第二十九話 ヒトの戦い(中編)











「おい、アンタ」

ホッパーパーゼストが去った後。
広場の外に止めていたバイクに無言で跨る川澄舞に対し、国崎往人は声を掛けた。

「アイツが言った事が本当なら、アンタ急いだ方がいいんじゃないか?
 アンタのお仲間とか、ライダー連中が危ないんだろ」
「……必要ない」
「なに?」

予想外の返事に往人の眉間に皺が寄る。
そんな彼の様子を見る事もせず、舞は答えた。

「向こうには三人のライダー、ある意味でそれに匹敵する力を持つヒト、そして、それなりの戦力がある。
 それに対抗出来ないモノはそうはないし、
 その現状最高クラスの戦力で対抗できなければ、どの道どうしようもない」
「だから、放っておくのか?」
「……」

傾きつつある太陽の下。
往人の再度の問いに対し、舞は静かに頷き、呟いた。

「それに、私まで『此処』を離れるわけにはいかない。
 こちらの護りを放棄する訳にはいかないから」

託されている『留守番』。
それに、折原浩平との契約もある。
この状況での任務放棄は出来ないし、許されない。

「アンタ、それでいいのか?」
「……」

往人の言葉に今度は答える事無く。
その問いを遮るように舞はメットを被った。

”例え、自分の意志がどうであれ……出来ないものは出来ない”

往人は、舞の後姿からそんな意志を感じとった。

「……また後日会いに行く。
 必要ないと思うけど、彼女の病院の近辺にいてくれると助かる」
 
最後にそう告げて、舞はバイクを発進させた。

「アイツ……俺が逃げ回る可能性考えてないのか?」

走り去るその姿を見送って、往人はなんとなく呟く。

基本的に定住の地を持たず、携帯さえ持っていない往人の居場所を特定するのは難しい。
であるなら、今ココで身柄を拘束するなりすべき筈だ。

ソレをしないというのは……。

『分からないか?』

往人の疑問に対し、彼の人形の中に隠された『刀鍵』が答えた。

『仮に汝が逃げ回った所で、
 汝が戦う決意をした今、彼女達が憑依体のある所に赴けばいずれ必ず我らと遭遇する。
 それが早いか遅いかの違いでしかない。
 それに彼女らの組織……亡霊の末裔たる彼女らの組織力があれば我らを発見するなど造作もないだろう』
「なるほど、それで必要ないと思うけど、か」
『あるいは……』
「あるいは、なんだよ」
『同胞の危機に動揺した彼女が、ソレを失念していたとも考えられるがな』
「……………。
 まぁ、アイツの事はさておきだ。
 俺達…いや、お前は動かなくていいのか?」
『正直手助けしたいのは山々だが、先程の戦闘での消耗は大きい。
 汝もかなり疲労している筈だ』
「…」

確かに。
かなりの疲労感を、往人は感じていた。
それでも、最初に『変身』した後、意識を失っていた事を思えばマシになったと言えるかもしれないが。

『それに彼女が言っていた事も正しい。
 こちらはこちらで護りを固めておくべきだろう。
 先程も不測の事態……高位の憑依体が現れたばかりだしな』
「……そう、かもな」

そう呟きながら、往人は『刀鍵』が入った人形を握り締めた。
……………何処かやり場のない気持ちを押し込めるように。


 






行くか行かざるか。
そのやり取りは、別の場所でも行われていた。

「……いいのかい?」
「良いも悪いもなく、動けません」

憑依体対策班本部。
増員された事もあり、多くの人間が慌しく動くその場所で、
慌しさとは間逆の静かさで言葉を交わしているのは、対策班の顧問である水瀬秋子と、対策班所属の橘敬介だった。

彼らは現在起こっている事を把握していた。
すなわち、ハイ・パーゼストたるホッパーパーゼストの暗躍と、
ファントムの研究施設で起こっているパーゼストの侵攻を。

現状対策班はその処理や判断の為に、動き回っている。
そんな中で、秋子は先刻対策班に向けたばかりの言葉を改めて敬介に向けた。

「先程も言いましたが、
 もしこの状況を狙っている輩がいた場合、私達が動く事は絶好の隙を与える事になります。
 現にハイ・パーゼストがこちらに現れている……
 あれが陽動じゃないと言い切れない以上、下手な動きは取れません」
「……しかし、向こうには開発中の擬似結晶体やベルトがある。
 それをむざむざ破壊されたりしたら……」
「以前から近い状況を見越して、様々な準備はしてあります。
 その上、今は祐一さん達がいます。
 現状向こうに日本最高レベルの対パーゼスト戦力が集まっている以上……信じるしかありません」
 
三人の『仮面ライダー』。
対パーゼスト用に鍛えられた部隊。
其処にいると聞いた、開発中の『擬似ライダー』。
そして、法術の使い手たる草薙命。

布陣としては最高レベルだ。

問題は、一つ。
向こうにいるモノ達はその布陣をも上回りかねない……下手をすれば上回っているかもしれないという事。
下手にこちらから増援を送れば、その増援さえ全滅されかねない。
そういった意味でも、対策班を向こうに送る訳には行かなかった。

「しかし……」
「大丈夫です。
 向こうには対パーゼストの『切り札』もありますから」

ソレは紛れもない事実。
ただ問題は、ライダー達ががソレを発動できる状況まで持っていく事が出来るかどうかなのだが。

「今は、ただ信じましょう」

秋子は、信じていた。
自分の甥、最高の盟友にして親友、盟友の自慢の弟……今まで共に戦ってきた『仲間』達を。

現状を覆す『カード』がある以上、彼らならば、と心から信じていた。

だが。

「……っ」

だが、それでも。
拭い去れない嫌な予感が、秋子の胸を満たしていた。

「……」

そして、そんな秋子を敬介は静かな眼差しで見つめていた……。










「……!!」

施設内に戻ったエグザイルは、突然現れた濃密な気配に息を呑んだ。
その気配は……よりにもよって。

「くそっ!!」

ヒトを凌駕した速さで気配の下……白い研究室へと走り出す。

(無事でいてくれ、一ノ瀬さん、姉貴……!!)

ことみの側には自分の姉がいるだろう事を紫雲は確信していた。

プログラムKEYの中核にいることみの重要性もさることながら、
彼女を妹のように感じている姉がことみを放っておくとは思い難かった。

(姉貴は誰かが戻ってくるまでの時間稼ぎをしてる筈……
 だから、間に合う……絶対に間に合う……!!)
 
今はそう信じてただ走るしかない。

胸に広がる不安を押し潰す様に、ただひたすらに。

そうして、エグザイルは一陣の風となった。
 









『……ふむ、どうやらライダーの誰かがこっちに気付いたようだね。
 意外に早い』

その『風』に気付いたのは、敵であるライオンパーゼストだった。

それなりの広さがある白い研究室。
其処で対峙するのは獅子の憑依体と、白衣を纏った一人の女性。

「ふふん。
 どうやら誰かが気を廻してくれたみたいだな。
 ありがたい」
『ありがたい、ね』

白衣の女性……草薙命の言葉に反応し、ライオンパーゼストは改めて彼女に向き直った。

『わかっているのかな?
 君は死ぬよ?』
「……ふ」

真っ白だった命の白衣は、ボロボロに焦げ、紅く染まっていた。
白い部分は、眼に見えて分かるほど少なくなっている。

「命さ……!!」
「いいから、君は下がっていろ」

悲痛な声を上げることみの言葉を遮り、命は言う。
顔半分だけ振り向いたその顔には、微笑みが浮かんでいた。
そして、その微笑みと共にある眼光は、駆け出そうとしたことみの動きを思わず止めるほど強かった。

「大袈裟な話だが、君の命には人類の未来が掛かってると言っても過言じゃない。
 ソレを守るのが、命という名前を背負った、私の役目なんでな……!」

叫びながら命は、腕を突き出した。

その腕に、手に込めるは『法術』の力。
翼持つ人から伝えられた技術にして、遥か遠い約束の成就の為に始祖から贈られた血の力。

国崎往人も持ち、草薙命が最も得意とする”人形を操る力”……『操演の法』。

その力に導かれ、戦闘によって砕かれ、地面に転がる数十のコンクリート片が、ライオンパーゼストに突き進む……!

『何度やっても無駄だよ』

しかしそれらの殆どはライオンパーゼストの皮膚に届く前に、皮膚表面の超高温によって溶け消える。

それは命も承知している。
だから『弾丸』の幾つかは、皮膚を突破できるよう特殊な法術コーティングを施しているのだが……。

『ふんっ!』

それも簡単に弾き返され、逆に炎を纏った弾丸となり命に襲い掛かる。

「ちぃっ!」

人間としてはかなり高いレベルの運動・反射神経を持って、回避する命。
だが……彼女が相対しているのは人間を超越している化け物だった。

『遅いよ』
「っ!!」

既に回避先に回りこんでいたライオンパーゼストが腕を振り上げる。
それを受ければ、特別な力は持っていても肉体的にはただの人間である命は確実に死ぬ。

「……はぁっ!!」

この状況に際し。
命は回避の勢いのままにライオンパーゼストに飛び蹴りを繰り出した。

無論ダメージを与えるものではない。
蹴りの反動でライオンパーゼストから離れる為のものだ。

『む……』

獅子の一撃は熱気を振りまきながら空を切る。
そうして、命はかろうじてライオンパーゼストの一撃を回避した。

『やるね。
 僕が少し加減してるとは言え、生身でココまで逃げ回れるとは。
 それに多少はダメージを与えてる』

いつの間にか自身に突き刺さっていた幾つかの破片を引き抜いた後、ライオンパーゼストは拍手を贈った。

其処に皮肉はない。
それは純粋な賞賛だった。

「いやいや、お褒めに預かりありがとう」
『でも、もうそろそろ限界だろう?』
「まぁ……否定はしないさ」

そう。
限界だった。

対峙から数分。
先程の激突と同様な事を繰り返し、命はどうにかこうにか時間を稼いでいた。

だが、高位パーゼストを相手の時間稼ぎの代償はあまりにも大きかった。

回避し損ねた自身の『弾丸』に自身の身を削り取られ。
一撃を回避する為の接触の度に、法術の守りを越えて身を焦がされ。
生死を分かつ動きを繰り返した為に極度に神経をすり減らし。

草薙命は、心身ともに限界に達していた。

「ち……」

膝を付く命。
焼け焦げ、最早感覚さえ無い足では、立つ事さえも難しくなっていた。

『もう立つ事も出来ないか。
 しかし、どうしてそこまで頑張れるかな。
 反因子結晶体も持たない生身の人間が』
「人間だからさ。
 ひ弱で、虚弱で、一人じゃ立ってられないような生命体だからこそ」

それでも。
草薙命は……立ち上がる。

「共に生きる……自分を支えてくれる誰かの為に、頑張らなきゃならないのさ」
『―――!
 ふふふ……感服したよ、その強き意志。
 どうだい? 僕達の仲間にならないか?
 今、君がココで行われていた研究の全てを話し、僕達に従ってくれるのならココでこれ以上の殺戮は行わない。
 君のような強い女性を死なせるのは忍びない』
「それでお前達の『母体』になって繁殖を協力しろとでも?」
『まぁ、それもあるかな。
 雌雄による繁殖もまた種の増強になるからね。
 どうかな?』
「悪いが、遠慮する。
 ココを、自分達を犠牲にしても、世界を守る……それがココにいる人間の総意だからな。
 それに、人間的な考えで申し訳ないが……お前の言う繁殖は愛し愛される間柄で行いたいんでね」
『そうか……。それは』
 
心底勿体無さそうな声音と共に、掲げた獅子の右腕に熱光が灯る。
そして、その掌に灼熱と表現するには激し過ぎる熱量の光弾が生み出されていく……!

『残念だ』

そして、解き放たれた熱は、白い部屋を紅く染めた。











「……」

ようやく辿り着いたその場所で。
仮面ライダーエグザイル・草薙紫雲は、ただ無言だった。

『おや、ようやく到着か』

否。
言葉を放てないでいた。

ライオンパーゼストの背後に広がるのは、破壊の痕。

白い研究室の所々から火が上がり。
機材で構成された壁は火花を散らし。
いつも綺麗だった純白の床は罅割れ、焦げ付き。
強力な熱量が叩きつけられたであろう幾つかの箇所は高熱によりクレーターが形成されており。
一際大きな破壊痕の側には、白衣を……白衣だったモノを纏っていたと思しき、赤黒い人のカタチが力なく転がっていた。

「紫、ぅん、君……!!! 命、さ……命さん、がぁ……………っ!!!!!」

人のカタチをかろうじて留めていたソレを、抱きかかえることみ。
彼女もまた言葉らしい言葉を生み出せず、ただ只管に嗚咽と涙を生み出していた。

「…………」
『彼女は、よくもったよ。
 正直人間がココまでやれる生き物だとは思っていなかった』
「……………」
『そう言えば、君は彼女の弟だったね。
 草薙紫雲、君は姉を誇りに思っていいよ。
 僕が保障する』 

姉。
そう、あれは姉だ。

草薙紫雲の姉、草薙命。
その、抜け殻。

『いやに静かだね。
 もっと騒ぎ立てるとばかり思ってた……」
「―――――姉さん、ごめん」
『……?』

真っ白になった紫雲の脳裏に、最後の姉との会話が浮かび上がる。

”お前は、一番肝心な所で感情的になり過ぎる傾向があるからな。
 悪いとは言わんが、それがまずい時もある。忘れないようにな”

そう言って不敵に笑う姉。
いつもの……言葉にこそ出さなかったが好きだった、姉の姉らしい笑みが記憶を支配する。

それは、最後の忠告だったのか。
最後だと知っての忠告だったのか。

その答を……紫雲は知り得ない。
おそらく、もう二度と。

ただ、そうだとしても。
それが最後の忠告だったのだとしても。

「本当に、ごめん。
 忠告は……守れそうにない」

そうだ。
これがどんな状況だろうと。

ここで感情を殺せる筈がない。

殺してたまるか。

殺すのは、むしろ。

「ライオン、パーゼスト。
 そう呼称されている存在」
『ふむ、僕の事……だよね。
 なにかな?』

エグザイルが俯き加減だった顔を上げた、その瞬間。

「…ぁ…ぁぁ……ぅ…っ!!!!!!!」

ことみは、本能的な恐怖に心から震えた。

一ノ瀬ことみは、天才的な頭脳を持つ以外は、ただの少女だ。
殺気や気配など感じ取れない、普通の人間だ。

その彼女が『その意志』を感じていた。
感じるほどにソレは圧倒的だった。

「……お前は、殺す。俺が殺す。絶対に」

ソレは、殺意という名の……純粋な意志。

もし、この場に何も知らない人間が紛れ込んでしまったのなら、その瞬間に即死するのではないか。
ことみにそう錯覚させるほどの、意志の具現だった。

『出来るかな?』

それほどの殺意を簡単に受け流しながら、ライオンパーゼストは言った。

『相沢祐一君や折原浩平君、あの翼人の遺産に、あと憑依体対策班だったっけ?
 彼らが揃っていても僕には歯が立たなかったのに』
「聞こえなかったのか?
 絶対と、俺は言った。
 なら」

エグザイルの手が、動く。
その手は微かに震えながらも澱みなく、ゆっくりとベルトの鍵に伸びていた。

「お前は死ぬ。
 今ココで。
 この俺に……殺されてなぁぁぁぁあああああああああぁぁぁああああっ!!!!!」

世界さえ震わせるような咆哮と共に。

エグザイルは、鍵を廻した。










「!!?」
『!?!』

『門』の近くで戦闘を繰り広げていた相沢祐一・仮面ライダーカノンとハイ・パーゼストたるシャークパーゼストは息を呑んだ。

戦闘の最中だと言うのに、意識が逸れた。
圧倒的な何かの気配に、意識を向けずにはいられなかったのだ。

「二つの高位パーゼストの、気配……!?
 いや、片方は……草薙か!!?」



 


 



「……ち。
 あの馬鹿、何かやらかしたな」

パーゼストを各個撃破している間に祐一から離れていた折原浩平・仮面ライダーアームズも、その気配に気付き顔を上げた。

「この気配、あいつら寄りじゃねぇか」

草薙紫雲をパーゼスト寄りの存在として感じる。
それは何か、かなりの異常、もしくは厄介な非常事態が起こっているという事に他ならない……そう浩平は推測した。

「iyuikhuiuuui!!」
「っと!!」

隙と見て飛び掛ってきた最後の一体を、アームズは肘から展開させた刃で斬り捨てる。

「……ったく。
 こりゃ、さっさと相沢と合流して、様子を見に行くしか無さそうだな」
 







「………っ…………」
「? どうしたの、美凪」

其処は、大学の構内。
移動の最中唐突に立ち止まり、あらぬ方向を見上げた美凪を不審に思い、少し先を歩いていた留美は声を掛けた。

「いえ……その」
「草薙ならきっと大丈夫よ」
「……エスパー?」

実際、留美の言う通りだった。
ふと紫雲の事が頭を過ぎり、思わず足を止めてしまったのだから。

何も言ってないのに……
そう言わんばかりに、不思議そうに首を傾げる美凪に、留美は苦笑を浮かべた。

「いや、乙女的には分かるわよ。
 ま、それはさておき、大丈夫よ。
 相沢や折原、それに命さんまでいるんだし」
「……そう、ですね」
「ほら、早く行かないと遅れるわよ」
「……はい」

美凪の返事を待つ事無く歩き出す留美。
その背中を追って歩き出す、その前に……美凪は、最後にもう一度空を見上げた。

「紫雲さん……」

掻き立てられる様な、黒い不安を消しきれないままに。  










『……変わっ、た?』

エグザイルから生まれた閃光が研究室を数瞬だけ紫色に染め上げた後。
炎が上がる研究室の中、ライオンパーゼストは、思わず呟いていた。

そう、変わっていた。
仮面ライダーエグザイルの姿は、変化していた。
だがそれは、彼も知っている『トゥルーフォーム』のものではなかった。

トゥルーフォームの生体装甲の形状は、言うなれば騎士であり、剣。
だが、今のエグザイルの生体装甲のカタチは。

「フゥゥゥ……!!」

エグザイルが吐き出す息そのままに獣であり……牙だった。

その禍々しくさえ見える姿こそ、エグザイルのもう一つの『真実』。

仮面ライダーエグザイル、フェンリルフォーム……!!

『ふふ、なるほど、そうか。
 僕ら寄りに能力を発展させた形態がソレか』
「……」
『でも、それは諸刃の剣。
 そんな自分を焼く炎で僕を倒せるの……』

その言葉は、完全に形にならないままに消え果てた。
…………突然右腕に生まれた、圧倒的な痛みによって。

『が、ああああああああああああああああああっ!!!??』

緑色の体液が、辺りに撒き散らされる。
体液が溢れ出るのは、右腕。
抉り取られた右腕の跡から、ソレは噴出していた。

『き、貴様ぁ……!!』

彼は、全く反応できなかった。
右腕をもがれる痛みが生まれるまで、動きらしい動きさえ認識できなかった。

そのライオンパーゼストの後方。
右腕を再生させつつある獅子から離れた、命を抱えたままのことみの眼前にエグザイルはいた。
圧倒的な腕力だけで引き千切ったライオンパーゼストの右腕を握り潰しながら。

「何度も言わせるな」

言いながら、ポタポタと体液を垂れ流す右腕を、怒りと共に壁に叩き付ける。
そうして、ライオンパーゼストに向き直り、獣じみた低い構えを取った後、エグザイルは宣告した。

「お前は、殺す」










「……あの、馬鹿野郎……!!」

祐一は思わずそう零していた。

事情や状況ははっきりと分からない。

ただ分かる事は。
草薙紫雲が理性を失いかねないほどの怒りを抱えて、
過去最強クラスの敵に挑もうとしているという事だ。

相沢祐一は知っている。
草薙紫雲は常に馬鹿みたいに糞真面目に己を律しようと……人間であろうとしている。
そんな奴が、パーゼストの気配を生み出すというのは、その強固な理性を超える程の何かがあった時に他ならない……!

『気を緩めている場合ではあるまい……!!』

余所に意識を向けるカノンに対し、シャークパーゼストは容赦なく両腕から衝撃波を狙い撃った。
しかし。

「ああ……そうだなっ!!」
『な、にっ!?』

衝撃波の中間……僅かな隙間を縫って、カノンは直進する。
その姿は、空を裂く一本の矢。
そして、名手が放った矢のように的確な赤い閃光の拳が、人間で言えば鳩尾の部分に突き刺さった。

『ぐ、があああああっ!?』

まともにそれを受けたシャークパーゼストの巨体はカノンの拳から離れた後宙を舞い、大木を何本か薙ぎながら地面を転がった。

「……気を緩めてたのはアンタじゃないのか?」
『ぐ……汝……っ!』
「まぁ、そんなんどうでもいい。
 ちんたらしてる暇もなくなったみたいだしな」
『何……!?』

シャークパーゼストの上げた声に応えるように、カノンはベルトの鍵を廻した。

直後、カノンの全身から紅い光が吹き上がり……姿が変化する。
仮面ライダーカノン・リミテッドフォームへと。

「さっさと決着を付けさせてもらう……!!」










誰も、気付いてはいなかった。

激闘の、殺意が渦巻く戦場の中。

草薙命の指が、カリ、と床を掻く様に微かに動いた事に。

この時は誰も、気付いていなかった。










……………続く。










次回予告

獣と化したエグザイルと、力を解き放つ獅子の憑依体。
巨大な力の衝突は、ただ只管に破壊を尽くす。
その凄絶な殺し合いを終結させんと、一つの力が解放される……!!

『それが、お前達の切り札か……!』

乞うご期待、はご自由に!!




第三十話へ