Kanon another1”snowdrop”第22話
〜めぐり逢う世界〜中編
月宮あゆ。
僕は、その子に出会った。
草薙紫雲。
ボクは、その人に出会った。
「それが、奇跡の始まり・・・・・なら、いいのだけれど」
「本当に、それなら、いいのにな」
二人の女性が”そこ”にいた。
”そこ”には、一人の少女が眠っていた。
その、少女の名は。
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ただ、雪が降っていた。
いつしか、暗闇の世界は一面の銀世界へと姿を変えていた。
そこにいるのは、過去に想いを馳せる少年。
そこにいるのは、少女の希望がカタチになった存在。
「・・・あったな、そんなことも。忘れていたよ」
「嘘ね。あなたはずっと覚えていた」
少女・・いや、少女のカタチをした何かと紫雲の視線がぶつかる。
それは、想いの交錯だった。
「・・・バレバレか・・・あの時のことは、いつもこの胸の中にあった。
毎日、毎日、ふとした拍子に思い出す・・・最低の日々だった。
そんな時だったんだよな・・・出逢ったのは」
ボクは、ただそこにいた。
誰かに頼まれたわけじゃない。
ボクの意志でここにいる。
「・・・紫雲君」
部屋には電気はついていない・・・つけたくなかった。
今はただ、窓から差し込む、月明かりに身を委ねていたかった。
月明かりがぼんやりと紫雲君の寝顔を照らしていた。
穏やかな顔だ。
ボクと出逢ったあの時と同じ。
思えば、”ぼく”たちは出逢っていくつの言葉を交わしたのだろう?
いくつの時を共にしたのだろう?
いくつの想いを重ねてきたのだろう?
それは、とてもささやかなものだった。
それは、相沢祐一と自分をボクと呼ぶ少女が触れ合った時間よりも遥かに少ない。
それは、相沢祐一と自分を僕と呼ぶ少年が話した時間よりも少し多い。
その程度の関係なのか。
それ以上の関係なのか。
だけど、ただ一つだけ確かなことがあった。
二人でいた時、楽しかった。
『やっぱり、たい焼きは黒あんだよね』
『・・・もう十分に悪いと思う』
『ボクのことはあゆでいいよ』
『僕は少し恥ずかしいけど』
『ちゃんとお金払うもん』
『僕がおごるよ』
『紫雲君、ありがとう』
『僕も、そう思うよ』
そこにあった想いに嘘はなかった。
なのに。
なぜ、こうなってしまったのだろう。
それは多分。
「・・・ボクが悪いんだろうな」
「・・・僕が悪いんだろうな」
あの時、あゆを助けようとしたこと。
それは間違いなんかじゃない。絶対に。
なのに・・・
「でも、なにが悪かったんだろうな?」
それが僕には分からなかった。
そして、脳裏に浮かぶのはあゆの脅えた顔。
そればかりだった。
謝りたい。
許してはくれないかもしれないが。
昔のことを思い出して、そう思えるようになった。
何とかできることをしないのは、あの時だけで十分だ。
でも、どんな顔をして会えばいいのだろう?
どんなことを話せばいいのだろう?
・・・こんなところで考えていてもなにも始まらない。
「・・・名残惜しいが、お別れの時間だ」
僕は目の前にたつ少女に告げた。
「何故、君がこんなところにいるのかは知らないし、何をしたいのかも知らないけど、ここに住み着く気なら止めた方がいい。
ここにはつまらない男のつまらない昔話しかない。
君には、相応しくない。
君の居場所へと帰るといい」
すると、少女は首をブンブン横に振った。
「?」
「まだ、帰れないの・・・それにやることもあるから。そして、それは貴方も同じ事」
少女はゆっくりと手をかざした。
すると、そこに”それ”はあらわれた。
「・・・!?」
「・・・貴方はこれを越えない限り、目を覚ますことはない。二度と」
・・・そこには僕にとって信じられないモノがいた。
同時に、それは僕が見慣れた存在。
蒼いナックルガード。
虚ろな眼。
何者をも近付けさせないその姿。
まぎれもなく、それは。
「”オレ”・・・?」
そう、この僕、草薙紫雲そのものがそこには立っていたのだった。
紫雲君の昔話を聞いて、ボクは知った。
あの時、紫雲君は使いたくもない力を使ってまでして、ボクを助けてくれたことを。
それなのに、ボクは・・・
謝らなきゃ。
そのためにボクはここにいる。
紫雲君が目を覚ますまで。
命さんからも許可はもらっていた。
だから面会時間がとっくに過ぎているのにここにいることもできた。
「ねえ、目を覚ましてよ・・また、たい焼きを食べようよ・・今度はボクがおごるから・・・
だから、だから、起きて・・・お願いだよ・・・」
いつのまにか涙が溢れていた。
ただ、月だけがそれを見ていた。
「ぐおおおおおあああああっ!!」
そいつ・・・”オレ”は俺そのものの叫びを上げて、僕に襲いかかってきた。
拳が飛んでくる・・・僕はそれを払おうとした。
だが・・・
「くっ!?」
余りの馬鹿力のため完全に払うことができず、右手でガードする体勢となった。
それを”オレ”は見逃さなかった。
いや、というより・・・
「こっちが本命かっ!」
繰り出される右ストレートを見て、叫ぶがすでに時遅し。
その拳はまともに僕の腹にめりこんだ。
凄まじく、重い。
そして、紛れもなく”オレ”の拳だった。
「ぐふうっ!!」
久しく忘れていた痛みに僕は思わずかがみ込んだ。
だが、やはり”オレ”はそれを見逃さない。
蹴る。殴る殴る。そして、再び、蹴る。
「ぐっ!!」
その全てをまともに浴びて、僕は倒れ伏した。
「ぐ・・・あ」
僕はゆっくりと顔だけを上げて、そいつの顔を見た。
何の感情も、そこにはなかった。
・・・かつての僕もこうだったのだろうか・・・?
「・・ちっ!!」
僕は即座に立ち上がって、そいつとの距離をとった。
「くそ・・・どうすればいい?」
そいつの後ろでは、少女が静かに成り行きを眺めていた。
彼女は言った。
”これを越えない限り目を覚めることはない”と。
「こいつに・・・勝たなきゃならないのか・・・?」
改めて、かつての自分を眺めた。
どこをどう見ても、あの頃の僕そのものだ。
今の僕に勝つ方法は・・・ただ一つ。
「ぐるおおおおおおっ!!」
僕は、叫んだ。
・・・紫雲君はボクのことを許してくれるのだろうか?
ボクは紫雲君に・・・ひどいことをしてしまった。
でも・・・紫雲君はいつだって優しかった。
だから。
だから、ボクは信じようと思う。
またきっと笑って話せると。
それが自分勝手な望みだと十分に悟りながらも。
「ボクは君を信じてるよ・・・祐一君と同じくらい」
その時だった。
「ぐおおああ・・・・・」
「紫雲君?!」
額に汗を滲ませて、紫雲君が呻き声を・・・違う・・・これは・・・
「あの時と、同じ?」
「ごおおおあああああっ!!」
「ぐるあああああああっ!!」
全力の拳と拳がぶつかり合う。
ミシッ!!
何かが軋む音が体の中から聞こえてきた。
構いはしない。
「はあっ!!」
「とりゃぁぁっ!!」
お互いの後ろ回し蹴りが交差する。
バキッ!!
「ぐう・・・」
「があ・・・」
それは何度も続いた。
互いの体が触れるたびに、互いの体は傷ついていった。
でも・・・
「・・・あゆに・・会うんだ・・」
「・・・俺は絶対正義の名の下に・・・」
・・・負けられない。
『うおおおおおおおっ!!』
二人の叫びが唱和する。
・・・でも、これでいいのか・・・?
「ぐああああ」
「紫雲君・・・!」
それは叫びというにはあまりに幽かな声だったと思う。
でも、それでも、それは叫びだった。
闘う紫雲君の。
「・・いやだ」
紫雲君がだんだん遠ざかっていくようで・・・
「いやだよ・・・だめだよ・・・」
もう二度と、紫雲君に会えないような気がして・・・
「そんなの、ぜったいいやだよ・・・」
ボクは、無我夢中で紫雲君の手を握り締めた。
「ここに、いてよ・・・君の場所は・・・君の世界は・・・」
『ここに、あるよ』
「・・・・・あゆ?」
聞こえるはずのない声。
でも、それは確かに僕に届いた。
・・・二人とも、ボロボロだった。
それでも、僕らはまだ向かい合っていた。
その時、その声は聞こえてきた。
その声で、僕は我に返った。
(・・僕は、なにをしてるんだ?)
過去の自分に勝つために、過去の自分を引っ張り出して・・・
「・・・馬鹿か、僕は」
勝てるはずがない。
10の力に10の力をぶつけても、所詮それは・・・
何より、僕はこんな姿で、こんな心であゆに会う気だったのか?
何度、間違えれば気が済むんだ?
「ぐ・おおおおおおおおおっ!!」
”オレ”が襲いかかってくる。
その形は必殺の蹴撃。
その足には全ての力が込められている。
これを受ければ、只では済まないだろう。
だが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・来いよ。受け止めてやる」
「おおおおおおっ!!」
「守ってみせるさ」
「おおおおおおっ!!」
”オレ”が飛び上がって、キックの体勢に入る。
狙いはぴったりだった。
「僕は・・・皆も、あゆも、俺自身も幸せにしたいんだ。それが・・・!」
キックが、僕の胸に・・・
「それが、僕の望みなんだ!!」
その命中の瞬間、”オレ”の姿は一瞬にしてかき消えた。
まるで、僕の中に融け消えるように。
「・・・・・越えたよ。どうにか、こうにか、だけどな」
ニッと僕は少女に笑いかけた。
少女はそれに答えて笑った。
「ええ。見届けた」
「・・・正直、甘い考えなんだと思うよ。でも、そこからはじめなきゃならないんだ」
全てがうまくいくことなんてないのだろう。
僕はきっとこれからも苦しむし、悩み続けるだろう。
でも、答は見つけた。
だから、もう大丈夫だ。
「なんで、あゆが脅えたのか、なんで僕が悪かったのか・・・分かったし。
それをあゆに話したいから、今度こそ行くよ」
「ええ」
「君には感謝してもし足りないぐらいだ。何か、お礼がしたいんだけど・・」
「それなら、一つ、お願いがあるの」
「ああ、いいよ」
「舞のことを、助けてあげて。あの子も、貴方と同じところで苦しんでいるから・・・
そのことを、頼むために私はここにきたのだから・・・」
「わかったよ。まかしとけ」
そういって、僕はその子の頭を撫でた。
その子はくすぐったそうに笑った。
・・・皆にも、こういう笑顔であって欲しい。
それは、僕の始まりの想い。
そして、それは、いつだって僕の中にあった。
・・・僕が忘れていただけで。
それがある限り、僕は何度だって立ち上がろう。
その望みの成就のために。
それが、僕の全てだから。
さあ、目を覚まそう。
全てを、はじめるために。
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