華音ライダー龍騎 第三話 生存理由、戦闘理由
・・・その世界にある物の位置、文字の表記は全て反転していた。
それは、そこがミラーワールドである何よりの証だった。
本来ならば何かを学ぶべき場所である、その場所・・・学校。
その中の、人気のない裏庭にその二人は立っていた。
・・・ミラーワールドに存在できる”人間”は限られている。
すなわち、華音ライダー。
「・・・さあ、はじめさせてもらうわ」
赤く染まり始めた風景の中。
香里が変身した、緑を主体とした華音ライダー・・・ゾルダは自身のベルトのサイドに装備していた銃を目の前のライダーに突きつけた。
銃を突きつけられた、もう一人のライダーは肩をすくめた。
その動作には何処か人を小馬鹿にしている意志が感じられた。
「まあ、待て。戦う前に、参考までに聞かせてほしいんだが」
「・・・何かしら?手短に済ませてほしいんだけど」
「・・・君は、どうしてライダーになった?何が望みなんだ?」
「・・・どういうことなんだよ・・・・・?」
割と人通りの少ない道を歩きながら北川はぼやいた。
初めての戦いの後。
ミラーワールドから帰還すると、そこにはすでに往人の姿も観鈴の姿もなかった。
一人でぼうっとしていても仕方がないし、まだ昼飯を摂っていなかったのでとりあえず家に帰ることにしたのだが・・・
『今のうちに潰しておいた方が良さそうだが・・・』
さっきまでは人を護ることのできた満足感た充実感やらで忘れていた往人の言葉。
・・・人は一人で道を歩いていると思索にふけるもので、今の北川の場合はその言葉が思索代わりに少しずつ自身の中で大きくなっていった。
・・・そんな時だった。
北川の耳にそんな音が響いてきたのは。
キィィ・・・・・・ィィィン・・・・
それは先程も聞こえてきたミラーワールドからの、誘いの音。
「・・・マジか?くそ・・・しゃあないか」
そう言って北川はカードデッキを出しかけた・・・その横のガラスに、それは映った。
「・・・は?」
鏡の向こう側。
そこに一人の男が立っていた。
少し地味な感じとも思えるコートを着込んだその男は、北川のほうに向き直り、話し掛けてきた。
『君が、龍騎か』
「な、なんでそのことを・・・・?!」
北川はただ困惑した。
しかし、その男は北川の当惑など気にした様子もなく、淡々と話を続けた。
『偶然とはいえライダーとなった以上、教えておこう。
・・・最後に生き残れるライダーはただ一人。
そして、その生き残った一人は、その者が望むものを得ることができる。
それが、どんなものであっても』
「・・・なに・・・・?」
『・・・ライダーを倒すんだ。
・・・・・生き残るために。
それが、唯一のルールだ』
その言葉を最後に。
その男はいつのまにか消え去っていた。
それこそ、その一瞬だけ夢だったと言われる方が納得がいく程の刹那の間だった。
だが、それが夢ではない事は当の北川が一番理解していた。
「・・・・・どういうことなんだよっ・・・?!」
だから北川は走り出した。
その答えを知っていそうな人物の元へと。
「・・・それを答えてあげる義務はないと思うけど?」
香里は冷たくそう言い放った。
もう一人の金色・・・というには少し濁った感じの色・・・・のライダーは、先程同様肩をすくめて、言った。
「そうつれないことを言わないでくれよ。
この戦いがどうなるにせよ、君か、僕のどちらかは死ぬ。
そうなった時、誰かが相手のことを覚えておかなきゃ悲しいだろ?」
・・・詭弁だ。
香里は一瞬でそう見抜いていた。
目の前の相手は自分が死ぬ気なんかないことなど明らかだった。
ただ、本当に興味本位でそう尋ねているだけだ。
だが話さなければ彼はいつまでたっても戦いそうにはなかった。
だから、多少妥協して香里は口を開いた。
「・・・・・不老不死。
そのためにあたしは戦っているのよ」
「不老不死か・・・
それはまた随分ポピュラーかつ、夢のある願い事だね。
2学年最優秀成績の美坂香里君らしくもない、というべきかな」
その言葉は笑いを含んでいた。
明らかに、せせら笑っていた。
・・・確かに、そう思うだろう。
言葉だけを聞くのなら。
「・・・分かってもらおうとは思わないわ。
じゃ、始めましょう」
「・・・僕のことは聞かなくてもいいのかな?」
「・・・あたしが死のうと生きようとも・・・興味はないわ。
まあ、あたしは死ぬつもりはありませんけどね、会長」
恐ろしく突き放した声音でそう言うと香里は銃を構えた。
「そうか、なら遠慮なく行かせてもらおう・・・!」
流石に自尊心を傷つけられたのか、やや感情的に叫んで、もう一人のライダー・・・華音ライダーシザースは香里・・・華音ライダーゾルダに襲い掛かった・・・・・!!
「なあ、国崎」
喫茶店”鳥の詩”・・・そのカウンター席に二人・・・北川と往人は並んで座っていた。
二人のほかに客はいない。
絡んでくる晴子も、奥で食器を洗っているため、店はただ静かだった。
「・・・なんだ?」
「・・・・・さっき言ってた・・・今のうちに潰すとかってどういうことなんだ?」
幾分、感情を抑えて北川は言った。
さっきのことがあって、あわててこっちに来たので少し息が切れていて、それを落ち着かせるためでもあったが。
「単刀直入だな。まあ、難しく考える奴よりは分かりやすくていいか。
・・・正直、あまり親切に解説する気はないが・・・・
観鈴もいないし、まあ、今のうちに教えといてやろう」
ちなみに、観鈴は夕飯の買出しに行っていた。
「まず、最初に言っておくぞ。
華音ライダーは、共存できない。
最後の一人になるまで戦わなければならない。
それがライダー同士のルールだ」
さっき違う誰かから聞いたばかりの、その往人の言葉に、北川の眼が見開かれた。
「・・・は・・・・!?
なんだよ、それ・・・・?!
モンスターから人間を護るのが、ライダーじゃないのか?!」
「・・・それはあくまで二次的なことだ。
目的のための、な」
「自分の望みを叶えるための、か・・・?!」
やや冷静さを欠いた北川のその言葉に、今度は往人が驚かされる番だった。
「お前、それを何処で聞いた・・・?!」
「・・・なんか知らないけど、変なおっさんが鏡に隠れて話し掛けてきたんだよ」
なんとなく答えるのが癪ではあったが、答えないも癪だと北川は殆ど反射的に答えてしまっていた。
往人は少しの沈黙の後、ズボンのポケットから一枚の写真を取り出した。
「それは、この男じゃないのか?」
強引に突きつけられたその写真を北川はまじまじと見た。
少し汚れたその写真には、一人の男が小さな女の子を抱いている姿があった。
そして、その顔は先程見たばかりの顔だった。
「・・・そうだよ、こいつだった。
・・・・誰だよ、この人は」
「・・・・・・・さあな。
それより、こいつを見たのは何処だ?」
「こっちの質問に答えたら、教えてやるよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
二人の間に険悪な空気が漂い始めた、まさにその時。
「ただいまー」
からんからんと鈴を鳴らして、店のドアから観鈴が入ってきた。
右手には野菜やら何やらが入ったビニール袋を持っている。
「おかえりー、観鈴ーお疲れさん」
その声を聞いて、店の奥から晴子も顔を出した。
「今日は安かったよ。
これならしばらく買出しに行かなくてもいいくらい」
「そうかー観鈴ちんえらいでー」
晴子はそう言ってカウンターの向こうから観鈴の頭をかいぐりかいぐりと撫でた。
「もーいいよー子供じゃないんだしー」
そう言う観鈴だったがその顔は明らかに嬉しそうだった。
しばしその様子を見ていた往人だったが、ふうと息を吐いて無言で席を立った。
「あ、おい・・・!」
「出かけてくる」
北川の制止の声など最初から耳に入れる気などないのか、往人は振り向きさえせずに店から出て行った。
「往人さん、どうしたのかな・・・?
・・・って、この写真・・・?」
晴子から解放された観鈴はそう呟いて、カウンター席に置かれたその写真・・・先程、往人が北川に見せていたもの・・・・を拾い上げた。
その写真を感慨深げな表情で見る観鈴に気付き、北川は話し掛けていた。
「その写真の男の人、知ってる?」
「え・・・?うん、知ってる。
・・・だって私のお父さんだから」
その返答に北川は多少驚きを隠せなかった。
と同時に、
(とすると、一緒に映ってるこの子は観鈴ちゃんなんだろうな)
と推測していた。
観鈴は観鈴で奥の方で皿洗いを再開し始めた晴子の様子を伺っていた。
晴子がこっちの方に意識を払っていないことを確認して、観鈴は再び北川に向き直った。
「お母さんの前で、お父さんの話、しなかった?」
「いや、してないけど・・・なんで?って、聞いちゃまずかったかな」
「ううん。そういうわけじゃないよ。
・・・・・お母さんは、お父さんのこと嫌いみたいだから」
「・・・?夫婦なんだろ?」
(まさか離婚したとかか・・・?)
そんなことを考える北川だったが、帰ってきた答えはまるで予想だにしていないことだった。
「違うの。
・・・本当はね。お母さんはお母さんじゃなくて、叔母さんなの。
お父さんは、本当のお父さんなんだけど。
・・・私の本当のお父さんとお母さんは、私のことを育てられなかったんだって。
それで、私をお母さんに預けたの。
それが十年前かな。
それから・・・つい最近お父さんが行方不明になっちゃって、お母さんは亡くなってたから、このままじゃいけないって思ったお母さんが、お父さんの実家の方に頼み込んで、私を本当の娘にしてくれたの」
話を聞いて、北川は居心地の悪さを覚えた。
つい最近知り合ったばかりだというのに、興味本位で尋ねすぎたことを後悔した。
「観鈴ちゃん、ごめん・・・俺、その、考え無しに・・・・」
「いいよいいよ、気にしなくても。
聞かれて困るようなことじゃないしね、にはは」
その笑顔を見るのが辛かったのか、北川は”そのこと”を言った。
「あ、でも、大丈夫だよ。
その男の人、さっき見かけたから。
ちゃんと、生きてた。それだけは間違いないよ」
その言葉に、観鈴は表情を輝かせた。
「・・・・・本当・・・!?」
「うん、本当だって。間違いないよ。
・・・すぐに何処か行っちゃったけど・・・」
「そうなんだ・・・・・・・・・・・・・」
そう呟く観鈴の顔は本当に嬉しそうで、北川はさっきの罪悪感を忘れそうになった。
・・・だが、その次の瞬間には表情を暗くした観鈴の次の言葉が、別の驚きを北川に与えることとなった・・・
「・・・・・だったら、早く会ってお話聞かなきゃ・・・何で、カードデッキを作ったのか・・・・・」
北川に聞こえるか否かの声・・・それは独り言だったのかもしれない。
だが、それは北川の耳に確かに響いた・・・・・
「ちいっ・・・・・」
華音ライダーシザースは歯噛みしているような、そんな悔しげな声を洩らした。
「こんなはずでは・・・・・・・」
彼は完全に読み違えていた。
学校で偶然発見した、自分と同じ華音ライダー。
それは女で、しかも澄まし顔の優等生ということで、問題にならない相手だろうと思ったし、そういう奴が恐怖で感情を露にする姿を見てみたいと勝負を引っ掛けたのだが。
「くそ・・・・・・・っ!!」
校舎の影に身を隠しつつ、彼は拳を握り締めた。
彼は知らなかったし、気付かなかった。
自分が初めて相手にしているライダーが自分よりも遥かに強く、自分よりも遥かに強い覚悟で闘いに挑んでいたことを。
「・・・隠れても無駄よ」
その声が響いた次の瞬間。
彼・・・シザースは隠れていた壁ごと。轟音と共に吹き飛ばされた。
「ぐあああっ!!?」
無様に地面に転がりながら、彼はその姿を見た。
自分の身長よりも大きな大砲を構える、華音ライダーゾルダのその姿を。
「・・・どうしたの?やる気ないの?」
冷ややかな声がただ遠くから流れてくる。
彼は必死に立ち上がった。
そこにいれば死が確実なのは明らかだったから。
「くそ・・・卑怯だぞ・・・・!そんな大砲なんか持ち出しやがって・・・・!」
「あら、ライダー同士の戦いのルールはただ一つ・・・”生き残るために、ライダーを倒せ”そう聞いてないかしら?
あたしはそれに忠実なだけよ。
・・・あなたも遠慮はいらないわ。
槍でも剣でも爆弾でも持ってきなさい。
・・・勝つのはあたしだけど」
香里はそう言うと、その巨大な砲頭をシザースへと向けた。
その動作には何の躊躇いも迷いも無い。
「ひっ・・・・!?」
シザースは慌てて自分のデッキからカードを引き抜き、自身の腕に装備されている、はさみの形状をした召喚機に装填した。
『Guard Ve・・・』
その声が全て言い終わる前に。
ズゥ・・・・ッンンンン!!!!
大砲から放たれた一撃が解き放たれ、そこにあったモノを根こそぎ穿った。
・・・その砲撃は全てを消し飛ばしたかのように見えたのだが・・・・・
「・・・どうやら、逃がしたみたいね」
香里は静かにそう判断した。
いかに香里・・・ゾルダの砲撃の威力が高くとも、防御体勢に入った・・・と思われる・・・・ライダーを破片一つ残さず消し飛ばせたとは思えなかった。
「・・・・・まあ、いいわ。ライダー一人の所在が知れただけでも上出来ね」
そう言って、香里は戦場に背を向け、ゆっくりと去って行った・・・・・
「はあっ・・・!はあっ・・・!・・・・!」
ミラーワールドからから帰還した”シザース”は即座にその場から逃げ出し、自分の教室へと転がり込んだ。
息も絶え絶えの醜態・・・いや、命があっただけでも幸運と見るべきか・・・
「くそっ!あの女っ!!」
放課後の、誰もいない教室の床にガン!ガン!と拳を叩きつけて、彼は叫んだ。
しばらくそれを続けていたが、少し落ち着きを取り戻したのか、最後にぐっと下唇を噛んでから彼は思考し始めた。
(・・・落ち着け・・・・確かに僕の油断もあった。
だが、あのライダーの強さは明らかに僕より上だった・・・それは認めざるを得ない。
・・・接近戦に持ち込もうにも、向こうの手はまるで未知数・・・危険すぎる・・・・
なら、どうする・・・?どうする・・・??)
その思考の果てに、彼は”それ”を思いついた。
(・・・そうか・・・・確か、ライダーの力は契約したモンスターに準ずる・・・だったな・・・
なら、モンスターの力を上げればいい・・・・・!!
あいつの力が如何に強かろうとも、それを弾き返すほどの力を身に付ければいい・・・!!))
・・・モンスターの力を上げる方法は二つある。
一つは、ミラーワールドのモンスターを倒し、そのエネルギーを吸収すること。
(・・・いや、それだと条件は向こうも同じだ。
下手をすれば、こっちが一体モンスターを倒している間に、向こうはこちらよりも多く倒すかもしれない・・・)
そして、もう一つ。
それは。
その考えに至って、”彼”は笑った。
「くく・・・はははは・・・そうか、この手だ・・・・!
この手は彼女には真似できまい・・・!!」
そう言ってひとしきり笑ってから、”彼”は虚空を睨み付けた。
その眼はギラリと鈍い光を放っている・・・
「・・・僕は、特別なんだ・・・!
頂点に立つんだ・・・!!
その僕を一時でも恐怖させた罪、いずれその身で贖わせてやるぞ・・・美坂香里ッ!!」
その負け犬の遠吠えはただ虚しく、そこに響くのみだった。
・・・今は、まだ。
「おいっ、国崎!!」
赤が黒に変わり始めた街の片隅。
視界の近くにその姿を認めた北川は慌ててその人物・・・往人を呼び止めた。
往人は、一瞬ちらりと振り返り、逡巡した後、諦めたように息を吐いて北川に向き直った。
「やっぱり、この辺にいたな・・・」
「・・・なんだ、一日に何度も顔見せやがって・・・・
正直、鬱陶しい。
用事を話してさっさと失せろ」
不機嫌を隠そうともせず、往人は言った。
その視線を受けながら、北川は口を開いた。
「・・・観鈴ちゃんの親父さんがカードデッキを作ったってのは本当か・・・?」
その言葉を耳にした瞬間、往人の眉が微かに跳ね上がった。
「・・・・・お前。
昨日今日知り合ったばかりの人間にそんなこと聞いて回ってるのか。
趣味が悪いにも程があるぞ」
「・・・・・・・・言い訳はしない。
つい口が滑ったとはいえ、聞いちまったのは俺だしな。
でも、俺だってライダーなんだ・・・
訳も分からないままに、ライダー同士で戦えとか言った奴がカードデッキ作ったって言われて・・・納得なんかできるかよ・・・!
・・・・・でも、だからっていって観鈴ちゃんには根掘り葉掘り聞けないだろうが・・・・・」
俯き加減のその言葉に、往人はちっと舌打ちした。
「・・・少しは考えてるみたいだな。
だからって俺に聞くのも問題ありだが・・・まあいい」
往人はやや目付きが悪いその視線を北川に叩きつけた。
北川はそれに少し戸惑いはしたが、睨み返すようにその視線を受けた。
「・・・カードデッキを作ったのが観鈴の親父・・・・橘敬介だっていうのは本当だ。
何のために作ったのかは俺も知らない。
だが、ミラーワールドは実在して、その中にモンスターが存在しているのは事実だ。
カードデッキがあれば華音ライダーになってミラーワールドに入って戦えるのも事実だ。
そして。
最後に生き残ったライダーが望みを叶えることができる・・・そういう話だ。
お前はどうか知らないが、俺にとってはそれだけで十分だ。
・・・以上だ」
「・・・そうか・・・・あ・・・」
ありがとう。
北川はそう礼を言おうとした。
だが、それは往人の予想だにしない言葉で遮られた。
「だがな。ここまで聞いた以上ただで済ませるつもりはない」
往人はゆっくりと”それ”を取り出した。
・・・翼を広げた鳥・・・鴉の紋章の入った・・・・カードデッキ。
「な・・・?」
「お前の意志はこの際関係ない。今日一日の情報料と思え。
・・・・・俺と、戦え」
その言葉に。
その眼に。
その意志に・・・気圧されて。
戦わなければ、殺される。
そんなイメージがただ広がって。
北川は自分の意志さえ忘れ。
カードデッキを取り出していた・・・・・
放課後の廊下は薄暗く、ただ人を暗澹とさせる雰囲気が漂っていた。
その廊下に、生徒の身だしなみのために、という安易な、だが理には叶っている目的で置かれた鏡があった。
その鏡から。
一つの影が飛び出した。
緑色を主体としたその姿。
戦場で身に付けるようなスコープやバイザーを兜にしたような、機械的なその”仮面”。
その姿が窓ガラスに何かをぶつけた時のように砕け散る。
その姿と入れ替わりに。
・・・そこには、制服を着た美坂香里が静かに佇んでいた。
その表情には何の感情も浮かんではいなかった。
・・・とさっ。
そこに響いた何かを落とした音。
その音がした方向に、香里はゆっくりと顔を向けた。
・・・そこで、始めて香里の顔に感情が浮かぶ。
それは、軽い驚き。
「・・・・・名雪」
そこには。
彼女のクラスメートであり、何者にも代え難い親友である水瀬名雪が立っていたから。
香里はふう・・・と息を洩らしてから名雪に歩み寄ると、彼女が落としたかばんを拾い上げ手渡した。
「・・・ほら、名雪」
名雪は半ば呆然としながらも、それを受け取った。
「あ、うん、その・・・ありがと、香里」
その返事も空返事で、名雪はいつも以上に呆けた顔を香里に向けていた。
そんな名雪に、香里は言った。
「・・・・・見たの?あたしのあの姿を」
ストレートな尋ね方だった。
それは香里が水瀬名雪という少女を熟知しているからこそのものだった。
その問いに、名雪は少し迷ってから、首を縦に振った。
「・・・そう、見たのね。
・・・・・何か、聞きたいことはある?」
「・・・聞いても、いいのかな?」
躊躇いがちなその言葉に、香里は微かに笑ってから答えた。
「・・・・・もう、誰にも嘘はつかないって決めたから。
少し前まで大きな嘘をついていた、償いの一つとして、ね。
だから聞かれたらなんだって答えるわ」
そう呟く香里には何の迷いも何の気負いもなかった。
”その覚悟”を、とうに決めていた人間の顔だった。
キィ・・・・ィィィィン・・・・
その音が観鈴の耳に入ったのは、用事ができたから家に帰る、と飲みかけのコーヒーを置き去りにしていった北川を見送って少し経った後だった。
「・・・・・・モンスター・・・・・?」
・・・近くには往人もいるし北川だっているから自分が無理に行かなくても問題はないということは分かっていた。
だが、なんとなく、放っては置けなかった。
「お母さん、ちょっと散歩してくるー」
「えー?しゃあないなー・・・客がそろそろ混む時間帯やから、はよ帰ってき」
「うん、ありがと。じゃ、いってきまーす」
満面の笑顔を母に向けて、観鈴は急いでいることを悟られないように急ぎながら、外へと飛び出した。
「え・・・と、確か、この辺り・・・・・」
自分の耳に聞こえてくる、普通の人には聞こえない音を頼りに、観鈴はその場所に辿り着いた。
・・・そこで見た光景。
それは、自分の予想していたものとは、全く違うものだった。
それは、ライダー同士の。
しかも、自分が知っているライダー同士の。
闘いだった。
北川はできなかった。
自分に向かってくる誰かに理由なく”拳”を向けることなど。
それは、昨日会ったばかりの男。
別に嫌いなわけじゃない。
いや、嫌いかもしれないが。
少なくとも、殺すほどには憎んではいない。
「くそっ!!やめろって!!」
北川はそう叫びながら、自分の呼び出した剣でその攻撃を何とか受けた。
だが。
「・・・うおおおおっ!!」
往人・・・いや、華音ライダーナイトの気迫が、剣と槍が交差した向こうから更なる圧力をかける・・・!!
ギィンッ!!
その勢いに、龍騎の剣は空高く弾き飛ばされた。
「っ・・・・・・!」
北川は思わず、それを目で追ってしまう。
そこに、誰の目にも明らかなほどの隙が生じる。
そして、そんな隙をこの戦場は許さない。
「はっ・・・・・!!」
呆然と空を見上げて、隙だらけの龍騎の身体を、槍の一閃が通り過ぎる。
「ぐあっ!!?」
ナイトの槍はモンスターに対してかなりの威力を発揮するが、それはライダーの装甲には大したダメージを与えてはいなかった。
無論、与えてはいないとはいってもあくまで致命傷ではない、ということである。
斬撃にはならなかったものの、恐ろしい打撃が龍騎を襲ったという事実には変わらない。
胸の痛みに、龍騎・・・北川は地面を転げ回った。
間髪いれず、その龍騎の腹部に鋭い蹴りが入った。
宙を舞い、壁に叩きつけられ、龍騎は地面に倒れ込んだ。
「・・・・・・・・終わりだ」
そう呟くように宣告し、ナイトはデッキからカードを引き抜いた。
そのカードは。
『Final Vent』
その、無感情な音声が、今この場における現実そのものだった・・・・・
・・・続く。
次回予告。
ライダーは共存できない。
その事実と自分の弱さに打ちのめされる北川。
それは往人への不信を生む。
一方、名雪も香里の語った事実にただ打ちひしがれていた。
そんな中のモンスターの襲来は彼らに何を与えるのか?
「・・・俺は・・・・死なないよ」
乞うご期待、はご自由に。
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閑話休題。
北川「シリアス一直線の内容の後にこれはまずいんじゃないか?」
往人「だからこそ、だろ?息が詰まるからな。読後爽やかが作者の基本らしい」
香里「・・・最近の作風を見てると怪しい限りだけど?」
名雪「それは禁句だよ〜」
往人「というか自分で言ってなんだが、これを読んでも爽やかにはならんだろ」
北川「ま、それはともかくとして。いよいよらしくなってきたのはいいけど、説明は多いのな」
往人「そろそろペースアップして、じゃんじゃんライダー出したいらしいからな。説明を今のうちに済ませとこうとしてるんじゃないか?」
香里「それでも、今のペースじゃ6,7人出揃うまでにかなりかかりそうだけど。
・・・・・まあ、焦りすぎないでほしいところね。
それじゃ、また次回で」
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