第二十六話 目覚めていくモノ〜An individual Part〜











さて。
虚空とイレイズの遭遇から時間は少し遡り、場所も変わる。

そこは、都内のとある病院……その外周部。
車椅子の少女とそれを押す青年の姿があった。

「ったく。何で俺がお前の散歩に付き合わなきゃならないんだよ……」
「お昼ご飯、奢ってあげる約束したからだよね」

愚痴る青年……国崎往人に、少女……神尾観鈴は即答した。

「ふん」
「にはは」

不貞腐れる自身を観鈴が笑う声を聞きながら、往人は考えていた。
ココにさえ来なければ、数日前の再会さえなければ……自分は今ココにいなかっただろうと。

数日前。
キマイラパーゼストとの戦いにライダー達が『敗北』を喫し、その治療の為に病院に集まっていた時、往人と観鈴は再会した。

自ら進んでの再会こそ望んではいなかったし、観鈴の事は気にならない筈だと往人自身思ってはいたが、決して会いたくないと思っていたわけではない。

だから、ただなんとなく言葉を交わし。
観鈴に食事を奢られながら、それぞれの近況を語った。

往人は、相変わらず旅を続けている事を。
そして、未だ『目的』に辿り着かないでいる事を。

観鈴は、以前の病気(『癇癪』と晴子は語っていた)の影響かは分からないが足が動かなくなってしまったので、以前からの病気も含めてより高度な治療を求めて東京にやってきた事。
そして、病院暮らしが始まってから晴子と会わなくなってしまっている事を。

そんな話を聞いたからか。
ここ数日、往人は都内を芸をしながら転々としつつ、気が向けば観鈴に会いに行くようになっていた。

それは、同情なのか。
再会した時と同じ様に食事を奢ってもらう為か。
それとも……彼自身認めたくない、観鈴への何かの感情からなのか。

(……ふん)

それを自分でも判断出来ずにいる事が、往人を少し不愉快にさせていた。
ここ最近、自分の思い通りにならない事ばかりだというのも、不愉快さに拍車をかけていたのかもしれない。

そんな往人の不機嫌な様子を、観鈴はなんとなく感じていた。
だから、ただ思うままに尋ねていた。

「往人さん、どうしたの? 元気ないみたいだけど」
「……最近、世間も含めて面倒事ばかりだからな。
 お陰様で客も少ないし、芸の受けも悪い。そりゃあ元気もなくなる」
「うん、今色々大変。
 特に大変なのはパーゼスト、だったかな」

その言葉に、往人の眉が微かに上がる。
虚空である時の祐一達との会話から、その単語が何を意味しているのかを思い出したからだ。
……今度はそれに気付く事無く、観鈴は話を続けた。

「知ってる?」
「……ああ、なんとなくな」
「人間を襲う化け物なんて、ホントにいるんだね。
 最初知った時はどうして仲良く出来ないんだろう、って思ったんだけど……」

そこで観鈴は顔を俯かせ、思い出していた。
テレビで報じられたパーゼストという存在の公式発表を。
同じ病室にいる美坂栞……その友人である所の相沢祐一や水瀬名雪から聞いた話を。

パーゼストの危険性。
苦しんでいる人々。
病院内でも、万が一を考えて非難経路の確認などが行われた。
父親である橘敬介も、十二分に気をつけるように、そしていざという時は自分を呼ぶように言っていた。

そうして思い出しながら、観鈴は視線を地面に向けたまま、言った。

「もう、たくさんの人が危ない目に遭ったり……殺されたりしてる。
 だから、仲良くして、なんて簡単に言えないよね」
「……そうだな。
 まあ、なんだ。お前も用心しとけよ」
「にはは、ありがと。
 でも、今の私じゃ用心しても上手く逃げられないね」

それは自嘲でもなんでもなく、ただ素直に事実を告げたもの。

ゆえに、往人は一瞬言葉に詰まった。
そして、少し迷った後同じ様に素直に感じた言葉を形にした。

「……元々逃げられなさそうだぞ。
 お前に鈍そうだからな、運動神経とか」
「が、がお」

その言葉を聞いた瞬間、往人の手が素早く動き、観鈴の頭を叩いた。

「いたっ……どうして、そういう事覚えてるかな」
「……ん。あ。そうだったな」

それはかつて晴子に仕込まれた『躾』。
がお、という口調が出たら『注意する』というもの。

「今のは体が覚えてたらしい」
「それって、ひどい」

涙目の自分を見上げる観鈴。
その表情は、別れた当時と変わらない。
だが、その身体は以前よりか細くなり、足さえまともに動かせなくなっている。
かつては、あれだけ元気だったというのに。

(……何を、考えている俺は)

『その思考』は余分なものの筈だ。

そんな事を気にするのなら、かつて観鈴と出会ったあの町で何かをしてやればよかった。
それを、いまさら。
大体、今の自分はそれどころじゃない………往人がそう考えた時だった。

「……!!?」

往人は『何か』を感じた。
そして、それに合わせて。

「……? 往人さん、何かズボンで光ってる……人形?」

そう。
往人が持っている人形……その中にある『刀鍵』が青い光を零していた。

「何か仕掛けたりしたの?」
「いや、これは……」
『……戦う時が来た』

弁明を試みる往人の脳裏に、『刀の声』が聞こえる。

『憑依体は我等が怨敵。人の宿敵。翼人の仇。
 ゆえに、汝は戦わねばならない。
 さあ、急げ』
(って、おい……今度何かあったら捨てるって言ったろうが)
『だから、無理強いで変形……変身させてはいない』
(屁理屈を言うな。
 俺は戦わない。大体他の奴だっているんだろうが……)

往人の脳裏に浮かぶのは、紫雲達『三人の仮面ライダー』。
彼らがいる以上、自分が無理をする意味はない……そう考えていたのだが。

『彼らは今、何かの理由でこの地を離れている』
(なに?!)
『戦う者が他にいないとは限らないが、汝が行かなければ手遅れになるやも知れぬ』
(……く……)
『それに……気になる事もある。
 そして、それは汝も無関係とは言えぬ。どうしてもと言うなら……』
(ち……分かった。分かったよ)

他に戦う者がいない。
犠牲者が出る可能性。
知らん振りはできるのだが……流石に後味が悪過ぎる。
それに。

「往人さん?」
「……っ」

不思議そうに自分を見上げる観鈴の視線を受け止めてしまうと……なんとなく行かなければならないような気になる。
勿論、彼女は今の自分の事情など知る由もない事は分かっているのだが。

「……おい、観鈴」
「?? 何かな。その光ってるのの仕掛けを教えてくれるの?」
「それはまた今度だ。
 ここから一人で帰れるか?」
「え? う、うん。時間はかかるけど何とかなると思う」
「そうか。
 悪いが俺は用事ができた。
 とりあえず病院に戻ってろ」
「え? え?」

そうして。
戸惑う観鈴に背中を向けて、往人は走り出した。

 





そして、現在。

「……悪いが。
 汝にコレを斬らせる訳にはいかん」
「……あなた。
 祐一たちが言ってた『四人目』か」

呟くイレイズのスカーレットエッジを、受け止める虚空の蒼い刀。

ソレは、虚空が変身の際に『使う』刀そのものだった。
それが巨大化し、人が扱う大きさに変換されて、其処に在った。

「汝の刀……どうやらカノンと名乗ったもののふが使っていたものと同じものだな。
 改めて見ると、中々に良い刀だ。
 剥き出しの波動も、善に満ちて心地良い。
 どうやら、汝は敵ではないようだ」

そう言って、虚空は強く自身の刃を押し出した。
そうする事で、スカーレットエッジが弾き押され、二人の距離が開く。

「退いてはもらえぬか。
 我は女子供を斬る刃は持ち合わせていないが……
 我の、いや我等が悲願の成就を妨げるならば、信念を曲げても斬らねばならなくなる」
「どういう事?
 ソレは……パーゼストの中から生まれ出たモノ」

光の塊が形を成した……輪郭しか持たない『翼を持った人間』の姿をした”カケラ”。
イレイズが指したソレはただ、静かに揺らめいていた。
 
「ヒトの害になる『パーゼストの名残』ではないの?」
「ソレは事実であり、違う。
 確かに名残なるものだが、それだけではない。
 これは……かつて憑依体に相対し、今も戦う『翼人』が憑依体に仕掛け、ヒトに託した抵抗と希望だ。
 ゆえに、これは我が回収する」

言って、虚空は刀を”カケラ”に優しく向けた。
すると”カケラ”は静かに頷いて、刀に手を伸ばした。

次の瞬間。
”カケラ”は渦を巻くように一点に纏まり……刀の中に吸収された。

「……?!」
「これで汝の言う名残は消滅した。
 そして、我も目的を達成した。
 ゆえに、敵対する理由はない。失礼する」
「……どういう事?」
「ん……」
「今まで私達が倒してきたパーゼストには、こんな事は起こらなかった。
 何故今になってこういう事が起こっているのか……説明して」
「時期が来たから、としか言い様が無い。
 いずれ嫌でも分かる時が来る。その時まで待たれよ。
 そして、その時はおそらく……」

虚空の姿が、霧か霞のように消えていく。
最後に『その言葉』だけを残して。
 
『……全てを巻き込んだ戦−いくさ−の時だ』
「……! 見失った」

最早此処には気配も何も無い。
ので、追跡を諦めたイレイズは鍵を廻し、変身を解除した。

「……何かが、始まる……?」

ポツリと呟いた推測の言葉。
舞には、自身で紡いだその言葉が『とてつもなく大きい現実』に思えてならなかった。




 




「どうやら、確かに目覚めつつあるようだね。
 まさか『こんな仕掛け』がしてあるとは」

レクイエムの施設内部のパーゼストプラントで『獅子』の少年が呟いた。
彼の感覚は、イレイズと虚空の対峙の中に起こっている事をぼんやりと捉えていたのだ。
”カケラ”が名残でもあったがゆえに。
……もっとも、あくまでぼんやり程度だが。

「さて。どうする?」
「放置するわけにはいくまい?」
「かといって、今の僕達が簡単に介入できる事態でもなさそうだ。
 ここは、事情を一番知っている『存在』に軽くちょっかいを掛けてみるとしよう。
 幸い、レクイエムの技術力なら『解析』できそうだしね」

そう言って不敵に笑うと、少年は意識した。
『存在』の近場にいる同胞にコンタクト、そして……命令を下す。

「っと、ここまでか」

虚空による”カケラ”の吸収に伴い、感覚が掴めなくなる。
だが、すでに命令は告げてある。

「とりあえずはこれで良し。
 これで暫く様子を見て、駄目なら僕達も出る事にしようか」










三人の『ライダー』と命がようやく辿り着いた場所、その扉の向こう。
其処で祐一達を待っていたのは、白い部屋だった。

大小のコードが縦横無尽に部屋中を駆け巡り、その先……部屋の中央には一つのパソコン。
そして、その前にちょこんと腰掛け、背中を向ける誰かの姿があった。

「待たせて済まない。ことみ君。
 ようやく連れて来たよ、三人の適格者、いや『仮面ライダー』を」

命の言葉に、誰かが振り向く。
その誰かは……女性、だった。
長い髪を左右それぞれに纏めた、童顔の女性。

「なんだ、このガキは?」

彼女の童顔に、この場所に相応しくなさげな容姿に、思わず浩平が呟く。
その言葉に対し、紫雲は深く溜息をついて、言った。

「失礼だよ、折原君。
 彼女がいなかったら今此処に僕達はいなかったかもしれないのに」
「なに?」
「彼女は一ノ瀬ことみ……そう言えば君には分かるだろ」
「うぇっ?! コイツがか?!!」
「え? 誰だれ??」

一人よく分からないでいる祐一……その顔を見て、ニヤリ、と笑みを零した命はことみに告げた。

「折角だし、自己紹介を頼もう、ことみ君。いいかな?」

命の言葉に、彼女は小さく頷き、口を開いた。

「一ノ瀬ことみ。
 平仮名三つでことみ。
 はじめましてのヒトははじめまして。
 よろしくお願いします……なの」
「えーと。はじめまして。相沢祐一だ」
「折原浩平。漢字四つで折原浩平。様をつけるように」
「……折原君、変な対抗をしないように。
 あー……久しぶり、一ノ瀬さん」
「紫雲君、お久しぶりなの」

それぞれにペコリペコリと頭を下げる彼女……一ノ瀬ことみを満足げに眺めてから、命は言った。

「よく出来ました。ことみ君。
 というわけで、彼女は一ノ瀬ことみ。
 ベルト関係の『現在』の開発主任だ。
 主にプログラム関連の担当で、ベルトの初期基本プログラムの半分を手掛けた」
「この子がそうなんですか?」

見た目は自身の恋人である名雪より幼そうなこの女性がベルト一式を開発している……そう言われても、祐一はいまいちピンとこなかった。

「見た目は確かに幼いがね……彼女の知識・頭脳は恐るべきものだよ。
 あと、身体の方は中々に大人だぞ」
「〜っ! 〜っ!」
「姉貴。可愛いからって一ノ瀬さんをからかうのはよせって。殴るぞ」
「ほう? できるかな、この似非フェミニスト」
「姉貴が望むのならな」
「おいおい、姉弟漫才は止めてくれ。 
 しかし……若いとは聞いてたけどなー」

浩平はレクイエムにいた時に、ファントムの情報を幾つか見せられた事があった。
その中にあったのが彼女の名前で、その年齢からなんとなく印象に残り記憶していたのだが……。

「こんなガキっぽいとは思ってもみなかったよ。
 もっと研究者らしく老けてるのかと思ってたぜ」
「ガキっぽさじゃ、君も良い勝負だと思うがね」
『確かに』

命の言葉に頷く紫雲と祐一。
思わず浩平は顔を引きつらせた。

「……お前ら、大概にしとかねーと殺すぞ」
「ははは。
 まあ、冗談はここまでにして。
 相沢君、折原君、ベルトの提出を頼む」
「OKです」
「草薙のはいいのかよ?」
「愚弟のは既にデータ収集と調整は済んでいるからな。
 反因子結晶体だけでいい」

そうして。
カノン・アームズのベルトと、それにエグザイルを含めた反因子結晶体がことみのパソコンの隣、何かの機材が置かれた机に並べられる。
そして、それらに命がコードを接続していくのを確認し、ことみが呟く。

「データ回収開始なの」

ことみのキーボード操作速度に合わせ、パソコンの画面が凄まじい速さでスクロールしていく。
様々な数値や、かろうじて素人目にもプログラム言語と分かるもの、意味の分からない『言語』が浮かび、ひたすら走っていく。

「ふむ。思いの他多くのデータを回収できたようだな。
 ことみ君、何か問題は?」
「アームズのベルトにプロテクトがあるけど、問題ないレベルなの。
 既に解凍して読み込んでるの」
「流石だな。その辺は君には敵わないよ。
 それで、とりあえずのデータ作業はどの位かかりそうかな?」
「とりあえず、なら30分で」
「そうか。……なら、それまで何か話でもするか」
「いいんですか? 何か手伝う事は……」
「ない。彼女の仕事は完璧だ。
 それに君達の『仕事』は調整が終わってからだからな。
 だから、ソレまでは待つといい」
「しかし、それだと暇だよな」
「だからこそ、暇潰しに話をするのさ。
 というわけで、この機会に何か訊きたい事話したい事あればどうぞ。
 ファントムの事でも、パーゼストの事でも、なんでもいいぞ」

そう言って、ニヤリと笑う命。
その様子に三人のライダーは顔を見合わせた。

「お前ら、何かあるか? 俺はねーが」
「僕も特に」
「……じゃあ、俺が訊きたい事を訊くけどいいか?」

祐一の言葉に、浩平と紫雲はそれぞれの頷き方で肯定の意を送る。
それに頷き返し、祐一は命に向き直った。

「じゃあ、質問いいですか?
 ずっと前から訊きたかった事なんですけど」
「ほう、なにかな?」
「結局……パーゼストって何なんですか?
 互いの敵対種とは聞いてますけど、いまいちピンとこなくて。
 そして、奴らの本当の目的は……なんなんですか?」
「それナイス。
 うむ、隙間を埋めるにはいい質問だ」

そう言うと、命はパソコンの隣においてあったコーヒー一式を準備し始めた。

「とりあえず、コーヒーでも飲みながら話すとしようか」



 
 





「……どういう事だ?」

病院の近くに戻ってきた往人は、変身を解除された後即座にその疑問を口にした。
その疑問は当然『刀』に向けられていた。

『……汝の疑問は、事前に語った”汝と無関係ではない”という事か?』
「それもある。
 だが、それ以上に……」

往人の脳裏にあったのは『翼を持ったヒトのカケラ』。
あれは、自分が捜し求めている……翼の少女、なのではないのか。
少なくとも、何か関係しているのではないか……そう往人は考えたのである。

翼の少女。
それは往人が自身の母から受け継いだ旅の目的。
空にいるというその少女を見つける事こそ、往人が旅をする理由だった。

『その通り。
 あのカケラは、汝が探す一族の末たる翼人の少女と無関係ではない。
 そして、彼女が空に消えた一件にも憑依体が絡んでいる』
「……何を言ってる?」
『ふむ? ……どうやら記憶と記録の伝承が完全ではないようだな。
 まあ、その辺りはいずれ何かの形で伝えるとしよう』
「……」

何処か余裕ぶった言葉遣い(『当人』にそのつもりはないだろうが)。
散々聞かされたソレに往人は苛立ちを覚え始めていた。

「……勿体ぶってないで今教えればいいだろ」
『今の汝が受け入れられるとは思えん』
「なに?」
『今の汝は戦う決意が完全ではない。ゆえに汝にはまだ……』
「……っ!」

戦う。
その言葉で、抑えてきた往人の感情が溢れた。

それは……怒り。

「いい加減に……しろっ」

荒く叫んだ往人は、手にした『刀』を地面に叩き付けた。
キンッ、と甲高い衝突音が響く。

「戦う決意だと?
 そんなもの、あるわけがないだろうが……全部無理矢理やらせやがって、何言いやがる……」
『……』
「言ったな? 今度何かあったら捨てるって。
 今が、その時だ」

そう言って、往人は憤りのまま『刀』を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた『刀』は弧を描き……往人の目の届かない所へと消えていった。

「……これでいいんだよな」

翼の少女の事はこれからも探せばいい。
生きている限り、方法はある。
逆に言えば『戦い』で死んでしまったら、何の意味も無い。

元々他人の事を考えている余裕なんか無い。
今までは我慢できたが、これ以上はもう無理だ。

だから、これでいい。

「……ふん」

本来の相方である人形の存在を確認して、往人は歩き出した。

(さて。
 折角病院に戻ってきた事だし、観鈴に飯でも奢ってもらうか)

元々そういう約束だったのだ。
今の気分を一掃するためにもまずは腹を膨らませよう。

そうして、往人は来た道を戻る形で病院の敷地内へと入っていく。
そこで、往人はソレを目にした。

「観鈴……?」
「あ、帰ってきた」

神尾観鈴。
彼女は其処にいた。
そう。先刻往人と別れたその場所に。

「お前、病室に帰ってたんじゃないのか?」
「んー……往人さん、ご飯食べるって言ってたから。
 待ってたら戻ってくると思った。
 そう考えて待ってたらやっぱり戻ってきた。にはは」
「いつになるかも分からないのに律儀に待ってたのか?」
「うん」
「…………ったく。そういう奴だったな、お前は」

溜息を交えたような、何処か呆れ気味の口調で往人は言った。

神尾観鈴がこういう少女だった事を、今こそ往人は思い出していた。
素直というか、純粋というか、子供というか……形容しがたいが、憎からず思える少女であった事を。

「?」
「なんでもない」

そのお陰か、沈んでいた気持ちが少しだけ持ち上がるのを往人は感じていた。
……捻くれ者の往人としては認めたくない気持ちではあるのだが。

「そういう事なら、早く飯を……」

食べに行こうぜ、と往人が言いかけた時だった。

往人は気付いた。
自身の後ろ……いや背後の空を凝視する、観鈴の異変に。
そして……嫌な、気配に。

「gyugyiguiugiguiugigi……!」
「な!?」

見上げた空から地面に降り立つのは鳥人・オウルパーゼスト。
『獅子』の少年から、『刀』の回収と持ち手の捕獲もしくは抹殺を命じられた存在。

「っ……!!?」

思わず息を呑む往人。
その嘴には……往人が捨てた『刀』が、薄く輝きを放ちながら咥えられていたからだ。

「も、もしかして……ぱ、パーゼスト……?」
「……ちっ!! 逃げるぞ!!」
「きゃっ!?」

言うやいなや、往人は車椅子から観鈴を抱え上げ駆け出した。
勿論、パーゼストから逃げる為に。
『疫病神』がどうなろうと知ったこっちゃない。

だが……。

「ygyigigiyiguui」

オウルパーゼストは翼を広げ、飛翔する。
そうして、いとも簡単に往人達の頭上を越え、彼らの前に立ち塞がった。

「iuhi」
「危ねっ!!」

かつての『ホークパーゼスト』のように翼を投擲し、攻撃するオウルパーゼスト。
その威力は『ホークパーゼスト』よりも格段に劣るが、人間相手であれば何の問題も無い。
反射的に観鈴を庇いながら回避しようとした往人の左足に、幾つかの羽が突き刺さる。

「ぐ!!」
「ゆ、往人さん!! わあっ!」

バランスを崩し、倒れる往人。
観鈴を抱えていた手も離れ、彼女ともどもコンクリートの硬い地面に倒れ伏す。

そんな二人にジワジワと歩み寄るオウルパーゼスト。
文字通り……絶体絶命だった。

「畜生……っ」

足の傷は、命に届かなくても浅くはない。
少なくとも、この状況で逃げられるほど浅くない。
ましてや他人の……観鈴の事を考えられるほどの余裕など、ある筈も無い。

「……っ!」

逃げる。逃げるしかない。
自分一人だけでも……

「往人さん、逃げて!!」
「なっ!?」
「私の事は考えなくていいから……! 早く逃げて……!」

地面に伏したままの観鈴の言葉。
それは渡りに船の筈だった。
これで迷いなく……

「逃げられるわけないだろがっ! 馬鹿野郎!!」

反射的なソレは思考を通さない、感情のままの叫び。

それゆえに、気付く。
自分は自分が思っているほど非情にはなれないし、観鈴を見捨てるなど出来はしない、と。

(く、っそ……!!)

なのに。
今の自分にはどうしようもない。

『刀』を捨てた時。
その意味が分からなかったわけじゃない。
万が一の時の自衛手段を捨てた事ぐらい理解していた。
それでも、自分一人ならどうとでもなる……そう考えたから捨てた。

だが、現実はこのザマだ。
自分自身さえ護れず、過信の結果観鈴さえ巻き込んでいる。

この状況を何とかする方法は……一つ。
その方法……オウルパーゼストが咥える『疫病神』の存在を往人は睨み付けた。

(……『力』が、欲しい……!!)

無様過ぎる。
自分から捨てておいて、勝手もいい所だ。

だが、それでも。
ここで死ぬより、ここで観鈴を死なせてしまうよりマシだ。

『刀』を取り返すしかない。
だが、そのために『刀の力』が必要だという矛盾。

ゆえに、結局は後の祭りでしか……

『そんな事は無い』
「……!!?」

往人の頭蓋に『刀』の声が響く。

『手を天に掲げよ。そして強く念じれば我は”行く”』
「な……!?」
『恥じる事は何も無い。
 汝の考えは間違ってはいない。
 ヒトにはそれぞれの思いがあって然り。
 死にたくないと思うのも当然だ。
 ゆえに、我を拒絶する事そのものに間違いは無い。
 事が終わった後、再び我を捨てても、我は汝を責めはしない。
 我は我でなんとかする』
「……」
『だが、今は我を呼べ。
 護るべき者を、ただ護る為に!!』

『刀』の言葉。
それは往人の『迷い』を掻き消した。
戦う事への迷い。
護る事への迷いを。

少なくとも、この瞬間においては……!!

「ち……偉そうに言いやがって。
 だが、しょうがないな。戦ってやる。護ってやる。
 だから……来るなら、来やがれ!!」

吼えた往人は空に向けて手を伸ばした。
その手の中に……青い輝きと共に『刀鍵』が現れる……!!

「hhuuhuh?!」

突然自身の咥えていた物が消失した事に戸惑うパーゼスト。
その混乱は往人にとってどうでもいいものでしかなかった。

「でもな、言っとくぞ刀野郎……今戦うのは『お前』じゃない……」
「往人、さん……?」

片足を引きずるようにしながらも、往人は立ち上がり……観鈴を護るようにオウルパーゼストの前に立った。
そして、己が意志のままに言葉を紡ぐ。

「『俺』が、戦うんだ……!!」

それは、あまりに情けない自分なりの意志。
力を借りても、今戦う意志と戦うのは自分だと、国崎往人はただ宣言する……!!

「……変、身……!!」

叫びと共に、躊躇い無く『刀』を腹部に突き刺す。
刹那、蒼い閃光が往人を覆い……戦う姿へと変化させる。

そう。
仮面ライダー虚空へと。

「……ったく、面倒かけさせやがって……」

閃光が収まった後。
鎧武者が仮面の奥から零した言葉は、パーゼストに向けたもの。
そして”もののふ”は、往人の意識を持って、方向はそのままに拳を突き出して、確かに告げた。

「このツケ、きっちり払ってもらう……!」





……続く。




次回予告。


初めて己が意思で戦い始める往人。
しかし、その前に強大な敵が立ち塞がる。
強者を前に、往人は何処まで意志を貫く事が出来るのか……?

「腹が立つ事この上ないが……もう、進むしかないな」

乞うご期待、はご自由に!!





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