第十五話 変貌する運命
そこは、東京の中にある、ある街の片隅。
ネオンが輝く下、多くのヒトが行き交う広場の中、その会話がなされていた。
「……どうやら、鷹が捕縛されたようだ」
繋げていた意識を切って、その銀髪の男は言った。
「そのようだ。しかも我々を操る組織……どうする?」
黒いスーツを着た男の問い掛けに、銀髪の男はつまらなそうに答えた。
「決まっている。
現段階で奴を欠くわけにはいかん」
「そうだな」
そう言って二人の男が立ち上がる。
と、そこに。
「まあ、待ちなよ」
この場の空気に合わない、明るい声が通り過ぎた。
立ち上がった男は、その声の主に振り返った。
声の主……少年は、ニコニコ笑いながら、言葉を紡ぐ。
「……僕らを操る人間の組織。興味があるな。
君らはそう思わないか?」
そう言った少年の姿をした怪物はただ微笑んでいた。
祐一達がハイ・パーゼストと戦った翌日。
祐一達の大学の近くにある、喫茶店”Lastregrets”。
その窓際の席で二人の人間が向かい合っていた。
相沢祐一と水瀬秋子。
甥と叔母の関係である二人。
だが、今の二人はその関係だけで向き合っているわけではなかった。
「祐一さんはそれでいいの?
いいと……思っているの?」
秋子は幾分険しい表情で言った。
半分は祐一の親代わりとして。
半分はファントムという組織を束ねる者として。
その視線を受け止めて、祐一は答えた。
昨日、舞に語った決意のままに。
「……はい。
お願いします。
今はまだ、俺が戦いたいんです」
「……」
「ファントムが、何かの試験や実験でベルトを使う時はちゃんと協力します。
それが必要だって事は分かりますから。
ですから……」
その祐一の顔を見て、秋子はその表情に哀れみと悲しみを浮かべ……
「…………了承」
そう呟いた後、苦笑の表情を作った。
「秋子さん……」
「そんな顔をして言われてしまったら、私は何も言えないわね。
祐一さん……強くなったのね」
「それでも、足りないんです。だから、もっと強くなります」
「分かったわ。
……それなら、一つ提案があるんだけど」
頬に手を当てて、秋子は言った。
「え?」
「せっかく鍛えるのなら、効率のいい方法でやった方がいいと思うのよ」
「え……?それって……」
「舞さん」
「……」
「げ……?!」
秋子の言葉に答え、秋子の後の席から一人の人物が立ち上がった。
言わずと知れた川澄舞だった。
「祐一さんに今までファントムで身に付けた技術を始めとする戦い方を教えてあげてください」
「……はちみつくまさん」
「ちょ……それ、いいんですか?」
「何か不満でも?」
「あ、いえ、俺に不満は無いんですけど……」
ベルトは、舞にとって誰かを護るという手段の他に、佐祐理を傷つけたパーゼストへの復讐の手段でもある。
祐一はそんな舞からベルトを『奪った』のだ。
祐一自身はともかく、舞の気持ちは納得できないのではないだろうか。
そんな思いで祐一は舞の顔を見やった。
すると、舞は知り合った頃から変わらない、感情を見せない顔で言った。
「秋子さんの決定に従うと、昨日言った。
それが決定なら、仕方がない」
「……そっか……」
舞自身がそう言うのであれば……祐一としては納得するしかない。
ここでごねても、誰にとっても損なだけだ。
それでも心の問題が残るのなら、おいおい片付けていくしかないだろう。
「……じゃあ、よろしく頼…」
そう判断して、祐一がそう言い掛けた時。
「ちょっと待ったぁっ」
そんな声が、祐一の後ろから上がった。
そこにいたのは、他ならない北川潤、その人だった。
「え?」
「それなら、その技術、俺にも教えてくれっ……!」
「北川!?」
「……」
その場の全員の注目を浴びながら、北川は口を開いた。
「悪いな、相沢。
今日一日張らせてもらったぜ」
昨日の会話をしっかりと記憶していた北川は『明日会う』という言葉を頼りにストーカーの勢いで祐一を張っていたのである。
「お前なぁ……」
その執念に呆れ半分、感心半分で祐一は呟いた。
そんな祐一から視線を外し、北川は秋子を見据えて、言った。
「……事情は、相沢から聞いてますし、俺自身パーゼストって奴に襲われたから知ってます」
「……」
「水瀬のお母さん、頼みます!
俺にも、その訓練、受けさせてください……!
いや、そのファントムって組織に入れてください!!
俺だって、誰かの力になりたいんです!」
そう訴えかける北川に、秋子はゆっくりと視線を向けた。
「……北川さん」
「は、はい!」
頷いた北川を、秋子は普段は見せる事が無い、鋭い視線で射抜いた。
その顔に、北川はおろか、舞や祐一さえも息を飲む。
「その言葉が何を意味しているのか、分からない訳じゃないでしょう?」
「……」
「名雪から話は聞いていますよ。
たくさんの努力を重ね、香里さんと同じ医大に入学されたそうですね。
そうして、せっかく苦労して入学した大学も、場合によっては辞めなければならないのですよ。
それどころか、傷つき……最悪、死に至る結末もある……それも承知ですか?」
「承知してます……
でも、そうならない為にも、他の誰かにそうさせない為にも……俺は……!!」
二人の視線が交錯する。
「……生半可な覚悟ではないんですね。分かりました」
「じゃあ……!!」
「舞さん、北川さんの基礎訓練もお願いできる?」
「はちみつくまさん」
「へ?ファントムに入れてくれるんじゃ……」
「ファントムに入ってもらうには、こちらとしても準備が要ります。
なにより、貴方にももう少し考えて欲しいですから。
その為の時間の間に、基礎体力をつけていてください」
「俺は……っ」
「貴方の決意に嘘は無いでしょう。
ですが、貴方の周囲の事もよく考えてあげてください。
貴方の命は、貴方のものであって、貴方だけのものではないのですから」
「………………………はい」
不服そうだが、北川には頷くしかできなかった。
秋子の言葉は、紛れもなく一つの真実だったからだ。
「納得していただいた所で、舞さんお願いします」
『え?』
二人の声が重なった。
「……早速なんですか?」
「いや、今から俺は……」
「問答無用」ですね」
舞の言葉の後に、秋子が付け加えた。
その顔は笑顔だが……
「もしかして、俺とお前でいろいろ無理難題言ったから怒ってるんじゃないのか?」
「いや、もしかしなくてもそうじゃないかって気が……」
「じゃ、行く」
「って、マジに問答無用スか、川澄先輩!」
「痛たたたた、引っ張るな!!自分で歩くから引き摺らないでくれって!!」
そうして引っ張られていく二人を眺めながら、秋子は呟いた。
何処となく、憂鬱な表情で。
「……結局、私は姉さんの手の内にいるだけなのかしらね」
「まあ、そういうことね」
唐突に響いた声。
それに反応し、顔を上げると、祐一が座っていた席に一人の女性が座っていた。
そのことに驚きもせずに、秋子は尚も呟いた。
「……どうして、祐一さんが戦わなければならないの?」
「それが、息子の望みだからよ」
祐一が残したコーヒーを啜り、女性は言葉を続けた。
「選択肢は与えた。
その中で、あの子が選択した。
それだけの事よ」
「その事は分かったわ。
納得は、できないけど……
それより……何故、ここにいるの?」
「紫雲君の事でね」
「……!」
「多分、彼は限界に近付いている頃……その事に対しての手助けの為よ」
コーヒーカップを置いた彼女の表情は険しい。
「彼のお陰で、祐一の……いや、カノンのベルトは不完全ながらも完成できた。
なにより、多くの人が救われた。……あの不完全なベルトで。
その恩を私達は返さなければならない。
……全てが手遅れになる前に」
「いらっしゃいませー!」
そんな声が響くその場所はファーストフード店。
店内に入ってきた親子に、アルバイト店員・七瀬留美はその声と共に乙女の笑顔を向けた。
笑顔を向けられた親子は彼女の笑顔に笑顔で返して、レジに向かっていった。
……その様子を見ていた同じくアルバイト店員である紫雲は、思わず微かな笑みを浮かべた。
親子の後ろ姿を眺めていた留美は、振り返り様にその顔を見て言った。
「なに、その顔?」
「いや、なんとなくね」
「ははぁ……あたしの笑顔、魅力的だった?」
「んー……いや、そういうわけじゃなくて……いや勿論、魅力的だと思うけど」
瞬間、笑顔のままで修羅と化した気配を察してフォローを入れつつ、紫雲は言葉を紡いだ。
「ただ、平和だなって」
「……まあ、あんたはそう思うのかもしれないけどね」
紫雲が『ライダー』として戦っているのを知っている彼女としては、その言葉も気持ちも理解できなくは無い。
だが、なんとなく腹も立っていた。
悟った様な顔や、浮世離れしている感じがなんとなく、気に入らなかった。
……こんなに身近にいる存在だと言うのに。
「……皆にとってはこれが当たり前なんだから。
ほらほら、せっかく平和なんだから働きなさいよ」
そんな彼女の言葉に、ごもっともだ、と紫雲は思った。
その為に、自分は戦っている。
でもそれは、他の誰かには関わりの無い事だ。
それで仕事を手抜きするわけには行かない。
「……そうだね」
仕事に向かいながら、紫雲は昨日の事を思い出した。
その仕事に、集中する為に。
ハイ・パーゼストとの激闘の後、廃工場に戻ってきた紫雲。
気がつけば、工場の床に寝かされていた。
いつもの『症状』が出ていた事に歯噛みしながら起き上がると、そこには自分の姉である草薙命が座っていた。
「やっと起きたか」
「……なんで、ここに?」
そう問い掛けると、姉は、ふ、と笑って言った。
「美凪君から連絡をもらってな」
「遠野さんが……」
瞬間、瑞佳の部屋を飛び出していく前の美凪の顔が紫雲の頭をよぎった。
「えらく心配していたぞ。
この場所に来たがっていた様だが、遠慮してもらったよ。
この時間、女性が夜道を歩くのは危険だからな。
まあ私には何の問題もないがね」
「……それは……ありがとう」
美凪の事、そして、美凪がこちらに来た時、姉が挙げた理由で心配してしまうであろう自分を考慮した命の気持ちに、紫雲は素直に感謝した。
「それに、水入らずで話がしたかったしな」
「話……?」
そんな声を上げる紫雲に、命は告げた。
「……もう、お前は戦うな」
「……!」
その言葉に、紫雲は息を呑んだ。
……正直、そう言われるだろう事は、美凪からの連絡が行っていた事で想像はしていたが。
「厳密に言えば、変身するな、か。
永久にそうするな、とは言わない。
だが、今は止めておけ」
「……」
「ここ最近のお前の変調ぶりはひどいものだ。
お前自身がそれは一番自覚しているだろう?
身体に走る皹も……今は消えているが、顕著になってきている」
「……っ」
変身した後、全身に浮かび上がる皹らしきもの。
身体に走る痛み。
それによる戦闘能力の低下。
……それらは、確かに悪化の一途を辿っていた。
「これ以上戦えば、何が起こるか分からない。
最悪、死ぬ事だって考えられる」
「……それは、あの時に覚悟の上だったのは姉貴だって知ってるだろう?」
あの時。
紫雲がはじめて変身した時。
紫雲はベルトの欠陥、死に至る可能性を知った上で変身した。
「だが、それは死んでもいいという事じゃない。
避けられる事は避ける……そうも言ったはずだがね」
「でもな……」
「はっきり言っておくぞ」
尚も言いよどむ紫雲に、命はキッパリと言った。
「何を不安になる事があるんだ。
相沢君は戦士としての……お前風に言うのなら、仮面ライダーとしての自覚を持ちつつある。
そして、それでも足りないのなら、舞君だっている。
ファントムもお飾りじゃないし、警察との連携計画も徐々に進行している。
お前が初めて変身した当時ならともかく、今、お前が無理をする必要性は薄い」
「……」
「なあ、紫雲。
お前が誰かを助けたいと思っている事は私が一番知っている。
お前が誰よりも正義に拘っている事も、
お前があの子を殺した事を悔やんでいる事も、
だからこそ、必死になって戦おうとしている事も」
そこで言葉を切ると、命は真っ直ぐに紫雲を見詰めた。
「だが、そのせいで死んでしまえば、お前は一体何の為にライダーになったのか分からなくなるぞ?」
「……!」
「お前が仮面ライダーを名乗ったのは、多くの命を守る覚悟の証しだろう?
その覚悟をしたのなら、お前は今生きなければならないはずだ。
より多くの命を、救う為に」
「……」
「安心しろ。
ベルトのプログラムを外部から変換する計画も、相沢君の母上のお陰で完成しつつある。
お前が戦列に復帰できるのはそう遠くない」
「……!!本当、か?」
「ああ。
だから、その時までは普通に暮らせ。
せっかく、続けさせてもらっているアルバイトなんだろう?」
「……」
ふと、遅く出来上がった商品を載せたトレイを運んでいた脚が止まる。
そう言った命のからかう笑み。
その表情とは裏腹の、かつて無いほどに自分の身を案じていた、その顔を思い出してしまったから。
そして、それゆえに、紫雲は命の言葉に頷かざるを得なかった。
だが。
(それで、本当に済むのか……)
姉の言葉は正しい。
ここで無駄に身体を酷使しても仕方がない。
認めたくは無いが、ベルトを所持している祐一や舞がいる今は、彼らに任せておけばいいのかもしれない。
だが。
もしも……
「こら、何呆けてんのよ」
呆けていた紫雲を、留美の声が現実に引き戻した。
「そろそろ上がる時間だからって時間稼ぎしてないで、さっさと運びなさい」
「……いや、そんなつもりはなかったんだけど……」
「い・い・か・ら・早く」
「ゴメン」
「……何に悩んでるんだか知らないけど、浮かない顔してる暇があったら、働きなさいよ。
その方が楽でしょうが」
「……七瀬さん……」
「ほら、行った」
「……了解」
結局、集中しようと考えていた事が逆に集中を妨げていた事に、内心で苦笑する。
とは言え、心配されていることは悪い気分じゃない……というか、素直に嬉しい。
(そう言えば、遠野さんにも余計な心配をかけたな……)
後で礼を言いに行こう。勿論、七瀬さんにもだ。
紫雲はその事に頷いて、待たせてしまったお客に内心で詫びつつ、歩き出した。
「……と、10番の人は……あ、いたいた」
テーブルの隅に『10』と書かれたプレートが置かれていたので、紫雲は早歩きでそこに歩み寄る。
「お待たせしました……あ」
「ありがとうございます……あ」
商品を置こうとした紫雲の手が思わず止まる。
そこにいたのは、顔見知り……さっき、思い浮かべていた遠野美凪その人だったからだ。
それゆえに。
紫雲はついどちらの事から謝るべきだろうか、などと考えていた。
「聞いたよ、お手柄だったそうじゃないか」
レクイエムの『診察室』で相も変わらずデータ検証を進めていた聖は、その手を休めて、そこに立つ人物に振り返った。
その人物……折原浩平は、ニヤリと笑って答えた。
「まあな。
お陰様でいろんな事が誤魔化せたし……
これで、しばらくは文句も出ないだろうぜ」
「それはよかったな。
それで、捕獲した高位パーゼストは?」
「ああ、きっちりとテスト段階の停止信号を埋め込んだ後に、パーゼスト専用の拘束具に包んで……を何重にも重ねて、さらに厳重管理を厳重管理するって有様だよ。
何処まで効き目があるかは分からんが……余程じゃないと逃げ出せないって。
ダメージ回復のプログラムも遅延させてるしな」
「その辺りは、研究の成果だな。
だが、これでさらにパーゼスト、及び様々な研究が進むのは間違いなさそうだ」
ふと気付いて呟く。
「……そう言えば、もう一人の功労者の氷上君はどうした?」
「ん?アイツ……なんか確かめたい事があるとか言ってたな。
上に許可もらって出て行ったよ」
「君の監視に疲れたんじゃないのか?」
「笑えねーなぁ、それ」
言いながら、浩平と聖は笑い合った。
自分達が話した、これら一連の事が、後に多くの事態を引き起こす事になる事も知らずに。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
北川は、息を切らせながら、大学……祐一達が通っている……の門の前に立っていた舞の足元に倒れこんだ。
夕焼けに顔を赤く染めた舞はまったく表情を変えずに言った。
「北川、予定よりも一分遅い」
「……んな、事言われても……これでも……いつもよりも速いペースなんスけど……」
息を整えながら漏らす北川。
「祐一は?」
「途中で結構引き離しましたから、来るのもう少し掛かりますよ」
体力に関しては、以前から鍛えている北川の方が上だった。
……まあ、それだけではなく、対抗心を燃やし、むきになった北川がハイペースで飛ばしまくったのに対し、祐一は自分のペースを守っていたからなのだが。
「しかし、時代錯誤っすよ……いきなりこの運動量っつーのは」
舞に引っ張り出された二人は、ちょうどいいからと近くの大学構内で膨大な量の基礎トレをやらされた後、走り回された。
その運動量は、はっきり言えばスポ根漫画ばりだった。
「私はやった」
「…………でも、下手したら身体壊すんじゃないスか?」
「そうかもしれない。
でも、苦しみに慣れておく事は大事だ」
「……なるほど」
身体を鍛えるのは二の次。
むしろ精神を鍛える方に彼女は重点を置いているのかもしれない……そう北川は考えた。
なにせ、相手は人外の化物。
立ち向かうには、生半可じゃない肉体だけではなく、生半可じゃない意志の力も必要になるのだろう。
「それに、この位鍛えないとやりがいがない」
「……」
前言撤回。
ただ、腹いせに鍛えたいだけなのかもしれない。
「しかし、相沢の奴遅いな……」
呟いて、北川は自分が走ってきた道の向こうを眺めた。
「んー終わった終わった」
「そだね」
「……」
バイトの時間も終わり、紫雲と留美、美凪は人気の無い裏道を歩きつつ、家路を辿っていた。
こちらが近道だからというのが留美の言である。
三人一緒なのは、紫雲の提案である。
夕方時ということもあり、紫雲としては家に帰るという彼女達を放っておきたくなかったのである。
最初、その提案に不服気味だった留美だが「パーゼスト……怪人出た時、安心じゃない?」という紫雲の言葉につい納得してしまい、今に至る。
「七瀬さんの家、何処?」
バイクを手押ししながら紫雲は尋ねた。
「大学の通りのずっと向こう。アンタは何処?」
「……あーえーそのー……深く追求しないでやってください」
まさか廃工場に寝泊りしているとは言えず、紫雲は明後日の方向を見やった。
……ちなみに、バイトとは言え接客業なので、近くの銭湯にマメに通ってはいたりする。
そんな紫雲を半眼で見た後、留美は美凪に言った。
「遠野さんは……寮だったわね」
「そうです」
「そう言えば、なんであの店にいたの?」
「え?大学帰りなら、別に不思議じゃないんじゃない?」
「大学のすぐ前にも同じ店のチェーン店あるじゃない」
「……そう言えば、そうだっけ」
留美の言葉に紫雲は頷いた。
大学の前には、食事時に儲けようという気バリバリな、ファーストフードのチェーン店がある。
紫雲たちがアルバイトしている店は、大学からそう遠くは無いが……わざわざそちらに脚を運ぶ理由は無い。
「それは……」
それに答えようと、美凪が顔を上げつつ、口を開き掛けたとき。
彼女は、思わず目を瞬かせていた。
視界に入った、夕日の彼方から走ってくるその人物。
それが自分の知っている人間である事に気付いた彼女は、思わず声を上げていた。
「相沢さん……?」
「え?」
「あ、本当だ。相沢じゃない」
「遠野?……七瀬……それに、草薙……?」
知った顔が並んでいたので、思わず祐一は足を止めていた。
「あんた……何やってるのよ?」
「……いや、まあ、平たく言えば特訓だよ……」
「はあ?」
「という事は、昨日の話は通った訳だね」
「まあな……」
舞にしごかれている事は流石に分からないだろうが、強くなると言った以上トレーニングをするだろう事は想像の範疇内なのだろう。
紫雲の推測の言葉に、祐一は曖昧に頷いた。
その祐一の顔を見て、紫雲はふと、命の言葉を思い出した。
『相沢君は戦士としての……お前風に言うのなら、仮面ライダーとしての自覚を持ちつつある』
(確かに、今は……)
「なんだよ、その顔」
「締まりが無い顔ね」
「……」
二人に言われ、紫雲が憮然とした表情を浮かべた、その時。
「……!!」
「っ!」
パーゼスト出現の感覚が、頭蓋を走る。
二人は、顔を見合わせた。
「草薙……俺が行く。欠陥があるお前は補欠だ」
それは、いつぞやも交わした言葉。
そして、今は殊更にその言葉は真実だった。
だから、紫雲はこう言わざるを得ない。
「……分かった。よろしく頼む」
「素直で助かるよ。後、バイク貸してくれ」
「ああ、寮で待つから、後で返してくれ」
「おうっ!!」
紫雲からバイクの鍵を受け取った祐一は、バッとバイクに跨る。
そうして、手早くエンジンに火を灯すと、反転して紫雲たちが歩いていた方へとバイクを走らせて、道の向こうに消えていった。
「え?どういう事なの?
アンタ、戦わなくていいの?」
会話の流れから、パーゼストが現れた事は分かった様だが、紫雲が動かない事に、留美は首を傾げていた。
(そうか、七瀬さんは知らなかったのか)
戸惑う留美の姿を見て、その事に気付いた紫雲は話そうか話すまいか考えながら、口を開こうとした……その時。
「それはね。
相沢君もライダーだからで、今は彼が戦った方が都合がいいからさ」
「……!!」
まったくの第三者の声に反応して、三人が振り向く。
そこには高級ブランドの衣服に身を包んだ青年……氷上シュンが立っていた。
「君は……折原君といた……?」
「え?」
「……」
折原という言葉に、留美も美凪も反応する。
だが、当事者達はそれに構っていなかった。
「僕の名前は、氷上シュン。一応改めて名乗っておくよ」
「……それで、何の用だ?」
二人を庇うように前に出ながら、紫雲は言った。
シュンはその様子を眺めながら、淡々と答えた。
「確かめたい事があってね。
でも、戦力は余り割けないから、他のパーゼストが現れて相沢君の気を引いてくれるのを待ってたんだ。
正直、折原君に怒られそうではあるんだけどね」
パチン、と指を鳴らす。
するとそこに一体のパーゼスト……タイガーパーゼストが降り立った。
「か、怪人……っ!?」
「パーゼストって言うんだよ。覚えても得にはならないけど損にもならないよ」
留美の叫びに、シュンは余裕を滲ませながら答えた。
「……!!」
もう一つ、パーゼスト気配が生まれるのを、祐一は感じ取っていた。
だが……
(そっちは……草薙に任せるしかないか……)
紫雲の不調は分かっていたが、向かう先を放っておくわけにもいかない。
それに、悔しいが紫雲の腕なら雑魚相手ならすぐにケリがつくだろう。
昨日みたいな奴が連続で現れる可能性は高くないはずだ。
だが、いずれにせよ。
「……早く決着をつけて、戻らないとな……!!」
舞たちも待たせてる事だし、と祐一はバイクの速度をあげて、戦場へと向かった。
「ち……!!」
現れたパーゼストを目にして、紫雲は思わず舌打ちしていた。
(どうやら『彼』に操作されているみたいだけど……)
祐一が別の闘いに向かった今、戦えるのは、自分しかいない。
だが……
『これ以上戦えば、何が起こるか分からない。
正直、死ぬ事だって考えられる』
死。
死ぬ事は正直嫌だと思う。
だが、覚悟はしている。
あの時、生きる為に、何より彼女を助ける為に彼女を殺したあの日から。
でも。
まだ戦えるようになれるのなら……
(今は、逃げるべきか……?)
だが、彼女達をフォローしながら逃げ切れるとは思わない。
……目の前の青年の事を良く知っているわけではないので、彼が彼女達を巻き添えにしないとは限らないし、目の前のパーゼストが『人間』を見逃すとも思えない。
(どうする……?!)
判断しかねていた……そんな中。
「どうしたのよっ!?早く……戦いなさいよ!」
留美の言葉に、紫雲はハッとした。
「初めて会った時みたいに軽く捻っちゃいなさいよ!
あんたなら、それができるんでしょ?!!」
「……!」
……そうだ。
戦うしかない。
彼女達を巻き込んでしまった以上、守る為に戦わなければならない。
揃って逃げる事で彼女達を危険に晒すより、その方がいい。
それに自分が彼らの的になれば、彼女達は逃げやすくなる。
(……馬鹿か、僕は)
何を迷っていたのだろうか。
死ぬかどうかなんてまだ決まってない。
そんな可能性の問題に怯えて、彼女達を危険に晒す事なんて、許されない。
なにより、自分自身が許せない。
なら、答えは一つだ。
「……そうだね」
紫雲の腹部にベルトが浮かび上がる。
「ありがとう。お陰で、決断ができたよ」
……これで一歩を踏み出せる。
例え。
これが最後になろうとも。
悔いは、ない。
いや。
(……最後には、しない……!!)
まだ、これからも戦わなければならないのだから。
「…………………変……」
その意志の元、紫雲が鍵に手を掛けた瞬間だった。
「駄目です……っ!」
彼女の、遠野美凪の声が辺りに響いた。
「……遠野さん……?」
「何言ってるのよ、あたし達、危ないのよ?
そりゃ……戦わせるなんて嫌だけど……それでも……」
「分かって、います。ですが…………」
「遠野さん、アンタ……」
「……」
何故、彼女が自分の事を心配してくれるのか、紫雲には分からなかった。
ただ優しいからなのか。
何か理由があるのか。
でも、言える事が一つある。
何故かは分からないが……彼女は『事情』を知っている。
だからこそ、止めようとしているのは明らかだった。
それでも、だからこそ、守りたい。
だからこそ、守らなければならない。
紫雲は、そう思った。
「遠野さん」
「紫雲さん……」
「大丈夫、だから」
彼女を安心させるように微笑んで、紫雲は今度こそ鍵に手を伸ばした。
「………………変、身っ!!」
紫の閃光が辺りを覆い尽くす。
そこに立つのは、自称・仮面ライダー。
そして、仮面ライダーの追放者。
仮面ライダー、エグザイル。
「く……」
身体に力が入らない。
変身しただけで、こうだとは、正直予想以上に悪い状態だ。
「……七瀬さん、遠野さん下がってて」
(それなら彼女達に被害が及ばない様に、身体に負担を掛けない様に、即座に決着を付ける……それしかない……!!)
「……行かせてもらうっ!」
紫雲……エグザイルが走る。
それだけで、身体が軋む。
それでも、戦う。
(それだけだ……!!)
痛みを堪え、エグザイルの拳が唸る。
「juuihu……」
その拳を、タイガーパーゼストは軽い身のこなしで回避する。
構わずに、エグザイルは追撃するが……その動きは精彩を欠いていた。
(思うように、身体が……!!)
動かない事に気を取られた瞬間。
「hjhhh!!」
「くっ!!」
疾風のようなタイガーパーゼストの一撃がエグザイルを襲った。
一瞬で間合いを詰め、その爪でエグザイルの生体装甲に傷を負わせ、再び距離を取る。
おそらく、その速さを活かしてヒットアンドアウェイを繰り返し、ダメージを蓄積させようとしているのだろう。
(……く……なら……!!)
エグザイルは、追撃の意志を閉じ、構えを解く。
それは、構えを取らない構え……無形の位。
紫雲の得意とする、戦闘スタイルだった。
(さあ、来い……!!)
紫雲の内心の呟きに答えるように、タイガーパーゼストが地面を蹴った。
向こうの爪が届く距離に到達した、その瞬間。
(……今!!)
いかに速さについていけなくとも、向こうから紫雲の間合いに入るのなら話は変わる。
タイガーパーゼストの爪が振り下ろされる。
だが、その軌道、動きは紫雲の予測通りでしかなかった。
爪を振るった腕を払い、半歩間合いを詰める。
と同時に、全身の回転を活かした拳を繰り出す。
カウンターとして炸裂したその一撃は、タイガーパーゼストの身体を吹き飛ばした……!
「これで……」
決める。
その為に、タイガーパーゼストの隙を見逃すまいと、エグザイルは脚部に力を集中し……
「……!?」
できない。
力が、集中できない。
いつもなら、全身から脚部に集まっていく筈の力が思うように循環していない。
脚部の力だけが、淡い光を放っていた。
「……ならっ!!」
それなら、別の手段を取るまで。
脚への集中を解除し、即座に思いついた方策をイメージしながら、エグザイルは疾走した。
「う、おおおおおおおっ!!」
確かに、身体は異常で、限界なのかもしれない。
だが、こんな奴に負けてはやれない。
ましてや、守るものが、護るべきものが自分のすぐ後にあるのに。
(負けてなんか、いられるか……!!)
「はああっ!!」
拳の一撃が、ようやっと起き上がったパーゼストに炸裂する。
『それ』もいつもの力は篭っていない。
だが。
「……おおおおおっ!!」
「juuuhh?!!」
接触した瞬間、部分。
その一点だけに循環できる全ての力を爆発させる。
それが紫雲の考えた『別の手段』だった。
そして、それはパーゼストを屠るには十分な力となった。
「juhgyyyyyhbhy!!!」
苦痛の叫びと光の粉を撒き散らし。
タイガーパーゼストは消滅した。
「……っ……」
「やったじゃないのっ!」
声を上げる二人に、紫雲は親指を立てて答える。
(身体も……大丈夫……だな)
かろうじて、ではあるが……死には至っていない。
その事に、紫雲は密かに安堵の息を零した。
そこに、パチパチ……と拍手が響く。
その主は、当然シュンである。
「お疲れ様。
でも、ここからが本番だよ。
こっちにはまだ戦力が残ってる」
「……なに……!?」
その表情から察するに……ハッタリでは、ない。
「君の弱点はわかってる。
この間の戦い、昨日の戦い、そして今の戦い振りを見て、確信したよ」
「……!!」
その言葉に、紫雲は息を飲んだ。
「弱点?なによ、それ」
「彼のベルトのプログラムは不完全。
ゆえに、変身すればするほどに、草薙君の身体には負担が掛かる。
実際、どんな負担の掛かり方かは……正確には分からないけどね。
ただ。
少なくとも、今平然と立っていられるほどじゃないはずだよ」
「え……?」
留美の表情が驚きに彩られていく。
「アンタ……それ、本当なの……?」
「……」
紫雲は、答えない。
仮面の表情は、誰にも読む事はできない。
「君のスタミナは限界。
果たして、その状態でまだ戦う事ができるかな?」
……無理だ。
そう判断せざるを得ない。
向こうの戦力が如何程のものなのかは分からないが、シュンの様子から判断するに、今のエグザイルなら倒せるぐらいの戦力は用意しているのだろう。
まさに、万事休す。
「草薙……!なんとか答えなさいよ……!!」
「………………………七瀬さん、これを」
紫雲は『それ』を後方に放り投げた。
それを、留美は慌ててキャッチする。
「これは……!」
美凪が思わず声を上げる。
留美が受け取ったそれは、鍵だった。
変身の要となる、反因子結晶体が埋め込まれた鍵。
「アンタこれが無いと、変身できないんじゃないの……!?」
「変身はできないけど……この状態は暫く維持できる。
後で何処かで合流するまで、とにかく持って……逃げてくれ」
鍵……反因子結晶体さえあれば……研究には十分だし、ベルトの精製に時間は掛かるが新たなライダーを作る事もできる。
だからこそ、何があっても、これだけはレクイエムに渡すわけにはいかない。
そう、何があってもだ。
「ここは、なんとしても食い止めるからさ」
「……!!」
その言葉の中にある決意に気付いて、美凪は息を飲んだ。
「万が一の時は……姉貴に渡してくれ。
それで、いざって時は……あの彼に素直に渡していいから」
「いざって時は……って……アンタ、まさか」
「七瀬さん。
一緒にバイトできてよかったよ。楽しかった」
留美の言葉に覆いをかけるように、背中を見せたままで紫雲は言った。
そして、そのままに、言葉を続ける。
「……遠野さん。
昨日から心配してくれて、ありがと。嬉しかったよ。
悪いけど……相沢君と姉貴によろしく伝えておいてくれ」
「紫雲さん……っ」
「さあ、行ってくれ……!!」
「アンタ……!」
「いいから、行けっ!!!!」
普段の紫雲からは想像もできない叫びに、二人は身を震わせた。
そして、その気迫に圧され、二人はその場から走り去っていった。
「……待たせたね。
というか、よく待ってくれたね、と礼を言うべきなのかな」
「気にする事はないよ。
今の君の気迫に、僕も圧されただけさ」
正直、隙を見て、鍵を奪い取るなり、襲い掛かるなりを考えていた。
だが、できなかった。
満身創痍のはずなのに、それほどの気迫を紫雲が吐き出していたから。
「それはどうも。
……さあ、戦力とやらを見せてもらおうか」
「ここにあるよ」
「なに?」
「分からないのかい?
なら、もう一度言おう。ここにあるんだよ」
自分を親指で指して、シュンは言った。
「まさか、僕たちレクイエムが、あれだけの期間ベルトを所持してたのに何の成果もあげてないと思っていたのかい?」
「……!!」
「なら、冥土の土産に見せてあげよう。
気は進まないんだけど……これも試験の一環だから」
シュンの腹部。
そこに、ベルトが、浮かび上がった。
「!!」
「変身」
言葉の直後、灰色のラインが、虚空を走り……仮面の戦士を生み出した。
その姿は、パーゼストの雰囲気を纏っていたが、そこを取り除けば紛れもなく……
「気付いたかな?
コードA……折原浩平君が仮面ライダーアームズと名付けたあの姿よりも、むしろ君に近い形でモデリングされている事に。
それだけ君がレクイエムに辛酸を舐めさせたという事だよ。誇りに思っていい。
君がエグザイルなら……さしづめ僕は偽者……仮面ライダーフェイク、というところかな」
「そんな、馬鹿な……!?
反因子結晶体は精製できないはずだ……!!
なのに、どうやって……!!!?」
「擬似反因子結晶体。
不完全・不安定ながらも、近い効果を出すことに僕達は……成功したんだよ……」
「不完全……?」
「それは……変身する者の精神を……少しばかり、昂ぶらせてしまうのさ……ぁっ!」
「……!!」
シュン……いや仮面ライダーフェイクが疾駆し……その蹴りがエグザイルの腹に突き刺さった。
「が……!」
「まだまだぁっ!」
先ほどまでのシュンとはうって変わったかのような激しい、嵐のような乱撃。
その一撃一撃は重く、鋭い。
おそらく、エグザイルが万全であっても……苦戦は免れない。
それほどの戦闘能力があった。
「……く、そっ!眼では追えるのに……!!」
その上、身体がついていかない。
防御さえ、ままならない。
「くそおっ!!」
焦りから、彼らしからぬ闇雲な攻撃を繰り出す。
それでも、並みの相手ならば十分に当てる事はできた。
だが、相手は並みではなかった。
回避込みで、あっさりと背後に回り込まれてしまう。
「…っ」
「あはは……動きが乱れてるねぇっ……!それじゃ、僕は倒せないよ!」
灰色の輝きが収束し、拳に集まる。
エグザイルは必死にガードしようとするが……間に合わなかった。
「ぐあああっ!!」
まともにその一撃を胸部に受けたエグザイルは宙に舞い、ブロックの壁に叩き付けられ、それを壊しながら地面に転がった。
次の瞬間、閃光と共にエグザイルの変身が解除され、紫雲の姿に戻る。
「……ぐ、ぅ」
「最早、変身を維持する事さえできなくなったようだねぇ……!!」
「がはっ!ぐはっ!!」
変身が解除された状態で数度蹴られ、紫雲はアスファルトを転がり、仰向けの状態となった。
「かはっ……」
紫雲の口から、血が零れる。
(内臓……いくつか潰れた……か……)
それだけではない。
変身した時から続いていた痛みが、ここぞとばかりに紫雲を喰らい尽くす勢いで広がっていた。
死。
確かなイメージが、紫雲の中を巡る。
意識が、薄れていく……
「ここまでだね……さあ、どうやってトドメを……」
「草薙!」
「紫雲さん……!!」
その声で。
薄れていた紫雲の意識が覚醒した。
「……な!?」
声がした方に、眼だけを向ける。
最早、それだけぐらいしかできない。
そこには、留美と美凪がいた。
二人共に息を切らせて、こちらを半ば睨み付け、こちらに駆け寄ってくる。
「なんで……!!」
「アンタ放って帰れるわけ無いでしょうが……!!
待ってなさい、今、鍵を……!!」
「そう、鍵だ」
冷たい、シュンの……フェイクの声が響いた。
「ちょうどいい、彼女達からもらうとしようか……!!」
「……!!」
今の彼は、彼女達を過剰に傷つけかねない…………
それを止めるためには、戦うしかない。
だが、変身はできない。
その為の鍵が無い。
彼女達が渡そうとしても、間に合わない。
投げ渡そうとしても、鍵を投げる前に『彼』は彼女達の懐に入る事ができる。
それなのに、彼女達は、逃げないだろう。
それなのに、自分には欠片ほどの力も残っていない。
なら。
どうする……?
「……う……」
決まっている。
それでも、草薙紫雲が止めるしかない。
他に、誰もいないのだから。
変身ができようとできまいと。
「おおおっ……」
……渾身の力で、立ち上がる。
例え。
どんな事になったとしても。
守らないと。
誰かを、傷つけさせない。
死なせるわけには、いかない。
渡すわけにもいかない。
どんな事に、なっても。
何をしても。
絶対に。
……だが。
「あ………………」
そこが、草薙紫雲という人間の限界だった。
死が、駆け抜ける。
力が失われていく。
死ぬわけには、いかないのに。
(……まだ、死ねない……のに…………死ねない……のに…………死ぬ……?!!)
……ドクン。
「?!」
鼓動が、響く。
その時が来た事を、告げ知らせる為に。
「……………う、おおおおおおおおおおっ!!」
咆哮。
叫ぶ紫雲の身体に皹が走る。
今まで以上に大きく、広く。
「おおおっ!!」
皹は、全身に広がり。
紫雲の姿が変わる。
「おおおおおお………………Hyjjuuuhhh!!!」
それは、ライダーの姿ではない。
そこに立つのは……白銀色の……狼。
「……やはり、そうなったね」
冷静で、冷徹な声。
全ては、予測通り。
少しばかり、凶暴性を装った甲斐はあった。
「く、草薙…………?」
「紫雲、さん…………っ」
二人が、脚を止める。
その二人に、狼は視線を向けた。
それは、獣の眼。
そして、白銀の狼……ウルフパーゼストは、大きく跳躍した……!!
……続く。
次回予告
変貌を遂げた紫雲。
失われた仮面ライダー。
それでも、現実は続く。
「……やるしかない……!!」
乞うご期待はご自由に。
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