第十九話 Limited Over(後編)







それは、長くも短い眠りだった。

不意打ちの攻撃を受け、意識を失い、封印されたという……屈辱的な眠り。

意識があったがゆえに、彼は怒りを貯め続けていた。
意識があったがゆえに、これから自分が解放されると言う事を、彼は知っていた。

彼らは『繋がっている』から。

『戒めは切ったよ。そろそろ起きたらどうだい?』

「……ああ、そうさせてもらうぜ……!!」

頭に響く呼びかけに応えると同時に、力を解放する。
強制的に抑え込まれていた力の解放に伴い、姿もまた解放され、変わる。

貯めに貯めていた怒り……それが転化された力が、彼を覆っていたもの、周囲の機材、全てを一切合財薙ぎ払う。

そこは、レクイエムの施設の最深部。
『結界』とさえ称される、最高峰のガードが張り巡らせた場所。
だが、それはそこに至るまでの道程であって、この場所そのものではない。
ゆえに、彼が起こした暴風は、一瞬にして施設内部をボロボロにしてしまった。

『……あー……すっきりはしねーが、少しの気晴らしにはなったぜ……』

彼……ホークパーゼストは、広げた銀色の翼を畳みながら、人間の姿に戻った。
その表情は笑っているが……鬼気迫るものがあった。

「ご機嫌斜めだね」

そんな彼に、にっこりと少年……ライオンパーゼストの化身は笑い掛けた。
人間に戻ったホークパーゼストは、その笑みを見ても、不機嫌さを収めようとはしなかった。

「当たり前だろうが……
 今回の事で、折角貯めてた力もフイになっちまった……鮫野郎同様、第二段階への強化が遅れちまうんだからな……」
「それはそれは」
「だが、まあいい。楽しみが有るだけマシだ。
 ソレで気晴らしをさせてもらうぜ。
 そうだな、まずは俺をここに連れてきやがった、あの野郎を八つ裂きに……」

脳裏に浮かんだのは、傷付いた自分を撃ち落としたカメンライダー。
それはすぐ近くにいるはずだ……と、彼が息巻いていた、その時。

「あー残念だけど。それはできない」

少年の声が、その思考を遮った。

「なに?」
「この場所にいる『彼ら』とは協力関係を結んだからね。
 当然『彼ら』の仲間である彼も僕らの仲間。
 八つ裂きはまずいよ」

心底楽しそうに、少年は言った。

「はぁ!!? おま、何言ってやがる……?!」

半ば叫びながら彼は、激情のままにその少年の胸倉を掴み、捻り上げた。
だが、少年は全く動じなかった。

「おお怖いね。暴力は反対」
「テメェ……!! 何考えてやがる……!!!」
「しかし、この星の生物は、中々僕たちの思い通りにならないね。
 皆因子を持って生まれているはずなのに、それをきちんと着床させ、
 なおかつ活動できるレベルまで持っていく存在が少ない事少ない事。
 かろうじて、人間に寄生する事で活動クラスまで持っていくのが関の山。
 生物としてのレベルが低いのかな?
 いや、この星の生物としての本能が僕たちを否定しているのか……
 だとすれば、人間だけというのは理解できるね。彼らは本能が薄いから」
「何を寝言言ってやがる……そんな事はどうでも……」

そこで。
彼は、ハッとした表情になった。

「なるほどな、そういう、事なのかよ……」
「分かってもらえて何よりだよ。
 じゃあ、手を離してくれないかな?」
「……」

少年の言葉に従って、彼は舌打ちしながらも、その手を離した。

「……でも、不満そうだね」
「当たり前だろーが。
 俺がここにいる連中に、どれだけの煮え湯を飲まされたと思ってやがる……
 ――――馬鹿鮫と虫野郎は、なんて言ってる」
「君と同じさ。不満そうだけど反論はなし。
 まあ、そんな訳だから、お目覚めの肩鳴らしに早速動いてもらうよ。
 同盟を結んで始めての彼らとの共同作業って事になるね」
「はっ。冗談じゃねー。なんで俺が……お前がやればいいだろうが」
「これは君のストレス解消にもなると思って言ってるんだけどな。相手が相手だし」
「何……?」
「君をコケにしたカメンライダーの一人。
 いや、元、かな。
 彼を捕えるらしいよ。研究材料として、ね」

どういう事なのか理解できないでいる男に、少年は、ここに至るまでの事情を、穏やかな口調で説明した。

「……という訳で。
 元カメンライダーである、僕らの同志を捕まえる事になったらしいよ。
 狼……動物型という事で潜在的には僕らに匹敵する因子を持ってる彼は、研究材料としての価値が高いそうだからね。
 抵抗するようなら生死は問わず。
 その上、捕獲対象が対象だからね、もう一人の仮面ライダーも邪魔しに来るんじゃないかな」
「……ほぉ。そいつは確かに面白そうだな。
 確かに、ストレス解消にもってこいだ……いいだろう、やってやるぜ」
「共同作業だって事、くれぐれも忘れないようにね」
「……隅の方で覚えててやるよ」
「それでいいよ。それじゃあ……さようなら」

最後に浮かべた少年の笑みは、彼が見た中で最上級に楽しげなものだった……







そうして。
様々な思惑が交錯する一夜が明けた……








早朝と言っても差し支えなく、単純に朝だといっても問題ない時刻。

「た、大変だよ!祐一!!」

すぐにでも飛び出せる様に準備し始めていた矢先。
ノックもチャイムもなく、自室に飛び込んできた名雪の声に、祐一は振り返った。

その名雪の後ろには、美凪も立っている。
彼女の表情も幾分緊張を帯びている事を感じ取った祐一は、表情を固くしつつ問い掛けた。

「どうした?」
「あゆちゃんたちが……!!」
「留美さんと、長森さんと、月宮さんが……いなくなりました」
「なにっ!? なんでまた……!」

緊張をほぐす為か、祐一の横で準備体操らしきものを行っていた北川が叫ぶ。
叫びこそしなかったが、祐一も同じ心境だった。

「いつからいなくなったのか、分からないのか……?」
「私と一緒に寝てたあゆちゃんは、朝起きたらいなくて……」
「長森さんも同じです。
 先程伺った際、何の返事もない所から察するに、すでにいないと思われます。
 彼女の部屋に泊まっていた留美さんもおそらくは……」
「……愚弟を探しに行ったのか」

モーニングコーヒーを啜っていた命が、その答をあっさりと呟く。

「おそらくは」

おそらく最初から気付いていたのだろう。
美凪は、静かにその答に頷き返した。

「くそっ……」

祐一は、生まれた憤りを手近な壁にぶつけた。

昨日の留美の不満気な様子から、予測して然るべき事態だった。
それに思い至らなかった自分への憤りが、祐一の中に芽生える。

「祐一……祐一のせいじゃないよ」
「名雪君の言う通りだよ、相沢君。
 それに、これは私が気付くべきだった。済まない」
「……命さん。七瀬達を……」
「分かってる。彼女達を責めたりはしないさ。
 むしろ混乱させた私に責任がある」

恐らく彼女達は、命の「紫雲は人を襲わない」という言葉を頼りにして飛び出したのだろう。

……確かに命にはその確信がある。

だが、可能性を考慮しないわけにはいかない。
昨日の決断にしても、それを踏まえた上での決断なのだ。

「とはいえ、このまま放っておくわけにはいくまい。
 ……美凪君、表に置いてあった車は誰のものか知っているか?」
「あの赤いワゴンですか?
 あれは、この寮の管理人である晴子さんのものだったと思いますが……」
「そうか。なら好都合だ」

そう言って、命はニヤリと笑った。






それよりも少し前。

件の三人……留美、あゆ、瑞佳は、こっそりと寮を抜け出し、早朝の街へと踏み出していた。

「確か、こっちよね」

何かの当てがあるのか、彼女達の先頭を歩く留美の足取りに迷いはない。

「でも、いいのかな……」

その背中に呼び掛ける様に、あゆは呟いた。
それが自分への言葉だと認識した留美は、チラリと後ろを見つつ、言った。

「出てきといてそういう事言わないの。
 朝までは動かなかったんだから、約束は破ってないわよ。
 ……大体、後手に回るのはまずいでしょうが」

昨日、全員で方針を決めた段階で、留美はその判断を下していた。

すなわち。
朝まで待つまでは同意、そこからは先行して紫雲を発見するという判断を。

命の理屈は分かる。
それが一番合理的である事は、理解できる。
だが、理解はできても、納得はできなかった。

しかし、自分一人で動くのは心許無い。
紫雲の居場所が分かっても、万が一自分の身に何か起こって、それを伝える事が出来なければ何の意味もない。

実の所、立場的には近い美凪に頼もうかとも思っていたのだが、彼女には『鍵を廻す役目』がある。
……命にそう進言した時の美凪の懸命な表情を思い出し、留美はそれを断念したのである。

そこで、あそこの面子の中で一番自分に近しい瑞佳に、部屋に戻る途中で協力を頼み込んだのである。

その二人を……というか切羽詰った表情の留美を心配して声を掛けようとした結果、その相談をたまたま聞いてしまったあゆも参加を表明。

瑞佳は瑞佳で、留美が言い出したら誰が反対しても言う事を聞かないだろう事は理解していたので、いざという時の歯止め役は必要だと判断して、協力する事を決め……結果、この面子で行動する事になったのである。

「……動かないのは間違いじゃない。合理的だと思う。
 でも、先んじて動いておく人間がいてもいいはず……違う?」
「でも……もし……もしも、だよ。
 考えたくなんか、絶対にないけど……もしも、草薙君が襲い掛かってきたら……」
「大丈夫だって。アイツのお姉さんも言ってたでしょ。
 草薙は草薙なんだから」

……不安が無いわけじゃない。

だが、だからといって放っておくわけにはいかない。
紫雲をあの姿にした責任は、少なくともその一端は自分が背負っているのだから。

「ところで留美……さっきから、ずっと歩いてるけど、当てがあるの?」

話がある程度ついたと判断した瑞佳が先刻からの疑問を口にすると、待ってましたとばかりに、留美は答えた。

「ま、ないわけでもないわね」
「そうなの?」
「まね。
 今の草薙に何処か遠くまで行ったり、ひねくれ曲がった方向に行って撹乱できる知恵があるとは思えない。
 つまり、アイツが昨日消えた方向を大雑把に探せばいい……あたしはそう思ってるんだけど」
「つまり……考えてるようで、結局いきあたりばったり?」

悪気ゼロのあゆの言葉に、一同は沈黙した。

「月宮……何か言った?」
「う、ううん!」

顔をかなり引きつらせた留美の形相を見て、あゆは全力で手と首を振った。

「……はぁ」

そのやり取りに思わず溜息を零す瑞佳だったが……

……留美の推測は、決して的外れと言うわけでもなかった……







赤いワゴン車が街中を疾走する。

そのスピードは法定速度違反というわけではない。
だが……何処か危なっかしかった。

「……そ、そんな安易な発想でいいんスか?」

ふら付いた運転に顔を引きつらせつつ、北川は言った。
近い表情をしているのは名雪。
もう一人の同乗者である美凪は平然とした表情……というかむしろうっとりしている表情だった。

「ああ」

北川達とは対照的に、妙に上機嫌な命はハンドルを切りながら頷いた。

「うおおおおっ!?」
「うーん。普通に運転してるようにしか見えないんだけどな……」
「世の中、不思議で一杯」

急旋回する車に振られつつ、それぞれコメントする。

美凪の口添えで、晴子からワゴン車を借りて数分。
命、北川、名雪、美凪を乗せたそれは、留美達を探す為に街を走り回っていた。

ちなみに、祐一と舞は寮で待機中。
連絡を受けたら、即座に動き出す態勢を整えている。

「まあ、私の運転はさておきだ。
 少なくとも、彼女達の考えはその辺りだろう」
 
命が推測した『留美の判断』は、ものの見事に的中していた。

「そして、それは決して見当違いというわけでもない」
「そうなん……デスかーっ!?」
「わわっ」
「……ジェットコースター?」
「あーゴホン。
 ともかく、今の愚弟にそれほどの思考力があるとは思い難い。
 時間が経てば、高レベルのパーゼストとして熟成され、知能を持つに至るかもしれないが……
 パーゼストになったのが昨日今日ではな。
 危険を察知しても、遠くへ逃げるなんて発想は出来ないだろう。
 精々、その場限りで逃げ回るくらいだ。
 それに……」
「他に、何か?」

何かの含みに疑問を覚えたのか、美凪が首を傾げた。

「今の所、パーゼストが現れるのは、世界中においても限定地区だけだ。
 日本においては、ここ――東京に現れるのが基本だ。
 少なくとも現状のデータではそうなっている」
「つまり?」
「おそらく各々の地区……日本では東京近辺に、パーゼストにとっての何かが有るんだろうな。
 ライダーという敵対者の存在を感じ取ってか、あるいは彼らにとっての守るべきもの、崇拝対象があるのか……
 現状ではあくまで推測の域を出ないがね。
 ……その辺りの伝承を受け継いでいる筈の国崎家が資料を紛失してるらしいからな」
「??」
「ああ、今のは愚痴だ。気にしないでくれ。
 今はとりあえず……」

アクセルを、踏み込む。

「一刻も早く、七瀬君たちを回収、合流だ」
「ひゃああああああおおおっ!??」

ついに法定速度を越えたヤバめな運転に、北川の奇声が響き渡った……







狼は、目を覚ました。

彼は不思議に思っていた。

自分のプログラムには、人から逃げるというものはない。

彼は知っている。
今の自分と比較すれば人間という存在がいかに脆弱なのかという事を。

だが、人が近付く度に彼は逃げた。

まるで何かを恐れるように。

彼はそれを、傷が癒えていないがゆえの慎重さ、目的を果たす為の判断……プログラムだと認識した。

だが、もう傷は癒えた。

故に逃げる理由はない。

そうして、狼は動き出した。








「……!!」

生まれた感覚に、祐一は目を見開いた。

それはパーゼストが人間を襲う際に生み出す『害意』。
その筈なのだが……

「……どうかしたのか?」

舞の問いに、祐一は彼女の方を向く。
その表情には、戸惑いがあった。

「パーゼストを感じる……でも、おかしいんだよ。
 感覚が……消えたり、現れたり……してるんだ」

そう。
いつもならば、一度現れれば暫くは消えないソレが、明滅していた。

「それは……紫雲が我慢しているんだと思う」
「………そうか。そうだよな」

『耐え切れず『害意』を零す事はあるだろう。
 だが、ベルトが外れない限り。アイツは誰も襲わない。
 根拠は無いし、甘いかもしれないが、私はそう考えている』

そんな、昨日の命の言葉が思い起こされる。

まだ戦っている。
身体の殆どを侵食されながらも、草薙紫雲はまだ戦っている。

「なら……急がないとな」

その戦いを終わらせてやるべく、昨日の決意を形にするべく、祐一は部屋を飛び出した。

「っと、危ないやんか」

飛び出した先で、祐一は不注意から其処を通りかかった女性……この寮の管理人である神尾晴子とぶつかった。

「すみません……! 今は急いでるんで……」
「わーってる。あのニーちゃんが危ないんやってな。
 まあ、気張り。……くれぐれも、後悔せんようにな」
「はいっ!! 行くぞ舞!」
「……」

再び駆け出す二人の姿を、晴子は見送った。

そして、思い出す。
少し前、自分の車を貸して欲しいと頼みに来た人間たちの事を。

晴子は、自分のお気に入りの車を貸し出す事に、当初渋っていた。
だが、美凪達の懸命さに圧され、命の話術に乗せられ……気がつけば、何の不満もなく車の鍵を渡す自分がそこにいた。

詳しい事情は分からない。
それでも、ただ一つだけ、確実に言える事があった。

「幸せ者やな、あのニーちゃん」

そうして、ただ数度しか話した事のない青年の安否を、素直に祈った。







丁度、その頃。
憑依体特別対策班・本部でも、その異常は察知されていた。

「パーゼストの反応です。でも……」
「どうしたんだい?」

オペレーターである女性警官の戸惑いの声を聞き取り、敬介は駆け寄った。

ちなみに、昨日の事件の残務処理が終わっていなかった為、対策班のメンバーの殆どは本部に待機していた。
敬介もその一人で、丁度仮眠から眼を覚ました所だったりする。

敬介は、眠気が残る頭を振りながら、映し出された映像を確認した。

「おかしいんです。
 反応が現れたり、消えたり……なんていうか……不安定で……」
「……確かに……これは、妙だね」

彼女の言葉通り、その反応は明滅を繰り返していた。

「罠か何か、でしょうか?」
「うーん……いや、そうは思えないね。
 高い知能を持っているパーゼストは……」
「ええ、そうはいません。
 その彼らにしても、現段階で罠を仕掛けるような理由が見当たりません」

その言葉と共に、秋子が現れる。
いつの間に、という言葉を、とりあえず飲み込んで、敬介は尋ねる事にした。

「なら、どう思う?」
「……」

その答を、秋子はすでに知っていた。
このパーゼストが草薙紫雲であり、この反応は彼の抵抗なのだという事を。

どうするべきなのか。
どうする事が最良なのか。

暫し考えた末に、秋子はその決断を下した。

「……そうですね。
 今は……判断材料が少なすぎます。
 とりあえず、私が先行します。
 その間、一斑の皆さんは昨日と同じ装備で現場付近に待機お願いします。
 掃討に移行した場合、指揮は私が取ります。
 橘さんと二班の方々は、こちらに待機を」
「待機の方はいいとして……君が先行するのは危険だろう。
 顧問である君が動く必要はないし、なんなら僕が……」
「いえ、私が適任です。
 パーゼストの生態を把握している私なら、いざという時、即座に的確な対応ができますから」
「それは、そうだが……」
「対応システムが安定していない現状では、これが最良でしょう。
 では、上層部への連絡を含めて、よろしくお願いします」

一方的にそう告げた秋子は、身を翻し歩き出した。

(……これで、少しは時間が稼げる筈……)
 
そして、これならば紫雲が完全にパーゼストとなった場合も即座に処分できる。

「……っ」

ぐ、と唇を噛み締める。
そんな自分の考えに、吐き気がするが……今はこれしかない。

(後は、命や祐一さん、そして紫雲さん自身に任せるしかないわね……)

自分への嫌悪感を堪えながら、水瀬秋子は動き出した。







「……動き出した」
「みたいだね」

コンビニ前の道路にバイクとサイドカーが停まっていた。
それぞれの持ち主はシートに座ったまま、コンビニで買ったばかりのパンを頬張っていたが、その感覚に気付いて、口内のそれを手にした飲み物で強引に喉の奥に追いやった。

「不機嫌そうだね」
「別に」

持っていた菓子パンの袋を、青年……折原浩平はこれ以上ないという不機嫌さで握り潰した。
その様子を眺めていたもう一人の青年……氷上シュンは、苦く薄く笑った。

「しかし、一昼夜の内に、そんな事態が起こっていたとはね」
「実質、一夜だけどな」

レクイエムに所属するこの二人。
ついさっき合流したばかりで、お互い食事さえしていない有様だった。
それならばと、食事がてらにお互いの情報を交換しあっていたのだが……

「まあ、なにはともあれ、君が無事で何よりだよ」
「……心にも無い事を言うな」
「そうでもないよ。
 君とはそれなりの付き合いだからね。
 君がどう思ってるかは分からないけど……僕は友達だと思ってるよ」
「……そうかよ」

普段なら、照れつつ、ふざけつつ、多少なりとも嬉しく思うだろう言葉だが、今の浩平にはあまり余裕がなく、それを実感できずにいた。

それはひとえに、レクイエムがパーゼストと手を結んだ事に起因していた。

そもそも浩平が本来憎むべきレクイエムに所属したのは、パーゼストから瑞佳を護る為の十分な力を得る為である。

にもかかわらず、レクイエムが元凶たるパーゼストと手を組んだのでは、自分の行動が無意味に思えてならない。

(いや、実際無意味じゃねーか……)

今から行う事を思えば、それをより強く実感してしまう。

数時間前に下された命令、シュンと共にこれから行う任務。

それは、高位パーゼスト……しかも昨日まで自分達が捕獲していた……と合流し、草薙紫雲が変貌したパーゼストを捕獲するというもの。

草薙紫雲の変貌も、浩平にとってそれなりにショックな事だった。

草薙紫雲には、いい意味でも悪い意味でも、幾つかの借りがあったから。
そして……好きではないが、決して嫌いでもなかったから。

……紫雲が人間でなくなった事については、横にいる青年の仕業と言えばそうなのだが、彼は命令に従ったに過ぎないので、文句を言うのは筋違いだろう。

そんな状況での、この任務。

自分にとっての明らかな敵と組み。
敵ではあるが、憎みきれない奴を捕獲する。

何が敵で何が味方なのか。
このままレクイエムに所属し続けていていいのか。

『そして、君自身本当に今の状況でいいと思ってるのか?』

……かつて、紫雲が自分にそう問い掛けた事をなんとなく思い出す。

そうして。
下降気味な気分と、様々な疑念が絡み合い、浩平のテンションは下がりまくっていた。

「じゃあ、行こうか」
「……ああ」

それでも、浩平はこの命令に従う。
それは、この不愉快な命令の中に、ただ一つだけやるべき事を見出していたからだ。

「せめて……俺が殺してやらないとな」

被ったヘルメットの下で、呟く。

そう。
もしも草薙紫雲が本当にパーゼストになってしまい、二度と人間に戻れないというのなら、他の誰でもない自分が引導を渡してやらなければなるまい。

もう一人の仮面ライダーである相沢祐一は当てにできないだろうし、
存在自体気に食わないパーゼストに殺らせるなんてもっての他だ。

だから、それが叶わなかった再戦の代わりで、借りを返す唯一の方法。
独り善がりだとしても、そうとしか思えなかった。

「……変身……!!」

決意を込めて、鍵を廻す。

浩平の姿が変わると同時に、因子の影響を受けたサイドカーもまた変化を遂げる。
ボディの主部分が白く染まり、その白を囲み、際立たせるように幾つもの黒線が車体を走り、彩っていく。

そうして完成した仮面ライダーアームズの乗機・ヴァイスクーゲルは、その名の通りの『白き弾丸』となって街を疾走していった……!







狼は目標を定める事にした。

自分達の目的は、弱き物を滅ぼす事。
適合できないものを潰す事。

意識を凝らす。

……目標はたくさんいる。

その中で、気に掛かる存在が一つあった。

その存在には、他の目標と区別はない。
おそらくは、ごく普通の人間だろう。

だが、それの側にいる二人は……よく分からない特別さを感じる。
もしかしたら、標的にするには厄介かもしれない。

だから、それらは除外すべきだと思った。

だが……気に掛かった。

その存在に、何かが有る。
正確には、その目標だけではない。
その側の二人にも、感じた特別さとは違う、何かが有る。

だから、とりあえず。

彼は、舞い降りる事を決意した。







「うーん……いないわね」

散々歩き回った事を実感してか、ようやっと留美はその事実を認めた。

「やっぱり、ボク達だけじゃ探しきれないんじゃないかな……」
「そうだね。
 それに、この辺りは人通り多くなってきたし……草薙君の意識が有っても無くても現れ辛いんじゃない?」

周囲を歩く人々に少しだけ意識を向けつつ、瑞佳は言った。

彼女達は、自分達がこれまでパーゼストと遭遇した場所や状況を考えて、人気の無い場所の方が現れやすいんじゃないかという推論を打ち立てていた。

紫雲を探し始めて暫くは、それに従い『紫雲が消えた方向+裏通り』を歩いてきたのだが……ちなみに、その為に命達は三人を見つけきれずにいた……いつのまにやら三人は、場所や時間帯もあって人通りも増え始めている遊歩道に足を踏み入れていたのである。

「一旦、寮に戻ったほうが良くない?」
「そうねぇ……」

瑞佳の提案を受け入れるか否か……留美が思考しようとした、その時。

白銀の影が、近くのビルから三人の側に降り立った。

「へ?」

一瞬、それがなんなのか、三人とも理解できなかった。
その影が、ゆっくりと自分達に向き直るのを見て、ようやっと認識する。

「く、草薙?!」
「草薙君!!」
「え?! これ? これが草薙君?!」

それを肯定するかのように、影……ウルフパーゼストは一歩一歩留美達に歩み寄っていく。

「うわああああっ!!」
「化物!! 化物よ!!」

周囲の人々から、連鎖的な悲鳴が上がる。

彼らは知っていた。
真偽は分からない。
ただ、今の日本……東京に化物が存在しているという『噂』を知っていた。

だから、この遊歩道に居合わせた人々は、TV撮影か何かと勘違いする事も無く、当然のごとく『それ』を見て逃げ出した。

だが、そんな彼らより深い真実を知る三人は……逃げるわけにはいかなかったし、逃げられなかった。

「ど、どうするの……?」
「いや、向こうから現れるとは思わなかったし……!
 っていうか、前提が間違ってたんだから仕方ないじゃない……!」

自分達が見つける、と息巻いていた留美は、自分達が見つけられる可能性があるという発想を、ものの見事に抜け落としていた。

だが、そんな事はお構い無しに、ウルフパーゼストは三人に近付いていく。

「って、そんなこと言ってる場合じゃないか……!!」

留美は小さく舌打ちすると、瑞佳とあゆを護るように大きく手を広げ、ウルフパーゼストに立ち塞がった。

「留美!?」
「七瀬さんっ!?」
「アンタらは早く相沢とかに連絡して!」

振り向きもせずに叫んだ留美は、そのまま叫んだ。

「……草薙っ!! アンタなにやってるのよ!
 乙女に手を上げるなんて恥ずかしいと思わないの!?
 それに、アンタらしく……」 

ないじゃない……そう言い掛けた口が止まる。

それは、留美の視界に、映ったから。

腕を、振り上げるウルフパーゼストが。
その延長にある手の先端の、構えていた爪が。
その爪が禍々しいまでに鋭く尖っていく様子が。

圧倒的なまでに、視界に入ってしまったから。

「……っ」

息を呑む。
それは留美だけではない。
瑞佳も、あゆも、信じられない思いで、それを眺めるしか出来なかった。

だが。

「……草、薙?」

だが、できない。
振り下ろさない。
いや……振り下ろせない。

「草薙、君?」

応えない。
応える余裕がない。

「……」

『彼』の頭にはノイズが走っていた。
小さな声が、頭蓋に響く。

……彼女にしたい事は、そんな事じゃない。僕はただ、彼女に謝りたいんだ……

――無視。

……迷惑を、掛けたから。それは、彼女だけじゃないけれど。出来る事を出来る内に……

――無視……不可能。

「……ご」

やがて。

「え?」

狼の牙の中から、その声が漏れ出た。
小さく。弱々しくも。

「ご、め、ん。み……んな、ご、め……ん……」
「草薙、アンタ……」

その姿を見て、留美も、あゆも、瑞佳も、気付いた。
昨日の命の確信は、間違っていなかったのだ、と。

草薙紫雲は、何処までいっても草薙紫雲なのだと。

「ご、ごjuuijnnめ」

尚も、ウルフパーゼストがそれを告げようとした瞬間。

その背中に……爆発が起こった。

「え!?」
「だ、誰!?」

全く予想していなかった事態に、皆驚きを隠せなかった。

ダメージが有るのか無いのか、その場に立ち尽くすウルフパーゼスト。

一番早く気を取り直した留美が、その背中の向こう側を覗き込んだ。

そこには、青い空に浮かび上がる、一体の翼を持つ人影があった。

『いたな……!!……その気配、覚えてるぜ!!』

その人影……ホークパーゼストは嬉しげに、翼をはためかせた。
ただそれだけで、強風が辺り一帯に吹き荒れる。

気を抜けば、よろめいてしまいそうな風を受けながら、あゆは言った。

「鳥さんの、パーゼスト?!」
『…鳥っていうか、鷹だよ。変な気配のするお嬢ちゃん』
「っていうか喋ってるわよ?!」
『そこのソイツもさっき喋ってただろーが。エコヒイキは良くないぜ?
 まあ、いいさ。
 しかし、まあ……確かに見違えちまったな、おい』
「何よ……! 草薙になんか用なの!?」

湧き上がる恐怖を堪えて、留美は叫んだ。
ホークパーゼストは微かに震えるその姿を見て、くっくっ、と笑う。

『んー……いやなに。
 俺は別に用はないんだが、用がある奴がいるらしくてな。
 その身柄をいただきに来たって訳さ……!!』

ホークパーゼストの眼が、不気味な輝きを帯びる。

その瞬間、ウルフパーゼストの頭蓋に『命令』が叩き込まれた。

――上位種の存在を確認。従え。従え。優先。優先。 
――逆らう。あれは敵だ。それに決して上位じゃない。
――従え従え従え。
――逆らう逆らう逆らう。……護る。

『何……?!』

ソレを見て、ホークパーゼストは思わずそんな声を漏らしていた。
其処にあるのは、彼にとっては驚愕と表していいものだったから。

「……」

動きは緩慢ながらも、ウルフパーゼストがホークパーゼストに向き合っていた。
その背に、留美達を背負うカタチで。

眼前の『仲間』が吐き出す敵意に、ホークパーゼストは眼を細めた。

『テメェ……あくまで逆らう気かよ。
 よほど反因子に鍛えられたみたいだな。
 一時的にせよなんにせよ、プログラムを無視できるのは大したもんだ……
 だが』

そこで言葉を切ると、ホークパーゼストは翼を大きく広げ……宙を駆けた。

「何、あれ……!!??」

強風が吹き荒れる中。
留美には、そんな声を上げるのが精一杯だった。

空を舞い、ウルフパーゼストに攻撃を加えるホークパーゼスト。

……その速さは、尋常じゃない。

人の身体に翼を広げた姿は、異様に大きい。
その大きな身体を、捉え切れない、完全に目で追えない……それほどの速さ。
精々、その影の端を捉えるくらいしか出来ない。

(……まるで、剣の切先みたいじゃないの……!)

かつて剣道をしていた留美は、有段者と何度か剣を交わした事があった。
未熟だった頃、自分よりも遥か上の力量を持つ彼らの剣は、留美に認識さえさせないレベルで繰り出され、彼女は気付かないうちに敗北を喫し、呆気に取られた事も幾度かあった。

……今見ている光景は、その時の光景、感覚に良く似ていた。

その『剣』にさらされたウルフパーゼストは反撃らしい反撃も出来ず、されるがままにボロボロになっていく。

『だが、テメェに出来るのはそこまでだ!
 実際に逆らえやしねぇんだよ!!』

それでもウルフパーゼストは動かない。

――動け。従う意思を示せ。
――動かない。従わない。護る。

それは、二つの意識が闘いあった結果の停滞。

だが、それは戦場においては、格好の的にしかならない。

『目的は生死問わずの捕獲だだしな……原型を留めてんなら文句はないだろ……
 これで、終いにしてやるぜ……!!』

そう叫んで、止めと言わんばかりの速度でホークパーゼストが突っ込んでいく……!!
 
「させるかぁっ!!」
『!?』

突如響いた声にホークパーゼストが刹那、意識を向ける。

そこには、自分に向かって疾走する二台のバイク。

その内の一台は少し離れた場所に停まる。
だが、もう一台は迷う事無く真っ直ぐに突き進み続ける……!!

「変身!!」

紅い閃光に包まれて、変わる姿……そう。
仮面ライダーカノン、相沢祐一……!!

「これでも、くらえっ!!」

クリムゾンハウンドを乗り捨てたカノンは、空中で身を翻し、紅い拳をホークパーゼストに叩き付ける!!

『っと、ソイツはパスだ!』

それを察知したホークパーゼストは、軌道を変更し、Uターン。
目標を失ったカノンの拳は空を切るのみとなった。

「……ちっ!!」

体勢を崩しながらもどうにか着地した祐一……カノンは、空に浮かぶ敵を睨み付けた。

『やっぱり来たか。はは、久しぶりだな』
「お前……か! この忙しい時に厄介な……!!」
『ついでだしな。お前のベルトも身柄もいただいとくか。
 いや……そんな命令は無かったしな……どうしたもんか』
「ほざいてろ!!」

祐一の視界には、立ち尽くすウルフパーゼストの姿があった。
この状況で動こうとさえしないその姿が、祐一の心を煽る。

「お前に割いてる時間はないんだよ!」
『?!』

カノンはベルトの鍵を引き抜き、スカーレットエッジに突き刺した。
紅い刃が構成された次の瞬間には、カノンは跳躍し、ホークパーゼストに斬りかかっていた。

『ち……気が短いこって……だが、テメェ一人で俺を抑えきれると思ってんのかよ』

その刃を、ホークパーゼストはいとも簡単に回避する。
それのみならず、逆に斬撃後の無防備なカノンの背中を、翼で殴り付けた。

「く……あっ!!」
「相沢さん!」
「祐一君!」

その重い一撃に弾き飛ばされ、地面に叩きつけられたカノンは倒れ付す。

「く、そ……」

懸命に起き上がろうとするカノンだったが、思いの他ダメージが大きいのか、思うように立ち上がれないでいた。

その様子を確認しつつ、ホークパーゼストもまた地面に降り立ち、その意識をウルフパーゼストへと向ける。

『……やれやれ。んじゃ……』
「さ、させるもんですか!!」
「そうだよ!!」
「させないよ……!」

そのホークパーゼストを遮るべく、留美達が立ち塞がる。

『どきな、お嬢ちゃんたち。まだ死にたくはないだろう?
 どうせ人間に先はないんだ。邪魔しないなら、この場は見逃してやるぜ?』

留美達は、動かない。

怖いに決まっている。
死にたくないに決まっている。
だけど、それ以上にさせてはいけない事がある。

その眼は、そう語っているようにホークパーゼストには思えた。

『……大した度胸だ。尊敬に値するぜ。
 だが……俺は生憎と邪魔されるのが嫌いでな……』

そう言って、翼を広げていくホークパーゼスト。

――そこに、事態を動かす人間達が到着する。

一台のサイドカーと、一台のバイク。

バイクから降り立ったシュンはつまらなげに……それでいて何処か悲しげにウルフパーゼストを眺めた。

「……プログラムのバグか。あのベルトが邪魔をしてるみたいだね。
 素直に従えば、傷付く事はないのに……」

そんなシュンの言葉を、アームズは、浩平は聞いていなかった。
彼の眼には、パーゼストを遮る……長森瑞佳の姿が……いや、その姿しか映っていなかった。

『……邪魔するんじゃしょーがねえよな。
 恨むんなら、弱い自分らを恨むこったな』
「駄目! 逃げて!!」

コバルトハウンドに括り付けていた愛用の剣を抜いて、舞が駆け込んでくるが……時既に遅し。

暴風が、吹き荒れた。

「きゃ……?!」
「わ?!!」
「あっ!??」

ホークパーゼストが軽く羽を動かすと、烈風が吹き荒び、まるで紙切れか何かように三人は吹き飛ばされた。

助けに入ろうとした舞でさえ、その風の前に身動き一つ取れず。
結果、三人はそれぞれ全く違う方向へとその身を舞わせ、地面に、あるいはベンチに叩き付けられた。

『まあ手加減はしておいてやったし、そんなに飛んでねえから、死にやしねぇだろ……』

ヤレヤレと言わんばかりに呟く。
そうして今度こそウルフパーゼストに向き直ろうとしたホークパーゼストは、肩が掴まれる感覚を覚え、振り返った。

そこには……仮面ライダーアームズが立っていた。

『テメェか。何のつもりか知らねーが……殺されたくなかったら……』

その言葉を、彼は最後まで紡ぐ事は出来なかった。

「かに……」
『あ?』
「瑞佳に手を出しやがったなぁああああああああっ!!!」

叫ぶと同時に放たれた、白光に包まれた掌底がホークパーゼストに突き刺さる……!!

『ぐああっ!!??』

全く予想外の一撃だった事に加え、流石にこの距離では回避しようもなく。
その一撃を受けた腹部を抑えて、ホークパーゼストはたたらを踏んだ。

「くたばれええええぇっ!!」

そこに、迷う事無くアームズは突っ込んでいく。

最早、紫雲の事や、自分の立場、果ては勝てるかどうかも、その頭には無い。

長森瑞佳。
その名の女性。
彼にとってはそれこそが全てなのだから。

『ちっ! 何をトチ狂ってやがる!?』
「黙れっ……!! 黙れ黙れ黙れ!! だまれえっ!!
 瑞佳を傷つけた事を、死んで詫びやがれっ!!」

完全にキレてしまっているアームズは、問答無用にホークパーゼストに戦いを挑んでいく。

その光景を見て、シュンは溜息をついた。

「……はぁ。
 なんとなく、こんな事もありえるんじゃないかと思ったけど……実際に起こるとはね……
 しょうがない。なら僕が……任務を達成しておくか」
「……そんな事、させるかよっ……!」

そう叫んだのは……相沢祐一こと、仮面ライダーカノン。
シュンが視線を向けると、フラフラの体ながらもカノンがなんとか立ち上がった所が目に入った。

「へぇ、起き上がってきたんだ。
 あの一撃は、そう軽いものでもなかったと思うけど」

少なからず驚いたシュンは、賞賛とも取れる言葉をカノンへと向けた。
カノンは震える片膝を抑え付けながら、少し離れたシュンに向き合う。

「……アイツがあんな状態なのに、寝ていられるかよ……
 アイツを元に戻すまでは、倒れて、たまるか……」
「なるほど……彼を、戻せるのか。
 それなら、その頑張りも納得だね。
 うん、素晴らしい友情だ」
「そんなもんじゃない……アイツには借りが有るだけだ。
 それで……?
 お前は、どうするんだよ。
 草薙にちょっかいを掛ける気なら……容赦はしないからな。
 それとも、なにか? またパーゼストを呼ぶのか?」
「いや……あまり在庫も無い事だし、今日は直接相手してあげるよ」

そう呟く、シュンの腹部にベルトが浮かび上がる。

「……っ?!」
「変身」

直後、中空を走る灰色のラインが仮面の戦士を形作る。

「この姿を君に見せるのはじめてだから、名乗っておくね。
 仮面ライダーフェイク。僕はこの姿をこう呼んでいるよ」

そう言って、シュン……フェイクは、動揺するカノンに向けて、不敵に笑った。







「……大丈夫か?」

それぞれがそれぞれに戦う中で、舞は留美達の介抱に向かっていた。
その姿を確認していたからこそ、祐一は迷う事無く戦いに向かっているのである。

「なんとか、ね……他の皆は?」

頭を振りながら、留美はその身を起こす。
そんな留美の身体の端々まで様子を見ながら、舞は答えた。

「気絶してるけど、命に別状はない」
「……それなら、いいけど……
 って、それよりアンタ、あの鍵持ってる? 今の内に、なんとかしないと……」

邪魔が入らない今。
紫雲がまだ持ち堪えている今ならば。
祐一の、ライダーの力を借りずとも、なんとかなるかもしれない。

「……持っていない」
「やっぱ?」
「でも……問題ない」

そう言って、舞が視線を向けた先には……何かに突撃するかのような速度で歩道に乗り上げた、一台の赤いワゴン車があった。

「ま、待たせたなっ!」
「皆、大丈夫!?」
「……!」

急停止したワゴンから、ややおぼつかない足取りながらも北川、名雪、美凪、命が駆け寄ってくる。

「派手な音がしたからもしやと思ったが……これはまた。
 色々と厄介な事になっているようだな……七瀬君?」
「あ。いや、その……あたしは……」

状況を一瞥して呟いた命は、留美の側にしゃがみ込む。
先行してしまった事について責められると思ってか動揺する留美に対し、命はただ一つ尋ねた。

「愚弟は……どうだった?」
「え…?」
「……」
「……アイツなら……大丈夫よ。アイツはアイツだった」
「そうか」

留美の答に、命は満足げに頷いた。

呆然とそこに立つウルフパーゼスト。
その停止の意味を、命はなんとなく悟った。

「アイツは、頑張ったんだな」
「いえ、今も頑張っているんです」

それは、美凪の言葉。
その辛い頑張りを終わらせたいと願う言葉。

「そうだな。……それでは、頼む」
「はい」
「じゃあ、俺も行くぜ。いざって時アイツを抑えないと」
「わ、私も……!」
「いえ、ここは私一人で行きます」

勇んで腕まくりをする北川と、怖さを噛み締めて乗り越えようとしていた名雪を、美凪は制した。

「ど、どうしてだよ?! 今のアイツは」
「留美さんが言いました。紫雲さんは、紫雲さんだと。
 なら私一人で行く事が、誠意だと思います」
「……っ」
「ですから、私が失敗したら……お願いします」
「うぐぅ……そんな事言わないでよ……」

いつの間にか、あゆも起き上がってきていた。
瑞佳とお互いに肩を貸し合いながら、美凪の元に歩み寄る。

「でも、もし、もしものもしものもしもで、遠野さんが失敗したとしても……ボクが必ずなんとかするから。
 だから、危ない時は、逃げてね」
「はい」
「私も、頑張るから。だからちゃんと遠野さんも自分の事考えてね」
「はい」
「俺も、やるよ。だから気をつけてな」
「はい」
「私だって、頑張るよ。だから……ふぁいとっ、だよ」
「はい」

自分の後には、たくさんの友人たちが控えてくれている。

だから、美凪は……迷いなく踏み出した。
草薙紫雲に向かって。


 




「く……!!」
「どうしたんだい……!?そんな事じゃ、彼を助けられはしないよ……!!」

仮面ライダーフェイク。
その名前の存在は、強かった。
少なくとも、焦りまくったこの精神状態で倒せるほど、簡単な相手ではない。

しかも、先程からのやり取りから察するに、どういうわけかパーゼストと『コイツラ』は手を組んでいる。

どうやらアームズは、それを善しとせずに抵抗している様だが……それも長く持つとは思えない。
つまり、余裕は全くない。

ならば。

「ち……やるしかねーかっ!!」

精神状態も状況も関係ない、圧倒的な力で押し切るのみ。
それしかない自分に歯痒くなるが、ここは賭けるしかない。

速攻で眼前の敵を片付けて、速攻でハイ・パーゼストを片付ける。
片付けられなくてもいい、数分、数秒戦闘不能にさせる。

そして、その間に美凪を手伝い、紫雲を元に戻す。
それしか、この場を切り抜ける方法はない。

決意した祐一は、スカーレットエッジに嵌め込んだ鍵を引き抜き、再びベルトに差し込んだ……!







「紫雲さん……」

呟いた美凪は、今だ動かない狼の真正面に向かうあう。

かつて、同じ光景があった。

その時とは立場が全く逆。

だからこそ価値がある。
だからこそ意味がある。

「あなたを……あなたに戻します」

恐れず、躊躇わず。
鍵を差し込み……廻した。







「う、おおおおおおおおおおおおおおっ!!」

紅い閃光が溢れ出す。
溢れ出した力は、ラインを破壊し、新たなラインを構成する。
そうして、カノンの身体を薄く発光させた。

「これが、ハイ・パーゼストを退けた……?!」

そう。
仮面ライダーカノン・リミテッドフォーム……!!

「邪魔だっ!!」
「くっあぁっ!??」

満ちる力でただ単純に眼前の敵を殴りつける。
それだけで、フェイクは地面を転がっていく。

「!?……氷上……っ?!」

ホークパーゼストに圧され返されていたアームズ。
状況の悪化が、彼に多少なりともの冷静さを取り戻させ、その異変が彼の集中を奪った。

『……余所見は良くないぜ』
「……!」

薙ぎ払う一撃がアームズを吹き飛ばす。
そうしてホークパーゼストは、新たな敵を見据えた。

同じ様に見据えるカノンと、視線が交錯する。

「……次っ!!」

脚部に力を集中する。
この間と違って今回は一人だが、今の自分はリミテッドフォーム。
十分に押し切れる筈だ……!!

「くたばれぇっ!!」

叫んで、大地を蹴ったカノンはそのまま必殺の蹴撃に移行する……!!
だが。

『馬鹿が!! 同じ技を二度も三度も喰らうか!』
「何……!!?」

その蹴撃は空中で静止し、それ以上進めなくなる。

「風の、壁……?!」

そう。
それはそうとしか呼べないもの。
ホークパーゼストの翼のはためきが生む、暴風の壁。
それがカノンの一撃を遮っていた。

「負けるかぁぁぁっ!!」

しかし、カノンも引き下がらない。
指向性を持ったエネルギーが尽きない限り、その一撃が地に落ちる事はない。

そうして、光と風が拮抗していた……その時だった。

「そんな……!?」

そんな焦燥に満ちた美凪の声が、カノンの耳に届いた。
思わず視線を送った先には、紫雲の姿に戻っておらず、変身もしていない、ウルフパーゼスト。
その側で、美凪は必死に鍵を廻そうとしていた。
だが……

「廻せない……?! どうして……?!」
「なに………っ!?」

その動揺が、カノンの力を僅かながらも分散させた。

『お前も余所見か。余裕だな、おい』
「しまっ……」

防御に集中していた風が、攻撃に転じる。
力が散った今、それだけで十分だった。

「う、あああっ!!?」

風に弄ばれ、空高く舞い上がった後、カノンは地面に墜落した。

「ぐ……あ…」

次の瞬間。
リミテッドフォームが自動解除され、カノンは祐一の姿に戻っていた。

「な……?」

ベルトが外れたわけでもないのに、解除された変身。
しかも、リミテッドフォームへの強化変身後に。
それは……カノンへの変身が一時間不可能になった事を指していた。

「祐一っ!!」
「相沢!」

変身が解除された祐一に、名雪と北川が駆け寄る。

「大丈夫、ゆうい……」
「畜生……っ!」

自身を心配する名雪の声さえ遮って、祐一は地面を殴った。
ただ悔しくて、そうするしかなかった。

『諦めな、俺ら寄りのお嬢ちゃん』

そんな祐一には最早興味が無いのか、ホークパーゼストは祐一には一瞥もくれず、まだ懸命に鍵を廻そうとする美凪に告げた。

『それの意志はどうあれ、肉体はもう俺達と同じ。
 そうである限り、反因子結晶体を拒絶して当然だろうが。
 ソイツは、人間には戻れねーよ。
 よしんばアンタらの思惑通りいったとしても、完全な人間には戻れないだろうぜ』
「出鱈目言ってんじゃねーよ!!」

それでも鍵を廻そうとする美凪に代わって、北川が声を上げた。

『出鱈目じゃね―さ。
 例えばだ。
 地面に深く広く根を広げた大きな植物が有って、邪魔になったからソイツを引き抜く事になったとする。
 道具で強引に穿り返せば、抉られた地面が残るし、
 手で上手く引っこ抜いたとしても、後に残るのは……やっぱり多少なりとも荒れちまった地面だし、
 どっちにしても根っこが残らない保障はない。そういう事さ』
「そんな……そんな事って……」
「くそっ……」

ホークパーゼストのその言葉に、あるいは鍵が廻らないという現実に、絶望が皆を覆い尽くす……かに思われた。

「そうかな?」

それを、命が一掃した。

『何?』
「その例えで言うのなら、どんなに地面が荒れたとしても地面そのものはそこにある。
 ならば、そこから始められる……そう思わないか? 高位パーゼスト」
『……』
「その地面が、草薙紫雲という地盤が有る限り、愚弟は……人間だよ」
『はぁ? なにを言ってるんだよ、ねーちゃん』
「もう一度言おう。愚弟は人間だ。
 その形が完全ではなかろうと、な」

命は、静かにウルフパーゼストを、変わり果てた弟を見詰めた。

ボロボロの身体。
そこから流れる血は……赤いままだった。

「そして、私はソイツの姉だ。
 ソイツが何を望み、何を選択するのか、知っている」
『何の寝言を……』
「それは、ソイツが自らを名乗る名前からも明らかだ。
 まあ、お前には、分からないだろうがね」

そうして不敵に笑う命には、何の不安も感じられなかった。
まるで、今から起こる全てを悟っているような、そんな響きが有った……







雪が、降っていた。

『そこ』は、雪原。
草薙紫雲という人間の精神の在り様を示す世界。

そんな中で、紫雲は座り込んでいた。
息は乱れ、身体は傷だらけで血塗れだった。

そんな彼の眼前には人狼……ウルフパーゼストが立っていた。

一体ではない。
数十の彼らが立ち塞がり、あるいは雪原に緑色の血を撒き散らし、倒れていた。

「く……あ……は……」

紫雲は、疲れ果てていた。

それは、戦っていたから。
目の前の存在と、自分を護る為の戦いを続けていたから。

そして、その戦いは……終わりを告げる。

「……」

狼達が消えていく。

美凪が鍵を差し込んだのは、全くの無駄ではなかった。
廻せはしなかったものの、反因子結晶体……鍵を接続する事はできた。
紫雲にとっては、それで十分だったのである。

鍵から生まれた、『世界』を包み込んでいく、紫色の閃光が彼らを滅ぼしていく。

紫雲の眼前に膝を付く、一体を残して。
その一体は、鏡の様に紫雲と対峙している。

「その一体だけは消えないわ」

一人と一体の中間に現れたのは、一人の少女。

紫雲が殺した、彼の戦いの始まり。
そして、この場所における、紫雲の後悔のカタチ。

「それは、もう貴方なの。
 化物であり、闇であり、パーゼストであり、貴方が恐れる貴方の鏡。
 貴方の肉体がそうであるように」
「……」

ウルフパーゼストが立ち上がる。
ゆっくりと紫雲に歩み寄り、その爪を構え、腕を振り上げた。

その後ろに立つ少女が、紫雲に問い掛けた。

「怖い?」
「怖いよ」
「何が、怖いの?」
「人間でなくなること、自分が自分でなくなること……
 でも、それ以上に護れなくなるのが、怖い」

紫雲は、狼を見据えた。

「誰かの力になれないのが、怖いんだ。
 誰かが苦しむのが、嫌なんだ。
 ずっと、そう思ってたんだよ。
 昔からそうだったけど、君を殺したあの時から、より強くそう思うようになってた」 

他に方法が無かった。
それでも、それを選択した自分が許せなかった。
だから、誰かの力になりたかった。もう二度と、誰かが苦しむのは嫌だった。

「……だから、走ってきたんだ。我武者羅に。
 自分以外が護れさえすれば、どうでもいいって」
「……」
「でも……自分を護らなかったら、悲しむ人がいたんだ。
 こんな僕の為に、苦しむ人がいるんだ。
 こうなって、初めて気付いたんだ……」

そう。
誰かを護ろうとして自分を殺した結果、自分の為に悲しむ誰かがいた。

「……だから?」
「言っただろう?
 僕は、誰かが苦しむのがイヤで、嫌いだって。
 だから、今だって、こうしている暇はないんだ」

ゆっくりと、紫雲は立ち上がった。
そうして、もう一人の自分と対峙する。

「どうするの?」
「戦うよ。
 誰かを不幸にする何かと。
 それが何であれ、誰であれ、自分であれ」

その戦いは終わらないのかもしれない。

草薙紫雲が自分を蔑ろにして誰かを護ろうとする限り。
――たった一つしかない自分の命を賭けて、たくさんの誰かを護るという事は、そういうものだから。

それでも、負けない限りは、終われない。終わらない。
負けない限りは……誰かを護れる。

その理由は、ただ一つ。
誰かが苦しむのがイヤで、嫌いだから。

それを最後まで貫けるのなら。
そのカタチが人間じゃなくても……構わない。

いや、それこそが。
自分が望んだ『仮面ライダー』だから。

「……そうだ。それが僕だ。僕は……」

呟いた紫雲の腹部から、ベルトが生まれ出た。

ゆっくりと、紫雲の手が上がっていく……







ゆっくりとウルフパーゼストの手が上がり……その手はベルトのサイドに伸ばされた。

その手が握るのは、鍵を廻そうとし続ける……美凪の手。
彼女の手の上に、異形の手が覆い被さった。

『ほら見ろ。身体はとっくに変わってるんだ。
 コイツは、パーゼストなんだよ』
「……」
『それでいいんだよ。その嬢ちゃんの腕ごとそれを引き抜け。そのうざったいベルトを引き千切れよ。
 そうしたら、お前は仲間だ。なんなら馬鹿どもに掛け合っていい。
 そうだな……実験材料になんざ使わせずに一緒に人間を狩るのも悪くない。
 それとも、何か? まだ脆弱なニンゲンに拘るのか?』

それは、そんな訳はない、という確信を込めた嘲り。

そこに。

「……そうだ」

それを、はっきりと、否定する声が響いた。

鍵を廻してさえいないのに。
それは、ただ意志の力でそこに有る。

それは狼が紡ぐ、人の言葉。
パーゼストを否定する、言葉。

「それが僕だ。……僕は……」

戦う意志を込めた、戦士の言葉。

「僕は……草薙紫雲だ。パーゼストじゃ、ない」

化物のままの腕を、紫雲は見詰めた。
それが自分の腕だと信じたくなくても、それが現実。
『自分の身体がパーゼストである事』を受け入れた紫雲は、鍵を握る美凪の手を優しく引き剥がし……鍵を握った。

『……そうかよ。それがお前の答って訳だ』

紫雲の意志を悟ったホークパーゼストは苦々しげに呟くと、自らの翼から羽を一本毟り取った。
その羽に、破壊の為の光が灯る。

「ああ、そうだ。
 僕は……草薙紫雲。仮面ライダー……エグザイルだ……!!」
『大した馬鹿だな、お前は。なら死ねっ!!』

そうして自分を滅ぼす為の羽が解き放たれた、その瞬間。

紫雲は……鍵を廻した。

人の意志と、人を越えた力を込められた鍵は、今までの美凪の苦闘が嘘であるかのように、軽やかに廻る。

そうして、鍵を廻せば。
後は、変わる為の呪文を、叫ぶのみ……!!

「……変身っ……!!」

その叫びと同時に、爆発が巻き起こる。
……側にいた美凪をも巻き込んで。

「草薙っ!」
「美凪っ!」

北川と留美が叫んで、駆け出そうとする。
その二人を、命は制した。

「なんで邪魔……!」
「大丈夫だよ」

その命の言葉に、応える様に。

土煙の中、それは顕現する。
まるで、闇夜に浮かぶ月の様に。

身体を走る紫のライン。
紫色に輝く複眼。

土煙が晴れた、其処にいた。
自らを仮面ライダーの追放者と名乗る……仮面ライダーエグザイルが、其処にいた……!!

「……紫雲、さん……?」

確かめる様に呼びかける美凪。
彼女はエグザイルの背中を見詰め、爆発の瞬間、エグザイルに庇われた事を認識した。
エグザイル……紫雲は、攻撃を弾いた紫の拳を下ろしつつ、答える。

「遠野さん、ごめんね。心配を掛けて。今は……もう、大丈夫」
「ホントに、ホント?」
「本当、だよ」
「嘘ついたら針千本?」
「ん……飲んでいいよ」
「……よかった……」

安堵の微笑みを浮かべる美凪に、紫雲は頷いてみせた。

だが、その言葉には、ほんの少しだけ嘘があった。

その身体には、いまだ痛みが走っている。
プログラムを再起動させた為に生まれた痛みが。

だが、紫雲はもう馴れていた。

ずっと因子に侵食される身体。
変身の度に駆け巡った反因子。
そうして一つ変わるたびに紫雲は強くなっていた。

そして一度パーゼストとなった今、紫雲は、その山を完全に越えていた。

だから、耐え切れる。
こんなもの、とうの昔に体験した痛み。
ピークを越えた、安定した痛みなど、耐え切れない筈がない……!

「……遠野さんこそ、怪我はない?」
「大丈夫です。貴方が庇ってくれましたから。……へっちゃらへーです」

その微笑みに心が和むのを、心地良く思う。
だが、今は…戦う時だ。

「それなら、よかった。
 じゃあ……危ないから、下がってて」
「……はい」

その言葉から、いつもの紫雲である事を確信して、美凪は下がる。
……それを見届けて、エグザイルは敵に向き直った。

そして、吼えた。

「……っはあああああっ!!」
『なっ!?』

それは、一瞬。

裂帛の気合とともに踏み込んだエグザイルは、瞬きよりも速く間合いを詰め、ホークパーゼストを殴り付けた。
生体エネルギーを込めていない、ただ殴るだけの一撃。
にもかかわらず、その一撃はホークパーゼストを大きく吹き飛ばした。

「……ああ。久しぶりだな。最高出力は」

彼には珍しい、楽しげな声。

それは、完全なる仮面ライダーエグザイル。
痛みや歪みによる弊害の無い、最高時の力を約半年振りに紫雲は吐き出していた。

「ようやく復活かよ……手間かけさせやがって」

地面に座り込んだままの祐一の声に、紫雲は振り返る。
視線を交わすと、紫雲は深く頭を下げた。

「まったくもって、その通りだ。
 申し開きは、出来ない。本当にごめん。……皆にも、迷惑を掛けた」

その顔は仮面で覆われていても、本当に申し訳なさそうな顔をしているんだろう、と祐一は思った。
それが、草薙紫雲という男なのだだから。

「でも、今は……戦わせて欲しい。
 その借りを返す為にも……今は、戦うべきだと思うから」
「ああ、そうしろ」

微かに笑う祐一の言葉に、紫雲は深く強く頷き返した。
そうして、意識を細くして……今、この時の敵と向かい合った。

『やってくれやがったじゃねーか……だがな……
 この俺相手に、お前一人で勝てると本気で思ってんのか?』
「それに」

カノンに吹き飛ばされたフェイクもまた起き上がっていた。

「其処の相沢祐一君が変身できない以上、戦力差は先刻と大差ないよ」
「な……?! どうして……」
「できるのなら、とっくの昔にやってるだろう?
 そうしないのは、出来ないって事だ。違うかい?」
「……」

簡単に見破られたその事実に、祐一は言葉を失った。

(折角、草薙が復活したっていうのに……!!)

このままでは……駄目だ。
その場の誰もが、そう思いかけた、その時。

「草薙! これを!!」

その声と共に、留美が何かを投げ付けた。
エグザイルは少し戸惑いながらも、留美が投げたそれを掴み取る。

広げた手の中には……鍵があった。
紫雲は、その用途を一瞬にして理解した。

振り向くと、留美の隣には命が立っていた。
命があえて投げさせたのだと、悟る。

「アンタ、馬鹿ね。皆迷惑だなんて思ってないわよ……っ」

そう。
彼女なら言うだろう、その言葉を伝えさせる為に。

周囲を見渡す。
こんな状況だというのに、皆笑っていた。
留美の言葉を肯定していた。

「……片付けろ。今のお前なら、それができる」
「ああ……!!」

命の言葉に頷いて、エグザイルは鍵をバックル……メイン回路に差し込んだ。

……カノンは、変身する人間でその能力を変化させた。
名雪が変身した時。
舞が変身した時。
祐一が変身した時。
そこには能力の差異があった。

エグザイルはそのプロトタイプ。
ならば。
変身する者が、もし、人間を越えている存在なら。
パーゼストの力を得た『人間』なら。

そして、それをより形にするのは……二つ目の鍵。
この鍵はプログラム修正と、システムをより安定させる役割を持つ。

プログラムの修正は、身体を元に戻せなくても、これ以上の進行を封じ。
システムの安定は、いままで全開に出来なかった出力を引き上げる。
それらの役割を果たす為の、より強い反因子反応を受け、鍛えられた因子はより強く変化する……!!

「変『真』!!」

メイン回路に、差し込まれ、廻された鍵。
其処から溢れ出た新たな紫の光は、血脈を増量させる。
その血脈がエグザイルの身体を駆け、その上に新たな姿を形成していく……!

「……!!」

全体の形状は鋭いカタチに変化し、仮面や生体装甲の上には新たな白銀の装甲が追加。
身体を走る紫のラインはより深みを増し、ラインと同色のマフラーをたなびかせるその姿。

それは、限界を越えて勝ち取った、エグザイルの真の姿にして、進化形態。

仮面ライダーエグザイル……トゥルーフォーム!!!

『なるほどな。それがテメェの第二段階ってわけか……
 折角だ。その力、俺が試してやるよ。
 おい、お前……手を出すなよ』
「……君がそれでいいなら」

肩を竦めながら、フェイクは後ろに下がる。
それを見て、ホークパーゼストは満足げに笑った。

『ははっ……聞き分けがよくて助かるぜ……!!』

その言葉と共に、羽を撃ち出す。
ソレに込められた力は、先程よりも強く、しかも一つではない。
だというのに、エグザイルは……微動だにせず、先刻の様に迎撃するでもなく、その攻撃を受けた。

連続した爆音が、鳴り響く。
再び巻き起こった爆発に、誰もが息を呑む……が。

『な……!!』

爆発が収まった中から歩み出たエグザイルは……全くの無傷だった。

「……行くぞ……」

エグザイルはそのまま数歩前に進むと、腰低く構えた。
紫の閃光が、右足に収束する……が、その収束は今までと変化していた。

「これで、終わらせる……!!」

その変化を気にも留めず、そう宣言したエグザイルは、今までの限界を越えて、高く高く跳躍する。

『ぬかせぇぇッ!!』

翼をはためかせたホークパーゼストは、遥かな空へと跳躍したエグザイルに向かって飛び立った。

「はぁぁっ……!!」

空中で一回転、一撃のカタチを整え、絶対の紫を振り落とすエグザイル!

『はっ!』

紫の閃光に対抗するように、圧倒的なまでの破壊の風をその身に纏い、それを迎え撃つホークパーゼスト!

そうして……光と風が、激突した。

「はああああああっ!!」
『だああああああっ!!』

紫の光は、異形を葬るべく強く輝き。
風は、その光さえ飲み込まんとアギトを開く。
その二つの力は拮抗し、一人と一体を空中に圧し留めた。

『はっ!! 予想以上に力が増したようだが、それでも無駄だぁっ!!』
「……っ」

ホークパーゼストの纏う風は荒れ狂い、衝突の余波が刃となってエグザイルを削り取っていく……!

それは、紅い光と風の衝突の似姿。
ゆえに、結果は等しく訪れる。
彼はそう確信していた。

『この風刃の壁、力だけで破れると……?!』

破れない。破れる筈がない。その筈だった。
だが。

エグザイルの放つ蹴撃は、少しずつ進んでいた。
風を抉り、前へ前へと。

『な……?!!』

エグザイル必殺の蹴撃。
今までが光が集まるだけだったのに対し、今の収束は……螺旋状。
集約された力をより収束した螺旋の先端は、形なき風さえ穿ち、貫いていく……!!

「力が足りないなら、束ねる。
 束ねてなお足りないのなら、束ねた先を細く鋭く鍛え上げる。
 それだけの……」
『馬鹿な……!! そんな、馬鹿な……!! テメェ如きに! 人間を選んだヤツ如きにぃっ!!?』
「事だぁぁあっ!!」

否定の叫びを掻き消すように、閃光のみならずエグザイル自身も、身体を抉り込ませていく。

エグザイルの放つ過去最大渾身の一撃は、最後のあがきに身体を包み込んだ両翼さえも貫き、ホークパーゼストに叩き込まれた……!

『グああああああううhにIJNuiyuumvgiuguigigiiugigiuiiiiiiiiii!!!!』

砕く。砕く。砕く。
敵の全てを砕きながら。
まるで流星のように。
一人と一体は一つとなって、地面に突き刺さった。

……轟音。

「……」

深く座り込む形で着地したエグザイルは、ゆっくりと立ち上がりながら、自分の足下に横たわるホークパーゼストを見下ろした。
『それ』は、信じ難い事にまだ消滅を免れていた。
だが、それも長くはない事をエグザイルは悟っていた。

『……jujj……く……何故、だ……どうして……こう、なった……』

その原因を求めて、ホークパーゼストは改めて見た。

紫色の仮面ライダー。
因子支配に時間を掛けて適応しながら、拒絶した、人間でありながら人間ではない者。

そうして、彼は気付いた。

『そうか……そういうことか、アイツ……
 俺を嵌めやがったな……俺を……捨てやがったのか……』

確実に目の前の存在を捕まえたいのであれば、高位パーゼスト四体全員で掛かればいい。
何故そうしかなかったのか……その答は目の前にあった。

眼前の存在の『覚醒』。

それこそが、彼らの狙い。
自分は、先を見越した上での、捨て駒にされたのだ。

「……どういう、事だ?」

紫雲は、その言葉を不審に思わずにはいられなかった。
答えるはずもないと思いながらも、口にしていた。
だが、予想を裏切って、ホークパーゼストはあっさりと答えた。

『全てが予定通りってこった……ただし、俺じゃなくて、他の連中のな……
 精々気をつけるこったな……お前がドッチに転ぶかは知らね―が……これから先は、楽な死に方だけはできないぜ……』
「……」
『俺を倒した褒美代わりに、忠告、してやる……
 今の内に、人間を捨てて、パーゼストと共に生きろ…
 今もお前の中にあるプログラムに従ってな……そうした方が、身の為だ……
 結果は変わらない……お前は……パーゼストとしてしか、生きられない……
 そうさ、無駄……! 今お前がプログラムに逆らった事は、無意味でしかない……
 それを知って、絶望に沈むのも……面白いんじゃねーか……?……
 そうだ! そうだな……!……かは、はははっはっはっはっはははっはっはあはっははっはは!!』
「……」
『かははっはっはっはっはうひゃははっはっはあはっははっはは………』

その哄笑と共に。
紫の炎に包まれたホークパーゼストは、光の粒となって散っていった………

その光景に皆呑まれていた……その時、場違いな拍手が、辺りに響いた。

「いや、実に見事だったよ」

拍手の主は……仮面ライダーフェイク・氷上シュン。

「……まだ、やるのか?」
「まさか。
 今の君相手に、不完全な実験体如きが勝てるとは思わないよ。
 ここは帰らせてもらう。君もその方がいいだろう?」
「……意外だな。
 思惑が外れて、あっさりと帰還できるものなのか、レクイエムに?」

その問い掛けは命のものだった。

「思惑が外れた、か。
 多分だけど……そうでもないと思うよ。
 昨日の時点での予定は完全に狂ったけど、新たに組まれた予定表としては十分な結果が出たんじゃないかな。
 レクイエムが、そういう組織だって事は……この中では貴方が一番理解しているはずだよ。草薙命さん」
「……」
「それじゃあ、失礼するよ」

そう言って、フェイクは大きく跳躍し、その姿を消した。

「……そう言えば、アイツは……?」
「……もういないよ」

その答を受けた祐一は、周囲を見回した。

仮面ライダーアームズ・折原浩平の姿もまた、忽然と消えていた……







その全てを見届けて……水瀬秋子は、携帯を取り出した。

「水瀬です。全てが終わりました。
 システム・仮面ライダーによって、パーゼストの消滅を確認。
 申し訳ありませんが、撤収、お願いします」
『え? それは……』

問い掛けようとする声にさえ気付かずに、秋子は携帯を切った。
そうして、先程までの戦場に立つ仮面ライダーの姿を見詰めた。

「姉さん……貴方は……こうなる事まで予想していたんですか……?
 その上で、あのプログラムを作ったんですか……?
 だとしたら……なんて……」

その言葉に答えるものはいない。
ゆえに、その言葉は風の中に消えていった……







『予定通り、だな』
「その通りだね」

レクイエムという名の暗闇の中。
意識の繋がりから事態を把握した『二人』は頷きあっていた。

「これによって抗体の一つのカタチが誕生した。
 君らは彼を研究材料にする事で、それを得ようと考えていたようだけど……手間が省けたね。
 だけど、あれは君達人間にとっての希望でもあるが、僕らにとっても希望となる」

少年は、自分の顔を手で覆い隠した。
その下の表情を……自分だけのものにする為に。

「反因子結晶体の戦士……通称、仮面ライダー。
 果たして彼らは人類の希望か、それとも絶望か……なんてね。
 いやはや、本当にどうなるのかな?
 ははははははっははははっははっはははっはははっは」
『……』
「まあ、それはそれとして。
 こちら側の仮面ライダーである彼はどうするんだい?
 今回、派手に暴れてくれたけど」
『……そうだな。
 今まで良く働いてくれたし、今回の事は予定の内ではあるが……そろそろ大目に見るのも考え時か。
 データも集まりつつある今、アレの価値もなくなりつつある。
 新たな実験体を発見・決定次第……新たな処遇を考えておかねばならないだろうな』


 




「……」

空気が落ち着いていく。
それを感じ取り、エグザイルは変身を解除した。
その後ろ姿は、紛れもなく人間・草薙紫雲だった。

「紫雲さん…!」
「草薙……っ」

その姿に安堵して、皆が歩み寄る……が。

「近付かないでくれ」

キッパリとした、言葉。
それが、彼らの歩みを押し留めた。

「……何言ってんだよ」
「近付かないでくれ」
「だから、どうしてだよ」

祐一の言葉に反応してか、紫雲はゆっくりと振り返った。
その顔を見て、祐一は言葉を失った。

「お前……その眼……?!」

紫雲の眼。
それはパーゼストの時のまま、白銀色の瞳になっていた。

「そっか。この状態でも眼は変わってるのか」
「だから、どうしたんだって……!!」
「こういう事だよ」

呟いた瞬間。
紫雲の身体が、ウルフパーゼストに変化を遂げた。

『な?!』
「……僕の身体は、人間じゃなくなった」

言いながら、再び姿を人間に変える。

「もうプログラムの声は聞こえないから、パーゼストでもないとは思う。
 もしかしたら、この先は安定して人間に戻っていけるかもしれない。
 だけど、正直まだ確信が持てないんだ」
「…やはり、そうか」

その肯定をしたのは……他でもない命だった。

「命さん?! だって昨日人間に戻れるって……!」

抗議の声を上げるあゆを見据え、命は答える。

「擬似反因子結晶体の説明をした時、こうも言っただろう。
 半ばパーゼストになった今、何処まで通用するかは未知数だ、と。
 可能性の問題だ。
 こうなる事も、可能性の一つだった」
「…っ」

命の肯定に、皆が項垂れる。
その思い沈黙を破り、紫雲は告げた。

「だから見通しが立つまで……ある程度の確信が得られるまで、僕は姿を消していようと思う。
 勿論、パーゼストと戦うのはこれまでどおりだけどね。
 助けが欲しい時は、連絡さえしてくれれば、いつだって、どこだって駆けつけるよ。
 それじゃ」

そう言って、草薙紫雲は背を向け、足を踏み出し……

「……助け……そんなもの、いつだって欲しいに決まってるじゃない……
 アンタ、知ってるでしょうが……今、店は大忙しなのよ……?!
 アンタ一人抜けるのが、どれだけの打撃になるのか、分かってるでしょうが……!」
「お前……このまま勝ち逃げするつもりなのかよ……っ!
 そんなの、俺は認めない……俺は絶対に認めないからな……!!」

留美と祐一の言葉に、足を止めた。
………………でも、それは一時の事。

「……ああ、分かってるよ。七瀬さん、相沢君。
 だから、いつか。ちゃんと帰ってくるから」

振り向いて穏やかに微笑んだ紫雲は、今度こそ歩き出した。
もう、どんな声を掛けても停まらないだろう事は、この場にいる誰もが分かっていた。

だから。
紫雲の影が遠くなった時に、遠野美凪は言った。

「…………じゃあ、ついて行きます」
『……はぁ?』

その場のほぼ全員の声が唱和する。

「尾行です。去るのなら追いかけます」

その声が聞こえれば、あるいはさっきそれを告げていれば、紫雲は全力で逃げているだろう。
だから、声が届かなくなったであろう『今』そう宣言したのである。

「……そうだな。頼もう」

美凪の言葉を、笑みさえ浮かべて命は了承した。

「どの道、アイツの調子を客観的に観察できる人間は必要だ。
 私は四六時中ついてられないからな。
 勿論、君が暇な時でいい。ちょくちょく見てやってくれ。頼まれてくれるか?」
「はい。では、とりあえず塒−ねぐら−までこっそりと」
「お、おい……? それ、大丈夫、なのか……? アイツまだ……」

不安そうな声を漏らす北川。
先程のウルフパーゼストの姿を見せられては、それは無理からぬ事だろう。
だが。

「問題なっしんぐ。紫雲さんは、紫雲さんですから」

北川の問いに、ぶいサインを作って答えると、美凪は意気揚々と歩き出した。
紫雲の後を追う形で、こっそりと、だが。

「……とまあ、そういう訳だし。これなら心配いらないだろう?」
『はぁぁぁ』

その命の言葉に、その場のほぼ全員が深い深い息を吐いた。
見事なまでに、重いムードが消え果てていた。

「くっそ……心配して損した……」
「右に同じく……アタシ……何を血迷ってたんだろ……」
「ま、まぁ……皆無事だし……」
「……うぐぅ……なんか複雑……」
「あははは……」
「……」

ヤレヤレムードで、皆もまた歩き出す。

ただ一人。
相沢祐一を除いて。

『もしもの話だ。
 愚弟が人間に戻れず、完全にパーゼストになった時の話』

彼の脳裏には、昨日命と交わした会話と、

『もうプログラムの声は聞こえないから、パーゼストでもないとは思う。
 もしかしたら、この先は安定して人間に戻っていけるかもしれない。
 だけど、正直まだ確信が持てないんだ』

紫雲自身の言葉が、甦っていた。

そう。
草薙紫雲が、パーゼストとしての姿を失っていない限り。
ソレは、まだ続いている。

だから、祐一は……とても笑う気には、なれなかった。







…………続く。





次回予告

暫しの間、皆と距離を置く事に決めた紫雲。
自分の無力さを改めて知り、特訓に明け暮れる祐一。
そして、レクイエムから『命令』を言い渡される浩平。

ベルトを所持するライダーたちが、新たな局面を迎える中。
物語もまた、新たな局面を迎えようとしていた。

「……さあ、人形劇の始まりだ」

乞うご期待、はご自由に!!





第二十話はもうしばらくお待ちください