第二十八話 ヒトの戦い(前編)
森の中を進む、影があった。
影は一つや二つではない。
そして、その影の形はヒトであってヒトでないものだった。
パーゼスト。
憑依体とも呼ばれている、人類にとっての敵。
それらは鬱蒼とした森の中を、ある方向に向かって確実に進んでいた。
方向……すなわち、ファントムの重要研究施設。
だが、そこが重要施設である以上、そうそう辿り着ける様になっていないのは当然。
「jbbiiuubibiuubiib?!」
草むらや土の中に巧妙に隠され、仕掛けられていた無人銃座(勿論対パーゼスト用弾丸)が火を噴く。
かつて浩平とあゆが訪れた時には切ってあった防衛システムは情け容赦なく数体のパーゼストを滅ぼした。
だが。
「yyguguugug!!!」
「jgiguigkohgo!」
彼等は、滅ぼされた同種の様子から銃座の場所などを特定し、破壊した。
そしてただひたすらに進んでいく。
同種の躯を踏みつける事さえしながら、なお進む。
ソレは冷徹さや冷酷さなどではない。
プログラムであるが故の無機質さだった。
しかし、それでも施設には辿り着けない。
施設には千年続く結界が張られていて、訪れようとする者を惑わせ、到達できないようにしている……はずだった。
「レクイエムを裏切った仮面ライダー……折原浩平だったか。
彼が一度ここを訪れた事、そして今ここにいるという事は意味があった」
パーゼストの群れの中心。
異形の人波の中に置いて目立つ、人間の形をしたモノが其処にいた。
銀髪の青年の姿をした、人を凌駕するものが居た。
「収集されたデータを元に進めば、
なおかつ目印があるのなら、
暗闇の中の光のように、其処に向かっていく事は容易い事だ。
そして暗闇で見えない『落とし穴』は、作られた彼等が、作られたとは言え我等が同胞達が埋める」
かくて、彼等は進んでいく。
迷いなく、淀みなく。
亡霊の懐……その一つに。
「何が……起こっているの……?」
ファントムの施設の中、彼女達の仕事の一つである荷物の確認作業や清掃を終えて、食事を取ろうとしていた時、サイレンは鳴り響いた。
サイレンの音が鳴り響いた後、一転して慌しく……いや、緊迫感を感じさせる状況になった事に深山雪見は動揺していた。
いつしかパーゼストが三体ほど来たらしい時とは違う。
皆の表情が、空気に流れている、必死さが全く違っていた。
「多分、パーゼストが来たんだよ。
それも……凄い数で」
雪見の隣に立つ川名みさきは、その見えない眼を地上に向けて言った。
「見えないけど、なんとなく分かるよ。
皆凄くピリピリしてる」
「草薙君が心配してた通りになっちゃったってわけか……」
草薙紫雲は不安を零していた。
自分がみさき達をこの施設に招いた事は軽率だったかも、と。
通常ならば、ここは何処よりも硬いパーゼストに対する防壁となる。
だが、いざという時、万が一の事態の時には逆に何処よりも危険な場所になりかねない。
この施設が、パーゼストへの対抗策を模索し研究している日本で最高峰の場所であるがゆえに。
「雪ちゃん」
「分かってるわよ。草薙君の所為なんかじゃない。
私達がここにいるのは、私達が決めた事。
それに、ココでこうなった以上……いずれ『外』でも近い事が起こる気がするし。
仮定の考えだけど、そうなったのなら結果が前後するだけよね」
怖くないかといえば嘘になる。
だが、あの時……『草薙紫雲に助けてもらった時』、実際にパーゼストに襲われた経験が彼女達を強くしていた。
少なくとも、眼前に現れていない状況では、冷静でいられる。
「私達に出来る事は、皆の邪魔にならないように皆の手助けをする事と、自分達の命を守る事だね」
「そうね。
折原君や草薙君に余計な心配や負担をかけないように、自分達の事は自分達でしないと」
「ソレを聞いて安心したぜ」
聞き覚えのある声に二人が振り向くと、其処には折原浩平が壁に寄りかかっていた。
その腰には、既にアームズのベルトが巻かれていた。
「浩平君……」
「どうしたの?」
「あのネーさんに二人への状況説明を頼まれたんだよ。
ま、言われなくてもやるつもりだったんだが」
「そうなの?」
「ああ。
俺としては、現状先輩達の事だけが気がかりだったからな。
その先輩達が自分達の事に専念してくれるのなら、俺は自分の仕事に専念できる。
んで、俺の仕事に専念できりゃあ先輩達の安全もより確実になる。
実にいいね」
浩平はニヤリ、と笑うとみさきの肩にポンと手を置いた。
「だから、心配するなよ。任せとけ」
「うん。でも、気をつけてね。……瑞佳ちゃんの為にもね」
「それこそ、心配すんな。
ソレがまず念頭にあるからな、いつだって、これからだって」
「……恥ずかしい台詞ね」
「う」
「でも素敵な言葉でもある。だから気をつけなさい。
彼女を悲しませないように」
「……おう。雪見先輩もな」
そうして、二人にひらひら手を振りながら、浩平は歩き出した。
命に指示された防衛地点へと。
「……っ!!」
身体に走った、最早馴染みとなりつつある……不本意だが……感覚で、紫雲は顔を上げた。
だが、その感覚はいつもどおり、というわけではなかった。
「この数……皆が危ない……っ!」
一体誰が何の目的で送り込んだのかは分からないが、かなり危険な状況な事に違いはない。
焦りに満ちた拳を握り、白い通路を駆け出そうとした時。
「おいおい、そんなに焦って何処へ行く?」
「……姉貴」
いつの間にか、自身の姉である草薙命が其処に居た。
彼女は咥えていたタバコを携帯灰皿に押し込んで、肩を竦める。
「そんなんだからお前は色々見落とすんだ。
鍛錬しているつもりかもしれんが、もう少しいざという時の冷静さを磨け」
「こんな状況に何を……」
「それはこっちの台詞だ。
焦ってると大事な事を見失うぞ」
彼女は紫雲に向かって、手に持っていた何かを放り投げた。
紫雲が放物線を描くソレを、パシッ、と掴み取り手を開くと、そこには見慣れた紫色の鍵があった。
「ソレが無いと不完全な変身しか出来ないだろうが。
そんなザマで誰を護れる?」
「……そうだな。感謝するよ、姉貴」
「お前は、一番肝心な所で感情的になり過ぎる傾向があるからな。
悪いとは言わんが、それがまずい時もある。忘れないようにな」
「……」
「じゃあ、私は責任者としての責任を果たしに……」
「……姉さん」
「なんだ?」
「その、なんだ。気をつけてくれな」
「ふむ。
心配するな。
私はお前ほど感情に走らないし、自分の命だって惜しい。
簡単に命を溝に捨てるような真似はしないさ」
不敵に笑う命。
其処にあるのは、いつもの表情と揺らぎのない言葉。
ゆえに、心配は要らない……その筈だ。
だから紫雲は自分の中にある何かの感覚を抑え込んだ。
自分の姉である草薙命は、偉そうで口が悪いし、色々問題もあるが、
自分よりも命の重さを知り、自分よりも遥かに賢く、遥かに『強い』。
であれば、感じているものは杞憂に違いない……そう思った。
「……ああ、そうだな。」
「じゃあ私は行くぞ。まぁ、適当に頑張れ」
そう言って、背を向けた命は白衣のポケットに手を入れながら、去っていった。
何故か。
紫雲には命の後姿が妙に印象に残った。
強く強く、印象に残った。
「最優先は研究データの保存と回収なの。
データは退避用と脱出用の二種類を準備。
退避用は最悪の場合即座に破棄出来る様にしておいて」
一人白い研究室に残ったままの一ノ瀬ことみは、内線で命からの伝言をセキュリティルームへと伝えていた。
会話中、自身もデータのバックアップ作業を並行して行っていたりもする。
『はい、了解しました一ノ瀬研究主任。
命さんからの他の指示は……?』
「命を大事にしろ……それが一番上の、一番大事な指示。
戦闘員も含めて、パーゼストとの交戦はなるべく避けて。
迎撃は……彼等がしてくれるから。以上なの」
『了解しました。
主任、主任は脱出……』
「まだ大丈夫」
この研究室では、施設内の情報も手に取るように分かるようになっている。
それはこの場所が施設のかなり深部、重要箇所であるがゆえの考慮。
現在は施設内の進入を許されてはいない。
少なくとも、眼に見える限りは問題ないようだ。
「いざとなったら脱出前に連絡するから」
『はい、その時の為に護衛を廻して待機させておきます』
「お願いなの」
そう言って、彼女は受話器を置いた。
そうして、作業の方により集中していく。
この状況下において、それが自分の為すべき事だと彼女は理解していたから。
「……皆、気をつけて、なの」
だから、彼女はそう呟いた。
戦う者たちに出来る事は、それだけしかなかったから。
そうしてファントム達が動いている中。
「iiuuiigigiu!」
「gygiguigiugig!!」
「iugiighiugigigiuig」
遂に。
森を抜け、パーゼスト達は辿り着いていた。
岩肌の中に木製の扉がある、施設への『正面玄関』。
数ある入り口の中で、視覚的に最も分かりやすい場所を。
彼等は彼等にしか分からない『言語』で何かを囁き合い……扉へと向かって歩き出す。
……その時。
扉が開き、暗闇の中から一人の男が現れた。
「俺は、まだこの施設の構造を理解してなくてさ」
その腰には、ベルトが巻かれており。
赤い宝玉……反因子結晶体のはまった鍵がバックル中央に突き刺さっている。
「命さん曰く、それならココに来るのが一番手っ取り早いらしいし、
俺自身そう思うから、ココに来た」
そう言って、彼は眼前を見据えた。
百体近いというパーゼストの内ここにいる、否、姿が見えるのは約三分の一位のようだ。
正直、不利か有利かも分からない。
今までは基本一体のパーゼストを相手取ってきたから。
どんなに強くても一体ずつだったからこそ勝って来る事が出来たのかもしれない。
不安はある。
だが、やるべき事は明らかだった。
ここで目の前の存在達を中に通したなら、待っているのは誰かの、多くの誰かの死でしかない。
それを……許すわけにはいかない。
「悪いとは思わない。
ココから先は、通さないぜ」
命から伝えられた……多くの人から託された『仮面ライダー』の力を預かっている人間として。
「通してたまるかよっ! 変身!!」
叫びと共に彼……相沢祐一は鍵を廻す。
次の瞬間、赤い閃光が彼を覆い……変化させた。
仮面ライダーカノンへと。
「ygiuguig!!」
「うおおっ!」
カノンは、真正面にいたパーゼスト……以前倒したアントパーゼストの形をしている……に、閃光を纏った拳を叩き込んだ。
一撃を顔面でまともに受けたアントパーゼストはあっさり光の粉となり、消滅していく。
だが。
「?! ちぃっ!!」
息つく間も無く、他のパーゼスト……殆どが倒した事があるパーゼストの姿をしていた……がカノンに覆い被さるように飛び掛り、襲い掛かっていく。
カノンはまず、一番接近していたパーゼストを左アッパーで迎撃、ついで背後に回り込もうとしていた敵に右回し蹴りを叩き込む。
その叩き込んだパーゼストを足場にして跳躍、
飛び掛ろうとしていた一体の顔面に足裏を突っ込んで更に足場として利用、
サッカーのオーバーヘッドキックの要領で頭上の一体を蹴り飛ばし、空中で一回転し……。
「こん、の、野郎ぉぉぉっ!」
一瞬で脚部に収束した閃光をもって急降下、空中まで追い縋った一体を筆頭に、数体を纏めて消滅させた。
「……どうやら、たくさんいるだけあって、
強さはただの量産再生怪人って程度みたいだな」
ある程度距離を置きながら自分を包囲しつつあるパーゼスト達を眺めつつ、
カノンは何処か笑うような声で呟いた。
「確かにこの数はうざったいけどな。このぐらいなら……」
「倒せる……そう言いたいのか?」
「……っ!!!」
言葉と共に伝わる、圧倒的なまでの圧迫感。
この感覚を、カノンは、祐一は知っていた。
初めて自分に凄まじいまでの恐怖を叩き込んだ存在と同種……いや、全く同じ、この感覚を。
「ち……本当に生きてたのかよ、アンタ」
「”鷹”が、あるいは”獅子”が言ったのか?
まぁ、どちらでもいい。
我が生きているのは事実でしかないからな」
森から姿を見せたのは銀髪の青年。
ハイ・パーゼストが一角、シャークパーゼストが其処には居た。
「何でココに来た」
「愚問だな。
ここは我等への対抗策を研究・推し進めている場所なのだろう?
その研究の程度を測る、あるいは研究そのものを叩き潰すのが主な目的……その位は推し量れるだろうに」
「……」
「しかし、こうして汝とあいまみえるのは二度、いや三度目になるのか」
「そうだな」
油断無く周囲に気を払いながらも、カノンは青年の姿をした憑依体を見据えていた。
その視線の強さなど意にも介してない様子で、青年は言う。
「一度目は我が勝った。
というより、あの時は戦いとさえ思っていなかったが」
「二度目は俺が勝ったけどな。
アンタがそうして自信満々にしてたから、足元をすくうのは難しくなかったぜ」
「認めよう。
あの時の我が汝を甘く見ていたのは確かだ。
だが、その慢心ゆえの敗北により、我は自身の未熟さを知り、汝等の名前を刻んだ。
『仮面ライダー』という存在の事をな。
そして、三度目の今」
次の瞬間、青年の姿が変わる。
ヒトを模した姿から、本来の高位憑依体としての姿、シャークパーゼストに。
『今度はどちらが勝利するか……試してみるとしよう……!』
「当然、俺だっ!」
言葉が空気を震えさせた直後、二人は同時に動いた。
シャークパーゼストの放った不可視の衝撃波が、地面を抉り、木々を巻き込み、扉の近くの岩肌を裂く。
その威力は生半可なものではなく、まるで巨人がスコップで地面を掬い上げたかのような傷跡が刻み込まれていく。
だが。
「見えてるんだよ!」
『!?』
シャークパーゼストに向かって走るカノンは、その軌道を見切っていた。
以前の交戦記憶、数々の実戦経験、川澄舞の訓練……それらが明確に見切らせていた。
ゆえに。
『ちっ!』
「何発撃とうが、そうそう当たるかっ!」
続け様に放たれた第二撃、三撃も余裕を持って回避する。
木々や岩の破片、埃が舞い散る中、強大な敵に向かって駆ける速度を上げつつ、カノンは拳を構えた。
紅い光が、拳に灯っていく……!
「喰らえぇぇっ!」
『!!』
硬いモノ同士をぶつけ合った、鈍い衝突音が辺りに響く。
「……っつうっ!?」
『……ほう。
かなり、戦闘能力を高めたようだな』
半ば弾き飛ばされ、立ったまま地面を滑るように下がらせられたカノンを眺め、シャークパーゼストは呟いた。
瞬間的に反応、強化された腕……『魔手』には微かながら皹が刻み込まれている。
『あの時の汝であれば、このダメージを負わせるのにもっと高いリスクを負わねばならなかった筈だ。
だが、今の動きは明らかにリスクが減っている。
更に言えば、こちらからの反撃の隙も無かった。
我の能力も汝同様上がっているにもかかわらずだ。
正直、以前とは別人のようだな』
「……そう言ってもらえれば何よりだな。
特訓し続けてきたかいがあったってもんだぜ」
仮面の下で、祐一はニヤリと笑う。
『どうやら、汝を倒すには思いの他時間が掛かりそうだ。
であれば……その間の侵攻は兵たる同胞にやってもらおう』
シャークパーゼストがそう言うと、今まで沈黙を保っていた量産パーゼスト達が動き始めた。
その動き……歩みの先は、当然のように施設のへの入り口……!
「ちっ! させる……くっ!!」
パーゼスト達の動きを止めようと駆け出そうとしたカノンは自身への攻撃に気付き、バックステップでそれを回避した。
『月並みな言葉かもしれんが、汝の相手は我だ。
侵攻を何とかしたくば、我を倒してからに……』
「残念ながら、その必要は全く持ってないんだな、これが」
そんな言葉と共に白い弾丸が辺りに降り注ぐ。
その攻撃の雨の中、扉に近づこうとしたパーゼスト達はことごとく爆発していった。
『む! 汝は……裏切り者の……』
「そう。元レクイエムの仮面ライダー。
仮面ライダーアームズこと、折原浩平だ」
一体いつの間に其処にいたのか。
扉の上……岩肌の出っ張った部分に、仮面ライダーアームズは立っていた。
「直に話すのは初めてだったよな? 以後お見知りおきを、なんて、なっ!」
言葉を切って飛び上がったアームズの足に白い閃光が収束する。
アームズはそのまま、身体を捻り必殺の蹴撃である白い炎獄を、自身を見上げていた一体のパーゼストに叩き込んだ。
舞い上がる消滅の光の中、アームズは言った。
「相沢、雑魚は任せとけ。
というか、雑魚の方が楽そうなんで任せてくれや。
ソレが終わったら、周辺に散ったっぽい奴らを遊撃に行く。
だから、面倒なソイツの事は任せるぜ」
「サンキュ。
アンタが来たらそうしてもらうつもりだったからな。
宜しく頼むぜ」
「あいよ」
返事を返したアームズは早速動く。
右腕を変形させた光弾を打ち出す砲台と、格闘能力を持って量産パーゼストに挑みかかっていく……!
「……そういうわけだ。
何の迷いも無く、一騎打ちが出来る……いや、というか勝たせてもらうぜ」
『……まぁ、いいだろう。幻想を抱くのは自由だ』
そうして熱と光の漂う中、両者は構え、対峙した。
三度目の戦いの決着をつけるべく。
そんな祐一達の戦いからそれなりに離れた場所。
より一層の木々が生い茂る、濃い緑の世界でも戦いが繰り広げられていた。
「撃てっ! 撃てぇッ!」
「gygiiuigiuuglbklbk!!!」
「ygyiuigiiiiiiiiiiiiiiiiiiiっ!!」
第9区画……施設内で扱う全ての物資が行き交う場所。
数ある入口の中、その必要上唯一『外』と直接繋がっていて、結界でカバーできない通路の入り口。
如何なる手段か本能か、この場所を嗅ぎ付けて来たパーゼスト数十体とファントムの戦闘部隊の戦いが展開されていた。
「近づけさせるなっ!
ここはなんとしても死守しろっ!」
「し、しかしっ!!」
特殊処理された銃弾の嵐の中。
仲間の屍を踏み越え、時には盾とし。
徐々に量産パーゼスト達は、小さなトンネルのような入口に設けられたバリケードにジリジリと近付いていく。
「くそっ!? 量産ライダーシステムさえ完成してればっ!!」
愚痴のような悲鳴のような声を上げながらも、彼等は引鉄を引き続ける。
この嵐を止めてしまえば、こんなバリケードなど簡単に突破されてしまう事を熟知していたから。
……だが悲しいかな。何事にも限界はある。
勿論、銃弾の数にも。
「っ!?」
カチッカチッ、と空しい音が、弾切れの音が響く。
それが一つならまだいい。
だがタイミング悪く、数人の銃器がほぼ同時に同じ状況に陥ってしまった。
そして、その隙を見逃すほど、憑依体は甘くない。
「huuihiohih!!」
「gigiuguigigi!!!」
その様子を喜ぶような調子の『声』を上げながら、パーゼストが雪崩れ込む。
「ひ、ひいっ!?」
思わず、弾切れを起こした一人が銃を投げ捨て目を瞑る……が、何も起こらない。
何かが落ちるような音が聞こえただけ。
彼が恐る恐る目を開くと……その視界には後姿が写った。
この施設にいるものなら誰もが知っている、紫色の仮面の戦士。
仮面ライダーエグザイル、その後姿が。
雪崩れ込もうとしていたパーゼスト達は、その足を止めていた。
自分達の目の前に立つ存在の吐き出している殺気と、
その存在が放つ、自分達によく似た匂いに恐怖と混乱を起こして。
「皆さん、今の内に弾丸の補充を!
その間は僕が一歩も通させません……っ!」
吼えた紫雲……エグザイルが駆ける。
紫の疾風と化したエグザイルの回し蹴り一閃で、数体のパーゼストが空中に舞った。
「今だっ! 吹っ飛ばされて無防備な奴を狙えっ!」
指揮官の声に応え、弾丸を補充した者、弾丸が残っていた者が再び弾雨を降らせる。
エグザイルのみを目標から外した正確な銃撃は、パーゼスト達を次々と撃ち倒していった。
「勝機! はぁぁっ!!」
再開した銃撃で陣形を崩したパーゼスト。
それによる僅かな動揺を突いて、エグザイルは駆けた。
紫色の閃光を足に纏いながら……!!
「う、おおおおっ!!」
雄叫びながら跳躍、一回転して放った低い軌道の蹴撃は、一筋の光となってパーゼスト達数体を飲み込み、破壊した。
その衝撃の余波を受ける他の憑依体達を、戦闘部隊が更に駆逐していく。
「よしっ! おい、ライダー! 戦いながら聞いてくれ!」
「……?」
眼前の敵に光を纏った拳を叩き入れたエグザイルは、指揮官と思しき人物が自身を呼んでいる事に気付き、一瞥した。
その様子を確認して、指揮官は言った。
「ここはもう大丈夫だ……!
アンタは他の所を……施設の中に行ってくれ!」
「中に……?」
「今の所侵入の連絡は入ってないが、万が一って事があるっ!
折角出てきてくれたのに悪いが、中で備えててくれないか?!」
「……でも……」
確かに、ここのパーゼストの数は目に見えて減っている。
だが、増援が無いとは限らないし、それにより流れが変わる危険性が無いとは言い難い。
紫雲がそう考えていた時だった。
「!!?」
部隊のバリケードの後ろから、通常のものとは比較にならない速さと威力を持った弾丸……エグザイルとしての『視力』がそう感じていた……が、
幾つも通り過ぎ、次々とパーゼスト達を屠っていく。
『心配はご無用ですよ、紫雲さん』
「……!!」
そんな声と共に現れたのは、薄い赤紫色の『仮面ライダー』だった。
ただ、それは紫雲達『反因子』の仮面ライダーとは違う。
姿こそよく似ていたが、その体を構成するものは……金属、機械。
言うなれば『仮面ライダーによく似た赤紫の鎧』を纏う誰か、だった。
ソレは両手に大きな拳銃を構え、時折射撃しつつ言った。
『ここは佐祐……じゃなかった、私達に任せてください。
中は施設の構造に詳しい人に任せた方がいいと思いますし』
「貴女、まさか……?!」
『今は、そんな事を気にしている状況じゃありません。
急いだ方がいいです。何かあってからでは遅いですから』
「……」
その言葉で紫雲は改めて状況を吟味してから、言った。
「……分かり、ました。
ココはお任せします。
皆さん、くれぐれも気をつけてください……!」
「皆、頑張ってる……」
それらの様子を確認して、ことみは呟く。
その時だった。
データの保存及びバックアップ作業が完成したのは。
「OK、なの」
現状は脱出する必要性はないが、万が一の為の避難場所には向かうべきだろう。
パソコンからディスクを取り出したことみが立ち上がり、内線を掴もうと手を伸ばそうとした、次の瞬間。
「へぇ。こんな奥の奥にも部屋があるんだね。
匂いを辿ってフラフラしてたけど、大正解かな」
「……??!!!」
唐突に響いた言葉と共に、ドアが開く。
ドアの向こうには……紅く染まった少年が立っていた。
何で紅く染まっているのか……見れば分かる。
あれは血だ。
おそらくは、自分の護衛の為に待機してくれていた人の。
そして、その血染めの少年を、そのデータをことみは知っていた。
「ライオン、パーゼスト。
高位パーゼストの、一体……」
足をガタガタ震えさせながら、ことみは呟いた。
状況把握で少しは冷静さを取り戻そうと。
だが、それは無意味に過ぎなかった。
「うん、その通り。
よく知っているね、お姉さん」
クスクスと笑う少年を見て思い知る。
この存在の内に宿るものが、自分とは相容れない、自分には到底理解できないものだと。
「答えてあげたんだから、教えて欲しいな。
ここは何の為の場所なのかな。
ココの匂い……凄く不快なんだよね。
教えてあげたら……お姉さんぐらいは生かしてあげるよ?」
「っ!」
ぶんぶんぶんっ!、とことみは首を横に振った。
彼女は知っている。
自分が研究しているものの重要性を。
そして、その内容を目の前の存在が知ればどうなるかも。
だから、言うわけにはいかなかった。
例え、殺されたとしても。
「へぇ? 凄い勇気だね。
どうなるのか、分かっててやってるみたいだし。
でも喋った方がいいと思うよ?
さもないと……っ!?」
少年は其処で言葉を切ると、ヒュッと手を動かした。
その手に弾かれたものが、床に転がっていく。
それは……この場所に似つかわしくない小石だった。
「おいおい、ことみ君は繊細なんだ。
そうやって脅しをかけたら、喋るものも喋らないぞ?」
扉の向こう……カツンカツン、と足音を立てながら彼女が……草薙命が現れた。
彼女は堂々と少年の脇を通り抜け、ことみを守るように、彼女を自身の背に隠した。
「へぇ……そりゃあ、申し訳なかったね」
「ああ。以後気をつけるようにな。
しかし、唐突な来客だな。一体何の用だ?」
「まぁ、色々かな。」
「色々か……ふむ、大体察しはつく。
さておき、こうもあっさり侵入されるとはな」
「君達は『異形』と因子反応に執着しすぎだからね。
因子の動きを最低に抑えた上で、この姿なら皆油断する。
外には大勢の囮もいることだしね」
「なるほど。勉強になった」
「しかし、解せないね。
何故君は一人でココにいるのかな。
僕の存在を察知していたのなら、仮面ライダー達をこっちに廻さないのはおかしくないかな?」
「おかしくはないさ。
今後の為に、彼等には複数のパーゼストとの戦闘を体験してもらわなければならないと思っていた所だしな。
欲を言えばココではない何処かで体験して欲しかったんだがね。
まぁ、ここまで入られるとは思っていなかった、と言うのも事実かな。
可能性は考慮していたがね」
やれやれ、と命は肩を竦めた。
「それに、まさかハイ・パーゼストが二体もこっちに来るとも思ってなかったしな。
いやいや、世の中とは難儀なものだよ」
「それについては僕も同意見かな。
こんな所に、翼人の伝えし力の末裔がいるとはね。
もっとも、反因子結晶体や擬似結晶体も持ち合わせてないようだから大した脅威じゃないだろうけど」
「持ち合わせていなくても、相手ぐらい出来るさ。
ココは地下だ。
全力で戦おうものならどうなるか、分からない君ではないだろう?」
不敵に笑う命に、少年は一瞬だけ不快そうな顔を見せた。
だが、一瞬後には笑顔を浮かべてこう言った。
「全力で戦うまでも無いよ。
ヒトではパーゼストには勝てない。
その不文律がある限りね」
言葉の後、少年の姿が炎に包まれる。
吹き上がった炎が収まって現れたのは……獅子の憑依体、ライオンパーゼスト。
「み、命さん……」
「心配するな、ことみ君。
君はこんな所で死んでもらっては困るし、死なせたくない。
数少ない、私の友人だしな」
そう言って、命は熱気を吐き出し続けるライオンパーゼストに向き直る。
そうして、誰にも聞こえないように、ポツリ、と呟いた。
「どうやら、ここが死に場所か」
その呟きを口にした命は笑った。
それは、いつもの不敵な笑みではなく……少し困ったような、そんな笑顔だった。
………続く。
次回予告。
戦いは続く。
それぞれの思惑と想いを掻き混ぜながら。
戦いは続く。
例え、どんな悲劇が其処に待ち受けていたとしても。
「……お前は、殺す。俺が殺す。絶対に」
乞うご期待、はご自由に!!
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