華音ライダー龍騎 第六話 幾重の戦い、一つの答
「・・・おい!何のつもりだよ!!」
ミラーワールドに渡るなり、北川・・・龍騎は声を張り上げて叫んだ。
その心中は穏やかではいられなかった。
ここには、話し合いに来たつもりだった。
そこから、はじめていこうと思っていた。
(なのに、その最初から躓くのかよ、俺は・・・)
北川は戦いたくなかった。
初めてナイト・・・国崎往人と戦った時は彼の勢いに押される形で、ただ防戦一方だった。
それでも、その最中の感触は、最悪に思えた。
自分の呼び出した剣で相手の剣を受ける感覚。
自分の持つ剣で相手が殺せる感覚。
そのどれもが吐き気を覚えそうだった。
だから、もしライダー同士の闘いがあれば止めようと思っていた。
自分が味わっているこの嫌な感触を誰もが味わっているのなら止めなければならないと思った。
だが、この状況はなんなのだろう?
自分は話し合いのために呼ばれた。
そこにはたまたま川澄舞がいた。
その彼女を、あのライダーの契約モンスターが襲いかかった。
契約している以上、モンスターはライダーの言うことを聞く。
そのモンスターが人を襲う。
それは、ライダーが襲わせているという事に他ならないではないか・・・!
「・・・やれやれ、困ったね」
廊下の曲がり角から一つの影が現れた。
それは北川をこの場に呼び出したライダーの姿だった。
「本当は川澄舞を始末してから君と”話し合う”つもりだったんだが・・・
君が約束よりも早く来てたから予定が狂ってしまったよ」
「な・・・んだと・・・・!
始末・・・?
何でそんな事をしようとしたんだよ!」
話し合いをするつもりなどないことは、ここまでくれば誰の目にも明らかだった。
怒りを込めた北川の言葉にシザースはふう、と肩をすくめた。
「彼女は、川澄舞という名の不良学生はこの学校にとって、世の中にとって有害でしかない。
なら、僕がその命を有効活用したほうが世の中のためだろ?」
「な・・・?!」
「知ってのとおり、モンスターはモンスターを・・・正確に言えばそのエネルギーを喰らう事でより強くなる。
そのエネルギーというのは・・・命だ。
ここまで言えば君でも理解できるだろう?」
言いながらシザースはデッキからカードを引き抜く。
「自分のモンスターを強くするために、人を襲わせていたって言うのか・・・?!」
そこで、北川は思い当たったのか俯き加減になっていた顔を上げた。
「まさか、ここ最近の学校での行方不明事件は・・・・・!!」
「その通り。
害虫駆除をやっていたのは・・・この僕だよ」
『Advent』
カードがシザースの召喚機に装填され、龍騎の背後にメタルキャンサーが現れる・・・!!
「ち・・・っ!!」
それに気付いた龍騎はそれを避けようとする・・・が、学校の廊下と言う狭い空間で、シザースとモンスターに挟まれている以上、逃げ場は・・・ない。
「一人目の脱落者は・・・君のようだね・・・・・!」
シザースとメタルキャンサーが同時に駆け出す。
龍騎はその双方を交互に見やるばかりで対応できない・・・!
・・・その時。
『Advent』
その声と共に、一つの影が窓を突き破って現れた。
その影はその圧倒的なスピードを持ってシザースを弾き飛ばす・・・!
「ぐあっ!?」
「・・・いまだっ!!」
弾き飛ばされ地面を転がるシザースの横を龍騎は駆け抜けて、距離を多少とってからカードを引き抜きガントレット型の召喚機にカードを装填した。
『Strike Vent』
虚空から現れたドラグクリムゾンの頭部を模したモノが龍騎の右腕に装着された。
これは拳に纏う事によりその拳の威力を増すための武具なのだが、それ以外にも使用方法があった。
「はああ・・・・」
龍騎はそれが装着された右腕を引き絞る。
・・・その周りを何処からともなく現れたドラグクリムゾンが飛翔する。
「・・ああ・・・おりゃっ!!」
限界まで引き絞った拳を、龍騎は解き放った。
その動きにピッタリと合わせ、ドラグクリムゾンが自らの頭部を模した拳に重なる様に炎を吐き出した・・・・・!!
しかし、その炎弾の狙いはシザースでもメタルキャンサーでもなかった。
その二体の位置する丁度中間地点・・・そこに炎は打ち込まれた。
その爆風が二体を吹き飛ばす・・・
「ぐあ・・・・・っ・・・・・?!」
シザースは弾き飛ばされたものの、何とか受身を取ってダメージを最小限に抑えた。
・・・即座に立ち上がり、辺りを見回すが・・・もう、そこには誰もいなかった・・・・・
「く・・・」
シザースの隙を突いて、北川はどうにか現実世界に帰還していた。
近くにいたはずの川澄舞もここにいるのは危険なのでいっしょに連れて帰ろうとしたのだが、彼女はいつの間にか姿を消してしまっていた。
しょうがないので、北川は一人で学校を抜け出した。
校門を出るとそこには一つの影があった。
・・・今はそんな気にはなれなかったが、それでも、言わなければならない・・・・
そう思い、北川はその人影に声をかけた。
「国崎・・・助かったよ。さんきゅな」
自身のバイクによりかかり、そこに立っていたのは国崎往人だった。
・・・あの二体の挟撃を受けた時、モンスターを弾き飛ばした影。
それはナイトの契約モンスターであるシャドウクロウだった。
往人は北川の方を見るでもなく、ぶっきらぼうに返した。
「別に。
俺はただライダーとしてあいつを倒そうとしただけだ。
・・・お前はいつでも倒せるからな。
優先順位は低いのさ」
「・・・そうかよ」
いつもなら言い返すはずなのだが、今の北川はそれが出来ないほどに意気消沈していた。
それに追い討ちをかけるように、往人は口を開いた。
「・・・これで、わかっただろう。
ライダー同士の共存が無理って事が。
ライダーはライダーを潰す事しか考えていない」
「そんなことは・・・・・!」
「ない、そう言いきれるのか?お前は。
いまさっきの出来事を踏まえた上でそんなことが言えるのか?」
「・・・・ぐ・・・・・・」
「言っておくぞ。
この場合、奴が悪いわけじゃない。
ライダーである奴を信じたお前が、隙ができたのに奴を仕留めなかった、お前が悪い。
・・・奴はまた人を襲うぞ。
最後に生き残る、ただそれだけのために
。
今ここで倒しておかなかったばかりにな」
往人はそれだけ言うとバイクに跨り、呆然と佇む北川を置いて走り去っていった・・・・・
「くそっ!!!」
北川はそのやり切れない思いを壁に叩き付けた。
無論、拳は痛む。
だが、そんな拳の痛みなど、今の北川にはどうでもいいことだった。
「・・・・・痛くないの?」
その時響いたその声に北川は慌てて振り返った。
そこにいたのは、学校で見失ったはずの川澄舞、その人だった。
「いや、その・・・大丈夫です」
「・・・そう」
心配されないがための虚言を、舞はいともあっさりと受け入れた。
それに少々拍子抜けしつつも、北川は話し掛ける事にした。
「あの・・・俺、北川潤っていいます」
「・・・川澄舞という」
「その・・・大丈夫でしたか?」
「・・・大丈夫。あなたが戦ったから」
「た、大したことはしてないですけどね」
「・・・そう」
(・・・話が続かん・・・・)
その事実に北川は内心冷や汗をかいた。
基本的に人懐っこい北川とは対極の位置にいるであろう彼女との会話は、北川にとって苦痛ではないが苦戦だった。
「・・・あの人は何をしていたの?」
「・・・あの人って金色の奴のこと?
って・・・先輩、ミラーワールドが見えるのか・・・・・?」
北川はここに至ってようやくその事実に気付いた。
当の本人は表情を動かす事もなく頷いた。
「鏡の中で何か戦っていたのは見えた。
でも、どうやっても入れなかった。
彼でも入れたみたいなのに・・・」
「・・・・・・・”彼でも”?」
それはどう聞いても北川を指す言葉ではなかった。
そして、そのニュアンスは、おかしい。
その言い方ではまるで。
「先輩、ひょっとして・・・・・?!」
北川の言葉に、舞はただ無表情にそこに佇んでいた・・・・・
「・・・惜しい事を・・・・」
家路を歩きながら、彼・・・”シザース”は呟いた。
あと一歩であの龍騎とやらを倒せる所だった。
あの、華音ライダーナイトさえ邪魔しなければ。
(しかし、彼が保険をかけてくるとは思わなかったな・・・
それほど馬鹿ではない、ということか・・・)
そんな見当違いなことを考えながら、彼が自身の家に辿り着いた時だった。
「・・・遅かったわね、会長」
彼の家の門の前に彼女・・・美坂香里が立っていた。
家に帰っていないのか、その服装は制服のままだった。
「・・・何の用かな?」
「せっかく素性がわかっているから、挨拶に来ただけよ」
安易な挑発を・・・と彼は思った。
そして、にやりと笑った。
「・・・なに?その嫌な笑い」
「美坂栞・・・我が校に通う一年生だったかな」
それは、美坂香里を力で抑え切れなかったときのための切り札だった。
彼はここ数日の間で、自身の、いや自身の家柄が持つ、資産という名の力に物を言わせて香里に関する様々な事を調べ上げていた。
そして、その情報から妹の存在が彼女にとって最大の弱点だと確信するに至っていた・・・
だが。
香里の表情は何一つ変わらなかった。
「・・・それがどうかしたの?」
「なに?」
「どうかしたかって聞いてるんだけど?」
「・・・分からないのか・・・・?」
低脳か、この女は。
彼はそう思ったが・・・香里の言葉はそんなものをいともあっさりと覆した。
「・・・もしかして、それで脅してるつもりなの?」
その言葉には嘲笑さえ混じっていた。
「・・・なに?」
「栞を人質にでもとって、死んでくださいとでも言うつもりだったの?
・・・馬鹿ね。
それはこっちも同じだと気付かないの?」
香里はスカートのポケットからカードデッキを取り出した。
キィィィィィ・・・・ィィィィン。
それに呼応して彼らの近くの車のボディに、香里の契約モンスターの姿が微かに映る。
それに対し困惑の表情を浮かべる彼に、香里は静かに告げた。
「眼には眼を歯には歯をって言葉は知ってるでしょ?
・・・もし、あなたがそんな事をした場合、貴方の家族がどうなるか・・・・」
「な・・・?!馬鹿な・・・君の妹がどうなってもいいというのか・・・?!」
「それはこっちの台詞よ。
まあ、貴方が家族を犠牲にしたいというのであれば話は別だけど・・・」
「・・・・・・く・・・・・・!」
彼は下唇を噛んで暫し考え込んでいたが、チッと舌打ちしてから口を再び開いた。
「・・・分かった。こっちも手を出さない。
その代わり・・・」
「分かっているわ。
それじゃ、またミラーワールドで」
言うだけ言うと、彼女あっさりと引き下がり闇の中に消えていった。
・・・彼は気付いていた。
彼女の言葉がブラフであろう事は。
だが、それが100%の可能性ではない限りうかつな事は出来ない・・・
「・・・今は止むを得ないか・・・・
まあ、いい。力で勝てばいいわけだしな」
そう呟いて、にやりと笑うと彼は家の中へと入っていった。
「ねえ、美坂さん」
次の日。
一日の授業も終わり、これからどうしようかと思いながら教科書を片付けていた香里は自分にかけられたその声に振り返った。
そこには、同じクラスではあるが今まで大して話した事もなかった七瀬留美の姿があった。
「・・・何かしら、七瀬さん」
そんな彼女が自分に話し掛けるような用事でもあっただろうか、と首を傾げながら香里は答えた。
「あなた、学級委員よね。
だとしたら生徒会長と何度か話した事とかない?」
「・・・生徒会長が、どうかしたの?」
「ん、新聞のネタでちょっとね。
その確認のためにも、彼の人柄を少しでも知っておきたくて」
「・・・そうなの。
そうね・・・彼は、優秀ね」
「・・・それだけ?」
「人の悪口を当人のいないところで言うような趣味はあたしにはないから」
「なるほど・・・十分だわ、ありがと」
それだけ言って、七瀬は教室を飛び出していった。
その姿を眺めながら香里は呟いた。
「・・・この分だと、彼も気付いたのかもね」
彼は、そこにいた。
学校の屋上。
そこは彼にとって存在価値のない者達を狩る狩猟場だった。
彼は優秀だった。
優秀ゆえに自分よりも愚かな者を見下していたし、それに優越感を覚えていた。
彼は色々な面で豊かだった。
家柄、資産、立場・・・
しかし、それは自分の親が持つものであり、砂上の楼閣でしかないといつからか気付いていた。
だから、彼は求めていた。
自分自身だけが持ち、他の者がどんなに求めても手に入らない至高の”何か”を。
そんな時だった。
彼・・・橘敬介から、カードデッキを渡されたのは・・・・・
「・・・来たかな?」
ガチャ・・・
屋上へのただ一つの入り口である扉が開いた。
だが、そこに立っていたのは、彼の予想したものとは違っていた。
「・・・なにかな?ここに用事でも?」
「あんたがここに呼ぼうとしてた奴らには、帰ってもらったよ」
彼・・・北川潤はゆっくりと歩み出た。
その表情は何処か悲しげだった。
「何であんたみたいな人がこんな事をするんだよ・・・生徒会長・・・・!」
北川の言葉に、この学校の生徒会長である久瀬はくく、と笑った。
・・・昨日の夜、北川は舞が洩らした言葉に違和感を感じ、その事について深く尋ねた。
彼女の言い様はまるでシザースが彼女の知っている人物のようだったからだ。
その北川の直感は当たった。
彼女・・・川澄舞が言うには、一つに声、一つにその所作、ということだった。
昨夜のミラーワールドでのやり取りを全て見届けていた彼女は、シザースの声とその動きが普段から自分に色々言ってくる生徒会長のものとまったく同じである事に気付いたのである。
しかし、それだけでは十分な証拠にはならない・・・そう思っていた北川だったが、その裏を取るものが今日出てきたのである。
昼休みの間も惜しんで単独で昨日の続きを聞きこんでいた七瀬が、行方不明になった生徒を屋上に呼びつけたのが久瀬らしいことを突き止めたのである。
そして、シザースが行方不明への関与を肯定したのは昨日北川自身がしっかりと聞いている・・・
もう、これでは否定の仕様がなかった・・・
「あんたは、まがりなりにもここの生徒の代表だろうが・・・!」
「そうだ。だからこそ、これが必要なのさ」
北川の悔しそうな叫びに対し、久瀬は歪な笑みを浮かべた。
その手には蟹の紋章が浮かび上がっているカードデッキが握られていた。
「世の中にはつまらない人間が多すぎる。
低脳で人の迷惑なんか考えもしない。馬鹿ばっかりだ。吐き気がするよ。
そんな奴らの命を使って、モンスターをより強力にする。
そして、その力を持ってライダーの頂点に立てば、どんな願いも思いのままなんだ・・・
僕は、その願いでこの世界を統制する力を得る。
この世界の頂点に立つんだ。
素晴らしい世界をこの手で作る事が出来る・・・」
その顔は、本気だった。
それは、その願いだけ見れば素晴らしいものと言えなくはないのかもしれない。
だが・・・・・
「・・・まってるだろうが・・・・」
「・・・なんだい?はっきり言いたまえ」
「無理に決まってるって言ってんだよ!!
人の命を消耗品としか見ていない奴が、素晴らしい世界なんか作れるわけねーだろ!!」
「・・・ほう。ならどうするんだ、君は」
久瀬はただせせら笑った。
その久瀬を北川はしっかりと見据えた。
その眼には嘲りもなければ哀れみもない、ただ一つの意志があった。
「・・・俺がライダーになったのはモンスターから人を護るためだった。
その時はライダー同士の戦いを知らなかったけど・・・それを知った後でもきっとやっていけると思えた。相手は同じ人間なんだからきっと話せばわかると思ってたんだ・・・」
「それはそれは」
「・・・・・でも・・・あんただけは許せない・・・許しちゃいけないと思う・・・
でも、現実で・・・ここで殴ったってあんたはきっと止まらない。
だから・・・」
北川は自分のズボンから取り出した。
龍の紋章が刻まれた、カードデッキを。
「ライダーとしてあんたをぶん殴る・・・!
もうこれ以上戦いたくないって言わせるほどに、叩きのめす・・・・・!!」
「・・・あなたには無理ね」
「・・・?!その声は・・・・」
突然、背後から聞こえたその声に、北川は振り返った。
そこに立っていたのは北川にとっては全く予測外の人物だった。
「美坂・・・・・?!何で、お前・・・?!」
そこに立っていたのは、美坂香里、その人だった。
香里は呆然とする北川に微笑んでさえ見せた。
「あら北川君、分からないの?
この事情を知っている人間と言ったら限られてると思うけど?」
そう言いながら香里はカードデッキを取り出し、見せびらかすように北川に見せた。
それを、その事実を見せ付けられた北川は暫し唖然となった。
「おやおや、君がここで正体をばらすとは思っていなかったな」
呆れ気味に久瀬は言った。
「あたしは正体に固執していないわ。
だって、何があろうとライダー全員を倒す事に変わりは無いんだし」
「それはそうだが・・・」
そう言いながらも久瀬は香里が北川に対しその姿を晒した意味を理解していた。
北川潤に正体をばらす事は、実は香里にとってさほどのデメリットはない。
むしろメリットとなりうる要素なのだ。
北川はライダー同士の戦い・・・殺し合いを肯定しているわけではない。
知り合いでもない久瀬でさえ倒す事をしない、と言っているのである。
それが知り合いが相手ならどうなるか・・・想像に難くない。
つまり、香里は自分もライダーである事を明かす事で、北川に精神的なブレーキをかけたのである。
闘いに躊躇しないものと、躊躇してしまうもの・・・この差は大きい。
香里は闘わずして、すでに北川に勝利しているようなものだった。
そんな久瀬の推察を知ってか知らずか、香里は北川にもう一度向き直った。
「あなたは、ライダーとして彼を叩きのめす・・・そう言ったわね。
それでは、まだ甘いのよ」
「・・・なに・・・・・?」
同級生の、友達だと思っていた少女の今まで見る事のなかった一面に北川は戸惑いを隠せなかった。
それに全く躊躇することなく、香里は言葉を続けた。
「ライダーとして、彼を倒す。
ライダー同士には、それ以上も以下もないのよ。
死にたくなかったら覚えておく事ね」
「み、美坂・・・?」
「まあ、そうは言ってもあなたもあたしが倒すんだけどね」
何の淀みも迷いもなく、美坂香里という少女はそれを言い切った。
ただそれだけの事で、北川は圧倒された。
・・・もう、香里は北川を見てはいなかった。
後はただ、戦うのみ。
「まあ、そういうわけだから・・・やりましょうか」
「やるとしようか。もちろん、一対一でね。
・・・そこの君、邪魔をするなよ」
二人はお互いのカードデッキを掲げて見せ合った。
それは、ライダー同士の闘いの合図だった。
「・・・変身・・・・!」
「変身!」
二人の姿が変わる。
戦うための、華音ライダーの姿へと。
二人は一瞬だけお互いの姿をを見て、ミラーワールドに渡っていった。
北川は、ただそれを呆然と見ていることしか出来なかった・・・・・
屋上では戦場としては狭いために、二人はグラウンドにロードシューターを出現させ、降り立った。
ライダー全員が使う事の出来る、このロードシューターはミラーワールド内において自由自在な走行をする事が出来る。
ライダー達が制限時間内に現実世界に帰還できるのもこのロードシューターの性能による所が大きかったりする。
グラウンドの中央で静かに二人は対峙した・・・
「・・・あなたの顔を見るのもそろそろ飽きたわね」
香里・・・華音ライダーゾルダは自身の召喚機である銃を構えた。
「それは僕も同じ事だよ」
久瀬・・・華音ライダーシザースはデッキからカードを引き抜き、左腕に装着されたハサミ型の召還機に装填した。
『Guard Vent』
何処からともなく、シザース自身の体色と同じ色の盾が現れ右手に装備された。
「・・・それならあなたが消えなさい」
真っ直ぐに向けられた銃口から弾丸が射出された。
それが、闘いの始まりだった。
ゾルダは横に移動しながら銃を乱射する。
その射撃は正確無比だった・・・が、シザースが召還した盾はその銃撃を容易く防いでいた。
「ふん・・・・!」
それまでの防御は盾の硬度を確認するためのものだった。
この盾で十分にゾルダの攻撃を防ぎきれると判断したシザースは、それを構えてゾルダに突進して行った。
「・・・喰らえ!」
「・・・ち」
距離を詰めたシザースが力任せに振り下ろしたハサミ型の召喚機の軌道を見切り、ゾルダはしゃがみ込んでそれを避ける・・・と同時にその体勢から前転し、起き上がりざまに無防備なシザースの背に銃を連射した・・・・・!
ドンドンドンドンドン!!
「ぐあ・・・っ!」
その銃撃はライダーの特殊強化皮膚を破るには至らないが、着弾の衝撃は十二分にダメージとなる。
シザースはまともにそれを浴びて片膝をついた。
「・・・ふ・・・・」
それを見たゾルダが刹那の息を吐いた瞬間。
「うおおおおおっ!」
シザースがバッと上半身を半回転させて、拳をゾルダの顔面に叩き付けた。
ガッ!
「くあっ・・・?!」
シザースの動きが予想以上に速かったためか、ゾルダはそれに反応しきれず地面を転がった。
そして、その隙は大きかった。
「・・・・・これで終わりだ!!」
シザースは迷うことなくカードを引き抜き、装填した・・・!
『Final Vent』
その声が響く・・・と同時にシザースの背後の地面が鏡のような光沢を見せてゆらめき、その中からメタルキャンサーが現れた。
「・・・はっ!!」
シザースが跳躍する・・・その脚をメタルキャンサーのハサミ状の腕が掴む・・・!
メタルキャンサーはシザースを掴んだ腕を下から上に振り上げると同時にその手を離すことでシザースの身体に縦回転の運動を与え、さらにその身体に腕を叩きつけて押し出した・・・!
それにより、シザースの体が回転運動をしながら凄まじい勢いでゾルダに向かって突き進む・・・・・!!
ズガアアアンッ!!
その炸裂音が響き渡った後。
そこにあったのは地面に倒れたゾルダと、そのすぐ側で立つシザースの姿だった・・・!
「ふ・・・」
シザースの口から洩れたのは・・・
「ふ、はははははっははは!!僕の勝ちだ!!」
けたたましい、とさえ形容できる哄笑だった・・・
と、その時。
「う・・・」
地面に倒れたままのゾルダの指先が微かに動いた。
「・・・まだ息があるのか・・・・?
しぶといな・・・まあ、いい。
せっかくだからな・・・今までの分、恐怖の声でも上げてもらわなければ、割に合わない」
勝者の余裕か、シザースはいくらかもったいぶってカードを引き抜いた。
「君は、僕のモンスターの餌になってもらうよ・・・!」
シザースがそう言ってカードを装填しようとした・・・その瞬間。
ドゥン!!
・・・一発の銃声が、鳴り響いた。
「・・・・・な?」
シザース・・・久瀬は呆然とそれを見た。
地面に倒れたままだったゾルダが、ダメージを受けているとは思えない速さで、近くに転がっていた召喚銃を拾い、その弾丸を解き放ったのを。
そして、その弾丸は。
久瀬の持っているカードに一つの風穴を空けていた。
「なにぃぃぃっ!?」
悲鳴に近い声を上げるシザース・・・その身体に異変が起きる。
その身体の色が徐々にその色を失っていく・・・
その様子を見やりながら、ゆっくりと立ち上がったゾルダ・・・香里は言った。
その身体、様子にダメージの色はない。それは至極当然の事だった。
・・・あのシザースのファイナルベントが当たった瞬間、香里はシザースが攻撃に集中している最中に召喚した盾でその身を守っていたのだから。
「・・・知ってのとおり。
あたし達ライダーはモンスターとの契約によって、その力を得るわ。
では、その契約は何で成されているか・・・勿論、あなたもそれはご存知よね?
・・・そう。あなたがもったいぶって使おうとした・・・契約のカードよ」
シザースの身体はすでにその元々の色を失い、その身は暗い青色へとその姿を変化させていた。
変化はそれだけに留まらない。
ハサミの形状をしていた召還機も、龍騎のもの同様のガントレット型に変わっていき、
最後に、デッキの中央に浮かんでいた蟹の姿の紋章が消えて、そこには何もない空白が残った・・・
シザース・・・いや、もうそうは呼ぶ事はできない”契約前のライダー”はその変化と共に来る脱力感に包まれ、ふらふらと地面に座り込んだ。
「まさか・・・貴様・・・・最初から・・・・・・?!」
「ええ。狙い通りに事が運んでよかったわ」
そう。
全ては香里の計算の内にあった。
ワザと隙を見せたのも、
殴られたのも、
ダメージを受けた振りをしていたのも。
全ては久瀬が契約のカードを使おうとするその瞬間のためにあったのだ・・・
「・・・そして、これから起こる事も、全て狙い通りの事よ」
「ど、どういう・・・?」
自分を見下ろす香里に尋ねようとした・・・が、その必要はなかった。
”それ”が、自分の後ろに迫っていたからだ。
そう、先程まで自分の味方だった、メタルキャンサーが。
「う、うわあああああああっ!?」
久瀬は、力が入らず、立つ事もままならない身体を引きずってその場から離れようとする・・・
が、それはどう見ても、無駄な努力でしかなかった・・・
「・・・契約を破棄されたモンスターは普通のモンスターに戻るわ。
人を狙い、その命を喰らう・・・ただそれだけの存在に。
そして、その最初の狙いは、元々狙っていた・・・ライダー自身」
香里は、ただその様子をじっと見ていた。
助ける事も、目を逸らす事もしないで。
ただ、それを見ていた。
仮面の向こうの表情は、見えるはずもない。
「・・・もしあなたがこのモンスターに人の命を食べさせて強化さえしなければ、ここからの脱出は可能だったのかもしれない。
元々さほど強いモンスターではないから。
・・・今、あなたを襲っている圧倒的な力はあなたが与えた人の命の力・・・」
メタルキャンサーは、久瀬を掴むとその身を持ち上げて、口を開いた。
「・・・あなたは、あなたが殺した人たちに裁かれなさい」
「う・・・わあああああああああっ!!??」
・・・・・その時。
「う、おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
空から、赤い影が落ちてきた。
その赤い影は、その落下の勢いのままにメタルキャンサーを蹴り飛ばした・・・!
その拍子でメタルキャンサーが掴んでいた手を緩め、久瀬が地面を転がった。
その久瀬とメタルキャンサーの間に、赤い影は着地した。
その姿は、紛れもなく・・・
「北川君・・・?」
そう、華音ライダー龍騎・・・北川潤がそこにいた。
北川・・・龍騎はチラッと後ろを見やり、久瀬の無事を確認するとデッキからカードを引き抜いた。
「あなた・・・なんのつもりなの・・・・?!」
強い詰問口調で問う香里に、北川は応える・・・!
「・・・なんのつもりかって?そりゃもちろん・・・」
『Final Vent』
「モンスターから人を守るつもりさっ!!!」
その言葉と共に龍騎は地面を蹴って、空高く舞い上がる・・・!
その背をドラグクリムゾンが追いかける・・・!
「・・・ライダアアアアアアッ!!」
空中でその身を翻らせて、蹴撃のカタチを作り上げる・・・!
「キィィィィィックゥゥゥゥゥゥッ!!!」
ドラグクリムゾンの吐く炎に包まれた龍騎の一撃は、メタルキャンサーを圧倒的な力の奔流の中で爆発、消滅させた・・・・・・!!
・・・メタルキャンサーの消滅の後。
その上空では、そのメタルキャンサーのエネルギーがいくあてもなく、そこに漂っていた。
それを・・・幾多の人の命が集まったモノを喰らおうとするドラグクリムゾンを制しつつ、北川は香里と対峙していた・・・・・
「・・・人を、守る・・・?
あなた、忘れたの?
あなたが庇ったその男は、その”人”を殺したのよ」
・・・その久瀬は龍騎とゾルダから離れた所で力なく失神していた。
デッキを持つために、その体が消滅するような事はない。
北川は”仮面”に包まれたままの同級生を見据えて答えた。
「ああ、知ってる。
でも、だからって殺すのがいいなんて、俺にはどうしても思えない・・・思えなかったんだ・・・!」
血を吐くような思いで、北川はその言葉を叩き付けた。
・・・北川としても、この男は許せなかった。
だから、香里の”策”に気付いた時も助けに行くかどうか迷ったのも事実だ。
だが、それでも。
北川潤という少年は、それを見過ごす事が出来なかったのだ。
香里はその言葉に圧されたのか、微かに顔を俯かせ沈黙していた。
・・・が、おもむろに顔を上げて、言った。
「・・・・・・・あなた、邪魔ね」
その呟きと共に銃を抜いた香里は、その狙いを北川に向けた。
「美坂・・・!」
「あなたみたいな人がライダーなのは困るわ。
だから、今この場で決着を・・・」
「・・・それは無理だな」
香里の言葉を、第三者の言葉が遮った。
「・・・国崎」
「あなた・・・」
二人が顔を向けた先には、華音ライダーナイト・国崎往人が立っていた。
「・・・一部始終見せてもらったが・・・北川、お前が間違っている」
「なに・・・?」
その時だった。
上空を彷徨っていたメタルキャンサーのエネルギーを、北川によって動きを牽制されているドラグクリムゾンをよそに、シャドウクロウが吸収した・・・!
「な・・・・・?!お前!あれが何なのか分かってんのか・・・?!」
あまりのことに北川は往人に詰め寄った。
だが、往人はその剣幕などものともせず、平然としたままそれに答えた。
「・・・何人もの人の命だったものだ。
・・・だが、それがどうした。
もう、アレはただのエネルギーでしかないものだ。
お前らが使う事を躊躇っていたから、俺がもらった・・・それだけの事だ」
(・・・お前ら・・・・?)
往人の言葉に北川は驚きを覚えた。
・・・香里も、躊躇っていたというのだろうか・・・・?
その香里はそんな北川の視線に気付くことなく、往人をただ睨み付けていた。
そんな二人の様子など歯牙にもかけず、往人は言葉を続けた。
「・・・使えるものはなんだって使い、生き残る。
それが、戦い・・・ライダー同士の闘いなんだよ」
「・・・・・そんなことはわかっているわ。
それより、何故決着をつけるのが無理なの・・・?」
「そんな事に気付かないのか?
・・・お前、自分の体をよく見てみろ」
その言葉にハッとして、香里は自分の体を見下ろした。
・・・その身体は少しずつ粒子化を始めていた・・・・・・・
「・・・!」
「そんな事に気付かないほどに熱くなる以上、お前もまだまだなんだ」
往人の言葉を受けた香里は、微かに顔を背けた。
「今日のところはこれで引け。
さもなくば、今この場で俺がお前を倒してもいいんだぞ?」
時間切れ寸前では、流石に相手のしようがない。
「・・・・く・・・・・・・・・・・わかったわ」
不精不精で納得した様子の香里は、北川たちに背を向けてその場から去って行った・・・
「・・・お前・・・・?」
訳が分からないという感じで北川は呟いた。
それに対し、往人は、ふう、と肩を竦めた。
「勘違いするなよ。
俺はお前を助けたわけじゃない。
・・・お前は、俺に借りがあったはずだ」
「・・・ぐ」
「俺はお前をまだ盾代わりに使っていない。
お前を倒すのは利用出来るだけ利用した後だ。
それはいつだってできるからな」
それだけ告げると往人もまた去って行った。
・・・後に残された北川はそこに立ち尽くしていた。
結果として、人を救う事は出来た。
だが、それは正しかったのだろうか?
・・・・・北川は倒れたままの久瀬を見下ろした。
本当のことは、分からない。
それでも、今はこれしかなかったのだから。
「・・・これで・・・いいはずだよな」
そう呟いた北川は気絶した久瀬を背負い、ミラーワールドから脱出すべく、歩き出した・・・・・
・・・続く。
次回予告。
美坂香里は戦う。願いをただ叶える為に。
国崎往人もまた戦う。願いをただ叶える為に。
北川潤は知らなかった。
二人が戦う、その理由を。
「・・・あたしは、あたしのために戦っているのよ」
「必ず、助ける・・・母さん」
乞うご期待、はご自由に。
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閑話休題
香里「・・・・・・作者さん・・・?覚悟は出来てるのかしら・・・・・?!」
北川「落ち着け美坂!さすがに金属バットは死ぬから!!とにかく物騒なものは置け!!」
久瀬「・・・まあ、悪っぽく描かれている彼女の怒りも分からなくはないが・・・いいじゃないか、僕の扱いに比べれば・・・・むしろ僕こそ怒るべきだろう・・・?!」
全員『いや、お前はそんなもんだろ』
久瀬「・・・・・くう・・・・・いつかリベンジするからな!!」
往人「それはそれとして、今回は色々あったな」
七瀬「その中で私たち新聞部を上手く活かせてないのがかなり問題よね」
久瀬「もう少し前から僕をちょこちょこと出していれば、正体露見の時にもう少し盛り上がっただろうに・・・」
香里「構成力のアップは今後の課題ね、作者さん」
北川「んじゃ、今回はこれで。またなー」
第7話へ
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