第十七話 運命という名の、避けられない流れ







時は少し遡る。

場所は……レクイエムの一施設。
いや、厳密に言えば、施設であり、支部でもあり、本部でもある。

レクイエムはヒトを追及する存在に、あえて名前を付けたものでしかない。
組織の形に近いが、組織というよりも研究団体といった方がいい存在で、あるいは宗教とさえ言える。

『それ』は世界中の至る所に存在し、その全てがレクイエムの本拠地であり、細胞の一つでもある。

ともかく。
そのうちの一つに異変が起こっていた。

いや、すでにその前兆はあったのだろう。

レクイエムの中でも興味深いサンプルとして捕えられた、高位パーゼスト……それがその施設に『封印』された、その時から。






その施設の一角にその場所はある。

大きめの研究資材を集め置く為の場所であり。
そして、侵入者が現れた時の為の邀撃ポイント。

スペースが広く、見渡し易くなっているその場所は、厳重な警備を万が一潜り抜けて来た者を確実に食い止め、終わらせるのに有効である筈だった。

だが。

厳重なはずの、万が一で無ければならない警備を、いとも容易く突破し。
そこに辿り着いた存在に、その場所は、その場所にいた人間達は無力だった。

「……というわけで、僕としては彼を返してほしいんだけど?
 って、もう聞いちゃいないか。
 まあ、まだ後一人残ってるからいいけど」

軍服のような服を着た男を、興味を失ったように放り捨てて、少年は笑いかけた。
否。
少年に見えるだけの、化物は。

「そんな、馬鹿な……?!」

笑顔を向けられた、その場にただ一人立つ男は呆然と呟いた。
その彼の周囲には、倒れている人間の群れ。
銃器を持つ者、ナイフを持つ者、など装備にこそ違いが有れど、その全てが倒れ付している事は共通していた。

この場所だけではない。
報告が正しければ、ここに至るまでに存在していた全ての人員がそうなっている……

「……っ」

その事実に、男は息を飲む。

目の前の存在が人間でない事は、理解できていた。
ただの人間に、レクイエムの施設内に侵入する事は至難の業だ。

だが、目の前の存在には何もかもが通用しなかった。

この施設の防衛班を束ねる男が信じられないのは。
目の前の存在が、姿を変えることすらせずにそれを為してしまった事にある。
パーゼストや『ライダー』の存在を知り、何度か見ている彼でも、いや、彼だからこそ、それは驚愕でしかなかった。

ここの施設の重要度は低いものではない。
そして、その重要度に見合うだけの戦力が集められていた。

一個小隊や、パーゼストが数体現れても対応できるような装備さえ与えられている。
与えられていた……筈なのに。

「で、どう?返してくれないかな」

男は迷った。
そもそも、ただの防衛班である自分にそんな権限は無い。

口先三寸で丸め込む事はできるかもしれない。
だが、それが口だけだと気付かれた時、自分の命は。
その状況を頭に思い浮かべた男が、湧き上がった唾を飲み込んだ、その時。

「んな訳にはいくかよ」

その声と共に、通路の奥から一つの影が現れる。
そこには、ベルトを腰に巻いた青年。

男は、この青年の事を知っていた。

現在の、パーゼスト研究において重要な位置を占める『ベルト』の所持者。
適格者にして、実験材料。

『仮面ライダー』の折原浩平。

「パーゼストには『ライダー』が有効……ここは俺に任せとけよ」
「しかし……」

責任問題や、目の前で部下を失った事もあって男は食い下がった。

「心配するなって。
 それに、よく見てみろよ。
 ここにいる誰も彼も怪我を負ってはいるが……生きてる」
「な……」
「アンタは、とりあえず上に現場から見た報告を頼む。
 現場を見た奴じゃないと伝わらない事もあるだろうしな」
「……分かった。くれぐれも無茶はするなよ」
「あいよ」

死の恐怖が大きかったのか、はたまた任務への義務感か、あっさりと彼は引き下がり、奥に消えた。

(……しっかし、久しぶりに長居したらこの状況とはな)

気は乗らないが、自分一人逃げるわけにもいかず、浩平は内心で溜息をついた。

この施設は、先日訪れたファントムの施設ほどのものではないが、
結界及び、最高水準の現代技術でのカモフラージュを施してある。

それを抜け、厳重な防護を突破し、ここに至る。
その事実は、目の前の存在が尋常じゃない存在と理解させるのに十分だった。 

「……仲間を取り戻しにきたって訳か。律儀だな」

そんな考えをおくびにも出さず、浩平は言った。

「別にそんな生温い考えでここに来たわけじゃない無いよ。
 まあ、彼の戦力が必要なのは確かだけどね」
「ふん。……しかし、良くここが分かったな」
「僕らは精神が繋がっているからね。
 その波長を辿れば、どんなに隠そうとしても無駄って事だよ」

その言葉に、内心浩平は笑っていた。
以前、ファントムの施設をパーゼストが襲った時も同じ手段が取られていたからだ。

(……ある意味ここにこいつを通してしまった責任は俺にあるって訳だ)

ならば、その責任は取らなければならないだろう。

「渡す気はないのかな、仮面ライダーのお兄さん?」

だから、その問いに対する答は決まっていた。

「……くどいな。
 その気があるなら他の奴がそうしてるだろ?
 それに俺の手柄をみすみす不意にするつもりはない」
「だろうね。
 じゃあ、取るべき道はお互いに一つだね」
「言っとくが、俺は強いぜ。……変身」

カチリ、と鍵が廻る。

白いラインが空中を走り、その姿を形作る。
……仮面ライダーアームズの。

「なら、その強さ、見せてもらおうかな。
 かかってきなよ」
「そうか。なら……」

呟いて、右腕を掲げるアームズは、一切の迷い無く腕を変形させ、光弾を連射した。
土煙が巻き上がり、パラパラ……と破壊の余波である破片が微かに降る。

「遠慮なく行ったぞ」
「……ひどいなあ」

土煙の中に浮かぶシルエット。
それはさっきまでの少年のものではない。
二回りほど大きくなった、異形の姿。

「子供の姿をしている者を容赦なく攻撃するなんて」
「その攻撃に耐えた奴の言う台詞じゃないだろ、それは」

浩平自身、この程度で終わるとは思っていない。
相手が高位パーゼストである事は既に明らかだからだ。

「ははは。確かにそうだね」

煙が晴れて姿を現したのは、黄金色の獣……人型のライオンとでも称すべき存在……ライオンパーゼスト。

多少のダメージはあるだろう……そう思っていただけに、まったくの無傷である事に浩平は僅かながら驚いていた。

……並みのパーゼストなら一撃で倒す事ができる攻撃が通用しない。

勿論、予測の範疇内であったが、当たってもらっても困る予測はある。

(……こりゃあ、全力出さないとまずそうだな)

そう判断して、アームズは右肘と左肘に意識を集中した。
肘の突起物が急激に伸び、二つの刃となる。

「……行くぜ」

宣言して、アームズは肘撃ちの体勢でライオンパーゼストに突っ込む。
だが、ライオンパーゼストは微動だにしないままに……それを真正面から受け止めた。

「な……!?」

一段目の刃を回避された所で半回転、もう一方の刃を叩き付ける……それがアームズの考えだったのだが……

その刃はライオンパーゼストにとって回避するまでのものではなかった。

それを見せ付けるように。
胸部に叩き付けた刃の方が僅かに欠けていた。

それどころか。

「……っ!!」

その刃に熱さを感じて、アームズはその身を引いた。

(超高熱で対象を切り裂く刃が、熱さを感じる……?!)

「気付いたようだね。
 この姿になった僕の表面温度は中々に熱いものがあるよ。
 残念ながら、その刃じゃ僕には届かない」
「なら、これはどうだ?」

両肩の生体爆弾を外し、アームズは二つ同時に叩き付けた。
轟音が響き、再び煙が上がる。

「……無駄だよ。火力で僕を倒すつもりなら、核爆弾クラスは持ってこないと」
「火力で倒すつもりは無いさ」

アームズの声は、ライオンパーゼストの懐で響く。
次の瞬間、白い閃光の掌底が、爆風を切り裂いてライオンパーゼストの腹部に突き刺さっていた。

ライオンパーゼストは立ったまま、地面を擦りつつ、後方に弾き飛ばされた。

「……目くらましか、古風かつ姑息だね」
「何とでも言え。俺は負けられないんだよ……!!」

その一撃の直後、アームズは大きく跳躍していた。
天井ギリギリの跳躍。

その最中で、アームズは確かに捉えていた。
反因子と因子を複合させた生体エネルギーが、ライオンパーゼストの腹部に皹を入れていた事を。

(……やはり、十分通じる……!!)

前回、エグザイルとカノンのホークパーゼストとの戦闘を観察していた浩平は『仮面ライダー』がパーゼストにとって脅威となる事を確認していた。

『ライダー』が生み出せる生体エネルギーは、パーゼストにとっては天敵。

そして。
仮面ライダーアームズは、これまで生み出された中でもっとも高出力を誇る仮面ライダー……!!

「……喰らいやがれぇっ!!」

空中で身を捻ったアームズは、上下逆さまの状態で降下。
その右脚部に、閃光が集中し……それと同時に鋭利な爪先がさらに鋭く伸びる。

超高熱と、生体エネルギーを伴った、アームズ最強の一撃。

「……!!」

流石にマズイと感じたのか、ライオンパーゼストは防御の構えを取る……が既に時遅し。

「壊れろォッ!!」

閃光を纏った、刃の蹴撃が、ライオンパーゼストの頭部を砕く!!

そして。
アームズは攻撃に加わらなかった左足でライオンパーゼストを蹴り、距離を取りながら着地する。

振り向いたその先には、赤い炎に包まれながら、ゆっくりと倒れていくライオンパーゼストの姿があった。

「……あっけなかったが。これにてエンドだ」
「……いや」

ピタリ。

仰向けに倒れかけていたライオンパーゼストの身体が止まる。
まるで、ビデオの静止画像のように。
そして、巻き戻しのように、ゆっくりと起き上がる。

「……まだまだだね」

その言葉が響いた瞬間、炎がバッと散らばり、平然と立つライオンパーゼストがそこにいた。
砕いたはずの頭部も、炎が消えると共に、無傷に戻っていた。

「なに……?!」
「しかし、おそれいったよ。
 確かに、君は強い。
 この身体に慣れた状態の僕に、それなりのダメージを与えるとは。
 まあ……ダメージとしては、子犬に噛まれた程度だけどね」
「……!!」

その言葉を受けた浩平の背筋を冷たいものが走る。
自分にできる最高の一撃が、子犬に噛まれた程度。

それは……絶望的な状況を示していた。

「とはいえ、これを繰り返されたら、それなりに面倒だし……そうだ。
 じゃあ、君に免じて見せてあげようか。第二段階の力を」
「第二、段階……?!!」
「僕たち高位のパーゼスト……だったかな?
 まあ、君達の呼び名に従って、そう名乗るけど、高位のパーゼストは、高いレベルの因子を持つ人間に寄生している上に、その身体を僕ら向けに作り変えるからね。
 だから、並みのパーゼストでは辿り着けない境地に進む事ができる。
 行っておくけど、戦闘能力は跳ね上がるからね?
 ……じゃあ……行こうかな」

その言葉に、アームズが身構えた、まさにその時。

『そこまでだ』

その声が何処からか降って来た。

その声に、浩平は聞き覚えがあった。
それは幾度か交わした、存在の声。

……事実上、レクイエムをまとめる存在の声。

「あ、やっと話が通じそうなお偉いさんが出てきたね。
 ……って事は僕の要求を飲んでくれるんですかね?」

その重々しい、しかし、何処か中性的な声は、途中から丁寧口調に変わったライオンパーゼストの言葉を半ば無視して言った。

『君は、何の目的でここに現れた?
 君が言うように、ただ仲間を取り戻す為ならばもっと殺戮の限りを尽くせばいいだろう。
 だが。報告、及び私自身が”見た”限りでは、君はこの施設内の人間を誰一人殺していない。
 つまりそれは……何か我々に他の要求があるという事ではないのか?』
「……?!」
「やっぱり、気付いたね。
 いや、そうでないと面白くないよ」

そう言うと、ライオンパーゼストは少年の姿に戻る……いや、変身した。

「ここにいる人間を殺さなかったのは、そうしないと僕らの誠意が伝わらないと思ったからですよ。
 まあ、恐怖を植え付けても良かったんだけど……今の僕は機嫌がいいから。
 僕らの敵の一部が、僕らさえも利用しようとしている、図太い存在だと知って、嬉しいんですよ。
 そんな機嫌がいい時くらいは、殺さないでいてあげますよ。
 まあ、後々の事は知らないけどね。
 それに、要求を飲んでもらう、手足となる存在をわざわざ殺すのももったいないでしょう?」
『……道理だな』
「まあ、君達には僕を滅ぼせるような切り札がいくつか有るみたいだけど、
 それはそっちにも被害を出すものだろうし、僕としてもむざむざ滅びたくないですし。
 そこで、どうでしょう? 
 話し合いの場を設けてくれませんか?
 いろいろな事を協議したいんです。
 お互いにとって、損にならないと思いますが?」
『いいだろう』
「……!?」
 
浩平には、この状況が理解できず、声も出せなかった。

明らかな人類の敵。
そして、その敵と話し合いの場を設けようとするレクイエム。

いや、頭では理解している。
今の状況は、その要求を飲まざるを得ない状況だと。

だが、浩平は、そう感じられなかった。
まるで両者が申し合わせているかのようにさえ、思えた。
そして、この場にいるのに、完全に遠い世界の出来事に思えていた。

「じゃあ、早速……取引をしましょうか」

そんな浩平の混乱を深めるように。
少年は、微笑みを浮かべた。







銃弾が、二体のパーゼストに降り注ぐ。
通常の弾丸であれば、パーゼストには通用しない。

だが。
それは通常の弾丸ではなかった。

幾重もの弾丸が二体のパーゼストに突き刺さる。

「Jyuhhh!!」
「!!!」

二体ともにダメージを受け、たたらを踏む。

「効いてるぞ!第二波、撃て!」
「!」
「っ!!」

再び、銃弾の雨が二体のパーゼストに降り注ぐ。
だが、それが当たったのは、一体のみだった。
内一体……狼に良く似たパーゼストは、身体を沈み込ませた後、大きく跳躍し、夜の闇の中に消えた。

そして、残ったもう一体は。

「hyhggyyhh……!」

苦悶の声を上げながら、その場に倒れ付した。

「……やった、のか?」

発砲した警官の一人が呟く。
その疑問はこの場の全員が、抱いていたものだった。
そして、その疑問に応えるように、そのパーゼストが動く事は……無かった。

「……目標、活動を停止!!」
「やったな、おい!!」

人間外の化物を自分達の手で倒した……その事実に対策班メンバーは涌き返った。

「よし、二班は速やかにもう一匹を追え。見つけたら即座に始末しろ」
『了解』
「一般は現場封鎖、及び事態収拾に……」

そう声を上げかけた人物の声を一人の男……橘敬介が遮った。

「待つんだ。その前に……お願いします」

敬介の言葉に、そこに立ったのは黒いコートを着た女性。
この憑依体特別対策班の顧問である所の……水瀬秋子。

彼女は進み出て瞑目した。
そして、しばしその場にを『見渡す』と、ゆっくりと目を開いて告げた。

「……大丈夫です。
 弾丸の効果は確実に出ています。名残は感じられません」
「そうですか。
 よし、さっそく現場を封鎖。後始末にかかってくれ」
「了解!」

テキパキと動く対策班メンバー……それを眺めながら、敬介は秋子に話し掛けた。

「予想以上に上手く行ったね。
 これもあの弾丸のお陰だ」

あの弾丸に刻まれた文字は、二つの効果を弾丸に与えていた。

一つは、パーゼストの名残を打ち消す効果。
もう一つは、因子で構成された物質への働きかけを強める効果。

詰まる所、人間に対して使えば普通の弾丸でしかないが、パーゼストに対して使えば効果を発揮する。
そういう代物だった。

「……」
「どうしたんだい?浮かない顔をして」
「いえ、あまりにも上手く行き過ぎる、と思って」
「……上手く行ったのがまずいような言い方だね」
「そういうつもりではないのですが……
 気になる点がいくつかあって」
「それは?」
「一つは、あまりにも弾丸の効果が出過ぎた事です。
 今回の事は、先に祐一さんがダメージを与えていてくれたからこそ、通用した……
 次に今日ほどの効果を得られない以上、あまり楽観視されても問題になります」
「……確かに、そうだね。
 じゃあ、その点においては厳重に注意しておこう。
 それで、他には?」
「もう一体のパーゼスト……あれが先ほど倒したパーゼストと戦っているように見えたものですから」

それは気のせいじゃないか……そう敬介が口にしかけたときだった。

「橘さん!水瀬顧問!こちらに来て下さい!!」
「どうかしたのかい?」
「それが、妙な事になっていて……」

顔を見合わせて、そこに向かった二人が見たもの。

それは。

「……血だな」

そこには、パーゼストのものと思われる緑色の体液が散らばっていた。

「それだけじゃないんです……」

次いで、すぐ横に向けられたライトが露にしたのは。

「赤い血……?」

パーゼストのものとは違う、赤い血だった。

「……認めたくは無いが、被害者の血じゃないのか?」

渋い顔で呟く敬介に、鑑識担当は頭を振った。

「いえ、それはありません。
 この出血でここから立ち去ったのなら、血の跡がそれなりに続いているはずです。
 遺体が残っているわけでもありませんし……
 これは今流れたものとしか思えないんです。
 なんというか、あの二体の内一体が、赤い血を流していたとしか……
 それだと血の跡が無いのも説明がつきますし……」
「そんな馬鹿な……」

そう敬介が呟いた瞬間、携帯のコール音が鳴り響いた。
それが自分の携帯だと気付いた秋子は、やり取りを続ける二人に背を向けて、電話に出た。

「……もしもし。命?……なんですって……そんな……?!」

秋子の上げた声。
それは、普段の彼女からは想像もできない、冷静さを失ったものだった。







「……ああ、そういう事だ。
 あの馬鹿が忠告を聞かないから、厄介な事になった。
 ……そうか、彼女が。
 わかった、私もすぐにそっちに行く。ああ……いざという時は、構わない」

そう告げて、草薙命は携帯を切った。
そして、すぐ隣に立つ美凪の顔を見つめた。

……そこは、紫雲が寝泊りしていた廃工場。

美凪からの連絡を受けた命は、両者のいる位置から近い場所として待ち合わせ場所に指定し、つい先刻合流した所だったのである。

「紫雲さんは……助かりますか……?」
「相沢祐一君の母上が、この事態が起こった時に備えて、準備してくれていたものがある」
「……」
「だが君も知ってのとおり、完全にパーゼストになってしまった者は、もう二度と人間には戻れない。
 ……少なくとも、プログラム『KEY』が完成していない今は」
「では、もう紫雲さんは……?!」

悲痛な表情を浮かべる美凪。

……彼女の脳裏には、存在しなかった妹の姿が浮かんでいた。

彼女と同じ様に何もできないままに、彼を失ってしまうのか。
誰かの為に懸命に走り続けてきた、彼を失わせてしまうのか。

そんな不安をそのまま表情にした美凪の頭に、命は優しく手を置いた。

「ありがとう。弟を心配してくれて」
「……」
「大丈夫だ。そんな顔をしなくても、まだ希望はある」

赤い血。

それはまだ紫雲がヒトである証。
完全に変換が終わったのなら、それでさえパーゼストと同じになる。

だから、まだ間に合う。

「その為に、君が持ってきてくれた鍵が……いや、鍵も必要なんだ」
「……はい」
「渡してくれるか?」

その言葉に、美凪は首を横に振った。

「……私も、行きます。
 もういやなんです、何も知らない、何もできないのは……」

その表情に何かを感じ取ったのか、命は、やれやれ、と言わんばかりに頷いた。

「分かった。
 もしかしたら……君の力も必要になるかもしれないしな。
 じゃあ、急ぐぞ」

美凪が懸命な表情で頷くのを確認した命は駆け出した。

……あえて、言わなかった。

それでも間に合わなかった時は……誰かが紫雲を殺さねばならない事を。

そう。

紫雲が初めて変身した時、幼馴染の少女にそうやったように。







「あゆちゃん、どうだった?」

テープで封鎖された場所から戻ってきたあゆに、名雪は尋ねた。
名雪の問いに、あゆは首を横に振った。

あれから紫雲を見失った二人は危険を承知で周囲を探し回った。
その果てに、警察が封鎖しているその場所に辿り着いたのだが……

「危ないから、入っちゃ駄目だって……」
「そう……」

実の所、パーゼストに襲われたと言えば、入れたのかもしれないが……
冷静さを失っていたあゆはそれを思いつけなかった。

もしも、名雪がそちらに行っていれば、状況は変わっていたかもしれない。
……色々な意味で。

「……」
「大丈夫だよ、あゆちゃん」

表情を曇らせ俯くあゆに、自分にも言い聞かせるように思いつつも、名雪は言った。

本当の所、さっきのパーゼストが紫雲だという事もあの瞬間においては半信半疑だったし、紫雲が大丈夫なのかも確信は持てなかった。

だが。

『説明jyuhbは、後でする。だから、早くjuuhgyygffrdf逃げてくれ……!!』

自分達の身を案じてくれた事を、名雪は思い出していた。
あんな姿になりながらも、懸命に叫ぶ姿を。

今になって思う。
あれは紛れもなく。

「草薙君、だから」
「うん……そうだね」

名雪の言葉を染みこませる様に頷いたあゆは、ゆっくりと顔を上げた。
不安はまだ残る。
それでも、今はやるべきことがある。

「名雪さん……祐一君への連絡は?」
「ずっとコールしてるんだけど、祐一全然出ないの……
 多分、バイクに乗ったままなんだと思う……」
「じゃあ、一度、名雪さん達の寮に戻ろうか?
 祐一君が帰ってくるかもしれないし……
 もし、事情を知らない祐一君が、紫雲君に会ったら……」

その想像は……恐ろしいものだった。
それだけは、させてはならない。

自分達の知る誰にとっても、それは最悪の事態だから。

「急ごう、名雪さん……!」
「うんっ……!」

頷き合って、二人は駆け出した。







そうして名雪たちが駆け出した頃。

「……hyybb……く、あ」

銃弾を受け、心身ともにボロボロになり、赤い血を流しながら……

それでも紫雲は寮に戻ろうとしていた。

『何の為に?』

(何の為に……?……って、七瀬さんを……護らないといけないんだろう……)

『何の為に?』

(だから……護る……)

『jhyubbb?』

(……)

意識が、混濁していく。

少しずつ。
少しずつ。
紫雲を人でないものが汚染しつつあった。

「……まだ、jyuhhhu、まだ駄目……だ……」

まだ、やり遂げていない。
それまでは。
それまでは、まだ。

その意志をもって歩みを進める紫雲……ウルフパーゼストの姿を、ライトが照らした。
光源……二台のバイクは、紫雲を通り越し……少し離れた場所で停止した。

降り立った、その人物たちを紫雲は知っていた。

川澄舞。
自分の同僚であり、信頼できる友人。

相沢祐一。
自分と同じく、仮面ライダーを名乗る存在。

「……!」
「こんな所にもいたのか……!
 さっきの奴は逃がしたが、今度は逃がしてたまるか……!!」

いつものように。
祐一は、すでに巻かれていたベルトの鍵に手を伸ばし。

……倒せなかったクラブパーゼストへの怒りを、その内に燃やしたままで。
……人を傷つけるパーゼストへの憎悪を、滾らせて。

「変身!!」

赤い閃光を、その身に纏った。

そして。

「うおおおっ!!」
「!?」

……戦いが、始まる。








……続く。





次回予告。

仮面ライダーカノン対ウルフパーゼスト。
相沢祐一対草薙紫雲。

それは、ありえないはずの戦い。
誰もが避けようとしていた戦い。

様々な思惑の交錯の果てに、その時は訪れる。

「……僕は……」

乞うご期待はご自由に!





第十八話へ