第二十五話 目覚めていくモノ〜An organization Part〜











”そこ”は、何処とも知れない闇。
いつもと同じ様に、その闇の中で会話が交わされていた。

『……報告を』
「は。ではまず……」
「報告ねぇ」

跪き、報告しようとする黒いフードを被った男の言葉が遮られる。
男の隣に立つ、少年によって。

「折原浩平君が裏切った事以外には特にないんじゃない?
 君的にはどうなの?」

協力関係を結んで以来タメ口な『獅子の姿』を持つ少年は、闇の向こうに言った。
ソレに対し、何処からともなく返事が聞こえてくる。

『想定内だ。問題ない。
 あのベルト……折原浩平がアームズと呼ぶ力のデータは、ほぼ取得した』
 
(……それに)

『闇』に潜む”存在”と跪く男は、内心で呟く。

(それに、ファントムには『プログラムKEY』を作っておいて貰わねばならないからな)

レクイエムが『パーゼスト研究』に力を注いでいる現在、その方が都合がいい……レクイエムはそう考えていた。

「……ふむ。なんか色々考えてるみたいだね」
「……それはともかく、折原の処置はどうしましょうか?」
『今は放って置け。
 いずれ然るべき時が来たら、動いてもらう。嫌でもな。
 その時の為にも、今は連中と行動を共にさせておくべきだろう。
 疑念を抱く連中には、上手い事言って宥めて置いてくれ』
「は」
『それと、折原浩平の”繋がり”は掌握しているか?』
「はい。
 母親は既に。アレも勿論準備済みです。
 そして”彼女”や彼の親しい友人達についてですが……現在ファントムの警護を受けているようです」
『流石に向こうも理解しているようだな。
 まあ、こちらにしてみれば”一人”を確保できればいい訳だが……そちらは任せる』
「了解しました。
 時機を見て、動きましょう。
 次にパーゼストの量産計画ですが、順調に第三レベルをクリアしました」
「それについては感謝するよ。
 お陰様で、僕達の戦力が苦も無く増強されてる。 
 まあ、もっとも……君達の『プログラム』とやらが仕込まれてるから何処まで僕らが操れるか心配だけどね」

クスクス、と笑う少年。

『心配は要るまい。
 そもそもパーゼストはより高位な存在に従う。
 君達にしても、より上位の……”王”そして”神”とやらに従うのだろう?』
「……流石に耳が早いね。情報源は何処からかな?」
『人間の中には、君達の存在に気付いているモノが昔からいる……それだけのことだ。
 そして、日本国外では”動き出している”らしいな。
 もしかしたら日本でも既に”動き出している”かもしれないがな」
 
(……やるなぁ。きっちりこちらの動きも把握されてるとは)

少年は内心で呟く。
どうやら一方的に利用して終わりというわけにはいきそうにないようだ。

「ふふふ、さあね?
 互いに切り札は見せないほうがスリリングでしょ」
『その点は同意しよう。
 それと……強化体の製作はどうなっている?』
「はい、問題がなければ実験に移る予定です」
『そうか……現状はこんな所だな。ご苦労だった』
「は。全ては、我らレクイエムの為に」
「まあ、僕らは適当に」

会話が終わる。
そうする事で、闇は静寂の中、真の闇に戻った。

闇の中にたゆたう『彼ら』が、かろうじて光射す場所に現れるのは……もう少し先の話である。











東京から離れたとある場所。
一見すると普通の山中だが、そこには幾重にも結界や監視防衛システムが施されている。

其処に足を踏み入れると、普通の人間なら散々迷った末に『誤認させられる』か、元来た場所に誘導される。
普通でなくても殆どの場合迷いに迷い、帰らされてしまうのがオチだ。

そんな木々が生い茂る場所を『特殊な方法』で進むと、岩肌の中に木製の扉が付けられた場所に辿り着く。
ソレをくぐり、さらに『奥』に進むと……SF映画に出てきそうな扉に到達する。

そこが『彼ら』の目的地だった。

「凄いな、山ん中にこんなん作ってるなんて。
 折原は驚かないのか?」
「ふふん、俺は二度目だからな。
 それにレクイエムには似た施設が幾つかあったしな」

祐一の言葉に、浩平が何処か自慢げに答える。
そのやりとりに微かな呆れの視線を送った後、紫雲はその扉の前に歩いていく。
紫雲の身体には一部まだ包帯が巻かれていたが、行動や戦闘に支障にはないようで、その動きには淀みはなかった。

瞬間的な網膜パターン認識によるチェック、監視による人間の確認。
それにより、目の前の扉は開く。

パシュッと軽い音を立てて扉が開くと、病院に似た白い空間と通路が続いていた。
その空間に、三人……相沢祐一、折原浩平、草薙紫雲、つまりベルトの所持者達が足を踏み入れた。

三つのベルト、三つの反因子結晶体。
ソレが揃った今、進めたい……進めなければならない計画がある。

そして、それは文字通り人類の切り札、勝利の鍵となるもの。

ゆえに。その計画の為に、彼らは此処に呼ばれたのだ。

「……草薙紫雲。ただいま、戻りました」
「相沢祐一、お邪魔するぞ」
「折原浩平、右に同じく」

中に入った三人がそれぞれの言葉を呟くと、扉の向こうに立っていた女性の一人……草薙命が言った。

「ようこそ、ライダーシステム所持者諸君。
 我らがファントムの研究施設に」
「長旅お疲れ様ー」
「ようこそ、三人とも」

命の後に言葉を続けたのは、このファントム施設の生活面サポートメンバーである川名みさきと深山雪見。
……紫雲と浩平が来るという話を聞いて、ここにやってきたのである。

「……えーと、どちら様で?」
「あ、君が相沢祐一君だね。
 はじめまして、川名みさきです。
 ここでファントムの皆さんの生活サポートしてます」
「同じく、深山雪見よ。宜しくね」
「相沢祐一……です。よろしく」
「言っとくが、眼が見えてないからって先輩を侮るなよ。
 こう見えても先輩は武術の達人だ。眼が見えて無くても恐ろしく強い」
「ま、マジか?」
「無論、嘘だ」
「……なんで、そんな自慢げに嘘をつくかな浩平君は……」
「……うーん」
「どうしたの、草薙君。神妙な顔して」
「あ、いや。
 ここにこの三人で来る事になるなんて考えてなかったから、なんだか不思議で」

雪見の問いに、三人の漫才を眺めていた紫雲は頬を掻いた。

以前美凪と共に訪れた時は、祐一はここの存在さえよく知らず、浩平に至っては半ばスパイで潜り込もうとしていた。
紫雲自身、自分の肉体の行き先を不安に覚え、後何度此処を訪れられるのか、内心で考えていたりした。

あの状況を思うと……今、ここにこうしてライダー三人が来ているのは、ある意味奇蹟的ではないかと紫雲は思えたのだ。
その様子に、浩平はさもありなんとばかりに頷く。

「ま、そりゃ俺だってそうだ。
 お前らとは何度かやりあったわけだしな。
 人生は不思議なもん……いたたたっ!」
「……って事は、前にここに来た時は私達に嘘をついてたのかな?」

にこにこ笑いながら、浩平の頬を引っ張るみさき。
慌てて浩平は弁明の声を上げた。

「い、いや待て先輩っ! 
 嘘も何も俺は何も聞かれてなかったし……いたたたたたっ!!」
「でもそういう事話してくれないと皆が困るよね?」
「顔がっ、顔が餅の様にぃぃっ!!」

そうして、限界ギリギリまで顔を引っ張った後、みさきは手を離して言った。
とても優しい声音で。

「……大事な事は、友達にも話して、相談して欲しいよ。
 浩平君にとって瑞佳ちゃんが一番大事で、その為に必死なのは分かるけど、ね」
「みさきの言う通りよ。私もそう思うし、七瀬さんたちも同じ事を思ってた筈よ。
 連絡さえしてくれれば、相談くらい乗れる。
 それだけでしかないかもしれないけど、極端な行動を取る前にせめてそうしてくれないかしら」

みさき達は命から事の次第を聞いていた。
だからこそ、二人は浩平にそんな言葉を掛けた……いや、掛けたくてたまらなかったのだ。
彼女達にとって浩平は大切な友人であり、後輩なのだから。

そんな二人の言葉に、気まずげに顔を背けた浩平はポツリと言った。

「…………色々黙ってたのは、謝る。悪かったよ」
「じゃあ、今度からは相談してくれる?」
「あ、いやぁ……それはまた別問題という事で……状況によって喋れない事も、っていたたたたたっ!!」

そうして迂闊な返事をしたばかりに、浩平の頬は数分間伸びっ放しとなった。
勿論、誰もそれを止めなかった。

「……くっそ……なんで俺が……」
『自業自得だろ』
 
浩平のぼやきに、祐一と紫雲の突っ込みがハモる。
それを見て、くっくっく、と苦笑を浮かべながら、命は言った。

「さて。
 君達に『協力』してもらう前に……少しそこらを案内しよう。
 相沢君や折原君に見せておきたいものがあるんでな」
「それはいいが……いいのか、向こうは?」

赤くなった頬を擦りながら、浩平が尋ねた。

「心配は要らないさ。
 君との契約通り、彼女を始めとする君の友人には常にガードを付けている。
 付け加えるなら長森さんには……」
「ソレは当然だ。
 だが、そうじゃない。ベルトを持つ三人とも出張ってきてるんだぞ?」
「……ふむ。君がそっちの心配をしてくれるとはね」
「あのな、アンタ俺を何だと思ってるんだよ」
「長森瑞佳嬢絶対主義者」
「長森さん至上主義者」
「はぐれライダー長森純情派で、他は眼中無し」

浩平のぼやきにも似た呟きに、命、紫雲、祐一が答え、みさきと雪見はウンウンと頷いていた。

「お、お前ら……」
「まあ、冗談はさておきだ。
 憑依体対策班は、高位パーゼストとの遭遇戦を経てより錬度を増した。
 数日程度で並みのパーゼストなら、そうそう遅れは取るまい。
 それに、念の為に今回だけの緊急措置もしてあるからな」
「…………気は進まないけどね」

何処か不満げな表情を浮かべる紫雲。

「草薙がそう言う……って事は……」
「推測通りだと思うよ。
 こればかりは人材が廻せないから、やむをえない事ではあるんだけどね」

紫雲はそう言うと、フン、と息を零した。

「でもベルトは、ここに三つあるぞ?
 確かに、アレは頼まれたから返したけど……」
「その点も含めて、君達に見せたいものがあるのさ。
 じゃあ、付いて来てくれ。
 ……そうそう、みさきくん達は昼食の準備を頼む」
「はい、任せてください」
「あれ? 先輩達も一緒じゃないのかよ」

命とみさきのやりとりに、浩平は首を捻る。
その疑問に答えるべく、雪見が口を開いた。

「……残念だけど、私達だと入れないのよ。資格がないから」
「まあ、私権限で彼女達も入れないでもないんだが……無闇やたらに職権を濫用するわけにもいかないんでね」

(……先日事後処理に使いまくった後だとなおさらだしな)

そう内心で呟く命。

実は『折原浩平をファントムに引き込む』のには、さしもの秋子、命も大苦戦したのだ。

ベルトは本来ファントム開発のモノ。
ソレを奪って使っていた輩に媚び諂う様な真似を何故しなければならないのか、とファントムの各部署から不満が上がっていたりしたのだ。  

各部署の説得や事情の説明、その他に費やされた様々なものには、彼女達の職権濫用もあった。
本来そういうものを忌み嫌う彼女達だからこそ”今回だけは”で押し通せたのだ。

ので、こういう些細な事での職権濫用は暫し出来ないだろう……命はそう考えていた。

「悪いが、今回は勘弁してくれ」
「…………悪いな、先輩」
「? なんで浩平君が謝るの?」
「いいじゃないかよ。まあ、謝罪だけ受け取っといてくれや」

瞬間、浩平と命の視線が交錯する。
その際、浩平が微かな笑みを浮かべたのに、命もニヤリと笑い返した。

「……中々に察しがいいな」
「まあ、精神戦はレクイエムで鍛えられたもんでね。
 ともかく、せっかくなんだ。
 見せたいものとやらを見せてくれよ。先輩達の分までキッチリ見たいしな」
「了解した。じゃあ、案内しよう」

改めてそう告げた命は、三人を先導する形で施設の奥へと歩き始めた。







所変わって、東京。
東京の名所の一つとして、日本人で知らない者はいないであろう東京タワー……その展望室。

其処から街を眺めていた女性の横に一人の男性が立つ。

「いよいよ始まるか。『プログラムKEY』」
「はい」

男の言葉に、ファントムの責任者たる水瀬秋子は静かに頷いた。

「反因子結晶体の力を応用した、真の意味でのアンチパーゼストプログラム。
 その効果は圧倒的だと聞くが……」
「貴方もご存知でしょう。
 ライダーシステム一つのみでも個としての平均的なパーゼストなら圧倒出来ます。
 それを束ねれば……高位パーゼストさえ打倒し、種としてのパーゼストさえも脅かす事が可能になります。
 ……今回予定されているのは、その為の調整と実験です」
「その為とはいえ、ライダーシステムを一時的に東京から離れさせるのは痛いんじゃないか?
 憑依体対策班も錬度が上がっているとは言え、先日の高位パーゼストの圧倒的な力を見せられると尚更な」
「その点については……」
「ああ、分かっている。分かっているんだが……ついな。済まない。
 今日東京を発たなければならないから、不安になってしまった」
「いえ、他ならない貴方の不安です。用心しておきます」
「……そうしていてくれ」

男は苦笑を漏らしながら、窓の外に広がる街並を眺めた。

「……この一見すると平和な『街』でパーゼストは活動している。
 多くの人間の命を奪いながら。
 そして、それは大きく世界に広がりつつある」

言葉こそ静かだが……男の目には強い熱が宿っていた。
人の命を踏みにじるものへの、正しい怒りが。

「そうですね。最早戦いは世界規模になりつつあります。
 そして、私達の状況は極めて不利でしょう。
 世界規模で活動するレクイエムがパーゼストに協力している以上は」
「だが……ソレを理由に俺達が敗れれば、過酷な未来を若者のみならず、幼い子供達にも押し付ける事になるだろう。
 そうならない、そうさせない為にも、我々は我々のやるべき事をやろう」
「はい。
 ……皆さんにも宜しくお伝えください。そして、どうかご無事で」
「ああ。水瀬さん、貴女もご無事で」
「ありがとうございます……本郷さん」

本郷と呼ばれた男は、深く頷くと秋子から離れ、去っていった。
……彼にとっての戦場へと向かう為に。










その頃、祐一達の通う大学の学食で『彼ら』ゆかりの人々が顔を付き合わせていた。

面子としては、長森瑞佳、七瀬留美、水瀬名雪、遠野美凪の四名。
話題は……この所自分達の周りで起こっている事について。

「ふーん……そんな事がね」
「そっか……」
「……びっくり」

瑞佳の口から先日起こった事……浩平の事……について聞いた三人は各々の反応を返した。

「あの馬鹿が草薙や相沢を呼び出そうとしたのはそれでか。
 それで、折原とはちゃんと話したの?」
「うん、今までの事を怒ったり、謝ったり、悲しんだり……色々したよ」
「ふーむ。それで反省するような奴ならいいんだけどねぇ……」

高校時代からの付き合いで浩平の事をある程度把握している留美としては不安だった。
そうそう簡単に彼の性根が変わるのなら、自分はもっと楽に友達付き合いが出来ていたはずだから。

……というか、あの性根と性格の悪さに辛酸を舐めさせられてばかりなのを思い出してゲンナリしたり。

「……留美さん、どうかしたんですか?」
「なんでもないわ……
 ところで、あたし今思ったんだけど……ライダー連中って、なんか頑固な奴ばっかりじゃない?」
「うーん……頑固というか、皆一生懸命なだけだと思うけど」
「いえ、水瀬さん、頑固というのもあながち否定できないかと。
 紫雲さんの頑固っぷりは恐ろしいものがありますから」
「浩平も頑固かなぁ、割と」
「…………うう、やっぱり祐一もそうかも……」





『へっきしッ!! へっくしゅっ!』
「おや、三人とも同時にくしゃみとは。しかも二回連続で」
「一回目のくしゃみがいい噂、二回目のくしゃみが悪い噂、三回目は風邪、だったかな」
「草薙……それ正しいのか?」





「……今頃くしゃみしてたり?」
「あはは」
「しかし……今、三人ともいないんでしょ? 大丈夫なのかしら」
「その点は……抜かりはないようです」

そう呟くと、美凪はチラリと視線を窓の外に送った。

「……? 美凪、なんか外にあるの?」
「”ある”というより”居る”ですが……あまり意識なさらないほうが宜しいかと。
 逆に仕事をやり辛くするかも知れませんし」

紫雲の一件から親しくなり、互いを名前で呼び合うようになっていた留美の言葉にそう答えた美凪は、昼食の箸を静かに進めていった。










「……気付かれてる?」

ポツリ、と川澄舞が呟く。
美凪の視線が送られた先にいたのは、彼女だったのだ。

「……憑依されかけたからか」

遠野美凪は以前パーゼストに憑依され掛けた事があるという。
人を越えた鋭敏な感覚はそれゆえに目覚めた力らしいとは命や紫雲から聞いていたが。

「祐一より、素質あるかも」

気配を出来得る限り絶っている自分に気付いた事に、舞は僅かながら驚いていた。

そんな彼女が、何故此処にいるのか。
それは、上の……命や秋子の命令(というより頼み)によるものだった。

そう。
浩平の裏切りの余波でレクイエムに狙われる可能性が高いであろう瑞佳の護衛をしているのである。

『まあ、レクイエムの事だからプログラムKEYの完成までは手出しはしないだろうがね』

と、命は言っていたし、舞自身そう思うのだが、可能性の大小で放棄できる事でない以上、彼女は真面目にこの任務についていた。
……もっとも。彼女にはもう一つ別の任務があるので、交代制でだが。

「……それにしても、お腹が空いた」

待機中のファントムメンバーに菓子パンでも買ってきてもらおうか……そんな事を考えながら、舞は瑞佳の周辺に気を払っていた。










「ここだ」

ファントム施設内を歩く事数十分。
出入り口同様の認証方法、プラスカードキーチェックを経て、命を先頭とした面子はその室内に入っていった。

「……!! これは……」

大学の大教室ほどの広さの空間。
その左右には小さな水槽のようなものが数十、否、百数十ほど並び、積み重ねられていた。
左側の水槽の中には『鍵』が、右側の水槽の中には『ベルト』が、ポコポコと僅かな気泡を上げながら、それぞれの水槽の一つ一つに存在していた。

「擬似反因子結晶体と、ベルトか」
「その通りだ」

浩平の言葉に、命は鷹揚に頷いて見せた。

「折原君はこれからの事を心配していたが……我々ファントムも手をこまねいているわけじゃない。
 現在君達のデータを元にライダーシステムの量産に着手している。
 まだまだ不完全な部分もあるがね」
「……まあ、これでもまだ足りないとは思うけどな」
「ふむ。その辺りは今度じっくり尋問しようかな?」
「ゲ」

浩平と命がそんなやりとりをする中、祐一はある事に気付いた。

「なあ、命さん」
「む、なにかな?」
「ここと向こうの水槽は空いてるみたいけど……どうしてなんです?」
「ああ、それは今テストも兼ねて使用中だからだよ。『彼女』が持ってる」
「なるほど。
 ……性能的にはどうなんです?」
「レクイエムのものと違って、安定性を重視した擬似結晶体だからな。
 出力自体は大した事はない。まあ、それも並程度が相手なら使い手次第で十分に埋められるだろう。
 ……さて」

腕時計に視線を落とした命は、時刻を確認し、言った。

「そろそろ面会の……休憩の時間だな。
 今日本来の目的はさらにこの奥だ」

そうして、奥への道を促し、彼らは再び歩き出した。















それは……何処かに居る『誰か』の意識。
 
『育っている』

『育っている』

『自分を目覚めさせる為だけの力が、害悪なる力として育ち、生まれようとしている』

『増えていこうと、している?』

『殺す? 潰す? 滅ぼす?』

『いや。とりあえず。様子を見よう』

『我の、我等の更なる進化の為に』

それは、未だ揺り籠の中に居る……真なる敵の意識。














「……パーゼスト」

自分の中を走った感覚を受けて、舞は眼を見開いた。
そして、その瞬間、彼女は『自分のすぐ近くの気配』を察した。

「川澄さん。こちらでもパーゼストを確認しました。
 護衛任務は引継ぎ致します」

ごく普通の学生に紛れる様に通りかかった青年が、そんな声を掛ける。
舞はそれに首を縦に振った。

「……お願い」
「任務は、問題無く全うします。
 既に他のメンバーも彼女のガードに入っています。
 川澄さんは早くパーゼストを」
「分かった」

言葉だけで頷いた舞は、最後に一度だけ瑞佳を……というよりその場に居た瑞佳達を一瞥して駆け出した。










「……どうだった報告は?」
「収穫は、あったか?」

レクイエムの施設内部のパーゼストプラント。
そこはハイ・パーゼスト達がプラントに余計な真似をしないよう、レクイエムの監視も兼ねて通常過ごす場所。
そんな場所に戻ってきた同格……『獅子』の少年に、銀髪の男とスーツを着た男が話しかけた。

「今日は『見て』なかったのかな?」
「こちらの調整具合に集中していたのでな」
「……まあ、色々有意義だったよ。
 どうやら中々面白い事になりそ……」

その言葉の途中。
少年は、突然頭を走った微かな感覚に顔を歪めた。

「どうし……む」
「これは」

その場に居た他の二体も同様に表情を歪める。

「ふ。ははははははっはっははっはははははっ!
 どうやらお目覚めになりつつあるようだね。”こっち”も」

少年は歪んだ笑みを隠すようにしながら、なお笑った。
それは、楽しくて楽しくてたまらない……そんな声音だった。










「や、やめ……た、たた、助け……ぎゃあああああっ!!」

満足な助けを呼ぶ事も出来ず、最後の叫びだけしか形に出来ず、その男性は息絶えた。
男性の胸を貫いていた自身の腕を引き抜いたリザードパーゼストは、さらなる獲物を求めて視線を辺り……マンションや家が並ぶ、住宅街の一角に彷徨わせた。

人々が逃げ惑う中、その視線が新たな獲物を捉え掛けたその時……一台の紺色のバイクが、パーゼストの背後から現れ、リザードパーゼストを轢き飛ばした。

「ggyuy!!」

ダメージを受けながらも空中で身を翻し、着地するリザードパーゼストが捉えたのは、メットを外しバイクから降り立つ一人の女性……川澄舞。
そして、その腰には……カノン、エグザイル、アームズと同型のベルトが巻かれていた。

「……変身」

呟きながら、薄い紫色の石……擬似反因子結晶体をベルトに差し込み、廻す。
次の瞬間……淡い紫の閃光が舞の身体を包み込み……『その姿』を形成した。

二本の触覚に、紫色の双眸。
一枚のマフラー(の形をした別のモノ)が肩の突起物からたなびいている。

それは紫雲に与えられた擬似反因子結晶体のデータを元に調整された『量産型に至らない量産型』。
ある意味完成してはいるが、制式採用にはならないプロトタイプ。
『消え去る』事が決められていた筈のシステム。

仮面ライダー……イレイズ。

「ggbbbjjj!!!」

眼前の存在が、自身を否定するものである事を理解したリザードパーゼストは、叫びと共にイレイズに襲い掛かる。
だが。

「……遅い」

イレイズはその攻撃を完全に見切り、回避していく。

そんな攻撃と攻撃の隙間の中、彼女はソレを取り出した。
一時的に相沢祐一に貸し出し、先日返却してもらったモノを。

「gyyyyyughuuug!!!」

紫の閃光が、通り過ぎる。
その閃光は……刃の形をしていた。

スカーレットエッジ。
生体エネルギーをチャージ・収束し、閃光の剣と成す武装。
本来はカノンの武装だが、実はエグザイルやアームズも使用可能なのである。
そして……それらの量産型であるイレイズもまた、出力的に低いものの使用は可能だった。

そんな刃の閃光は、形通りの鋭利さを持ってリザードパーゼストの両腕を斬り落とした。

「……決める」

痛みに喘ぎながらも逃走すべく背を向けたリザードパーゼストに、イレイズは宣言した。
その宣言を形作るよう、刃の輝きが増し……最大限まで昂じた瞬間。

「ざ……せいっ!!!」

一足飛び。
そして、振り落とされた大上段の一撃は、リザードパーゼストを脳天から真っ二つにし、消滅させた。

「……任務完了」

そうして。
散っていく光の粉を背に、イレイズが変身を解除しようとした、その時だった。

「…………………!!」

ただならぬ『何か』を感じ、イレイズは振り返った。

すると、其処では。
散った光の粉が何かの形を、形にならない何かを取り始めていた。

「……再生……? いや、違う」

それは、再生とは違う。
パーゼストでありながら、何か違うものだった。

ただ、いずれにせよ。
それは何の脅威にもならないだろう。
ぼんやりとした、微弱な気配の塊……その筈だ。
言うなれば、魂の一カケラでしかない……そう舞は感じていた。

「……っ」

なのに。
イレイズは息を呑んでいた。
その、光の塊が形を成した……輪郭しか持たない『翼を持った人間』の姿を見ただけで、魂の震えを押えられなかった。

「…………何者?」
『……』

”カケラ”は答えない。
ただ無言で、イレイズを見据えていた。

「…………はあああっ!」

このままでは埒が明かない……そう判断したイレイズは、刃を一閃させる。

だが。
それは”カケラ”には到達しなかった。

何処からとも無く現れた、ソレによって阻まれていた。

「……悪いが。
 汝にコレを斬らせる訳にはいかん」

仮面ライダー虚空。
その名前を名乗る、謎の存在が生み出した青い刀によって。








……続く。






次回予告。

観鈴と再会した往人は、自身の運命と向き合いはじめる。
しかし、それは彼を過酷な運命へと自らの足で歩ませていく事となる。

そう。
『仮面ライダー』の運命に。

「お前じゃない。
 俺が、戦うんだ」

乞うご期待、はご自由に!!





第二十六話はもうしばらくお待ちください