一夜、明けて。

「ひどいな、こりゃ」

それは、現場検証の為に訪れた憑依体対策班の一人が漏らした言葉。
早朝の港の惨状を見て、彼はそう言わざるを得なかった。

対策班の分析面に携わる彼は、公私共に何度もこの場所を訪れた事がある。
だが、今はその面影が無くなっている……とまでは言わないにせよ、一見しただけでは同じ場所とは言えないほどに変わってしまっている。

居並ぶ倉庫には、壁や屋根に高熱で溶けた穴が幾つも空いていて、一番離れた倉庫以外に損害を免れたものは無い。
停泊中の船には全焼したものも少なくなかった。
辺りには、ただ……圧倒的な破壊の跡。
それを嘆くように付近を飛ぶ、海鳥の声が空しく響いていた。

「……これが、パーゼストの仕業だってのかよ」
「冗談ごとじゃないよな、こりゃ。
 信じられるか?
 これをたった一匹の化物が殆ど一瞬でやったなんて」

それは、黙々と作業を進めている対策班の人間の殆どが抱いていた。

「……そんな化物に、俺達は勝てるのか、本当に」

そして、その言葉は『俺達』を『人間』に置き換えても、なんら違和感が無かった事に、彼らはまるで気付いていなかった。











第二十四話 未知なりし道











所変わって……都内の大学病院、その診察室の一つ。

「やれやれ」

カルテを書き終えた草薙命は、ボールペンでこめかみを掻く。
そうしながら、座っていた椅子をクルリと回転させて、其処に居並ぶ面々に向き直った。

相沢祐一、折原浩平、水瀬秋子。
その内の祐一と浩平は所々に包帯を巻いていたり、ガーゼが貼り付けたりしている。

そんな一同を見渡して、命は言った。

「待たせて済まないな。
 便宜を図ってもらっているとは言え、こちらの仕事もこなさなきゃならないんでね」
「いえ、名雪に電話する時間もあったんでいいんですけど……
 命さん、医者の仕事もやってたんですね」
「ん? まあな」

祐一の言葉に、命は苦笑を零した。

「着ている白衣は伊達じゃないつもりだよ。
 というか、本来はこちらが私の本業なんだがね。
 今は不本意ながら、我が草薙家の宿命に従っているといった所か」
「草薙家の、宿命?」
「その辺りは今度じっくり話すとしようか。
 所で、久しぶりだな」

浩平の方に視線を向けて、命は笑みを浮かべた。
彼が其処にいる事が、当たり前であるかのように。
ソレを受けた浩平は、ニヤリ、と笑い返した。

「……そうなるかな。
 しかし、アンタ、いいのかよ」

浩平の言葉は、半ばから秋子に向けたものになっていた。

「俺はレクイエムに所属してたんだぜ?
 今だって、裏切った振りをしてる可能性だってある。
 いくらあのお人好しが頼んだからって、あっさりこっち側に引き入れるのは正直どうかって思うがな」
「……それに関しては、俺も同感です」

祐一はそう言って、不満ともつかない表情を浮かべた。

「別に反対するつもりはないですし、折原を信用したくないわけじゃないですけど……」
 
浩平を信頼する信頼しないの問題じゃない。
それは組織としての形の問題であり、当然の疑念だった。

そんな二人に対し、秋子は答えた。

「そうですね。
 折原浩平さん……貴方は私達ファントムとの直接交戦こそありませんでしたが、
 レクイエムに組し、紫雲さんと幾度となく戦い、私達の施設に敵を招き寄せた事もあると伺っています」
「ああ、そのとおりだな」

否定の余地無しだ、と浩平。

「それらから考えて、紫雲さんの考えは確かに甘いと言わざるを得ません。
 その考えに同調する事は更に甘いのかもしれません」
「…」
「ですが。
 貴方はあの瞬間だけでも一緒に戦い……一人の女性を護る為に命を賭けました。
 私は、その想いを信じます。
 その想いこそが、私達ファントムの……いえ、正しきヒトの基盤である限り」
「だからあの時、俺を放置してアイツを攻撃目標にしたのか?」
「はい。あの状況は貴方を敵とする理由がありませんでしたから」
「……ふーん。
 かのファントムのトップってどんな人かと思ってたんだが、随分甘いんだな」
「ソレを引き入れられたアンタが言うか、普通」

浩平の言い草に、祐一は思わず呆れ顔で突っ込んだ。

「感想を言ったまでだろ。他意はねーよ。
 それより命センセ。瑞佳の検査がどうなってるか知らないか?」
「問題ないと聞いている。
 というか、元より彼女は君が庇った事もあって無傷だったからな。
 検査したのも一応程度でしかなかったのは君も承知だろう」
「そっか」

命の言葉に、浩平は安堵の表情を浮かべる。
そんな浩平に命は苦笑顔で言った。

「これは、女としての忠告だが。
 心配されるのは嬉しいと思うが……行き過ぎると、疎まれるぞ」
「ほっといてくれ。
 というか、それはアンタ位性格が太い女だけだ」
「ふむ。そうかな?
 まあ、その辺りは個人差もあるか。
 ……しかし、なんにせよ君らは軽傷でよかったな」

そう言うと、命は微かに苦い表情を見せつつ、息を吐いた。

「死者こそ出てはいないが、重軽傷者多数……先が思いやられるよ」

ちなみに命の語る負傷者には彼女の弟も含まれている。
その事は、この場の全員にとっては周知の事実だった。

「まあ、段階を安定させた高位パーゼストが相手だったと考えれば、奇蹟的かも知れんがな。
 秋子がフォローしてくれたんだろう?」
「いいえ。今回、私は何も出来なかったわ。
 祐一さんや紫雲さん、浩平さん……それに、あの『遺産』の戦士のおかげよ」

秋子の言葉に、祐一は昨夜の事を脳裏に浮かべた。








あの瞬間。

『さて。
 じゃあ、挨拶代わりに一つ、僕の力を見せてあげよう』

フワリ、と空に舞い上がるキマイラパーゼスト。
まるで星か太陽かのように薄く赤く炎のように発光していた身体の光が、少しずつ強くなっていく。

「折原君は長森さんをガードして!!」
「お前に言われるまでもない!」

紫雲が声を上げ、浩平が答え……祐一が叫ぶ。

「行くぞ、草薙!!」

一方的に叫んだ祐一……カノンの姿が更なる紅に包まれてリミテッドフォームへと姿を変え。

「ああ!!」

答えた紫雲……エグザイルはトゥルーフォームへと自身を強化し。

『っはああああああああっ!!!』

変化を遂げた二人は同時に跳躍、攻撃の意志そのものを解き放とうとしていたキマイラパーゼストに今放つ事が出来る最高の一撃を叩き込む……!!

だが。

『いい判断だね。しかし蛮勇だよ』
「……な!」
「にっ…?」

紅と紫。
迸る閃光に包まれた同時蹴撃は、キマイラパーゼストの強い光に覆われた両腕にそれぞれ完全に阻まれ、防がれていた。

更に、次の瞬間。
キックを放った体勢のまま、エグザイルの身体が赤光に包まれた。

「ぐああああっ!?」
「草薙っ?!」
『……ふむ。
 身体性能はともかく、どうやらエネルギー総量では彼の方が劣るようだね。
 だから僕のエネルギーをもろで受ける事になる。
 まあ、最終的な結果は相沢祐一君も同じになるわけだけどね。
 このまま、君らごと、周囲を焼き払う事にしよう……!!』

その意志を具現するかのごとく。
彼の身体の光、熱量が増していく。
まるで、その場所だけが昼間に戻っていくかのように。

「……させるかっ……皆、撃て!!
 ライダーの二人には当てるな!!」

敬介の言葉に固まっていた対策班メンバーが動く。
過酷な訓練を受けていた彼らは銃口を的確にキマイラパーゼストにロック、銃弾を解き放つ。

並のパーゼストであれば、死に至る銃弾の連続……だが。
その銃弾は、キマイラパーゼストに着弾する事無く、彼の皮膚の直前で溶け消えていった。

「……当たって、いない……?!!」
『無駄だよ。
 この状態の僕にそんなものは通用しない。
 折角僕達用に加工してあるようだけどね。
 そんなものは物理的な防御で十分対応できる』
「……じゃあ、これならどうだ?」

白い閃光が走り、キマイラパーゼストの頭部に直撃する。
瑞佳を背中に庇いながらの、浩平……アームズの一撃。

しかし、それもまたキマイラパーゼストには通用していない。

『それも、無意味だよ。
 第一段階の僕に通用しなかったものが、今の僕に効くとでも……』
「思っちゃいねーよ。
 だが、隙を作るには十分だろ?」
『……!』

浩平の言葉に、キマイラパーゼストがハッとする様に顔を向けた先には。

「……転化の法・改式、収束限界……蒼刀一閃……!」

この瞬間まで『力』を貯めに貯めていた虚空が跳躍、肉薄している姿があり。

次の瞬間。
虚空の蒼い手刀が、キマイラパーゼストの身体を切り裂いていた。

『ぐうっ!?』
「今だ、もののふ達よ!」
『……う、おおおおおおおおおおおおおおっ!』

虚空の呼びかけに、炎に包まれていたエグザイルとカノンの咆哮が重なり、蹴撃の閃光が一際高まる。
それに伴い、キマイラパーゼストの両腕に亀裂が入っていく……!!

しかし。

『……足りないね、それでも』

キマイラパーゼストの内側から湧き出す光は、それすら凌駕し。
更なる熱量を吐き出しながら、腕を修復させていく……!!

「皆、伏せて!! 逃げてっ!!!!」

秋子の叫びが響き渡った瞬間。

『もう少し精進する事だね。
 それじゃ僕たちは倒せないよ』

最後に響いたその声と共に、辺りは閃光に包まれた。








「……」

昨日の出来事を明確に思い出した祐一は、暫し言葉を忘れていた。
……自身に浮かんだ悔しさと無力感で。

あの後。
二人は地面に弾き飛ばされ。
虚空と名乗った戦士は姿を消し。
攻撃の余波で火傷や怪我を負うものが後をたたず。
元凶となったキマイラパーゼストは何処かに去り、後には惨状しか残ってはいなかった。

祐一と紫雲の攻撃によりキマイラパーゼストの『力』はある程度分散、撒き散らされて、被害は最小限に食い止められたと秋子は語る。

だが、それが事実だとしても……キマイラパーゼストが残した事実は変わらない。

すなわち。
今の『人間』では『パーゼスト』には敵わない、という事実。
そして、昨夜の戦いは生き残りはしたものの紛れもなく敗北だった、という事実。

キマイラパーゼストがその気になれば、あの後、あの場にいた全員を殺す事は可能だっただろう。
何故そうしなかったのかは分からないが……其処に絶対的な余裕があった事だけは確かだった。

「ったく、思い出したくないな、あれは」

お手上げなポーズを取りながら浩平がのたまう。

「レクイエムを抜けたのを早速後悔させられるぜ」
「……おい」

その言い草に、祐一が思わず文句を言いそうになった時。
浩平はすぐさま切り返すように言った。

「なら、相沢はどうだ?
 アレに勝てると、本気で思うのか?」
「っ……」

その問いに、思わず息を呑む。

弱気になっているわけじゃない。
それでも、勝てるかどうかは分からない。
いや……正直、現状ではかなり可能性が低いと言わざるを得ないだろう。

まるで先が、未来が見えない。

だが、それでも。

「……勝つさ。勝たなくちゃ、なんにもならないんだろうが」

今までの事を思い返しながら、祐一はその言葉を搾り出した。

そう。
勝たなければならないのだ。

今まで多くの人間が、パーゼストの手により死んでいる。
自分達が負ければ更に多くの……想像さえ出来ない数の人間が死ぬ事になるかもしれない。

いや、それどころか。
下手をすれば人類そのものが死滅する可能性がある。

ならば……

「勝つしか、ないじゃないかよ」
「……そうだね」

唐突に響いたその言葉に、皆が振り向く。

「それでも僕らは勝つ。勝たなきゃいけないんだ」

そこには、体中に包帯を巻きながら松葉杖を付いて立つ、草薙紫雲の姿があった。







「……ふむ。鍵の持ち手は皆無事だったようだな」

同じ病院の屋上で診察室の様子を『見て』いた虚空は一人呟いた。

「死者は無く、一番の重傷者である彼も、半ば憑依体ならば我同様治りは早かろうしな。
 余計な心配だったか」

最後の瞬間、撒き散らされた力に不覚にも直撃し、虚空はダメージを負っていた。
美凪との約束ゆえに自身の、否、往人の身体の回復を優先させた後、彼は『鍵』の波動からここに辿り付いていた。

その理由は……

「……我ながら、お人好しになってしまったものだ。
 もののふの生き死にに気を払うとは。
 今回の『使い手』の精神に影響されているのか……時の流れに我の精神が磨耗したのか……」
 
……あるいは。

「彼らが……彼女が告げた我の同胞となる存在だから、なのかもしれんな」

言って、首を横に振る。
可能性はあるが、今は語るべき事ではない……そんな意味を込めて。

「ともあれ……一段落ついたようだ」

その言葉の直後、変身が解除される。
そこには、憮然とした表情の往人が立っていた。

「……何が、一段落、だ」

往人の頭には虚空に変身している間の記憶が残っていた。
そして、その記憶は……自分の意志の外で自らの命を危険に晒しているという、不愉快なものだった。

「……」

掌を広げ、その原因となるもの……『刀』を見る。

正直、こんなもの捨てたい事この上なかった。
この疫病神が手の中にある限り、自分はいずれ自身が望まない戦いの中で死ぬかもしれない。

だが。
往人には気に掛かる事が、一つあった。

「……母さん。
 アンタは、これのこと、知ってたんだろ」

往人が持つ人形。
それは彼の一族がずっと使い続けているものであり、ずっと受け継がれているものだった。
少なくとも、往人は母からそう聞いていた。
……すでに、この世のヒトではない母に。

その人形の中に隠されていた『刀』。
おそらく、自分の母はその存在を知っていた筈だ。
往人が持つ遠い記憶の中には、人形の縫い目のほつれを直したり、綿を詰め替える母の姿があったからだ。

もし、知った上で人形ごと自分まで伝えてきたというのなら、それには何かしらの重要な意味があるかもしれない。

何より、これは形あるものとしては母が遺した唯一のモノなのだ。

「……くそ……っ」

そう考えてしまうと、この疫病神を捨てる事に躊躇いを持ってしまう自分が苛立たしく思えて。
その全てを押し込めるように、往人は刀を人形の中に押し込んだ。

だが、それにも限度がある。
いつまでも、そんな不条理に付き合ってやるつもりは往人にはなかった。

「……いいか。刀野郎。
 次に何かあったら、今度こそ捨てるからな」

答えぬ刃に一方的に言って、往人は屋上を後にした。

「……しかし、どうしたもんか」

病院中に漂う独特の匂いに頭をクラクラされるような錯覚の中、往人はとりあえず階段を下る。

「行く当てないしな……また、あの工場に行こうにも道分からんし」

更に言えば、そこには美凪がいて、あの『仮面ライダー』がいる。
可能性の一つとしてあげはしたが、正直、気は進まない。

そうしてブツブツ呟きながら、歩いていた時。

「……往人さん?」

その声に、往人は思わず足を止めた。

それは、少女の声。
聞き覚えのある……少女の声だった。

「……観鈴、か?」

振り返った先には。
車椅子に乗る、神尾観鈴の姿があった。

往人は知らない。
自身の持つ『刀』が、その瞬間、薄く鈍く輝いた事を。

『……この子は、まさか……?!』

何処かで響いた呟きも耳に入れず、往人は其処にある再会にただ驚いていた。







「中々に痛々しい姿だな、愚弟」

現れた紫雲の姿を見て、命は言った。
その表情は笑っているようにも、泣いているようにも見える、微かでありながら複雑な表情だった。

「……実際はそんなに痛くないさ。
 人間じゃない身体が、今だけはありがたいよ。
 それはさておき」

コツコツ松葉杖を付きながら、紫雲は診察室内に入っていく。
そうして紫雲は、二人のベルト所持者に視線を向けた。

「もしも、昨日の事で戦う気をなくしたのなら、無理に戦う事は無いよ」
「なんつーか、相変わらずって言うべきか……優等生様々だなお前。
 それとも何か? 臆病者はいなくなれと?」

フン、と不機嫌そうな笑みを向ける浩平。

「解釈は自由だよ。
 唯一つ言えるのは……『僕は』戦うって事だけだ」

あの戦いで一番の重傷者である草薙紫雲。
だが、その彼は何の淀みも迷いも無い眼で、きっぱりと断言した。

それを見て。
祐一は、この上なく腹が立った。

「……おい、草薙」
「何? 相沢君」
「お前、無理に戦う事は無いって言ったよな」
「言ったけど……」
「ったく、寝言も休み休み言えよな」
   
まったく、これだから素人は困る……そんな調子で、それでも眼だけは紫雲同様淀みも迷いも無く、祐一は続けた。
 
その口に、笑みを浮かべて。

「これから先『無理』無しでやっていこうなんて考え甘すぎじゃないか?」
「……む」
「無理してでも、勝つ。
 意地でも勝つ。
 そうじゃなきゃ勝てねーだろ、あんな化物に」
「むむ」
「あーそれは俺も思った。
 所詮は理想主義者だよな」
「むむむ」

二人から……主に祐一から思わぬ反撃を受けて、紫雲は呻いた。

「ふふふ」
「はははは、相沢君の言うとおりだな、愚弟よ」

そんな三人の様子を見て、秋子と命は微笑んだ。

「相沢君の言うとおり、私達の目的は『人類の勝利』だ。
 その形が、殲滅か、和平か、どうなるかは知らんが……無理をしないと始まらないのは事実。
 相手が例えどんな化物であれ、いや相手が人間の理解を超えた化物であればあるほどに私達は私達の出来る事を限界までやるしかない」
「ま、そりゃそうだよな。
 でも実際……さっきも言ったが、具体的な勝算はあるのか?」

それはそれ、これはこれ。
出来る事をするしかないのが現実とは言え『賭け』に出た浩平としては勝算の有無は確認しておきたかった。

「ある。
 まあ、仮にそれが失敗してもまた新たな勝算を作ればいい。
 それは君達にも言える」 
「……どういう事ですか?」
「知っての通り、君達のベルトは装着者次第でいくらでも強くなる。
 君達が強くなればなるほどに、その能力は増加していくだろう。
 もしかしたら、発現する新たな力もあるかもしれない。
 君達が持つ因子は、パーゼストと同様のものではあるが、同時に君達の可能性でもある。
 それは無限ではないかもしれないが、有限と決める事も無いだろう。
 可能性を捨てるか、育てるかは君達次第だ」 

そんな命の言葉に、三人のベルト所持者……『仮面ライダー』を名乗る者たちは顔を見合わせた。







「……まったく。
 それじゃ僕も諦めるわけには行かないじゃないか」

診察室の外で話を聞いていた敬介は、何処か苦々しげにぼやいた。
何故入っていかなかったのかというと、ただタイミングを計り損ねただけだったりするのだが。

「まあ、元より諦める気もないけどね」

護るべき娘がいる。
護るべき娘の世界がある。
家族を背負った……否、背負う予定である所の自分が、負けるわけには行かない。

「さて……観鈴の顔を見てから、仕事に行くかな」

頭に巻いた包帯の具合を確認しつつ、敬介は自分のやるべき事へと歩いていった。







その頃。
そんな挑戦者達とは対極にいる存在……敵と半ば同化している状態であるレクイエムで、祐一達と文字通りの意味で対極にある者達が会話を交わしていた。

「氷上君、一つ訊きたいんだが」

レクイエムの『診察室』で、幾度目かの世間話の最中、霧島聖は言った。

「なんです?」
「折原君の事なんだが……彼は本当に裏切ったのか?」

その詳細については、この世間話の最初の方で聞いていた。
勿論それで理解はしていた。
だが……なんとなく、口にしたい思いがあって、聖は改めてその事実を言葉にした。

そんな言葉にシュンは、んー、と小さく唸るような声を上げてから、答えた。

「改めて問われると、裏切った、というのは似合わない気がしますね。
 彼は彼らしく、やりたい事をやる道を選んだ。
 多分、そういう事じゃないかと思います」
「なるほど。
 それは分かったが……氷上君」
「はい?」
「もしかして、君は最初から折原君を……」

『向こう側』に送り出すつもりだったんじゃないのか。

そう言おうとして、聖はやめた。
今此処で問う事は無意味だし、シュンの立場を悪くするだけだ。

「いや、なんでもない」
「……そうですか」

クスリ、と笑うシュン。
その笑みは、聖の問いの内容はわかっていると言っているような、そんな笑顔だった。

それを受けて、聖もまた笑みを浮かべた。

「どうだろう。
 彼の行く道に、希望はあるかな?」
「それは彼にしか分かりませんよ」

そうして、彼らは苦笑を零し合った。

何処か悲しげなのに、何処か楽しげな苦笑を。







同じレクイエムの『施設』のさらに奥。

人間の形をしながら人間でない者達が、二人して顔を上げた。
……それは同胞の帰還を察してのものだったのだが。

「ようやく帰ってきたか。……む」
「どうだった”道楽”は?……それは」
「いやいや、侮れないね人間は」

振り向いた先にあったのは、人間の姿で両腕を失った『同種』の姿だった。
その事実そのものは『繋がり』をもって把握はしていたが……

「……ふむ。ダメージを外に出すとはお前らしくもない」
「予想以上、だったな」
「そうだね。
 僕に立ち向かい、攻撃を逸らし、肉体を傷つけた。
 修復したつもりだったんだけど……後になって効いてきてさ。
 正直、第二段階の僕にこれだけのことが出来るとは思ってなかったよ。
 これなら、この星ごと支配する事に問題はなさそうだ。
 っと」

肩をすくめた次の瞬間、少年の両腕はあっさりと復元修復された。

しかし、それは言うなればハリボテ。
戦闘には耐えない、人間の腕でしかなかった。

「だが、選別は必要だろう?」
「ああ勿論。
 種としてはともかく、個々としてはあまりに脆過ぎる。
 その個をふるいにかけて、錬磨しなければならないね。
 特に因子保有者は必要になると思うよ。
 あのベルトを使いこなすにせよ、僕達の仲間にするにせよ、ね。
 その為の準備は……」

振り向くと、其処には。
人の形をしながらも人の形をしていない『怪人』の群れ。
それが闇の中、ぼんやりと光る水槽で蠢いている。

そして。
遠く『眼』を凝らせば、野に放たれている『同胞達』の姿。

「もう、そろそろだしね。
 ……うん、今日も『囮』役が頑張ってくれているみたいだ」







その感覚が、診察室の面々に行き渡る。
パーゼスト出現の、感覚。

「……昨日も今日もで忙しいな連中は」

面子を代表した言葉を、浩平が零した。

「……俺は行くぜ。アンタは?」
「訊くまでも無いぜ。
 色々言ったが、俺もパーゼストは嫌いだ」

祐一の問いに、あっさりと答える。

自分や、瑞佳、友人達の命を危険に晒した存在達。
気に食わない事、この上ない。

「んで、義理や建前もあるし」

チラリと秋子達を見る。
そして、最後に何処か遠くを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

「約束した以上、かっこいい所見せないといけないしな」
「……なら、行こうぜ。
 じゃあな、草薙。お前は留守番してろ」
「なんか、そんな事を言われてばかりだね僕は。
 ……ああ、任せる」

紫雲の返事にうざったそうに手を上げて答えながら、祐一は診察室を出て行く。
浩平もその後に続く……が、その途中で振り返った彼は紫雲に向けて言った。

「一応言っとくが、俺は借りを忘れたつもりは無いぜ。
 今はパーゼストが敵だが、お前への借り、いずれ必ず返すからな」
「……ああ。
 相沢君共々返り討ちにしよう」
「ハ、忘れるなよ、その言葉」

不敵な笑みを浮かべながら去る浩平を、紫雲は微苦笑と共に見送った。

そうして、診察室には静けさが生まれた。
が、それもほんの一時の事だった。

「……でだ、秋子。紫雲」

それを破ったのは、微かな不機嫌を滲ませた命の言葉。
気が進まない事を言葉にする事が面倒臭い、と表情で言いながら、彼女は言った。

「本人がいない内に聞いておくが。
 正直、折原浩平が再び敵になる可能性はどのくらいだと思う?」
「……状況と、向こうが出す条件次第ですが……低くは無いでしょう」

僅かな間を置きながらも、秋子が答える。
間こそあったが、その言葉には揺らぎはなかった。

「現状は彼の『良心』である長森さんが生きているからこそ成り立っています。
 もしも『良心』が失われたり、奪われるような事になれば……」
「いくらでも、寝返るか」
「……」

おそらくは、そうだろう。
無言の紫雲もその可能性は考慮していた。

秋子が浩平の『寝返り』を認めたのは、彼に語った理由もあるがそれだけではない。
ベルトの問題を早急にかつ、穏便に解決できる手段が浩平をファントムに引き入れる事だったので、それを選択したという事でもあった。

それを打算と言われても仕方がない事……秋子は覚悟していた。

「ですが……」







「……って、この辺りの筈なんだが……」

其処は病院から少し離れたビル街の隙間。
どちらかと言えば裏道であろう、普通の車が通るのがやっと、ぐらいの場所近くでサイドカーから降りた浩平は辺りを見回しながら呟いた。

時間帯的なものか、そもそも人通りがないのか、幸いな事に周囲に人気はなかった。

「ああ、反応もこの辺りみたいだし」

同じく停車した祐一がベルトを腰に巻きながら、クリムゾンハウンドに搭載されたパーゼスト探知システムの反応を覗き込んだ……その瞬間。

「……うわっ!!?」

横合いからの凄まじい力に押され、祐一は地面を転がった。

「な、何だ……!?」

転倒の勢いを活かして回転した祐一は膝を付いた状態で起き上がり、辺りを見回す……が。

「ぐあっっ!!」

見えない何かに弾き飛ばされ、再び地面に倒れた。

「おい、何遊んでんだ?」
「遊んでない……!
 見えない何かがいるんだよ……!!」
「……まあ、パーゼストだろうな。
 どうも、面倒な奴っぽいな。……変身」
「変身っ!」

今の所ダメージが薄いものの、下手をすれば不意打ちであの世行きになりかねないと判断した二人は即座に変身した。

閃光が通り過ぎた後に立っていたのは、赤と白の仮面ライダー……カノンとアームズ。
二人は背中合わせに……ではなく、左右に並んだ状態でそれぞれ反対の方向を見渡していた。

だが、見えない。
その存在は、二人の視覚には捉え切れていない。
ゆえに、その存在そのものが怪しいとさえ言えるのだが……

「おい、相沢。何処にいるか分かるか?」
「……正直、正確な所はわからない。でも……」
「ああ、いるのは確かだな」

二人は、感じ取っていた。
人間としてそれなりに鍛えられてきた感覚が強化される事で、姿は見えずとも、敵意を持った何かが動いている程度は認識できていた。

(……舞のしごきも無駄じゃなかったわけか)

この気配。
以前の自分なら、恐らくは感じ取る事はできなかったであろう。
自分よりも強い舞との組み手が確実に糧となっていた事を知り、祐一は微かな興奮を覚えた。

人は強くなれる、と。

「ぐっ!!?」

……などと思っていた矢先に、足を払われ転倒するカノン。

「ち……!」

慢心するには早いって事か、と内心で呟く祐一。
倒れたそこに見えない何かが圧し掛かってくる。
見えないが、その重みに間違いはない。

「……折原っ、俺の上だ!」
「おうっ!!」

カノンの叫びに応じたアームズは、倒れたままのカノンの真上の空間を、肘の刃を最大展開した状態で斬り払った。

「……uhuhuhhihihn!!」
「手応えあり、だ」

アームズの刃が通り過ぎた後、緑色の体液が何もない場所から零れ落ちていった。
そこはカノンから少し離れたビルの壁際。

アームズが攻撃する直前に余裕を持って飛び下がったのだろうが、アームズ自身の身長以上に伸びた刃の展開距離と速度はソレの予測を超えていて無意味に過ぎなかったのである。

「わざわざ刃の温度を下げてやったんだからな。その体液でお前の姿丸見えだぜ」
「juhhjuihbn……」

体液を流していては無意味と判断したのか、単純に限界だったのか、姿を隠していた存在は浩平の挑発に乗る形で思いの他あっさりとその姿を晒した。

その存在……カメレオンパーゼスト。
鋭利な爪と長い舌をチロチロと見せびらかすように戦闘態勢を取る。

「ちょっと……危なかったぜ」
「みたいだな」

いつの間にか、祐一……カノンの胸部装甲が切り裂かれていた。
おそらくアームズの攻撃があと僅かでも遅れていれば、祐一の心臓はあの爪によって貫かれていたかもしれない。

「しかし、変身前に殺してりゃいいものを……コイツラのプログラムには『人間をなめてもいい』なんてのがあるのかね?」
「知るかよ、そんなの。
 まあなめてたのは事実だろうけどな」

……現段階のプログラムにはそんな『余裕』はない。
其処にも意味があるのだが、それは今の二人には預かり知らない事だった。

「だがま、姿を見せた以上、危ないのはどちらかなんて……誰の目にも明らかだよな?」
「だな」

腕を鳴らしながらのカノンの言葉に、アームズが頷く。
その言葉から何かを感じ取ったのか、状況不利を悟ったカメレオンパーゼストは壁に張り付き、一転して逃亡を企てた。

「ハッ、今更……」
「逃げられると思うなよ……!!」







「ですが。
 共に戦う時間は決して無意味なものではありません」

目を伏せて、秋子は語る。

「共に戦った日々は言葉よりも雄弁な信頼と絆を築きます。
 そして、それは浩平さんだけの事ではありません」
「それは……一体どういう……?」
「あの『遺産』の戦士もそうですし、紫雲さん、貴方もそうです」
 
その言葉に含まれているものが何なのか、紫雲はすぐに悟った。

一番大事なものを護る事を最優先するゆえに、いつ誰を敵に回してもおかしくない折原浩平。
敵か味方かもわからない謎の戦士……虚空。
パーゼストの肉体を得たがゆえに、いずれ人類の敵になってしまうかもしれない草薙紫雲。
 
今存在している『ライダー』達は、相沢祐一以外はあまりに『不安定』と言わざるを得ない。
時が来れば、それぞれがそれぞれの立場ゆえに戦い合う事になる可能性も低くない。

だが。
秋子はそれを見越した上で『無意味ではない』と語った。

「無論、この先に何があるのか、何が起こるのかまでは私には分かりません。
 ですが」

その眼を遠くの景色に……空の下で戦っている同胞達に向けて。

「私達の未来は、まだ決まっていない。
 そうである限り、未来を諦める理由は存在しません」

ファントムのトップである水瀬秋子は迷い無く、その立場に相応しい決意とも宣言とも取れる言葉を形にした。







「jyuhhbb??!!」

上へ上へと逃げようとしたカメレオンパーゼストを、やや手加減したアームズの光の弾丸が牽制する。
その瞬間を狙い済まし、カノンは跳躍していた。
そして、その脚部には赤い閃光が巻き付いている……!!

「……!!」

カメレオンパーゼストは慌てて隣のビルへと飛び移ろうと、姿を消しながら……身体を風景に溶け込ませながら跳躍する……が、それには最早何の意味もなかった。

(姿が見えなかろうが、先が見えなかろうが、関係あるか……!!)

この瞬間に、全力を尽くしていく。
ただ、それだけだ。

「はああああああっ!!」

裁きの雷さながらに降下したカノンの一撃が、パーゼストの背中に叩き込まれる。

「hhuuihhhhnmbbgygiuitittititutyy!!!!!!」

断末魔の叫びの中で、カメレオンパーゼストは光の粉となって消滅していった……










その一部始終を見ている存在がいた。
ソレは、カメレオンパーゼストが這い登ろうとしたビルの屋上から消滅を確認し、呟いた。

「……日本は、大丈夫そうだな」

風が吹く。
その風は、その存在の首に巻かれた赤いマフラーをたなびかせた。










「……?」

光の粉を纏うように地面に降り立ったカノンは、なんとなく空を見上げた。

「? どうかしたか?」
「いや、誰かがいたような……」

立ち上がりながら、改めてビルの上を眺める。
だが、其処には何もなかった。
カメレオンパーゼストのような気配は、なかった。

「……まあ、いいか」

首を傾げながらも変身を解除した祐一は、浩平と共にその場を後にした。

後にはただ、風が吹いていた。







……続く。







次回予告。

カノン。
エグザイル。
アームズ。
三つのベルト、三つの鍵が揃った事で、一つの実験、計画が実行に移されようとしていた。
それは人類とパーゼストの戦いに大きな流れをもたらしていく。

「いよいよ始まるか。
 『プログラムKEY』」

乞うご期待、はご自由に!!





第二十五話はもうしばらくお待ちください