第二十二話 戦士達の交錯(中編)





ほぼ同時に地面を蹴るエグザイルとアームズ。
以前にもあったその激突をアームズ……浩平は記憶していた。

(コイツは俺より速い……なら!)

アームズは急停止し、横に飛ぶ。
その間に腕を変形させ、光の弾丸を連続して解き放った。

「……っ!」

急な方向転換と攻撃に多少驚きながらも、紫雲……エグザイルは瞬時に左拳に生体エネルギーを収束させ、光弾を叩き落とす。

アームズはそれに構わず距離をとるべく移動しながら、弾丸を撃ち続ける。

(遠距離戦の流れにするつもりか…………なら距離を詰めるまでだ……!!)

連続して撃たれる弾丸を弾きつつ、そんなアームズに向かって再度疾走するエグザイル。

「そうくるのは、分かってんだよ!」

叫びながら左右肘部分の刃を展開させたアームズは、常に距離を置いていた状況から一転、踏み止まり逆にエグザイルに急接近する。

「こっちもだ!!」

一方エグザイルは更に速度を上げて、紫の光を纏った左拳を解き放つ……!!

衝撃音とともに、刃と拳が激突する……かと思いきや。

「ふっ!!」

光を帯びた右手の甲は、刃を防ぐ為に使われた。
そうしてエグザイルは、受け止めた刃ごとアームズの腕を弾き払う。

瞬間、アームズの身体が開いた。

(もらった……!)

即座に意識と力を束ね、右拳を撃つエグザイル。

だが。
その時、エグザイルがまったく予期しない事が起こった。

「……っ!??」

右ストレートを打ちかけた体勢のまま、凝視する。
その眼前には……アームズの肩に装備されていたと記憶する生体爆弾。

腕を払った隙をついて放ったもの、というのは推測できる。
だが、問題なのはそんな事ではない。

(正気か?! この至近距離で……!?)

声を上げる間もなく、爆発が巻き起こる……!

「くぅっ!!」

反射的に顔を防御するカタチを作りながら後ろに飛んでいたが、流石に完全な回避と防御はできなかった。

人間なら死にかねないの熱量で装甲を焦がしながら、跪くような体勢で道路を滑るエグザイル。
それでも即座に踏ん張って慣性を殺し、立ち上がるのだが……

「うおおおおおおっ!!」

未だ完全に収まらない砂煙の中、猛然と飛び出してくるアームズ。
その掌底には光が宿っている……!

「っ!?」

立ち上がったばかりで完全な態勢を整えていないエグザイルは、反射的な防御もできず、腹部に一撃を受けた。

「がぁっ!!」

身体をくの字にしたエグザイルは、大きく宙を舞って道路から砂浜に叩き付けられた。

落下の衝撃で散った砂が、エグザイルに降り掛かる。

「く……ぅ……!!」

ダメージはある。
だがそれ以上に、紫雲は驚きの方が先に立った。

あの距離で爆発を起こせば、自分もただでは済まない。
まして、あの直後自ら前に進むなど、正気とは思えない。

いかに装甲に守られているといっても、ダメージが全くないわけじゃない。
下手をすれば自分の方が深いダメージを負う可能性もある。
現に砂煙の中現れたアームズの装甲は、所々ではあるが多少歪んでさえいた。

だが、そうしなければエグザイルが優勢のあの状況を打破できなかっただろう。

(それだけ、本気なのか……)

なりふりを構わないその姿は。
どれほど勝利を得たいと思っているかの証明であり、
いかに瑞佳を想っているかの証明であるように紫雲に思わせた。

「う、おおおおおおおおおおおっ!!」
「……!!」

思考しつつ懸命に立ち上がろうとするエグザイルを尻目に、アームズは咆哮と共に跳躍する。
白き閃光が、空中で身を翻すアームズの脚部に収束する……!!

始めて見るが、恐らくはアレがアームズの最高技なのだろう。

「く……!!」

エグザイルも急速にエネルギーを収束し、砂浜を蹴る。
アームズ同様空中で半回転し、必殺の蹴撃体勢を整えた。

「はああああっ!!」
「おおおおおっ!!」

振り落とされる炎獄の白撃。
空に昇る絶対の紫。

両者最高の一撃が衝突する、その瞬間。

「……!!?」

紫雲は、違和感を覚えた。

手応えが、ない。
激しい衝突が通り抜けていくような感覚。

それもそのはず。
衝突の瞬間、アームズは閃光を纏った脚を退かせていたからだ。

上昇するエグザイルと降下するアームズが交差する。
その刹那、アームズはエグザイルの脚を掴み、クルン、と中空で身を捻った。

両者の軸が変化する。
直線の激突が、ほぼ直角へと。

そこには、一撃を回避され無防備になるエグザイルと、退いた脚に力を漲らせ、万全の体勢を整えているアームズという構図が出来上がっていた。

(しまっ……!)

次の瞬間、閃光が辺りを覆い尽くし。

横合いから放たれたアームズの蹴撃が、エグザイルを捉えた……!

直後、轟音が響き、大きな水柱が巻き起こる。

「……っ……」

着地するアームズの上にパラパラと舞い上がった水が雨のように降り注がれる。
その視線の先には、エグザイルが凄まじい速度で叩き付けられ、瞬間波さえ掻き消えた水面があった。

「よし……」

確かな手応えを浩平は感じていた。
そして、その手応えは自分の最高にして全力の一撃なのだ。
死んでいなくても、そう簡単に立ち上がれはしない筈だ。

(高位のパーゼストでも無い限りはな……)

そう考えて、浩平の頭に疑念が浮かび上がった。

高位パーゼスト。
自分が苦戦を強いられたソレと同格の存在を、今自分が相手にしている存在は、疲弊していたとは言え撃破している。

そんな存在をこうも容易く倒せるものなのか。

浩平がそう思考した瞬間……再び水柱が、吹き上がった。

「なっ……!?」

水柱の中心には、拳を振り上げる人を形作る紫のラインと、紫の眼が輝いていた。

水が晴れていく其処にあるのは、先刻までの姿ではない。

白銀色の鎧を纏った、彼の真の姿。
仮面ライダ―エグザイル・トゥルーフォーム……!

「……正直、危なかった。
 『変真』が間に合わなかったら……流石に死んでたかもしれない」

皹が入り、血が流れ出る右脇腹を抑えながらエグザイルは海の中に立っていた。

あの瞬間の閃光が……強化変身の光だった事に、浩平は今更ながら気付く。

「けっ……高位パーゼストの攻撃を防ぎきった防御能力をもってすれば、
 俺の渾身の一撃でも無駄無駄ってわけか」

冗談じみた口調ではあったが、浩平の内心は焦っていた。
紫雲がこの状態になる前に決着をつける……その為の短期決戦が仇となった事に。

だが。

「でもないよ……この状態見れば分かるだろ……」

そう呟くエグザイルは、多少ふら付いていた。

パーゼストに近い肉体を得た事は、こと戦うという事に関して、紫雲の精神的な部分を除いてプラスばかり……紫雲の身体を調べたファントムや紫雲自身でさえそう思っていた。

が、そうではなかった。

反因子と因子はその名のままに相反するものだ。

ファントムのベルトの機構は、反因子をあえて身体に流す事で因子を活性化させ、プログラムによって変化を導く。
言うなれば生かさず殺さずで因子を利用しているという事。

しかし、それは因子をあくまで『潜在的に』持っている人間だからこそ可能なのだ。

ゆえに、肉体をパーゼストとして覚醒させた紫雲は勝手が違ってくる。

勿論、反因子結晶体・擬似反因子結晶体・ベルトプログラム……紫雲自身は意識していないが彼の精神力も含まれる……によって二つの因子を制御してはいるのだが、外から反因子影響を受ければまた別である。

(……今にして思えば、あの高位パーゼストの『カノン』に変身した時の撤退はそれがあったのかもしれないな)

そう考えると、今の草薙紫雲にとって『仮面ライダー』は天敵なのかもしれない……紫雲はそんな事を考えた。

「……」

ズン、と片足を踏み出し、一歩一歩進んでいくエグザイル。

ソレに対し、後ろに飛び下がったアームズは再度腕を変形させ、白い弾丸を斉射する。
だが、エグザイルはそれをものともせずに、一歩一歩前進を続ける……!

「ち……!!」

その様子にアームズは思わず舌打ちした。

通常攻撃方法である光弾がこの様では、まともな戦術が立てられるはずもない。
生体エネルギーを収束させた攻撃は通じるかもしれないが、戦術が立てられない以上さっきのような奇襲も組み立てられない可能性が高いし、そもそも二度は通用しないだろう。

(退くか……?!)

いつもなら迷わず撤退する状況だ。
しかし、今回はそれなりの覚悟を持って、自ら挑んだ戦いという事もあり、浩平の心には迷いが生じていた。

その思考の最中も接近を続けていたエグザイルが、ついに自身が得意とする攻撃圏内……接近戦の間合いに入り込む。

「っ……?」

あと一歩進めば、確実に一撃を加えられる……その間合いでエグザイルは脚を止めた。
まるで攻撃する気配を見せない為、絶好のチャンスであるにもかかわらず、逆に警戒してしまい、アームズもまた攻撃を止めてしまった。

その次の瞬間。

「……っ!?」

エグザイルは変身を解除し、草薙紫雲の姿に戻った。

「……なんの、つもりだ……?」

言いながら、迷いながらも……………浩平も変身を解除した。
別に紫雲につられて、というつもりはなかったが……何故かそうすべきだと彼は感じていた。

紫雲は、そんな浩平を澱みの無い視線で見据える。

「今、君と戦って……君にもう一つ聞きたい事が出来た」
「なに?」

そう言って、一つ息を吸うと紫雲は告げた。

「折原君……ファントムに来ないか?」
「な……?!」

紫雲の予想外の言葉に、浩平は少し間の抜けた、そんな声しか出せなかった…………







「……ん」

往人はゆっくりと眼を開いた。
何かの夢を見ていたような気がするのだが……全てがぼんやりとしていて曖昧だった。
夢はおろか、目覚めた現実でさえも。

「ここは、何処だ……?」

起き上がり、周囲を見渡した往人は、そこが何処かの廃工場である事をぼんやりと把握した。
そうして、ここに至るまでの状況を思い出す。

「く……」

立ち上がる身体は、いまだに重い。
その原因となった人形……そして『刀』を、往人は握り締めていた手を開き、眺めるような曖昧さで見詰めた。

そんな時だった。

「誰だ……?!」

何かが開くような音。
その方向に顔を向ける。

すると、その先には細く開いた鉄製の扉と、そこから工場内に入り込む一つの影があった。

軽い足音と共に往人に近付いたその影は、この場所に相応しい穏やかで静かな声を発した。

「……それはコッチの台詞かと……国崎さん?」
「お前……遠野?」

そう。
窓から差し込む月明かりに露になったのは、何やらたくさんの荷物を抱えた遠野美凪の姿だった。

「……こんな所に何の用だ?」

毒気を抜かれた往人は、気を抜いた口調でそう尋ねた。

「私は、ここに住んでいらっしゃる方にお食事をお分けをしようと」

そう言って、フラフラと大荷物を掲げる。

「こんな所に住んでる奴がいるのか?」

その荷物の多さを突っ込むべきなのかどうか迷いつつ、往人は気になった疑問の方を先に呟いた。

「仮住まいのようなものだと、その人はおっしゃってます」
「ふーん……」
「それより国崎さんこそどうして……あ」

言いかけて、美凪は納得したように手鼓を打った。

「……お体は、大丈夫ですか?」
「何のことだよ」
「さっき……変身なされてましたから。
 変身なされてる間は記憶がないのですか?」
「……」

他人から言われて、改めて夢や幻ではなかった事を思い知らされる。
自分の記憶だけなら、まだ夢や幻と言い張れたのに……などと往人は考えた。

「余計な事を……」
「……?」
「いや、コッチの話だ。
 ちゃんと、記憶はある。んで、とりあえず……今は何ともない」
「それは何よりです。ぱちぱちぱち」
「……本当に相変わらずだなお前は」

『拍手の擬音』を呟きながら、拍手を実践する美凪を呆れ顔で眺め、往人はカックリと肩を落とした……その瞬間。

グギュウウウウ……と、なんとも形容しがたい音が響いた。……往人の腹部から。

「はらぺこさん?」

小首を傾げて、美凪は呟く。

「いえす。
 ……鯛焼き一個じゃ腹は膨れないだろう」

美凪に再会した時の鯛焼きはきっちり食べていたものの、彼の空腹はそれぐらいでは収まらなかった。
……まあ、変身した影響もあったりするのだが、そこは今の彼の知る所ではなかった。

「それもそうですね」
「というわけで、その荷物の中味を寄越せ」
「強盗さん?」
「……違うと言いたいが、否定できないな……とにかく寄越せ」
「……暫しお待ちください。
 ここに住まわれる方がもう少ししたら帰ってこられると思うので」
「先に食わせろ」
「食事は、皆で食べた方がオイシイです」
「なんか、イントネーションが微妙に違うぞ」

そんな漫才会話を交わしながら、二人は暫しの間時間を潰す事となる。







その頃、ある意味において二人共通の待ち人となった草薙紫雲は、折原浩平との対峙を続けていた。

「こんな事を言うのは、君の決意や覚悟を馬鹿にしてると思われるかもしれない。
 でも、あえて言わせて欲しい。
 こっちに、来れないのか?
 君は……レクイエムにいるべきじゃない……僕は、そう思う」

そんな紫雲の言葉に、浩平は怪訝な表情を隠そうともしなかった。
しかし、それも当然の事である。

「……お前、正気なのか?
 俺はレクイエムの一人として、散々お前とやりあったし、今も……殺しかけたんだぞ」

そう。
彼等は紛れもなく敵同士だった。
少なくとも、数瞬前までは。

にもかかわらず、紫雲はあっさりと……本人はそんなつもりなどないが……こう答えた。

「その理由が、自分の大切な人を護る為なら……僕自身は別に構わない。
 僕だって……護る為に君と戦って、パーゼストやレクイエムと戦ってるんだから」
「甘いな、お前」
「……甘いつもりはないけど、否定はしないよ」
「なんだそりゃ。
 大体、なんで俺がレクイエムにいるべきじゃないなんて言えるんだよ」
「……さっきも言った通り、君が自分の大切な人の為に戦ってるからだよ。
 そして、レクイエムは……そういう目的の組織じゃない。分かってる、筈だよ」
「……だからって今更、はいそうですか、ってそっちにいけると思うのか?
 お前は良くても、ファントムの他の連中は認めないだろ」
「確かに、簡単には行かないと思う」
「だろうが。それにさっきも言った筈だ。
 レクイエムやパーゼストの流れは止められない……行き着くところまで行くだろうってな。
 その世界で……ファントムが何か出来るってのか……?」

浩平がそう口にした瞬間、紫雲の表情が変化した。
怒りとも、悲しみともつかない表情に。

そして、その表情のままで紫雲は言った。

「……そこだよ」
「何?」
「僕が、腹が立つのはそこなんだ。
 確かにレクイエムやパーゼストは己が目的を達成させようとしてる。
 その中で人類を揺るがすような大きな『何か』が起こる……その可能性は高いと僕も思う……でも!
 まだ、今は……起こってないんだ……」 
「……っ」
「今だって、最悪の事態を避けようと、ファントムのメンバーは研究をはじめ、いろいろな場所で動いてる……
 ファントムだけじゃない……全貌を知らなくてもパーゼストに対抗しようと警察が……いや、いまや世界中の国が動いている事は、君だって知っている筈だ。
 そして、レクイエムやファントムを詳しく知らなくても、ただ誰かの為に戦っている相沢君のような人間だってたくさんいる」

そう呟く紫雲の脳裏には、
誰かを護ろうと懸命に身体を鍛える祐一や北川、
ファントムの施設で働くみさきや雪見、
自分の為にバイトを肩代わりした留美、
自分の身を案じてくれる美凪やあゆ達の姿があった。

彼らは、戦っている。
他の誰がそう思わなくても、紫雲はそう言えると思っていた。

「そうして、皆、今できる事をやって、あがいてるんだ……
 だから、諦めるには……まだ早いと僕は思う」
「……」
「その中で、君一人勝手だ、なんて言うつもりは無い。
 君だって……散々悩んで、今ここにいる事ぐらい僕にも分かる。
 でも……今の君は、パーゼストと手を結んだレクイエムに従う事に迷いがあるように思う」
「何……?」
「もしも、君にまったく迷いがなかったなら、わざわざ七瀬さんを介すまでもない。
 パーゼストがいる所に僕らは現れるんだから、その時にでも戦いを挑めばいい。
 その方が君にとって都合がいいはずだよ。
 相沢君に至っては寮に住んでる事を知ってるんだから、ベルトを奪うだけなら、いくらでも方法はあったはずだ」
「……」
「でも、君はそうしなかった」

それは浩平なりの筋の通し方なのかもしれない。
だが、最終的に瑞佳を護る為にレクイエムに従い、その為のあらゆる手段を講じるというのなら、
そして……さっきの戦いの中で見せた意志を鑑みれば、それは腑に落ちない行為だ。

ゆえに、紫雲はそこに浩平の迷いがあると考えていた。

「―――それで?
 仮にここにいる俺がレクイエムに不満があって、
 その上でレクイエムを抜けたとして、その後は?」

その問いに紫雲は暫し沈黙したが、やがて意を決して告げた。

「言っておいてなんだけど……君がレクイエムを抜ける事によって起こる事態は正直、予測できない」
「……だろうな」

レクイエムを裏切った人間やそれに関係する人間達が、どうなるのか……それは誰も詳しい所を知らない。

そう……『誰にも分からない』のだ。

裏切ったその後が全く確認できない。
生き死にはおろか、行方不明かどうかさえ分からない。
完全に情報がシャットアウトされているからだ。

ただ……度々レクイエムで行われている人体実験の被験者や、生体部品の追加時期と符合するものがあるというのが『彼ら』内で噂になっていた。

それだけと言えば、それだけ。

だが、それが逆にレクイエムの恐ろしさを『彼ら』に協力する人間に見せ付けていた。

そして、その噂はレクイエムに唯一対抗しているファントムの人間である紫雲も承知していた。

「勿論、出来うる限りの努力はする。
 僕にできる全てをやるし、ファントムの皆にも力を貸してもらうつもりだ。
 それでも、その時の君や長森さんの身の安全を100%保障できるほど……ファントムは完全じゃないし、僕も強くない」

言いながら、紫雲は、グ……と拳を握った。
悔しそうに目を伏せながら。

「そう……僕達は、僕は、弱いんだよ」
「……弱い……?」

多くのパーゼストを屠り、高位パーゼストを倒し、今も自分に立ち塞がっている……その男が『自分は弱い』と言っている事が、浩平には不思議でならなかった。

だが、その不思議さは……紫雲の言葉で消える事となる。

「パーゼストになった時、気付かされたんだ。
 僕は……一人でも頑張れば、皆を、全てじゃなくても多くの人が助けられるって……心の何処かで考えてた。
 でも、違うんだよ……僕は、僕一人さえ救えない……誰かがいなきゃ、それさえできなかったんだ。
 多分……それは僕だけじゃない……皆、そうなんだと思う。
 ファントムも、レクイエムでさえも」
「俺も、そうだって言うのか?」
「ああ。
 多分……僕よりも君の方がその事を分かってると思う」
「…………また、悟った様な事を言いやがって」

そう、今度ばかりは紫雲の言葉が正しい事を、浩平は知っていた。

自分一人では、何も出来ない。
自分一人では、自分自身さえ救えない。

折原浩平は、それを長森瑞佳に教わったのだから。

だからこそ。
折原浩平は『レクイエムの折原浩平』になったのだから。

自分一人の力じゃ護れない長森瑞佳を護る為に。

その為に、母親を”奪った”ほどの『大きな力』に、浩平は活路を見出そうとしたのだ。
ソレが正しいかどうかや、自分の力で瑞佳を護るという意志と矛盾している事も、二の次で。

「……」

そうして言葉を失った浩平に、紫雲は言った。

「答を今すぐ出せとは言わない。
 もしも、そんな猶予が一切無いのなら、今すぐ戦いを再開してもいい。
 でも……もし、少しでも……一日、いや、一時間でも猶予があるのなら、考えてみて欲しい。
 レクイエムが……君のいるべき場所であるかどうかを。
 そして、もしファントムに来るのなら……僕はその為に必要な事を持てる力全てで解決する事を、ここに約束する」

そうして告げた言葉の後には、沈黙が生まれた。

呆れの沈黙か。
怒りの沈黙か。
迷いの沈黙か。

そんな、僅かな沈黙の果てに、浩平は呟いた。

「一つ、言っとく」
「なに?」
「答は……NOだ。
 俺は……レクイエムの折原浩平なんだからな」
「……」
「だが、折角入れた気合がお前のせいで台無しになった。
 だから……今日は仕切りなおしだ」
「……分かった」
「忘れるなよ。近い内に決着は付ける」
「ああ」

念を押して背を向ける浩平の背中を見て、紫雲は気付いた。

浩平が……その言葉とは裏腹に、考え始めた事を。
新たな可能性を考慮し始めた事を。

その先に何があるのかはまだ分からない。

ただ……できれば、もう戦いたくは無かった。

同じ想いを持つ、持てる筈の人間だという事が、この戦いで痛いほどに伝わったから。

「最後に、聞いていいか?」

そう言って、浩平は立ち止まり、首だけ振り返った。

「なに?」
「お前、なんでわざわざ、こんなまどろっこしい真似をするんだ?
 さっきの状況なら……労せずしてベルトは取れただろ。
 別に俺をファントムに引き込まなくても、な」

何処か悪戯小僧のような笑みを浮かべて言う浩平に、紫雲は瞬間不愉快そうな顔を浮かべ……その直後には真面目な表情に戻した上で、言った。

「……僕は……敵だとか味方だとか関係なく、出来うる限り皆幸せでいて欲しい。
 甘いとか、青いとか言われてもいい。
 それ以上の理由なんか、何も無い」
「それが……戦う、理由か……大した馬鹿だよ、お前」

刹那、目を細める浩平。
その視線を残し、今度こそ折原浩平は去っていく。

浩平の背中が消え、サイドカーの排気音が遠ざかっていくのを確認した紫雲は、ガクリ、と膝をついた。

「結局、また痛み分けか」

生体エネルギーを帯びた攻撃を二度も受けたダメージは思いの他大きかったのだ。

だが、浩平に持ちかけた話は、撤退させる為のハッタリでもなんでもなく、紛れもなく真実だった。

「できれば、二度と戦いたくないな……色んな意味で」

その言葉に形に出来ない空しさや悔しさを乗せ、紫雲が苦笑した……その時だった。

「……?!」

バッと振り向く紫雲。
だが、そこには何も無い。

「……気の、せいか?」

何かの気配を感じたような気がしたのだが……何も存在しない以上、気のせいとしか言い様がない。

(……少し回復したら、街に戻ろう)

そう思考した紫雲は疲労を堪えながらも立ち上がり、その場をゆっくりと去っていく。

其処に感じた気配の正体など、知る由も無く。







次回予告

それぞれの戦う理由。
それぞれの立ち位置。
それぞれの護るべきもの。

各々の世界と、それぞれの思惑の中、四人のライダーが同じ戦場に立つ……!

「変身……!!」
「変身!」
「……変身」
「変身」

乞うご期待はご自由に!





第二十三話はもうしばらくお待ちください