華音ライダー龍騎 第一話 始まりとの邂逅
・・・・・雪の降る、夜の街。
どんな街でもそうだが、そこには喧騒と静寂が混在している。
様々の人の流れがあって、その中をそれぞれが生きている。
そこにあるのは、人の生活。
そこにあるのは、普通の日々。
・・・だが、それだけではない。
確かに”存在”しているものがいる。
皆、それを知らないだけだ。
その女性は、いつもどおりの生活の中にあった。
いつもと同じように出勤し、
いつもと同じようにご飯を食べ、
いつもと同じように仕事を終え、
いつもと同じように帰宅した。
そして、彼女のいつもはそこで終わる。
女性は、家に入るなり鏡に向かった。
髪を解いて、楽な髪型に変えていく。
それが終わって、服を着替えれば、いつものTV番組が始まる時間。
そう考えていた彼女の視界に何かが映る。
「・・・・・なに?これ・・・?」
彼女は自分の首に巻きついた何かの糸に気付いた。
それを引き剥がそうとするのだが・・・不思議なことに、手応えはなかった。
鏡の中の自分の指には確かに糸が絡んでいるというのに。
彼女は、なんとなく鏡に手を伸ばし、鏡面に指を触れさせた。
ここでまた奇妙なことが起こる。
鏡に触れた指に糸がくっついてきた。
それは、鏡の向こうに続いていた。
彼女はさすがに恐怖を覚えた・・・が、その恐怖をも覆す驚きにかき消された。
鏡の向こうに、恐ろしい化け物がいて、自分の部屋を歩き回っているのだ・・・・・!
慌てて、彼女は振り返った。
しかし、部屋の中には何もいない。
自分はどうかしてしまったのだろうか?
彼女がそれを思ったときには全てが終わっていた。
振り返ったために背を向けた鏡の中から、まるで鎌のような・・・足、そう、足が迫り・・・彼女を捕獲すると。
「きゃああああっ!!?」
その悲鳴すら封じ込めるように、女性は鏡の中へと消えていった・・・
そのすぐ近く。
二人の男女が歩いていた。
一人は黒っぽい服装を着た、目付きのあまりよろしくない青年。
もう一人は、今時珍しいポニーテールをした穏やかな表情の少女。
それまで二人はただ歩いていた。
目的もなく・・・というわけではないが、あてがあるわけでもない。
だが、それは一つの”音”で破られることになる。
ヒ・・・・ィィィィィィィ・・・・・・ン・・・・・・
音叉が共鳴するようなそんな音。
それは、この二人にしか届かない特別な音。
「往人さん・・・」
少女は、呼んだ。
それが青年の名前であることは明らかだった。
「・・・・・ああ」
往人と呼ばれた青年は、少女を置き去りに走り出した。
あっという間に遠ざかるその背中。
少女は見失わないように慌ててその後を追いかけた。
青年は、その音に導かれるように大きなビルのガラス張りの前に立つと、ポケットから何かを取り出した・・・
少女が、青年に追いついた時。
ビルの影に、翼を広げた・・・そう形容するしかない人影が生まれていた。
しかし、それも一瞬。
その影は何事もなかったかのように、初めから誰もいなかったかのようにその場から消え去った。
・・・青年の姿もそこにはない。
後には、心配そうにガラスの中の虚像を見詰める少女が残るだけだった。
日常。
それは何処にでもあるささやかなもの。
だから、それが破られるときはあっけないものだ。
彼、北川潤はいつもと同じ日常を生きていた。
「おい、相沢、飯にしようぜ」
北川は彼の友人であるところの、相沢祐一に呼びかけた。
彼はこの町に一ヶ月前に転校してきたばかりの少年だ。
祐一は、頭を掻いてから答えた。
「ん、そうだな。おい、名雪」
祐一は隣の席に座る少女に呼びかけた。
その少女・・・水瀬名雪は微かに首を傾げた。
髪を長く伸ばした、おっとりとした雰囲気を持つそんな少女だった。
その雰囲気には似合わないが、実はこの学校の陸上部の部長だったりする。
「なーに、祐一?」
「昼飯だ。学食に行くぞ」
「そうだね。香里も行くよね?」
そう言って名雪が笑いかけたのは、ウェーブのかかった長い髪の、どこかクールな眼差しの少女・・・美坂香里。
学年トップの学力を持つ上に、端麗な容姿も備えているために、学校内ではファンも数多く存在している・・・そんな少女だ。
だが、彼女はどこかボーっとしていて、親友であるところの名雪の声が耳に入っていないようだった。
「・・・香里?」
「美坂?」
名雪と北川がもう一度声をかけたところで彼女ははっとした。
「あ、ごめんごめん。お昼よね。みんな学食なんでしょ?」
その三人に向けたその表情はいつもと同じで、三人はそれぞれに安堵した。
「ああ、そうだ」
「じゃ、行こうよ」
「よし、美坂チーム出撃!」
「・・・はいはい」
それが、彼・・・北川潤の日常。
クラスに友人がいて。
彼らとだべったり、
授業中寝たり、
時には真面目に勉強したり、
たまになんとなく、物憂げにどこか遠くを見たりする、そんな日常。
彼は特別ではなかったし、特別になりたいとは思わなかった。
満ち足りてるわけじゃないが、不満はなかったから。
そんな日々がずっと続いていくのだと、思っていた。
そう、思っていたのに。
その日の放課後。
北川は赤く染まった校内を歩いていた。
「♪〜」
鼻歌なんぞを歌っているが別にいいことがあったわけではない。
彼は万事この調子なのだ。
明るいと言えば聞こえはいいが、”ただ脳天気なんじゃないの?”との香里の意見もある。
そう言われた時、彼はかなりへこんだ。
少なからず好意を抱いている相手にそう言われるのはいかに彼でも辛い。
具体的に言えば、彼のトレードマークの、ピーンと某妖気アンテナのように伸びた髪の一部がへなへなに見えたという逸話がクラスの中でまことしやかに囁かれた程度である。
そんな彼だが、決して不真面目ではない。
脳天気イコール何も考えていない、社会のルールなんか知らないというわけではないのだ。
それを証明するかのように、彼はそこに来ていた。
「こんちはっス」
そこの扉には新聞部と書かれた模造紙が無造作に貼り付けられていた。
北川は、その新聞部に所属していた。
・・・高校生というものは割と面倒で、ちゃんと部活に入っていないと内申に響くと担任や親から文句を言われる。
そんなものは気にしない、とあっさり言ってのける人間もいるだろうが、後々のことを考えるなら安易にはそう言えない人間もいる。
何かに興味は持てないし、やる気はないが部活には所属しておきたい。
そういう生徒もいる。
それらの生徒の行き着く先・・・それが文化系の部活なのだ。
運動系と違い休んでも文句を言われにくいし、そのメインの活動時期は文化祭などがある秋頃が多いので、それ以外は手を抜いても顧問(熱心でないならば)には分からない。
そういう連中にとって、それらの部活の中で特に人気がないのが、新聞部である。
真面目にやる人間がいる限り、年中忙しい部なので手抜きをしたい連中には敬遠されがちなのである。
それでも他の部に入り損ねたものがやむを得ず所属して、何処吹く風でサボったりしているのだが。
そうしないだけ、北川は真面目なのだろう。
・・・話を元に戻そう。
北川が部室に入ると、そこには二人の女子生徒が座っていた。
一人は髪の毛をツインテールにした、おとなしそうな雰囲気(を装った)の少女。
もう一人はどちらかと言えば短い髪の、天然なのかその髪の先が巻き毛になっている、正真正銘におとなしそうな・・・どこか冷たく見える眼差しを持つ少女。
「・・・相変わらず二人だけ、か。寂しいもんだな」
「そう思うなら、あんたが部員を集めてくればいいじゃないの」
「無茶言わないでくれよ、七瀬。俺だってそれなりに勧誘してるけど駄目でこのありさまなんだから。天野のほうもそうなんだろ?」
そう言って、北川は天野と自分が呼んだ少女に苦笑する表情を見せた。
天野は無表情に首を縦に振った。
「ほら、俺たちのせいじゃないいいいいいっ!?」
いきなり首を締められて、かつそのままがくがくと揺さぶられて北川は思わず叫んでいた。
「そ・れ・を・な・ん・と・か・す・る・の・が・あ・ん・た・の・や・く・め・で・しょぉぉぉ!」
一区切りごとに力と揺さぶりが強化され、北川は虫の息すれすれのデッドゾーンへと突入した。
その腕力と迫力は生半可な男は凌駕しているなどとボロボロの頭で思考する。
そこで、今まで沈黙していた少女・・・天野美汐がようやっと口を開いた。
「部長。その辺にしておかないとさすがに死んでしまいます。それと、そういうのは乙女の所業ではないのではと思うのですが」
その”乙女”という言葉に反応して、少女・・・七瀬留美はパッと手を放した。
「・・・あはは、私としたことがごめんね、北川君♪」
「・・・誤魔化しても手遅れだと思われますが」
後に残ったのは泡を吹いて床に崩れ落ちた、見るも無残な北川の姿だった。
・・・ややあって。
「つまり、私たちに必要なのは、度肝を抜く記事なのよ」
北川がようやっと復活してから、三人だけの定例会議が始まった。
始まって早々の七瀬の言葉に北川と美汐の二人は顔を見合わせた。
「度肝を抜く・・・」
「記事ねえ・・・」
「そうよ。それを私たちだけでモノにすればそういうのに憧れる生徒は入るし、それが全国的に知れ渡れば学校側も部費を上げざるを得なくなる」
「七瀬ぇ」
「部長と呼びなさい」
「七瀬部長さま。その安直な案はさて置いて、肝心の記事は何を書くんだよ」
「あんたも知ってるでしょ。ここ最近起こってる、謎の行方不明事件」
「まあな」
最近、この近辺で謎の行方不明事件が多発していた。
それぞれに関連があるのかどうかは分からないが、何の痕跡も残さずに、人が消えてしまうというそれは少しずつではあるが人々に不安を広げつつあった。
「って、まさか」
「そのまさかよ。私たちでこの事件の全容を暴くのよ」
「うわ、漫画の読みすぎなんじゃ・・・」
めき。
そう言い掛けた北川の頭に何処から取り出したのか、七瀬の竹刀が唸った。
「・・・それはさておき。部長、それは私たちには手の余ることなのではないですか?」
小さく挙手をしながら美汐は言った。
「それは承知よ。でも、そのぐらいはしないと。それに、何か大きなこと、やってみたいじゃない?」
そう言って七瀬は笑った。
それを見て、美汐は微かに口元を綻ばせた。
「・・・そういうことでしたら」
「ああ、やってみようじゃないか」
いつの間に復活したのか、北川がびしっと親指を立てていた。
「・・・とはいってもなあ」
少しずつその闇を広げつつある空の下で、北川はぼやいた。
その隣には、美汐が歩いていた。
自転車通学の七瀬とは帰る道が違うのですでに校門で別れていた。
ちなみに北川と七瀬留美はクラスメートである。
「俺たちにできることなんてたかが知れてるような気がするけどな」
「・・・確かにそうでしょう。ですが、何もしないうちから諦めてしまうのはよくないかと」
「・・・そりゃな」
「それに、私たちのような学生だと警戒される恐れもないでしょうから、ある程度の調べはつくかもしれませんよ」
その意見には北川も納得した。
大人からすれば”お遊び”にしか見えないことが逆に有利になるかもしれない。
「警察とかに鉢合わせしなけりゃな」
「まあ、その辺りは運でしょうし。・・・あ、着きました」
少し、古い感じのするそこが天野美汐の家だった。
遅くなった時、彼女を家まで送るのは北川の仕事だった。
・・・元々は七瀬から仰せ付かった事でもあるが、北川自身、言われなくともそうしていただろう。
女の子の一人歩きはよくない。
まして、そういう事件が起きているなら尚更だ。
それは紳士とまでは行かないがいっぱしの男としての北川の礼儀だった。
「どうも、ご苦労様でした」
美汐は深々と頭を下げた。
「別にたいしたこっちゃないって。それじゃ、また明日な」
「はい、ごきげんよう」
彼女が家に入っていくのを確認してから、再び北川は歩き出した。
「・・・さて、どうしたもんかな」
北川は時計を見た。
午後6時少し前。
家に帰っても暇な時間帯だ。
しかし、特にやることも思いつかない。
「・・・って、待てよ」
そこで北川は気付いた。
少し前の失踪事件に巻き込まれた人の住居が確かこの近辺にあったはずだ。
新聞の見出しと尋ね人の広告が少しだけ印象に残っていたのを思い出す。
「・・・せっかくだから現場だけ見に行ってみるかな」
その思いつきは悪くなさそうな気がして、北川は足を踏み出した。
少し古ぼけた感じのアパート。
そこが、事件に巻き込まれた人の住んでいた所だった。
生活感に溢れているといえば聞こえはいいが、実際のところは薄く汚れた住居だということだ。
「いや、警察はあてにならないしさ、困ってんだよ実際。なんとかしてくれよ」
「はい、なんとか」
「頼むよ」
老人と言うには元気がよく、中年と言うには歳を経た感じの管理人にそう言われながら鍵を手渡され、北川は愛想笑いを浮かべた。
それを見届けると、管理人は満足げに階下に降りていった。
ただ様子を見に来ただけの筈だったのに、たまたまそこにいた住人らしき人に話し掛けたら、それがこの管理人で、気がつくと北川はこの事件の解決を約束させられ、その代わりに失踪した人物の部屋に入ることを許可されてしまっていた。
(・・・俺、学生なんだけど)
同じことを管理人にも言ったが、管理人にしてみれば家賃を滞納しているその人物が見つかればなんでもいいらしい。
この不況の波は人情などいともたやすく流してしまうらしい、と北川はなんとなく思った。
(ま、いいか)
こうなれば渡りに船。
この機会にばっちり調べておけば、七瀬の鼻をあかせるというものだ。
そう意気込んで、北川は鍵を開けて中に入った。
「・・・・なんだ・・・・・・?」
部屋に入って、まず気になったのがその薄暗さ。
もう日が落ちつつあるとはいえ、いくらなんでも暗すぎる。
それもそのはず、部屋のいたるところに新聞紙やら何やらが張り付けられていた。
それは窓にも及んでいたので、光が射さないのだ。
「・・・・・なんでこんなことを・・・?」
わけがわからなかった。
こんなことをする意味が思い当たらない。
・・・一応、それをはがしてみたが特に何の変哲もなく、何処か間抜けな北川自身の顔が映るだけだった。
TV、食器棚のガラス、窓、パソコンのディスプレイ、そして鏡・・・共通すると言えば”映る”ということぐらいだろうか?
「・・・・・そんなに顔を見るのが嫌だったのか?まさかな」
・・・それだと何だというのだろう、この執拗なまでの徹底振りは。
まるで何かを封じ込めているかのように、北川には思えた。
(確かに異様っちゃ異様だけど・・・手がかりはないな)
しばらく部屋を見回った後のそれが北川の結論だった。
失踪の痕跡よりも、この部屋の異様さが先立ってどうにも理性的にモノが見れないが、それを差し引いてもそれらしきものはないと彼は判断した。
「・・・徒労かよ、ったく」
だがまあ、しかし、これはこれで何かの参考になるのかもしれない。
そう思うことを収穫代わりに、北川がドアに歩を進めようとしたときだった。
かつっ。
「・・・?なんだ・・・・・?」
足に何かが当たった。
北川はなんとなくそれを拾い上げてみた。
それは、四角いケースのように見えた。
真っ黒いそれの中には何かが挟み込まれて・・・いや、何かが中に入っていた。
「・・・・・カード・・・・・?」
それはどうやらこのカードを入れるためのケースだったらしい。
北川は何気無しに、そのカードを裏表見てみた。
そのカードには、上のほうにSEALと書かれていて、後は黒い穴のような絵が描いてあるだけだった。
「えと、意味は確か・・・印を押すとか・・・封印するとかだっけ。何かのカードゲームのカードか」
この近年、カードゲームは子供から大人まで夢中になる、頭をフルに使う”遊び”だ。
ここの住人が持っていても不思議はない。
「とするとこれはカードデッキ、って奴か」
・・・厳密に言えば、組んだカードデッキを入れるボックスではあるが、そう呼ぶこともあるらしい。
北川はそういうのに興味はありはしたが、実際にやってみたことがなかったので、子供が新しいおもちゃを発見したかのように・・・実際その通りだが・・・・それに見惚れた。
と、そこで北川は気付いた。
黒い”カードデッキ”を眺めた視線の向こう側。
そこには窓があったが、そこは何かに穿たれたように新聞紙とブラインドに穴が空いていた。
一際目立つそれに今の今まで気付かなかったことに苦笑しつつ、北川はその窓の向こう側を何気無しに覗き込んだ。
窓の向こうには、ビルがあった。
ここが駅の近くということもあって、すぐその辺りは割合大きなビルが立ち並んでいる。
その、ビルの窓に。
「・・・・・・・・・は?」
全長で言うのなら、6,7メートルぐらいある、紅い”りゅう”。
”りゅう”と言っても西洋の”竜”ではなく、東洋のほうによく見られる、胴が蛇のように長いタイプの”龍”だ。
それがビルの窓の中を我が物顔で、飛んで・・・いや暴れていた。
北川は慌ててブラインドを開けて、ベランダに飛び出した。
すると、その”龍”は窓から抜け出ると、北川めがけて一気に襲い掛かった!
「はああああああっ!??」
あまりにも、唐突、かつ常識外のことで北川は逃げることを思いつくことすらできなかった。
彼にできたのは、たまたま手に持っていた先程のカードを反射的に掲げる事だけだった。
しかし、それが功を奏した。
その”龍”はそのカードに阻まれて、北川に触れることすら叶わなかった。
だが、当の北川はその”龍”がカードに”接触”したときの衝撃に耐え切れなかった。
ガッシャアアン!
と見事な音を立てて、北川は窓に衝突、窓を叩き割る形で部屋の中に弾き飛ばされた。
北川を襲い損ねた”龍”はすごすごというには凄まじい勢いで窓の中に帰って行った。
・・・後にはあまりの出来事に呆然とするしかない北川が残されるばかりだった・・・
それより少し前の時刻。
校門で北川たちと別れた七瀬がとある場所を行ったりきたりしていた。
そこは、昨夜謎の失踪をしたという女性のマンションだった。
マンションと言っても、そんなに大きなものではないが。
何故昨夜いなくなっただけで失踪とされるのか。
それにはちゃんとと理由がある。
何でも、管理人は彼女がマンションに入るのをちゃんと見ていて、その直後・・・と言っても数分のタイムラグがあったらしいが・・・・悲鳴の聞こえた後、すぐさま駆けつけた際、彼女と遭遇することが無かったためである。
エレベーターさえなく、階段しか下へ行く道がないマンションで、だ。
不自然な点、不可解な点はあるが、彼女が”消えた”という事実ははっきりしていたために、失踪扱いとなったのである。
・・・まあ、一介の学生である七瀬がそこまで知ることは”まだ”ないのだが、失踪したという事実があれば、彼女がここに来る理由としては十分だった。
「しかし、まだ警察調べてるのね・・・うーん、少し警察を見直したかも」
・・・電信柱の影で七瀬がかなり失敬な発言をしたその時だった。
「おい」
一人の男が七瀬に話し掛けた。
全身的に黒っぽい、目つきの悪い青年だった。
・・・その後ろには、髪をポニーテールにまとめた少女が立っていた。
七瀬は振り向くと、胡散臭そう・・・と言わんばかりの視線を男に向けた。
だが側に連れている女の子が穏やかな顔つきをしていたので、なんとなくの判断で、落ち着いた対応をすることにした。
・・・ちなみに女の子がいない場合ならば・・・まあ、想像に難くないだろう。
「・・・なに?何か用なの?」
つっけんどんではないが決して友好的でもない態度で七瀬は見上げるように言葉を吐いた。
男は大して気にした風でもなく、答えた。
「・・・何をしているのか知らんが・・・もし、そこの失踪事件に首を突っ込もうとしているのなら止めとけ」
その発言に、七瀬は少し驚いた。
正直、ただの胡散臭いおっさんが自分目当てに声をかけたのか、うろうろしているのをうざったく思われたのか・・・その程度しか予想していなかったからだ。
「ふーん。って、ことは事件の関係者?」
「・・・・・知る必要はない。危ないという事実があるから帰ればいいと言っているだけだ」
その無愛想な態度には腹が立ったが、事件のことを知っていそうだということで怒りを何とか抑えた。
「何がどう危ないのか、教えてくれないとかえって危ないんじゃないの?」
「あのね、それはミラ・・・」
「観鈴・・・!」
連れの少女が何かを言いかけるのを察して、慌てて男は制止した。
少女は慌てて口を抑えた。
「あ、とそのあのね、ごめんなさい、言えないんです。・・・でも、教えた方が良くないかな?」
「っだああああっ!教えてどうするってんだお前は・・・」
「が、がお・・・」
ぽかっ!!
少女がその言葉を口にした次の瞬間には男の拳が少女の頭にヒットしていた。
・・・軽く、だが。
それは彼らにとってはいつものことだったが、いつものことではない少女がそこにいた。
「ああっ!乙女を殴ったわねっ!」
「うるさいな、お前には関係ないだろ。いろいろと事情があってだな」
「うわ、しかも責任逃れするわけね。許せないわね、その根性・・・おまわりさーん!」
「げっ・・・!?観鈴逃げるぞっ!」
「うわわ、往人さん腕痛いー」
・・・この間僅か1秒。
その間に男と少女は七瀬の前から姿を消していた。
「・・・・・ふ、馬鹿ね。あのくらいの声で聞こえるわけないでしょうに」
・・・・・とそこで、七瀬は気付いた。
「・・・・・しまった。事件のこと聞き出すの忘れてた」
・・・馬鹿確定だった。
「・・・・・エライめにあった・・・・・」
北川はすっかり憔悴しきった様子でアパートを後にしていた。
あの後、窓ガラスを割ったことで管理人に目玉をくらい、ちゃんと弁償することを誓約書(もどき)に書かされて、ようやく解放されたのである。
あまりにもしょぼんとしているので、トレードマークであるアンテナもどきの髪がへなへなになっているように見えなくもない。
散々な一日だったなあ、と思いながら北川はポケットに手を突っ込んだ。
・・・そしてなんとなくそこに入れてあるものを出してみた。
・・・あの、カードデッキ。
ちゃんと返そうと思っていたのだが、説教の嵐のためにすっかり忘れ去っていたのである。
「・・・まあ、いいか・・・・今度金払うときにでもかえそ・・・・」
そう呟いた時だった。
ヒ・・・・ィィィイィイイイイイイィィンンン・・・・!!
「くあ・・・?」
頭の中に何かが響くような音が入ってきた。
その音は何処かにいる何かを知らせる信号のようなニュアンスを北川の脳に直接叩き込んでいた。
苦痛ではないが、不快。
・・・この音を、どうにかしなくちゃいけない。
・・・どうにか治めなくてはならない。
例えるならそんな音だった。
そして、その音は・・・・・
「こいつから・・・?いや、違う・・・こいつが”音”を受けているのか・・・?」
北川の見詰める先・・・そこには自分の手に収まったカードデッキがあった。
・・・どうするべきなのか。
北川にしてみれば・・・考えるまでもなかった。
「・・・気になって眠れないのは困りものだしな」
そう呟くと北川はカードッデッキに導かれ、走り出した。
「・・・結局、今日は収穫無しか・・・ま、いいか。もう少ししたら、情報も流れてくるでしょうし」
いつまでも終わらない捜査に痺れを切らして、七瀬はマンションを後にして、駅前に置きっぱなしにしていた自転車を取りに行く事にした。
その後ろ姿を、眺めている者たちがいた。
一つは、あの二人組。
・・・帰ったと見せかけて、実はずっと遠くから様子を眺めていたのである。
そして、もう一つは・・・
「・・・・・あいつをつけてるみたいだな」
「・・・そうみたいだね・・・・」
二人には”見えて”いた。
反射物の中に蠢く”それ”が。
”それ”は七瀬の後をゆっくりとだが追いかけていた。
往人は観鈴を後ろに乗せて、自身の黒いバイクを走らせて、少女の後を追った。
駅前は、夕方時ということもあって人の群れで混雑していた。
その中を上手い具合にすり抜けて、七瀬は駐輪場に到着した。
「さて、帰りますか」
七瀬はそう言って、力強くペダルを踏んだ。
・・・だが。
「あれ・・・おっかしいわね・・・・」
ペダルが回らない。
足元を見てみるが、ペダルに何かが絡まっている様子もない。
・・・ただし、それは”この世界”の話。
七瀬の近くに停められた車・・・その鏡の様に綺麗なボディには、七瀬の足と自転車のペダルを絡み取っている”糸”が見えていた。
それを少し遠くから眺めていた往人たちは異変に気付いた。
「・・・ここでやる気か?大胆な奴だな・・・」
「往人さん・・・」
「ああ、分かって・・・」
往人がそう言ってポケットから何かを出しかけた時だった。
七瀬の後方に、息を切らせた北川がやってきた。
北川は、視線をあちらこちらにやって、七瀬の姿を発見すると・・・息を飲んだ。
その表情は驚愕に彩られていて・・・信じられないものを見ている表情だということは傍から見ているのであれば誰の目にも明らかだった。
・・・無論、その様子を眺めていた往人たちにも。
「・・・あいつ・・・?モンスターが見えてるのか・・・?」
「往人さん!あれ!」
観鈴が指を指した方・・・無論北川だが・・・その手に握られているものに気付いて、二人は目を見開いた。
「カードデッキ・・・?!」
観鈴はバイクを降りると、恐る恐るながら七瀬に近づこうとする北川の前に飛び出した。
北川は、いきなり目の前に現れた少女にびくっと身を震わせた。
「・・・・・あの、あなた・・・・華音ライダー・・・・なのかな・・・?」
その質問を受けた北川には、無論その質問の意味が分からなかった。
「・・・は・・・?カノン・・・ライダー・・・・・?」
その時だった。
北川の持つ、カードデッキが光を放ち始めたのは。
「うおおおおっ!?」
・・・信じられないことが起こった。
カードデッキが光を放ち、鏡の様に北川たちの姿を写していた車のボディ・・・その”中”に北川を飲み込ませてしまったのである。
その”中”。
すなわち、鏡の世界・・・・・ミラーワールド。
・・・無限に続く回廊のようなところを北川は凄まじい勢いで流されていった。
「うおおおおおおおっ!!?」
その、最中。
北川の姿が、変わった。
青を基調とした、鎧甲冑を着込んだような姿に。
その顔部分には、赤い複眼のような目が輝く仮面が装着されていた。
いや、その姿そのものが、仮面だった。
・・・その姿こそ。
このミラ−ワールドにおいて人間が活動するための姿。
”華音ライダー”の姿だった。
そうこうしているうちに、無限の”果て”に到着した。
「うおっとおお?!」
北川は到着点の向こう側に弾き飛ばされ、地面を転がった。
・・・その弾みで自分の腕を凝視した。
それは慣れ親しんだ、自分の腕ではなかった。
何かを着込んだような、青い腕。
左手には何か変な機械のようなものがついていた。
頭を触ると髪の感触はなく、固いヘルメットのような感触。
「え・・・?おい・・・嘘だろ・・・・?」
車体に映る自分の姿を見て、北川は愕然とした・・・
何かの仮面を纏った、戦士の姿。
だが、それ以上の驚きが、北川に襲い掛かった。
「・・・・・は?へ?ここは・・・?」
北川は辺りを見回した。
さっきまでいたはずの人の群れ。
それがまるごと消えてしまっていた。
・・・それだけではない。
交通標識、何かの広告、駅の文字、風景・・・・・ありとあらゆるもの・・・つまり世界そのものが反転してしまっていた。
そう、まるで。
鏡の中のように。
そして、自分の目の前には。
常識では考えられない・・・巨大な蜘蛛の形の化け物。
その蜘蛛は、北川の姿を見つけると自転車に絡み付けていた糸を解いて、北川の方へと移動し始めた。
それを見た北川は・・・
「うわあああああっ?!」
・・・無論、逃げた。
一方、鏡の外・・・つまり現実世界では。
「・・・お。やっと動いた」
ペダルが急に軽くなったことに微かな怒りと安堵を覚えつつ、七瀬がキコキコとペダルの音を鳴らしながらその場所を去って行った。
その横で、観鈴は鏡の”中”の様子を覗いていた。
そこに繰り広げられていたのは、蜘蛛の化け物から情けなくも逃げ惑う北川の姿だった。
(この状況をどうにかできるのは・・・)
「往人・・・さん・・・?」
観鈴がそう思って振り向いた先に、往人の姿はなかった。
往人は人気の無い、ガラス張りの建物の前に立っていた。
辺りに人がいないことを確認すると、往人はポケットから”それ”を取り出した。
・・・そう、カードデッキを。
往人が鏡の前にデッキを突き出すと、鏡の中のデッキから生まれ出た何かが、往人の腰に絡みついた。
それはベルトだった。
鏡の中に生まれ出でたそれは現実にも等しく現れ、往人の腰に巻きついていた。
往人は右手で何かを防御するような構えを取って、叫んだ。
「・・・変身!」
そして、左手に持っていたカードデッキをベルトのバックルに当たる部分・・・そこに差し込んだ。
その次の瞬間、往人の姿が変わった。
青・・・北川の変わった姿の青よりも深い色の・・・蒼色を基調とした、西洋の騎士のような姿。
その姿に相応しく、その手にはレイピアよりは太い刃の西洋刀が握られていた。
その姿の往人はこう、呼ばれる。
・・・華音ライダーナイト。
ナイトは「はっ」と短い息を吐きながら鏡の中の世界へと飛び込んだ。
そこには一台のバイク・・・の様なものが置かれていた。
それは華音ライダー用のミラーワールド内の移動手段。
その名をロードシューターという。
ナイトはロードシューターに乗り込むと、即座に発進した。
「・・・・・来い!シャドウクロウ!!」
ロードシューターで異次元空間を走るナイトのその呼び声に応え、それは現れた。
それはカラス型のモンスターだった。
そして、それこそ華音ライダーナイトが使役しているモンスター・・・シャドウクロウだった。
ナイトのロードシューターはミラーワールド内に入って間も無く”現場”に到着した。
蜘蛛のモンスターと、モンスターに追われている北川・・・
その横を通り過ぎて、北川の後方で停止する。
「・・・・へ?」
ナイトは悠然とロードシューターから降り立つと、腹部のカードデッキから一枚のカードを引き抜き、持っていた西洋刀の一部を展開させたカードホルダーに差し込んだ。
『Lance Vent』
無機質な電子音のような声がそれを告げた瞬間、空からシャドウクロウが降りてきたかと思うと、ナイトの元に一振りの槍を与え、再び何処かへと飛び去った。
ナイトはそれを手に、蜘蛛モンスターに切りかかっていった。
・・・北川は北川でいきなり現れた乱入者にまたしても混乱に陥った。
蜘蛛モンスターは自らの足・・・刃のように鋭い・・・・を持って、ナイトを迎え撃つ。
モンスターの足の数に任せた攻撃・・・だが、ナイトはその一撃一撃を冷静に弾く。
それは正確かつ適切な動作だった。
・・・明らかに、手馴れた動きだ。
一方、北川はその一連の事を見て、思いついたことを実行してみることにした。
「・・・えっと・・・・ここから、カードを出して、差し込む、と」
北川は抜き出したカードを自分の左腕につけてあったナイトの剣と同じモノに差し込んでみた。
『Sword Vent』
すると、空から剣が落ちてきて、カキーンと地面に突き刺さった。
「おお・・・!よし、これなら・・・」
さっきまでは武器さえなかったが、これでようやっと反撃できるというものだ。
事態はよく分からないが、このままでいるほど、北川は消極的ではなかった。
「よっしゃ!」
意気込んだ北川は、ナイトとモンスターの攻防の隙・・・そこを狙って走り出した。
「おおおおりゃあああああああああっ!!」
「・・・?!」
ナイトとモンスターの距離が開いたその瞬間、間に割って入った北川は渾身の力で剣を叩きつけた。
・・・パキャ。
「・・・お、折れたっ?!」
やたらと軽い音を立てて、北川の剣はあっさりと折れてしまった。
おまけに動揺している隙を付かれ、北川は哀れにもモンスターに弾き飛ばされた。
それでも、ナイトのいる方向に弾き飛ばされたので、受け止めてくれる、ああ助かったとか北川は思ったのだったが・・・
「ふん・・・!」
ナイトは情け容赦も無く北川を横方向に弾き飛ばし返した。
「ぐえ・・・・」
地面に叩きつけられた北川に対し、ナイトは叫ぶように告げた。
「邪魔だ!どっか行ってろ、この馬鹿!」
「・・・んだとお・・・・」
起き上がろうとする北川だったがままならない。
それを無視して、ナイトは再びデッキからカードを取り出し・・・剣・・・シャドウバイザーに差し込んだ。
『Final Vent』
「うおおおおおおおっ!!」
叫びと共に、槍を構えたナイトが駆ける。
その背に何処からともなく現れたシャドウクロウが取り付いたかと思うと、空高く舞い上がった。
それが最高点まで達し、落下し始めた刹那。
ナイトが槍を下向きに構えると、それをシャドウクロウの翼が包み込み、己自身を一つの槍の弾丸と化す・・・・・!!
その一撃は凄まじい速度のままモンスターを捉え・・・問答無用の威力でそれを貫いた・・・!!
その瞬間、爆発が起こり、モンスターは炎の中に消えていった。
・・・その炎の中から、無傷のナイトが姿を現した。
その姿を見て、北川は何とか立ち上がりナイトに駆け寄った。
ナイトはそれを無視して、さっさと歩いていく。
北川は北川で興奮しすぎで相手が自分を無視していることすらに気付いていないようだった。
「なあ!あんた、人間だよな?!・・・俺と同じなんだよな?!あれなに?この姿は何?
全然わけが・・・・」
ナイト・・・往人は歩みを止めると、少し苛立った様子で言った。
「やかましい!騒ぐな!はしゃぐな!」
問答無用の三連発に、北川はムッと来た。
「なんだと・・・そういえばさっきはよくも・・・・」
そう北川が言いかけた時、二人に何かの巨大な影が覆い被さった。
二人が揃って、空を見上げるとそこには北川を襲った紅い龍がいた。
「・・・・・大物だな」
「って・・・そんなことを言ってる場合じゃないいいいいいいいいっ!」
龍は一声咆哮を上げると、二人に急接近した。
・・・明らかに殺気が漲っていた。
二人は並んで鏡の中の世界を走り出す。
その二人の背に、紅き龍の炎の息が襲い掛かる・・・!!
「うおおおっ!?」
「だああああっ!?」
二人はその圧倒的な威力の炎の爆風に弾き飛ばされた・・・・・!
・・・続く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
閑話休題。
北川「よっしゃああああああっ!!俺が主役!相沢じゃなくて俺が主役!!
人生最高!!!」
国崎「・・・何喜んでんだか。あのな、お前が龍騎役ってことの意味分かってるか?」
北川「俺が主役って事さ!(きらりとスマイル)」
七瀬「うわ、馬鹿丸出し」
美汐「・・・要するになんも背負ってないお調子者だと作者に思われているというわけですね」
北川「・・・・・そうなの?」
一同頷く。
北川一瞬で真っ白に。
国崎「・・・まあ、そうは言っても後々の成長まで見越してのことだから、いい役であることには変わらないけどな。・・・この辺りは龍騎本編をみてないとわかりづらいかもな。
・・・というか、俺もう少しクールにできないのか?実際のナイトはクールでいなせな奴なのに」
七瀬「私だって、元役はもっと才女って感じなのに。編集長と兼任になってるくさいし」
美汐「・・・ひょっとして私、あの人の役ですか?」
観鈴「私は割といつもどおりでいけそうだね、にはは」
国崎「というか現在準備中の”アギト”に比べると一話分の文章が増大してるな。・・・アギトで手を抜いてるのか?」
美汐「違うらしいですよ。”龍騎”の場合、どうあっても説明をかなり含んでないとやりにくいことからこうなったようです。
この段階でもかなり省略したそうですから。
まあ、第一話で結構説明書きましたから以後は省くことができるのも多くなるでしょう」
国崎「ふむ。というわけで、今回はこれにて」
観鈴「ばいばーい」
・・・次回に続く。
第2話へ
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