんですよ」
「・・・・・なるほど、名雪君の言うとおりだな」
話を一通り聞いたアムロ大尉はそんな事を呟いた。
「・・・はい?」
「君は優し過ぎると彼女は言っていた。その言葉通りだと納得した」
「あの・・・」
答えてもらえないのだろうか、と俺は思った。
アムロさんは、俺の考えを知ってか知らずかこんな事を言った。
「なあ、祐一。君がパイロットになった理由は復讐のためだけか?」
「・・・え?」
「俺は殆ど成り行きでパイロットになったが、その成り行きにもそれなりに理由はあった。
それは多分、人間として当たり前の気持ちが重なり合っての事だったと、今になって思う。
君だって、ただ復讐のためだけにパイロットになったわけじゃない・・・俺はそんな気がするんだが違うのか?」
そのアムロ大尉の疑問は、俺の中の何かを刺し貫いたような気がした。
俺がそれに対し、何か・・・なんでもいいから何かを形にしようとしたときだった。
『まもなくサセボに到着します。到着準備をしてください。繰り返します・・・』
「・・・さて。話は途中だが、俺の言える事は言ったと思う。後は君次第だ。それじゃ、また後でな」
アムロ大尉はそう言い残すと止める間も無く、その場を立ち去っていった。
「・・・・・・・・俺は」
それがはっきりと形にならないまま、俺はふらふらと歩き出した・・・
「それでは、私とクワトロ大尉はネルガル重工のドックに行って来る。その間に相沢たちは買出しを頼む。いいな?」
「了解しました」
「任せておいて下さい」
「了解っす」
ロンドベル旗艦・アーガマ艦長のブライト・ノアの言葉に、俺たちはそれぞれに言葉を返した。
ブライトさんはそれを不安げな面持ちで眺めてから、クワトロを伴って車に乗って、格納庫から走り去っていった。
「さて、俺達も行くか」
「ええ。しかし、あたし達パイロットが買出しに行かなきゃいけないとはね」
やれやれと言わんばかりに、香里は呟いた。
「仕方ないだろ、美坂。ここは人手がいくらあっても足りないんだから。
それに、そのついでに俺達も好きなものを調達できるじゃないか」
「はい。艦内のアイスは種類が少ないですから私もここで買いだめしておきたいです」
「私、イチゴジャム〜」
「・・・・・お前らなあ・・・・・」
勝手放題言っている北川たちに俺は思わず呆れ声を上げてしまった。
・・・実を言えば、それは北川たちでけではなく、買い物にいけないからと俺に必要品(その実大して必要でもない)リストを渡した兜さん達にも言えるのだが。
だが、それを見ていると少しは悩み事も軽減される。
「まあ、いいけどな・・・しかし・・・・」
それならそれで別の悩み事が出てきてしまうあたり、俺は苦労性なのかもな・・・
「どうしたんです、祐一さん」
「いや、気になる事があってな。昨日の奴ら・・・自分達は囮だって言ってたのに、その後サセボに他の部隊が来たような様子もないらしいから・・・・」
「そうね、気になるわね」
「機を窺ってるとかなんじゃないのか?」
「理由がないわね。艦を無傷で手に入れたいのなら交渉か奇襲。
そのどちらにしてもあたしたちが来るのがわかっている以上その到着以前にやっておくべきなのにまだ動きを見せていないのは、腑に落ちないわ」
「う〜ん、遅刻?」
「・・・水瀬、遅刻って何だよ」
「言ってみただけ」
「まあ、遅刻はないにしても、何らかの理由で動きが遅れている可能性もあるな」
「いずれにしてもこれ以上ここで考えていても仕方ない気もします」
「・・・栞、あんたはただアイスが早く買いたいだけでしょ」
「ち、違うよ、お姉ちゃん」
「ははは、でも確かに油売ってる時間もないよな。これに関しては保留しとこうぜ、相沢」
「・・・・・・・そうだな。んじゃ、行くか」
俺の言葉でその場は締めて、俺たちはブライトさんたちが乗っていったものよりも幾分大きな車両に乗って、アーガマを飛び出していった。
「それはどういう事ですか?」
ブライトは落ち着いた口調でそう言った。
それに対し、ネルガル重工の社員と思われる眼鏡をかけた中年の男が答えた。
その表情は穏やかなのだが、底が知れない部分があった。
「いや、ですから申し上げたとおりなのです。
このドックにはネルガル重工の関係者以外は立ち入り禁止となっております、はい。
あの高名なロンドベル隊の方とは言え、例外にはなり得ないのです」
「どうにかなりませんか。ここも一応軍の施設のはずです」
「そうはいわれましても・・・一応レンタル料を払っておりますので。
私の一存ではなんとも・・・後日、アポを取って出直していただけないかと」
「今回もちゃんとアポは取っていたのにですか?」
「こちらにも都合というものがありまして、ハイ。非情に心苦しくはあるのですが・・・・・」
「・・・わかりました」
それまで黙っていたクワトロが答えた。
思わずその顔を覗き込んだブライトだったが、やがてやむなく同意し、ドック前から去って行った。
「・・・どういうことです、大尉」
そこから少し離れた街中を走り抜けながら、ブライトは問い掛けた。
「あそこでいくら粘っても何らかの理由を盾にされて入ることはできなかった。
おそらく、もう発進が間近なのだろう」
「交渉の余地すらないとは・・・ネルガル重工は何を考えているんだ・・・」
「その新造戦艦でしかなせない・・・いや、なさなければならない事項があるとみるべきか・・・・
ともかく、今は彼らが発進した時に対応できるようにアーガマに帰還しておくべきだろう」
そう判断して、彼らはその車の行先をアーガマに向けた。
その頃。祐一たちは。
「・・・たくさん買ったな」
「そうだな、相沢」
自分達の横に置かれた荷物を眺めて、俺達は呟いた。
喧騒に包まれた食堂に俺達はいた。
少し早めの夕食を取るために、である。
「でも祐一さんも、北川さんもすごいです。こんなにたくさんの荷物を持つ事ができるなんて」
「ははは、当然だって」
「それだけがとりえだものね」
栞の言葉に照れる北川に、香里が容赦ない一言を浴びせ掛けた。
香里に惚れてると思われる北川は一瞬で真っ白になった。
・・・哀れな。
「それはそうといただきましょうか」
真っ白になった北川を放って置いて、香里をはじめとする皆が目の前に並んでいる定食に手をつけようとしたときだった。
飛行機が近く飛ぶ音が響いた。
その数は・・・複数。
「なんだ?」
「なんだろうね」
「あれはな、木星蜥蜴とサセボに駐留している連邦軍がやりあってる音さ」
この店の親父さんが、北川の追加注文を置きながら言った。
「そうなの?なら私達も行かないと・・・」
「あんたら若いのに軍人か?」
「まあ、一応」
「そうか。だが行く必要はないぞ」
何故、と問う間も無かった。
「あ、またやられたぞ、連邦の奴ら」という野次馬の声が聞こえたからだ。
とは言え、まだ連邦軍は粘っているのか戦闘音が微かに響いた。
「大丈夫なんですか?」
「ああ、もう日常だからな。蜥蜴の奴らもこの辺では軍の施設しか狙わないし、なんか知らんがある程度戦闘したらどっかに帰ってくし・・・今はゆっくりと飯を食っていてくれ」
放っては置けない気もしたが・・・おそらく今からでは間に合わない。
ここの人たちからの話し振りだと、そう長い時間の事ではないようだし・・・
(・・・仕方ないか)
俺が了解と答えようとしたときだった。
「おい、なんか店の奥にいる奴様子がおかしいぞ」
いつの間に復活したのか、北川が店の奥に視線を向けて言った。
他の客達も本当に日常茶飯事らしく、外に様子を見に行っていた客もこっちのほうが面白そうだとその様子を眺めていた。
北川の言葉通り、店の奥で料理をしている青年がいるのだが、どうにも挙動が怪しい。
というか、震えているように見えるのだが・・・・・
爆撃音はこんなにも遠いのに。
何か、トラウマでもあるのだろうか。
「う、う、う、ううああああああああっ」
青年は声を上げて恐怖を露にする・・・が次の瞬間。
「あ、火消さないと」
『だあああああっ!!』
あっさり平静になってガスコンロの火を落としたので、それに注目していた店中の人間がずっこけた。
騒動が収まった後、食事をとり終えた俺達は荷物を持って(いるのは俺と北川だけだが)店を出た。
「なんだったんだろうね、あの人」
「さあな・・・でも、震えている時のあいつは、本当に怖がってた」
「・・・あの人も、戦争でひどい目に合ったんでしょうね」
悲しげに眼を伏せて、栞が呟いた。
そんな話をしながら俺達がその店の裏を曲がった時だった。
「うおっ!」
「うわっ!」
荷物を抱えて前方不注意の俺はいきなり出てきた人影にぶつかってしまった。
荷物の一部が地面に落ちる。
「あ、ごめんっ」
俺にぶつかった青年が謝りながら落ちた荷物を拾い上げた・・・って、その顔は。
「さっきの、店にいた人」
「はい?」
名雪の呟きに青年は首を傾げた。
「ほんと、悪かった」
「いやいいって」
青年と俺達は行先が同じ方向にあるらしく、図らずも一緒に歩いていた。
「それにしても、どうしたのその大荷物」
「え?あ、これ?」
香里の指摘に、青年は苦笑した。
自転車を手で押す青年の背中にはリュックがあって、それはパンパンに詰まって、それでも足りないといわんばかりに料理道具のお玉が隙間から顔をリョキッと覗かせていた。
「店、くびになっちゃって」
「え?どうして・・・・・?」
さっきと同じ様に悲しそうな表情を浮かべる栞に微かに笑いかけて青年は答えた。
「さっき、店の中で震えてただろ、俺。
あれ、はじめてじゃなくてさ。親父さんはずっと我慢してくれてたけど・・・もう、無理だって」
「・・・聞いていいか?」
「?」
「何であんなに怖がってたんだ?」
その質問に、青年は少し表情を暗くした。
「・・・俺、火星出身なんだ。
少し前にあった会戦の時・・・木星蜥蜴に襲われて・・・・誰一人助けられなくて・・・気がついたら地球にいたんだ」
青年の拳が、ぐっと握られる。
やり場の無い、拳。
俺には、その気持ちが痛いくらいわかった。
あの日、あゆを目の前で失った俺には。
「逃げ出して、逃げ出して、それでも震え続けて・・・情けないのはわかってるのに・・・身体が、勝手に・・・・・!」
「・・・わかった、わかったよ。すまなかった、変な事聞いて」
「・・・・・」
そんな俺達の横を、荷物満載の車が走り抜けていく。
なんだか荷物落としそうな感じだと思ったら・・・案の定、荷物がトランクの中から落ちて地面に散らばった。
「あ〜あ」
「なんか、今日は荷物が落ちるのをよく見るなー」
名雪達は顔を見合わせてその荷物を拾いにかかった。
俺と北川も自分達の荷物を置いてそれを手伝う。
・・・放っておけばいいなのに、できないあたりが悲しい。
車に乗っていた人も停車して降りてきた。
「あ、どうもありがとうございます」
そう言って笑いかけながら、その女性も荷物を拾いにかかった。
もう一人同乗していた気弱そうな男も一緒になって拾ったので、割合すぐに終わった。
「お手数をおかけしました」
「いいえ〜」
女性の言葉に名雪が答える。
しかし、その女性と青年の格好は・・・
「あんたら、軍人か?」
俺は、いつもの癖とも言うべき好奇心でつい尋ねてしまっていた。
その問に女性は可笑しそうに笑った。
「いいえ、違います。私達、会社員なんですよ。ねえ、ジュン君」
「まあ、一応そうなんだけど・・・」
「そんな服着る会社なんてあるのか?」
と呟いたのは定食屋の青年。
しかし、それはごもっともな意見だ。
「ええ、それがあるんですよ。・・・?」
「な、なんだよ」
会社員と名乗る女性は小首を傾げて、青年の顔を覗き込んだ。
青年は赤くなって僅かに顔を背けた。
「・・・何処かでお会いしませんでした?」
「し、知るかよ」
「ふーん・・・ま、いいか。なにはともあれ、ご協力、感謝します」
女性はびしっと敬礼をして、再び車に乗るとあっという間に走り去っていった。
「ふう・・・って。あれ?」
「どうかしました?」
「いや、まだなんか落ちてたから」
青年の言葉通り、拾い損ねていたのか地面に何かが落ちていた。
青年は何気無い様子でそれを拾い上げる・・・と、その表情が驚きのものに変わる。
「・・・これは・・・・俺じゃないか・・・?じゃあ、あいつは・・・・まさか・・・」
「おい?」
ブツブツ呟いていた青年は俺達の存在など忘れた様子で自転車に跨ると、さっきの車の走り去った方向へ、全力でこぎ出した。
その背中はあっという間に遠ざかりやがて見えなくなった。
「なんだ?どうしたんだ、あいつ」
「あれ、写真みたいだったけど・・・知り合いだったのかしら」
香里が顎に手を当てて推測していた、その時。
ピピピッ!ピピピッ!
俺の懐に入れていた通信機がけたたましい音を鳴らした。
何処にいてもすぐわかるように音量を大きくしていた事が、今は悔やまれた。
「・・・はい、相沢です」
『祐一か。アムロだ』
アムロ大尉は緊急事態の時のためにアーガマに残っていた。
そのアムロさんからの連絡という事は・・・・・
『敵襲だ。急いで帰還してくれ』
「了解。それはそうと、昼間にも敵襲ありましたけど・・・その時は何で連絡しなかったんです?」
それがあればここの連邦軍の手助けができたはずなのに・・・
その俺の疑問に、少し間を置いてからアムロ大尉は答えた。
『俺は出撃しようとしたんだが・・・ここの軍に止められてしまってな。
その対応をしているうちに戦闘は終わっていた』
「・・・なんで、なのかな」
「ここの軍にはここの軍の面子があるのよ。それが例えどんなに馬鹿げててもそれを重要視する人もいるんでしょうね。あたしには理解できないけど」
香里の言葉に、俺は内心で同意した。
そんな面子よりも何よりも命のほうが大事だ。
何故そんな当たり前のことがわからないのだろうか。
『だが、今回は規模が違いすぎる。例え何を言われようと放っておくわけにはいかない』
「・・・わかりました。俺達の機体の準備お願いします」
『ああ、わかった』
「それでは」
通信機を切ると、俺達は車の置いてある場所に向かって一目散に走り出した・・・
地下・・・海底にあるネルガル重工サセボドック。
まあ、厳密に言えば軍のドックを借りているのだが、最早そう呼んだ方が相応しいのでそう呼称しておこう。
それはともかくとして。
そこにそれはあった。
ネルガル重工が総力をあげて作った、新造戦艦。
機動戦艦ナデシコ。
敵の襲来に警報が鳴り響く、その艦のブリッジには実に多彩な人々がいた。
・・・いや、本当に多彩な。
「え?なんなの、これ?避難訓練?」
その綺麗な声の主は、メグミ・レイナード。
元声優の、ナデシコの通信士。
「違います。敵襲です」
その声に冷静に答えたのはこの場にいるのがそぐわないような白い肌の少女・・・ホシノ・ルリ。
ナデシコのオペレーターを務める、11歳の少女だ。
その手には、それを証するようにナノマシンの紋様が浮かび上がっていた。
「ちょっと、敵襲なのよっ?!のんびりしてないで早くなんとかしなさい!
だからアタシは民間人に軍艦を任せるなんて嫌だったのよ!」
言葉だけ聞くと女性のようだが、その濁声で男だとすぐにわかる彼はムネタケ・サダアキ。
軍の見張り役にして、このナデシコの副提督である。
「民間人とは言え、彼らは各分野のエキスパートです。その資質は軍人に勝るとも劣りません」
むっつりとそう言ったのはがっちりした体格の大柄な男、ゴート・ホーリー。
細かな部署は無いがこのナデシコのお目付け役とも言うべき、見たままの頼れる男である。
「なら早く敵をやっつけてしまいなさい!」
「無理ですな」
イラついているムネタケの言葉をあっさりと受け流したのは、ブライトたちと話していた中年の男・・・プロスペクター。
この一癖も二癖もありそうな連中をスカウトしたのは彼だったりする。
「な、何が無理だって言うのよ」
「マスターキーが無いんですな、これが」
「マスターキー?」
「マスターキー・・・艦の不法占拠を防ぐためのセキュリティシステムです。
これが無いとナデシコは生活環境などの最低限を除いてシステムダウンとなります。
それを持っているのは、ナデシコの艦長のみです」
淡々と説明するルリの言葉など耳に入らないのか、ムネタケは頭をかきむしった。
しかし、彼の焦燥は当たり前だった。
このままではナデシコは出撃することなく、ここで生き埋めになるかもしれないのだから。
ブリッジが重い空気に包まれようとしていたその時だった。
「お待たせしましたっ!」
その果てしなく脳天気な声とともにブリッジに入ってきた人物。
それは祐一たちと遭遇していた、あの”会社員”の女性。
それは、間違いではない。
この機動戦艦ナデシコはネルガル重工のモノで、その艦内に所属するものは社員扱いとなっているのだから。
「私が艦長のミスマル・ユリカで〜す。ぶいっ」
彼女は、この機動戦艦ナデシコの艦長は長い髪を揺らしながらVサインをかました。
「ゲシュペンスト・α、相沢祐一出るっ!!」
その声とともに、俺は海上に停泊したアーガマから出撃した。
今回は市街地から遠いため、全機出撃できる。
俺が地上に降り立つと他の面子はすでに勢ぞろいして戦闘準備を整いていた。
「それにしても数が多いな。あれはなんて敵なんだ?」
光武・改に乗る大神が誰にとも無く問い掛けた。
その大神の言葉通り、地上に、空中にまさしく数え切れないほどの敵・・・昆虫型のロボットが動き回っていた。
「木星蜥蜴ってデータにはありますよ」
名雪はのんびりとそう告げた。
木星蜥蜴。
木星方面からやってくるためそう呼ばれている謎の敵。
今はそれだけしかわからない。
だから今はそんな足らないデータを見ている時じゃない。
戦う、時だ。
「敵さん、こっちを認識したみたいだぜ」
兜さんの言葉通り、敵がこちらに大挙して襲い掛かってくる。
「さて、行きますか」
操縦桿を力強く握り締めて、俺は舞い上がった。
それを握る手に躊躇いは無かった。
「地上でロンドベル隊が部隊を展開、交戦を開始しました」
ルリは送られて来るデータを読んで静かに告げた。
「ロンドベル隊って?」
「連邦最強の部隊ですよ。いやいや、さすがに対応が早い」
「だが、数が多すぎる。いくら彼らでもジリ貧は避けられまい」
「だから出撃しろっていってるのよ!」
「でも、このまま出撃したら上で木星蜥蜴にたこ殴りされるんじゃない?」
そう言ったのは、ナデシコの操舵士を務めるハルカ・ミナト。
そのミナトの言葉にムネタケは表情を引きつらせた。
「ロンドベル隊がいるじゃないのよ」
「ロンドベル隊とこの艦の上方ハッチの位置は離れています。
ですから、援護してもらうには少し無理があります」
「だったらナデシコの主砲を上に向けて発射なさい」
「ロンドベル隊を巻き込む事になるじゃない」
「た、戦いには犠牲がつきものなのよ」
「それって非人道的だと思います」
「撃つのはともかく、あとで賠償問題にならないですかな」
「いっそのこと逃げたほうが・・・」
「降伏するのもいいかも」
皆好き勝手放題の中、一人の老人が静かに言った。
「・・・艦長はどう思うかね」
この老人はフクベ・ジン提督。
見た目は好々爺だが、その奥にある目は軍を退役しても鋭かった。
その言葉を受けてミスマル・ユリカは迷うことなく、答えた。
「はい、海底ゲートを抜けていったん海中へ。その後浮上して敵をグラビティ・ブラストで殲滅します」
そのあまりに的確な答に一瞬ブリッジは静かになった。
・・・が、この連中の気質なのかまたすぐに騒がしくなっってしまう。
「でも、敵もそうそう固まってくれないんじゃないの?」
「囮よ!囮を使ってナデシコの射界まで敵を誘導するのよ」
「ロンドベル隊に協力を要請しましょう。この辺一体の機体に通信を開く事はできるかな?」
「はい、問題ありません。・・・それと艦長」
「え、なになに?」
「囮ならすでにここから出ています」
「え?」
「ナデシコ艦載機、近接戦闘用人型ロボット・エステバリス1機。地上に向けてエレベーターで上昇中です」
「一体誰が?」
「モニターに出します」
そこに映し出された顔は・・・あの定食屋の青年だった。
「誰だ、彼は」
「彼は・・・コックですよ。私がスカウトしました」
「君、所属と名前は?」
老人の問い掛けにしどろもどろになりながら青年は答えた。
「え、とテンカワ・アキト、コックです」
「何で、コックがロボットに乗ってるのよ」
「その、俺はただユリカを追いかけてきただけで、働きたいけど戦争は嫌で、そのだから逃げようと・・・」
「あー!!何で俺のロボットに人が乗ってるんだ!?返せコラ!!」
混乱が続くブリッジにまたも乱入者。
ダイゴウジ・ガイ(本名山田二郎)・・・エステバリスの正式なパイロットなのだが・・・どうやら出遅れたらしい。
あとはもうしっちゃかめっちゃか。
皆好き放題に自分の意見を言うばかりで話に収拾がつきそうになかった・・・のだが。
「アキトッ!!!」
唐突に。
目をキラキラと輝かせてユリカが叫んだ。
その唐突さや声の大きさに、ブリッジが静まり返った。
「アキト・・・アキトでしょ?!ごめんね、さっきは気付かなかった・・・でもアキトだよね!」
「ユリカ?何で、お前そんなところに・・・そこブリッジじゃないのかよ」
そんな青年・・・アキトの疑問などユリカは意にも介さず、お構い無しに言葉を吐いた。
「私のピンチを助けにきてくれたんだ・・・やっぱりアキトは私の王子様!」
「だ、誰が王子様だ!!大体俺は今逃げてるんだっての」
「うん、わかってる。逃げる振りして囮になってくれてるんだよね」
「おい、人の話を聞いてるか?って、うわっ!?」
そんなやり取りの間にエレベータが地上に到達した。
人型の機体・・・エステバリス、その姿が地上に露となる。
しかし、エステバリスのメインカメラから映し出されるそこは見えるのは・・・木星蜥蜴で溢れる戦場だった。
「な、なんだよ、これっ?!」
「頑張って、アキト。私信じてるから」
「お、おい。俺はコックだし大体戦争なんかしないぞ。俺はただ、お前に聞きたい事が・・・」
「うん、ちゃんとわかってる。ナデシコと私達の命あなたに預けるから」
「勝手に預けるなっ!!」
そんなやり取りなど興味が無いらしく、木星蜥蜴は問答無用にエステバリスに襲い掛かった。
「うわあああっ!?」
操縦桿を握るアキトの手・・・ナノマシンの紋様が光り輝く。
このエステバリスは、IFS(イメージ・フィードバック・システム)を採用している機体である。
IFSとはナノマシン処理を行っているパイロットの思考を機体に直接反映させる事ができるというものである。
この操縦法はやろうと思えば赤ん坊でさえ機械を操れる。
しかし、その便利さの反面、自分の体にナノマシンを注入すると言う事から嫌悪感を抱くものも多いため、地球ではかなりマイナーだった。
ともかく、アキトは必死に逃げるイメージを想像した。
エステバリスはそれを忠実に再現し、木星蜥蜴から逃げまくる。
逃げる。
・・・そんな、アキトの脳裏に。
逃げる。
・・・火星での事が。
逃げる。
・・・誰も救えなかった記憶が。
逃げる。
・・・アイちゃんと名前を教えてくれた、小さな少女さえ。
逃げる。
・・・救えなかった記憶が。
逃げる・・・・・?
・・・『ナデシコと私達の命をあなたに預けるから』・・・ユリカの言葉が、走る。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう・・・っ!!」
アキトは咆えて、機体を反転させた。
エステバリスがパンチを繰り出す・・・と、その拳はマジンガーのロケットパンチのように飛んで、木星蜥蜴の一体を殴り飛ばすと、腕から伸びていたワイヤーを巻き取って、再び自身の腕に装填された。
「すげぇ・・・まるでゲキガンガーの武器みたいだ・・・」
ちなみにアキトの言うゲキガンガーとは、この時代より少し前に放送されていたロボットアニメのことである。
アキトは子供の頃それを再放送で見ていたのだが・・・
・・・ひょっとしたら、そのイメージが今の攻撃を成功させたのかも知れない。
だが、そんな事に気付く余裕はアキトにはなかった。
次から次に木星蜥蜴が襲い掛かる・・・!
「うわっ!おっ?!がっ!!」
奇跡的な回避を見せるアキトだったが、長続きするはずは無かった。
一機の木星蜥蜴がエステバリスの隙を狙って、覆い被さろうとする。
アキトは・・・対処し切れなかった。
「うわああっ!」
「させるかよっ!!」
アキトの頭上を光が一閃した。
その光は何度も放たれ、アキトの周囲の木星蜥蜴を駆逐した。
エステバリスがその光・・・銃撃を放たれたほうを見ると、そこには祐一のゲシュペンストがあった。
アキトにはその意志はなかったのだが、必死に逃げ惑ううちにロンドベル隊が展開している辺りに到達していたのである。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、ああなんとか・・・」
通信ウィンドウに映った顔に、祐一は驚きを隠せなかった。
「お前、一体なんでこんな所に・・・?」
「へ?あ、あんたは・・・いや、俺だって何でここにいるのか・・・・」
そこに、ユリカが乱入してきた。
「アキトは私を助けるために囮になってくれているんですよ。ねーアキト」
「・・・あんたもこんな所で何やってんだ・・・・」
「あーあなたさっきの。・・・えと、私は、ナデシコの艦長さんなんですよ。ぶい!」
「・・・・・はあ・・・」
世の中は奥が深い。
祐一はなんとなく、そんな事を思った。
「何はともあれ、ロンドベル隊の皆さんも協力お願いします」
「・・・協力?」
「はい、敵を二時方向の海まで連れて来ちゃって下さい。そのあとは海面から浮上したナデシコの主砲でバーンとやっつけちゃいますから」
「・・・それしかなさそうだな」
ぞろぞろと際限なく溢れかえる木星蜥蜴のデータを確認しながら、祐一は呟いた。
「そういうことらしいけど、皆聞いてたな?」
途中から通信回線をオープンしていたのでその会話は筒抜けだったはずだ。
「こちら大神及び帝国華撃団。了解した」
「MS隊下がるぞ!」
「グルンガスト、下がります」
「祐一も速く〜!」
「わかった。・・・あんたも大丈夫だな。行くぞっ」
「お、おうっ!!」
ロンドベル隊及び、エステバリスはお互いの距離を詰め、距離を詰めてくる最前の木星蜥蜴を迎撃しながら、海方面へと移動していった・・・・・
「艦長、エンジンの方、オーケーよ」
「注水も完了しました。ゲート開きます」
地上の戦局が動いている間ナデシコは何もしていないわけではなかった。
ナデシコのメインエンジンである相転移エンジンを起動させ、海中ゲートを開くために注水を進めていたのである。
ミナトとルリの言葉の後、皆の視線は自然にユリカに集中する。
その中で、凛々しくユリカは口を開いた。
「機動戦艦ナデシコ、発進!」
俺達ロンド・ベル隊と、アキトという名らしい青年の乗るエステバリスは海岸線ギリギリまで到達していた。
皆応戦しているが何せ数が多い。
・・・手詰まりになりかけたその時。
「みなさーん!お待たせしました!」
通信ウィンドウが開き、ナデシコ艦長の脳天気な声が俺達の耳に響いた。
「飛べない機体の方は海に飛んでください。飛べる方はデータ送りますんで、その射線上からパッパと逃げちゃってください」
「な?・・・って、目の前は海じゃないか」
状況がよく分かっていないらしく、アキトが呟いた。
「いいから、信じて飛べばいいんだよっ!」
アキトの乗る機体の背中をバンッと押してから、俺は”その攻撃”の射線から逃げた。
「うわ・・・っっと、おおっ!」
アキトはバランスを崩した拍子のまま、海へとジャンプした。
それに合わせたようなジャストタイミングで。
”その艦”は浮上した。
純白の、白いボディ。
両舷側から張り出したカッター状の何かが迫り出ている。
これが。
ネルガル重工が自らの技術の粋を集めて作ったという戦艦。
機動戦艦、ナデシコ・・・!
「目標、敵まとめてぜ〜んぶっ!」
アキトのエステバリス、空を飛べないために射線から逃れる事のできない機体がナデシコの戦隊に着地したのを確認した後、脳天気な艦長の命令が響いた。
次の瞬間。
黒い、空間を歪めるエネルギー状の何かがナデシコから発射された。
それは圧倒的な破壊を持って、木星蜥蜴の一段を完全に破壊、霧散させた・・・!
「木星蜥蜴・・・識別名、バッタ、ジョロ、チューリップとも残存ゼロ」
その小さな女の子の報告に、皆沸き返った。
「ふう・・・おい、アキト・・・だったか?」
その盛況に紛れる形で、俺はそいつとの通信回線を開いた。
そいつは戸惑いながらも、それに応じた。
「な、なんだよ」
「お前、逃げたいんだろ。今なら黙って逃がしてやるぜ」
「へ?」
「他の連中は俺がなんとかするぞ。どうだ?」
アキトは少し考え込んでから、告げた。
「いや、その・・・今は、いい。アイツに聞きたいこと、聞いてないし」
「・・・そうか」
俺は思わずフッと笑ってしまっていた。
・・・食堂で恐怖していた姿。
あれが脳裏にあったので柄にもなく心配していたがその必要は無かったようだ。
いや、そもそもにして。
本当に逃げたいのであれば、俺達が戦っているどさくさに紛れて、ここから脱出すればいいはずだ。
可能性としては決して高くはないが、心底から逃げたいならそうしている筈だ。
きっと、逃げられない理由があったんだろう。
守りたい”何か”があったのかもしれない。
・・・・・俺と同じ様に。
俺は。
確かに復讐のためにこの道を選んだ。
でも、それだけじゃ、なかった。
俺みたいな奴が増えるのは嫌だったから。
あゆを見殺しにしてしまった、弱い自分でありたくなかったから。
・・・まだはっきりとした答が出たわけじゃない。
でも、何かを掴んだような・・・そんな気が、した。
「・・・?」
「どうしたの、ルリちゃん」
「いえ、フォールド反応によく似た現象が」
「・・・フォールド反応?・・・・・・・まさかっ!?」
これと同じ現象を、俺は知っていた。
それは”アイツ”が現れた、あの時と・・・・・!
空間を震わせて。
俺の予想そのままの、その存在が姿を現した。
そう。
俺達の町を破壊した・・・・・黒い”ヒュッケバイン”・・・・・!!
「・・・機動戦艦、ナデシコ。これもまた、EOTの一つの形。ゆえに、破壊する」
ヒュッケバインのパイロットが淡々と告げた。
破壊という行為を、なんでもない・・・どうでもいい事のように。
それは・・・許されざる事だ。
復讐だとか、因縁だとか・・・そういうものを抜きにしても。
今、この時の相沢祐一にとって、許しておけない・・・!
「・・・やれるものなら・・・・」
「祐一・・・?」
俺は。
ロシュセイバーを抜き放ち。
「やってみろおおおおっ!!」
黒い”ヒュッケバイン”に全力で斬りかかっていった・・・・・!!
・・・・・続く。
次回予告。
祐一と”ヒュッケバイン”。
二人の激闘の果てに浮かび上がる事実。
それに戸惑う時間もなく訪れるモノ。
それは人の天敵と、懐かしき人々との再会だった。
スーパーロボット大戦コンチェルト第七話「クロス・オーバー」
乞うご期待はご自由に!
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