Kanon another1”snowdrop”第14話
In My Room〜川澄舞〜
川澄舞。
それが少女の名前。
たった一人、夜の校舎で剣を振るい、魔物と戦い続けるそんな存在。
全ての始まりは10年前から。
二人の遊び場を守るため。
それが戦う理由だった。
時は流れ。
少女はいまだその思いで戦い続けているのだろうか?
それとも・・・
「・・・病院に?」
「ああ。頼むよ。魔物に襲われたのなら人事じゃないだろ?」
相沢祐一の言葉に舞は少し間をおいてから首を縦に振った。
昼食の時間。
屋上前の階段。
彼女らはいつもここにいた。
ただ、今日はもう一人・・・川澄舞の親友である、倉田佐祐理の姿はまだなかった。
だからこそ、祐一はその話を切り出せたのだが・・・
「・・・・彼に怪我をさせたのは私の責任だから・・・」
「おお、珍しく殊勝な心掛けだな」
ぽかっっ。
すかさず、舞の怒りの突っ込みチョップが祐一の頭に入った。
祐一の影響による、舞の変化の一つがこれである。
今のところ祐一以外には使われてはいないが。
「あはは〜楽しそうですね。佐祐理も入れてください」
そこに佐祐理が弁当箱を持って現れた。
彼女は二人をまるで夢を見ているかのように眺めていた。
それが寂しそうに思えて、舞は自分の隣をポンポンと叩いて、ここに座るようにと意思表示をした。
佐祐理は笑って、それに従った。
「それで何のお話をしていたんですか?」
「え?ああ、俺のダチに怪我して入院した奴がいてね、そいつが舞と知り合いらしいから、今日見舞いに行かないかって話」
その嘘は佐祐理を巻き込みたくないという思いから出たものだった。
事実を語れば、きっと彼女は二人の、いや舞の力になろうとするだろう。
だから、秘密。
それは暗黙の了解だった。
「それでしたら、佐祐理も行っていいですか?」
予想外の答が返ってきて、祐一は僅かに戸惑った。
「え?そりゃいいけど・・・なんで?」
もっともな問を祐一は口にした。
それに、佐祐理はいつもの笑顔で答えた。
「舞の友達なら、佐祐理にとっても友達ですから。ね、舞?」
「はちみつくまさん」
そんなわけで、三人は草薙紫雲の入院している病院にやってきていた。
今回ここにきた本当の目的は、魔物を討つ者・舞に話を聞きたいという草薙命と会うことだったが、彼女はまだ忙しいということで、三人は紫雲の病室で待つこととなった。
その病室は薄暗く、舞に自分の部屋を思い起こさせた。
ぬいぐるみなどが置いてあっても、どこか無機質な、そんな部屋を。
その窓際で紫雲は眠っていた。
舞は四日前の彼のことも思い起こした。
天使の姿をした少女を守るため、異形の心でたたかった姿を。
でも、彼はそうまでした少女に拒絶された。
彼はそれでも戦うのだろうか?生きていくのだろうか?
起きたら聞いてみたい、舞はほんの少しそう思った。
そんな時だった。
病室のドアが開き、誰かが入ってきた。
命かと祐一は思ったが、入ってきたのは裕一と同じ制服を着た、男子生徒だった。
「・・・ん?おや、そこにいるのは倉田さんじゃないですか」
「・・・久瀬さん・・・?」
「ほお、名物生徒の川澄さんまで一緒とはここにいる人は人望があるのか、あるいは川澄さんのせいで怪我でもしたのか」
そう言ってにやにやといやらしく笑う男を、舞は知っていた。
(佐祐理をむりやり生徒会に入れようとしたり、自分を学校から追い出そうとしたりしている人だ)
その理由はいまいち理解できてはいなかったが。
「何故貴方がここに?」
「それはですね、倉田さん。ここにいる彼が夜の校舎で怪我をしたらしいこと、その場に川澄さんがいたらしいことを小耳にはさみましてね。
傷害事件でもあったら事だと、事情を聞きにきたんですよ」
「・・・それじゃアンタは舞がそれをしたとでも言いたいのか?」
それまで黙っていた祐一が口を開いた。
その眼には怒りが宿っている。
久瀬はそれを鼻で笑った。
「誰もそんなこと入ってないが。決めつけているのは君じゃないか?」
「なに・・・?」
「まあ、そう思うのも無理はないかな。なんせ、彼女は名物生徒だからね、悪い意味でだが。君も彼女の素行の悪さを知らないわけでもないだろう。早急に縁を切るのがいいとお勧めするよ」
「・・・・・・・」
舞は自分について色々言われるのは仕方がないと思っていた。
それだけ迷惑をかけているのはわかる。
だが、そのために佐祐理や祐一をいじめる必要はないはずだ。
憤りを覚えた舞が口を開こうとする。
その瞬間、久瀬の様子に変化が起こった。
舞たちの後ろを見て、体を微かに震わせている。
その視線に気づいた三人が振り向くと・・・
「・・・おはこんばんちは」
意味不明の挨拶をかまして、草薙紫雲が目を覚ましていた。
「なんだその挨拶は」
「おお、相沢君。いや、いま何時かわからなかったからつい。そこにいるのは・・・舞さんと、佐祐理さん・・・でしたよね」
「あはは〜またお会いしましたね」
「・・・・・・・」
「キ、キサマは・・・”紫の草薙”(しのくさなぎ)・・・!何かの間違いだと思っていたが・・・やはり、そうなのか・・・!」
「病室では静かにだよ、久瀬。話はだいたい聞かせてもらったし、何を狙ってここにいるのかも見当はつく。まあ、なんにせよ、相変わらず失礼極まりないのな、あんたは」
「そんなことはどうでもいい・・・・!まさか、まだのうのうとこの地にいるとはな・・・・・」
「いや、別に出ていくほどのこっちゃなかっただろ。が、まあ、そんなことは今はどうでもいいか」
そう言って紫雲は目を細めた。
それを僅かにでも隠す眼鏡を、今日はまだしていなかった。
それに気圧されたのか、久瀬は少し後ずさった。
「・・・キサマ何の根拠があって、僕の知人を非難する?」
「しょ、証拠はあがって・・・」
「ちゃんと事情も聞いたんだろうな?」
「そ、そんな必要などない。彼女が問題を起こしているのは確かだ」
「なら、キサマが彼女を侮辱しているのも確かだな。
・・・さて、ここで問題だ。
僕はいま正義のないことに、理不尽さにちょっと怒ってます。こんな時かつての”オレ”ならどうするでしょうか?」
笑顔で問う草薙に久瀬は哀れなまでに脅えを見せた。
それほどのモノがこの少年にはあることをその場にいる全員が感じとっていた。
「っ!き、今日のところはここまでにしておこう。そ、それでは、失礼する」
そう言い残し去るのが彼の限界だった。
その様を見て、何処か満足げな紫雲に、祐一は言った。
「お前って、悪だな」
「まあね」
それから、しばらく四人はいろいろと話していた。
出会った時の話や、お互いのことを。
それは穏やかな時間だった。
そんな中、佐祐理と祐一がジュースを買いにいって席を外した時。
舞は紫雲に話し掛けていた。
それは滅多に見る事のできない、能動的な彼女の姿だった。
・・・彼女をそうさせた理由は、彼女自身よく理解していなかったが。
「大丈夫?」
「・・・なにが、ですか?」
「紫雲は、天使さんに嫌われた」
「そうですね・・・」
「あれだけ頑張ったのに・・・」
「仕方ないですよ」
「もう、あの子とは、会わない?」
「いいえ。例えどんなに嫌われても、好きなことに変わりはありませんから。また、いつか、会います。
それより、僕も聞いてみたいんですけど・・・あなたは何故魔物と戦うのですか?」
「・・・魔物は・・・私たちの遊び場所を汚した・・・だから、許せない・・・!」
彼女は気付かない。
いつになく雄弁な自分自身の事。
そして、自分の言っていることは間違っていないが、決して真実ではない事を。
紫雲は”ある事”からそれを知っていた。
だが、それについては敢えて何も言わず、もう一つ質問した。
「では、その先は?」
「・・・え?」
「魔物を倒したその先は?」
「・・・・・・・」
舞は答えられなかった。
考えもしていなかった。
そんな日は本当に来るのだろうか。
そんな日が来たとして、自分はどうするのか。
・・・そこには、何も、何一つ、なかった・・・・・
それから数日後。
学校から家に戻ると、舞は自分の部屋に向かった。
”人の持つ力”を取りに、である。
所々にぬいぐるみや、本が置いてあるだけで何の飾り気もない部屋。
ここは自分の居場所のはずだ。
でも、何処かに何かを置き忘れているような気がして・・・
どこか空々しい気がして・・・
そして、居場所をまだ見つけていない気がして・・・
(難しいことは、私には分からない)
でも、その答が夜の校舎にあるような気がして・・・
彼女は、剣を取った。
夜の校舎。
彼女はいつものように魔物に立ち向かっていく。
しかし、彼女は気づいていない。
魔物を全て倒したところで自分に未来などないことを。
自分自身を殺したものに未来などありえないことを。
そして・・・
彼女自身、魔物を倒す気がないことを。
そうでないなら、彼女ほどの手だれが十年もの年月を費やすはずもない。
たった一人で魔物を倒そうとする時、彼女の心にはブレーキがかかっていた。
彼女は、ただ待っていたかっただけだからだ。
いつか別れた友達がこの地に戻ってくるのを。
たったそれだけのために、彼女は笑顔を失った。
その目に未来は映らない。
「・・・?なんのつもり・・・?」
魔物を追い詰めた舞。
その前に、彼が立ちふさがった。
そう、草薙紫雲。
「あなたは魔物と・・・いや、彼女らと戦ってはいけない。
これはあなたがするべきことではないはずだ」
「・・・・・」
「この前あなたは言った。
私たちの遊び場所を汚したものを許せない、と。
たちってことは一緒に遊んだ子がいる・・・
その子はこんなことを望んではいない。
あなたがこんなことをしている限り・・その子はここには帰ってこれない。
そうじゃ、ないんですか?」
「・・・そんなことは知らない。私は只魔物を討つ。
あの子が安心してここに帰ってこれるように・・・
だから、その邪魔は許さない・・・」
舞は剣を構えた。
そこには、魔物・・・自分の異質な力への憎悪しかなかった。
紫雲は無言で、自分の手に蒼いナックルガードをつけた。
「悪いが、僕も引けない。頼まれているんでね。それに、僕はあなたにも笑っていてほしいんだ」
そして、二人の闘いが始まった。
無意味すぎるその闘いはいつ終わるのか・・・それは誰にもわからない。
BGM In My Room by宇多田ヒカル
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