第二十一話 戦士達の交錯(前編)
二人の青年が駆けていく。
その二人は、バイクなどの侵入を遮る為のポールを飛び越えて、公園を飛び出した。
「近くだが、あんまりちんたらはしてられないな……!」
青年の一人……祐一は、呟きながらバイクに飛び乗った。
「同感だ……相沢君、僕は先に行く!」
「な?」
祐一の横を駆け抜けたもう一人……紫雲の姿が、ウルフパーゼストに変貌を遂げる。
異形の姿に変化した紫雲は、ライダーばりの跳躍力で飛び上がった。
そうして脚部の鋭利な爪でビルの壁に張り付きつつ、ビルからビルへと飛び移って移動していった。
「くあ……反則だぞ、それ!」
不満らしき言葉を漏らしながらもバイクに跨った祐一は、腰にベルトを巻き付けた。
「変身!」
そうして赤い閃光を纏いカノンに変身した祐一は、紫雲との遅れを取り戻す為に、何よりも誰かを救う為に、クリムゾンハウンドを発進させた。
そこは公園からそう離れていない、人通りの少ない……いや、今は幸運にも人通りがない路地裏。
「……」
「たくさん、いるね……」
その光景を見て、あゆはそう零した。
否、そう零す事しかできなかったというのが正しいだろう。
スネークパーゼストの周囲を囲む、仮面の戦士……仮面ライダー虚空。
つい数瞬前までは一人だったその数が、瞬きほどの間に八人になっている。
あゆの驚きも当然のものと言えた。
困惑したのはあゆだけではない。
声には出さない美凪、そして虚空に相対するスネークパーゼストも。
「これらは、幻影……」
「juyhuu!!」
余裕を感じさせる虚空の呟きの中、スネークパーゼストは先刻切り払われた方ではない指を再び蛇に変化させて、虚空に伸ばした。
その一撃は、虚空を貫いた……かに見えた。
だが。
「uuhy??!」
それに何の手応えも感じない事に、パーゼストは困惑の声を上げた。
視覚的には、攻撃は当たっているにも関わらず、だ。
「……だけではないから、気をつけよ」
かと思いきや、瞬時に進み出た二人の虚空が、一人は顔面、一人は腹部に繰り出した攻撃は両方ともヒットし、スネークパーゼストはたたらを踏んだ。
「hyj!!」
それでも流石というべきか、持ち堪えつつ、再度腕を振り回すパーゼスト。
勿論それは普通の人間ならば、少し当たっただけで重傷を負う程の力が込められている。
だが、そんな闇雲な攻撃は簡単に回避され、三人の虚空のコンビネーション攻撃を逆に浴びて、今度こそ地面に転がった。
「中には、我とは違うが実体を持ったモノもいる。
汝には見極めるのは難しいだろうが。
しかし、外法の者相手とはいえ、些か力を込めすぎたな。
現世に出るのは久しぶりで、加減を忘れ気味のようだ……許されよ」
パーゼストが態勢を乱す間に八人の虚空が一つに重なり……再び一人となった。
それに怒りを感じたのか、単純に攻撃プログラムの作動か、スネークパーゼストは殺意を持って虚空へと駆け出した。
「uujuuhggyguu!」
「……これこそ、法術。
人のみで到達し得ない彼方まで到達する為の技術。
憑依体より人を護る為の、術式。
ゆえに。我は汝を滅する」
蒼い光が『虚空』の手……いや爪に収束していく。
「転化の法・改式、蒼爪」
宣言と共に虚空が駆ける。
蒼い光が直線と化し……スネークパーゼストの脇を行き、過ぎた。
「憑依に犯された不幸なヒトよ。
次の輪廻では幸せになるがいい」
視線だけを向けた、その言葉の直後。
「hygyguguguu!!」
薙がれた胸から光の粉となって、パーゼストは消滅した。
ソレを見届けて、虚空はパーゼストがいた空間に完全に背を向ける。
「……貴方は……」
「ん?」
「貴方は、私達の味方なのでしょうか。それとも……」
疑問なのか、ただの呟きなのか……判断しづらい美凪の言葉を耳に入れた虚空が、彼女達に向き直ろうとした時。
「……っ!!」
空から一つの影が舞い降り……虚空と美凪達を分けるような位置に着地した。
「紫雲さん……!」
「草薙君!」
二人の声に応えるように、ウルフパーゼスト・草薙紫雲は着地時の体勢からゆっくりと立ち上がった。
「遅れてごめん。二人とも怪我は?」
「うん、大丈夫だよ! そこの仮面ライダーさんに助けてもらったから」
「……」
(確かに、パーゼストの反応は消えている……)
ソレを確認しながら、あゆが言った『仮面ライダー』という言葉に反応し、紫雲はそこにある異形に対峙した。
「確かに……パーゼスト……じゃないな。何者なんですか、貴方は?」
向こうの警戒を解くべく、パーゼストとしての姿を瞬時に人に戻した紫雲は、虚空を見据えた。
その視線を迷いなく受け止めた虚空は言った。
「それはこちらの言葉だろう。……汝からは憑依体の匂いがする。
いや、違う。憑依体そのものか。
しかも……人語を介し、ヒトの姿に変化するとは……かなり高位の憑依体のようだな」
「……それは事実だけど、僕は……」
「言い訳は無用。憑依体全てが、我の敵なり……!」
「……ち……!」
瞬間的にはライダーに変身する事はできない紫雲は、諦めてウルフパーゼストへと変貌を遂げた。
そうして狼と鎧武者の似姿を持つ存在は衝突した。
「だ、駄目だよ! 二人ともやめて!」
「紫雲さん!! 国さ……いえ、虚空さん……!」
虚空に救われ、紫雲を知る二人は、いきなり始まった争いに堪らず声を上げた。
だが、その間にも二人の攻防は続いていた。
「疾っ!」
虚空の手刀が、空を裂く。
その速度に、紫雲は僅かな動揺を心に浮かべた。
(……速い……!)
おそらくは単純な速度ならエグザイル以上。
ゆえに、手加減はできない。
そうすれば死ぬのは……自分だ。
「は!!」
懸命にソレを受け流しながら、ウルフパーゼストは鋭利な爪を繰り出す。
だが、それは紙一重で回避される。
「紫雲さん……!」
「分かってる! 僕だって本意じゃない!!」
抗議に近い美凪の声に、なんとか応える紫雲。
その声には余裕など微塵も無い。
そもそも答える余裕も無いのだが、そこを無理に作って答えてしまうのが紫雲だった。
「仮にその言葉が真実でも、我には認められない……
諦めよ、憑依体、そして少女達!」
その咆哮とともに、分裂したかのように複数となった虚空。
「く?!」
困惑するウルフパーゼストだったが、冷静さは欠かない。
雪崩のように殺到する攻撃を回避しつつ……『見極める』。
「……そこか!」
微かな気配を捉え、複数の内の一人に拳を叩き込む。
だが、その拳は紫雲の思惑とは反し、何の手応えも無くすり抜けた。
「……見事」
「っ!」
声が聞こえたと思った瞬間、ウルフパーゼストの身体は宙を廻っていた。
(これは、投げ技か……?!)
かろうじて認識するも、紫雲は受身を取る事もできず、コンクリートにその身体を広げた。
ソレを、一人に戻った虚空は静かに見下ろした。
「我の気配を見抜くとは。正直感服した。
だが、見抜くだけでは我には届かん。
……では、別れの時……む」
その瞬間。
空を切る音を超聴覚で捉えた虚空は、瞬時に蒼い光を爪に集中し、薙ぎ払った。
高い衝突音が辺りに響く。
虚空の爪に弾き飛ばされ、中空を回転した後に地面に突き刺さったのは……赤い刃・スカーレットエッジ。
そして、ソレを投げたのは……
「祐一君!」
その姿を認めたあゆは、驚きとも喜びとも非難とも取れない声で、その名を呼んだ。
相沢祐一……仮面ライダーカノンの名を。
カノンはバイクに跨り、スカーレットエッジを投擲した体勢のままだった。
この場に到達した状況から、咄嗟にバイクを停車、駆け寄っていては間に合わないとスカーレットエッジを投げ放ったのだろう。
「む……あれは……」
だが、虚空は自身が弾き飛ばしたスカーレットエッジに注視していた。
そうして、その柄に嵌っていた鍵に意識を向け、それに手を伸ばすが……
「っ!」
そんな虚空の隙をついて、ウルフパーゼストはバネ仕掛けの玩具のように飛び上がった。
跳躍の中でエッジを拾い着地、その上でもう一度跳躍……カノンの側に降り立つ。
「すまない、助かった」
「お前にしちゃ油断だな。強くなったからって気が弛んでるんじゃないのか?」
「む……」
紫雲はそんなやり取りを交わしつつ、姿を人間に戻した。
手にしたエッジを祐一に返す紫雲の腹部にベルトが浮かび上がる。
「……変身!!」
そうして紫雲は、紫の閃光に身を包ませて、仮面ライダーエグザイルへと変身した。
「む……!」
その様子を見て、虚空は驚きを隠せなかった。
「これは、驚いた。
そちらの赤い反因子の『もののふ』もさる事ながら……憑依体でありながら反因子を扱う『もののふ』とは」
そう呟いた虚空は、スッ……と戦闘態勢を解き、ただ立っている状態となった。
「なんのつもりだ?」
「色々と想定外の事態ばかりでいささか混乱している。
……狼の紫の『もののふ』よ、名前は?」
「……今は、仮面ライダーエグザイルだ」
攻撃されたからというわけでもないが、当初の丁寧語を止めて紫雲は言った。
「そちらは?」
「……仮面ライダーカノン」
事情が分からないながらも、場の空気に流される形でカノン……祐一は答える。
「汝らに問う。汝らの敵は、何者だ」
「パーゼスト……そっちの言い方に合わせるなら憑依体か。基本的にはソレが敵だ」
「パーゼストっていうか……人を傷つける奴らだろ」
「そうか。
ふむ……どうやら、そこな少女達の言葉を聞き入れるべきだったようだな。
無礼を許されよ。
先はともかく……当座、汝らは我の敵ではないようだ」
「……」
「そうである以上、我がここに留まる理由は無い。
それに、現世における状況の把握も必要のようだ。
ゆえに我は失礼させてもらう。
縁があればまた会おう」
「……!」
「待っ……!」
呼び止める言葉が形になるかならないかの刹那。
虚空の姿は、まるで霧か霞のように消え果てていった。
「……何者だ、あれ。ライダーなのか?」
「分からない」
狸に化かされたような、暫しの空白の後。
変身を解きながらの祐一の問いかけに、同じく変身を解除しながら紫雲は答えた。
「ベルト……についていたのは反因子結晶体だとは思うけど……
正直、敵なのか味方なのか、その見当もつかない」
「レクイエムとかいう連中じゃないのか?」
先日戦った、仮面ライダーフェイク・氷上シュンの事が祐一の脳裏によぎる。
紫雲もまた、同じ姿を思い浮かべていたのだが……
「いや、違う……と思う。
開発の方向性や、仕様の変化……そういう事を踏まえても『ああ』はならない筈だ」
フェイクと『アレ』はあまりにも違いすぎる。
なんというか『アレ』は……
「……だな。なんかさっきのアイツ……毛色が違ってたし」
そう。
毛色が違う。
位相のズレともいうべき違い。
方向性は同じでも、何かが決定的に違っている……そんな印象。
祐一の言葉はまさに紫雲が考えていた事そのものだったのだが……ピタリと一致するとなんとなくムカつくものがある。
「……自分で尋ねて自分で納得するくらいなら、聞かなくてもいいじゃないか」
「む」
そんな微かな苛立ちか、戦闘中の嫌味のお返しか……なんにせよ、それは紫雲にしては珍しい嫌味だった。
その嫌味そのものは珍しいが……向けられる微かな不満は、祐一には慣れていた。
相沢祐一が仮面ライダーカノンとして戦う事を決めた時から、その種の不満はよくぶつけられている。
それを改めて感じる事で、祐一は気付いた。
(……俺は、やっぱりコイツが嫌いだ)
半分パーゼストになろうが、なんだろうが。
コイツが草薙紫雲である限り。
「ったく……引け目なんか馬鹿馬鹿しいな」
「なにか言った?」
「なんでもねーよ。
それより……あゆ、遠野、大丈夫か?」
「うぐぅ、聞くの遅いよ祐一君」
「がっかり」
「う、悪かったよ」
そのやり取りの横で、紫雲は携帯を取り出し、登録した命の番号を押した。
「……姉貴、こっちは終わった。というか、終わってた。
うん、異常事態が起こった。……ああ、後で詳しく説明する。
それじゃあ」
簡単にやり取りを済ませ、携帯を切った紫雲は三人に向かって言った。
「皆、いいかな?
ここにはすぐ警察が……対策班が来るから、後は任せて僕達は撤収しよう」
その紫雲の言葉に同意し、彼等はとりあえずその場所を後にした……
「七瀬さん、次はレジねー!」
「はーいっ!」
忙しなく商品を準備していた留美は、先輩の声に元気よく答えた。
そこは、ファーストフードのチェーン店。
アルバイトとして働く七瀬留美は多忙だった。
唐突に草薙紫雲が抜けた分を埋める事になってしまったので、いままでの倍バイトに出る事になってしまっていたからである。
とは言え、頼まれた以上嫌とは言えない。
ましてや事情を知っているなら、尚更だ。
そんなこんなで精を出す留美は、自分の仕事を区切りをつけて、レジに廻った。
そうして、レジで待つ客に乙女の笑顔を浮かべる……が、しかし。
「いらっしゃいませ……って、ゲ」
その客を前にして、留美の笑顔は途中で引きつったものに変化した。
そこにいたのは……彼女がこのファーストフード店でバイトを始める事になった元凶だったからだ。
「客に向かってゲはないだろ、ゲは」
青年……折原浩平は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
瞬間訳も無くムカっと来るが、留美は浩平の言った『客』の言葉で平静を取り戻し、言った。
「……なんになさいますか?」
「そうだなぁ、とりあえず途中だったスマイルをもう一回な」
「……はぁ……」
深い息を吐く。
そこで留美の客商売根性は品切れになった。
流石にこの折原浩平相手に、これ以上真面目ぶるのはキツい。
「ダサ。今時そんなもん頼む奴いないわよ」
「時流に流されると損するぞ。
まあ、それはそれとしてだ。バイトいつ終わる?」
「あと二、三十分だけど……何よ、一体?」
唐突にやってきての唐突な発言に、留美は怪訝な表情を隠しもしなかった。
「話がある。少し付き合え」
そこにあるのは、普段の浩平から微かにズレた顔。
知り合った高校時代に時折見せていた……薄暗い表情。
それは一時鳴りを潜め……最近また見せ始めた、浩平の顔。
そういうものを見せられてしまえば……どうにも弱い。
「……分かったわよ。ちょっと注文して待ってなさい。
今はこのセットがお得だけど?」
諦め顔で呟いた留美は、とりあえずメニューを勧めておいた。
それは、何処かの廃工場の中。
最早施錠など関係ない窓から、その影は侵入した。
そうして、音も無く、仮面ライダー虚空は地面に降り立った。
「……ふむ。ここなら問題あるまい」
呟いた次の瞬間、変身が解除され虚空は往人に戻る。
腹部に刺さっていた刃が転がり落ち、いつの間に握り締めていた人形が手から離れ、地面に落ちた。
「な、なんだったんだ……?!」
膝をついたまま、往人は半ば叫んでいた。
先刻の事は全て覚えている。
自分達に襲い掛かってきた化物の事も。
自分の姿が『仮面ライダー』に変化した事も。
同じ様な存在達……『仮面ライダー』達の事も。
だが、全てが遠い世界のように往人には思えていた。
まるで自分がいつも操っている人形に、操り返されているような……
「……嫌なイメージもあったもんだな」
視界に入る人形と『刀』。
往人は、迷いながらも拾い上げるが……それが、限界だった。
「な?」
カクン、と力が抜けていく。
それに戸惑う間もなく、往人はコンクリートの床に倒れ伏した。
『……初めてだと、こんなものだろう。じき慣れる』
失い行く意識の最後、往人はそんな声が聞こえたような気がしていた。
「待たせたわね……で、話ってなによ」
バイトから上がった留美は、奥の方でのんびりとバーガーセットを頬張っていた浩平の向いに座った。
「お前何頼んだんだ?」
留美が持ってきたトレイを眺めて、浩平は尋ねた。
「見りゃわかるでしょ、照り焼きセット」
「あー、そっちにしとけばよかったか」
「……話を持ちかけてきた癖に話を逸らさないの。で、何よ」
そう言われると流石に流せなかったのか、浩平は肩を竦めつつ、留美に言った。
「お前さ、相沢祐一か、草薙紫雲を呼び出せるか?」
そんな質問に、留美は微かに視線を細くした上で浩平を見詰めた。
そこにある意図を見定めるような……そんな顔だった。
「なんで、その二人……よりにもよって『あの二人』なのよ」
「まあ、なんとなくだな男同士で話したい時も……」
「嘘ね」
あっさりと切って捨てる。
その確たる理由を、留美は持っていた。
「氷上シュン、って名前……アンタ知ってるでしょ」
その名前を耳に入れた瞬間、浩平の眉が微かに動いた。
「ソイツに会った時、草薙がソイツがアンタと知り合い、みたいな事を言ったのよ。
怪人……パーゼストだっけ? そのパーゼストを部下その壱みたいに操って草薙を狙ってたソイツとね」
「……」
「アンタ、仮面ライダーに用があるんじゃないの? それもソイツと同じ、なんか良からぬ用が」
「へぇ、七瀬にしちゃ面白い着眼点だな。それで?」
「は?」
「確かに、氷上とは知り合いだ。
だからって、その氷上がやってた事を俺が知ってるとは限らないし、
それと俺がイコールで繋がるわけないだろ」
「う」
ニタニタ笑いながらの的確な突っ込みに、留美は呻いた。
「とまあ、いつもなら煙に巻くんだろうがな」
「え?」
表情は変わらない。
変わらないままで、その眼だけが歪んだ。
迷いなのか、苦悩なのか、諦観なのか……そこまでは分からないが。
「確かに、俺はそういう氷上を知ってる。
俺がどうなのかまでは……想像に任せるさ」
「仮にそうだとして……それは、瑞佳の為なの?」
目の前の青年が、何をしようとしているのか、何を考えているのかは……分からない。
ただ、折原浩平が動く時……そこには長森瑞佳があった。
進路があやふやで成績もあまり良くは無かった彼が……その辺りはどうも記憶が定かではないが……懸命に大学受験に備えたのは瑞佳と同じ場所に行く為。
大学では寮暮らしを希望していたのに、定員オーバーらしいのを知るとあっさり辞退して不便な安アパートを見つけ出したのは、瑞佳も寮暮らしを希望していたからで。
最近サイドカーを購入したのも、隣に瑞佳を乗せる以外の理由はないだろう。
それは、瑞佳に人生の責任転嫁をしている……そう取られかねないが、そうじゃない事を留美は知っている。
その辺りを瑞佳に聞くと「浩平にも色々あったんだよ」と困ったように微笑むばかりで、それ以上は何も聞けないのだが。
ただ……折原浩平にとって長森瑞佳は特別であり、長森瑞佳にとって折原浩平は特別だという事は、間違いの無い事だ。
そんな事を考えながら、留美は浩平を見据えた。
浩平はその視線を受け止めながら、言った。
「瑞佳の為……って言ったらどうするよ」
「ふざけるなって、怒るわ」
ズズズ……とストローからコーラを啜り、喉の渇きを収めながら、留美は言った。
「アンタがんな事やって、瑞佳が喜ぶと思ってるわけ?
だったら完全なお門違いって奴よ……って、なんでそこで笑うのよアンタは!」
「いや、なに」
留美の言葉の途中から、浩平はくっくっと笑みを零していた。
「お前と殆ど同じ事を言った奴がいたんでな。ソレを思い出したのさ」
「……」
「まあ、確かにな。お前やそいつの言う通りだ。
俺がそんな理由で動く事自体はともかく、それで誰かに迷惑を掛けたり、俺自身がどうにかなったら、アイツは喜ばないだろうな。
でもな」
そこで言葉を切ると、浩平は何処か自嘲めいた表情を浮かべて、言った。
「それでも、アイツが生きていてくれるなら、それでいい。
誰がどう思おうが、俺がどうなろうが、他の誰がどうなろうが……
アイツが生きて、最終的に幸せになるんなら……俺は、それでいいんだ」
「……っ」
思わず息を呑む。
それは……その自嘲めいた表情の中に、何か鈍く光るモノがあったからだ。
その表情は狂気ではない。
だが決して正しいわけでもない。
そんなモノを、留美は折原浩平の中に見たような……いや、もしかしたらずっと以前から見ているような……そんな気がした。
そして、自分の推測はおそらく間違っていないだろう事を、ここに来て留美は確信した。
「で、だ。その為に俺はアイツらに用事があるんだよ。
お前が言う通り、仮面ライダーであるアイツらにな。
だから、呼び出して欲しいんだよ。両方でも、呼び出しやすい方でもどっちでもいい」
「よ、呼び出してどうするのよ」
「まあ、そこはプライベートって事で」
つまりそれ以上は話すつもりがないという事。
そう判断した上で、留美は思考した。
ここで断わる事は簡単だ。
おそらく浩平はソレを咎めもせず、さっさと去って、自分でなんとか『繋ぐ』だろう。
今自分を頼るのは、その方が楽だからに他ならない。
そうなれば、あの二人のいずれかが何かの形で不意を突かれる事になる。
それは不意打ちを仕掛けられるという事ではなく、精神的な準備を与えられないという事だ。
どちらがマシかと言えば……多少なりとも準備できる方だろう。
それに……
(まさか殺す殺さないまではいかないでしょ……)
そう考えた末に、留美は決断した。
「……分かったわよ…ちょっと待ってなさい」
苦々しい表情で、七瀬留美は席を立った。
「到着、と」
最早馴染みになりつつある大学の寮の前でバイクを止めて、紫雲は言った。
その後ろには美凪を乗せている。
同様にあゆを乗せたクリムゾンハウンドも、ひとまず停車する。
「ありがとうございます」
バイクから降りて、深々と頭を下げながら礼を言う美凪。
紫雲は頬を掻きながら答えた。
「いや……礼を言われるほどの事じゃない。
というか、結局送る事になったね」
「そうですね」
少し前に乗せていくいかないの話を廃工場でしていた事を思うと、なんとなく可笑しかった。
そうして静かに笑っていた時だった。
「…と、失礼」
自身の携帯がなっている事に気付き、紫雲は電話を取り出した。
「七瀬さんから…?」
命からの事情説明の場を作らされる為の連絡かと思っていた紫雲は、少し意外に思いながらも電話に出た。
「もしもし草薙です。……なんだって? ああ……そうか。好都合だ。
あ、いや、こっちの話。分かった。
場所は……? ああ、そこがいいだろう。連絡ありがとう。
十分に気をつけるさ」
そう言って携帯を切る紫雲。
そのタイミングを見計らって、祐一は声を掛けた。
「どうかしたのか?」
「ん…なんでもない。ちょっとした野暮用が出来ただけだ。
君は、予定通り月宮さんを送ってあげてくれ」
「まあ、そのつもりだが……」
「うん、頼むよ。
それじゃ、美凪さん、月宮さん。またね」
軽く手を上げた紫雲は、バイクに火を入れて、颯爽と走り去っていった。
「七瀬さんからって言ってたね。何の用事かな」
「バイト再開でもするんじゃないのか?」
「いえ、それは……まだないとおっしゃってましたが…」
三人は、紫雲が消えた先をぼんやりと眺めていた。
……そこに、微かな違和感を感じながら。
それから、しばしの時が流れ……夜。
街からそれなりに離れた、砂浜のある海。
シーズンオフのそこは人気が無い。
それでもムードを好むアベックなどが訪れそうではあるが……その日はそういう人間はいなかった。
そのすぐ側の道路に一台のサイドカーが停まっていた。
そして、そのサイドカーにもたれかかる、折原浩平の姿がそこにあった。
「……来たか」
遠くから聞こえてくるバイクの排気音。
そして約束した時刻も踏まえ、間違いないだろうと折原浩平は顔を上げた。
見覚えのあるバイクが、目の前で停まる。
そして見覚えのある人物が、バイクから降り立った。
「よう。元気そうじゃねーか」
「折原君」
ヘルメットを取って、紫雲は言った。
その表情は……険しい。
が、険しいというよりも悲しそう、というべきなのかもしれない。
少なくとも遠野美凪や月宮あゆならば、そう表すだろう。
「一人か? 七瀬の奴は二人とも来るように呼んだって言ってたが」
「ああ、七瀬さんからはそう聞いてた。
ただ相沢君には伝えなかった。
その方が……面倒が無い。
確か相沢君は君がベルトを所持している事を知らない筈だから」
「そうか。なんとなくだがお前らしいな。
まあ、俺としてもそっちの方が助かる」
「で、話って?」
「とっくに、分かってるんだろ?」
もたれかかった身体を持ち上げ、浩平は真っ直ぐに立った。
その腰には……既にベルトが巻かれていた。
言葉通り分かっていたのか、紫雲の顔に驚きはない。
ただ……悲しみの色が濃くなった。
「そろそろ、ケリの付け時だ」
「異論は無い。こっちもそういう話になっているから。
ただ一つ聞きたい。……何があった?」
「……」
「この唐突さは、自主的なものじゃない……僕はそう感じた。
レクイエムがパーゼストと……高位パーゼストと組んだ事と関係があるのか?」
「あると言えばあるし、ないと言えばないさ。
まあ、いずれにせよ、いつかやらなくちゃならない事に違いはない」
「分かっているのか?
レクイエムがパーゼストと手を組む事は、人類に危機を陥れる事だ。
脅迫じみた事は言いたくないが……長森さんも例外じゃない。
それでも君はレクイエムに与するのか?」
かつての言葉を紫雲は繰り返した。
激昂される事も覚悟している。
だが、浩平は意外にも静かに答えた。
「ああ、分かってる。
どう立ち回ったらどういう結果になるのか、ここ暫くずっと考えてたからな。
そうして、結論を出した」
「……」
「俺や誰かがどう動いた所で、レクイエムの流れも、パーゼストの流れも止められない。
お前らファントムも、とっくに気付いてる筈だ。
行き着く所まで行ってしまうだろう、と。
二つとも、とんでもない化物の群れだからな」
紫雲は答えない。
認めたくは無いが、その為の備えである『プログラム・KEY』の存在が認めざるを得なくさせていた。
「だったら俺は、レクイエムにつく。
その方がまだ『勝ち目』がある。
瑞佳を……生かす事が出来る」
「……」
「それを誰が、瑞佳自身がどう思おうが構わない。
人間としての誇りなんざ知った事か。
俺は、アイツに生きていてほしいんだ……!!」
叫んだ浩平は、ベルトに突き刺さった鍵に手を伸ばした。
「だから、草薙。お前を倒す。
お前を倒して、レクイエムに『持っていく』。
そうする事で、俺は力を得る。
瑞佳を護る為の力を……手にする。
……これが、俺の選択だ……!! 変身!!」
鍵が廻り……白い閃光が闇夜に走る。
そうして、一人の戦士を形作った。
仮面ライダーアームズと、自らを名乗る一人の戦士を。
「……そうか」
呟く紫雲の腹部にベルトが現れる。
「その選択が全て間違いだとは、僕には言えない。
僕は一度大切な人を殺してしまった身だから、
本当は君に偉そうな事なんて言える立場じゃない。
それでも……」
ベルトサイドに手を伸ばす。
「それは……させるわけにはいかない。
僕は、僕自身の為にも、まだ『死』ねない。
……変身」
鍵が廻り、紫の光が紫雲の身体を走る。
そうして、仮面ライダーエグザイルがそこに立っていた。
「だから、全力で行く」
「ああ。俺も、そうする」
最後の確認を終えて。
二人の仮面ライダーは、地面を蹴った……!!
……続く。
次回予告。
仮面ライダー同士の激突。
鎮魂歌に属する者と、亡霊に属する者。
そして、そのどちらにも属さない仮面ライダー達。
絡み合った意思が生む、運命の悪戯は現在と未来に何をもたらすのか。
「戦う、理由か……」
乞うご期待は、ご自由に!
第二十二話はもうしばらくお待ちください