華音ライダー龍騎 第七話 誰がための戦い〜美坂香里〜
「う・・・」
久瀬はゆっくりと目を開いた。
そこは、学校の屋上だった。
・・・今まで自分は気を失っていたらしい。
「そうか、僕は・・・」
倒れていた身体を上半身だけ起き上がらせて久瀬は呟いた。
さっきの、ミラーワールドでの事が頭をよぎる。
『あなたは、あなたが殺した人たちに裁かれなさい』
美坂香里の声。
自分に迫る、自分が使役していたモンスター。
「・・・?それから、どうなったんだ・・・・・?」
久瀬は立ち上がりながら、そこで途切れていた記憶を呼び起こそうとするが、そこで気を失っていた以上思い出せるはずも無かった。
「・・・目が覚めたか?」
唐突に響いた背後からの声に少なからず驚きつつ振り返ると、そこには北川が立っていた。
久瀬はそれで大体の事情を把握した。
「君に、助けられたのか・・ぐっ!!」
呟いた矢先、いきなり横っ面を殴られて久瀬はよろけた。
かけていた眼鏡が地面を転がる。
再び視線を前に向けると、眼前には拳をただ握り締め久瀬を睨みつける北川の姿があった。
その拳は力を込めすぎてガタガタと震えてさえいた。
その鬼気迫る姿に、久瀬は後ずさった。
「ああ!そうだよ!助けてやったんだよ!!
あんたと同じ状況に立っていた人をあんたはいとも容易く殺したのを知っていて、それでも助けちまったんだ!!」
「・・・・・っ。
なら助けなければいい・・・ぐぅっ・・・・!!」
胸倉をあらん限りの力で掴まれて、久瀬は苦悶の声をあげた。
「無責任な事を言うな・・・!
あんた自分がした事がわかってないのかよ・・・!」
「・・・・・・ぐ・・」
「・・・くそっ」
苦しそうに呻く久瀬の表情を見て、北川は掴んでいた手を離した。
しばし、咳き込んでいた久瀬だったがそれが収まると呟くように言った。
「・・・僕を、どうする気だ・・・・?」
「・・・・知るかよ・・・・!
俺だって、どうすりゃいいのかわからないんだ・・・・・」
ミラーワールドの中で起こった殺人を、警察は信じるはずも無い。
そして、法的機関に委ねる以外の罪の清算の仕方を、北川は知らなかった・・・
「・・・僕は、どうすればいい・・・?」
「知るかよっ・・・・・!!」
薄い暗闇に覆われ始めたその場所で、二人はそれ以上何も言えずに暫しそこに佇んでいた・・・
・・・と、そんな時。
バタバタバタッ!ガチャっ!
そんなけたたましい音ともに一人の少女が現れた。
・・・彼女は、北川のよく知った顔だった。
「・・・七瀬?何しに来たんだこんな所に」
少女・・・七瀬留美はキッと北川を睨みつけて、いつものノリで北川の首を締めた。
今の今までシリアスモードだった北川はそれについていけず、いつものように為すがままとなった。
「あんたが、勝手に、消えるから、探して、回ってたのよっ!」
「ぬおおっ!いつもよりシェイクが激しいぃぃぃ?!」
「ったく、もう・・・って・・・そこにいるのは生徒会長?」
「・・・ごほっごほっ・・・・そうだよ・・・・」
久瀬の存在に気付いて声のトーンを落とす七瀬にあわせて、北川も声を落とした。
久瀬から少し距離を取りつつぼそぼそと囁きあう姿は何処か滑稽だった。
「んじゃ”取材”はしたわけ?」
「あ、う・・・ああ」
「へえ、やるじゃない。で、どうなの。黒?白?」
その言い様は無いんじゃないか、と言いたくなった北川だが真実を知る彼にしてみればそれは冗談事では済まされなかった。
・・・少し考え込んでから、北川は答えた。
「・・・・・白だよ。
何でも個人的に生活指導・・・つうか軽い注意してただけらしい」
でっちあげとしては少し苦しいか・・・北川はそう思った。
案の定というべきか、七瀬は微かに眉を寄せて、疑いの目を北川に向けた。
「・・・それだけのために屋上に呼び出すものかしら・・・・」
「誰かに聞かれると色々あるからじゃねーの?」
「む・・・そう言われると、そうなのかも・・・・」
暫し首を傾げて考えていた七瀬だったが、北川の苦し紛れの理屈に納得したのかハア、と溜息を洩らして呟いた。
「・・・また、最初から取材のやり直しか。
見つけるって約束したのにな・・・・」
悲しげな、その七瀬の表情を見ると北川の良心が痛んだ。
それが嫌いな人間を庇っているような形になっているのも、痛みに拍車をかけていた。
(仕方、ないよな)
痛みから逃れるように無理にそう納得して北川は言った。
「そう焦るなよ。
結果的に見つけてやれば、約束を果たしたってことになるだろ?」
「・・・・・ありがと。下手な励まし方だけどね」
「ほっとけ」
「んじゃ、あたし帰るから。・・・失礼しましたー」
話題の中心にいながら蚊帳の外だった生徒会長・久瀬に、乙女の愛想笑い(自称)を向けてから七瀬は屋上から出て行った。
・・・後には再び男二人が残された。
「・・・何故、本当の事を言わなかったんだ?」
「聞こえてたのか。
別に、あんたを庇ったわけじゃないからな。
ミラーワールドの事はなるべくなら知らないほうがいいと思ってる・・・それだけだ」
何処か不機嫌そうに北川は言って、久瀬に背を向けた。
これ以上ここにいても、もうできることはなかった。
・・・いや、あとひとつだけ、あった。
半身だけ振り返って、北川は口を開いた。
「・・・あんた。
今助かって良かったって思ってるか?」
「・・・・・」
久瀬は、何も答えなかった。
だが、微かに目を伏せたように北川には思えた。
「・・・そう、思ってるんなら・・・・少しだけでいい。
あんたが・・・殺した人たちの事を考えてやってくれ。
・・・・・・それじゃ」
そう言う事しか、北川にはできなかった。
・・・・・人間はそう簡単には変われない。
どんなに痛い目を見ても時間が立てば人はまた同じ事を繰り返す。
だが、過ちについて考えもしない事と、少しでも考えるということは雲泥の差がある。
少しでも考えれば、それは心の隅か奥でも微かに残る。
そして、残ればいつかそれは何かの糧になる。
今回の事は、久瀬にとっては過ちでもなんでもないのかもしれない。
だが、それでも。
それでも、ただ考えて欲しかった。
それでなければ。
殺された人たちが。
あまりにも・・・報われない。
・・・・・・北川が去った後。
久瀬は、ずっとそこに立っていた。
俯いて、そこにただ立ち続けていた。
その手には、何の紋章も浮かんでいない、空白のカードデッキが力なく握られていた・・・・・
「ふう・・・」
時と場所が変わって、喫茶店”鳥の詩”。
客がいない店の中、洗い終わったカップを拭きながら北川は息を吐いた。
「北川さん、どうしたの?」
そんな北川の様子を見かねて、観鈴は声をかけた。
ライダーの事について考えていた北川は、そんな観鈴を心配させまいとハハッと笑った。
「いや、部活の部長に首を締められてな。それが痛いのなんのって」
「・・・怖い人、なの?」
「そりゃ、もう。人はあいつの事を乙女の皮を被った獣と呼ぶのさ」
「にはは・・・怖いけど、会ってみたいような気もする」
「それやったら、会ってみたらどない?」
いきなり響いたその声の方に二人は振り返った。
そこには観鈴の”母”であり、この喫茶店の主、神尾晴子がエプロン姿で立っていた。
「お母さん・・・どういうこと?」
「ん。観鈴もこっちに慣れた頃やし、そろそろ転入先を決めていい頃合やなと思ってな。
そこの潤ちゃんもおるし、その学校に決めてもええんちゃう?」
「・・・あの。潤ちゃんはやめてもらえますか?」
顔を引きつらせつつ、北川は言った。
「ええやないか。今更、北川君なんて固っくるしく呼べへんよ、うちは」
「うう・・・男としてのアイデンティティが・・・・・」
にかっと笑う晴子に文句は言えず、北川は触覚をへなへなさせた・・・様な表情を浮かべた。
観鈴はそれに苦笑してから、晴子に向き直った。
「でも、お母さん、私・・・」
「あんたの言いたい事は、分かる。
でもあんたはいつか大人にならなあかん。
・・・これはあんただけの話やなくて、生まれたもの皆に当てはまる事や。
そのときのために今から頑張なあかんやろ?」
北川にはその会話に含まれた意味を理解できなかった。
少なくとも、今この時は。
「でも・・・」
「観鈴」
今まで会話に参加することなく床を磨いていた往人が口を開いた。
「往人さん・・・?」
「自分から動かないと何も手にする事はできない。・・・分かるな?」
その往人の言葉に、観鈴は微かに顔を俯かせた。
「・・・もう少し、考えさせて」
最後にそう呟いて、観鈴は二階の自分の部屋へと上がっていった。
その後ろ姿を、晴子は悲しそうな表情で見送って、その後に続くように裏口から外に出て行った。
・・・そろそろ閉店の時間なのでその準備をしにいったのだろう。
「・・・言っておくが余計な詮索はするなよ」
一連の事をただ黙って見ているしかできなかった北川の表情から推察したのか、それともはじめからそう言うつもりだったのか、往人は冷たくそう言った。
その言い様に北川は憮然とした表情を浮かべた。
「・・・力になりたいんだよ、俺は」
「それが余計だって言うんだよ。小さな親切大きなお世話という言葉を知ってるか?
・・・今日の事にしたってそうだ」
「・・・?何のことだよ」
「ライダー同士の闘いに割って入った事だ」
今一番触れられたくない、思い出したくもない話題を出されて、北川は表情を歪めた。
願いのために人殺しを平然としていた久瀬。
それを平然と倒そうとした、美坂香里。
それをあっさりと肯定する、目の前の男。
北川には信じられなかった。
自分の望みを叶える為に、他人を犠牲にできるというその考えが。
どうしても理解できなかった。
「・・・まあ、偶然ライダーになったお前には分からないだろうがな。
ほら、もう閉店時間だ。さっさと帰れ」
「って、くそ分かったよ、帰ればいいんだろ・・・」
ぐいぐいと追い出され、北川はやむなく家路に着く事にした。
・・・あっさりとそうなったのは、北川自身この話題をこれ以上続けたくないという思考が無意識の中にあったからなのだろう。
と、追い出された夜空の下で北川は気付いた。
「・・・そういえば」
何故、美坂香里はライダーになったのだろうか?
何故、国崎往人はライダーになったのだろうか?
・・・・・その理由を、自分はまるで知らない事を。
鏡の世界の動向はライダーではない多くの人間にとって関わりのないことで、その日も、多くの人間にとっての、いつも通りの朝が訪れた。
「起立、礼」
学級委員である、香里の号令で朝のHRが始まる。
それもまた、このクラスにとってのいつもの風景だった。
(いつもどおり、か)
北川は昨日あんな事があったにもかかわらず、あくまでいつも通りの香里の姿になんとなく溜息を洩らした。
北川潤が美坂香里と”知り合った”のはこのクラスで一緒になってからだが、北川自身は美坂香里と言う少女の事をそれよりも前に知っていた。
成績優秀、容姿端麗・・・彼女は、当人の自覚はともかくとして目立つ存在だったからだ。
そんな彼女と一緒のクラスになって、いろいろ話していると彼女の人となりというものが徐々に分かっていった。
北川がそんな風にして今まで見てきた美坂香里は、やや皮肉屋で自分にも他人にも厳しい所がありはするが、優しくて笑顔が綺麗なそんな少女だ。
・・・そんな彼女が何故ライダーなのか。
そんな風に北川が昨日と同じ疑問にぶつかった時だった。
「えーこんな時期だが、先月の相沢に引き続いて転入生だ。・・・今度こそ男子は喜べ」
担任の石橋の声にクラスの男子が歓声を上げた。
その声で北川の思考は遮られた。
まあ、北川自身、転入生に興味があったからというのもあるが。
石橋に呼ばれて、その少女が教室に入ってくる。
外はねの髪をした、少し釣り目がちなその少女はぺこりと頭を下げた。
「はじめまして、広瀬真希と言います。よろしくお願いします」
・・・その挨拶が教室に通るか否かの時だった。
がたん、と音を立てて誰かが立ち上がった。
男子の誰かががヒートアップしすぎて立ち上がったのか、と思いきや立ち上がっていたのは七瀬留美だった。
「あんた・・・」
「あら、七瀬さん、久しぶり」
「・・・なんだ、知り合いか?」
石橋の問いかけに、広瀬は微かに笑って答えた。
「ええ、前の学校で少し」
「ふむ・・・まあ、積もる話もあるだろうが、とりあえず今は席についてくれ。
広瀬の席はそっちの一番奥だ。何かあったら隣の草薙に面倒見てもらえ」
「はい」
頷いた彼女は、クラスで一番のお人好し草薙と挨拶を交わしながら、彼の隣の席についた。
そんな広瀬を視線で追いかけていた七瀬は終始複雑な面持ちだった。
「後、今日の日直は北川と美坂だからな。ちゃんと仕事しろよ」
「へ・・・は、はい」
「・・・分かりました」
石橋はそれだけ言うと日直用の日誌を机の上に置いて教室から出て行った。
・・・その直後、教室は喧騒に包まれた。
その中心が転入生の広瀬だというのは火を見るよりも明らかだった。
その喧騒に興味はあっても入る気にはなれなかった北川はただそれを眺めていた。
「北川君」
そんな北川の真横から香里の声が響いた。
・・・・・昨日の事が忘れられない北川はしどろもどろな応答を返した。
「・・・・・な、なんか用か?」
「日直の事なんだけど・・・一時間目の後はあたしが黒板を消すから、それから後は交互にやるって事でいい?」
「へ?は、ああ、それで、いいけど」
そんな北川を眺めて、香里は、はあっと息を吐いた。・・・・・呆れ気味の。
「な、なんだよ」
「あのね、北川君。
確かに、あたしとあなたはライダーで、いずれは戦うつもりだけど・・・今ここでってわけじゃないんだから・・・そんなに警戒しなくたっていいのよ」
北川にしてみれば警戒などしていなかったのだが、その言葉は彼にとって救いとなった。
「・・・・・そっか。そうだよな」
美坂香里という少女が変わってしまった訳ではない。
ライダーになった・・・その事柄が彼女を認識する項目にただ一つ増えただけ。
その事を確認できたのだから。
そう呟いて笑顔を浮かべる北川・・・それを香里は少し冷めた目で眺めていた・・・
それから時が流れて、お昼時。
「よっしゃ!今日も美坂チーム出撃!」
悩み事が多少は軽減されたのか、やけにハイテンションな北川の声が響いた。
「元気だね、北川君」
微かに笑ってそう言ったのは、このクラスにおいてお人好しの代名詞とさえ言われている男・・・草薙紫雲。
同じく結構なお人好しである北川とはわりと親しかったりする。
そんな草薙の言葉に北川はにかっと笑って答えた。
「ははは、俺はいつだって元気だぜ」
「そうだね。いい事だよ、それは。
・・・・そんな君にこれを伝えるのは酷だけど・・・」
「ん?何だよ、草薙」
「美坂委員長なら今さっき帰ったよ」
「なにっ!なにゆえっ!?」
今朝までの反動からかやたら大仰な動きを見せる北川。
きゅぴーん!とその目は光っていた。
その様子を見て、額に一筋の汗をたらしつつ苦笑して草薙は言った。
「・・・・・用事があるのを忘れてたから帰るって。
あと、日直の仕事はきっちりやるように、さもなくばひどいことになるわよって。
・・・・・手伝おうか?」
「うう・・・その気持ちだけ受け取って置くよ・・・・・」
一気にテンションが下がり、触角がかくんと折れ曲がったように見える表情を浮かべて北川は肩を落としたのだった。
美坂香里は思い出していた。
思い出そうとしていた。・・・その必要があったから。
そう。
ライダーに、なったときの事を。
・・・・・その日も、香里は絶望に暮れていた。
今の彼女にとって、日常は絶望だった。
彼女にとって、ただ一人の妹・・・美坂栞。
いつだって自分の背中を笑顔で、ただ無心についてきた可愛い妹。
香里はそんな栞の事を心から大切に思っていた。
・・・生まれつきあまり身体が丈夫ではなかった栞は病院通いが長く続いていた。
それもまた、香里が栞を大切にする理由の一つだった。
姉を誰よりも尊敬する妹。
妹を誰よりも大切に想う姉。
二人は深い絆を持った姉妹だった。
そんな、ある日。
栞に一つの現実が突きつけられた。
『・・・あと一年。それが彼女に残された精一杯の時間です』
その言葉を医師から聞き、その事実を現実だと認識した時、香里は途方に暮れた。
大切な妹。
その命は残り僅か。
・・・自分にしてやれる事は、ない。
それでも、栞は今までと変わることなく、笑顔で香里に接した。
だが、それは香里にとって苦痛でしかなかった。
『何もできないあたし』
『何故、笑いかけるの?』
『あたしには、その笑顔に応えることはできない』
『できないのに・・・・・・・・・!』
そんな心の呵責からか、香里は栞を妹として見ることをやめた。
姉として応える事ができないのに、妹を見ることなど許されはしない。
何よりも・・・怖い。直視していたくない。
そうやって、香里は妹の存在を拒絶し、日々を絶望の中で暮らしていた。
それが限界に近付いていたある時。
”その”声が聞こえてきたのだ。
鏡の、中から。
『・・・妹の命を助けたいとは、思わないかい?』
誰・・・?
『今はどうでもいいんじゃないかい?そんなことは。
それよりも、さっきの問いに答えてほしいんだが・・・』
助けたいに決まってるでしょ・・・?!
あの子は・・・あたしの・・・・たった一人の妹なんだから・・・・・!
『そうか・・・それなら、一つだけ方法がある』
なに・・・?
なんなの、それは・・・!
『華音ライダーになり、生き残れ』
華音ライダー・・・?
生き残れ・・・・・?
どういうことなの・・・?
その疑問に答えるべく鏡の中から現れた男は、それを取り出した。
そう、カードデッキを。
『鏡の中には世界がある。ミラーワールドと呼ばれる世界だ。
そこにはモンスターが棲んでいて彼らは人の命を喰らうために、時としてこの世界に現れる。
そのモンスターとこのカードデッキで契約を交わし戦う力を得た存在・・・それが華音ライダーだ』
モンスター・・・カードデッキ・・・・
それが一体なんなの・・・?
栞の事と何の関係があるって言うのよ・・・?!
『ライダーはライダーと戦い、最後に生き残ったものは願いを叶える事ができる。
それが唯一のルールであり、全てだ』
・・・・・!・・・・・
どんな願いでも・・・?
『ああ、どんな願いであっても、だ』
・・・・・そんな事、信じられると思っているの?
証拠も何もありはしない、そんな事を。
願いを叶えてくれるなんて確証もないのに・・・
『信じる信じないは自由だ。
だが、君が妹を救いたいと願うのなら、これしか道はない。
これを信じる他に、道などない』
・・・・・そのために、同じ様な理由でライダーになったかもしれない人を殺せ、と言うの?
『それが、ライダーだ』
それは、香里にとって、今まで生きてきた時間の中でもっとも悩んだ時間だった。
だが、それは。
答えの分かりきった、苦悩だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいわ。
ライダーに、なるわ。
・・・それ以外に方法がないのなら。
『カードデッキは全部で13。君が倒すべきライダーは12人。
君は、生き残る事ができるかな・・・?』
生き残ってみせるわ。
例えどんな事をしても、必ず。
二人は手を伸ばした。
一人は、渡すために。
一人は、受け取るために。
そう、華音ライダーの運命を。
そうして、今。
香里の手の中に、カードデッキがあった。
香里は、ただそれをじっと見下ろしていた。
(だからあたしは生き残る。
例え相手が・・・・・北川君でも。
ライダーを全て倒して、願いを叶えてみせる)
「・・・お姉ちゃん、なに見てるの?」
その声が聞こえて、香里はデッキをスカートのポケットの中にしまいこんだ。
香里は顔を上げて、そこに立つ妹・・・美坂栞に笑顔を向けた。
「ちょっとしたものよ。気にしないで。
じゃ、行きましょうか」
「うん!」
学校の校門で待ち合わせていた二人は連れ添って歩き出した。
その行き先は。
「栞辛くない?もし辛いのならタクシーで・・・」
「大丈夫。病院までそんなに遠くないし。お姉ちゃんと歩くこの時間、大切にしたいから」
「・・・・・そう」
栞は、残り一年を悔いなく過ごせるように、今まで休みがちだった学校に通う事を決意し、周囲にそれを承諾させた。
その条件として、二日に一度は決まった時刻に病院へ行く事を約束していた。
今日は、今がその約束の通院時間なのである。
香里は、それにできうる限り付き添うようにしていた。
栞が心配なのもあったが、理由としてはそれは二番目だ。
「でね、お姉ちゃん・・・聞いてる?」
「ええ、聞いているわ。・・・相沢君と知り合いになったのよね」
「うん、まさかお姉ちゃんと同じクラスだなんて思わなかった。それでね・・・」
熱心に話す妹に、香里はただ笑顔で頷き返していた。
(・・・そう、それが一番の理由。
僅かな時間でも、あたしは栞を妹として見れなかった。
その償い、その補完・・・そのために、あたしは笑う。
微笑みを栞に返す、そのために。
そして、今見せてくれる笑顔・・・そのお返しに、命を。
栞のための、永遠の命を。
そのために、そのためだけに、あたしはライダーになったのだから)
そんな、言葉には出せない思いを抱えたまま香里は歩いていった。
自分の、戦う理由と共に。
「それじゃ、お姉ちゃん。ちょっとだけ待っててね」
「ええ、ちゃんと待ってるわ」
「終わったら、百花屋に寄ろうね」
「はいはい」
栞はそう言うと診察室の中へと入っていった。
残された香里は、まだ昼ご飯を食べていなかったので病院の食堂に赴こうと一歩踏み出した。
・・・と、その一歩目、少し前方不注意だったのか目の前を通り過ぎようとしていた黒っぽいものと衝突してしまった。
「あぷ・・・っと、ごめんなさい」
「いや・・・こちらこそすまん。・・・ってお前は」
その声に、香里が顔を上げるとそこには往人が立っていた。
「あなたは・・・居候さん」
「・・・国崎往人だ」
居候と呼ばれるのがよほど嫌なのか、往人は自分の名を告げた。
「・・・いずれ戦う者同士、名前は知りたくなかったんだけど・・・・まあ、仕方ないわね。
あたしは美坂香里。好きなように呼んでくれていいわ」
「分かった。ところで、だ」
「・・・なにかしら」
「昨日は馬鹿のせいで流れたが・・・・やるか?」
まるでごく普通の会話を交わすように、往人はデッキを取り出した。
・・・少し考えて、香里は答えた。
「・・・そうしたいのはやまやまだけど、今はやめておくわ。人を待っているし」
「・・・・・そうか」
そう呟いて往人は香里に背を向けた。
「あら、もう行くの?」
「・・・戦わないなら、これ以上ここにいても仕方ない。じゃあな」
首だけ振り向いてから答えると、往人はさっさとその場から立ち去っていった。
「・・・やれやれ。全てのライダーがああならシンプルで助かるんだけど・・・・
でも」
(あの人、何でこんな所にいるのかしら)
心の内だけで呟きながら、香里は当初の目的地へと足を向けた・・・
美坂栞の通院する、その病院のある一室。
その部屋の前に国崎往人は立っていた。
往人はドアノブに手を伸ばす・・・が、その手は途中で虚空を彷徨い、やがて力なくもとの位置に戻った。
(・・・俺が、このドアを開く時は再会の時だけ。そう決めたはずだ。
ここに来たのは、自分の決意を確認する・・・ただそれだけのためだ)
そのドアを・・・いや、そのドアの”奥”を、往人はしばらく名残惜しそうに眺めていたが、眼を伏せてそこから立ち去った。
(・・・・・必ず。
必ず、助けてみせる。待っていてくれ・・・・・母さん)
彼が佇んでいた、そのドアのプレートには”国崎夏海”と書かれていた・・・
キィィィィ・・・・ィィィィ・・・・・・ン!
その音が響く。
それは鏡の世界の誘いの音。
そして、それはその二人に確かに届いた。
国崎往人。
美坂香里。
同じ病院の違う場所を、彼らは走った。
・・・・・・・内に秘めたる、その優しさゆえに。
そして、今は。
その優しさを仮面で覆い、ただ戦い抜く。
『変身!!』
・・・続く。
次回予告。
鏡の中の死闘。
その果てに往人は思い返す。
彼がライダーとなった時の事を。
「俺は生き残り、願いを叶える。
そのためだけに、ライダーになったのだから」
乞うご期待、はご自由に。
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閑話休題
香里「ふう・・・」(深い息)
北川「おお、今回は前回と違ってえらく穏やかだな」
往人「やっと戦う理由が明らかになって今までのことが弁明できたからじゃないか?」
久瀬「元からバレバレだがね」
草薙「そうだね。あ、どうもはじめましてオリキャラの草薙です。今後ともよろしくお願いします」
北川「・・・オリキャラ出していいのか?」
国崎「さあな。どうせ自滅するのは作者だからいいんじゃないか?
・・・というか問題なのは今回戦闘なかったことじゃないか?」
香里「そうね。でも、こういう回も必要だと作者は判断したみたいよ。
というわけで今回はご容赦いただければ幸いです」
北川「・・・ホント、今回は穏やかだな」
香里「では、今回はこれにて」
草薙「次回もよろしくお願いします」
第八話へ
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