Kanon another1”snowdrop”第21話



〜めぐり逢う世界〜前編



「君達には・・・聞いてもらいたいな」

その女の人・・・紫雲君のお姉さん、命さんはそう言った。

「なにを・・・ですか?」

ボク、月宮あゆは尋ねてみた。
すると、命さんはその、長すぎも短すぎもしない髪をクシャッとかきあげて、

「・・・アイツの、昔話、さ」



その世界は真っ暗でなにもないように思えた。
地面があるのか、ないのかすら分からない。
・・・そもそも、何故僕はここにいるのだろうか?
・・・思い返してみる。

「・・・あ。そうだっけ」

確か、僕は夜の校舎で魔物と出会って・・・
あゆに恐れられて・・・
そして、魔物の攻撃の後遺症(?)で・・・倒れた・・・?

「ひょっとして・・・死後の世界って奴なのか?」

それは洒落にならないな、と思う。
だが、それならそれでいいのかもしれない。

あの時のあゆの脅えた顔。

それを思うと・・・僕はこのままでもいいかなという想いが強く涌き上がってきた。
結局、僕という存在は人を傷つけるだけなのかも知れない。
なら、もう幕を下ろしても・・・

僕がそう思った時だった。

「!?」

僕の目の前にいきなり人が現れた。
それは、あまりに唐突だった。
僕の目の前にあらわれたのは・・・一人の少女。
頭に、兎の耳飾りのついたカチューシャをした、幼い少女だった。

「君は・・・誰だ?あの時も・・・君は・・・存在していたな」

あの時、夜の校舎で、この子は確かに存在していた。
その存在の形は・・・魔物とともにある存在。
魔物が力を振るう時・・・この子の姿が僕には見えたのだ。
僕はただ黙って、その子の顔を見つめた。
明かりなど何処にもないのに、その顔ははっきりと見ることができた。
その寂しげな眼は、何処かで見たような気がした。

「・・・私は、希望」

その、幾年月も放っておかれたような眼で、彼女は語りかけてきた。

「・・・希望?」
「そう、希望。ある一人の少女の強い想いから生まれた存在、力、能力」
「・・・その能力で、僕はここにいるのかい?」
「いいえ。ここに貴方がいるのは私のせいではないわ」
「???」
「ここは、貴方の世界なのだから」

少女の言葉がこの世界に響いた瞬間、闇に包まれていた世界に雪が降り始めた。
まるで世界を埋めつくすような、白い、雪が。



「私たちの両親は、十二年前、事故で死んだ。
私たちは他に頼れる者もなく、二人で生きていくしかなかった」
「親戚とかはいなかったんですか?」

祐一君が聞いた。

「いるにはいたが、彼女らは旅人だった。旅人というのは自分たちのことで精一杯の存在だ。
それをあてにするわけにはいかなかった。
・・・私一人ならともかく、弟もいたのではな。
幸い、私は社会に出始めていたのでお金の方はどうにか工面できた。
生きていくだけなら、この日本においてはそう難しいことではない。
ただ、その代わりに弟は常に一人だった。
私には精神的にも、肉体的にも、弟の相手をしてやる余裕がなかったのだ」



そう。
おねえちゃんはないてたんだ。
いつもあかるくてつよいおねえちゃんが。
つらいことがたくさんあったんだろうな。
・・・ないてるのは、いやだな。
みんな、たのしいほうがいいのに。
どうすればいい?

「ねえ、ぼくもいれてよ」
「いやだね。いまはぱぱとままのはなししてるんだ。
しうんにはいないだろ。あっちいってろよ」
「・・・・・」

ぼくはひとりだった。
ぼくはただたのしいのがすきなのに。
どうすればいい?



「あの頃のあいつは友達がいなかったらしい。
その代わりになのか、貪るようにTVを見ていた。
特に好きだったのが、ヒーローものだった」



テレビのヒーローはすごい。
さいしょはひとり。
だけど、みんなをまもってつよくなっていくと、
いつのまにか、ひとりじゃない。
みんなもしあわせ。
じぶんもしあわせ。

そうか。
ぼくも、そうなればいいんだ。

「ねえ、おねえちゃん」
「なんだ?」
「ぼく・・・」



「強くなりたい。あいつはそう言った。
私としては、それに賛成だった。
少なくとも、一人ではなくなる・・・そう思ったからだ。
だから、近くの空手かなにかの道場に通う手配をした。
だが、今になって思えば、それが間違いだったのかも知れない」



ヒーローって何だろう?
強いだけでは、駄目。
優しいだけでも、駄目。
その二つをちゃんと持っていること。
子供の頃はそれでよかった。
だが、大きくなると、いろんなことを知ってしまう。
・・・望む望まざるにかかわらず。

ヒーローというのは正義を行使するものらしい。
僕の正義は、何だ?
いや、僕じゃない、俺だ。
ヒーローは僕、なんていわないんだ。
だから、俺の正義。
俺の正義は何だ?
皆を、守ること。
皆を守るとは?
皆を脅かすものを叩き潰すこと。
完全に。
TVの怪物が最後にはこっぱ微塵になるように。



「・・・それが、あいつの暴走の始まりだった」





「ぐるああああああああああっ!!!」

叫ぶ。敵の中に突っ込む。
敵。自分たちのことしか考えない、人の物を奪う、自分達のやっていることが如何に人を脅かしているのかも知らない、無責任な少年のグループ。
いや、そんな風にすら呼べない獣の群れ。
容赦なんかしない。
絶対正義の名の下に、全てをほふるのみ。
殴る。殴る殴る。殴る。殴る。殴る殴る殴る。
蹴る蹴る。蹴る。蹴る蹴る蹴る。
潰す潰す潰す。
締める。締める。締める。
刺される。
撃たれる。
吠える。はらう。弾く。
掴む。投げる。飛ぶ。
爪で裂く。歯で喰いちぎる。
それが、ただ続く。
そして、最後に立っているのは。

血に塗れた、俺一人。



「・・・最初はあいつもそんなつもりはなかった。
ちょっとしたことなら見逃していたし、拳を振るう時も相手が戦意を失えば引くようにしていた。
そうすれば、皆最後には分かってくれると信じていた。
同じ、人間だから。
でもそうじゃなかった。
見逃した奴は、調子にのって次の段階へと進む。
戦意を失った奴は、数日後にはケロッとした顔で、同じことを繰り返す。
挙げ句の果てには逆恨みであいつに牙を向く。
何度やってもそれが続く。
・・・現実は一話完結の物語のようにはいかない。
TVの怪物は爆散するが、人は生きている限り罪を重ねる。
それをあいつは身を持って思い知らされていった。
生真面目なあいつは、それに耐え切れず、少しずつ歪んでいった。
それでも、あいつは拳を振るい続けた。
いつかTVで見て、自分のモノにした、絶対正義を信じて」



「うああああああああおっ!!」

俺はいつも、吠えていた。
咆えて、戦っていた。
「こ、こいつ・・・!」
「し、紫の草薙だぜ!」



「あいつはいつからか紫の草薙と呼ばれるようになっていた。
あいつを恐れる連中があいつに抱く”死”のイメージと、
あいつが使う蒼いグローブについた血が、交じりあったように見えたから、らしい。
そんなことはあり得ないのに、そう見えたのは、よほどあいつが恐かったんだろうな・・・
そのあいつを作っているのは自分たちだというのに・・・」



「やばいって!マジで!」
「に、逃げるぞ」
彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「・・・ふう」
俺は安堵の息を吐いた。
・・・それでいい。



「あいつが闘う時にいつも吠えていたのは、威嚇のためだった。
それで逃げてくれれば傷つくことはないから。
人も、自分も。
そして、それには、もう一つの理由があった。
それは自分に近づく人間を見極める、という。
自分の狂気を見て、なおも自分に触れてくれる存在をあいつは求めていた。
そういう存在があの時あいつの側には確かにいた。
そして、それが紫の草薙を殺すことになった」



「草薙、、、今日こそ決着をつけてやるぜ」
「・・・君も懲りないね。悪いけど、理由がないからパス」
「はっ絶対正義様はいい気なもんだな?」

・・・むか。

「そんなにやられたいなら、遠慮はしないよ」

・・・日も落ちかけた、校舎の裏で、俺とそいつ・・・昔からの腐れ縁のガキ大将・群瀬 剣は向き合った。
ガキの頃から、俺とこいつは対立していた。
だが、実際にやり合ったことはあまりない。
こいつ自身は、一応弱い者には手を出さないからだ。
そして、こうして険悪なムードになった時には、いつも・・・

「こら、二人とも、喧嘩はよくないよ」
「ち・・・」
「く・・・」

彼女・黒野真紀が仲裁に入る。
彼女と、俺とこいつ。
喧嘩、仲裁、三人でともにいる。
その繰り返しだった。
俺がどうなろうと、それは変わらなかった。

・・・あの時がくるまでは。





「その日、あいつはいつものように”絶対正義”を行使していた。
近所でかつあげをしていた、自分よりも一つ下の学年の生徒を、叩きのめした。
それ自体はいつものことだった。
ただ、問題だったのは・・・その子が群瀬 剣の弟分のような存在だったということ。
そして・・・」



「今日という今日はお前を許すわけにはいかない・・・!
お前、あいつが何故かつあげなんぞやっていたのか知らねえんだろ?!
あいつはな、二親がいなくて、妹とたった二人きりなんだ。他に身寄りもねえ。
生きていくためにはどうしても金がいるんだ。
普通に稼ぐだけじゃおっつかねえ・・・
それをお前は・・・!!」

剣は、心底怒っていた。
義理に厚いあいつが怒るのは当然だろう。だが・・・

「だからといって人の物を奪っていいのか?
奪われた奴だって、同じような環境にいるのかもしれない。
そのことを考えもせずに、人を傷つけるのは、悪だ」

「やめなさいよっ、二人とも!!

こんなことして誰が喜ぶと思うのっ!」
真紀が、剣の腕を掴んだ。

「うるせえっ、ひっこんでろっ!」
あいつはそれを乱暴に振り払った。
・・・その瞬間。
俺の中の何かが弾けた。



「結局のところ、紫雲ははその子に惚れてたんだろうな。
当然だろう。自分に唯一普通に接してくれる異性だったのだから。
だが、あいつは、肝心なことを忘れていた」
「・・・肝心なこと?」

ボクは、震える声で命さんに尋ねた。
本当はもう、これ以上は聞きたくなかった。
でも、ボクは、聞かなくちゃいけないと思った。
知らなくちゃいけないと思った。
何も知らず紫雲君を拒絶してしまったのだから。
そんなボクの視線を受け止めて、命さんは答えた。

「・・・彼もまた、形はどうあれ自分の友達だったということ。
・・・そして、彼女の気持ちを」



・・・全てが終わった後は・・・いつもと変わらず、僕は血塗れだった。
地面には、違う意味で血塗れになったあいつがいた。
血に塗れた拳をみる。
・・・俺はこんなことをするために今まで拳を振るってきたわけじゃない!
俺は、俺は、、、!!
救いを求め、俺は彼女を見た。
彼女なら、全てわかってくれる。
そう信じていた。
だが、彼女はツカツカと俺に歩み寄ると、平手打ちを俺の頬に叩き込んだ。
その目には、ただ、俺への脅えがあった。

「最低・・・!貴方なんか、だいっ嫌いよおぉぉ」
「・・・!!」

そして、彼女はあいつの方に駆け寄って・・・気がついた時には、そこには俺しかいなかった。
全てが赤く染まった世界に融け込むように、只一人で。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
それは、最後の雄叫びだった。



(同じ、、、同じだよ・・・あの時と)
ボクはそれに気づいた。
紫雲君がボクを助けたあの時。
紫雲君が友達を傷つけた時。
そこにある気持ちは同じだった。
人を、守るという気持ち。
そして。
その結果拒絶されたという事実もまた、同じだった・・・・・・!
その事実にボクはうちのめされた。

「それで、どうなったんですか、、、?」

そんな祐一君の声も、今の僕には遥かに遠かった。


「あいつはおとがめなしだった。
学校でのあいつは優等生だったし、あいつがそれまでしてきたことは、世間一般からみれば、紛れもない正義だったからだ。
あいつの動きで、検挙できた事件も多かったらしくて、警察もそれを黙認した。
学校側としては、不良生徒を放逐できるチャンスだったしな。
剣と、それに味方する真紀が学校から追放されて、その事件は終わった。
・・・ある噂が残った以外は」
「ある、噂?」
「・・・いや、やめておこう。噂は噂だからな。
ともあれ、その事件を最後にあいつが拳を振るうことはなくなった。
あいつに喧嘩を売るものがいなくなったこと、
あいつ自身が、自分の信念を失ったことで、な。



正義なんて、俺の中にはなかった。最初から。
俺はただ、皆に幸せでいて欲しかっただけだった。
正義なんて、どうでもよかった。
なのに・・・なぜ。・・・・おれは・・・ぼくは・・・
もう、償うこともできない・・・取り返しもつかない・・・
もう、なにも、わからない・・・
なにがいいことで、なにが悪いことなんだ、、、?
なら・・・全てに優しくなるふりをしか、ない。
それしか、ないんだ、僕には、もう。

『いいひとね、草薙君は』

違う!!
『いいひとですね、草薙さんは』

だから、違うんだ!!
優しい眼で見ないでくれ!
僕にはそんな資格なんて、ないんだ。
ただ、皆が笑ってくれれば、いいんだ・・・



「だが・・・何日か、前だったかな。
あいつが、妙にご機嫌な日があったんだ」
「え・・・?」
「久しぶりだったな、あいつのあんな顔見たのは・・・」



・・・そんな日々がどれくらい過ぎ去ったのだろう・・・
・・・どれだけ、自分を責めたのだろう・・・

そんな時だった。
僕が、彼女と出会ったのは。


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