Kanon another1”snowdrop”第31話



第31話 いらないもの、そして、ただ求めるもの(前編)


それはどこかの歩道橋。

「・・・もう、祐一なんかと一緒にいないっ!!」

少女は少年に体当たりして、何処かへと走り去った・・・
少年はそれを放っておくことしかできなかった。


四人が商店街を歩いていた。
四人というのは、紫雲、あゆ、舞、佐祐理のことである。
一度家に帰った舞と佐祐理は私服姿になっていた。
あゆはいつもの格好・・・だがその頭にはカチューシャはなかった。
そして、紫雲はというと黒で統一された服をその身に纏っていた。

「・・・・うぐぅ・・・ごめんね、紫雲君」

あゆはそう言って隣を歩く紫雲の横顔をちらっとだけ見た。
その頬には真っ赤な跡がついていた。

「・・・・・いや、いいんだけどね・・・でもいきなり全力でビンタをかますことはないと思うんだけど・・・」
「あはは・・すごい音、しましたよね」
「うん、よく聞こえた・・・」
「うぐぅ・・・・・反省してます・・・」

・・・つまりはこういうことだった。
約束の時間になったので、準備を済ませ、紫雲の家に戻ってきた舞と佐祐理はいくら呼び鈴を鳴らしても紫雲が出てこないので、やむなく家に上がったのだが、そこにあったのは、あゆに覆いかぶさるようにして眠っていた紫雲と、そのために苦しそうにうぐぅ、うぐぅと唸って眠っていたあゆの姿だった。
・・・微笑ましいとも言えなくもない光景ではあったが、二人はとりあえずあゆ達を起こすことにした。
そこであゆが先に起きて、妙な誤解をした結果、寝ぼけ眼の紫雲の顔に一撃をかましてしまったのだ。


「・・・信用ないんだな、僕って・・」
「そんなことはないよっ」
「だって、ねえ?」
「うう〜謝ってるのに〜紫雲君、本当に祐一君に似てきたよ〜」
「・・・冗談だよ、冗談」

ぷーっとふくれるあゆの頭に紫雲は手を置いた。

(・・・・・光らない・・な・・・ならさっきのは一体・・・)

さっきのことが気になる紫雲は気がつかなかった。
あゆの顔が朱に染まっていることを。
いつのまにか、あゆとの”距離”がこんなにも近くなっていることに。
・・・だが、それは当然のことだと言えた。
それだけのものを、それと気付かず、この二人は越えてきたのだから。
その様子を見て、佐祐理は羨望の眼差しで見ながら微笑んだ。
そして、それを見た舞は佐祐理の手をぎゅっと握った。

「・・・舞?」
「・・・・・」
「・・・・ありがとう」

・・・・・そんな感じで四人は歩いていった。

「・・・そう言えば、今日は土曜日だったっけ・・・佐祐理さんたちも着替えることはなかったかもしれないですね」

タイ焼屋の前で紫雲は言った。
その手には、湯気が立つほど温かいタイ焼が何個か握られていた。
紫雲はそれを一個ずつ、少女たちに手渡した。

「いえ、やっぱりお出かけする時はちゃんと着替えた方がいいと佐祐理は思います。
だって、お出かけですから」
「・・・佐祐理の言う通りだと思う」
「ボクも同じ意見だよ」

各々注文したタイ焼を受け取りながら少女たちは答えた。

「ふーん、そんなものなのかな」

(まだまだ女の子の気持ちなんて分からないよな〜)

なんてことを思いながら紫雲がタイ焼を噛った時だった。

「・・・・・・・・・ん?」

その視界に写ったモノ・・・いや人がいた。
その人は紫雲の知り合いだったが、その”彼女”にいつもの元気は無かった。
紫雲は声をかけるか否か迷ったが、そのとぼとぼ歩く姿を見て放ってはおけないと強く感じた。

「・・・おーいっ真琴ちゃん!そんなところで何してるんだい?」

彼女・・・真琴はその声にふっと顔を上げ、紫雲の方に視線を向け・・・その場に立ちすくんでいた。
そのまま近づいてきそうになかったので、紫雲は自ら歩を進めた。
あゆたちもなんとなくその後をついていった。

「・・・どうしたの?・・・こういっちゃなんだけど・・辛そうに、見えるよ」
「・・・別に・・・なんでもないの」

そういって顔を伏せる様が何かがあったことを如実に語っていた。
しかし、何があったかまでは紫雲にもわからなかった。

(わからない以上は・・・どうしようもないか・・・?)

だが、あゆの一言が事態を動かした。

「・・・祐一君と喧嘩したの?」
「あ、あうーっ・・あ、う、そ、そ、そんなことない〜」

・・・その一言で、真琴は誰がどう見ても明らかなぐらい動揺した。

「・・・よかったら話してくれないかな?」
「あうーっ。でも・・・」

素直になれないのか、口ごもる真琴に佐祐理が笑いかけた。

「あははーっ、大丈夫ですよ。誰も怒ったりしませんから」

佐祐理は真琴の様子から、何かに脅えているのを感じとっていた。
それは、かつて自分に弟が見せた表情に似ていたからだった。

・・・皆の優しさにほだされたのか、真琴は彼女にしては珍しく、素直にさっき起こったことを話した。

祐一が帰ってきて買い物に出かけたこと。
自分もその後についていったこと。
たまたま踏んでしまった猫が何故か自分に懐いたこと。
祐一が猫を抱いたら肉まんを食わせてやるといったので、その通りにしたこと。
猫が自分の肉まんを食べたこと。
祐一が半分分けてくれたこと。
用済みになった猫を捨てたこと。
祐一に怒られたこと。
そして、そこから逃げ出したこと。



私が、真琴が話し終えると、みんな静かだった。

「・・・・・真琴ちゃん。それは、相沢君が正しいよ」

やっと出たその言葉は紫雲にしては歯切れの悪い口調だと真琴は思ったの。
その他の三人も複雑な表情を浮かべていた。

「・・・なんで?
動物なんか、結局要らなくなったらポイ、じゃない。
それなら、なまじ人に飼われて平和な暮らしを知るよりも野に帰してやったほうがいいじゃない・・・」

不服そうに言ってみる。
でも、その言葉には力が入らなかった。
・・・わかってた。
祐一に怒鳴られた時から。
祐一が本気で怒っていたから。
いけないことなんだって。
でも、どうしても納得できなかった。
だって、一度人の優しさを知ってしまったらそこから動けなくなってしまうことを真琴は知っていたから。

「・・・・・多分」

唐突に。
背の高い女(確か前に夜の校舎で祐一と一緒にいた人だと思う)が口を開いて、真琴を見つめた。
その目はとてもとても深いと真琴は思ったの。

「多分、それがわかっていても優しくしてしまう。それが人だと思う。それが悪いとは私には思えない」

・・・その眼でそう言われるとそんな気がしてきた。
ううん、たぶんそれが本当だって真琴は知っていたんだと思う。
だから、あの子は真琴に懐いてくれたのかも知れない。
そして、だからこそ真琴は祐一のところにいた・・・そんな気がする。


あの人懐っこそうに鳴いていた猫。
野良猫ではないと思う。
・・・大丈夫だろうか?
寂しい思いはしていないだろうか?
私と、真琴と同じように。


「・・・なら・・真琴はどうしたらいいのかな・・・」
「決まってるだろ?」

紫雲が笑いかけてきた。

「間違いだって分かったのなら、それは正せばいいんだ。
・・・僕も手伝うよ。一緒に探そう」
「ボクも、だよっ!」
「佐祐理たちも手伝いますよ。ね、舞?」
「・・・もちろん」

皆が言ってくれた。
それはずっと昔に感じた何かに似ていた。

だから嬉しかった。

「いいの・・・?」

でも不安だった。
この人たちがいついなくなるかもわからなかったから。
そんな真琴に紫雲は言ったの。

「いいに決まってるさ。それが僕の役目なんだから」

そう言って頭を撫でてくれた。
そうされると、不安が消えていった。

もう、大丈夫。

「・・・なんだか、よくわからないけど・・・お願いねっ!」



・・・・・後編へと続く。


第32話 いらないもの、そして、ただ求めるもの(後編)へ

戻ります