Kanon another1”snowdrop”第8話



〜彼らの休日、彼女らの見解・日常編・後編〜



「はあ・・・」

僕とあゆは相沢君の・・・いや、水瀬さんのお宅にお邪魔していた。
相沢君の引っ越しの手伝いの後、カステラをご馳走になるという流れになる・・・らしい。
少なくともあゆはそのつもりのようだ。

(なんで、僕はここにいる?)

荷物の入ったダンボール箱をいっぺんに運べるように積み上げながら自問自答してみる。

(嫉妬・・・なんだろうか?)
(それとも、あゆがここにいきたいと言ったからなのか?)

問は永久にループし、答は出そうになかった。

「この辺のは、みんな二階に運ぶんでしょ?」

それを振り払うように、僕は声を上げた。

「おお、頼むよ」

二階から顔を覗かせ、相沢君は言った。
あゆはというと、この荷物は重すぎて持てないらしく、運んだ荷物の整理をしているということなのだが・・・

「あはは〜おもしろいね、このマンガ」

・・・やってないし。
僕らが運んだ荷物は、殆ど未開封だった。

「・・・僕、ちょっとムカっときたよ」
「気が合うな、俺もだ」
「え?どうしたの?二人とも具合悪いの?」

はう・・・と僕らは同時にため息をついた。

「・・・自分の小さな胸に聞け・・・」

同感だ。
小さいは余計だし、失礼だが。

「うぐぅ、ひどいよぉぉ」
「相沢君・・・それはやっぱり言いすぎなんじゃ・・・」
「ああ、わかってるよ。冗談だ、許せ」
「なんで、そんなに偉そうなんだろ・・・」
「生まれつきだ」

やれやれ。
・・・だけど。
それを見ているうちにさっきまでの黒い気持ちは消え果てていた。

「いいコンビだね」

僕は、なんとなく、そう呟いていた。

その後はあゆも少しは反省したのか荷物整理に大いに貢献した。
その辺はさすがに女の子だった。
だが、逆にそれで困ることもあった。
途中、相沢君の男なら誰でも持つ本が見つかりそうになるという事態が発生したのである。
何とか誤魔化すのに成功したのだが、それで大いに時間を無駄にしてしまった。
・・・相沢君の弁解を手伝う自分が少し哀れだった。

とにもかくにも、ようやっと荷物の整理を終えたころにはおやつの時間とされる三時頃をとうに過ぎていた。

「草薙がいて助かったよ。サンキュな」

作業終了後、僕らは予定通り、リビングに集まり、おやつの時間を楽しもうとしていた。

「そう?役に立てたのなら、嬉しいよ」

例え、僕がここに来たのが嫉妬からだとしても、その言葉に嘘はない。
すると、僕の横の席に座るあゆが、少し不安げに尋ねた。

「・・・ボクは?」
「全然駄目だな。”役にたつ”の”役”の一角分すら、役にたってない」

鬼か、アンタは。
案の定、あゆは、

「うぐぅ、ひどいよ祐一君」
「もはや、お決まりになってないか、それ?」
「それは君の所為だと思うんだけど」

突っ込みを一応入れておく。

「そうだよねーさすが紫雲君」

・・・それはほめられているのだろうか?

「それはそうと水瀬さんは?」
「名雪なら、寝てる」
「・・・夜更かしでもしてたの?」

少しだけ僕はあらぬことを想像したが、あまりに失礼だと思ったので、即座にその思考は闇に葬り去った。

「いや。名雪は半日寝るのがべストな奴なんだ。ちなみに昨日は9時には寝てたぞ」

それでいつも遅刻ギリギリなのか。

「なるほど、いいことばかりではないということか」

なんとなく、僕はそう納得できた。
世の中のバランス・・・この場合、水瀬さんのような女の子と一つ屋根の下で暮らせるということと遅刻ダッシュによる身体の負荷・・・としては正しいのかもしれない、と。

「あら?何のお話ですか?」

と、そこに秋子さんが現れた。

その手に持つ大きなトレイの上には、コーヒーとカステラが三人分乗っているようだ。

「いえ、ちょっとしたことですよ」と言いつつ相沢君は秋子さんを手伝った。
僕とあゆも手伝おうとしたが、やんわりと断られてしまった。
一応お客様だから、だろう。

「草薙さんは砂糖とミルクはどうします?」

僕は少し考えてから「そのままで結構です」と答えた。
すると。

「うわぁ、紫雲君そのままで飲めるんだ」

あゆが感嘆の声を上げた。
予想通り、と内心で僕はほくそ笑んだ。
しかし、格好つけの代償はすぐに来た。
緊張のためか、コーヒーを口に含んだその瞬間、コーヒーの苦さにむせてしまったのである。

「ごほっ!・・・っ!!」

コーヒーを吹きだしかけた反動で、ベチャッ・・・とズボンにコーヒーをこぼしてしまった。

気まずい沈黙が辺りを支配する。
・・・それを破ったのは秋子さんだった。

「祐一さん、ズボンを貸してあげてください。あゆちゃんはそこの洗面台から、タオルを持ってきてくれるかしら」
「あ、はい」
「すぐとってくるよ」

二人は快く承諾し、その場を去った。

・・・慣れないことをするものではない。
僕は心の底からそれを実感した。
僕は自分の馬鹿さ加減がいやで、秋子さんの顔すら見れずに俯いた。

「・・・すみません」
「いいんですよ。・・・誰だって好きな人の前ではよく見せようと思うものですしね」
「え・・・?」

おそるおそる顔を上げると、全てを見透かしたかのような、それでいて全てを許すような暖かな微笑みが、そこには、あった。

「だけど、無理はいけませんよ。ありのままの自分が一番なんですから」

「・・・はい」

その言葉は、全身に行き渡る血のように、文字通り骨身に染みた。

今日の僕はまるで僕らしくなかった。

昨日決意したことを忘れてしまっていた。

”僕”になるという決意を。

「・・・・・以後、気をつけます」
「はい、頑張ってください。応援してますから」

その優しい微笑みが僕の顔を赤く染めたのは言うまでもなかった。

その後は、楽しい時間が無事復活した。 秋子さん手作りのカステラを腹一杯食べて、あゆと同じように砂糖とミルクを入れたコーヒーで締めた。
その全てを、秋子さんは笑顔で見守っていた・・・
それから何時間か経ったところで、僕とあゆはそろそろ時間だと、席を立つことにした。

「あ、その・・・ト・・・じゃなくて・・・お手洗いをお貸し願えますでしょうか?」

僕はさっき以降、秋子さんに深い敬意を払うことにした(当社比十倍ぐらい)。
丁寧すぎるのは自覚していたが、それしか敬意を見せる方法が思い当たらないので勘弁して欲しい。

「フ。草薙も秋子さんにやられたか・・・」
「・・・それは君も同じだろ?」
「そうだな、同志よ」

僕らはガッシ!と腕を組んだ。
某東方のような熱い何かが僕らの間を行き、過ぎた。
・・・どうやら彼とはいい友人関係を結べそうだ。

「・・・もしもーし」
「男の子ですからね」
とは女性陣のお言葉。

そのすぐ後、僕は秋子さんにお教え頂いた通りの場所にあったトイレで用を足した。

「・・・ふう・・・」

と、手を洗って一息ついて、振り向くと、そこに誰かが立っていた。
他の皆は玄関にいるので水瀬さんかと思ったが、違っていた。

それは、少し幼い感じの少女だった。
長い髪で、左右をリボンで結んでいるのが良く似合っている。
相沢君の親戚か、とも思ったが、余り似ていないので違うだろう。
・・・正直、水瀬さん親娘と相沢君も似ているとはいえないような気もするが。
僕が対応に困っているとその少女が口を開いた。

「・・・あなた、誰?」

あまり、友好的ではない。
なんというか、自分の縄張で何をやっている、と尋ねているような雰囲気だ。

「えーと、相沢君の友達で、草薙紫雲っていうんだ。・・・君は?」
「わたしは、わたしの名前は・・・」

と、そこにあゆがやってきた。

「紫雲君、早くしないと暗くなるよ」

その声で気が散ったらしく、少女はあゆに向かって叫んだ。

「あーもうっ、うるさーーいっ!今思いだそうとしてたのにぃ!」

と、そこで心底悔しそうに地団太を踏んだ。

「君、自分の名前思い出せないの?」

記憶喪失という奴らしい。現実で見るのは初めてだ。
信じがたいが現実にいるのなら認めるしかないだろう。

「あうーっ。そうなのよう。・・・あなた、知らない?」
「・・・僕も知らないから聞いてるんだけど・・・」

お間抜けな会話だ。

「しうんっていったっけ。あなたも祐一と同じでむちゃくちゃね」
「うーん、それは違うような・・・」

あゆが突っ込みを入れるが、慣れていないためか押しが弱い。

「う・る・さ・い。真琴が言ってるからただしいのっ」
「・・・・・」
「・・・・名前、言ったよ、君」
「へ?」
「いや、だから、まこと、って」

女の子はしばし考え込むと、突然うんうんと頷いて、おもむろに言った。

「マコト。そう、沢渡真琴。それが、わたしの名前・・・」

何かを確かめるように、ブツブツと呟く少女。 
かと思うと、いきなりはしゃぎ出した。

「わーいっ、可愛い名前でよかったあ。あなたたちのおかげね。ありがとうっ!」
「・・・・え?」
「・・・・・あ、うん、その、どういたしまして」

最初の態度はどこへやら、名前を思い出したのが余程嬉しいのか、少女はそう言って、無邪気にはねまわった。
僕とあゆは最初はそれにただ呆れてしまっていたが、少女・・・真琴ちゃんがあまりに嬉しそうにしているので、思わず顔を見合わせて、苦笑した。

  続く。


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