Kanon another1”snowdrop”第3話
〜エンカウンター!〜
数分後、僕は商店街のど真ん中を、白い息を排気ガスのように放出しつつ走っていた。
よくよく考えると、別に僕が追う必要もなかった気がするが、もう走り出してしまった分には仕方がない。
(しかし、食い逃げする女の子は初めて見たな。いや、食ってはいないから買い逃げか?)
そんなことを考えながら走っていたせいか、だいぶ突き放されていた。
・・・あの容姿からは想像がつかないほど、恐ろしく逃げ足が速い。
大声をあげて、”待てぇ”とか叫んでもいいのだろうが、古来より、待てと言われて待つ奴はいない。
周りの人にも協力願おうかとも思ったが、そこまでするのはためらわれた。何より、ハズイし。
ならば、毎日の遅刻ギリギリダッシュで鍛えた健脚に頼るよりないだろう。
歩幅もこっちのほうが断然大きいので、何とかなるだろう・・・多分。
商店街の真ん中を走るのは視線が痛いが、ここまで来ると僕の自尊心的に逃がす方が痛い。
「ふっ!」とギアチェンジのための息を吐いて、全力疾走。
この際に気をつけるのは足元だ。ポイントとしては、なるべく新雪の上を走ること。
雪に足をとられると言うかも知れないが、踏み固められた所は凍っていてかなり滑りやすいのだ。
その効果があったのか、ぐんぐん、その差を縮めていく。
あと少しで商店街を出るが、この調子なら・・・と、僕が勝利を確信したその時だった。
商店街を出る直前。女の子は急ブレーキ&ターンで、「どいて、どいて〜!」と叫びながら左の脇道には入っていく。
あそこの辺りは脇道が多く、身を隠せそうな場所も多い。
ヤバい、と思った僕は、息も絶え絶えなのにさらにスピードを上げて、そのあとを追って、左へ曲がった。
と、そこに人影が突然現れた。
「やばっ・・・」と思わず叫んだ時にはすでに時遅し。
僕はその人と見事に正面衝突した。
「・・・・・っー」
「はえ〜・・・」
僕たちはお互いに弾き飛ばされ、地面に転がった。雪の上だったのが不幸中の幸いという奴だろう。
僕は胸の辺りに痛みを感じながらも、とりあえず、声の主に謝った。
「す、すいません・・・大丈夫ですか・・・?」
「は、はい、何とか、佐祐理は大丈夫です・・・」
僕は、その、一人称に自分の名前を使う女の人に視線を向けた。
いかにも”心優しいお姫様”といった容貌の女の人は、僕のガッコの制服を着ていた。
リボンの色から察するに上級生・・・つまりは3年生のようだ。
その人はさっ・・・と、立ち上がって、自分の雪のついた制服の事など気にもかけず、
「それよりあなたは大丈夫ですか?」
と手を差し出してくれた。
その心遣いは嬉しかったが、その細い指を見ていると、立ち上がるためにその手を握っただけで折ってしまいそうな気がしたので、僕はそれを手で制して、バッと自力で立ち上がった。
それを見たその人が少し残念そうな顔をしていたので、微かに心が痛んだ。
しかし、それよりもその人に怪我がなかったかどうかが気にかかった。
「僕は全然ですよ。それより、鼻痛くありませんか?」
彼女の鼻は少し赤くなっていた。
僕はよくそういうドジをやらかすので、どれだけ痛いかは想像がつく。
それだけに申し訳なかった。
「ははは〜ちょっと痛いです」
困ったように微笑んで、彼女は言った。
と、その時だった。
「・・・許さない」
「へ?」
佐祐理さん、とやらの後ろにいた女の子がそう呟いたかと思うと、やっと、雪を払い終わった僕の脳天をグーで殴りつけた。
・・・・・・・・無論、痛い。
「ぐあっ」と叫んで僕は頭を抱えた。その眼前では佐祐理さんがおろおろとしていた。
痛みが多少回復した僕は、元々こっちに非があるのを忘れて睨み返した。
自慢じゃないが僕は気が人よりもやや短い。(当社比1,5倍ぐらい)
キッ、と睨み返したその人は、とても深い眼をしていた。
よく見ると美人さんだが、今はどうでもいい。
まさに一触即発の二人に、慌てて、ぶつかった当人が割って入った。(変な話だ)。
「二人とも、落ち着いてください。・・・・・舞、この人だって悪気があってやったわけじゃないんだから・・・」
舞、と呼ばれた女性は、佐祐理さんにそう言われると納得したらしく、
「佐祐理がそういうなら・・・」
と、退いた。
その姿を見て、僕に冷静さが戻ってくる。
女の子相手にむきになるとは、僕もまだまだ紳士とは言えない。
僕は、自分の幼さを恥じた。
「いや、殴られて当然です。礼儀知らずでした。どうも、すみません」
深々と頭を下げた。
明らかに自分が悪い場合に非を詫びないのは男じゃないから、それは当然の事だった。
だが、その当然のことに佐祐理さんは戸惑ったようだった。
「そんな・・・佐祐理も舞と話すのに夢中でしたから」
「いや、こっちが悪いんですよ」
「いいえ、こちらが」
・・・・・埒が開かない。
「えーっと・・・お急ぎじゃなかったんですか?」
向こうもそう思ったのか、別の話題を・・・・・って、あ。
「あ〜そーだった。しまったな」
だいぶ時間をロスしてしまった。逃げられた・・・かもしれない。
「え〜と、よろしかったら事情をお話してもらえますか?佐祐理たちがお力になれるかも・・・ね、舞?」
舞さんとやらは僕の顔をじいっとみて、何か、納得したらしくコクンと頷いた。
僕は折角だからと、駄目もとで事情を説明した。すると、二人は顔を見合わせて、
「あの天使さんなら、そこをまっすぐ行って・・・」
「3番目の角を曲がっていきましたよ。あそこは、道が一本しかありませんから追い付けるかも知れません」
と、交互に情報を告げた。
「ありがとうございます!
それにしてもよく覚えてましたね。僕だったら気にも止めないのに」
「佐祐理は頭はよくありませんが、記憶力は少しあるんですよ。ね、舞」
「・・・佐祐理は、どっちもいい」
僕はそのやりとりを見て、さっきまで舞さんに腹を立てていた自分がさらに恥ずかしくなった。
この二人は、本当の親友なのだ・・・
少しのやり取り、その中にある所作で、お互いを気遣っている事がよく分かる。
だからこそ、あんなにも舞さんは怒っていたのだろう。
・・・全くもって、恥ずかしい限りだ。
「・・・舞さん、その・・・」
「何?」
「さっきは本当にすみませんでした」
僕はもう一度、心底から詫びた。
心からそうしたかったから。
すると舞さんは、数度目を瞬かせた後に、微かに顔を俯かせて、言った。
「私も、悪かった。・・・ごめんなさい」
「舞もこう言ってることですし、あまり気になさらないでください」
「・・・・・ありがとうございます」
心からの謝罪と礼を持って、僕は頭を下げた。
正直謝り足りなく思うが、時間がない。
「すみませんが、そろそろ失礼させていただきますね」
「はい、また学校でお会いできるといいですね」
「・・・そうですね」
実際、会えるかどうかわからないが、自分も素直にそう思えたので、肯定した。
・・・そして、僕は再び走りはじめた。
またこの二人に会うことがあるなど、露ほども思わずに。
・・・・・・・・続く
第4話〜二人の”ぼく”〜
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