第三十話 ヒトの戦い(後編)










『さっさと決着を付けさせてもらう、だと……?
 面白い……やれるものならやってもらおうか……!!』

 リミテッドフォームへと変化したカノンに吼えたシャークパーゼストは、自身の両手を組んで力を収束し始めた。
 込められた力に応え変化していくソレは、かつてカノンに敗れた『双魔手』であり、違うものでもあった。
 時間を経て力を蓄えていたソレは、カノンと相対した時より、より強く、より大きく、そしてより禍々しいものへと進化していたのだ。

「ああ、付けてやるぜ、今すぐに……!」

 シャークパーぜストから流れ出る、重苦しくも圧倒的な圧迫感。
 それはかつてなら確実に逃げ出していたモノ。
 今も怖さは変わらない。
 一歩、いや半歩でも間違えたなら、絶対の死が自分に襲い掛かる。
 その事をカノン……祐一は理解していた。

 だが、同時に知っていた。
 怖さに立ち向かう為の仮面を自分が既に持っている事を。
 仮面を被る覚悟を、決めている事を。

「……はぁっ!!」

 掛け声と共に、カノンは大きく跳躍した。
 跳躍の最高点に達した時点で一回転し、蹴撃のカタチを形作る。
 その足には、力を収束した証である紅い閃光が力強く輝いていた。

「くらえぇぇぇぇぇぇえっ!!」
『おおぉぉぉぉぉっ!!』

 振り下ろされる紅の破壊と、空へと向けられた悪魔の腕が激突し、閃光が爆ぜた。
 紅く染まる森の中、三度激突するソレは、互いに過去最高の力を生み出している。
 
 一度目はカノンが破れた。
 二度目はシャークパーゼストが破れた。
 では、三度目は……!?

『ぬうううっ!?』

 激突から数瞬後、変化が起きる。
 『双魔手』にヒビが入り、徐々に崩壊を起こしていく。
 カノンの足は徐々に『前』に進み、シャークパーゼストの全てを破壊せんと輝きを増していく……!!

 しかし、この状況下でシャークパーゼストの内心は全く焦っていなかった。

(この状況、後十数秒持てば、こちらの勝ちだ……!!)

 彼はレクイエム、そして同胞たるホークパーゼストからの『情報』で知っていた。
 カノンのこの形態には時間制限があり、それは一分程度だと。

 勿論、ソレまで待つつもりは毛頭無いが。

『はああぁぁぁぁっ!!』

 時間など関係ないと言わんばかりの咆哮と共に、半ばまで破壊された腕が修復されていく。
 そしてその勢いに乗って、『双魔手』はカノンを押し返していった……!!












「がああああああああああああああああっ!!」

 仮面ライダーエグザイル・フェンリルフォームの咆哮が白い部屋に響き渡る。
 その凄まじい音量と叫びに込められた殺意に、ことみは命を抱きかかえたまま身体を震わせる事しか出来なかった。

『ッ!? ぐうううう!!』

 次の瞬間にはライオンパーゼストの眼前に移動していたエグザイルは、ライオンパーゼストの左腕の肘から下をいとも簡単にもぎ取っていた。
 
『クッ! 一度ならず二度までもっ……!』

 瞬時に腕を再生した獅子の憑依体は、炎を撒き散らしながらエグザイルに殴りかかる。
 しかし、エグザイルは全く動じる事無く、それをバックステップで回避し、さっきまで立っていた場所まで距離を取った。
 そうして、ライオンパーゼストの左手を捨てて叫んだ。

「言っておく。一度や二度で済むと思うなよ……!
 ……来いッ!!!」
『言われるずとも、行くさ……!!』

 地面を蹴ったライオンパーゼストは全身に今まで以上の熱を廻して、エグザイルへと掴み掛かっていく。
 それは、エグザイルの後ろにことみ達がいて、回避すれば彼女達に襲い掛かりかねないと判断するであろうという推論であり確信を込めた動き。
 勿論避ける可能性もありはしたが、ライオンパーゼストにしてみれば『何かしらの邪魔な研究』をしている存在を消せるので損はない。
   
「っ!」

 何を思い、どう判断したのか。
 それをライオンパーゼストが知る由もないが、エグザイルはその場から動く事はなかった。
 その為、速度では圧倒的に上回る筈のエグザイルはいとも簡単にライオンパーゼストに掴まれてしまった。

『掴まえたよ…!
 地獄の業火に焼かれるといい……!』
「!!」

 獅子たる憑依体の言葉が終わるやいなや、エグザイルの全身は炎に包まれた……!!










 後僅かで決着がつく。
 自分の勝利という形で。
 シャークパーゼストが激突の中起こっている『異変』に気付いたのは、そんな勝利への確信の最中だった。

『……?!』

 気が付けば、もう、一分はとっくの昔に過ぎている。
 にもかかわらず、カノンの変身は解除されない。
 それどころか。

『な、に……!??」

 再生して押し返した形勢が再び押し返されていく。
 より強く、より熱く、腕の先の力のボルテージが上昇していくのをシャークパーゼストは感じていた。
 
『何故、だ……?!』

 疑問を思わず口にしたシャークパーゼストに、カノンは言った。

「この形態……草薙姉弟曰くのリミテッドフォームの解除を狙ってるなら無駄だぞ……!」
『?!』
「俺達がいつまでも同じままだと思いやがって……そんなわけ、ないだろうがっ!!」

 砕けていく。
 より強固になった筈の『双魔手』が。
 その『信じ難い現実』を前に、シャークパーゼストは再び疑問の声を上げる。

『どういう、ことだ……?!』
「簡単な事だ……命さんがベルトを改造してくれたのさ……!』







「さて”実験”の前に、君達のベルトを少し弄っておこうか」
「?」

 戦いの前。
 パーゼスト、そして仮面ライダーについて語り終わった後、命はそう言って何処からか幾つかの部品を取り出した。
 同じく何処からか取り出した一見普通の工具で……恐らくは違うのだろうと祐一はなんとなく思ったが……手馴れた様子でベルトの外部パーツを外すと、取り出したパーツと取り替えていった。

「命さん、何をやってるんですか?」
「なに、君らのベルトの耐久値と性能、エネルギー効率を若干弄るだけ……要は、研究班が最近開発した、今までより頑丈で高性能な部品と交換するだけさ。
 今回は必要最低限だけだがね」
「ほぉ? 何でまた今交換なんだ?」

 浩平の問いに、命は作業を休める事無く答える。

「今から行う実験には、今まで以上のベルトの耐久性が問われる事になるからだ。
 勿論計算上可能なように作っているつもりだが、念には念を入れておいた方がいい。
 ……ふむ、カノンはコレでいいだろう」
「速っ」
「この位はベルトがファントムで管理されていた頃に腐るほどやっていたからな。
 まぁ、それはさておき、これでカノンの性能は少しだけ水増しされた」
「へ?」
「例の強化変身……愚弟がリミテッドフォームと名付けたあの形態になってもある程度大丈夫だ。
 限界変身時間は倍以上に伸びた筈だからな。
 そして、使った後は一時間は変身できないという弊害もリミテッドフォーム中の変身解除でなくなるだろう」
「本当ですか?!」
「ああ。
 そもそも、あの機構は変身者とベルト双方のダメージを避ける為のプログラム。
 相沢君もリミテッドフォーム時の負担にある程度耐えられるようになり、
 ベルトの中でも特に弱い部分だった箇所を改修した今、使用不可能な絶対値には届き難くなっているはずだからな。
 喜んでいい。これで君はまた強くなった」

 そう言って、命は不敵に笑った。
 その顔はいつもどおりの命だったが、何故か祐一の中で強く印象に残っていた。




   


『そんな、外的な要因を、他人に頼る事を誇るのか汝は……!!
 そんなものは我らの求める強さでは……!』
「ああ、そうだ……俺は弱い……!
 俺は、俺達は一人じゃ仮面ライダーになれないんだ…!!
 皆がいるから、仮面ライダーになれるんだ!!」

 個の強さでは、人間はどう足掻いてもパーゼストには勝てない。
 だから、力を合わせる。
 そうして、一人一人じゃ出来ない事を重ねて、人を越える。
 それが、それこそが相沢祐一達が変身する『仮面ライダー』。

 それは本当の『仮面ライダー』ではないのかもしれない。
 でも、だとしても。
 いや、だからこそ。

「だからこそ負けられない……
 一人じゃないから、負けてなんかいられない……だからこそ……!」
『ぐ、ううううううっ!!?』
「勝つっ!!!」

 拮抗が完全に破れた瞬間。
 かつてそうであったように、カノンの右足はシャークパーゼストの腕を砕き、腹部に叩き込まれた……!

『ぐうううううあああああああgigiuigbigikgkgbikgigiiッ!!!!!????』

 紅の破壊を身体に浴びたシャークパーゼストは、その身体をバラバラに砕かれ、木々を薙ぎ倒しながら遠くへと吹き飛んでいった。

「……はぁ、はぁ……うっし……勝ち越したぜ……」

 自身が為した破壊痕……数十メートル先の崖まで刻まれた、一直線に抉れた地面の後を眺めながら、カノンは変身を解除した。
 
「これでまだ変身出来る筈だよな。
 ……ホント、命さんのお陰で助かったぜ」

 シャークパーゼストには無駄だと言ったが、実際の所限界時間がなくなったわけではない。
 リミテッドフォームになれる時間が僅かに伸びただけに過ぎない。
 だが、そんなホンの僅かの変化がなければ負けていたの自分だったかもしれない。
 少なくとも、この短時間での決着は不可能だっただろう。
 ……まぁ、それも向こうが何故か第二段階とやらにならなかったお陰でもあるが。

 なんにせよ、そんなギリギリの戦いはこれからも続く。
 誰かが出来る事をするしないで、いくらでも未来は変わっていく。
 そして、それは……誰かがいるかいないかでも同じ事だ。

「……アイツの力は、必要になるよな」
 
 そう思考する事で意を決し、祐一は『気配』を感じた方へと歩き出した。
 自分と同じ『仮面ライダー』の力になる為に。

 そうして、駆け出した時だった。

「? なんだ……うぉっ!?」

 何かの音に気付き、音の方向に振り向こうとした祐一。
 そのすぐ横を『何か』が駆け抜けた。
 ソレの速度が圧倒的だったのを祐一が認識したのは、その物体が発した衝撃波に吹っ飛ばされた後だった。







  
 

「……こんなものか?」
『なッ!?』

 地獄の業火……ライオンパーゼストがそう評した炎の中、紫色の複眼がギラリと輝きを放った。
 ライオンパーゼストから発せられた炎の中に立つエグザイルの身体は確かに焼け、溶けている。
 しかし、それでもなお、エグザイル……紫雲は微塵も揺らがない。
 それどころか、炎に包まれたまま、拳を振り上げ、ライオンパーゼストを殴り付け始めた。

『ぐっ!? がぁっ!??』

 殴る。
 殴る殴る。
 ひたすらに殴り続ける。

 それは逃げる為の、もがきによる攻撃ではない。
 この状況を好機と見た、無慈悲で狂的な攻撃だった。

『ぐううううっ!?』

 そんな一方的な暴力に耐え切れず、ライオンパーゼストは自ら掴んでいた手を離し、後ずさる。
 
「……はぁっ!!」

 直後、エグザイルが吼えた。
 すると、エグザイルを包んでいた炎は一瞬にして弾け散った。
 散らばった熱気に、ことみは思わず顔を歪める。

「……たいしたことはないな。高位パーゼストの割に」

 炎が消えた後のエグザイルの姿は焼け爛れ、部分によっては原型を留めていなかった。
 だが。

「再生……してる……?」

 ことみの言葉どおり。
 エグザイルの生体装甲は見る見るうちに再生し、正常な状態へと移行していた。

 それはパーゼストとしての能力。
 フェンリルフォーム、そして『草薙紫雲』だからこそ可能な事だった。

『……ふ、はははははっ!!
 大したものだね、草薙紫雲……いや、仮面ライダーエグザイル。
 君は強いよ。
 少なくとも単純な肉体性能で言うなら第一段階の僕を上回っている。
 しかし……君は僕を倒せない。分かっているんだろう?』
「……」
『今の君は僕等寄り。
 つまり、反因子の生体エネルギー収束……君達の必殺技を使えない。
 無理に使おうとしたのなら、自壊するのは眼に見えている。
 しかし、僕らは反因子をもってしか倒せない』

 その言葉を証するように、ライオンパーゼストもまた、殴られて歪んだ部分が再生していく。
 しかし。

「……それは嘘だ」
『何?』

 キッパリと、エグザイルはそれを否定した。

「如何にパーゼストが生物として頑健で強力であっても、所詮はこの世界の生物。
 形があるのなら、形を滅ぼすまでだ。
 形を滅ぼした後は、あとは”名残”の問題でしかない。
 それもここならばいくらでも対処出来る。
 腕を何度生やそうと、何度だってもぎとり、
 何度だって生き返るのなら、何度だって殺してやる。
 ただ、それだけのことだ」
『ふ、言ってくれるね。
 いいだろう、挑発したのは君だからな』

 言いながら、ライオンパーゼストはバッと両腕を広げた。
 内側から溢れ出た赤い光が身体を包み、その光の中でライオンパーゼストの身体の形状が変化していく。
 そう。
 かつて四人のライダーと憑依体対策班を一人で圧倒した、キマイラパーゼストの姿へと。

『君の姉、草薙命は僕が全力を出す事はないと考えていた。
 何故なら、ココは地下で、僕が第二段階へと変化すれば、無意識に流れる力の周囲に与える影響で生き埋めになる可能性が濃厚。
 さしもの僕も、この位置から換算される土砂その他の重量、圧力を跳ね返せはしないしね。
 だが、もういい。
 全力を持って目の前の存在を叩き潰し、完全な崩壊よりも先にココから去ればいいんだからね』
「……!!」

 ライオンパーぜストの言葉に、ことみは息を呑む。
 このままでは全て……そうではなくても殆どが無に帰してしまう。
 皆の命が、今まで皆が積み上げてきたものが、失われてしまう。

「紫雲君……っ!」

 紫雲の背中を見ながらことみは叫んだ。
 今の怒りに支配された彼には聞こえないのかもしれない。
 それでも叫ばずには、呼ばずにはいられなかった。
 今ココにあるものを失う事は、彼の姉であり、自分にとって大切な人である命の意思を失う事でもあるのだから。

「……しうん……」
「大丈夫だよ、一ノ瀬さん」

 意外過ぎるほど、優しい声音がことみの耳に届く。

「紫雲、君?」
「分かってる。
 姉さんがココでやってきた事を無駄にするつもりはない。
 だから……」

 そこで言葉を区切ると、エグザイルは大音声を張り上げて、その名を呼んだ……!

「”もう一度”呼ぶっ!
 来いッ! シュバルツアイゼンッ!!!」

 次の瞬間、変化しようとしていたライオンパーゼストが弾き飛ばされ、地面に転がった。
 ライオンパーゼストを弾き飛ばしたモノは、その勢いのままに『主』の元に辿り着き、停止した。

「紫雲君の、バイク?」

 そこにあるのは、紫雲の愛機が生体エネルギーの影響で変化した半生体マシン『シュバルツアイゼン』。
 凄まじい高速で走ってきたからか、その為のエネルギーを放出していたからか、シュバルツアイゼンからは白い煙が吹き上がっていた。
 しかし、その形状はことみがするそれよりも、より鋭角的なフォルムへと変貌していた。
 特徴的なのは、フロントカウルから伸びる一対二本の『牙』。
 ソレは、主の変化に付き従うような変化だとことみは思った。

「……流石に山の下から来るのには骨が折れたな。
 ご苦労さん」

 エグザイルは労うように、ポンポン、とシュバルツアイゼンのタンクを叩いた。

 シュバルツアイゼンはある程度の意志を持ち、短距離な自立走行を可能とするほか、紫雲の意志により長距離をライダー無しで走る事も出来る。
 その特性を持ってここまで呼びつけたのだろうが、いつの間に……。

(もしかして……?)

 ことみはなんとなく思い当たった。
 先刻、ライオンパーゼストに向かって叫んだ『来い』という言葉。
 その時既に愛機を呼んでいた……そう考えるべきなのかもしれない。
 勿論声で呼びつけている訳ではないのだろうが。
 より強い意志の伝播の為、叫んでいたと考えるべきなのだろうか。

 それにしても、いくらなんでも速過ぎる。
 しかし、ここにコレがあるのが現実である限りどうこう言っても始まらないのだが。

「……」

 それでもなんとなく納得できず、こんな事態であるにもかかわらず『正解』を考えることみ。

「……一ノ瀬さん。後の事は頼む」
「え?」

 そうして刹那だけ思考に入っていたことみは紫雲の言葉で現実に引き戻された。
 
「相沢君や折原君、皆を、よろしく。
 姉さんの死を、悼んであげてくれ。
 そして……もし出来るなら、遠野美凪という女性に伝えて欲しい。
 ありがとう、と」

 言いながら、エグザイルはバイクに跨り、ハンドルグリップを握った。
 その視線は、立ち上がりつつある『敵』に向けられていた。
 
『く、一体……?』
「困惑しているようだが、説明はしない。
 さっさと場所を変えさせてもらう……!!
 姉さんが命を賭けて積み上げてきたもの……その成果を、お前なんかに壊されてたまるかっ!!」
 
 叫んだエグザイルはシュバルツアイゼンを急発進させる。
 主を得たシュバルツアイゼンは、破片や炎が残る悪路を簡単に越え、ライオンパーゼストへと突き進む……!!

『な?! ぐああああああああッ!!』

 立ち上がったばかりで状況が飲み込めずにいたライオンパーゼストをシュバルツアイゼンの『牙』が貫く。

「心配しなくても、お前は生き埋めになんかならない……!
 言った筈だ、お前は俺が殺すとな!!」

 ライオンパーゼストを突き刺したまま、エグザイルは黒と紫の疾風となった。
 疾風は、ココに至るまでにシュバルツアイゼンが作ったルート……『牙』で穴を穿つ事で作り上げたほぼ一直線の最短の道……をまさに風の速さで駆け抜け、『施設』の外へと飛び出す。

『ぐうっ!?』

 施設を抜け、森を引き裂き、只管に進んでいったシュバルツアイゼンは、
 森の中にある、木々の無い広い空間……ファントムが訓練などに使う為に作っていた……でようやく停止した。
 急停止の勢いで『牙』から引き抜かれたライオンパーゼストは穴の開いた部分から緑色の体液を撒き散らしながら地面を転がる。

「……ここでなら、存分に戦える。
 俺も、貴様もな」

 地面に倒れたライオンパーゼストを悠然と見下ろしつつ、エグザイルはシュバルツアイゼンから降りる。
 起き上がりと再生を同時進行させながら、ライオンパーゼストはエグザイルを見上げた。

『……パーゼストの僕が言うのもなんだが、君の人間としての正気を疑うね……。
 わざわざ全力を出せる場所に引っ張り出すとは。
 施設を犠牲にしたなら僕と相討ちに出来た可能性があったのは君も気付いていたはずだ』
「今更正気が残ってると思ってるのか?
 貴様も、俺もな」

 そう言って、エグザイルは獣じみた構えを取る。
 そんなエグザイルを殺意と共に睨みつけ、ライオンパーゼストは言った。

『いいだろう。
 望みどおり戦いで殺してあげるよ……!!』

 身体から湧き上がる紅い熱光と、辺りに吹き荒れる熱風。
 それらが止んだ後、変化は完成していた。
 獅子の頭部、竜の頭部、牡山羊の頭部を持ち、蛇の頭部がついた尾と、背中に竜の羽を生やした……ライオンパーゼストの第二段階、キマイラパーゼストが其処には現れていた。

 








「こっちか……!!」

 再度変身をした祐一・仮面ライダーカノンは『気配』のする方へと走り、進んでいく。
 
 森の中は障害物も多い。
 道なき道を進むのであれば尚更だ。
 そんな中において、カノンはそれらを大した障害とせず、殆どマックススピードで走っていた。
 それは、どんな悪路においてもバランスを崩す事のない脚力やバランス感覚そのものが、舞のしごきによって磨かれているからこそ可能な事だった。

「しかし、他のパーゼストの気配はないな……」
「そりゃあ、そうさ」
「折原!」

 駆けていたカノンの横合いから、ひょいと姿を現したのは同じように『気配』へと進んでいた仮面ライダーアームズ・折原浩平。
 戦いの為か、その身体は薄汚れ、肩の生体爆弾が両方ともなくなってはいるが……大きな負傷は無いようだった。
 その浩平は、走りながらも自慢げに言った。
 
「なんせ、俺が殆どぶっ潰したからな。
 感謝しろよ?」
「打ち洩らしてても俺がやってたから礼は言わん」
「ハ、言うな。
 ……まぁ、漫才は置いておいて」

 そこで声のトーンを変化させ、硬い声音で浩平は言った。
 
「あの生真面目馬鹿、なにやってんだろな」
「ハイ・パーゼストと戦ってる……そうじゃないのか?」
「おいおい、眼を背けるなよ。
 アイツが人間捨てるほど追い込まれるなんて原因は誰かが死んだ以外に無いだろ」
「……ッ!!」

 あっさり指摘したその事実には、祐一自身なんとなく気付いていた。
 そして、紫雲の怒りの深さを考えると、それは……。

「アイツのねーさんが死んだ可能性が高いな。
 ……正直、割と嫌いじゃなかったんだけどな」
「っ……!!」

 まだ決まっていない。
 そう言うのは簡単だ。
 だが、他ならない紫雲の異変が如実に真実を語っている。
 少なくとも楽観が出来ないのは確実なのだろう。

「言っとくが……余計な事は後回しにしとけよ、相沢」
「なに……!?」
「今はあの馬鹿が無駄に暴走してるなら止めて、例の奴でアイツが相手取ってる奴を殺す。
 馬鹿の暴走を後回しにするのもありだ。
 なんにせよ、まずは敵を潰すのが先決だ。
 憶測で余分な事を考えて、ソレで俺らまで死んだらそれこそ皆無駄死にだからな」
「折原……」
「俺が冷たいってか?
 まぁ、好きに思えよ。
 その辺りは、敵を八つ裂きにした後でゆっくり論議しようや」
「……その必要は無いさ」

 言葉こそ軽いが。
 浩平の声音は、微かながらも怒りを発していた。
 短い付き合いだが、修羅場を潜り抜けてきた同士だけに、その程度は祐一にも読み取れる。

「……さっさと片付けて、真偽を確かめる。
 見た目だけ瀕死なのを草薙が勘違いしてて、実は全然ピンピンしてるかもしれないしな」
「ありえるな、あのねーさんはしぶとそうだし」

 ニヤリ、と虚勢じみた笑みを二人して仮面の奥で浮かべる。
 今は、その強がりに縋って戦いに意識を向けるしかない。

 そう結論付けた二人が辿り着いたその先には。

「がああああああああああああああああああっ!!!」
『IGIGIIGGOOOOIKHNOIOIOI!!!!!』

 二匹の獣の殺し合いが、あった。

 キマイラの牙が狼の右腕を噛み千切る。
 狼の姿の『ライダー』はキマイラの頭の一つをを拳という名の爪で潰す。

「ぐ、うううううあああああああああっ!」
『Kigiiguuygiiuiouig!!!』

 即座に傷を修復させたキマイラの撒き散らす灼熱の塊が地面を抉り。
 同じく腕を再生させた狼は周囲の木々を攻撃を回避する壁や攻撃の際の武器に変える。
 それらの結果、辺りは炎が上がり始め、攻撃の余波で地面は抉れ、二人の周辺はただ破壊。破壊。破壊……破壊あるのみ。
 二人、否『二匹』はソレを果てしなく……そう思えるほどに繰り返していたようだった。
 周囲の惨状がその事実を如実に語っている。   
「フッ、フッ、ハッ、ハァ……!!」
『khko、khuh……!!』

 破壊の限りを尽くしながらの戦いは、一見互角に見える。
 しかし、そうではない。

 如何に獣に近付いても、如何にパーゼストに近付いても、エグザイルは、紫雲は『人間』だった。
 再生の速度、動きの速度、様々な速さが確実に遅くなっていた。
 塞がらない傷も生まれ始めていた。

 更に言えば。

『大分お疲れみたいだね……僕はまだまだ余裕だけど』
「く……!」

 全力を出し続けるエグザイルに対し、キマイラパーゼストは若干の余裕をまだ残していた。

「ぐうう……あああああああっ!!」

 それでも、紫雲は、エグザイルは獣である事をやめないまま、立ち向かっていく。

 それは彼が人間……ヒトだから。
 大切なものを護る為に戦い、奪われれば怒り、理不尽に立ち向かうものだから。
 
「ったく……しょうがねぇ」

 この戦いが始まったばかりであるのなら、入り込む隙間は無かっただろう。
 だがエグザイルが疲弊しつつある今ならば、その隙に入る事は可能だ。

「このままって訳にはいかないし、加勢するか……相沢?」

 浩平はエグザイルの戦いを凝視する祐一の様子のおかしさに気付き、声を掛けた。
 祐一は戦いを、というよりエグザイルを睨みつけたまま、言った。

「折原。悪いが、暫く時間稼ぎを頼む」
「あ、おいっ!!?」

 アームズの制止も聞かず、カノンは跳躍し、蹴撃を繰り出していた。
 閃光を纏わないキックを……エグザイルへと。

『な?!』
「っ!!?」

 全く持って予想外の……二人が来ていた事は気付いていたが……一撃に、エグザイルは簡単に蹴り飛ばされた。
 その状況に、さしものキマイラパーゼストも目を丸くする。

『? 一体何をして……っ!!』

 そんなキマイラパーゼストの頭部、腹部、手足に、衝撃が走る。
 衝撃の正体は、すぐに察しがついていた。
 そう、幾度も食らったこの『白い光弾』を放つ存在は……。

「よう、久しぶりだな」

 仮面ライダーアームズ・折原浩平に他ならない。
 浩平の方を見て、キマイラパーゼストは三つの頭の牙をそれぞれ見せて笑った……ように浩平には見えた。

『…もしかして、今の光弾が挨拶のつもりだったのかな?
 だとしたら、ぬるいね』
「げ。やっぱりか?」

 喋りながらも、チラリと祐一達の状況を見る浩平。
 まだ時間が必要らしいと悟り、彼なりの戦闘体勢を取った。

「じゃ、まぁ、ぬるくない奴を見舞うとするか。
 挨拶は挨拶でも最後の挨拶にしてやるぜ」
『やれるものならね……!!』

 そうして始まった時間稼ぎという名の戦いを背に、祐一は立ち上がった紫雲に詰め寄っていた。

「ぐ、う……相沢君……何を……?」
「何を……?
 それはこっちの台詞だ馬鹿野郎!!」

 胸倉を掴むように、拳をエグザイルの胸に当てて祐一は叫んだ。

「お前、何してんだよ!?
 こんなにまで壊した上で、勝てない戦いふっかけて、勝手に無駄死にするつもりか!?」
「勝てない、戦い……?」
「違うのか?
 たった一人でアイツに勝てると思ってるのかよっ!?」
「違う、勝つんじゃない……アイツは、殺すんだ……俺が、殺す……!!
 殺さないと……ぐっ!!?」

 なおも言葉を続けようとしたエグザイルの顔を、カノンが殴る。
 そうした上で、もう一度胸倉を掴むように拳を押し付けて祐一は再度吼えた。  

「まだ寝惚けてんのか?!
 殺したいから殺すのか!?
 ふざけんな!! そんなの仮面ライダーじゃないだろ!」
「……!!」
「命さんの言葉を忘れたのか?!
 俺達に仮面ライダーが託されている意味と重さを、忘れたのか?!」
「姉さん……? 意味と、重さ……」
「俺達は護る為に戦うんだ……!
 護る為に何かを壊しもするし、パーゼストを殺しもする……!
 壊したものはそう簡単に直らないし、殺したものはもう二度と帰ってこない……
 それでも、それでも護る為に戦うんだろうが! 戦って勝つ覚悟してんだろうが俺達は!!
 違うのかよ、仮面ライダーエグザイルッ!!」
「…………………」
『ご高説はそこまでかな?』

 紫雲が言葉を失った瞬間。
 カノンの横を風が通り抜ける。
 否。風と思ったものは他でもない、仮面ライダーアームズだった。

「折原?!」
「………話が長すぎるんだよ……痛ぅ……」

 地面に叩きつけられたアームズは、肘の刃が折れ、体中に傷と焼痕をつけられていた。
 それでも懸命に起き上がり、立ち上がるアームズ。

 絶対の余裕からか、ソレを見届けた上でキマイラパーゼストは告げた。 

『さて、仮面ライダーのお兄さん達。
 君達はよく頑張ったね。
 だが、そろそろ終わりにしよう。
 この後、施設の家捜しをして、君達が何を研究してたのか調べないといけないんでね。
 勿論、そのベルトはいただいて有効活用させてもらう。
 だから安心して死んでいいよ』
「ち…。…?」
「けっ…。…草薙?」
「……」

 二人のライダーが歯噛みする中、エグザイルが一歩前に進み出る。
 次の瞬間、エグザイルはベルトの鍵に手を掛けたかと思うと、変身を解除した。

『……? 何を、しているのかな?』
「仕切り直しだよ。仮面ライダーとして戦う為に」

 そう言うと、紫雲は真っ直ぐにキマイラパーゼストを見据えた。
 そうして見据えたまま、鍵を持った右手を、左斜め上方向に上げ、それを右斜め上に移動させる。
 そして、鍵を改めてベルトに突き刺し、紫雲は叫んだ。
 
「ライダー……変身っ!!」

 黒と紫の閃光が眩いばかりに辺りを包む。 
 閃光が収まった後、そこには仮面ライダーエグザイル……トゥルーフォームが立っていた。

『……ふーん、その姿に戻ったんだ。
 でも、ソレが一体何の……』
「折原君、相沢君」

 キマイラパーゼストの言葉を遮って、紫色の複眼を敵に向けたままでエグザイルは言う。

「また迷惑を掛けた事については、後にして欲しい。
 今は……………アイツを、倒したい。
 もうこれ以上、アイツに誰かを殺させない為に。
 力を貸して欲しい。
 お願いだ」
「……………ああ、いいぜ」
「………今度、飯を奢れ。俺だけじゃなくて瑞佳にもな」

 二人のライダーは返事をしながらエグザイルの両サイドへと進み出た。

「―――ありがとう」

 そうして、三人の仮面ライダーが並び立った。 
 そんな三人を見て、キマイラパーゼストは笑っているような気配を滲ませて言う。

『忘れたのかな?
 君達は前回この面子プラスアルファでも僕に勝てなかったんだよ?』
「覚えてるさ。
 でも、あの時と今は違う」
「相沢の言う通りだな。
 俺らもそうだが、アンタも随分ボロボロだ」
 
 戦いに戦って、三人とも満身創痍。
 だが、ソレは目の前の存在も同じだ。

 生体エネルギー……反因子が込められていないエグザイルの攻撃は『芯』に届くダメージを与えてはいない。
 だが、純粋な体力をそれなりに消耗させていた。
 全身を覆っている『炎』が幾分勢いを失っているのもその証と言えよう。

「だから、そんなに分は悪くない……そう思うぞ俺達は」
『ふふ、なら見せてごらんよ、君達の力をね』
「見せてやるさ……人間の意地と、底力を」
「おうよ」
「ああ」

 カノン、アームズ、エグザイル。
 三人の足にそれぞれの光が集まっていく。
 光の輝きが頂点に達した瞬間、三人は同時に跳躍、そして全く同時に必殺の一撃を解き放った……!!
 三つが一つとなって生まれた虹色の輝きは、それらを防ごうと掲げたキマイラパーゼストの灼熱の拳と激突する……!!!

「「「う、おおおおおおおおおおおっ!!」」」
『結局何かと思えば……馬鹿の一つ覚えをいつまでもっ!!』

 暫くの拮抗の後。 
 呆れ果てたと言わんばかりの一喝と共に、キマイラパーゼストは炎を帯びた腕の一振りで三人同時に弾き飛ばす……が。

『?! 軽い!?』

 弾き飛ばした際の手応えの軽さにキマイラパーゼストは戸惑う。
 
 それもそのはず。
 三人は自らキマイラパーゼストから離れたのだ。
 ライダー達はキマイラパーゼストの力と自身の力を加算して、再び空へと跳躍していく。

「折原!!」
「あいよっ!!」

 一番低く跳躍したアームズが身体を半回転させた瞬間。
 アームズの足の裏を二番目の高さにジャンプしたカノンが蹴る。
 そうして加速したアームズは先程と寸分変わらない箇所に、白く輝くキックを叩き込んだ……!

『ぐっ!?』

 本来ならばあっさり返せる筈の一撃だったが、それまでの戦いの影響か、先程の一撃が多少なりとも響いていたのか、弾き返せずに受け止める形となる。
 そして、彼らはその隙を見逃さなかった。
 
「相沢君!」
「おう!」
 
 同様に、アームズの足裏を蹴る事で足場を作り、もう一度跳躍して半回転したカノンの足裏を、今度はエグザイルが蹴る。
 加速したカノンは身体を回転させ、紅い破壊の蹴撃を再びキマイラパーゼストに叩き込む……!

『草薙!!!』
「ああっ!!!」

 最後に、螺旋の力を込めた、かつてホークパーゼストを打倒したエグザイル最強のキックがキマイラパーゼストに突き刺さる……!!!

『ぐ、がっ?!!!』
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁっっ!!!!!」」」
『ぎ、がああああああああああっ!!』

 パンッと弾ける音と共に、キマイラパーゼストの右腕が爆ぜる。
 ソレと同時にライダー達が反動で距離を置いて着地していく中、衝撃を殺しきれずキマイラパーゼストはたたらを踏んだ。

「よっし!!」

 かつては成す術もなく弾き返された攻撃を通した事で、祐一はガッツポーズをとる。
 だが、しかし……!

『まだまだ……! この程度で倒される僕じゃないよ……っ!』

 キマイラパーぜストの腕は、先程までに比べると遅いが、それでも再生を始めていた。 
 その様子を見て、祐一は思わず舌打ちした。

「ちっ、これでも駄目か……?!」
「ダメージは与えられなくなさそうだが、この分だと俺らの方が先にくたばりそうだな」
「……しょうがない。アレをやろう」

 如何ともしがたい状況の中、そう決めたのは紫雲だった。

「アレ、って今日試した奴か……?」
「うん。実験、成功したんだろ?」
「ま、一応な」
「なら、それしかない。
 どの道、このままだと確実に殺される。
 そしてココを破壊され、ベルトを奪われる……そうなったら、終わりだ」

 刹那の内に視線を交わした彼らは、頷きあい、決断した。
 今こそ、いまココに自分たちが集まった『理由』を見せる時。

「相沢君、頼むッ!」
「相沢、任せる!!」

 この中で一番ダメージが少ないのはカノン……それゆえの選択。
 アームズとエグザイルは自身のベルトに刺さっている、反因子結晶体が埋め込まれた鍵を引き抜き、カノンに投げ渡した。

「分かった!!」

 投げられた鍵を両手でキャッチしたカノンは、二人の鍵を自身のベルトの両サイドに突き刺した。
 
『まだ何かするつもりかな?』
「ああ。
 見せてやるよ。
 ここで研究していた……俺達の切り札をなっ!!」

 カノンは、イメージした。
 エグザイルとアームズから託された意志を。
 ベルトを作り出した人々が込めている願いを。
 多くの人達が関わり、作り出してきた……ヒトにとっての希望の道を。

 今の祐一には分かる。
 自分に預けられている力の重さと、大きさを。

 だから。
 それに応える様に、この力に関わった全ての意志を込めるように、変わる為の呪文を呟き、鍵を……廻した。

 「変、身」

 カチリ、と音が鳴ったような気がした。
 それは何かの鍵を閉めた音なのか、それとも開けた音なのか……祐一には分からない。

 ただ、確かに言える事が一つ。
 変化が、始まっていた。

『な、に……?!』

 カノンがリミテッドフォームへと変わる。
 その、リミテッドフォームの三つのライン。
 全て赤で統一された三つの内の二つが変色する。

 赤から、紫。
 赤から、白。
 それらが唯一赤いままのラインを挟み、全身を駆け巡る。

 それが終わった瞬間……ベルトから、黒光が、溢れた。

 二本だった『触覚』が四本に展開する。
 赤い複眼は、黒い複眼に。
 両肩の突起物からは左右二枚ずつの、四枚の黒いマフラーがたなびく。

 全身に走るラインは赤・白・紫。
 それは薄く、だが力強く発光し続けている。

 カノン・アームズ・エグザイル。
 全てのライダーを統合した、漆黒の刃の姿が完成する。

 その姿の名は。
 鍵の力を束ねし仮面ライダー。

 すなわち。
 仮面ライダーKEY……!!

『な……なんだ……それは……?!!』

 そこに生まれた存在に、キマイラパーゼストは呑まれ、我を忘れていた。
 知らず後ずさるキマイラパーゼストに、KEYは告げた。

「反因子結晶体の力を集めて生み出された、アンチパーぜストプログラムの完成形、その雛形。
 仮面ライダーとしての名前は、仮面ライダーKEY……って所だったよな、確か」

 今回祐一達がファントムの施設に集っていたのは、アンチパーゼストプログラムたる『プログラムKEY』のテストの為に他ならない。
 『プログラムKEY』は、幾つかの完成段階があり、この三つの反因子結晶体を共鳴・増幅させ、ライダーとしての力を強化するのは、その第一段階なのだ。

  『KEY……?!
 それが、お前達の切り札か……!』

 眼前の存在が吐き出す『気配』に、キマイラパーゼストは子供口調を失い、動揺を露にしていた。 
 
 それは仕方が無い事だった。
 ヒトが眼前に刃を突きつけられれば怯える様に。
 パーゼストにとって、高位のパーゼストにとってさえ『刃』となるものがそこにはあるのだから。

「……」
『ッ!!?』

 KEYが一歩足を踏み出す。
 ただ、それだけで、キマイラパーゼストは下がっていた。
 これまで、圧倒的な力を見せ付け、ライダーの力を歯牙にもかけなかった存在が。
 
「こりゃあ、よっぽどだな」

 鍵を引き抜いただけなので、変身は維持したままの浩平が呟く。
 先程自分が如何に戦略を織り交ぜても手も足も出なかった存在を、存在だけで下がらせる力に呆れと畏れを込めて。

「……そう、だね……」

 紫雲もまたエグザイルの姿を維持したまま見据えていた。
 ……その身体を、小さく震えさせながら。

『……ふ、ははっはははっはっはっ!!』

暫しの間気圧され、後ずさっていたキマイラパーゼストだったが、コレだと埒が明かないと思考したのか、自分を鼓舞するような笑いを上げて、言った。

『いや、ゴメンゴメン。見苦しいところ見せちゃったね。
 つまるところ、ここで君を倒せば、簡単に僕達の思惑通り進むって事なのに』

 そう言ったキマイラパーゼストの身体が、宙に浮かび上がりながら、赤く輝き出す。
 星のように、あるいは太陽のように、強く禍々しく光を放つ。

「くっ!?」
「……!」

 アームズとエグザイルはその力の気配に仮面の奥の表情を歪めた。
 それはかつてライダー達を一蹴した時よりも大きい、圧倒的なエネルギーの発露。
 そのエネルギーを、上空高くに浮かび上がったキマイラパーゼストは三つの頭それぞれに収束させていく……!!

『少々面白味に欠けるけど……これで終わりだねっ……!!』

 次の瞬間、三つの口それぞれから凄まじい熱量を持った光がKEYへと解き放たれた。 
 それには、小さな街ならば一瞬で燃やし尽くす事も不可能ではない……それほどのエネルギーが込められていた。
  
 だが。

「……」

 不思議と、祐一は恐怖を感じなかった。
 KEYに変身して以降の熱を帯びた思考のせいか。
 あるいは身体に掛かっている熱く、重い過負荷のせいか。
 いずれにせよ、祐一には恐怖の欠片程度も存在していなかった。

 だから、ただ自然と身体を動かすだけだった。

「フッッ!!」

 KEYがやった事。
 ソレはただのパンチだった。
 生体エネルギー収束さえしない、ただの物理的な運動。

 しかし、それは。
 キマイラパーゼストが放った光をいとも簡単に弾き返した。

『な?!』

 驚きの声は、すぐに掻き消える。
 弾き返された、自身の光を浴びる事にによって。 

『ぐ、jgiguyigiyiogiigigigugui!!!???』

 当然ながら、全くの予想外。
 ゆえに、キマイラパーゼストはまともに自身の光を浴びる。
 直後、大爆発としか言い様が無い音と現象が空気を振るわせた。
 衝撃波により、木々や土が舞い上がり、撒き散らされる中、
 自身の攻撃により撃ち落され、キマイラパーゼストは地面に叩きつけられた。
 
『KHI……ぐ、が』

 それでも、自身の攻撃ゆえに耐性があったのか、キマイラパーゼストは生きていた。
 
『馬鹿、な……? 反因子結晶体、が、これほどの出力を生み出すなど……』

 人間達はまだ切り札を持っているだろう……それは考えていた。
 だが、それが自分達が呼び寄せた反因子結晶体で、それを使ってこれほどまでの力を得るとは予想を大きく越えていた。

『これが、人間……の、力……』

 キマイラパーゼストは、初めて人間に『恐怖』を覚えた。 
 様々な要素を組み合わせ、それぞれの持ち得る『力』を重ねる事で、全く新しい力を生み出せる人間という種に。

「よくもまぁ、散々引っ掻き回してくれたな……でも、これでそれも終わらせる……!!」
 
 そう宣言したKEYは、脚部に意識を、力を集中させた。
 その足に黒い光が、闇そのものが塗り固められていく。
 
 それは、カノンでやっていた事を同じ様にやっているだけに過ぎない。

 だが、ただそれだけである筈なのに……世界が、震えていた。

 空気が揺らぎ、風が歪み、空間が慄く。

 そんな、ただ純粋な破壊の力が、KEYの右足に収束していく……!!
 
『う、ああああああああああああgyyigigigigiooo!!!!!!』

 そんな力を恐れてか。
 キマイラパーゼストはKEYへと襲い掛かる。
 それは、今まで人類全てを圧倒してきた高位パーゼストにあるまじき、隙だらけで無謀な突進だった。
 
「はぁぁぁっ!!!」

 KEYは跳躍する事無く、突っ込んできたキマイラパーゼストの胸部に蹴撃を叩き込んだ。



 その瞬間、世界の音が止まった。
 


 上げた足を、静かに下ろすKEY。
 対するキマイラパーゼストは、フラフラと後ずさり、膝をついた。

『……ふ、ふふふ』

 音を取り戻した世界が、まず最初に放った音。
 それはキマイラパーゼストの笑い声だった。

『僕らは、いや、僕は人間を甘く見過ぎていたようだね……』
「……」
『しかし、その反面で現れた”強者”に身体が、本能が喜んでしまうよ。
 それこそが、パーゼストと君達が名付けた存在だからね』

 キマイラパーゼストが呟きながら立ち上がる。
 その胸部には、黒い染みが揺らめいていた。

『まさか、ここで終わるとはね。
 全く持って予想外だったよ。
 まぁ、それもこれも僕自身の慢心が招いた事だから仕方が無いか』

 染みは徐々に広がっていく。
 キマイラパーゼストはおろか、まるで、世界さえも蝕むように。

『ここで僕は退場する。
 だけど、勘違いしない方がいいよ。
 それは別に大した意味を持たない。
 もう、そろそろ世界が動き出すし、その程度の力じゃ、君達に王や神は倒せやしない』
「王? 神……?」
『いずれ分かるさ、相沢祐一。
 その時の君達が浮かべるであろう絶望の顔が見れないのは残念だけどね。
 ……さて、ここまでだね。
 もしもあの世とやらがあるのなら、僕は其処で待って、いる、よ』

 次の瞬間。
 黒い染みがキマイラパーゼストを一瞬にして覆い尽くす。
 そうして、闇に染まったキマイラパーゼストの背中から、黒い奔流が溢れ、吹き上がり、炸裂し……キマイラパーゼストは砕け散った。

 そこには、パーゼストを倒した時のような光の粒さえ残らない。
 存在が砕け散った瞬間に全てが掻き消え、世界に何も残す事無く、キマイラパーゼストは、文字通り、完全に消滅した。

「……勝った、のか?」
「ああ、勝ちだ」

 いつもとは余りにも違うパーゼストの消滅に、自信無さげな言葉を零すKEY……祐一に、浩平は言った。
 
「まぁ、それはいいんだが……随分派手にやったな」

 浩平が視線を向けた先は……キマイラパーゼストが立っていた場所。
 KEYがキックを放った場所から放射状に破壊痕が刻まれている。
 距離にして百メートルほど、元々あった世界が消え果てて、まるでずっとそうであるかのような荒地が広がっていた。

 原因は言うまでもないが、KEYのキックに他ならない。

 しかも、これは不十分な力で放ったものだった。
 キマイラパーゼストの突進に合わせた為、完全な収束をすることなく放った一撃でしかないのだ。
 であるにもかかわらず、この破壊力。

「こんな力、ほいほい使えるかよ……」

半ば吐き捨て気味に祐一は言った。
仮面ライダーKEYが如何に強力でも、これでは守るべき存在すら滅ぼしかねない。

「まぁなぁ……こんなん東京でやった日にゃ、場所に寄っちゃ何万人単位で死者が出るだろうな。
 その辺、どう思うよ草薙」
「……」
「草薙?」
「おい、返事くらい……?!」

 返事が無い事を不審に思った二人が振り向いた先には、変身を解除した姿で紫雲が倒れていた。
 
「草薙?!」
「おいっ! 草薙!! 草薙っ!!!」

 二人して紫雲の体を揺すり、声を掛けた。
 しかし、紫雲が二人の呼びかけに応える事は無かった。

     
   


 
 



 
 
………………続く。








次回予告

 ハイ・パーゼストの打倒。
 それに払った犠牲は余りにも大きかった。
 浮かび上がる様々な問題、疑問。
 しかし、それに対する解答が提示される間も無く、新たな事態が動き始める……!

「残るは、相沢祐一ただ一人」

 乞うご期待、はご自由に!!





第三十一話はもうしばらくお待ちください