第二十三話 戦士達の交錯(後編)





「ったく……あゆの奴……」

相沢祐一はヘルメットの中で、ぶつぶつと呟いた。
彼は月宮あゆを彼女の家まで送り届け、自分の帰るべき場所たる大学の寮に帰っている最中だった。

ただ、それは彼が思っていたよりも時間が掛かっていた。
その原因としては、あゆがタイヤキを買ってお土産にしたいとごねた事にある。

あゆとしては、パーゼストに襲われて帰宅が遅れ、心配させてしまった事をを父親に詫びる為に……勿論というか、彼女自身が食べたい事も大いにあるのだが……買って帰りたかったのである。

そう言われると、もう少し早めに助けに来れなかった自分達に責任があるような気になり、祐一はタイヤキを買いに戻らざるを得なかったのである。

おまけにあゆがお金を持っていなかった(というかすでに使っていた)事を後から思い出し、結果祐一が代金を支払うという状況になったりもしたりして、まさに踏んだり蹴ったり。

(まあ、代金の半分は草薙の奴に絶対出させるけどな)

そんな決意を固めつつ、寮内に入った祐一はクリムゾンハウンドを駐輪場に停めた。
そうして、荷物をまとめ、駐輪場から離れようとした時。

「ん?」

何処か聞き覚えのある排気音とともに、一台のバイク……いや、サイドカーが入り込んできた。

そのサイドカーのライダーは、クリムゾンハウンドの近くに停車するとエンジンを止めて、ゆっくりとヘルメットを取った。

「……ふぅ……ん?」

その男……折原浩平は、そこに立ち、自分を見据えている存在……祐一に気付き、微かに目を細めた。

「……相沢、か」
「……折原浩平……」

二人は思い出していた。
一度同じ様にここで遭遇し、いまやおぼろげな世間話を交わした事を。
こうして面と向かい合うのは、それを含めて数回程度だという事を。

そして、そこから先は二人それぞれに違う事を思い浮かべていた。

レクイエム……その名の集まり。
その中の一人である、氷上シュンこと仮面ライダーフェイク。
折原浩平が、先日戦った彼と一緒にいて、草薙紫雲を捕えようとした事を、祐一は覚えていた。
そして、その際、ある『一つの確信』を抱きかけた事を、今更ながらに思い出していた。

浩平は、相沢祐一が『ベルト』を所持する仮面ライダーである事を。
そして、自分はそれを手に入れなければならない事を、思い出していた。

「……」
「……」

無言で、視線が交錯する。

「……アンタ、なんでこんな所にいる?」

そんな沈黙を破ったのは、祐一の問いだった。

「……察しはつくだろ? 瑞佳に会いに来たんだよ」

長森瑞佳。
その名の女性がこの寮に住んでいる、浩平の恋人である事を祐一は知っていた。
だから、疑念はあれど、その答に納得できない事はない。

そして、実際の所、浩平は嘘を言っていない。
紫雲との戦闘の後……なんとなく瑞佳の顔を見たくなり、ここを訪れただけなのだから。
……さらに言えば、祐一の事はすっぽりと頭から抜け落ちていたりする。

「そうかよ。
 それとは別にもう一つ聞く。アンタは……何者だ?」
「お前と同じ大学に通う大学生だよ」
「それだけじゃ、ないだろ?」
「……お前が『仮面ライダー』だって事と同じにか?」
「そうだ」

夜の冷えた空気の中、二人の視線がぶつかりあい……それに呆れたのか、疲れたのか、肩をすくめて浩平は言った。

「……多分お前の想像通りだよ。
 俺は”そういう”奴だ」
「そうかよ……」

そう呟いて、祐一はバッグの中のベルト一式に手を伸ばす。
目の前の男が、もしも自分の想像通りの存在ならば、それは必要……そう判断したからだ。

だが、その動きは思いがけない……少なくとも祐一にとっては……浩平の言葉で止められた。

「だが今は、面倒事は勘弁してくれ」
「なに?」
「喧嘩してきたばっかりでな、疲れてるんだよ」
「喧嘩……?」
「ま、ともかくだ。
 ここじゃ色々問題だろ? それにお前とは話……」

と、浩平が何かを口に仕掛けた、そこに。

「祐一?」
「浩平?」

そんな、少しのんびりとした口調で割って入ったのは……水瀬名雪と長森瑞佳だった。

「……名雪。どうかしたのか? 長森も」

暗がりの中、自分達に歩み寄る二人に祐一は尋ねた。
すると、名雪が、んー、と微かに唸るような声を漏らしながら、答えた。

「どうかしたわけじゃないけど……バイクの音したのに祐一が上がってこないから気になって……」
「……そっか」

そんなに時間が経った様には思えないが……思っていたよりは話し込んでいたのかもしれない。

「私も同じだよ。それでそこで一緒になったの」
「嘘付け、俺が待ちきれなくなっただけだろ」
「こ、浩平〜」

からかうような浩平の言葉に、瑞佳の顔が朱に染まる。
と、そこで名雪は改めて浩平の存在を認識したのか、ちらりと顔を向けて言った。

「あ、折原君、こんばんは」
「おお、水瀬。久しぶりだな」
「……お前ら、知り合いなのか?」

唐突に親しげな二人に、祐一は思わず顔をしかめた。

「ごくたまに講義で一緒になってたからな」
「うん。それに、ここで長森さんと一緒の時によく会ってたし」

そう言えば、先日の草薙紫雲パーゼスト化事件の時に、名雪と瑞佳は特に自己紹介していなかった。
それから考えると、以前から何かしらの親交があったと考えて当然だった事に、祐一はいまさらながらに気がついた。

「ところで、二人ともこんな所で何を話してたの?」
『……』

瑞佳の問いに二人は思わず黙り込む。

「あー……」

ちょっとした世間話を、と祐一が言おうとした時だった。

「いや、ちょっとバイクの事で意気投合してな。
 ついつい話が弾んでてな。なぁ?」
「あ、ああ」

話していた事を悟られたくないのは共通らしいので、二人は申し合わせたように頷き合った。

「ふーん……」
「そういう事だから、俺達はもう少し……」
「うーん……そういう事なら、夕食を一緒に食べない?」
「あ、それいいね。私もお話したいなぁって思ってたし」
『は?』

男二人は女性陣二人の意外な提案にそんな声を上げた。

「じゃあ、外で食べる?」
「大丈夫だよ、私が今日祐一と一緒に食べるつもりで、晩ご飯大目に準備してるから。
 祐一、結構食べるから、準備した分で四人でも足りると思うよ」
「いいの?」
「うんっ。祐一の部屋で準備してるから、そこで食べるけどいい?」

そうして、仲良さげに急遽決まった事を話し合う女性二人に今更何を言える筈もなく、男達はただぼんやりと話を続ける二人を眺めるしかできなかった。







そこから場所が変わり、少し時間が流れて。

「……ん?」

浩平との戦いを終えた後、塒−ねぐら−である廃工場に戻ってきた紫雲は、工場内に入った瞬間、辺りに漂う何かの匂いに気付いた。

その匂いは……

「カレー……?」

呟きながら停車し、バイクを押して奥に進む。
すると、そこには想像を越えた光景があった。

「あ、お帰りなさい」

そう言ったのは、遠野美凪。
最近の事を思い返せば、彼女がここにいる事自体は不思議ではない。

「いや、その……ただいま。って、それはそれとして」
「あ。この方は私の知り合いで」

美凪の隣には、黒っぽい格好の目付きの悪い青年が座っていた。
知り合いというこの人物についても、美凪の性格や性質を鑑みれば、宿がないので、あるいはお腹が空いてそうなので連れて来ました、というのも予想の範疇内だ。

「うん。それはわかったし、別に問題ない。そうじゃなくて……コレどうしたの」

紫雲が指差した先には、カセットコンロ。
そしてその上で準備万端と言わんばかりに湯気を立てるカレールーの入った大き目の鍋。
その他ゴザやら食器やら、夜だというのにピクニックの様相を呈していた。

「?」
「いや『?』じゃなしに」
「……夕飯です。カレーでは問題でしたか?」
「問題はないし、むしろ嬉しいんだけどそうでもなくて」

そうして、二人がらちのあかない会話を展開していると、紫雲の考えていなかった方向からの救いが来た。

「あー……いきなり話に入ってなんだが」

美凪の知人と紹介された青年……国崎往人が、咳払いをしつつ、言った。

「え? あ、はい」
「食器やカセットコンロは前から持ってきてたみたいだぞ。
 その辺の機械の陰から取り出してたし。
 んでカレーやらは今日持ってきてた」
「でも、鍋とかちょっと大きくありません……?」
「あ、そういう事でしたか」

そこで、美凪がポンと手鼓を打つ。

「工場前まではタクシーで来ましたから。
 そこからなら、大荷物でもなんとか運べます」
「ははは……」

ようやっと得心したらしい美凪の言葉に苦笑しつつ、紫雲は往人に向き直って言った。

「……あー、ありがとうございます」
「いや。早く飯が食いたかっただけだから礼には……」

そこで、紫雲の顔を改めて見た往人は、息を飲んだ。

眼前の男の顔……それが見覚えのあるものだったから。

狼のバケモノに変身し、『仮面ライダー』にも変身した男。
その男が、目の前で立っている……。

「……?? どうかしましたか?」
「いや……なんでも、ない」
「そう、ですか。
 えと……はじめまして。草薙紫雲です。
 アルバイトで日々を暮らす、フリーターです」
「それでいて、知ってのとおり、正義の味方の仮面ライダーさんです」

ポツリ、と美凪が付け足すのに、紫雲は顔を引きつらせる。
……後半の方に意識が向いていた紫雲は『知ってのとおり』の部分を聞き逃していた。

「あははは……ま、まぁ、そういう存在になりたいなとは思ってますけどね」

ともあれ、実際そうありたいと思ってるので頭から否定はできない紫雲は、ただ苦笑いを浮かべた。

それでも、そういうのは多くの人にとっては夢想にしか過ぎないことも分かっているので、からかわれるのも想定し、覚悟していた。

だが……

「……」

往人はただ黙して、紫雲の顔を眺めるだけだった。

「あの……?」
「国崎さんも自己紹介しないんですか?」

紫雲の言葉をそう捉えたのか、はたまたあえて方向を変えたのか、美凪は言った。

「……そうだな。
 俺は……国崎往人。旅人だ」

おそらく普段の自分ならば、簡単に名乗りはしないだろう。
それが分かっていて、名乗ったのは……話の方向を変えたかったからに他ならない。
何故方向を変えたかったのかまでは、往人自身ハッキリと理解していなかったのだが。

何にせよ、往人の思惑通り、話の方向は変わっていた。

「国崎、さん……?」
「ああ。……どうかしたのか?」
「いえ……何処かで聞いたような名前だと思ったものですから。
 多分気のせいでしょうけど。
 それはそれとして……旅人、ですか?」

そんな疑問の声を上げた紫雲に、往人は言葉を続けた。

「ああ。見てろ」

そう言って、往人は傍らにおいていた人形を取り出し、床に転がした。
次の瞬間、人形がピョコリと起き上がり、軽快な動きを見せる。
そうして少しの間、生きているかのように動いて見せた人形は最後にお辞儀して、コテリと地面に転がった。

「……おお〜。これはまた……珍しい」
「ぱちぱち」

素直な賞賛を贈る二人。

「こういう芸で日銭を稼いで、旅を続けてる。
 そういう存在だ。
 という事で、だ」
「?」
「見物料代わりに食事をいいかげん取りたいんだが」

自分のものでもないのにこの言い草。
……まあ、これでも空腹最高限の彼にしてみれば遠慮している方ではあるのだが。

しかし、この場にいる二人は基本的に人が良かった。
ので、視線を交わした後、不快に思うことなく二人は言った。

「そうですね。じゃあ、せっかくのご馳走ですし、いただきましょう。
 美凪さん、いただくね」
「はい」

そうして、彼らは遅めの夕食を取り始めた。






そうして、紫雲達が遅めの夕食を取り始めた頃……祐一達は食事を済ませてしまっていた。

「こうしたら、汚れとりやすいよね」
「うんうん、そうなんだよ〜」

祐一の部屋の洗い場。
女性二人は、そんな会話をしながら食器を洗っている真っ最中。

その会話の内容こそ、全て聞きとれなかったものの、楽しそうなのは十二分に伝わってくる。
そんな空気と華やかさに、椅子に座った祐一は微かな笑みを浮かべた。

そこで、ふと真正面の席に座る男……浩平の顔を見ると、同じ様な笑みを浮かべていた。
どうやら、同じ様な事を考えていたらしい。

「……」
「……」

二人して同じ顔をしていた事に気づいたからなのか、妙な空気が生まれ出た。

「おい」
「なんだよ」
「言っておくが瑞佳はやらんぞ」
「それはこっちの台詞だ。名雪に手を出したら殺す。速攻で殺す」
「ふっふっふ」
「はっはっは」

そうして不敵に笑い合う二人……だったのだが。

「ふぅ……」

不意に、浩平が静かに息を吐いた。

「……なんだよ」
「いや……別にたいしたこっちゃないんだが。
 聞いていいか?」
「ああ」
「彼女が……水瀬が、お前の戦う理由なのか?」

向こうには届かない位の声でのその質問に、祐一は微かにしかめるような表情を浮かべた。

「あのな……十分にたいしたことのような気がするが?」
「言葉のあやだ」

突っ込みをきっぱりと返し、浩平は続けた。

「あの馬鹿……草薙紫雲は不特定多数の誰かの為に戦ってるらしい。
 じゃあ、お前はなんで戦ってるのか……なんとなく、興味がわいてな」

洗い物を続ける二人を横目で見ながらの浩平の言葉で、祐一はなんとなくではあったが、気付いた。

先刻語っていた『喧嘩』が誰を相手にしたもので。
先刻からの浩平の何処か不審な様子は、この話をする為のものだったのだと。

「……」

正直な所、質問に答えてやる義理はない。

だが……それは祐一としても、興味がある話だった。
もしも、目の前の存在が、自分の想像通りの存在であるならば。

だから……祐一は素直に答える事にした。

「……まあ、あれだ。
 確かに名雪を守りたいっていうのは、理由の割合としては大きいな。
 でも、それだけでもない。
 かといって、あの馬鹿みたいに何処までも誰であろうと助ける、ってのもちょっと違う気がするな。
 まあ、それも悪くないとは思うけどな」
「つまり、あれか。
 お前は……彼女を守るのが最優先でもないし、他人を守るのも最優先じゃない、半端者か」
「なんだそりゃ。なんでそうなるんだよ」
「そうとしか取れないぞ、実際」
「じゃあ……アンタはどうなんだよ」
「俺か? 俺は……」

半ば無意識に瑞佳に視線を向けて、浩平は言った。

「俺は、自分が一番護りたいものを護れればそれでいい」

(……それが、コイツが『戦う』理由か)

以前、紫雲を捕らえようとしたのも、その為に必要な事だと判断したのかもしれない。

その辺りについては、声に出してきっちりと問い質したいと祐一は内心で思っていた。

だが……できなかった。

女性陣に聞こえるか聞こえないか位の声で話しているとは言え、そこまで直接的な会話はしたくなかった。
強いて言えば……特に長森瑞佳には聞かれたくなかった。

おそらく、彼女は浩平の『そういう部分』を聞かされてはいない。
もしもしっかりと聞かされているのであれば、彼女の性格から考えて、こうして名雪や自分と食事を取ったりはしないし、できないだろう。
そうであるならば、彼女は知らない方がいいのかもしれないし、何より自分が語るべき事でもない。

そして、もう一つの出来ない理由として、祐一自身その質問を形にしたくなかった、というのものがあった。

ソレをはっきりと形にしてしまえば……眼前の人間は、確実に戦わなければならない敵となる。

もしも避け得ない戦いならば、逃げるつもりはない。
だが、少なくとも今は……それを形にしたくなかった。

ただ……

「……アンタ、それでいいのか?」
「何?」

それとは別に、形にしたい事が生まれていた。

「なんつーか……仮にだ。
 同じ様に、俺が名雪を護る事を最優先にして、
 その結果として、他の……例えば、俺や名雪の友達やらが『身代わり』で死んだら。
 名雪は……多分、ずっとそれを引きずる。下手したら、一生な」
「……」
「俺は長森の事をよく知ってるわけじゃないから、ハッキリとした事は言えないけどな。
 長森がそうじゃない、そう思わない保障は、何処にもないだろ」
「……」

その指摘に、浩平は憮然とした表情を露にした。

草薙紫雲。七瀬留美。二人に次いでこの男、相沢祐一。
三人もの人間が、同じ事を言っている。
自分のやってきた事を、否定する事を。

「じゃあ、お前は……水瀬よりも他人やダチを取るのか?」
「……そんなわけ、ないだろ。
 俺だって、名雪は特別に……一番に護りたいさ」

相沢祐一にとって、水瀬名雪がかけがえのない存在である事は紛れもない事実だ。

「でも、だからってその為に他の誰かを犠牲にするのか、できるのかっていうと……
 正直違うだろって感じがするんだよ、俺は。
 アンタはそうは思わないのか?」
「…………さあな」

そんな祐一の問いに、浩平は答にならない答を返した。
それが、彼の精一杯だった。







「……何か、話してるね」

洗い物を続けながら、名雪は呟いた。

チラリ、と一瞥した先には……何事かを話す二人。
だがそれは、先刻言っていたような趣味の話ではありえない。

「大事な、話だね。祐一の眼、そんな感じ」
「うん。浩平も……そんな顔をしてる」

それは二人の眼を見れば分かった。
二人にとって、彼らは大切な、かけがえのない存在だから。

「ねぇ、水瀬さん」
「なにかな」
「相沢君……戦ってるんだよね、変身して」
「……うん」
「それって……貴女の為、なのかな」
「わ。そ、そんな事言われても……」

唐突な言葉に慌てる名雪だったが、瑞佳の真剣な表情に気付くと、心を整えた上で答えた。

「え、と……多分、少しはそういう事を考えてはくれてると思う。
 でも……そういうのだけが理由じゃないんじゃないかな」
「どういう、事?」
「祐一は……昔から、悲しい事ばかり目にしてきたから。
 誰かの身に降りかかる、そういう理不尽な悲しみを自分のように感じちゃうの。
 そして、だから……そういう理不尽さを与える怪人が……パーゼストが許せないんだと思う。
 そういう、優しい人だから。
 だから、戦ってるんだと思う」
「……水瀬さんは、怖くないの?」
「怖いよ。
 いつだって、祐一がいなくなるかもしれないって、不安になる。
 でもね……だからって、やめて、って言っちゃったら……
 私の好きな祐一が何処かに行っちゃう気がするから」
「……!」
「勿論、祐一には生きて、一緒にいてほしい。
 でも……祐一らしさを失ってほしくもない。
 矛盾してるけど……」
「……」
「でも……どうして、そんな事を聞くの?」
「え? その……なんとなく、だよ」

名雪の問いに、瑞佳は言葉を濁した。
それが、彼女の精一杯だった。







闇夜の中、幾度か人工の光を浴びつつ、氷上シュンはバイクを走らせていた。
行き先は……相沢祐一が住むという、ある大学の学生寮。

だが、目的は相沢祐一ではない。
そこに自身の監視対象である折原浩平がいるという。

暫しの間シュンは、不完全な自身の身体の調整や、レクイエム内の様々な雑務に追われて、浩平の監視から離れていた。
ようやく、それらが片付いたので通常任務……調整や雑務も任務なのだが……に戻るべく、今こうしてバイクを走らせているわけなのである。

(しかし……)

シュンには気にかかる事があった。
それは……自分がいない間、誰が浩平を監視していたのか。

ベルトを持つ浩平の監視……その重要性の最たる所は、ベルトにある。

パーゼスト、ファントム所属の『仮面ライダーエグザイル』……それらとの戦闘によるベルトの紛失、
あるいは浩平自身が、ベルトを持ったまま逃走する可能性……

それらを踏まえ、そういう状況に即座に対応できるよう、浩平の直接的な監視役には戦闘能力その他の能力が高い人間が選出されていた。

現状、『自分と同様の存在』は何人か存在するが、そのことごとくが別任務についていたり、失敗作としての再調整を受けている最中で動けずにいる筈だ。
他にも当てになりそうな人間は大抵別任務についているらしい事は『施設』にいる時の空き時間に、調べていた。

(一体、誰が……?)

内心で呟きながらバイクを走らせ続け、寮の近くに到着したシュンは、その音が寮に届かない程度の距離でバイクを降りた。

まさに、その瞬間だった。

「やぁ」
「……っ!」

まったく人の気配などしなかった筈の背後から掛けられた声に、シュンは即座に振り返った。

「キミは……」

そこには……この時間に相応しくない少年の姿。
だが、シュンは知っている。
この少年の奥に潜む本性は、今この時の闇夜よりも深く暗い存在だという事を。

高位パーゼストの化身である少年は、底の見えない笑みを浮かべながらシュンを眺めていた。

「何故僕がここに……そんな顔をしているね、氷上シュン君」
「僕の名前を……?」

何度か顔を合わせているが、会話を交わした事はない筈……そう考えながら呟く。

「そりゃあ、知っておくよ。
 仕事の引継ぎや状況説明をしないといけないからね」

その言葉で、シュンはハッとした。

「まさか、キミが……?」
「そうだよ。
 キミがいない間、僕が折原浩平の監視をしてたんだ。
 まあ、協力体制を整えてしまえば、僕らのやる事自体は少ないからね。
 せめても御礼と興味から、この任務につかせてもらったというわけさ」
「興味?」
「うん。
 彼……折原浩平は、この身体の僕にダメージらしいダメージを与えた初めての存在だしね。
 変身したからとはいえ、その彼の強さは何処からきているのか……
 興味を持っても不思議じゃないでしょ?」
「……」
「まあ、それはそれとして……」

その笑みを崩さないままに、少年は告げた。

「このままだと、彼は危ないよ」
「どういう、ことかな」
「さして驚いてないその顔だと察しはついてるんじゃないかい?
 まあ、一応任務だから説明はするけどね。
 先刻、浩平君はあの紫色の仮面ライダー……草薙紫雲だっけ。
 彼の身柄を確保すべく、彼と戦闘したよ」
「……」
「結果は……まぁ負けでも引き分けでもないかな。
 何せ、向こうが戦いを放棄して彼を向こうの組織に勧誘してたからね」
「……!」

やはり……。
そんな思いがシュンにはあった。

あの草薙紫雲が相手ならば、それは十分に起こり得る事態だろう。

少し前までの浩平ならば、世迷言と切り捨てられるその誘い。
だが、今の状況でのその誘いは、簡単には切り捨てられない筈だ。

そもそも、彼がレクイエムに所属したのは『非現実的なもう一つの目的』を除けば、長森瑞佳を護る為だ。
護るというのは、勿論パーゼストからに他ならない。

だが現在、レクイエムはそのパーゼストそのものである高位パーゼストと契約を交わしている。
しかも、今は彼等の為の兵力さえ量産している状況だ。

この矛盾に気付かないほど、折原浩平は愚かではないだろう。
だが、それでもレクイエムの『手の長さ』、圧倒的な影響力が分からないほど愚かでもないはずだ。
だからこそ、草薙紫雲との戦闘に乗り出したのだろうから。

しかし、だ。
草薙紫雲の……ファントムからの直接の誘いがあれば、話は変わってくる。

実質、研究者として、あるいは技術力としてはともかく、
総合的な組織としての能力はレクイエムが遥かに上だ。

だが、ファントムは侮れない。
組織としての完成度は劣る筈なのに、彼らはしばしばレクイエムを出し抜いている。

ライダーシステム・その陰に隠れる特殊能力者、時に大胆、時に緻密な作戦……
それらをフルに活用したファントムは、小さな作戦任務妨害に始まり、幾つかのレクイエムの『施設』破壊まで、やってのけているのだ。

その理由として、ファントムの上層部にレクイエムのトップに匹敵する……もしくはそれ以上の切れ者が存在しているのか、
あるいはレクイエムの動きを伝えている裏切り者がいるのか……それまでは分からないが。

勿論、レクイエムが『本気』を見せさせすれば、現状をひっくり返す事はできるのだが……様々な事情から、今はまだ水面下で動いているに過ぎない。

そこに折原浩平という一個人が微かな希望を誤認する可能性は……確かにある。

「それで彼は?」
「その場では断ったよ。
 だが……僕が見る所、彼には迷いがあると見えるね。
 そこで、だ」
「……?」
「僕としては、彼をこちら側に呼び戻す為に、彼の奥底にある意思を確認する為に、後色々確認したい事もあるから一計を案じたいんだけど……協力してくれないかな。
 勿論、君達のボスの許可は取ってあるよ。
 というか、企画は彼と僕の共同アイデアなんだけどね」

そうして、少年は笑みを深めた。
本当に楽しそうな、笑みを。

 





「ふぅー……美味しいなぁ……美凪さん、お代わりお願いできる?」
「はい」
「……お前、よく食べるな」
「そうですか? まだ腹三分って所なんですけど」

往人の呟きに、紫雲は首を傾げた。

美凪が持ってきたカレー鍋の中身は尽き掛けていた。
容器に詰めて来たライスの方も同様である。
いずれも十二分以上の量があったにもかかわらず、だ。

「お米さんも大喜びでしょう」

その食べっぷりにウットリしつつ、美凪は最後の一杯を準備する。
それを上機嫌に眺める紫雲に、往人は話し掛けた。

「なぁ」
「……なんですか?」
「お前……本当に『仮面ライダー』なんだろ?」
「……信じるんですか?」
「……まぁ、な」

まさか、自分の眼で見たからとは言えず、往人は言葉を濁した。

ともあれ、紫雲としては「信じる」と言われると、嘘は言えない。
頬を掻きつつも、紫雲は答えた。

「えーとですね。
 仮面ライダーっていうとまだまだおこがましいですけど、そういう姿になったりはします」
「それで、戦う訳だろ……化け物と」
「ええ」
「なんでだ? 
 戦う事で何か得になる事でもあるのか?」

彼……彼らは自分と違って……『力』に操られているわけではなさそうだった。

にもかかわらず。
何故彼らは戦うのか。
何故自ら怖い思いをしに、一歩間違えれば死に至る様な世界に赴くのか。

深い意味はなく、往人は単純にそう疑問に思ったのである。

そんな往人に対し、紫雲は眉間にしわを寄せながら言った。

「なんていうか……ただ僕は…………誰かの力になれないのが、怖いんです」
「怖い?」
「ええ。
 昔、大切な人の力になれずに、ひどく後悔した事があったんです。
 だから、誰かが苦しむのが、見てられないんですよ」

それを聞いた瞬間。
往人の脳裏に、一人の少女の姿がよぎった。

友達が欲しいと望んでいた、一人の少女。
結局何もしてやらず、背中合わせに別れていった、一人の少女。

往人はその思考を無理やりに霧散させた。
今、この時とは何の関係もない……そう言い聞かせ、紫雲の話に耳を傾けた。

「……」
「だから、結局の所……損得というか、自分の為なんでしょうね」

回りくどい事を言ってはいるが、詰まる所、ただのお人好し。
言葉だけ取れば、そう思って当然だと往人は思っていた。
だが、そう語る紫雲の顔は、表情は……そう思えない凄みを感じさせるものだった。

「……ふん」

そんな理由。
人間は、そんな理由で命を掛けられるものだろうか?

少なくとも……自分は、国崎往人という人間にはできない。

自分は、余りにも他人との縁が希薄すぎる。

(……なんで、そんな俺の所にこんなものが……)

そう思いながら。
往人は、人形の中に戻した『刀』を、人形ごと握り締めた。







「今日はご馳走様でした」
「馳走になったな」

洗い物を終え、食休みの時間として若干の時間が流れた後、だらだらと見ていたテレビの番組終了を頃合と見て、瑞佳と浩平は席を立った。

その二人を見送るべく、祐一と名雪は玄関先に立っていた。

「よかったら、また来てね」

そう言って、名雪は微笑んだ。
社交辞令などではなく、心からそう言っているのが分かる、そんな笑顔で。

「また来てねって、今日使ったの俺の部屋だろうが名雪」
「うわ、狭量な奴だよな。
 水瀬、こんなみみっちい奴は放った方がいいぞ」
「浩平……そういう事言わないの」
「ははは。冗談だっての」

笑みを浮かべた瞬間、祐一と浩平の視線が交わる。
険しい表情の祐一に対し、浩平はあくまで笑みを崩さなかった。
ただ、その眼は……先刻の会話の時と同じ眼だった。

「……じゃあ、またなお二人さん」
「じゃあね」

互いに手を振りながら、ドアの外と中に区切られていこうとした、その時。

「……!!」

それは……『鍵』を持つ者に浮かび上がる、パーゼスト出現の感覚。

浩平がそれを感じた、次の瞬間。
ドアが開き、祐一が飛び出した。

「……」

瞬間、視線が重なり合うが、祐一は立ち止まる事なく駆け抜けていった。

「相沢君……」

そのただならない様子に、瑞佳は祐一が『向かった先』をなんとなく理解した。

「……」

ドアが閉まる直前、祈るように両手を重ねる名雪の姿が、二人の視界に入っていた。

パタン、とドアが閉まる。
それを二人はただ、無言で見つめていた……







「……!!」

最後の一杯を堪能していた紫雲が、不意に顔を上げた。

「……紫雲さん」
「ああ、出たみたいだ。しかも……これは……」

通常のパーゼストとは一線を画す、異質で強力な波動。

(高位パーゼスト、か……?)

少なくとも、かなり厄介な相手である事は間違いなさそうだった。

「ちょっと、行って来る。
 距離的に考えて、こっちには来ないと思うけど二人とも気をつけて」
「はい」
「……」

言うべき事を言った紫雲は、二人の返事を確認する時間さえ惜しいと言わんばかりの迅速さでバイクに灯を入れて、飛び出していった。

「……国崎さんは、行かないんですか?」
「なんで、俺が行くんだよ。
 いいか? 分かってると思うが俺は善人じゃない。
 さっきの奴みたいに、誰かの為に命を掛けられるほど酔狂でもない」
「なら……どうして」

そうして、震えるほどの力を込めて、人形を握り締めているんですか?

そう美凪が言おうとした瞬間だった。

『……!!』

光が、零れ落ちていた。
往人が握る人形の中から、あの……蒼い光が。

「……」

半ば呆然としながらも、往人は手を開く。
すると、待っていたといわんばかりに人形から『刀』が飛び出し……往人の腹部に突き刺さった。





『……汝は、既に選択している』

…… 

『我とともに、憑依体を滅ぼす事を』

……ふざけるな……俺は……

『それが汝の宿命だ。
 法術を、意思を、受け継ぐ汝の。
 抗いたくば、我に抗えるまでに強くなれ。
 己を受け入れ、高く跳べ。
 それもまた、汝の宿命だ……』







「変身」

ゆっくりと立ち上がりながら呟くその声は、往人のものではなかった。 
往人とは違う声で呟いたその身体は青い閃光に包まれ、変化する。

仮面ライダー虚空に。
 
「……少女よ。そんな顔をしないでくれ」

微かな悲しみを帯びた顔で見上げる美凪に、蒼い鎧を纏った虚空は言った。

「我としてもこの者の意思を尊重はしたい。
 だが事態が事態だ。許されよ。
 それに、我もこの者を殺すつもりはない。
 こんな所で、死なせはしない」
「……」

虚空の言葉に、暫し視線を彷徨わせていた美凪だったが、その言葉に偽りを見出す事は出来ず、彼女は静かに頷いた。

「この者を思う、汝の優しさに感謝しよう。
 そして、その優しさに誓って、この者は無事に帰らせる」

そんな虚空の宣言の後、その姿は霞か何かのように散り、消えていった……







浩平は、うーん、と身体を伸ばしながら階段を下りていく。

二人は、一階下の瑞佳の部屋に向かっていた。
あれ以上ドアの前に立っていても仕方がない……二人ともそれは理解していたから。

そうして無言のまま一階に降りた二人は、夜風を浴びながら歩いていく……
その途中、なんとなく違和感を感じて、浩平は振り返った。

「……瑞佳?」

瑞佳は、階段から数歩進んだ所で、寮の入り口を背に佇んでいた。

「どうかした……」
「浩平」

どうかしたのか。
問いかけようとした瞬間、瑞佳の言葉がそれを遮った。
その声音は、静かながら深く、重い。

瑞佳は何処か躊躇いながらも、迷いはない……そんな視線で浩平を見据え、言った。

「浩平、私に隠れて、何か無理とか無茶とかしてるでしょ」
「……何だよ、唐突に」
「さっきの相沢君の顔見て、思ったの。
 あの顔は……用事とか言って、暫く帰って来ない時の浩平の顔に似てた」
「……」
「今言うべき事じゃないかもしれない……
 でも、今日、言わないといけない事のような気がするの」

名雪との会話。
祐一の『戦い』。
そんな、今日の『流れ』を逃してしまえば、また日常の中に消えていきそうなそんな気がしたから。

「だから、もう一度聞くね。
 浩平、私に隠れて、何か無理とか無茶とかしてるでしょ」
「……」
「それも、つい最近の事じゃない。
 少し前からそうだった……違う?」
「…………やっぱり、分かるか?」

諦め調子で、浩平は苦笑した。
正直な話……浩平自身、いつかは追究されるだろうとは思っていた。
自分達は、相手の澱みに気付かないような、そんな付き合いはしていない筈だから。

「分からないわけないよ。だって、浩平の事だもん……」

それは、他の誰かにとっては理由にならない。
だが、この二人ならば十分に理由になりえる……そんな言葉だった。

「そして、それは……私の為、なんだよね?」
「……」
「浩平」
「…………ああ、そうだよ」

自分の為だと言う事もできた。
瑞佳に生きていてほしいというのは、折原浩平の我侭だから、と。

でも、そんな『嘘』は簡単に見破られるのは目に見えていた。
瑞佳の事が全てに優先される以上、それを浩平自身がどう思おうが……瑞佳にとっては嘘にしかなりえない。

そうして言葉を失った浩平に、瑞佳は告げた。

「私はね、浩平。
 浩平に……何処にも行ってほしくない」
「……」
「私の側にいてほしいし、私もずっと浩平と一緒にいたい。
 でもね、その為に……私達以外の誰かがどうなろうと知った事じゃないなんて、
 そんなの間違ってるよ……そんな事、浩平が一番分かってるはずだよ……」
「瑞佳……?」
「言ったよね。
 浩平の事、分からないわけないって。
 何をしてるかまでは分からないけど……
 それでも、浩平……時々だけど、ずっと、辛そうな顔してたから」
「……」
「浩平が優しいのは、私が一番知ってる。
 どんなに私や誰かをからかうのが好きで、悪戯好きでも……
 本当は他人を傷つけるのが好きじゃないの、ちゃんと知ってるよ」

つまりそれは。
真実ではなくても、『本当』を見透かされていた、という事。
折原浩平が、あらゆるものに目を瞑って、長森瑞佳だけを護ろうとしていた事を。

「だから、今の浩平は……かっこ悪いよ」
「……!」
「そんなの、浩平らしくないよ……!
 自分に嘘ついて、誰かを傷つけて、それで私達だけが幸せでいいなんて、思わないでしょ……?!
 そんな風に思う人なら、私浩平を好きになったりしないよ……!!」

瑞佳は名雪の言葉を脳裏に浮かべていた。

『勿論、祐一には生きて、一緒にいてほしい。
 でも……祐一らしさを失ってほしくもない。
 矛盾してるけど……』

彼女と自分とでは状況が違うし、大切な人に望む事もまったく同じではありえないだろう。
だが、自分の好きな、好きになった人の、その人らしさを失わないで欲しい、という思いは一緒だ。

もし、それが失われてしまえば……好きでいられなくなってしまうから。

例え、それを維持する事が……浩平や、自分自身を傷つけたとしても。

「瑞佳……」
「本当の浩平は、もっと強いはずだよ……!
 私達だけじゃなくて、皆で笑っていられるように、頑張れるはずだよ……!
 浩平は、浩平は……!」

静かに、だが、確かな意思を込めた瑞佳の言葉。
それにどう答えるべきなのか、浩平が思い悩んでいた、その時。

「随分と無茶な事を言うね」

そんな声とともに、一つの影が瑞佳のすぐ後ろに現れていた。
その姿を、その人物を、浩平はよく知っていた。

「氷上……?!」

そこに立つ青年・氷上シュンは浩平の呼び掛けとも呟きともとれる言葉を無視し、言葉を続けた。

「彼は、君を思うがゆえに、辛い道を選択した。
 その彼を君が非難するのかい?」

いきなり現れた第三者に瑞佳は困惑の色を露にした。
だが、困惑していたのは瑞佳だけではない。

「……何の用だ」

ある意味、瑞佳以上に浩平は困惑していた。

自分の監視任務の復帰であれば、わざわざ口を挟みはしないだろう。

それに、シュンは以前から瑞佳絡みの事については気を遣ってくれていた。
そのシュンが、今更それを破る理由が思い当たらない。

疑念と困惑の視線を受けて、シュンは言った。

「単純に友達に会いに来た。それが一つ。
 それと、ちょっとした、確認事項があるんだ。
 先刻、パーゼストの気配を感知しただろう?
 そこで、待ってるよ。
 それまでは彼女の身の安全は保障する」

次の瞬間、シュンの腹部にベルトが浮かび上がる。

「?!」
「変身」
「きゃっ?!!」

仮面ライダーフェイクに変身したシュンは、何を思ったか、瑞佳を抱え高く跳躍した。

「なっ!!!!???」

まったく予想だにしていなかった出来事に、浩平は身動き一つ取れなかった。
その間にも、瑞佳を抱えたフェイクは建物から建物へと飛び移り、遠ざかっていく……!

「……っ!!!」

その事実を認識した浩平は、鬼のような形相でサイドカーにまたがり、即座にエンジンを掛けた。

「どういうつもりだ、あの野郎……!!!」

一声吼えた浩平は、怒りを込めてグリップをまわし、愛機を急発進させた……







「なんだ……?」

その異変に気付き、祐一はメットの中で怪訝な表情を浮かべた。

パーゼストが、移動している。

クリムゾンハウンドの探索マップによると、パーゼストが移動している辺りは明らかな市街地だ。

だが、パーゼストは立ち止まる事無く……人間を襲う事無く移動を続けている。
もしも何かの要因で負傷しているのであれば、潜伏を最優先とし、反応がなくなる筈だ。
紫雲の事件で、通常のパーゼストならそうするのが基本である事を祐一は理解していた。

「やっぱり、高位のパーゼストなのか……?!」

先刻からの異質な感覚と、この状況から考えて、その推察が正しい事を祐一は確信していた。

ただ、何を考えてそんな事をしているのかまでは……予測できなかった。







憑依体対策班本部でも、その異常は察知されていた。

「やれやれ。今日は色々起こるな。
 先刻の事件の事後処理や確認作業も終わってないってのに」
「……」

やれやれ、とぼやく草薙命。
その横には、状況確認を進める川澄舞の姿がある。

「これを高位のパーゼストと仮定した上で考えるなら、何かの罠でしょうね」

モニターに映し出された状況を見て、水瀬秋子は呟く。

「少なくとも、何かの意図があるのは確実でしょう」
「ライダーを、誘き寄せてるのかな」

パーゼストの存在を示す緑の光点を追う、赤い光点……それらを見ながら、橘敬介は推察した。

「そうですね。現状ではその可能性が高いでしょう。
 ただ……」

それは特定の誰かを対象にしたものなのか、ライダーシステム所持者全員が対象なのか。

「何にせよ、放ってはおけません。
 憑依体対策班、出動を了承します。
 一斑はS装備、二班はH装備でお願いします。
 命と舞さんはここに残って、状況把握を。
 私と橘さんで現場に向かいます」
「まあ、それが妥当だな」

対策班の活動が確実なものとなった今、秋子が現場に出る事も少なくなっていた。
だが、今回は……

「本来なら秋子の方が残るべきだろうが……相手が相手だ」
「ええ。
 では橘さん、行きましょう」
「ああ」

秋子の言葉に頷いた敬介は、点検を済ませた特殊銃弾を装填した銃を服の中に仕舞い込みながら、秋子と共に対策班本部を後にした。







「離して……!」

フェイクの肩に担がれた瑞佳は、そこから逃れようと必死にもがいていた。
そんな瑞佳にフェイクは静かに言った。

「あまり、動かないでくれないかな。
 手が滑ってしまうから」
「……!」

そこで、瑞佳は冷静さを取り戻した。
フェイクは屋根から屋根、ビルからビルを飛び跳ねて移動している。
そして、自分はそんな存在に抱えられていて、彼が力を緩めれば、あっという間に地面に落ちる事になる。

「うっ……」
「済まないけど、暫く我慢してくれ」
「……な、なんで……なんで、こんな事を……?」

恐怖からか、涙目で瑞佳は問うた。

「……知りたいなら、教えてあげるよ。
 何故、君がこんな状況に陥っているのかをね」

そうして、フェイクは語りだした。
折原浩平の、現在に至るまでの顛末を。








「……到着一番手は、君か」

そこは、倉庫が並び、すぐ側の海には幾つかの船が停泊している、夜の港。
『彼』がこの場所を選んだのは……単純に気まぐれだった。

真横の海を眺めていた少年は、排気音に気付いて振り返った。

そこには、眼鏡を掛けた一人の青年が……バイクから降り立つ姿があった。

「子供……?」

そう認識した紫雲は怪訝な表情を浮かべる……が、それは刹那の間のみ。
刹那の後には、腹部にベルトを浮かび上がらせていた。

と、そこに、新たな排気音が響き、一台のバイクが紫雲の後ろで停まった。

「相沢君……」
「草薙……って、コイツが……?」

バイクから降りた祐一は、ベルトを腰に装着しながら言った。

「ああ。油断しない方がいい。
 これでも、高位パーゼストなんだ」
「……分かったよ。変身!」
「変身」

赤と紫の閃光が迸り、二人の姿が変わる。
仮面ライダーカノンと、仮面ライダーエグザイルに。

「うん。いい命の輝きだ。
 だが……今日は君達に大した用事は無いんだ」
「なに?」
「……そうこうしてるうちに、来たみたいだね。
 今日のメインイベンター達が」

呟いて、少年は顔を上げ……居並ぶ倉庫一つ、その屋根の辺りを見つめた。

そこに、一つの……いや二つの人影が着地する。
それを見て、二人は思わず声を上げた。

「長森さんっ!?」
「それに、アイツは……!」

仮面ライダーフェイク、そして長森瑞佳がそこに立っていた。
瑞佳は、ロープで縛られているわけでもなく、意識もしっかりしているようだったが、場所が場所、相手が相手だからか抵抗するそぶりを見せなかった。
フェイクもそれを知っているからこそ、拘束さえしていないのだろう。

そんな二人の姿を見て、カノンとエグザイルは即座に身構え、足に力を込める。
だが。

「動かないでくれ。
 下手に動くと、彼女が危なくなる」

淡々としたフェイクの言葉に、二人はその動きを止めた。

「くそ……っ」

歯噛みするカノンに、少年は言った。

「あ、言っておくけど。彼女は君達に対する人質じゃないよ」
『…………まさか?!』

図らずも同時に思い当たり、二人が同時に叫んだ……その時。

「……!!! この排気音は……!」

強化された聴覚で、エグザイルがそれを捉えた時には、ソレは現れていた。

一台のサイドカーが、カノン達と少年を挟む形で停車する。
そこから降り立つのは……。

「折原浩平君、待っていたよ」

挑発するかのような陽気な少年の言葉に、ベルトを手にした浩平は全てを射殺すような視線を叩き付けた。

「何の、つもりだ。お前ら」
「テストだよ。
 君が、レクイエムにこれからも従うか否かのね」
『……!!!』
「その為に、彼女にここに来てもらったんだ」

少年の言葉に、エグザイルは無言で拳を握った。

「ああ、草薙紫雲君。君が気に病む必要は無い。
 別に君がファントムに勧誘したから、こんな事をやったわけじゃない」
「……?!」
「遅かれ早かれ、これは実行する予定だったらしいよ。
 まあ、ここまで大袈裟にするつもりはなかったらしいけど」
「ぐ、ぅっ……貴様らぁ……!!!」
「あ、怒らない怒らない。
 浩平君、君がこのテストにクリアすれば、彼女は無傷で帰してあげるんだから」

人差し指を、チッチッと振りながら、少年は言葉を続けた。

「テストは簡単。
 この場で、僕らと一緒にこの二人を殺せばいい」
『……!!』

提示されたその条件に、カノン、エグザイル、瑞佳、浩平は息を呑んだ。

「戦力的には十分に可能だし。何の問題も無いでしょ?」
「……」
「君は紫雲君に言っていたじゃないか。
 僕達パーゼストも、レクイエムの流れも止められないって。
 それは揺るぎない事実、確定された未来なんだ」
「……」
「その世界で『君達』が生きていくには、レクイエムに従うのがベストだよ。
 パーゼストの僕でさえそう思うんだ。間違いない」
「……」
「さあ、後は簡単な答を、意志を見せてくれればいい」 
「…………そうだな。簡単な答だ」

僅かな逡巡の後。
冷え冷えとした言葉を吐いて、浩平はカノン達を見据えた。

「草薙。相沢。
 お前らには、感謝してる。
 お前らはお前らなりに、気を遣ってくれたみたいだからな。
 だが……」

悪く思うなよ。

浩平がそう口にしようとした、瞬間。

「浩平ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
『?!』

今の今まで沈黙を守っていた、瑞佳があらんばかりの声で叫んだ。

「瑞、佳?」
「私っ!! 本気で怒るからね!!
 かっこ悪い浩平なんか、絶対、絶対、許してあげない!!
 またあの世界に行っても、待ってなんかあげない!」

瑞佳は、知った。
シュンから聞いて、知った。
浩平が自分の為に何を選択し、何をしてきたのかを。

嬉しかったし、悲しかった。
自分以外の何もいらないと、本気で思っている、思おうとしている浩平が。

そして、浩平に辛い思いをさせてしまったのは、他ならない自分なのだと改めて思い知らされた。

謝りたかった。そして、ありがとうと言いたかった。

でも、その代わりに、今はただ叫ぶ。

ボロボロと涙を零しながら、瑞佳は叫び続ける。

自分の好きな、折原浩平であってもらうために。

「浩平……浩平は浩平のままで、いてよ……!
 そうじゃないと駄目だよ……!
 じゃないと私……絶交しちゃうから…………!!」
「……………………………!」

瞬間。
辺りが水を打ったように静かになった。

だが、それはあくまで瞬間で、長くは続かなかった。

「……中々の名演説だったね」

うんうん、と至極感心したと頷く少年。

「でも、彼は君に生きていて欲しいのを最優先に……」 
「……草薙、相沢」

そんな少年の言葉を遮って……浩平は、告げる。

「折原君……?」
「折原……?」
「一つ、訂正させてもらうわ。
 俺はお前らに、自分の一番大切なものを護れればそれでいいって言ったよな。
 それ間違いだ」

不敵な笑みをその顔に浮かべて、浩平は言った。

「俺は、その一番大切なものを護って、ソイツに好きでいてもらわないと駄目だ。
 嫌われちまったら……何の意味もねーよ。
 今更ながらに、気付いたぜ」

浩平は握っていたベルトを腰に巻き付け、鍵を空中に放り投げた。
クルクルと回るそれを、バシッとキャッチし、叫ぶ。

「瑞佳っ! 俺が悪かった!!!」
「っく……うっく……浩、平……!」
「侘び代わりに……俺の一番かっこいい所見せてやるぜ……っ!!!」
「……うんっ!!!!!」

そして、鍵を挿し込み……廻した。

「変、身……!!」

白と、黒のコントラストが、闇夜に駆け、浩平の身体を覆う。
溢れ出た閃光と共に、その身を変える。

光が晴れた其処には仮面の戦士が一人。

仮面ライダーアームズが、其処に在った……!!!

「……状況が、分かっていないのかな?」

変身したアームズを呆れ顔で見て、少年は言った。

「君の一番大切なものは……僕達の手の内にあるんだよ」
「その通りだよ。
 そして、君には……レクイエムに逆らった事を、後悔させなければならない。
 彼女は……」
「瑞佳っ、来い!!」

フェイクの言葉が形になる前に、アームズが叫んだ。
そして、瑞佳はその意図を即座に理解した。

「……浩平っ、お願い!!!」

一片の迷いも見せず、瑞佳は屋根から飛び降りる……!

「っ!?」
「……!!」
「サンキュー……そうしてくれると、思ったぜ! 瑞佳!!」

大きく跳躍したアームズは、あっさりと瑞佳を抱き止めた。

だが。

「馬鹿だね。そう簡単にハッピーエンドにさせるとでも思ったのかい?」

その言葉と共に、少年は瞬時にライオンパーゼストに変貌し、掌に収束した炎を未だ宙に在る二人に向かって解き放つ……!!

「させるか!!」
「同じく!」

その攻撃が放たれるよりも早く、カノンとエグザイルは地面を蹴っていた。
二人の拳には既に閃光が巻きついている……!!

『ぐっ!?』

同時に放たれた拳は、ライオンパーゼストの腹部を捉え、結果、放たれた炎は明後日の方向に跳んでいく……が。

『なんてね』

拳を受けてたたらを踏みながらライオンパーゼストは炎を放った手の指で、アームズ達を指した。
すると、明後日の方向に跳んでいた炎は方向転換し、アームズと瑞佳の方へと突き進む!

「くっ!!」

自らを盾にしようと、エグザイルが地面を蹴る、が。

「間に合わない……!」

エグザイルが諦めかけたその瞬間。

『……な、にっ!?』

ライオンパーゼストが、今までとは打って変わった驚きの声を上げた。

その理由は……炎の消失。
まるで何かに溶け込むように、炎は何処かへと消えうせてしまった。

『……やれやれ。
 女子供を巻き込むとは、もののふの風上にもおけんな』
「お前は……?!」

カノンの声に答えるように、フェイクが立つ倉庫の隣の倉庫、その屋根に、ゆらり……と、その姿を現したのは、蒼い仮面ライダー。

「我が名、仮面ライダー虚空。
 義と宿命によって、助太刀しよう」

そう宣言して、虚空は地面に降り立った。

「………味方して、くれるのか?」
「どうやら、そうみたいだね」

とりあえず安堵して、カノンとエグザイルはそんな言葉を漏らした。

「とと……なんだ、アイツ……?」

一方、虚空を知らないアームズは着地しながら、疑念を含む声を上げる。

「さぁ……でも、助けてくれたよ」
「まあ、そうみたいだな。……瑞佳」

瑞佳を地面に下ろしながら、アームズは言った。

「なに?」
「えーとだな。言いたい事はたくさんあるだろうが……とりあえず、これが終わった後でいいか?」
「勿論だよ」

未だ涙の跡が残る、それでも満面の笑顔で瑞佳は答えた。

『この僕相手に随分余裕だね。君達』
「まあ、余裕も出てくるだろ。この状況ならな」

そう。
戦況は完全に逆転していた。
ライオンパーゼストを、カノン、エグザイル、アームズ、虚空が……四人の『仮面ライダー』が取り囲んでいる。

さらに……

「サイレンの音……? まさか」
「そうだよ、長森さん。多分、そのまさかだ」

サイレンの音と共に、其処に雪崩れ込むのは……憑依体対策班。

数秒と掛からないうちに車から降りた面々は、そこからさらに数秒と掛からないうちに銃口を構え、その照準を、最も分かりやすい敵であるライオンパーゼストに合わせていた。

その数、数十は確実だった。

「気の毒ですが、完全に包囲させていただきました」

ライオンパーゼストを見据えながら歩み出た秋子が言う。

「……これなら、さしもの高位パーゼストも手も足も出ないだろ」
「数で押すのは好きじゃないけどね」
 
カノンの言葉に、エグザイルが相槌を打つ。

「さらに言えば……氷上はとっくの昔に離脱してるみたいだしな。
 まあ、俺はやりにくいんで助かるけどな」

そう。
いつのまにか、仮面ライダーフェイクの姿は戦場から消え去っていた。

「……チェックメイトだな。諦めろ」

最後通告とも取れる言葉を、アームズが宣告する。
だが。

『ぷ。はははははははっはははっははっははっははっは』

この状況にまったくそぐわない哄笑を、ライオンパーゼストは上げた。

「何がおかしいんだ?」
『いやいや。あんまりにも可笑しくてね、相沢祐一君。
 まさか、この程度の戦力で僕を倒せるとでも、本気で思ってるの?』
「……何?」
『現状の戦力はどんなものかと思ってたけど、この位か。
 わざわざ調べに来た甲斐がなかったかな。
 まあ、暇つぶしにはなったけどね。
 何で現存してるのか知らないけど……そこの翼人の遺産なら、知ってるだろう? 覚えてるだろう?
 『神』を護る為に生まれた、僕らの真の力をね』
「……!!!」
「!?」

遺産……そう呼ばれた虚空と、その言葉の意味を悟ったのか、秋子が息を呑む。

「貴様……まさか、段階を……安定させたのか……?!!」
「そんな、早すぎる……何故?!」
『まあ、僕らには協力者がいるからね。
 折角だから、見せてあげようか。
 僕の第二段階を……!!』

そう言って、ライオンパーゼストはバッと両腕を広げた。
その身体が内側から溢れ出た赤い光に覆われていき、その光の中で身体の形状が変化していく……!!

『hujjuhihuh…………………uhuuhuuhuhuuhuuuhuhuu!!!!!!!』

そうして、異形の咆哮が通り過ぎた、次の瞬間。

「く……!!!???」
「熱っ……」
「ぐうううっ!?」

熱風が辺りに吹き荒れる中心に現れたのは。

獅子の頭部と。竜の頭部と。牡山羊の頭部を持ち。
蛇の頭部がついた尾と、背中に竜の羽を生やした……キマイラパーゼスト……!!!

『さて。
 じゃあ、挨拶代わりに一つ、僕の力を見せてあげよう』

フワリ、と空に舞い上がるキマイラパーゼスト。

まるで星か太陽かのように薄く赤く炎のように発光していた身体の光が、少しずつ強くなっていく……!!!

「皆、伏せて!! 逃げてっ!!!!」

その秋子の叫びが響き渡った瞬間。

辺りは、閃光に包まれた……!!!










……続く。





次回予告。

圧倒的な力を見せたキマイラパーゼスト。
パーゼストという種の力の片鱗を見て、多くの人間が恐怖を抱く。
だが、それを打破せんと、恐怖を乗り越えんとする者達もいた。

「それでも僕らは勝つ。勝たなきゃいけないんだ」

乞うご期待はご自由に!





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