Kanon another1”snowdrop”第7話



〜彼らの休日、彼女らの見解・日常編・前編〜



見上げた空は果てしなく広く、蒼い。
そんな当たり前の事を、今の僕は強く感じていた。
それは、自分を認めようと決意したからなのか、あるいは・・・

まあ、ともかく。
いずれにせよ、そういう風に思えるようになったのは悪い気分ではない。

今日は日曜日で、僕は休みの日課である、古本屋巡りのため商店街をぼーっと歩いていた。
とは言うものの、内心ではあゆにまた会えればなあなどと思っていたりする。

・・・我ながら、内心少し悲しいものがあった。
せめて電話番号でも聞いておけばよかったかなと思ったりもするが、僕にとってはそれすら難儀なことだ。

「でね・・・うん」

そんな僕の横を女の人が携帯片手に通り過ぎていった。
ふと、あゆが携帯を使う様を想像してみる。

ちゃららーらら・・・(注・着メロ)
『わわ、電話だ・・・ああっ・・・うぐぅ・・・落としちゃったよ』

・・・容易に状況が思い浮かぶ。

「・・・無理があるか・・・」
「なにが?」
「って、うお?・・・あ、あゆ?」

なんとなく呟いた独り言に返事がくれば誰だって驚く。
それが自分の思い浮かべていた人間だと尚更だ。

振り向くとあゆが昨日見たものと同じ格好でそこに立っていた。
昨日の今日なので、その姿を見てしまうと思わず顔が熱くなった。

「こんにちは、紫雲君」
「や、やあ」

予想外の登場だ。
いや、勿論嬉しい事は嬉しいが・・・出会った時からこっち、あゆとの出会いはあまり心臓によくない。
・・・相沢君もそうだったりするのだろうか?

「なにしてるの?」
「あ、ああ。古本屋巡って漫画本を探してるんだ」
「へ〜ボクも漫画好きだよ」
「そうなんだ。君はなにしてたの?」
「ボク?ボクはたい焼を・・・」

僕は彼女の肩にポン、と手を置いて、首をフルフル振って言った。

「それはやめてくれ」
「うぐぅ。ボク食い逃げなんかしないもん」

顔を真っ赤にして否定するあゆが可愛かったりする。

「・・・キミ、何でか喜んでない?」

・・・鋭すぎ。

「い、いやそんなことはないよ」
「そうかなあ・・・それはそれとしてボクちゃんとお金払うもん」
「・・・後で、は無しなら?」
「うぐぅ・・・キミ実は祐一君に似てるんじゃないかって気がしてきたよ」
「ごめんごめん、意地悪する気はなかったんだ。お詫びにたい焼でも驕るよ」
「うーん、嬉しいけど・・・キミに悪いよ。二回も驕ってもらっちゃったし・・・」

と、そこで僕はあることを思い付いた。
卑怯だとは思ったが止むを得ないだろう。
こういうチャンスはあまりないのだから。

意を決して、僕は口を開いた。
「あの・・・その・・・奢るのは気にしなくていいよ。
ま、まあ、その代わりといったらなんだけど・・・今日一日、一緒に・・・ってあれ?」

おそるおそる顔を上げるとそこにあゆの姿はなかった。

「祐一くーん!」

・・・そっちかい。
これではドラマの三枚目だ。
あゆは、そこをたまたま通りかかったらしい相沢祐一君にタックル(?)を仕掛けるも途中で転び、相沢君に立たせてもらっていた。
こっちのことなど忘れて、すっかり楽しそうだった。
あゆの笑顔があまりに可愛くて、僕は悔しさを忘れた。
それが、少し悲しい。

相沢君の横には見慣れない女の人がいた。
二人ともお米を持っているところからして、買い物帰りのようだ。
三人はなにやら楽しそうに話している。

僕はこの場から立ち去ろうと思ったが、あゆが手招きしているので仕方ないなあといった感じを装って三人に近づいていった。

「やあ、相沢君」
「草薙・・・だったよな。あゆとは知り合いか?」
「まあね」

そこで僕はなんとなく、相沢君の連れの人に目を向けた。
その人はそんな僕に、ニコリと微笑みを返した。
それがまた、恐ろしく綺麗で、僕は思わずは目を逸らしてしまった。

「祐一さん、紹介してもらえますか?」

その人は、頬に手を当ててそう言った。
それがまた様になっていて、ぽっとしてしまう。

「こっちは草薙っていって俺のクラスメートです」
「どうも。草薙紫雲といいます」

深々と頭を下げる。

「んで、こっちは水瀬秋子さん。俺が居候させてもらっている家の家主さん」
「こんにちは。名雪と祐一さんがお世話になっていますね」

そこで、僕はこの人が水瀬さんのお母さんだと気付いた。
っていうか若すぎ。
二十代でも十二分に通るだろう。
年齢が気になるが、女性の年齢を聞くのは紳士失格だ。

「んで、こっちは全然知らない女の子です」
「うぐぅ、ひどいよ祐一君。もしかしてボクのこと嫌い?」
「そんなことはないぞ」

からかうとおもしろいからだとでも思ってるんだろうな。
・・・不謹慎ながらその気持ちは分からないでもない。

「まあ、冗談はさておき」
「本当に冗談?」

あゆが突っ込むが、相沢君は気にした様子もなく、続けた。
「月宮あゆっていって、まあ、知り合いにしといてもいいかな、ぐらいの奴です」
「それはひどくない?」

と、僕が突っ込みを入れるがまたしても無視。

「・・・月宮、あゆちゃん?」
「はい?」

その反芻するような言葉に、あゆが思わず返事を返した。
だが、それすら聞こえていないほどに秋子さんは驚いているようだった。
だが、それも一瞬のことだった。

「・・・ごめんなさい。なんでもないわ。そんなわけ、ないものね」

と、気を取り直すように微笑んだ。

この時、この言葉の意味に誰か気付いていれば、また別の道があったのかも知れない。
だが、それに当事者たちは気付くことなく・・・分岐点は過ぎていく。
そして、それを今の僕たちが知るはずもなく、話題は別のことへと移っていった。

「ってわけで、今から引っ越しの荷物を二階に運ばなきゃならないんだ」

さすがにお米二つは持ち難いのか、持ち方を変えながら相沢君は言った。

「ふ〜ん、じゃボク手伝おうか?」

あゆが突然そんなことを言った。

「そう?ならカステラをご馳走するわね」
「ほんと?わー楽しみだなぁ」

あゆは心底嬉しそうだった。
・・・僕といた時には見せたことのないような、笑顔。

だから、なのか。

「・・・僕も手伝うよ」

ほとんど、無意識に。
僕はそう呟いていた。



  続く。


第8話〜彼らの休日、彼女らの見解・日常編・後編〜へ

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