Kanon another1”snowdrop”第24話
それは、終わりのない物語。
巡り続ける物語。
人の数だけ存在する物語。
この”物語”はそんな物語のほんの一つ。
その”物語”の・・・終わりの始まりの始まり。
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第24話 新たなる、日常
「・・・んあ・・・・」
何かが遠くで鳴っているような気がする。
でも、気のせいだ。
そうだ、そうに違いない、むしろそうしてしまえ。
「・・・おやすみ〜」
「なにがおやすみだ、この愚弟っ!!」
その声とともに、僕の周りにあった暖かな世界は壊れ去った。
・・・要するに布団をはぎ取られたということなのだが。
「・・・寒っ!!」
刺すような寒さに、僕はのたうちまわった。
いや正確にいうとのたうちまわるつもりが、寒さのあまりに縮こまっただけということになった。
僕はその惨状を生み出した原因を睨みつけた。
「寒いじゃねーかよ、姉貴!殺す気かっ!!」
そこには、相も変わらず何の根拠もなく偉そうな行き遅れが・・
ぐしゃ。
「・・・誰が行き遅れだ」
「ぐあ・・・寒さと痛みがハーモニーを奏でてる・・・」
というか、人の思考を読まないでくれ。
「・・・大体、今日は死ぬほどの寒さではあるまい。雪の上で倒れて一週間近く休んでいた癖に」
「ほっとけヤブ医者」
近くで鳴り続けている、十年来の相棒・・・ベルが鳴る、只それだけの目覚まし時計を止めながら僕は言った。
・・・って時刻は・・・
「やば」
「だから起こしたのだろうが」
・・・ごもっともだった。
「ちっ・・・」
舌打ちさえも白く染まるこの寒空を、僕はただひたすら走っていた。
道行く人々の視線が痛いが自業自得なので文句も言えなかった。
(やっぱまだ本調子じゃないか)
走る呼吸で、それはひしひしと伝わってきた。
学校に復帰して早三日。
それでもしばらくごろ寝していた反動は大きいらしい。
「・・・おや?・・・おーいっ」
僕は前方を走る二人組に声をかけた。
その二人はちらっとこっちを見ると、僅かにスピードを落としてくれた。
僕は同じ位の配分でスピードを上げて、その二人の横に並んだ。
「おはよう、相沢君、名雪さん」
「おはよう、草薙君」
「よ、よう草薙・・・っていうか、なんでお前らそんなのほほんと話ながらしゃべり・・られ」
「・・祐一は鍛え方が足りないんだよ〜」
息も絶え絶えの相沢君とは対称的に、名雪さんにはまるで呼吸の乱れが見えない。
流石、陸上部部長。
「と、とにかく今はさらにダッシュだ」
「・・・君がいいならいいけど」
「私も草薙君と同じ意見だよ」
「くっ馬鹿にしやがって・・・おおおおおっ!!」
「おお加速したね」
遠くに離れていく相沢君を眺めて言ってみた。
「・・・あれはすぐに失速するから私たちは今のペースで行こうか。
たぶん、校門の辺りで合流できるし・・・時間的にも大丈夫だと思うよ」
「・・・そうだね」
ふと、横を見ると名雪さんが笑いかけてきた。
僕は相も変わらず女の子のそういう顔は苦手だった。
・・・勿論、嫌いじゃないけど。
「・・・なに?僕の顔に何かついてる?」
「ううん、いつもの草薙君だなって。昨日までは少し元気がなかったような気がしたから」
・・・そんなつもりはなかったのだが・・・やはり心もまだ本調子ではないらしい。
でも、その心遣いが嬉しかったので僕は、
「・・・その・・ありがとう」
とだけ言った。
すると名雪さんは、
「・・・何がありがとうなのか、よくわからないけど・・・どういたしまして」
とその名に相応しく、ほわっと笑った。
・・・今、僕の顔が熱いのは走っている所為ではないだろうな多分。
それから数分後・・・
名雪さんの予言は見事に当たった。
校門の辺りでもはや早歩きにまで堕ちて(誤字にあらず)しまった相沢君と無事合流し、僕らは何とか遅刻を免れた。
「いつもこんななの?」
校門で遅刻生徒をチェック中の生徒会連中の視線を感じつつ僕はなんとなく訪ねてみた。
「うん。私も祐一も普通に起きてるのに・・・不思議〜」
「・・・・・」
もはや語る気力もなく、相沢君は手だけで突っ込みを入れた。
その様子からして・・・
「・・・それは違うって相沢君は言ってるわよ、名雪」
僕が言わんとしたことを代弁してあらわれたのは・・・
「香里〜おはよう〜あ、栞ちゃんもおはよう〜」
美坂香里委員長と・・・
「えへへ〜ばれてましたか」
美坂さんの背中からちょこんと顔を出した、彼女の妹・栞ちゃんの二人だった。
「おはよう、美坂さん、栞ちゃん」
「おはようございます、草薙さん・名雪さん・祐一さん」
栞ちゃんは僕が学校復帰した同じ日に復学した。
・・・・・その理由は聞くまでもないし、今は聞きたくもなかった。
「おはよう、草薙君・・・香里でいいわよ」
一瞬、ウツに入りかけた僕を美坂さん・・いや香里さんの声が引き上げた。
・・・彼女とはもう一度話そうと思っていたのだが・・・その必要はすでに無くなっていた。
逆にこっちが謝られてしまったし。
「まあ、呼べたらそう呼ぶよ」
その時のことを思い出しつつ、僕は答えた。そこに・・・
「おいおい、俺を差し置いて何言ってんだよ。美坂を名前で呼ぼうなんざ百年早いぜ」」
「あ、北川君、おはよう」
「おはよう北川君」
・・・僕の後に続けた香里さんの言葉と態度は普通かつそっけなかった。
「ううっ冷たい・・・」
「それはそうでしょう。冬なんだから」
「いや、あのな美坂。そういうボケを俺は望んでるわけじゃ・・・」
「祐一さん体力ないですね」
「あ。栞ちゃんもそう思う?」
「・・陸上部と比べるなよ〜」
「そんな情けないこという人嫌いですっ」
「あのな〜・・・」
そんな会話が自然に紡がれていく。
そんな皆が僕には眩しく思えた。
そして、あの子もこれを求めているのだろうか・・・
そんなことを僕は考えていた。
・・・しばしの時が流れ・・・・
「おい。草薙どこ行くんだ?」
「一緒にお昼食べないの〜?」
相沢君と名雪さんが交互に尋ねた。
僕はポリポリと頭をかいて答える。
「・・・先約があってね」
屋上手前の踊り場・・・
そこが今の僕の昼食場所だ。
そこにはシートが敷かれ、僕と彼女が座ってもう一人が来るのを待ちわびていた。
じーっ・・・・・
というか早く来てくれ佐祐理さん。
舞さんの視線が痛い。
「・・・あのさ、舞さん」
「・・・なに?」
「昼間は休戦だよね?」
「わかってる・・・ただ紫雲を見てるだけだ」
じーっ・・・・・
間が、間がもたんっ!
と、僕が苦悩していたその時。
「あはは〜お待たせしました〜」
いや本当に待ちましたよという言葉をぐっと飲んで、僕は「いえいえ」と答えた。
舞さんはというと・・・
ポンポンと自分の横の空席を叩いていた。
佐祐理さんはいつもの微笑みを浮かべて、それにうなずいた。
・・・そもそもの始まりは三日前のお昼時。
僕は一人で考え事をしたくて、屋上に向かっていた。
・・・・・一人でいるとあの子が出てきそうだし、とか思ったのは秘密だが。
まあ、それはさておき。
ともかく、僕は屋上に出ようとしていた。
そこでたまたま彼女らに遭遇したのである。
一緒に昼食を取ろうという二人に(おおむね佐祐理さん)抗うことも出来ずこうして昼食を一緒にとるようになったのだ。
・・・女の子の笑顔は時としてこの世界の何より強力な力なのかもしれないと思い知った。
「ねえ、舞、紫雲さん」
「なんですか?」
「・・・?」
昼食を食べ終わったあとのティータイム。
ついさっきまで笑顔だった佐祐理さんが少し声のトーンを落として言った。
「・・・お二人が何をしてるかは問題じゃないです。
ただ・・・気をつけてくださいね」
その言葉に僕らはただ押し黙った。
・・・その、数時間後。
月が浮かぶ闇夜の校舎で、僕と舞さんは戦っていた。
舞さんはかつての遊び場所を取り戻すために。
僕は過去に縛られた彼女に今へと帰ってきてもらうために。
振るいたくもない力をお互いに振るっていた。
「はあっ!!」
銀光が閃く。
あまり斬れない剣らしいが当たると洒落ではすまない。
僕はナックルガードの堅い部分でそれを受け、力の向きを変えた。
それを使って、舞さんの懐へと入り込む。
・・・何故こんなことになったのか。
それは、舞さんがあまりに頑なだったからだろうか?
僕は剣をはたき落とそうと拳を右手首へと解き放った。
舞さんはその狙いに即座に気づき、剣をほんの少しだけ上空に放り出した。
僕は彼女と話がしたかっただけなのに、彼女はそれすらも拒否していた。
それは仕方がないのかもしれない。
なにせ・・・
彼女は僕の左拳をさっき僕がやったように払い・・・その手に先程放り投げた剣がすっぽりとはまった。
僕は身体が開いた状態だった。
だが、こうなるのは予測済みだ。
払われた左腕で彼女の剣をもつ右手首をホールドする。
残った右手を僕は解き放ち・・・
舞さんは手首の向きだけを強引に変える・・・
彼女自身が記憶や心を封印してまで放棄した自身の力を、受け入れろというのだから。
・・・静寂が訪れた。
僕の拳は舞さんの左胸の手前数センチで止まり、
舞さんの剣は僕のうなじの手前数ミリで止められていた。
「・・・今日も引き分けですね」
「・・・しょうがない」
そういって僕らはどちらともなく離れた。
「正直、紫雲の言ってることは理解できない」
「・・・だろうね」
十年前、記憶の一部を封印してまでして、彼女は魔物を生んだ。
彼女自身がそのことに気づかない限りはどうしようもなかった。
僕は”彼女”によって事情を知ってはいるが、それをそのまま話したところで無意味だろう。
「でも・・・紫雲が私を心配して言ってくれてるのはわかる」
「・・・・・」
「でも、魔物の存在を受け入れるなんてできない。
・・・私は魔物を討つ者だから」
その言葉を残し・・・彼女はいつのまにか姿を消していた。
「ちくしょう・・・うまくいかないよな・・・」
僕はその床にへたりこんだ。
床は先程までの熱気など関係無しにただ冷たかった。
窓の外には雪が降っていた。
・・・結局、今の僕にできるのは現状維持だけなのかも知れない。
あゆが姿を見せない限りは相沢君と話をさせることもできない。
舞さんのことにしてもそうだ。
たとえ、今の闘いで彼女に勝っていたとしても・・・彼女自身が魔物の意味を思い出さなければ・・・
それでも、今の僕はこうあることしかできないだろう。
今はどうしようもないかもしれない。
でもいつか必ずうまくいく。
そう信じて。
それまでは・・・この穏やかにして停滞した日常を僕は生きていこう。
・・・でも、僕はどうしても考えてしまう。
もしも、この日常が永遠に続くのならそれが一番ではないのか、と。
「はあ・・・・・なんで雪はあんなに綺麗なんだろな・・・・・」
意味もなくそんなことを言いながら、僕は家への帰路につくのだった。
・・・同時刻。
一人の少女が町をさまよっていた。
「ボクは・・・ボクは・・・一体誰なの・・・?」
その震える手には、一つのカチューシャがあった・・・
そして、その足は一体何処へと向かっているのか・・・
今は誰も知らなかった。
・・・・・つづく。
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