Kanon another1”snowdrop”第1話






〜雪の、出逢い〜

空からただ、しんしんと舞い降りる。
それは、この町の冬の風景としては珍しくもないもの。
雪。
僕はそれを見る度に思い出すのだ。
雪と共に現れ、雪が解け消える前に消えてしまった・・・雪のような少女のことを。
報われない想いのために奇跡を起こし、去っていった少女のことを。
もっとも、普段はそんなことを微塵も感じさせない、変な女の子だったが。
そんな、彼女の名は・・・







「えー、転校生を紹介する。・・・男子には残念な知らせだが、男だ。」
担任の言葉に、クラスのみんなの声にならない声が上がる。
まあ、転校生といえば美少女が相場だからしょうがないといえばそうだろう。
かく言う僕もちょぉぉぉぉっと残念だが。
その彼はぺこりと頭を下げると、やや緊張した面持ちで自分の名を告げた。

「相沢祐一です。よろしくお願いします。」

その、実に普通な挨拶をした相沢君とやらは、穏やかそうでいて鋭く、それでいて優しげな感じのする、不思議な印象をもった人だった。

(ああ、水瀬さんが言ってた人か)

水瀬さんというのは、このクラスの女子の一人で(あまり似合わないと思うが、確か陸上部の部長さんをやっていた)いつもポーッとして、ちょっと変な人だけどいい人だ。
その水瀬さんが、従兄弟の男の子と一緒に暮らすことになったのを、美坂委員長をはじめとするクラスの皆に話していたのだ。

(おいおい、そういう事を話すか?普通)

と内心突っ込んでいたが、水瀬さんがとても嬉しそうで突っ込めなかった。
それはクラスの皆も同じだろう。

ともあれ、こうして彼、相沢祐一は、このクラスに転入してきたのだった。僕、草薙紫雲のいるこのクラスに。



あっという間に放課後。長いようで短い今日のお勤めの終わり。
今日は掃除当番の日だった事が頭に浮かぶ。
とりあえず、空いている席から後ろの方に下げていく事にした。

「よいしょ・・・っと」
「あれー、なんで草薙君一人でやってるの?」

ちょっと間延びした感の話し方・・・水瀬さんだ。
その後ろでは、相沢君が何気なしにこっちに視線を送っている。
僕はその視線から逃れるように水瀬さんに向き直った。
どーも人から見られるのは苦手だったりする。

「今日さ、二人休みだったでしょ?その二人がたまたま今日の掃除当番だったてわけ。」
「ふーん、だったら私も手伝うよ〜」

と、彼女はこっちの返事も聞かず手伝いはじめる。
すると相沢君も、

「やれやれ、俺も手伝うよ。えーと・・・」
「あ、草薙です。草薙紫雲と言います」
「んじゃ草薙、俺はこっちやるから、お前は向こうを頼む」
「あ、すいません、どうもありがとうございます」

流石に三人でやると速い。あっという間に掃除が終った。

「ごめん、転校してきたばっかりなのに・・・水瀬さんも忙しいのに・・・本当ごめん。この借りはちゃんと返すよ」

そう言った瞬間、相沢君の目がキラーンと光った。

「ほほう・・・ならパンツ一丁でグラウンド五周だ」
「はい?」

思わず声が裏がえる。

「全裸でも俺は困らない」
「祐一、下品だよ」

少し顔を赤くして水瀬さんは言った。

「草薙君は真面目だから本気にしちゃうよ」

とフォローまで入れてくれる・・・あんた本当にいい人やなあ〜。

「安心しろ、俺も真面目で本気だ」

・・・あんたら本当に血がつながってる?
思わず少し疑ってしまった。

「もう、駄目だよ。・・・ごめんね草薙君」
「いや、別に気にしてない」
「なら全裸で・・・」
「祐一、しつこい」
「はいはい、冗談だって」

それはどうか疑わしかったが、結局今度学食をおごるところに落ち着いた。
水瀬さんは「別にいいよ」といっていたが、その辺は自尊心があるため、やんわりと断った。



「うぅ、寒ぅ」

眼鏡についた雪をはらいながら、僕は呟いた。
白い息が広がり霧散する。
外した方がいいのかも知れないが、なければやはり不便だ。
放課後だけあって、商店街は学生たちで賑わっている。
本屋で立ち読みする者、ゲーセンでたむろする者たち、百花屋で友達とだべる者……実にさまざまだ。

僕はというと、最近鯛焼きに凝っていて近所の屋台で買ったものを食べ食べ帰路につくのが日課となっていた。暖かい緑茶があればなおよしだ。

「おう兄ちゃん、最近はよく来るねぇ」

鯛焼きを作る手を休めず、たいやき屋のおじさんは言った。
顔を覚えていてくれた事が嬉しくて、僕は愛想よく答えた。

「ええ、ここのたいやきは他の所よりおいしいですから」
「うんうん、そうだよね」

唐突に、その声が横から聞こえてきた。
僕はなんとなく声がした方に顔を向けた。

そこにいたのは、少し背の低い女の子。
赤いカチューシャ、ダッフルコート、そして羽のついたバッグを背負った、そんな女の子。

それが、僕、草薙紫雲と、彼女、月宮あゆの出会いだった。



  続く


第2話〜少女と、少年と、たいやきと〜へ