Kanon another1”snowdrop”第13話
sleeping beauty〜水瀬名雪〜
7年前の気持ち・・・
”祐一のこと、好きだから”
それは、無惨に砕け散った気持ち・・・
雪うさぎとともに・・・
”なんで?”
”いたいよ”
”つらいよ”
”こんなきもちなんか”
そして。
時は流れた。
再び会った祐一は。
忘れていた、全てを。
私のことも。
あの子のことも。
「ボク、月宮あゆっていいます」
知ってるよ。
祐一が好きだった女の子。
かわいいよ。
憎めないよ。
でも・・・
なんで、祐一を見てないの?
あゆちゃんが、見ているのは・・・
”草薙紫雲様”
そう書かれたプレートのついたドアを、わたしは開いた。
私の後ろには、祐一、あゆちゃん、香里、北川君がいた。
部屋に入る。
その部屋は薄暗く、その窓際に置かれたベットに、草薙君は眠っていた。
窓から差し込む夕日の赤が草薙君を染めていた。
それでも、草薙君は眠っていた。
窓から差し込む光を感じていなかった。
まるで・・・御伽話の眠り姫のように、深い深い眠りだった。
その事が、私にある事を思い出させた。
それは随分前の、祐一がこの街に来なくなった頃の、私とお母さんの会話。
”お母さん”
”なに、名雪”
”私ね、最近すごく、眠たいの。眠っても、眠っても足りないよ”
”そう”
”困るなあ。皆夜のドラマの話してる時、私だけ分からないんだよ”
”そう”
”どうしたらいいかな”
”あら?名雪、それで友達がいなくなったのかしら?”
”ううん、そんなことないよ”
”ならいいじゃない。・・・名雪、今のうちに眠っておきなさい”
”なんで〜?”
”それはね・・・”
「気持ちを閉じ込めるため」
「え?」
私の言葉に、香里が振り返った。
わたしは思わずそれを口にしていたことに、その時になって気づいた。
「あ、なんでもないよ」
そう言って私はお見舞いに買ってきた、果物がたくさん入ったバスケットを草薙君の眼鏡の横においた。
そして、なんとなく草薙君の顔を見つめた。
・・・目を覚ましていいはずなのに、目を覚まさない。
・・・それは、私と同じ。
なら、草薙君も私と同じように気持ちを閉じ込めていたいから、眠っているのかもしれない。
目を覚ますと辛いから。
悲しいから。
見なくてもいいことを、見てしまうから。
聞きたくない言葉を、聞いてしまうから。
7年前の私がそうであったように。
今の私がそうであるように。
草薙君のお姉さんである命さんに、あゆちゃんがその時、草薙君が怪我をした時の話を話していた時に、私はそう思った。
「ボクが悪いんだ。ボクなんかのために紫雲君は・・・!」
あゆちゃんはしきりにそう呟いていた。
「そりゃ、違うだろ」
そう言ったのは、北川君だった。
「魔物云々の話はともかく、”なんか”のために体張ったりしないよ、こいつは。んで、ついでに言えば草薙はいい奴だからな。相手の落ち度より、自分の落ち度探す奴だし。気にしてないさ」
「・・・根拠は?」
香里がそういうと、北川君はこう答えた。
「同じ男だからな。気持ちはよくわかる。それ以上の理由はないさ」
「俺も、そう思うよ」
祐一もそれに同意した。
「うん、そうだね。草薙君優しいから」
私もそう思った。
草薙君は、あゆちゃんを許すよ。
優しいから。
でも・・・なら、なぜ、眠っているの?
すべてを受け入れられるのなら、どうして?
「時間がかかるって事だ」
草薙君の昔話をした後、命さんはそう言った。
「あいつは答を探してる。過去から未来に続く答を。自分が自分である答を、な。だが信じていたもの、ヒトに裏切られたダメージは大きい。本人にとっても思いの他な。
だから、今あいつは無意識に休んでいるのかもしれない。
全てを受け入れるために。
・・・好きな女のために、かもな」
そう言うと命さんは、クスリ、と笑った。
ジリリリリリリリリイリリリリリッ!!
ピピッピピッピピッピピッピピッピピッピ!
おはよう!おはよう!
・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・じゃないっ!起きろっ!」
「うにゅ?」
私はゆっくりと起き上がった。
と、同時に頭を叩かれた。
「痛い〜。なにするの〜」
「文句言ってる暇あるなら、そこらで鳴ってるものの時刻をみろっ!」
「わ。びっくり」
「いいから早くしろ。さもないと、その格好で学校に連れてくぞ。そうすると、お前は校内一の不思議少女だ」
「それはいやだよ」
「だったら急げっ」
「うんそうする」
7年前と変わらない、会話。
祐一が変なことを言って。
私がそれに答えて。
だけど。
私は変わった。
あの時の私は祐一を見ていた。
そして、今の私は、昔の幻影を求めて、夢を見続けている・・・
それから、数日後。
草薙君が退院するというので、私と祐一は最後のお見舞いにいった。
「わり、ちょっとトイレいってくる」
「・・・女の子の前なんだから、もう少し気を使った方がいいと思うよ」
「そうだよ祐一。恥ずかしいよ」
「俺は恥ずかしくもないな」
そう言って祐一は病室から出ていった。
「相変わらずだね、相沢君も、水瀬さんも」
クスリと草薙君は笑った。
その笑い方は、命さんと似て・・・いや、同じだった。
とても優しい笑顔だ。
前よりも、優しい笑顔だった。
「草薙君は、変わった・・・のかな?」
「う〜ん。変わったというよりも、たぶんわかったんだと思うよ」
「何が?」
「・・・うーんと・・・ね。
過去だけでは駄目。
今だけでも駄目。
未来を見据えるだけじゃなにも変わらない。
大事なのはその全てで。
過去の痛みがあるから、今をより良くしようと思える。いまがより良くなるなら未来はそれに従う・・・その繰り返しなんだ。
そして、その積み重ねの中で出会った好きな人の幸せ・・・それが今の僕の全てなんだ。
まあ、そんなことが、かな」
「それって・・・あゆちゃんのこと?」
思わず聞いてしまっていた。
聞かずにはいられなかった。
草薙君は少し気まずそうな笑いを浮かべた。
「まあ、ね。でも、あゆの気持ちは、相沢君に向いてるから」
「それでも、草薙君はあゆちゃんの幸せを望むの?」
「うん。あゆには、笑っていてほしいからね」
草薙君は気づいていなかった。
あゆちゃんが今誰を思っているのか。
・・・不意に彼の表情が陰る。
「でも・・・水瀬さんも、その、相沢君のこと・・・好きなんじゃないかなって思ったんだけど・・・だとしたら、その・・・」
私が、祐一を?
草薙君から見ると、そう見えるのだろうか?
でも、私は・・・
「そんなこと言われたってわからないよ・・・」
草薙君が気持ちを話してくれたから、なのか。
「え?」
その言葉は、自然に形になって、口から零れ落ちた。
「確かに昔は、7年前は祐一のこと好きだった。だけど、ふられちゃって、それからずっと、私は、私の気持ちは止まってしまってる気がするの」
・・・夢を見ていたかった。
あの頃、誰よりも祐一の近くにいた時の夢を。
閉じ込めていたかった。
どうしても伝わらない思いなら。
そんな私を見て、草薙君は微笑んだ。
「答は出てるじゃないか」
「え・・・?」
「辛いなら、悲しいなら、そんな気持ち捨てればよかったじゃないか。それでも、水瀬さんはそうしなかった。気持ちを止めたままだった」
「・・・・・」
「7年間も君は待ってたんだと思うよ。それだけ、大切な気持ちってことだよ。そして、止まっているなら、また動かせばいい。きっと、まだ間に合うよ」
その時、私は思い出した。
あの時のお母さんの言葉を。
”それはね、気持ちを閉じ込めるためよ。大事に大事にとっておきなさい。いつか祐一さんがこの町を訪れる時、その気持ちを伝えるために。あの時の祐一さんはその気持ちを受け取れなかっただけよ。いつか、きっと、伝えられる時が、くるから。
それはあの子も喜ぶと思うわ。祐一さんが悲しいままなのはいやだときっと思うから”
”・・・お母さん?”
”あの子はもう・・・”
そこから先は覚えていない。
だけど。
とても大事なことを、私は思い出した。
そうだ。
私は。
私の、気持ちは。
「・・・そうだ・・・そうだ、ね。私・・・ふぁいと、するよ」
「うん。そうしなよ」
「でも、どうして教えてくれたの?あゆちゃんの幸せなくなっちゃうかもしれないのに」
「・・・そのために君を犠牲にすると、あゆが悲しむし、僕もいやだ。
まあ、だから間をとって、こうなった、のかな。
後は、なるようになるよ、きっと。双方の努力次第ってことで」
私は思わず笑っていた。
あまりに草薙君らしかったからだ。
なるようになる。
あゆちゃんは草薙君が守ってくれるだろう。
だから、私は・・・
その帰り道。
雪が強く降りはじめたので、私は傘を持たない祐一を中に入れるために奮闘した。
傘をそのまま貸してもよかったけど、祐一はきっと断るし、私もあいあい傘をしてみたかったから・・・
なかなかうまくいかなかったけど、祐一が持ってくれて、あいあい傘になって、嬉しかった。
祐一は変わっていない。
昔のことを忘れても、変で意地悪で優しい祐一のままだった。
祐一が祐一であるかぎり、わたしは祐一のことが好き。
いつか一緒に昔の自分を取り戻して、ずっとずっと先まで歩いていきたい。
それが、私の全て。
そうだよね、草薙君。
こうして。
sieeping beautyは目を覚ました。
しかし、本当のお伽話しが残酷であるように。
現実もまた、過酷である。
だが、心配はいらないのかもしれない。
姫の横には、ナイトが、王子様がいる。
そういうものだから。
BGM あたらしい予感 by LEAF VOCAL COLLECTION
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