Kanon another1”snowdrop”第19話



想い、再び〜天野美汐〜

あの時失ってしまったもの・・・
まるで一握りの砂のように、握り締めてもそれはこぼれ落ちた。
そして、風に舞っていった、それがもう二度とこの手に戻ることはない。
そう、思っていた。

だから、私は、全てを諦めた。
どうせ無くなってしまうものなら、私は求めたくはない。

そして、時は流れた。

ある、雪の日。
私は夜道を一人歩いていた。
ただなんとなく、一人町並みを眺めていたらこんな時間になってしまっていた。
(急がねば・・・)
家族が心配しているだろう。
そう思い、歩くスピードをあげたその時。

懐かしい匂いが鼻を掠めた。
もう二度と出会うことのないと思っていた、その残り香。
でもそれは幽かなもので・・・おそらく”匂い”が移っただけなのだろう。
でも、私はそこに向かって走り出していた。
自分でも気づかぬ内に。

急ごう、と思った理由が変わる。
白い息が、雪が、視界を覆うがそんなことは気にしてられなかった。
そして・・・私はそこに辿り着いた。

そこには、男の人がいた。
雪の上に倒れていた。
雪の積もり具合からみて、倒れたのはついさっきのことだろう。

私は”あの子”がいなくなってから、不思議な力を身につけていた。
といっても大したものではない。
言うなれば”本質”を見抜く力だ。

その能力が告げていた。
この人は、”あの子”ではないと。
しかし、それに近い存在に複数出会っているようだった。
そして、この人自身からも強い力を感じる。

結局、私はこの人を助けることにした。
人との繋がりを絶っているとはいえ、人を見捨てる理由にはならないから。
そして、もう一つ。
”もしかしたら”。
そんな淡い気持ちがあったからだ。

それから、数日間、私は足しげく、彼・・・草薙紫雲さんの病院に通った。
でも、私と彼が話す機会は中々訪れなかった。
彼が目を覚まさなかったこと、そしてお見舞いの足が途絶えなかったことが原因だった。
はからずも、私は色々な人の話を聞くこととなった。
多くの人が悩んでいた。苦しんでいた。
でも、ここを訪れる人の誰一人として、それから逃げようとはしなかった。
見えないものに立ち向かっていた。

私と、違って。

「えっと・・・君が僕を助けてくれたんだって?ありがとう」

その人、草薙さんは屈託のない笑顔でそう言った。
私がやっと彼と話す機会ができたのは、彼が退院する、一日前だった。

「いえ・・・別に」

私はそう返すのがやっとだった。
私はやはりここにいるべき人間ではない。
そういう気持ちが私をさらに萎縮させていた。

「・・・どうかしたの?元気がないみたいだけど・・・まあ、入院してるやつの台詞じゃないけど」
「・・・・・・・」
「よかったら話してくれないか?力になれるかも知れない」
「・・・あなたは」

やめて。

「・・・大事なものを失ったことがありますか?」

何故そんなことを口にしているの?

「・・・私はずっと昔に大好きだった子をなくして」

誰かにすがったって、あの子は帰ってこないのに。

「・・・もう二度と何かを失いたくないから、何も得ようとしなくなった。ただ、それだけのことです」

病室に、沈黙が落ちた。
私は自分の愚かさを悔いた。
当たり前だ。
いきなりこんな話をしたのだ。しかも、殆ど初対面の人に。
期待しても無駄なことがあると、あの時に思い知ったはずなのに。
私が部屋を去ろうと思い立った、その時。

「僕も・・・」
「・・・・・」
「僕も君と同じだよ」
「え・・・?」
「いろんなものを無くしたよ。もう何も失いたくはないよ。でも・・・
僕たちは生きている。生きている限り失わないものなんかないんだ」
「・・・そんなことはないです。得ようとさえしなければ・・・失うものなんか」

・・・分かっていた。

「そうかな?君は得ようとしないことで、一番大事なものを失っているんじゃないのか?」

・・・この人の言うことが事実だということは。
・・・あの時から、本当は・・・
誰よりも人に触れたかった。近づきたかった。愛されたかった。

でも、それ以上に恐かった。
また失ってしまう事が、ただ怖かった。
だから分かったふりをして誤魔化していた。

「その、大好きだった人をなくした時、君はどうしてた?」
何も言わない私に、草薙さんはそう問いかけた。
私は、うつむいて答えた。
「ただ、泣いていました。どうしようもなくて、ただ泣いて・・・」
「その時のことを、覚えてる?」
「・・はい」
「思い出してみて」
「・・・・・はい」

高熱を出したあの子。
そばにいる私。
何かを言葉にしようとするあの子。
それを何とか理解しようとする私。
ただ、手を握り締めようとしたあの子。
それに応えた私。
そして。
はじめから、いなかったように。
消えてしまった、あの子。

「僕の勘違いだったみたいだね」
「え?」
「一番大事だったもの、無くしてないよ、君は」
「?」
「ごめんね、泣かせちゃって」
「あ・・・」

私は頬を濡らすそれにやっと気づいた。
微笑んで、草薙さんはハンカチを私に差し出した。
私は、おそるおそるだったが、それを確かに受け取った。

それから少し経って。

「こんにちは」
「・・・こんちは」

二人の女性が病室を訪れた。

「秋子さん、それに真琴ちゃん・・・だったよね?」

その真琴と呼ばれた少女を見て私は驚きを隠せなかった。
この子は紛れもなく・・・!

草薙さんと秋子さんという方が二人だけでお話がしたいというので、私と、真琴は病室の外に出た。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・退屈〜」
「・・・そうね。じゃあ、私と遊ぶ?」

それはずっと昔から誰かに言いたくて、言えなかった言葉だ。
その言葉に真琴は笑顔で答えてくれた。

「うんっ!それ、私にも分かる?」

キラキラと目を輝かせる。

「大丈夫よ。すぐに分かるわ。あなたなら」
「うん、真琴にお任せよっ」
「ふふふ」

かつて、あの子を愛しいと思ったこと。
そして、今この子を愛しいと思うこと。
その気持ちは決して同じではないだろう。
ひょっとしたら、この子をあの子の身代わりとしてみているのかも知れない。
でも、あの時よりも私は強く想うことができる。

この子を幸せにしたい、と。

またいつか、悲劇は繰り返されるのかも知れない。
でも、いま抱いている想いを忘れることは決してないだろう。
それはあの子が時を越えて教えてくれた、
再び宿った、大切な想いなのだから。

BGM 君のままで SONG BY 元田恵美(DC版 こみっくパーティー)


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