Kanon another1”snowdrop”第4話
〜二人の”ぼく”〜
その少女は、乱れに乱れていた息を少しずつ整えて、ふうっと安堵の白い息を吐いた。
「・・・・・ここまでくれば、もう大丈夫だよね」
などと、その容姿に似合わない、犯罪者のような台詞を呟く少女。
実際そうなのだが、当人にはその自覚はないのかも知れない。
・・・少女は、辺りを見回すと安心したのか、自分の両手に収まっている紙袋から、鯛焼き(盗品で、ちなみに黒あん)を一つ取りだし、それを口の中へと運ぼうとする。
そこで、僕は息も絶え絶えにだったが声をかけた。
「はあ、は、あ、はあ、ちょっ・・・・・と・・・・それは・・・・待った方・・・が、いいと思うよ・・・・」
「う、うぐうっ!?」
背後からの、あまりに唐突な声に驚いたのか、女の子はたい焼きを落としてしまう。
僕は慌ててそれに手を延ばし、キャッチする。
だが、元々の体勢が体勢だったため、その女の子を後ろから抱き締めるような感じになってしまった。
「わ、わ、わわわわわ」
「あっ、ちょっ・・・・何も泣かなくても・・・・」
僕は慌ててその体勢を解除し、女の子の正面に回った。
女の子は驚きの連続に動揺してか、目に表面張力ギリギリの涙を溜めていた。
・・・・どうも今日は厄日らしい。
「あの・・・とりあえず・・・落ち着いて・・・ね?」
子供をあやすようで、この子に失礼かな、と思ったが、当人は別に気にした様子はない。
彼女は少し上擦った声で僕に問いかけてきた。
「・・・・・・警察、呼んだりしないよね・・・?」
・・・正直少しそうしようと思ったが、それは抑えておく事にした。
「呼ばないよ、約束する」
「うぐぅ・・・今なんか間があったような気がする」
・・・・・鋭い。
「そ、そんなことはないよ」
「・・・汗ができてるよ」
・・・・・本当に鋭い。
僕は、走ってきたからね、と誤魔化した。
そこで僕は、道を教えてくれたあの二人の事を思い出し、心の内で静かに感謝した。
それから、僕は女の子をベンチに座るように勧め、僕もその横に腰を下ろした。
「・・・・・なんであんなコトしたの?」
我ながらひねりがないなあとは思ったが、とりあえず聞いてみた。
女の子はどうやら落ち着いたらしく、うーんと少し考えてから、はっきりとした声で答えた。
「お腹が空いてたんだ・・・でも持ってたはずの財布がいつのまにかなくなってて・・・」
「それで?」
「でも、やっぱりお腹は空いてて、目の前に鯛焼き屋さんがあって・・・つい・・・」
・・・お金を持ってない状態で注文した時点で、確信犯のような気がするのだが。
僕は内心で湧き上がる、警察を呼びたい衝動を必死に抑えた。
「で、でも、後で、ちゃんとお金払うつもりだったんだもん。・・・今日も」
「ってことは前にもやったことが・・・?」
「う、うぐ・・・」
しまった、というように口を抑えるが、もはや後の祭である。
「でも、ああ、あの、そ、その・・・」
よほど興奮しているのか、目を白黒させて、手は何かを示すべくジェスチャーを繰り返していた。
それは犯罪者、というよりも、悪戯をやってしまった後で、その事を後悔する子供のようにしか見えなかった。
僕は、白いため息をつく。
見逃しても、警察を呼んでも後味が悪い。
となれば、その中間をとるしかないだろう。
「えーと、今日のところは僕がお金を払っておくよ」
「え?そ、そんなの君に悪いよっ」
「・・・言うのも何だけど、もう十分に悪いと思う」
「うぐぅ・・・ごめんなさい〜」
最後の方は消え入りそうな声だった。
・・・どう見てもこの子は悪人に見えない。
だから、僕の選択はまちがっていない・・・そう確信した。
それが、僕の偽善だとしても、それでこの子が助かるのなら、悪くはない。
「・・こ・・・ぁ・・・!」
遠くから声が聞こえてくる。どうやら鯛焼き屋のおじさんらしい。
やはり僕一人には任せておけなかったのだろう。
「ど、どうしよう・・・」
「早く行きなよ。ここは、なんとかやっておくから」
「で、でも」
そうこうしている内に、おじさんは顔の判別がつくかつかないかの距離までやってきている。
女の子は、バタバタと慌てていたが(必死に考えているらしい)、やがて意を決した。
「ごめんっボク行くね!」
「ああ、そうした方がいいよ」
僕の言葉に頷いた彼女は走り出そうとして、その動きを止めた。
なんだろう、と疑問を口にする前に、彼女は言った。
「ボクは、月宮あゆって言うんだ。君は?」
「僕は、草薙紫雲だ」
「紫雲君、また会えたらいいねっ。ほんとにありがとっ」
まくしたてるようにそれだけ告げると、彼女、月宮あゆは、まるで飛んでいるように背中の羽をパタパタさせて、去っていった。
僕はそれに軽く手を振って答えた。
そうして彼女の後ろ姿を眺めているだけで、僕の口から笑いがこぼれ落ちていった。
こうして。
吐いた息が霧散するような。
余りにもあっという間だった、僕とあゆの出会いはこうして幕を閉じた。
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