第十四話 ベルトの行方(後編)





闇から伸びる手。
それは自分に近付き、包み込み、握り潰そうとしていた。

『滅ぼせ』

……何故?

『それがプログラムだから』

……何の為の?

『――huikkjuuuiii――』

それは、駄目だ。絶対に。

(させて、たまるか!!)

「…………っ」

カッ、と眼を開くと同時に、紫雲は起き上がった。
美凪に意識を向けていた瑞佳はそれに気付き、紫雲に視線を移した。

「草薙君……大丈夫?まだ、寝てたほうが……」

自分に声を掛ける瑞佳を一瞥した紫雲は、意識を失う前の事を思い出しながら、状況を冷静に分析、把握していった。

「……折原君に助けられたのか、僕は」
「え?あ、そうなるかな」

紫雲の独り言……その言葉が自分に向けられたものだと思った瑞佳はそう答えた。
その瑞佳に改めて視線を向けながら、紫雲は言った。

「そっか。ここは……長森さんの部屋だよね」

部屋の間取りが以前訪れた祐一や名雪、美凪のものと同じだったので、すぐに分かった。

「あ、うん」
「ごめんね、迷惑掛けて」
「いいよいいよ、気にしないで。
 私こそ助けてもらったんだから」

そう答える瑞佳に、紫雲が笑みを浮かべかけた、その時。
その後ろで、自分を見据えている美凪の存在に気付き、紫雲は目を瞬かせた。

「……紫雲さん」
「遠野さん?君も……来てくれた……」

……その瞬間、紫雲の脳裏にパーゼストの存在がイメージとして流れていった。

そして、それと同時に。
それとは同じでありながら違う、何か異質で強力な存在を感じた。

それは、何時か何処かで感じたモノによく似ていた。

「……!!……これは」

そんな紫雲を見て、美凪は顔を背けた。
彼女もまた同じものを感じている……美凪の表情から紫雲はそれを読み取った。

「……」

無言のまま、紫雲は立ち上がった。

「草薙君、どうしたの……?!」

その紫雲の表情を見てただ事ではない事を察したのか、瑞佳が慌てて声を掛けた。

「……敵が、来たみたいだ。だから行かないと」
「で、でも……さっきまで倒れてたんだよ……?」
「長森さんのおっしゃるとおりだと思います……
 今戦えば……また倒れ、傷つくのではないですか……?」

美凪は、紫雲の事を案じていた。
だからこそ、感じた感覚について何も言う事をせず、視線を背けたのだろう。
その気持ちを、紫雲は嬉しく思った。

でも。

「だからって寝てたら、誰かが死ぬかもしれないんだ。
 そんなの……嫌だ。
 だから、戦うんだ。
 僕は………仮面ライダーだから」
「紫雲さん……」
「自称、なんだけどね。
 でも……名乗るからには、そうありたいんだ」

自分が、自分である為に。

そう告げた紫雲は二人に背を向け、部屋を飛び出した。







「くっ……」

タイガーパーゼストの猛攻に、祐一……カノンはたたらを踏んだ。
キッと前……パーゼストを睨みつけたカノンは思わず呟いていた。

「コイツ……今までのパーゼストとは違う……!」
「それはそうだよ」

祐一の言葉に、距離を少し置いて戦いの動向を見ていたシュンが呟いた。
……そのすぐ側に立つ浩平も沈黙したまま、戦いを見詰めていた。

「君や草薙紫雲が戦ってきたのは、主に虫等の単体因子を直接寄生され、それを変化の要にしていた第二段階のパーゼスト。
 それに対し今君が戦っているのは、その状態からさらに寄生された人間の動物的因子を取り込み複合した第三段階のパーゼストなんだから」

その言葉に、祐一の脳裏を今までのパーゼストたちのイメージが走った。
……確かに、蝙蝠や人語を解すパーゼストなどの例外を除けば、殆ど虫の類のパーゼストだった。

「…………ふん、それがどうしたって言うんだよ……!!」

祐一は以前戦ったシャークパーゼストの事を頭に浮かべた。
目の前にパーゼストは確かに強いが『あれ』ほどの威圧感は感じられない。

(こんな奴に、負けるか……!!)

経験を糧に自身を奮い立たせた祐一は、力強くコンクリートを蹴った。
と、同時にパーゼストも地面を蹴る。

「……はああっ!」
「hujyiii!」

カノンの右拳とタイガーパーゼストの爪が交差する。
……その際、祐一の頭に紫雲や舞の動きのイメージが甦った。

(……こう、か……?!)

交差の瞬間、カノンは放った腕の肘を外側に押し出し、パーゼストの一撃の軌道を逸らした。

「huujuujnm!?」
「うおおっ!!」

動揺するパーゼストに構う事無く。
カノンは生まれたの隙の中、左の拳をパーゼストに叩き込んだ。
それをまともに受けたパーゼストは、地面を転がる。

絶好の勝機。

「……トドメだ……っ!!」

脚部にエネルギーを収束させながら、カノンが駆け出した……その直前。

その場にいる人間たちにとって、まったく予想できない事態が起こった。

「面白そうな事してるじゃねーか」
「!?」
「?!」 

その声が頭上から響いた瞬間、『何か』がカノンに降り注いだ。
カノンは全身を走った突然の衝撃に驚きながら、二三歩後ずさった。
一撃一撃は大したことが無いのでダメージは深くないのだが、まったく予想していなかった攻撃に、カノンは動揺を覚えた。

「……羽……?!」

周囲には、数枚から十数枚の銀色の羽が落ちていた。

(何処、から……)

視線を彷徨わせ、カノンは『そこ』にいる人影に気付いた。

「よう。カメンライダー」

すぐ近くの小さなビルの非常階段……その踊り場から顔を見せている男が、その手に祐一の近くに落ちている銀色の羽を片手で玩びながら、もう一方の手で祐一たちに向かって手を上げていた。

ラフな服装で、中肉中背……一見、何処にでもいそうな青年だ。

男はそんな軽い調子で声を掛けた後、ひょい、と地面に降り立った。
だが、そこはそんな簡単に済ませられる高さではない。

明らかに異常。
だが、それ以上に。

「……オ、マエ……」

自分に近付いてくるその男。

カノン……祐一はその男に得体の知れないもの……いや、威圧感を感じていた。

(コイツから出る、この感覚は……!)

それは以前、何処かで感じた事のある感覚だった。
そして、それは祐一に敗北の味を思い出させていた。

祐一の動揺に気付いているのかいないのか。

青年はニタニタと笑いながら、言った。

「仲間の気配を感じたから寄ってみたが……無駄足にはならなかったなぁ。
 俺らを使役する人間に、アイツが苦戦した『カメンライダー』か。
 いいねぇ。実に面白い」
「なんだい、君は……?」

そう呟いたシュンの表情は警戒しているのか、険しいものだった。
その様子からも、お互いに知らない者同士……仲間ではない事は窺い知れた。
そんなシュンを一瞥して、男は言った。

「ああ、なるほどな。
 少しのプログラム調整と脳波チャンネルを共鳴させる事で操作してるわけか。
 でも、無駄だぞ」

青年が、既に立ち上がり攻撃の機を窺っていたパーゼストを一瞥する。
するとカノンに向かいかけていたパーゼストがその方向を変え、シュンや浩平の方に振り返った。

「なに……?!」
「俺達を構成している大本のプログラムが変わらない限り、ソイツはより上位の存在に従う。
 まあ俺とか、もっと上の奴とか、な」
「ぐぅ……っ!」

男がチラリとシュンを見る。
すると、シュンは右手で頭を抱え、地面に膝をついた。
その表情は苦痛に歪んでいる。

「おい、氷上……?!」
「おいおい、無理に抵抗するなよ。
 ある意味、お前は俺らと同じみたいだから、敵対さえしなけりゃ見逃してやれるんだからな」
「君は……何者、だ……!?」
「俺か?確か、お前らは俺らの事をパーゼストって呼んでたよな」

そこで男はカノンの方に顔を向けた。

「そうだろう、カメンライダー?
 アイツにお前がそう言ったんだろう?」
「アイツ……?」
「人間の姿じゃ銀髪だっただろ?あの鮫野郎は。覚えてないか?」
「!!!」

人語を理解し、人間に転じる事が可能なパーゼスト。
そんな存在は今まで一度しか遭遇していない。

「アイツ、悔しがってたぜ。いつか借りを返す、みたいな事を言ってたな」
「なに?!アイツ生きて……」

生まれてしまった動揺……その隙を突いて。
男は、カノンとの間合いを一瞬で詰め、その懐に入り込んだ。

「な?!」
「遅ぇよ」

男の姿が変わる。
……が、それはほんの一瞬。
ゆえに、どんな姿だったのかは祐一には認識できなかった。

「それ」を認識した瞬間、胸部に強烈な一撃を受けカノンは壁に叩き付けられた。

その際ベルトが衝撃で外れ、変身が解除されながら祐一は地面に倒れた。
それを見下ろしながら、刹那の変化を解いた男はニタリ、と笑みを浮かべた。

「弱いな。本当にお前があの馬鹿を退けたのかぁ?」
「く、そ……」

薄れていく意識を懸命に繋ぎとめながら、祐一は身体を動かし、ベルトに手を伸ばした。
『弱い』という言葉への反発が、祐一の意識を繋いでいた。

だが。

ここ数日の戦いにおいての、祐一の苦戦や敗北は事実でしかない。
そして、それを痛い位に理解しているからこそ、祐一はベルトの返却を決意したのである。
 
「……ぅ……」

その事実が脳裏を過ぎった時。
祐一の意志、そして意識は潰えた。

その手に掴み掛けたベルトを、男が拾い上げる。

「さて……せっかくだし……この『力』試してみるかな」

その笑みのままにそう言うと。
男は自身の腰部にベルトを巻きつけた。

「な!?」
「何……?」
「身体の記憶によると『こう』言えばいいらしいな……変身」

赤い閃光が走る。
それが収まると、そこにはカノンが立っていた。
男……いや、パーゼストが変身した『カノン』が。

「おお、中々いい感じじゃねーか。さて……」

そう言うと『カノン』は一番近くにいたタイガーパーゼストの方に振り向き……飛び掛った。

「悪いなぁっ!!お前で試させてもらうぜ!」

跳躍しながら『カノン』は手刀を振り上げた。
そこに赤光が収束する。

『カノン』の意思か、パーゼストは身動き一つしない。

「はああっ!!」

心底楽しんでいるような叫びとともに振り下ろした一撃は、いとも簡単にタイガーパーゼストを切り裂き、光の粒に変えた。

「ははは!!いいな悪くない!!
 わざわざ変化しなくても、これだけの力が発揮できるのはいいもんだな!!」

『カノン』は自身の力に酔いしれる様に、両腕、両掌を広げた。

「反因子がチクチクするのがうざったいが、この程度なら我慢できる……」
「何故だ……何故、変身できるんだ……?」

いまだに頭を抑えながらのシュンの言葉。
それに対し、『カノン』は身体の調子を整える為にか、首を軽く廻してから答えた。

「このベルトは因子に反因子の影響を加える事で、因子を持った人間の情報を書き換えるシステムなんだろ?
 実際どうやれば、んな事ができるのかは知らないが……
 因子を持った人間の身体という事であれば、そこに倒れている奴と俺らに大差は無い。
 だったら、同じ様に変身出来て当然って訳だ。
 俺らの身体は根本から因子で構成しているから、後々はどんな影響が出るかは分かんね―けどな。
 まあ、いずれにせよ、コイツはしばらくいい玩具になりそうだ。
 もらっていくぜ」
「悪いが……そういうわけにはいかないな」
「あぁ?」

『カノン』の前に、浩平が立ち塞がる。
その腰には既にベルトが装着されていた。





浩平は、祐一が変身した事から、今日起こった事について思考した。

その中で確実に分かったと言えるのは、祐一……『ライダー』が、先刻の公園で自分に襲い掛かってきたのは、紫雲を傷つけたと誤解したからだという事。
今さっきまで、紫雲を渡さない為に戦っていた事からも、それは十分に推測できる。

ベルトを持つ祐一が『ファントム』に所属しているかまでは分からないが……いずれにせよ、浩平としては手出しする事が難しい状況に変わりはない。
それは、借りがある紫雲を渡すのも、顔見知りである祐一を最悪殺す破目になるのもの気が進まないからだが……この状況で何もしない事は、レクイエムに裏切り行為とみなされかねない。
今回の一件だけではそこまで大きな問題にならなくても、不信感を抱かせてしまうのは避けられないだろう。

だが、男……パーゼストの乱入により状況は変わった。

この『カノン』からベルトを奪えば、祐一には用がない……つまり、それ以上傷つける必要はない。
紫雲の事にしても手土産としてのベルトがあればとやかくは言われまい。

浩平にとって、ここは好機だった。





「……変身」
「!?」

白と黒の閃光の中、浩平の姿が変わる。
仮面ライダーアームズに。

「そのベルト、渡してもらうぜ」

アームズは右腕を変貌させつつ、『カノン』に宣言した。
それを見た『カノン』は――

「ははははっ、お前もか。
 丁度いい、物足りなかった所だしな。
 他の連中への土産にそのベルトをいただくのも悪くない……!!」

笑いながら、アームズに襲い掛かった。

「来やがれ!!」

アームズが光弾を解き放とうとした……その時。

「――そうはさせない――!!」

『カノン』の言葉と意志に反する宣誓が響き。

一つの影がアームズの頭上を越えていき、『カノン』に向かっていく。
その影の姿は………!

「草薙か!?」

そう。
草薙紫雲……仮面ライダーエグザイル。

「はああっ!!」
「ふんっ!!」

空中で激突する『ライダー』二人。

紫雲……エグザイルの飛び蹴りを『カノン』は右腕で防ぐ。

エグザイルは防がれたと判断すると、蹴撃を与えた脚に力を込める。
そうして、大きく後方に回転しながら跳躍し、祐一の側に着地した。
『カノン』もまたエグザイルが力を込めた瞬間に腕に力を加え、反発するように飛び下がった。

「その色……そうか、てめぇがアイツが言ってた、もう一人のカメンライダーか!!」
「……」

その言葉に反応する事無く、エグザイルは地面に伏した祐一に意識を向け、無事を確認した。

安堵の息を漏らすエグザイルに対してか、自分以外のライダーを油断無く見据えているアームズに対してか、『カノン』は口を開いた。

「今日はカメンライダーの大安売りだな、おい。
 てめぇのベルトも……」

そう言い掛けた、その瞬間。

「ぐぅぅ!?」

『カノン』は右腕を抑えながら、苦痛の声を上げた。
エグザイルの一撃によるダメージ……とは思い難い。
先刻の一撃には『エネルギー』が込められていなかったからだ。

そんな『カノン』にエグザイル……紫雲は冷淡に告げた。

「……やめておけ。
 それは貴様らに従わない『人間』の為の力だ。
 パーゼストに扱えるものじゃない」
「ふん……扱いが思ったよりも難しい玩具ってだけだろうが。
 使わないのはもったいねぇってなもんだぜ」

右腕を抑えたまま、『カノン』は負け惜しみを零した。

「しばらく、色々試してみるさ。
 とりあえず、この場は退かせて貰うぜ……」
「させるか!!」
「逃がすかよ!」

意図してではないが、エグザイル、アームズが同時に地を蹴る。
だが『カノン』はそれを大きく跳躍する事で回避。
近くのビルの屋上に着地し、そのままこの状況に背を向け、ビルからビルへ、建物から建物へと飛び移っていった。

「ち……!!」
「速い……!」

おそらく、パーゼストとしての能力が付加されているのだろう。
基本スペックを上回る動きで『カノン』はあっという間にその場から離脱した。





「くそ……面倒な事になったな」
「面倒というか……」
「最悪だ……」

変身を解除した浩平の言葉を受けて、シュン、そして同様に変身を解除した紫雲がその言葉を継いだ。

「氷上、大丈夫か?」
「ああ、もう……大丈夫だよ」

多少ふらつきながらもシュンは立ち上がった。

「ったく……お前が余計なお節介を焼こうとするから厄介な事になっちまったじゃねーか。
 気を遣った事には感謝するが……お前が黙ってりゃ何の問題も起こらなかったんじゃないのか?」

本当の所を言えば、浩平は全然そう……シュンが動かなければ何の問題も起こらなかったとは……思っていない。

レクイエムの『手が長い』事を、浩平自身よく知っている。
実際の監視役はシュンだが、シュン以外にいないとは限らない。
ゆえに、シュンが黙っていたとしても、他の誰かが動いていた可能性は少なくない……浩平はそう思っていた。
そうなっていれば、今よりも違う意味で厄介な事になっていたかもしれない。

自分が持っているベルトが明らかに希少である事を考慮すれば、それは大袈裟ではない。
だからこそ、浩平は先刻の状況下においての自身の行動について深く考慮、吟味せざるを得なかったのだ。

では、何故シュンに対して心にも無い事を言ったのか。
それは、ただ単純にそう言わずにはいられなかったから……だけではない。

そう言う事によって、シュンに『今回の事はお前への貸しだ』と主張し……難癖とも言うが……それと帳消しで紫雲の一件を有耶無耶にしようと考えているのである。

あくまで仮定の話で、実際には存在しないかもしれないが、ベルトを所持していたい浩平としては、他に監視がいた時の事を考えないわけにはいかない。

その『他の監視』の発言が重要視させる事も考えられるし、いずれにせよ疑われるのは避けられないかもしれないが、シュンを味方につけておけば、少しは有利になる……浩平はそう判断したのだ。

(ま、無茶苦茶なんだがな)

内心で、浩平はそう呟いていた。

その辺りの事はシュンも十分に理解しているだろう。
だからこそ「言い掛かりだ」と非難される可能性も浩平は考えていたのだが……

「確かに、今回の事は僕の責任だね……面目ない」

シュンは何を思ったか、あっさりと浩平の言葉を肯定した。

そんな二人の様子を見ていた紫雲は、微かに首を傾げながら独り言の様に浩平に問い掛けた。

「……どういう事なんだ?」
「この馬鹿が、お前を引き渡せって催促に来たんだよ」
「ああ、なるほど」

それだけで大体の事情を理解したらしく紫雲は、フン、と不機嫌な息を零した。
それはシュンへの……厳密に言えばレクイエムへの……軽蔑もあったが、どちらかと言えば自身の不甲斐無さへの不機嫌だった。

自分が浩平の前で気絶しなければ、この状況はなかった。
ベルトを取られることも無かっただろう。
だからこれは自分の責任だ……紫雲はそう考えていた。

……実際の所、様々な偶然の重なり合いの産物に過ぎないのだが。

「それはともかく……これからどうするんだ?」
「決まってるだろう。
 ベルトを取り返す。それだけだよ」

浩平の問いにそう答えながら、紫雲は気絶したままの祐一を引っ張り上げ、自身の背中に背負った。

「……レクイエムの君達に手伝えなんて言うつもりは毛頭無い。
 ただ、邪魔はしないでくれ」
「面倒そうだし邪魔はしないさ」

ひらひらと手を振って、浩平は答えた。 

「本当にそうだと助かるよ。
 ……君にも長森さんにも世話になった。
 今回の事を含めた借りは……いずれ返す」
「ああ。倍返しで頼むぜ。
 まあ、ベルトを取り戻せる事を祈ってはおいてやるよ」
「……ありがとう」

そう告げて、紫雲は二人に背を向けた。





「氷上」

紫雲がいなくなって暫し後。
浩平はシュンに向かって、少し投げやりな口調で尋ねた。

「正直な所、どう思う?」
「なんについて?」
「レクイエム内での俺の立場」

シュンはそれに対し微かな笑みさえ浮かべながら、こう答えた。

「そうだね。
 正直、最近は問題続きだし、元々の目的の一つであるパーゼストのサンプル回収も出来てない。
 さらに言えば、この間は理由ありでも備品を三体も破壊したしね。
 今回の件が上に知られないとも限らないし、そろそろ何かで埋め合わせをしておかないとマズイと思うよ。
 もしくは手土産を準備する必要があるね。失敗を帳消しにするような」
「……やっぱそうか」

そう呟く浩平はニヤリと笑っていた。
シュンの返答内容を予測さえしていたように。

「その顔は……何かある感じだね」
「まあな。うまくいったら一口噛ませてやるよ。
 その代わり、草薙の件は上手く誤魔化してくれよ」
「ああ、分かってるよ」

浩平をレクイエムに引き入れたシュンは知っている。
折原浩平という男が、周囲が思っている以上に頭が回る事を。

だからこそ、シュンはさっきの難癖も気にしなかった。
浩平が何かを考えている事は、計算済みだったからだ。

紫雲に「邪魔はしない」と迷い無くあっさり言ったのも、その何かに対する布石なのだろう。

「それで、何をするつもりなんだい?」

シュンの問い掛けに、浩平は不敵な笑みの色を濃くした。







「ぅ……」

祐一は、ゆっくりと目を開いた。
微かにぼやけた意識のまま、上体のみを起こす。

意識を取り戻したその場所が、自分の部屋のベッドの上である事に祐一は少し驚いていた。

……あの状況では、殺されていても不思議ではない。

それをはっきりと認識するにつれ、意識もしっかりと覚醒していく。

殺されていたかもしれない自分。

それがここにまだ生きているというのはどういう事なのか。
……それは、誰かに助けられた事に他ならない。

「気がついた?」

その声に振り向くと、そこには今あまり顔を合わせたくない男……草薙紫雲が立っていた。

「草薙……」
「勝手に部屋の中に入ってごめん。
 鍵は水瀬さんに借りたんだけど……」
「そんな事、どうでもいいだろうが……!」

紫雲の言葉を遮って、祐一は声を上げた。
……上げずには、いられなかった。

有るべきものが無い事に、気付いていたから。

「ベルトは……何処だ?!それに折原達は……?!」

紫雲は、ふう、と息を零した。

「……ベルトは、パーゼストに奪われた。
 折原君達に関しては……なんて言っていいのか……とりあえず何事も無かったというべきなのか」
「何を平然としてるんだよ!
 ベルトを……盗られたんだろ?!
 こんな所にいる場合かよ……!!」
「それについては……」

そう答えようとした時、紫雲の動きが止まった。
瞬間、紫雲は唇を噛み締めていた。

「草薙……?」
「なんでも、ない。話を元に戻すよ。
 ……それについては心配しなくてもいい。
 パーゼストである限り、アイツは人間を襲うし、その際の人間を襲う時の『害意』は隠せない。
 だから、奴が人を襲う際に『そこ』に急行すれば……自ずと衝突するし、ベルトを取り返す機会も生まれる」
「……本当、なのか……?」
「そうでないなら、僕がここにいると思うか?」
「……」

……確かに。

紫雲の性格から考えて、誰かが危機的状況にある中でするべき事がある時に油を売ったりはしないだろう。
その事に考えが至って、祐一はほんの僅かだが安堵した。

「だから、君は暫くここで休んでいればいい。
 ベルトは僕が取り返して、君に返すから」
「……」
「まあ、その、僕としては返したくないんだけどね。
 決着がまだついてないから……」
「……いい」

安堵と、自身への嫌悪感から顔を俯かせながら、祐一は呟いた。
聞き取れるか聞き取れないか程の声を拾い上げた紫雲は、訝しげな表情を露にした。

「……何だって?」
「いいんだ。もう、俺にベルトを返す必要は無い」
「どういう、事だ?」

疑念が深まる紫雲に、祐一は言った。

「この間……秋子さんに会った」
「!」

その言葉を耳に入れて、紫雲は微かに息を呑んだ。
今、ここで秋子の名前が出る事の意味を、紫雲はなんとなく気付いていた。

「その時、秋子さんから聞いたんだよ。……あのベルト、ちゃんとした適格者がいるんだってな。
 しかも、俺の知ってる人間だ」
「…………ああ、そうらしいね。
 君の事は……舞さんから聞いてたよ」

その答は、紫雲にしては歯切れが良くない様に感じられた。
だが、その理由が分からない祐一はあえて気にせず、言葉を続けた。

「俺は……舞が変身して戦うのを見た。
 強かったよ、舞は。
 俺なんか全然比較にならないじゃないか……」
「……」
「……………はじめ、あのベルト壊すとか封印するとかお前言ってなかったか?」
「ああ……言ったよ」
「……なんでそんな事言ったんだよ?
 舞が強いのは、お前だって知ってたんだろ、なのに……」
「分からないのか?」

幾分強い口調で、紫雲は祐一の言葉を遮った。

「いくら強いって言っても、舞さんは女の人だ」
「……!!」
「僕は……女の人に戦わせたくない。
 女性差別だとかそんな問題じゃない。
 男として、女の人に戦わせるなんて……僕はゴメンだ」

そう呟く紫雲の表情で、戦う事に恐怖を覚え名雪にベルトが渡った時、紫雲が本気で怒っていた事を祐一は思い出した。
さっきの歯切れの悪さも『そこ』から来ているものなのだろう。

「さりとて、他の誰かにベルトを押し付けたくもなかった。
 だから……あの時言った、ベルトを封印するなり……っていうのは本音だった。
 ベルトを見付けたら、そうするつもりだったんだ。
 それが、何の因果か君の手にベルトが渡って、今ここに至ってるわけだけど……」

そこで紫雲は祐一を一瞥して、溜息をつきながら背中を向けた。

「君がそう言うのなら、もう、君にベルトは必要ないんだろうな」

……それは落胆も軽蔑の色も無く。
それだけに、紫雲の感情がこれ以上ないほどに感じられた。

決定的な、失望を。







「草薙君……」

紫雲が祐一の部屋を出ると、通路で待っていた名雪が声を掛けてきた。
あまり穏やかな空気にはならないだろうと判断し、頼んで席を外してもらっていたのだ。
……ちなみに、その際、下の階の美凪たちに、無事だという事も伝言してもらっていたりもする。

それはさておき。
心配そうな表情を浮かべる名雪に、紫雲は言った。

「怪我は、問題ないよ。放っておいても治る。ただ……」

言い掛けて、紫雲は口を噤んだ。

「ただ、どうしたの……?」

紫雲を見つめる名雪。
今の状況で、その表情。

紫雲は、祐一が『ライダー』として戦う事について名雪と話した時の事を、思い出した。

あの時。
名雪は祐一が戦う事にある程度納得していたし、覚悟もしていた。
そんな名雪の心を目の当たりにした事もあって、紫雲は祐一が戦う事に不満こそあれ、強引にベルトを奪う事をしなかったし、ファントム……秋子に報告はしても、『適格者』である舞には直接報告しようとしなかった。

だが。

あの時とは、様々なモノが変化していた。

状況。
祐一自身。
そして、紫雲自身もまた。

「……水瀬さん。
 相沢君は今迷ってる。そして、僕も迷ってる」

気付けば、紫雲は口を開いていた。

何故こんな事を名雪に話そうとしているのか、明確な理由は紫雲自身よく分かっていなかった。
ただ自分の中の何かが、現状に納得していない……それだけは紫雲にも分かった。

「相沢君は……本当はもう戦わなくてもいいんだ」
「え?」
「彼が持っているベルトには……力を扱う為に訓練を受け、その為の資質を十二分に持った適格者がいる。
 本当は……その人にベルトを委ねるべきなんじゃないか、
 自分にこの力は相応しくないんじゃないか――そう、相沢君は考えて、悩んで、迷ってる」
「そう、なんだ…………なら草薙君は、どうして迷ってるの?
 その適格者さんにベルトを持ってもらった方が、草薙君はいいんでしょ?」
「そうなんだけど――何故だろうね。
 適格者に渡すべきだって、分かっているんだけど……
 自分でもなんで迷ってるのか分からないんだ」

舞が女性だから。
それも確かに理由だろう。
しかし、それだけでは説明がつかない何かがある。

それを言葉に出来ずに、ただ苦笑を浮かべる紫雲。
そんな紫雲に、名雪はポツリ、と呟いた。

「うーん……草薙君は、祐一にライダーでいて欲しいんじゃないかな」
「…………」
「あ、その、なんとなくそう思っただけなんだけど」

自分の言葉で目を瞬かせた紫雲に、名雪は困惑気味な微苦笑を向けた。

「それに……こう言ったら心配してくれてる草薙君に悪いけど、そんなに気にしなくてもいいんじゃないかな」
「え?」
「今、祐一は確かに迷ってるかもしれない。
 でも、祐一は祐一で、ちゃんと考えて、正しい答を決めるよ。
 祐一は……いつだってそうして……戦って、きたから」

いままで……ベルトを手にして以来、祐一には何度も決断の時が訪れた。
その度に、祐一は迷い、悩み、あるいは苦しんできた。
だが、祐一は最終的には戦う事を選んできた。
決意の為に誰かの言葉や行動を借りていても、それを決めてきたのは祐一自身だった。

そして。
水瀬名雪は、そんな祐一の姿を一番近くで見続けてきた存在だった。

「だから……その。なんて言っていいのか分からないけど……大丈夫だよ、きっと」

そう言う名雪の表情は、言葉とは裏腹に、決して晴れやかなものじゃない。

それは当然の事だ。
祐一が戦う以上、名雪は祐一の身を案じ続ける事になるのだから。

それでも、名雪は祐一を『止めない』。
祐一が『止まる』かどうかを決めるのは、他ならない祐一自身でしかない事を知っているからだ。

「――――ああ、そうだね」

そんな名雪の意思を改めて見せられては、紫雲はそう言わざるを得なかった。
そして、名雪同様、祐一の事を信じよう……そう思わざるを得ない。

いや。

(……元から、そう思いたかったのかもな、僕は)

その事に気付いて、紫雲は苦笑いを浮かべた。

「変な事を言ったね。忘れてくれ」
「うーん。
 でも私、忘れてくれって言った事を忘れるかも。
 それで、祐一にいろいろ話しちゃうかもしれないよ」

そう言って微笑む名雪の姿に、紫雲は秋子の面影を重ねた。
なんとなくだが、かつてクラスメートだった時よりも秋子に似てきている……そう思えた。

「……まあ、その。努力してくれればいいから。
 じゃあ、またね」

名雪に背を向けて紫雲は歩き出す。
その背に名雪は声を掛けた。

「パーゼストを、探しに行くの?」
「ん……いや、その前に会っておきたい人がいてね。
 その人に会ってから、かな」

名雪に首だけ振り向いてからそう告げて、紫雲は再び足を踏み出した。
携帯の電話帳を開き、そこにあるその名前の人物にコールを掛けながら。

「……舞さんですか?今から会えないでしょうか?」

 





(……確かに、そうだ)

舞の圧倒的な強さに眼が眩み。
あるいはかつて戦う姿を見慣れていたから見落としていたが……川澄舞は女の子なのだ。

彼女にベルトを渡して戦わせる……正直言って情けない事この上ない。
男として問題があるという、紫雲の言葉にも心から同意できる。

でも、それでも。

「足りない……」

そう。
ベルトを渡せない理由としては……足りなかった。

「……って、俺は……何考えてるんだ……」

ブンブン、と首を横に振る。
思わず漏れた自身の呟きで、祐一は自分がまだベルトに未練がある事に気付き、その事に戸惑いを覚えた。

(……何でだ?)

ベルトの『力』は、舞が持つべきだとすでに納得していたはずなのに。
ベルトをあっさりと奪われてしまうような無様な自分なのに。
ここにきて、ベルトは自分が持つべきではない事をより強く思い知らされているのに。

だから、祐一は紫雲に全てをぶちまけてしまった。
そうする事で、ベルトを手放す事に無理矢理整理をつけようとしていた。
紫雲に決定的に宣告される事で、決着をつけたかったのかもしれない。

だが。
その一方で、自分の中の未練、何かへの執着が強くなっているのを祐一は感じていた。

煩悶としていた、そこに。

「祐一……大丈夫?」

そんな言葉を掛けながら、名雪が部屋の中に入ってきた。
自分の考えに没入していたからか、祐一はドアの開閉の気配や音にさえ気付かなかった。

「……ああ、大丈夫だよ」

ベッドの上では説得力が無いかもな、などと考えながらも祐一は言葉を返した。

「……」
「……」

一瞬、沈黙が生まれる。
お互い、掛けるべき言葉が見当たらなかった。
だが、それは一瞬でしかない。

「ねえ、祐一」

紫雲との会話の中で。
言うべき事をぼんやりとだが考えていた名雪が、祐一よりも先に口を開いた。

「ん?」
「私ね。草薙君から色々話を聞いたんだけど……草薙君も、迷ってるみたい」

名雪の言葉に、祐一は微かに表情を動かした。
自身では、どう動いたのかまでは分からなかったが。

「ベルトが正しい場所にあるとかないとかも、そうだけど……
 祐一が戦う事で傷ついたりしないかどうかとか、
 それに対して自分はどうするのが一番いい方法なのかとか、
 多分ずっと考えて、迷ってるんだと思う。
 祐一の手にベルトがあるって知った時から、今まで」

それは、今までの紫雲の言葉や行動からの、ただの推測でしかない。
それでも、名雪はそれが本当の事だと確信していた。

何故なら。

「草薙君、いい人だから。祐一の事、すごく心配してるよ。
 だから、迷ってるんだよ」
「……まあ、そりゃあ、そうだが」

紫雲の人が良過ぎる事は祐一もよく知っている。
だから、その事実については素直に納得できた。

「草薙君、そうやって、ずっとずっと迷ってたんだよ?
 祐一も、たくさんたくさん迷っても仕方ないよ」
「……」
「大事なのは……祐一がその迷ってる中で、何を望んでいるか、じゃないかな」
「俺が?望んでいる事?」

名雪は頷いた。

「迷ってるって事は、納得できない事があるってことだよね。
 祐一は、何に納得できないの?」
「俺は……」

ベルトに未練がある。
だから、納得できない。

それは確かだ。

じゃあ、何故未練があるのか。

そもそも、何故自分は戦ってきたのだろうか。

それは。



誰かが傷つくのを見たくなかったから。
誰かが苦しむのを見たくなかったから。
それよりも自分が苦しむ方がマシだったから。



そう。

そうだった。

だから。

「俺は………………俺が、戦いたいんだ」

それが、相沢祐一にとって戦いの……ライダーになる事への原点だった。

悩みや迷いは、またしても、そんな簡単な事を見落とさせていた。
あの時……シャークパーゼストと戦い、臆病風に吹かれた時と同じ様に。

誰かを助ける為に舞にベルトを委ねるべきという考えや、適格者としての舞に遭遇する以前に。
その他の誰かに傷ついて欲しくないから、戦わせたくないから、祐一は戦ってきた。

かつて、北川や名雪が変身する事があった。
でも、それはすごく嫌だった。

それは、自分にできる事があるのに、それを他の人間に委ねるのが嫌だったから。
他の誰かが、自分の代わりに戦って傷つくのが、嫌だったから。

例え、変身する誰かが「代わりじゃない」と主張してもそれは変わらない。
そして、それは自分よりも強いであろう舞に対しても変わらない。

そして、それこそが理屈じゃ通らない、祐一の未練であり……意志だった。

その事を、祐一はここに来て、思い出した。

「……名雪、俺……」

手探るように呟く祐一。
そんな祐一に、名雪は薄く微笑んだ。

「分かってる。草薙君に謝りに行ってくるんだよね」
「いや、その……謝るわけじゃないんだが……」

実際の所、それでも舞にベルトを委ねなければならない、という考えが消えたわけではない。
舞にベルトを委ねた方が、多くの人を救える事実が変わった訳ではないのだから。

それでも、何かを話したい、伝えたいと祐一は思った。

自分と同じ想いでライダーになった、草薙紫雲に。

「……とにかく、行ってくる」
「うん。あ、でも草薙君、誰かに会うって言ってたからもう少し時間を置いた方がいいかも」
「そうなのか?
 ……まあ、なら、少しその辺を走って時間潰しするさ。――気分転換したいしな」

そう言ってベッドから降り立つと、祐一はテーブルに置いたクリムゾンハウンドのキーを拾った。
そうして、玄関に向かおうと足を一歩踏み出した、その時。

「祐一」

祐一の背中に、名雪の声が掛かる。

その名雪は祐一に向かって、手を伸ばし掛けていた。
だが、その手は虚空を彷徨い、静かに下ろされた。



自分が何かできるのに、それを見過ごすのは祐一自身を傷つけるのと同じ。
そうして苦しむ祐一を見たくない。
結局、同じ様に傷つくのなら、祐一がやりたいことをやらせてあげたい。
……水瀬名雪は、相沢祐一が、好きだから。



誰も傷つけさせたくないから戦うのが祐一のライダーとしての原点なら。
それが、そんな祐一の側にいる事を決めていた名雪にとっての原点だったから。

だから、名雪はこう呟くだけだった。

「絶対絶対帰ってきてよ……どんな姿になってもいい、どんなにボロボロになってもいい。
 だから、必ず帰ってきて」

それは、祐一がライダーとして戦う事を決めた時と同じ言葉。

だからなのか。

祐一はその時と同じ様に……ただ、笑顔を浮かべた。







「…………」

日が落ちた薄暗闇の中、祐一は、クリムゾンハウンドを走らせた。
行先は無く、ただ辺りを走らせていた。

その脳裏には、何も無い。
今はただ、何も考えずに走っていたかった。

そんな中で。

「……あれは」

公園沿いの道をランニングしている男の姿を祐一は視界に入れた。
街灯に照らされた、その男の見覚えのある印象的な髪型に祐一は思わずバイクを止め。
気がつけば、話し掛けていた。

「北川……」
「ん?……おお、相沢か」

声を掛けられた彼……北川潤はその足を止め、メットを取った祐一の顔を見て、はは、と笑った。

それは、あの時以来はじめての、北川の笑顔だった。







場所は変わって。
紫雲が塒−ねぐら−にしている廃工場の中。

そこに二台のバイクが並んでいた。
そして、それぞれのバイクの側にその持ち主が立っている。

「……そういう事になってるのか」

現在の状況を話し、その代わりにと言うわけでもないが、舞から事の経緯を聞いて、紫雲は呟いた。
それに舞はコクコク、と首を縦に振った。

ファントムと警察との連携の始まり。
それに伴うベルトのあるべき場所。

……それを自身の家族でもある『あの』秋子に言われたのなら。

「道理で相沢君が悩んでたわけだ」
「……それが用事なのか?」

正鵠を射た舞の言葉に、紫雲はポリポリと頬を掻いた。

「紫雲がどう思おうと、私が祐一よりも強いのは事実。
 だからこそ、ベルトは私が持つべき……違う?」
「かも、しれないです。でも……」

言いよどむ紫雲に、畳み掛けるように舞は言った。

「紫雲は、祐一に戦わせたいと思っているのか?」
「それは……」

言葉に詰まる。
実際、最初はそんなつもりは毛頭なかった。

だが、今は……

『……草薙君は、祐一にライダーでいて欲しいんじゃないかな』

名雪の言葉が紫雲の頭をリフレインした、その時。

舞の乗るクリムゾンハウンドの兄弟機……コバルトハウンドに設置されていた小型ディスプレイに緑色の光点が浮かび。
紫雲の脳裏に、その感覚が走った。

「……来たか」
「かなり、近い。急げば被害は最小限になる」

言葉を交わしながら、二人は同時にバイクに跨った。

「舞さんも来るんですか?」
「当たり前」

その表情を見て、説得するのは時間のロスだと判断した紫雲は何も言わず、バイクを発進させた。
その後を追うように、コバルトハウンドもまた、走り出す。

二台のバイクが走り去った後、廃工場にはいつもの静けさが戻った。







「しかし、久しぶりだよな」
「ああ、そうだな」

平日の夜という事もあり、人気が無い。
そんな公園の一角にあるベンチに腰掛けて、二人は話していた。
何故そうなったのか、というと、なんとなくだった。

実際、少なくとも先日まで祐一は北川に顔を合わせ辛く思っていたはずだった。
にもかかわらず、今日はあっさり声を掛けて、いつのまにか話し込んでいる。
それは、同属共感のようなものかもしれないな、と祐一は思っていた。

……ベルトを持って戦う……その事で悩んだという共感である事は言うまでもない。

「ところで、お前何やってたんだ?」
「見て分からないか?ランニングだよ」
「んな事は分かってる。どうしてランニングしてるんだ、という意味だ」
「ああ、そういう事か。
 まあ、ぶっちゃければ自主トレだよ。
 身体を鍛えたくてな。
 今から栞ちゃんの病院に行くんだが、そのついでにランニングしてる。
 勿論、それだけじゃなくて、色々やって鍛えてるぜ」
「毎日……そうなのか?」

自慢げに力瘤を作るポーズをする北川に、祐一は言った。

北川が毎日栞の見舞いに行っている事は、名雪から聞いている。
つまりそれは、毎日そうしているという事に他ならない。

北川は一回軽く頷いてから答えた。

「ああ。あの日からずっとそうしてる」
「あの日?」
「お前にベルトを返した日からだよ」

なんとなく、訝しげな視線を向ける祐一に北川は苦笑した。

「おいおい、変な顔するなよ。
 別に鍛えてお前を襲って、ベルトを奪おうとか考えてるわけじゃないんだから」
「……んな事は分かってるよ」

一瞬そうなのではないか、という考えがよぎったりしていたのだが。
それは言わない事にしておこう……祐一はそう思った。

「じゃあ、どうして鍛えてるんだ?」

その問いに、北川は苦笑しつつ、夜空を見上げながら呟いた。

「俺はさ。
 何もしないっていうのが嫌だったんだよ。
 確かに、俺にはお前の言ってた『資質』はないんだろうさ。
 でもだからって、それを言い訳に何もしようとさえしないのは間違ってるんじゃないか……色々考えて、そう思うようになったんだよ。
 怪人の事を知ってる人間なんて限られてると思うしな」
「……」 
「こんな俺でも、鍛えて、覚悟さえ決めれば、誰かを逃がす位はできるようになる。
 そう思って、今はとにかく身体を鍛えてる。
 まあ、それに。
 ひょっとしたら、身体を鍛えたら変身できるようになるかもしれないしな」

ニヤリと北川が笑う。
そこには冗談も混じっていたが、本気もあった。

……その瞬間。

祐一の中で、何かのピースがぴったりと嵌るような、そんな感覚が生まれた。

引っ掛かっていた最後の迷いが消えていく。

(……俺は……)

祐一の中に『ある思い』が生まれていく。
それは。

(俺は、まだ……何もやってない…………)

確かに、相沢祐一は草薙紫雲や川澄舞に敵わない。

だが、そんな彼らは最初から強かったのだろうか?

否。違う。

彼らも、その強さに辿り着くまでに努力、経験を重ねてきているはずだ。
他の誰ならいざ知らず、あの紫雲や舞が才能の上に胡座をかいている様には絶対に思えない。

弱気になるのは、彼らと同じ位……いや、それ以上の努力を重ねても絶対に敵わないと認識させられた時だ。

今は、まだその時じゃない。

まだ、自分は何一つ努力も鍛錬もしていない。
あるのは、力任せに戦った経験だけだ。

そのくせ、北川の様に自身を鍛えようという発想すらせず、
心や言葉という曖昧な物だけで、ベルトという明確な力を望んでいた。
あるいは、その事を理解した気になって、ベルトを手放そうともしていた。

いずれにせよ、それは傲慢だ。
ただの子供の我侭だ。
勘違い、筋違いも甚だしい。

勿論、意志、心、言葉を蔑ろにするわけじゃない。
ただ、それだけじゃ駄目な時がある……それだけの事だ。

意志だけでは戦う資格が無いのなら。
その意志に伴う力を得なければならないのではないだろうか。

そうして、誰もが認めるようにならなければならない。
少なくとも、その為の努力をしなければ、主張する資格さえない。
そうでは、ないだろうか。

「……北川」
「ん?どした?」

祐一の言葉に、北川が振り返る。
その北川の顔を見据えて、祐一は言った。

……その顔には生気が漲っていた。

「サンキュ。俺……分かったぜ」
「は??」

何言ってるんだか全然分からないぞ、と言わんばかりの表情が北川の顔に浮かんだ。

その北川の顔に、影が重なる。
その影は、そこに佇んだまま動かない。

不審に思いつつ、二人はその影の主に顔を向けた。

「よう」
「……?!!」

そこには、祐一からベルトを奪った男……パーゼストが人間の姿で立っていた。

「なんだ?相沢の知り合いか?」
「……知り合いは知り合いでも……最悪の知り合いだ」
「上手い事言うなぁ、お前」

祐一の言葉に、男はヘラヘラと笑った。
その間に祐一は北川を引っ張りながら、ベンチから立ち上がる。
北川は首を傾げながらも、ただならぬ様子を感じ取り、祐一同様立ち上がり、祐一同様に男と距離を取った。

男は絶対の余裕からか、距離を詰めるような事もせず、ただ二人を眺めていた。
その余裕が、祐一を苛立たせ、言葉を吐かせた。

「なんで、こんな所にいるんだ、お前……?!」
「いや何、せっかくの力だしな。試そうと思ってふらついてたんだが……
 ただの人間相手じゃ味気ないだろ?
 なら、下っ端で試そうかと思ってたんだが……探すのかったるくなったし、仲間内で殺し合うと他の連中が五月蝿いんでな。
 だから、やっぱり初志貫徹って事でカメンライダーで試す事にしたんだよ」
「何……?」
「そう思い立った時に、見覚えのある顔があるじゃねーか。
 これは好機ってなもんだろ。
 そこで、だ。
 お前の知り合いのカメンライダー達の居場所、教えちゃくれねーか?」
「誰が、教えるかよ……」

緊張からか、額に汗が滲む。

逃げるべきなのか。
いや、下手に逃げようものなら、背後からバッサリという可能性だってある。

祐一は、状況を観察しつつ、懸命に思考した。

「そっかそっか。なら」

言いながら、男はベルトを巻き付けた。

「お前らで時間潰ししてようかね。
 そうしてりゃ連中来る様な気がするしな。………変身」

赤い光が辺りを覆い、そこに『カノン』が現れた。

「相沢……どういう事だ……?!」

事情を知らず、事態についていけない北川が半ば呆然と『カノン』を見ながら呟いた。
『カノン』を睨みつけながら祐一は答える。

「……いや、その。平たく言えば……コイツにベルト盗られたんだよ」
「おいおいおい……」
「盗られたとは心外だな、おい。
 元を正せば、この反因子結晶体は俺らの為に落ちてきたものなんだぜ?」

ベルトに嵌っている『鍵』……それに埋め込まれた宝玉をちょいちょいと指差しながら『カノン』は言った。

「落ちて」
「きた?」
「なんだ、これを使ってたくせに知らないのか?
 これは……っと。
 話してる間に、本命が来てくれたみたいだな」

闇の向こうを見据えて『カノン』が言う。
その次の瞬間、祐一達の耳に排気音が聞こえてきた。

複数の排気音。
その二つともに、祐一は聞き覚えがあった。

「北川!」
「お、おう!!」

祐一はそのバイクの意図を知って、北川はなんとなく従う形でバイクの進行方向から移動する。

その直後。
一台のバイクが祐一達の側に止まり、もう一台は祐一達をすり抜けていく。

黒いバイクが疾走していくその瞬間、声が響いた。

「……変身!!」

バイクと、乗っていた人間の姿が変化する。
シュバルツアイゼンと、仮面ライダーエグザイルに。

「っと!!」

自身に突っ込んできたシュバルツアイゼンを『カノン』は軽く回避した。
それを見て、バイクに乗っていても無駄だと判断したらしく、紫雲……エグザイルは少し距離を置いた所でバイクから降りた。

「あぶね―な。安全運転したらどうだ?」
「……貴様相手にルールを通す道理はない」

冷たく言い放ち、エグザイルは構える。

その間にもう一台のバイク……コバルトハウンドに乗っていた舞もバイクから降り、祐一達の側に駆け寄った。

「舞……」
「……」

祐一の呟きに反応する事無く、舞は戦いに意識を向けていた。

「はっ!」
「お!速いじゃねーか……」

繰り出されるエグザイルの中段蹴り。
だが。

「だが、俺相手じゃちっと遅いなぁ」

左手でそれを受けた『カノン』は、その蹴りを放った脚を払いのける。
エグザイルは即座に体勢を立て直すが、そこに生まれてしまったほんの僅かな隙をついて『カノン』が右手を振るう。

それはパンチでもなんでもなく、鬱陶しい蝿を追い払うような仕草。
だが、それだけでエグザイルの身体は宙に浮いていた。
そこに、さっきのエグザイルとまったく同じ軌道で『カノン』が蹴りを繰り出す。
それをまともに受けて、エグザイルは地面を転がった。

「ちぃっ……!!」
「お、すぐに起き上がるとはタフだな。でも、無駄だぜ」

再びエグザイルが『カノン』に仕掛ける。
だが、同様にあしらわれて、エグザイルは地面に伏した。

「おかしい……」

その様子を見て、舞は呟いていた。

「ああ、おかしい……」
「何がおかしいんだよ、相沢……!」
「草薙の動き、いつもの鋭さがない……」

確かに、ハイ・パーゼストが変身した『カノン』の力は凄まじい。
だが、それでも紫雲がここまで押され気味になるとは、祐一には思い難かった。

それを肯定するように、今の紫雲の動きには『淀み』があった。
共に訓練し、あるいは戦った祐一や舞だからこそ、それに気付いたのかもしれない。

ふと。
今日の会話の中、何かを堪えていた紫雲の姿が祐一の脳裏に浮かんだ。

「!……まさか、アイツ……」

その、祐一の推測は当たっていた。

これまで見てきた、変身による拒絶反応。
それによる疲弊が、変身後にも紫雲の身体に影響を及ぼし始めていたのだ。

「ぐぅ……!!」

仰向けになって、地面に倒れるエグザイル。
その腹部に『カノン』は脚を振り落とした。

「がはっ!!」
「おいおい、期待外れじゃねーか。
 もっと、俺を楽しませてく……っ!!??」

『カノン』の言葉を遮り、衝撃音が響いた。

何処からともなく飛来した白い光弾が『カノン』の頭部にヒットしたのだ。

「なんだ……?!」

多少ダメージを受けたのか、『カノン』は二三歩後ずさった。
そうなりながらも、その光弾を放った存在を探そうと意識を向ける。

――その隙を、どんなに疲弊していたとしても紫雲が……エグザイルが見逃すはずもない。

「うおおおっ!!」

力を振り絞り、意識を束ね。
最大の鋭さを持った動きで、エグザイルは起き上がり『カノン』に接近した……!!

「てめぇ!?」
「……これは、僕らのものだ。返してもらうっ!!」

左手でベルトを掴み。
空いた右腕に紫の閃光を輝かせる。
さすがに避けようも無く、エグザイルの一撃が『カノン』の腹部に叩き込まれた。

「ぐおっ!!?」

『カノン』の身体が大きく空を舞う。
その途中で、その姿が人間の状態に戻る。

その証明のように、エグザイルの手の中には、カノンのベルトがあった。

……そこに。

「草薙!!」
「……」

祐一の叫びが響く。
その横には舞が立っていて、エグザイルを見据えている。

「草薙、頼むっ!!」

……何があったのかは、分からない。

ただ。

その叫びを聞けば、十分だ。
その眼を見れば、十分だ

「相沢君……っ!」

エグザイル……紫雲は、迷う事無く祐一に向かってベルトを放り投げた。

それを、祐一はしっかりと右腕で掴み取った。

紫雲にしてみれば、舞を戦わせたくないからこその選択だったのかもしれない。
それでも、あれだけ自分に失望していたはずの紫雲が、ベルトを委ねてくれたのだ。

礼を言うべきか。
いや、違う。

今は、礼を言う代わりにやるべき事がある……!

(俺は……戦う!)

その意志を持って、祐一はベルトを装着した。
そして、その意思を込めて、鍵を廻す……!!

「変身!!」

閃光が……広がっていく。
まるで、祐一の意思に呼応するように、強く、広く。

その中から現れた存在は……『カノン』ではない。

『仮面ライダー』……カノン!!

「はは、面白い事になってきたじゃねーか」

その様子を見ながら、男が立ち上がる。

「んじゃま、せっかくだし、俺も少し本気で行こうかね……!」

男の姿もまた変化する。
それは銀色の翼を持った、大空の王者、鷹の因子を持つ……ホークパーゼスト。

その姿には、疲弊があった。
エグザイルの一撃を受けた部分から皹も入っていた。

だが、それでも存在から吐き出される圧迫感は圧倒的なものだった。

(……ち……)

『それ』を相手取るには、自身が疲弊しすぎている事を紫雲は自覚していた。
だが、かといって祐一だけでは……例えリミテッドフォームを使った所で勝てるかどうか分からない。

(なら、今できる最高で、短期決戦を挑むより他に無い……!)

「……貴様の御託や娯楽に付き合うつもりは無い。相沢君、行くぞ!!」

そう言って、エグザイルは腰低く構えた。
その左脚に紫の閃光が収束する。

……それを見て、祐一は紫雲の意図に気付いた。

「おうっ!」

エグザイルと鏡合わせの様に構えるカノン。
その右脚に赤い閃光が輝く。

「はあっ!!」
「おおおっ!」

二人は同時に跳躍し、同時に空中で体勢を整え、そして。

『くらえええっ!!』

全く同時に必殺の蹴撃を解き放った……!!

『は!無駄だ!』

ホークパーゼストは、自身の翼を広げて防御に移ろうとする。
だが。

「……?!!」

広げた瞬間、その翼にも皹が入り、動かすのもままならなくなった。

ホークパーゼストは『カノン』に変身し、反因子を全身に駆け巡らせていた。
それは彼クラスのパーゼストにとっては微弱な電流程度であり、崩壊には至らない。
だが、その状態でエグザイルの一撃を受けた事で、連鎖的に崩壊が広がっていたのだ。

さらに言えば。
彼の本来の武器は、飛行能力、それに伴う速さ、特殊能力。
並みのパーゼストとは比較にならないが、彼と同格であるシャークパーゼストほど頑健ではない。

彼は、その事に、この瞬間に至るまで気が回らなかった。
生物としての強者の驕りが、彼の計算違いを招いた。

彼がそれを認識した瞬間。
二人の仮面ライダーの『一撃』が、パーゼストの胸部に突き刺さった。

『ぐハアアアアアアアjuujuuuhhb!!?』

圧倒的な衝撃に、ホークパーゼストは吹き飛ばされる。

だが。
彼は、腐っても高位パーゼストだった。

『hjhuujhhhhh……うおおおおっ!!』
「なに!?」

ホークパーゼストは吼える事で意識を繋ぎ。
大きな銀の翼を展開し、空中で体勢を立て直した。

一撃を受け、崩壊を始めていたはずの身体も、見る間に修復していく……!

「なんてタフなんだ、コイツ……!!」

それを見て、北川は思わず叫んでいた。

『やれやれ……油断が過ぎたな』

パーゼストの言葉には、悔しさや敗北感が微塵とて感じられなかった。
それが、まだ全力で戦っていない事を、その場の全員に認識させた。

『まあ、もう少し遊んでいきたい所だが……今日の所は帰らせてもらう。
 そのベルト、次は本狙いで行かせてもらうぜ。ははっ!』

そんな笑みと余裕さえ滲ませて。
ホークパーゼストは夜空の向こうに飛び去っていった。







とはいうものの。

いかにハイ・パーゼストとは言え、全くダメージが無かった訳ではない。

むしろ、深い傷を負っていた。
追撃をさせないために、強がっていたに過ぎない。

ホークパーゼストは飛行しながら、掻き毟る思いで胸部に手を当てた。
そうして気を紛らわせなければ、耐え難い程の痛みだった。

『……くくく……痛ぇ……痛ぇが……こうでないと滅ぼし甲斐がないよなぁ』

口はまだ余裕ぶっていたが、再生してみせた身体には再び皹が入っている。
特に同時の蹴撃……いわば、ダブルライダーキックを受けた部分の損壊は激しく、表層がボロボロと割れ落ちていた。

だが、それでも滅びないのが、ハイ・パーゼストのハイ・パーゼストたる所以であろう。
通常のパーゼストなら三回くらい滅びてもお釣りが来るほどのダメージなのだ。

『今日は、油断したが……次に会った時は本気で……殺って』

殺ってやる……そう呟き掛けた瞬間。
ホークパーゼストの右翼に大きな穴が空いた。

それは、白い光弾による一撃。
さっきの戦いの中でも、何処からか放たれた一撃。

『!!?……糞がああ……っ!!』

叫ぶホークパーゼストに、二撃三撃が加えられる。

通常の彼ならばモノともしない攻撃の前に彼は意識を失い、地面に堕ちた。
そうして、地面に叩き付けられたホークパーゼスト……すでにその姿は人間だったが……に近付く影があった。

それは。

「……しかし、見事なまでに君が予想した通りになったね」
「だろ?まあ、ここまで上手く行くとは思ってなかったんだがな」

シュン。
そして仮面ライダーアームズ……折原浩平だった。







「追わなくていいのか?」
「……今の僕たちじゃ、追っても倒せたかどうか分からないよ。
 下手をしたら返り討ちかもしれないから……深追いは止めておこう。
 また現れた時に、倒せばいい」

そう言って、紫雲は変身を解除した。
それと同時に祐一もまた変身を解除する。

その二人に、北川と舞が歩み寄る。

「お前ら、大丈夫か?
 特に草薙、えらくやられてたぞ」
「俺は何ともないよ。見てただろうが」
「僕もこのぐらい、なんて事無いよ。
 心配してくれてありがとう……って、ハ?!」

微かな殺気を感じて紫雲が振り返ると、紫雲と祐一を半眼で睨みつける舞の姿があった。

「……紫雲がヒイキした」
「う。いや、その」

紫雲は慌てて弁明しようと、口を開き掛ける。
だが、それを祐一が手で制した。

「……相沢君?」
「草薙のせいじゃないだろ。俺が、草薙に『言った』んだから」

祐一は真っ直ぐに舞を見据えて、告げた。

「……舞。
 返事は明日するつもりだったけど、予定繰り上げだ。
 ベルトは……渡せない」
「……!!」

祐一の言葉に、舞の表情が険しくなる。
それに気付きながらも、祐一は言葉を続けた。

「お前が言う通り、俺は確かに弱いよ。
 お前や草薙ほど強くないし、ベルトも使いこなせてないのかもしれない。
 でも、俺は強くなる。
 ベルトの力を使いこなせる様に。
 誰かを……皆を護れるように、心も身体も必ず強くなってみせる。
 だから……頼む」
「お、おい相沢……?」

そこで祐一は地面に膝をついて、舞に向かって土下座した。

「まだ、俺にこの『力』を使わせてくれ……!!」
「……」

その姿に、舞は何も言えずにいた。
こうしてまで戦いたいと望む祐一の姿に、戸惑いを隠せなかった。

何がなんだかサッパリ分からない北川は、首を傾げてこの状況を理解しようと必死に整理していた。

そうして生まれた沈黙の中。

「いいんじゃないですか?」

そう言ったのは、紫雲だった。
その紫雲の言葉に、舞は憮然とした表情を隠しもしなかった。

「……紫雲は、女の私にベルトを持たせたくないだけだ」
「それも確かにあります。
 でも、ふと気付いた事がありまして」
「?」 
「舞さん。
 僕達が初めてパーゼストに遭遇して、ファントムに所属するようになってどれぐらい経ちました?」
「……まだ半年前後だったと思う」

質問の意図が掴めないながらも、舞は答えた。
その答に紫雲は頷き、今度は祐一に向かって尋ねた。

「相沢君。
 君は、初めてパーゼストに遭遇してどれぐらい経ったっけ?」

その問いに、祐一は顔を上げて答えた。

「……一ヶ月前、だったが……」
「そうだよね。
 僕と舞さんは約半年。相沢君は一ヶ月。
 それだけの時の差があるんですよ。
 それって、アンフェアじゃないですか」
『……!!』
「相沢君にもそれだけの時間を与えるべきだと僕は思います。
 その上で相沢君が強くなれなかったらファントムにベルトを返してもらえればいい。
 そうでなかったとしても、相沢君は数少ない因子保持者なんです。
 新しいベルトを作った時、彼が少しでも強くなっていたのなら決してマイナスにはならない……違いますか?」
「……それは、屁理屈」
「でも、間違ってはいないでしょう?」
「……」
「……」

そんな、幾許かの視線の交錯の後。
舞はその場に背を向け、コバルトハウンドに跨った。

「舞……?」
「私の一存じゃ決められない。
 だから、約束の日の明日……会う予定になっている秋子さんに話せばいい。
 私は、その決定に従う」

そう言ってメットを被った舞はエンジンに火を灯し、走り去った。

「……やれやれ」

それを見届けた紫雲もまた自身のバイクに向かって歩いていく。
その紫雲に、祐一は声を掛けた。

「草薙!」
「……」
「どうして、庇ってくれたんだ?
 それに、お前……俺が戦う事に反対じゃ、ないのか?」
「……言っただろう?
 アンフェアだって。僕は……不公平な事が嫌いでね。
 そして、君との決着はまだついてないんだから」

そう告げてメットを被った紫雲は舞とは反対方向に、バイクを発進させた。
その姿はあっという間に闇の中に消えていった。

「……草薙……痛っ!!」

そう呟いた瞬間。
祐一の頭が衝撃で揺れた。

「……何が『……草薙……』だ!!
 俺にしっかりと事情を説明しろおおっ!!」

しごく真っ当な意見と、ほったらかしにされた怒りから北川は祐一の首を締めて、そのままシェイクした。

「痛い痛いって……本当に痛いだろうが、この馬鹿っ!!」

人気がない公園の中。
そんな間抜けな戦いが暫し続いたが、それについて多くを語る必要はないだろう。







闇に満ちた、静かな廃工場。

そこに騒音とともに紫雲のバイクが入ってきた。
だが、それはフラフラとした、いつもの彼にあるまじき運転だった。
それでも、どうにかバイクを停めて、紫雲は地面に降り立った。

だが。
最早、その意識を留めるのは限界だった。

その肉体も、最早。

「……ちくしょ、う……」

意識がブラックアウトし、紫雲が倒れる……その直前。

その身体を抱きとめる人影がそこには存在していた。

「……限界だな」

倒れた紫雲を受け止めた、彼の姉……草薙命は、誰にともなく呟いた。

その表情は、悲しみに満ち満ちていた。







……続く。







次回予告。

訪れた紫雲の限界。
しかし、それでも紫雲は戦う。
護るべきものを、護るために。

だが、そんな彼の前に過酷なる現実が襲い掛かる。

「……もう、お前は戦うな」

乞うご期待、はご自由に!!





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