第三十一話 誰が為の鎮魂歌・1
『……終わったようですね』
ファントムの戦闘部隊と共に第9区画での戦闘を続け、量産パーゼストを殲滅し終わった『機械仕掛けの仮面ライダー』こと『イージス』。
”彼”は、因子反応の消滅……少なくとも戦闘レベルではなくなった事を内臓されたサーチシステムで確認し、自身の顔を覆い隠していた仮面を外した。
ふわぁっ、と光り輝く汗と共に広がるのは、長く艶やかな髪。
仮面の中から現れた素顔は、美しく穏やかな顔立ちの女性だった。
「信じられんな……アンタみたいな綺麗なお嬢さんが戦っていたとは。
凄まじく強かったから、もっとゴリラみたいな女かと思ってたが」
彼女の容姿を見て、戦闘部隊の指揮を執っていた男が呟く。
女性は彼の方に顔を向けると、
「ありがとうございます。
でも、私は……佐祐理はまだまだですよ。
皆さんが同じ装備をつけたらきっと敵いません」
そう言って、彼女……倉田佐祐理は穏やかに微笑んだ。
「そうでもないと思うぞ。
俺達がソレを使ってもアンタほど使いこなせるかどうか怪しいもんだ」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
「そうだといいがな。
まぁ、仮にそうだとしても……」
言いながら、彼は周囲を見やった。
数十体転がっているパーゼストの死骸、負傷して動けずにいる人間達、一部破壊された施設……それらは縮図だと男は知っていた。
近い将来、起こり得る可能性の一端でしか無い事を知っていた。
「それでも、勝てるのか?
俺達は、パーゼストに」
彼は知る由もないが、憑依体対策班の面々が抱いたものと同じ感情がそこには渦巻いている。
彼のみだけでなく、そこにいる戦闘部隊の皆がそう感じていた。
そんな疑問に、仮面ライダーの姿を持つ佐祐理は静かに答えた。
「……分かりません。
ですが、勝つしかありません。
どんな困難が待ち受けていたとしても、勝つしかないんです。
佐祐理のお友達なら、きっとそう言うと思います」
かつて、パーゼストから自分と親友を助けてくれた『仮面ライダー』……草薙紫雲。
彼ならば、きっとそう言うだろう。
そして、かつて親友の心を救ってくれた、もう一人の仮面ライダーとなったと伝え聞く相沢祐一も、同じ事を言うだろう。
彼らは、人の苦しみや悲しみを放っておけない、心優しい存在だ。
そんな彼らが『力』を持っているのなら、きっと人を悲しませる、傷つける存在を放ってはおかない。
勝てるかどうかは、分からない。
それでも、逃げずに立ち向かうだろう。立ち向かい続けるだろう。
それが、彼ら。
そして、それこそが『仮面ライダー』なのだから。
「佐祐理のお友達の仮面ライダーなら、きっとそう言ってくれます。
だから、いつかきっと、必ず勝てます」
そう言ってニッコリと笑う佐祐理。
確信に満ちた笑顔に、男は思わず見入っていた。
目の前に立つ少女とも言える容貌の女性の言葉。
それは言葉だけ見れば、純粋過ぎる信頼に満ちた、青臭い言葉だ。
少なくとも男にはそう思えた。
だが。
「……そうか。
アンタがそう言うのなら、勝てるのかもな」
そんな言葉の響きとは裏腹に、彼女の言葉を信じたいと男は、周囲の人間達は思えた。
「はい。
でも、その為には、佐祐理達……いえ、私達もしっかり頑張らないと」
「ああ、その通りだ。
いくらなんでも、ライダーに丸投げじゃ悪いもんな」
「はいっ」
ふと男は思う。
偶然からはじまったとは言え、ライダーシステムが今も若者達により運用されているのは、この為なのかもしれないと。
今自分が感じている『希望』を、より強く輝かせる為なのかもしれないと、そう思った。
『とは言え、今回ファントムが被った被害は大きい』
”そこ”は、何処とも知れない闇。
レクイエムという名の闇の中で会話が交わされていた。
「はい。
ライダーたる草薙紫雲、開発者にしてファントムの支柱の一つ草薙命はそれぞれ動けなくなりました。
施設の被害を約20%に抑えたのは大したものですが、防衛システムはほぼ全滅。
我々が続けて進軍すれば、防ぐ術はほぼありません」
『ああ。
しかし、それはあくまで数を見た上でのほぼだ。
現状で攻め込めば、我々の戦力を無駄に削る事になる。
例の”イージスシステム”や”プログラムKEY”の戦闘力は侮れないからな。
ゆえに、場所を変えた上で目的の品々を奪い取る事にしよう。
その為の準備は出来ているな?』
「はい。全て整っています」
『よし。
プログラムKEYが仮にとは言え完成を見た今こそ好機。
抗体、ライダーシステム適格者、プログラムKEY。
全てを我々の手中に入れる』
「はっ。
ところで、協力関係を結んでいる彼については?」
『放っておいても仲間が助けるだろう。
だがもし要求があった場合、協力は惜しむな』
「了解しました。
全ては、我らレクイエムの為に」
会話が終わる事で、闇は静寂の中、真の闇に戻る。
そんな闇の中にたゆたう『彼ら』が、かろうじて光射す場所に現れる時は……目の前に近付いていた。
「bjhhjh……ぉぉ、おの、れ……」
戦いから一日半程度経過した頃。
ファントムの施設から若干離れた森の中。
月明かりの下、一つの影が地面を這いずりながら移動し続けていた。
再生半ばの手足を使って動くその存在は……シャークパーゼスト、その人間体だった。
「やれやれ。
様子見のつもりが手痛いしっぺ返しをくらったようだな」
「……!」
不意に自分に落ちた影に顔を上げる。
そこには黒いスーツを身に纏った、彼の同胞たるホッパーパーゼストがいつの間にか佇んでいた。
「そう睨むな。
手痛いしっぺ返しを喰らったのは俺も同じだ。
代償は大きかったが、人間という種の力の源泉を一つ理解できた」
「力の源泉、だと」
「感情、心。そう呼ばれるものだ。
プログラムたる俺達に欠けている、不安定さ。
それが時と場所によって、恐るべき力を発揮する。
人間は、俺達が思っているより遥かに厄介な存在かもしれん」
「……」
プログラム部分はホッパーパーゼストの言葉を否定する。
だが、シャークパーゼストのプログラム以外の部分は理解していた。
それが一つの真実だという事を。
「それが理解できただけ、今回は良しだ。
それに、目的は達成できた。
ファントムが俺達用に準備していたモノの存在、性質はある程度把握した。
今回レクイエムがあえて傍観していた理由もなんとなくだが理解できたしな」
「……確かにな」
「だから暫くは身体を休めるぞ。
獅子の体組織は回収しておいたから、奴の再生、もしくは複製もしておきたいしな。
今は人間同士に内輪もめをさせておけばいい」
「いいだろう。
次こそは勝利するために、今は休む」
「……その思考は少し分かるが、拘りすぎるなよ」
「お前が言えた義理か。
お前はお前で、例の遺産の戦士と擬似結晶体の女戦士が気になっているくせに」
「まぁな。
ふむ……俺達も変わりつつあるのかもな」
呟きながらシャークパーゼストの首元を掴み、持ち上げたホッパーパーゼストは歩き始める。
「変わっていようといまいと関係ない。
我々は為すべき事を為すだけだ」
「まぁ、そうだな」
そうして言葉を交わしながら彼らは闇の中に消えていった。
雑談として語った自分達の変化が、彼らの結末に大きな変化をもたらす事を予感さえしないままに。
人類の行く末を動かすような様々な思惑が動く夜が幾度か明け。
「やっと帰ってこれたな」
「ああ……」
太陽が一番高い位置に差し掛かる時間帯。
自分達の大学が見える場所にバイクを停めて、祐一と浩平は言葉を交わしていた。
「なんだ、浮かない顔だな」
「……」
ヘルメットを取った祐一の顔は沈んでいた。
それはどうも昨日の様々な事後処理を終えた疲れだけではないらしい、と浩平は感じ取った。
それに気を遣ってなのか、それとも単なる気まぐれ、世間話程度なのか、浩平は祐一に疑問を投げ掛けた。
「草薙やそのねーさんが死んでなかったり、疲労だったりで済んだのに不満があるのか?
それともファントム内で死人が出たのがショックなのか?」
「死人が出たのは、正直ショックだし、悔しいし、情けないし、悲しいさ。
いつか目の当たりにする事だって分かってたんだけどな」
自分達と共に戦う、自分達に協力してくれる人達の中から出た、何人もの死者。
それは今まで殺された人々と重さこそ同じだが、そこには別の意味合いが生まれていた。
「……それだけ戦いが激しくなってきたって事だろ」
「だからしょうがないっていうのか?」
「俺達やファントム、それに警察連中はそういう事やってるんだからな。
お前みたいな甘ちゃんには難しいだろうが、割り切れ」
「……そう言うお前が何処か不機嫌そうに見えるのは気のせいか?」
「さてな。
俺はお前や草薙ほど馬鹿正直じゃないんでな。
で、その言い方だとなんか他に気になってる事があるんじゃないか?」
話を逸らしたいのか、浩平は祐一の言葉から話題の方向性を見出し、そちらへと移らせた。
祐一は突っ込みたい衝動を抑え、その流れに乗る事にした。
自身が気になっていた疑問を口にする為に。
「……草薙が倒れたのは本当に疲労なのか?」
キマイラパーゼストとの戦闘の後倒れた草薙紫雲。
ファントムの医療班や意識を取り戻した本人によると激しい戦闘による疲労からきたものだという事だが。
「そうじゃないんだろ、多分。
アイツは隠したがってるみたいだが」
「そう、だよな」
浩平が答えたとおり、紫雲が倒れた原因は他にあるのは明らかだった。
原因……それは彼の身体がパーゼストだからという以外に無いだろう。
アンチパーゼストプログラムたるプログラムKEY 、その具現たる仮面ライダーKEY。
存在そのものがパーゼストを否定するものである以上、その存在は草薙紫雲にとって身体的には害以外の何者でもない。
「折原は、なんともないか?」
「俺は別になんともないぞ。
っていうか、なんで俺に聞くんだよ。
俺はアイツみたいにパーゼストの身体持ってないぞ」
「……そうか」
「なんか、すっきりしない顔してんな。
まぁ、他に何か引っ掛かってる事があるんなら適当に誰かに相談しとけ。
迷いとか疑問は戦いの中だと足枷でしかないからな。
あと、相談するのは別に俺でもいいが、今日だけはパスな」
「長森に会うんだろ?」
「……よく分かったな」
「いや、分かるだろ普通に。はぐれライダー長森純情派なお前だし」
「……フン、そう言うお前も今から帰って水瀬に会いに行くんだろ」
「う」
祐一の場合、名雪が今日は自主休講しているのを聞いていたので寮に帰る事=名雪に会う事となる。
大学の方に来たのは通り道だったからに他ならない。
「ま、しっかりリラックスしてろ。
草薙凸凹姉弟の事は俺らが今考えててもしょうがないんだしな」
「……」
「おい、聞いてるか?」
「……ん、ああ」
「おいおい。ボケるにはまだ早いぞ」
「そう、だな」
「……ったく、しっかり休んどけよ。
じゃあ、またな」
そう言うと、浩平は再びヘルメットを被り、大学内の駐輪場へとサイドカーを走らせて行った。
後に残された祐一は、その姿を見送って小さく息を吐く。
「……何か、変なんだよな」
自分で何か確認するようにそう呟いて、祐一もまたバイクを走らせた。
最後まで、祐一は気付かなかった。
物陰から自分達を見て……いや、監視していた存在の事に。
「折原浩平と相沢祐一が別行動に移行。
相沢祐一との距離が離れ次第、計画を実行します。
そちらも囮の準備を頼みます」
『了解した』
「別グループの準備はどうなってますか?』
『ファントムの施設近くに部隊を配備済みだ。
いつでも作戦に入れるとの事だ』
「分かりました。
では、何かあれば連絡を」
『了解。
全ては、我らレクイエムの為に』
その言葉を最後に音を失った通信機をポケットに戻し、彼……氷上シュンは呟いた。
「これでライダー包囲網はほぼ完成。
残るは、相沢祐一ただ一人」
そう呟いた彼の顔は、何処か悲しげな笑みに彩られていた……。
(……なんか、色々あったからか一週間位帰ってない気がするな)
そんな事を考えながら、祐一は数日振りの住処へとバイクを走らせていた。
確かに心配事、考える事は多い。
しかし、そういう時だからこそ息抜きも必要だろう。
浩平が言っていたように、余計な思考ばかりを足枷にして自分が死んでしまうようでは本末転倒だ。
少なくとも草薙命は重傷だが一命を取り留めているし、紫雲もしっかり生きている。
それで幸いだと思うべき……祐一がそう思考しつつあった瞬間、突如彼の頭に入り込む『情報』があった。
「……この気配は!」
頭の中に流れ込む感覚は……パーゼストの気配を告げるものに他ならない。
そのパーゼストは、このまま真っ直ぐ進んだ先にいると、感覚と愛機・クリムゾンハウンドに搭載されたパーゼストの探知システムが告げていた。
「街の中だけど……この辺りは確か裏通りだな……」
戦う場所が人が少ない所であればそれに越した事は無い。
パーゼストが人の多い場所へと移動しないうちにケリをつけるべく、祐一はクリムゾンハウンドを加速させていった……。
「……じゃあ、お願いします」
「ええ、任せてください」
第九区画の入口付近に、通常のものとは若干デザインや形状が違う救急車が停まっていた。
ちなみにファントム御用達の特殊車両で、防弾ガラス完備の他、様々な機能が備わっている。
そんな車両に、憔悴し立つ事もままならない紫雲を運び入れるのを横目で見つつ、深山雪見は救急車に乗り込むスタッフ達と言葉を交わしていた。
「あの、ココ以外の医療施設に運んで大丈夫なんですか?
草薙君は、その」
「大丈夫ですよ。
今後起こり得る事態への対応がしっかり『教育』された病院ですから」
襲撃により多くの負傷者が出た為、医療スタッフが不足した結果、紫雲は他の医療施設へと送られる事となった。
彼の精密検査と回復を行う為の設備や薬剤に損害はさほど出てはいないのだが、重傷を負った人間も少なくない現状で医療スタッフがフル回転中の為、彼をまともに診断できる状況ではないのだ。
紫雲の身体を熟知している彼の姉、草薙命が一番の重傷者となり、彼を看れる状況ではないのも理由の一つ。
それらの要因が重なった結果、移動さえ難しい人々の治療を優先させる為、怪我そのものはない紫雲を移動する事となったのである。
「パーゼスト関係の治療マニュアルも命さんの指示でしっかり行き届いています」
「それなら、安心です。
では、改めてよろしくお願いします」
そんな会話の間にも準備は進み、車を発進させようとスタッフが車に乗り込もうとしたその時。
「あ、良かった〜 まだ行ってなかった」
川名みさきが息を切らしつつ姿を現した。
彼女は額の汗を手で拭いながら、雪見の方へと足を進めていく。
「みさき、アンタ何処に行ってたのよ。
草薙君を見送りたいって言い出したのはアンタだってのに」
「ごめんごめん。
これ、紫雲君に持っていこうと思って。
昨日からずっと鳴りっぱなしだったから充電しなくちゃならなくて、遅くなっちゃった。
病院に行ったら、それどころじゃなくなるかもしれないし」
みさきがそう言いながら差し出したのは、紫雲の携帯電話。
それを受け取った雪見は、プライバシーの観念上から幾分躊躇いつつも、携帯を開いた。
「不在着信にメール……。
送った人は……ああ、そういう事ね」
納得した様子の雪見は、スタッフに断りを入れてから車の中に入った。
中にはある程度固定された紫雲が力なく横になっていた。
「……草薙君、今調子はどう?」
「昨日より、悪くはないですよ。
それより何か?」
「ん。
これをみさきが持ってきてくれたの。
ごめんね、履歴だけ見させてもらったわ。
貴方の事をとても心配してる人がいるみたいだから」
「……」
紫雲は衰弱した体に力を入れ、なんとか受け取った携帯を震えた指で操作していく。
そうして開いた履歴には、一昨日の夕方頃から深夜まで三十分おきに電話を掛け続け、メールを送り続けている記録が残っていた。
また、その次の日も前日ほどの頻度ではないものの、電話とメールの履歴がしっかり残っている。
「じゃ、わたしはこれで。
しっかり身体治してね」
「あ、はい!
ありがとう、ございました。
みさきさんにもありがとうとお伝えください」
「ええ。じゃあ、またね」
そうして雪見は車から降りた。
他のスタッフも笑みを(なまあたたかいもの半分、優しさ半分)浮かべつつ車から離れていく。
紫雲はその心遣いに微妙に顔を引き攣らせつつ、内心では感謝し、リダイヤルを掛けた。
「……もしもし、美凪さん?」
『っ! 紫雲さん……?!』
「その……電話とメール、たくさん、ありがとう。
ごめんね、出られなくて」
『……』
「美凪、さん?」
『……っ……一昨日から、ずっと、嫌な予感がしてたんです……。
でも、紫雲さんと……連絡つかなくて……
どうしようって考えて、相沢さんに聞けばいい事に後から気付いて、でも相沢さんからは紫雲さんが倒れたって……
命に別状は無いって教えてくれましたけど……でも、それでも私は……』
言動は時々エキセントリックではあるが、基本的に理知的な遠野美凪が紡ぐ混乱した言葉。
その意味に気付き、紫雲は胸が熱くなるのを感じた。
ひどく熱く、そして痛かった。
『私、は……』
「美凪さん。
心配してくれてありがとう。
僕は……俺は、大丈夫だから」
『………………はい』
「しっかり身体治して帰るから。
その時はまた、美味しいお米の、美味しいご飯を食べさせてくれるかな」
『……………はい』
「ありがとう。
その時を、楽しみにしてるよ」
紫雲が電話を掛け終えて数分後。
彼を乗せた車は、ゆっくりと走り出した。
「……」
「大丈夫よ。
ちゃんと護衛だって付いてるんだし」
心配そうに走り去る車の音の方向を見詰めている親友に、雪見は言う。
みさきはそれに苦笑気味の表情を向ける。
「うん、そうなんだけど……」
何故かは分からない。
だが、眼の見えない彼女だからこそ、感じるものがあった。
空気が淀んでいる。
音が何処か濁っている。
それらが彼女に告げていた……悪い予感がする、と。
この数時間後。
みさきの予感は当たる。
草薙紫雲の行方不明という形で、当たる事となる。
「……」
同じ頃、一ノ瀬ことみはカノンのベルトから引き出した『KEY』の戦闘データをいつも使っている研究室とは違う、いわば予備の研究室で調べていた。
命の事、紫雲の事、亡くなってしまった人々の事。
気に掛からないわけでは決してない。
だが今はこの作業を進め、プログラムKEYを全ての意味で完成させる事が重要で、それこそ皆が望んでいる事だと彼女は認識した。
ゆえに、彼女は命の容態安定を確認した後はずっと徹夜を続けていた。
「どういう事?」
その中でことみが疑問に感じていたのは、祐一が感じた『熱』。
「長時間の運用の弊害。変身者への負担。
それは可能性としてはあったけど」
リミテッドフォームの時のデータを参考に、それはかなり軽減出来ていた筈だった。
事実。
データ上は、リミテッドフォームと同等程度の負荷しか掛かっていない。
「反因子結晶体の共鳴……それが何かしら、装着者に未知の効果を生んでいる……?」
推論は出ても、それを裏付けるデータが足りなさ過ぎる。
ゆえに、答は未だ出ず。
一ノ瀬ことみは、ただ画面を睨みつけるしか出来なかった。
少なくとも、今はまだ。
「見つけた……!!」
クリムゾンハウンドを走らせる事、約数分。
祐一は、小さなトンネルの中をゆっくりと進んでいくパーゼストの後姿を視界に捉えていた。
「……?
あのパーゼスト、なんか見覚えがあるな……」
そんな既視感を感じながらもクリムゾンハウンドを降りた祐一は、ベルトを巻き付け、鍵を廻した。
「変身っ!!」
赤と黒の閃光に包まれ、祐一の姿が変わる。
閃光が収まった後、そこに立つのは仮面の戦士……仮面ライダーカノン。
気配に反応してか、パーゼストがゆっくりとカノンの方へと振り向いた。
その姿を見て、祐一は仮面の中で眼を見開いていた。
「コイツは、確か……」
かつて、レクイエムの人間……確か仮面ライダーフェイクと名乗っていた……が操っていた虎のパーゼスト。
細部が微妙に違うが、今はそんな事は問題ではない。
問題はこれが自然に発生したものではなく、レクイエムのパーゼストだった場合。
もしそうだとするのなら……。
「何か仕組まれてる……?!
だとすると、これは囮で、狙いは、まさか折原か……!!?」
もしそうならば、こんな所で油を売っている場合ではない。
さっさと片付けて、浩平と合流すべきだ。
「そうと決まれば、最初から全力で行くか」
「iuhgihiiuhi……」
自分に向けられた敵意に気付いてか、タイガーパーゼストが構えを取る。
戦闘する気があるのかないのか、動作こそ緩慢だったが、それはかつて戦ったタイガーパーゼストと全く同じ動き。
もし、それと同じ様に能力や戦闘力も同じであるなら、手の内は知っている。
苦戦する要因は無いと言っていいだろう。
「相変わらず何言ってるか分からないが……悪いな。
さっさと片付けさせてもら……」
その瞬間。
カノンの、祐一の視界が、一瞬ぼやけた。
「?! なん……」
それと共に、自身の内側が熱くなっているのを祐一は感じていた。
この熱さを、これに近い感覚を祐一は知っていた。
そう。
仮面ライダーKEYに変わっていた時の、熱さ。
その熱さを実感するにつれ、祐一の中の何かが昂ぶっていく……!
「ぐ、あ……!!?」
それに翻弄されるように、カノンは身体をふら付かせ、遂には膝を付いた。
「hyyguiyiuy……?」
そんな様子を怪訝そうに覗き込むような素振りをタイガーパーゼストが取った次の瞬間。
「!!!」
タイガーパーゼストの眼前に、カノンの仮面があった。
一瞬前まで跪いていたはずのカノンが、文字通りあっという間に自分の目の前に移動している……!
「yugyy!!」
それを自身の存在の危険と感じたのか、タイガーパーゼストは鋭い爪をカノンへと解き放った。
だが。
「huiui!!?」
それは虚しく空を切った。
それどころか、カノンの姿を完全に見失っていた。
慌てふためき周囲を見渡すタイガーパーゼスト。
”彼”は気付かなかった。
自身の頭上、トンネルの天井に片足を突き刺しぶら下がっているカノンの姿に。
そして。
カノンの眼が通常の赤ではなく、真っ黒な闇色と変化している事に。
”彼”も、そして変身している相沢祐一自身も気付いていなかった……。
……続く。
次回予告
カノン……祐一に起こる異変。
その正体を探る間もなく、事態は彼を、ライダー達を飲み込んでいく。
「プログラムKEY……確かに受け取った。
これは、我々レクイエムが使わせてもらう」
乞うご期待、はご自由に!!
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