第十三話 ベルトの行方(中編)
「誰だ、お前……」
ゆっくりと近付いてくるカノンを見て、浩平……アームズは呟いた。
纏う気配、圧迫感……変身した事でより鋭敏になった感覚、いや本能がそれを感じ取り、告げていた。
「さっきの奴じゃ、ないだろ」
「……」
カノンは何も答えない。
何も言わず、地面に倒れている紫雲……その顔を一瞥した。
「……っ」
そうして、微かな息を零した、次の瞬間。
地面を蹴って、カノンはアームズに躍り掛かった……!!
「くぅ……はぁっ……」
胸の痛みから息を吐きながらも、祐一は土手を登りきり、その場所に到達した。
乱した息を整えながら、目を凝らす。
そこでは。
ライダー同士の死闘が繰り広げられていた。
「……ふっ!!」
「ちぃっ!」
力ではアームズが上回っている。
それはさっき戦った祐一自身身体で理解した事だった。
だが、カノンはそれをものともしていない。
「くそっ!!」
「……」
カノンの速さに翻弄されながらも、アームズは拳を繰り出した。
それに対し、カノンはその拳の軌道を逸らしながら、交差するように一撃を返す。
それは、以前見た紫雲……エグザイルの戦い方に近い、流れるような動き。
無駄が見当たらない、戦い方。
それは何もエグザイルやカノンに限ったものではない。
アームズの動きも、二人ほど洗練されていないが、型に則った動きである事はよく見れば分かる。
いや、経験を重ねた祐一だから分かるのか。
いずれにせよ、それは一朝一夕で身に付けられるものではない。
……彼らが持っていて、自分が持っていないモノ。
祐一は改めて認識した『それ』を探るように、戦いを見据えていた。
「ち……!!」
タイミング、ポイントを見計らった上で放っているはずの攻撃がまるで当たらない。
いや、当たらないのではなく上手く逸らされている事に、アームズは苛立ちを隠せないでいた。
(……近接でまともにやり合っても無駄って事か……!)
そう判断したアームズは距離を取って、右腕の形状を変化させる。
それを見たカノンは、先刻ベルトサイドに装着した剣の柄の形状をしたモノを取り出した。
廻す事をせず、ベルトの鍵を引き抜き、その柄に嵌め込む。
すると次の瞬間、赤い光が柄から伸びて光刃が形成された。
「くらえっ!!」
それに構わずアームズは光の群れを解き放つ。
だが。
「……せいっ!!」
その全てを、カノンは一瞬で斬り払った。
流石のアームズもこれには驚きを隠せなかった。
「嘘だろ……おい……」
先程はなかったはずの、新たな装備。
それにより、戦況はさらに不利になっていた。
(……気に入らないが……このまま戦うのはまずい……!)
撤退せざるを得ない……アームズはそう判断した。
だが、紫雲を放っておく事は出来ない。
調査はすでに打ち切られているが、借りがある。
カノンが地面を蹴って『剣』で切りかかる。
アームズは左肘の突起物を伸ばし、形成された刃でその光刃をどうにか受ける。
暫し鍔迫り合いとなるがアームズは力任せにそれを弾き飛ばし、カノンとの距離を取った。
「受け取れっ!!」
叫びながら、肩の生体爆弾を投げ付ける。
カノンはそれを横に飛んであっさりと避けるが……その先にはもう一つの爆弾。
「……!」
間合いに入ったそれを斬る。
当然、爆発が巻き起こる……が、斬った瞬間には爆発圏内から離脱していたカノンにダメージは無かった。
だが、その代わりとでも言うように。
アームズと紫雲の姿が消え失せていた。
「……」
周囲を見やるが、気配は完全に消えているし、姿も見当たらない。
判断の早さに感心しながら、カノンは変身を解除した。
閃光の後、そこに現れたのは……川澄舞。
舞はその場所に背を向け、祐一の前で立ち止まった。
「……久しぶり、祐一」
「久しぶり、じゃないだろ……!……草薙の奴が……!」
紫雲がアームズに連れ去られた事に祐一は動揺を隠せなかった。
だが、それに顔色一つ変えず……元々表情が乏しい女性だが……舞は答えた。
「心配いらない」
「どうして、そんな事が言えるんだよ!」
「あの状況で紫雲を連れて撤退するのは難しい。
にもかかわらずそれを選択したのは、紫雲に用があるという事。
あれが何者にせよ、紫雲にある用は……ベルトに関連する事以外には考え難い」
「……」
「でも、紫雲とベルトが一体になっている以上、紫雲を殺すような事は彼らには出来ない。
そうなると、ベルトを永久に取り出せない危険性があるから。
だから暫くの間なら大丈夫。
それに、いざという時はファントムも動く」
「でもな……」
「なにより紫雲自身が助けを嫌う。そして彼は自分一人でなんとかしようとする」
自分の言葉を遮っての舞の言葉に、祐一は微かに顔をしかめた。
草薙紫雲は確かにそういう奴だ。
今までそれなりに行動を共にしているが、個人主義なのか、信頼されていないのか……いずれにせよ、あまり当てにされている感じはしない。
それと同時に、川澄舞の事を祐一自身多少なりとも知っている。
彼女は優しい。
少なくとも、誰かの命の危険を放置するような人間ではない。
その彼女がこう言うという事は、なんとかなる公算は高いのだろう。
正直、納得したくはないが……そうせざるを得ない。
「草薙の事……よく知ってるんだな」
「少しの間、一緒に訓練してたから」
何処か諦めに似た呟きに、舞はあっさりと答えた。
(一緒に訓練、か)
紫雲の名前、ファントム、ベルト。
それらの単語がすらすらと出て来る事で、祐一は抱いていた確信を強めた。
……それはつまり。
「お前、なんだな。秋子さんが言ってたベルトの持ち主候補は」
「はちみつくまさん」
祐一の言葉に、舞は頷いた。
「しかし、久しぶりだよな。こうやって会うのは半年振り、ぐらいか?」
「……」
祐一の言葉に頷いて、舞はコーヒー……砂糖とミルクが多めに入っている……を口に含んだ。
そこは、元々の約束の場所である喫茶店”Lastregrets”。
白を基調とした店内は穏やかで客の入りは悪くない。
二人は落ち着いて話をするべく、そこに話し合いの場を移していた。
「こんな再会になるとは思ってなかったが、会えて嬉しいぞ俺は」
「……」
正直な気持ちからの祐一の言葉に、舞は微かに顔を赤くした。
だが次の祐一の言葉で、それは一瞬で消えた。
「ところで、佐祐理さんはどうしてる?お前がこっちに来てる事知ってるのか?」
「……」
「舞……?」
舞の表情が変化する。
それは、舞との付き合いがある祐一だからこそ分かる変化だった。
「佐祐理さんに、何かあったのか……?」
ここからは遠い場所で舞と同じ大学に通っていたはずの倉田佐祐理。
いつも穏やかな笑顔を浮かべていた、優しい女性。
舞と同じく親しい友人である彼女。
舞の表情は、その彼女に何かがあった事を如実に語っていた。
「……佐祐理は……パーゼストに襲われて、大怪我を負った」
「!!」
今度は、祐一の表情が大きく変化した。
「そ、それで今は?!大丈夫なのか!?」
動揺が声を大きくさせるが、そんな事に構ってはいられなかった。
「……今は、まだ入院しているけど、大分良くなっている」
「そうか……」
親友である佐祐理の事になると眼の色が変わる舞……他ならぬ彼女の口からそう聞いて、祐一は安堵の息を漏らした。
だが、代わりに湧き上がってくるものもあった。
「なあ、舞」
「……?」
「なんで、俺たちに何の連絡もしてくれなかったんだよ……」
それは、友達であるはずなのに何も知らされなかった事への憤り。
舞の性格ならありえる事だが、それでもやり場のない悔しさが溢れた。
そんな祐一を見て、舞は微かに肩をすぼめた……祐一にはそんな風に見えた。
「……ごめんなさい。パーゼストの事はなるべく伏せて置くように言われたから」
「ファントム……にか?」
その存在を秋子から聞かされたとはいえ、いまだ半信半疑の祐一は手探るようにその名前を言った。
それに対し、舞は小さく首を縦に振った。
「……事件の後、私はファントムの人……秋子さんや紫雲に事情を尋ねた。
何故、佐祐理がこんな目にあったのか、あわなければならなかったのか、どうしても納得できなかったから。
そうでなければ祐一たちに黙っている事なんて出来なかったから」
「……それで、パーゼストの事を知ったのか……」
祐一の言葉に再度舞は頷いて言葉を続けた。
「だから、私は志願した。パーゼストと戦う事を。
その為に出来る事を教えてと、頼んだ。
佐祐理を傷つけ、たくさんの人を傷つけている……そんな存在は許せなかったから」
そう呟く舞の眼にはパーゼストへの憎悪が浮かび上がっていた。
彼女に出会った頃は見る事がなかった、暗く、深い怒り。
……それは祐一さえ怯ませる、激しい怒りだった。
「そうして、私は訓練を受けた。
その中でベルトへの適応因子がある事が分かったから、私は適格者として選ばれた。
でも、ベルトはある事件の混乱に紛れて行方知れずになった……」
「……それが、俺がいま持っているベルトか……」
「そう。そして、私が持つべきベルト」
「!」
息を呑む祐一に対し、舞は最後のコーヒーを飲み干して告げた。
「……祐一は、弱い」
それは、あまりにもはっきりと告げられた。
はっきり過ぎて、祐一は一瞬何を言われたのか分からなかった。
「今までは戦い方を知らなくても、何とか勝ててきたのかもしれない。
でも、これから戦いはますます激しくなっていくはず。
だから、もう祐一に戦いを、ベルトを任せておく事はできない」
「……でもな……」
それでも戦ってきたんだ……そう言葉にしようとした矢先。
「祐一は……私に勝てると思う?」
「……!」
舞のその問いは、祐一の言葉をあっさりと押し潰した。
そして、その答は彼女と出会った時、すでに明らかになっている。
初めて舞と出会った頃、彼女は夜の校舎に巣食っていた魔物……本当はそうではなかったのだが……と戦っていて、祐一はその戦いに協力していた時もあった。
その際発揮されていた舞の恐るべき運動能力を祐一は間近で見ていたのだが……それと比べてしまえば祐一は力及ばずとしか言い様が無かった。
祐一の運動能力が低いわけではない。
むしろ祐一は一般成年男子に比べ、高い運動能力を持っている。だが比べる対象が悪かった。
実際、協力というより、どちらかと言えば足手まといとしかなれなかったのは、今も祐一には苦い思い出だった。
「私に勝てないのに、パーゼストに勝てると思っているのだとしたら……それは甘い考え」
「…………」
分かっていた。
自分と舞には如何ともし難い地力の差がある事は。
その差はさらに広がっている事を、さっきの戦いを見て祐一は思い知らされていた。
「そして、強くないのであれば……ベルトを持つ資格は、ない」
「う……」
その言葉は、ただ圧倒的な威力を持って、祐一の言葉を、意志を封じた。
そう。
実際の所、護る為に戦う者は強くなければならない。
それは、どうしようもなく、揺らぎようのない真実だった。
「話は、これで終わり」
もう十分だと判断したのか。
言葉を失った祐一にそう言って、舞は席を立った。
「…………何処に行くんだよ」
「秋子さんが与えた時間は三日だと聞いた。だから、また明日来る」
「……」
「後一日。よく、考えていて」
その言葉を最後に、舞は喫茶店を出て行った。
後に残された祐一は、舞を見送る事も出来ず、ただ呆然とコーヒーに映った自分の顔を見つめるしか出来なかった。
「…………」
瑞佳は寮の壁にもたれかかって待っていた。
待っているのは他でもない、折原浩平、その人だ。
あまりにも唐突に始まった、人を越えた者同士の戦い。
その中に、彼は望んで飛び込んでいった。
止める間も無く、あっという間に。
浩平の性格を考えれば、それは別に不思議な事じゃない。
だが、それはひどく危険な事だ。
そんな中に行かせたいはずはない。
そう思い、即座に追いかけようとした瑞佳だったが、それは一緒に逃げていた月宮あゆに止められた。
一人ならまだしも、二人も行けば足手まといにしかならない……そう彼女は言った。
「……ボクたちは、邪魔しちゃいけないんだよ。
折原君なら大丈夫。きっと草薙君が助けてくれるから……」
そう呟く彼女もまた紫雲の事を心配していたのは、その表情を見れば明らかだった。
勿論、紫雲の事を信じていないわけではない。
それでも心配せずにはいられないのが当然だ。
本当はあゆもあの場所に戻りたかったはず……瑞佳はそう感じていた。
だが、戦いの場では自分達は足枷にしかならない。
だから『そこ』にいてはならない。
……その事を、彼女は知っているようだった。
そんなあゆの顔を見て、瑞佳は何も言えなくなり。
彼女と別れた後、気付けば、ただこうして帰りを待っていた。
寮で待っていろ……そう言った以上、浩平は必ず来てくれる。
折原浩平は絶対に約束を守るから。
どんなに遅れたとしても、必ず守る。
昔から、ずっとそうだったから。
だから、そう信じて待つ。
それだけだった。
と、そこに一台のサイドカーが入り込んできた。
見間違えるはずはない。
それは、紛れもなく……彼女の待ち人だった。
「浩平っ!!」
「よ」
浩平は自分を呼ぶ瑞佳に答えながら、バイクから降りた。
降りたそのタイミングで……瑞佳は浩平に抱き付いた。
「とっと……」
勢いから多少ふらつきながらも彼女を受け止めた浩平は、しばし瑞佳にされるがままになった。
瑞佳は泣いたりこそしなかったが、それに近い表情で浩平の胸に顔をうずめた。
「浩平……浩平……浩平……!」
「……心配掛けて悪かった。でも、すぐ戻るって言っただろ?
俺は約束を破らないさ。お前との約束は特にな。
それは、お前が一番分かってる事だろ」
「分かってる……でも、心配掛けないでよ……浩平に、何かあったら私……」
「大丈夫だって。
もう、お前を置いたままでどっかに行きっぱなしなんて事はしない」
「本当?」
「ああ、勿論だ」
そう言って、浩平は顔を上げた瑞佳を優しく撫でた。
「……本当の本当だよね?」
「だから勿論だって言ってるだろうが。少しは信じろ」
「あはは……ごめんね」
そんな和やかな空気の中。
「……ぅ……」
その空気を壊す様な、微かな呻き声が何処からか聞こえてきた。
「え?今の誰の声……?」
「気のせいだろ」
そう言う浩平……その額には汗が一筋流れていた。
「ううん、確かに……」
言いながら、浩平から離れた瑞佳はサイドカーの向こう側に回り込んだ。
浩平はあちゃーと言わんばかりに頭を抱えたが、それでそこにあるものが変わるはずはない。
「草薙、くん?……怪我してるの?」
サイドカーには、眠っているのか気絶しているのか目を瞑ったままうなだれている草薙紫雲の姿があった。
「あーその……怪我はしてないんだけどな……」
実際、紫雲には怪我はない。
それでも原因不明のまま放り出すわけにも行かず、浩平は自分のアパートに連れて行くつもりでサイドに乗せていたのである。
……後先の事は深く考えていなかったのだが。
「あ、そう言えば……」
瑞佳は以前紫雲を美凪の部屋に運んだ時の事、それから数日後の大学での会話を思い出した。
変身して戦う事は紫雲の身体に負担を掛けるのではないか……そこまで考えたわけではないが、疲れやすくなるのかもしれない、位の事を彼女は推測した。
そうなると、瑞佳にとってやるべき事は唯一つだった。
「浩平、手伝って」
「なにをだ?」
「草薙君を私の部屋に運ぶの」
「は?」
「私も浩平もこの人に助けられたんだから、ちゃんとお返ししないと」
そう主張する瑞佳の表情は、懸命で、真剣なものだった。
「…………ああ、そうだな」
そう、そういう奴なんだ。
だからこそ、自分は強く惹かれたんだ。
……そう思いながら、浩平は決意した。
もう、迷わない。
コイツを護る為なら、迷いなく変わろう。
その事で切れてしまうような絆なら、その程度だ。
でも、切れはしない。
その確信がある。
何故なら彼女は、長森瑞佳だから。
……そんな事を考えている事などおくびにも出さず、浩平は紫雲を引っ張り上げた。
「意外と軽いんだよなコイツ……と、そうだ。瑞佳、コイツの家族とか知り合いの連絡先知ってるか?」
「あ、そうだね。心配するもんね。
月宮さん……は今日会ったばかりだから、知らないし……」
んー、と考え込んだ後、瑞佳は、ポン、と手を打った。
自分の隣人がそもそもの知り合いで、それが縁で紫雲と知り合った事を瑞佳は思い出した。
クリムゾンハウンドを駆って、祐一は寮への道をひた走っていた。
その脳裏に浮かぶのは、ベルトの事だった。
「……」
寮に到着し、バイクから降り立った祐一はバイクに括りつけていたバックを開いた。
そして、その中にあるベルトを、呆けるように眺めた。
ベルトはまだ祐一の手元にあった。
答えを出すまでは、と舞は祐一に返却していたのである。
だが。
もう、その意味も必要も祐一にはなかった。
「……俺は」
そう。
祐一は答を出していた。
人の為に役立てられる場所が他にあるのなら。
自分以上に扱える人間がいるのなら。
そこにこそ、この力はあるべきだろう。
例え、どれだけのわだかまりや躊躇いや迷いがあったとしても、それが一番いい事のはずだ。
だから。
明日……このベルトを返却する。
祐一はそう決意していた。
「……はぁ……」
頭ではそう決着をつけても、踏ん切りがつかない。
そんな自分に呆れながら祐一は自室に向かって足を進めた。
その途中。
「遠野?」
「相沢さん」
スーパーのビニール袋をいくつか持った遠野美凪に祐一は遭遇した。
「どうしたんだ、その荷物?」
いかにも重そうな荷物について、祐一は素直な疑問を口にした。
美凪は、微かに表情を曇らせながらもそれに答えた。
「……長森さんから聞いていませんか?」
「何を?」
「そうですか」
「だから、どうしたんだ?」
「……戦いの後意識を失った紫雲さんが、現在、長森さんの部屋に運び込まれているそうです」
その美凪の言葉に、祐一はただ眼を瞬かせた。
「お邪魔します」
ドアを開けながら美凪は言った。
その声を聞きつけて、瑞佳が奥から顔を出してくる。
「遠野さん、買い物ありがと」
「いえ、構いません」
美凪の持つ袋の中身は、瑞佳から頼まれた滋養がつきそうな食べ物セットであり、看護用の荷物あれこれだった。
たまたま夕飯の買い物をしていた時に携帯から連絡を受けて、買って来たのだ。
「あ、相沢君も一緒だったんだ」
美凪の後ろに所在なさげに立つ祐一の姿を見つけて、瑞佳は言った。
祐一はそれに頭を掻きながら答える。
「まあな……邪魔していいか?」
「いいよ。さ、中に入って」
瑞佳に招かれて、二人は部屋に入っていく。
その部屋の中央。
敷かれた布団に眠っているのは、紛れもなく草薙紫雲だった。
「……」
祐一は、数時間前の事を思い出していた。
紫雲はあの時、確かに連れ去られたはずだ。
その紫雲がここにこうして居るというのはどういう事なのか。
「……なあ、誰がこいつを拾ってきたんだ?」
「俺だが?」
そう言ったのは、部屋の壁に寄りかかって座る浩平だった。
そんな浩平に視線を向けて、祐一は尋ねた。
「……そうか。草薙の奴、何処に倒れてたんだ?」
「公園だ。
俺と瑞佳のデート先が公園で、そこでコイツと月宮にばったり出会ってな。
さらにそこでパーゼストに遭遇したり、逃げたりして大変だったんだよ。
んで、しばらくして公園に戻ったら、コイツが倒れてたってわけだ」
「……」
浩平の言葉。
それは、祐一に疑念を抱かせた。
おかしい。
紫雲が公園で倒れていた……それは紛れもない事実だ。
自分もそれを見ているのだから。
ただ、倒れていた紫雲は『ライダー』によって連れ去られている。
さっきも考えたが、その紫雲がどうしてこの場にいるのか。
考えられるとしたら二つ……祐一はそう考えた。
一つ。
『ライダー』は紫雲を連れて行くことを途中で諦め、公園の何処かで捨て置いた。
そして、それを戻ってきた浩平が発見した。
……可能性としてありえないわけじゃない。
だが、わざわざ連れ去った紫雲を途中で捨て置くのは……正直考え難い。
そして、もう一つ。
それは。
「……」
「なんだ?俺の顔に何かついてるか?」
「いや……なんでもない」
祐一はそう答えながら、睨むようになっていた視線を浩平からずらした。
そう。
この折原浩平があの『ライダー』であるという可能性。
何故連れ去ろうとしたのか、何故ここに連れてきたのか……謎は多い。
だが可能性として、前に挙げたモノとどちらが高いと問われれば……祐一は後者の方が高いとしか思えなかった。
そして、決定的な証拠が一つある。
それは……怪人の名前が『パーゼスト』だと知っている事。
戦闘時に紫雲が口走った……そういう可能性もあるが、疑わしい事に変わりはない。
それについて追求した所で何になるのか。
もうベルトを手放そうとしている自分には何もできないのではないか……そういう考えもあった。
だが、このまま黙っている事はできない。
その事をどうやって追求しよう……祐一がその方法を考えようとした、その時。
「……!!」
脳裏を走る感覚。
それは、馴染みとなりつつあるパーゼストの出現を示す感覚。
それに反応し、祐一が走り出そうとした直前。
「っ……!」
真剣な表情で浩平が立ち上がったので、祐一は思わず動きを止めていた。
「浩平?」
「……瑞佳。俺、ちょっと外の空気を吸いに行って来る。なんか暑い気がしてな、この部屋」
「あ、うん」
「五,六分で戻ってくるからな。寂しくて泣いたりするなよ」
「こ、浩平〜!」
顔を赤く染める瑞佳に笑みを向けながら、バッグを手にした浩平は部屋を後にした。
(……偶然……?いや……違う……!!)
偶然というにはあまりにもタイミングが良すぎる。
そして、パーゼストが現れたのなら、どの道それを放っておく事などできない。
「……俺もちょっと出てくる」
「え?」
疑念が確信に変化していくのを感じながら。
その言葉を残し、祐一もまた飛び出していった。
「……どうしたのかな」
それに答えようと、美凪が口を開き掛けたその瞬間。
彼女の脳裏に何かのイメージが浮かび上がった。
「……!」
「遠野さん?」
『それ』は、ファントムの施設で感じた予感……それによく似ていた。
しかも、より強くなっている……美凪はそう感じていた。
(……何かが、来る……?)
その感覚に支配された美凪、そしてそんな美凪に注意を向けていた瑞佳は気付かなかった。
眠る紫雲……その身体に走っていた、罅割れのような筋が一際強く浮かび上がっていた事に。
(……すぐ近く……?!)
赤く染まり始めた世界の中。
そう感じ取りながら寮の裏手に回った、浩平の目に映ったのは。
「氷上……?」
「やあ」
そこにいたのは、自分の『仲間』である所の氷上シュンだった。
彼はそこに浩平が来る事を知っていたらしく、挨拶代わりに軽く手を挙げてから話し掛けた。
「あ、心配しなくていいよ。君が感じたパーゼストの感覚は、僕がやった事だから。
僕が彼女の家に上がるわけにはいかないだろう?
だから君を呼ぶ為にそうさせたんだよ」
「…………何の用だ?」
そうまでして自分を呼ぶ以上、何かあるのは明らかで。
浩平は微かに表情を引き締めながら言った。
「何の用かだって?もう君には分かってるんじゃないのかな」
「だから、何の……」
「草薙紫雲だよ」
「……!」
シュンの言葉に、浩平は言葉を失った。
「彼を、引き渡して欲しい」
「……耳が早いな。何処で知った?」
「何処で知ったも何も……言っただろ?君の監視は僕の役目だからね」
そう言って肩をすくめてから、シュンは言葉を続けた。
「レクイエムの上層部は……まだ知らない。彼らの手も無限に伸びてるわけじゃないからね。
彼らが気付かないうちに、渡した方がいい。
それが、君や君の周囲にいる人間にとって、一番いい事だ」
「……」
浩平は押し黙った。
紫雲を連れて来たのは、ただの状況の流れだ。
そして、回復した後で再戦なりできればいい……そう考えていただけだった。
だがレクイエムにとって草薙紫雲……いや、紫雲が内包しているベルトは見逃す事が出来ないものだ。
それだけの存在を、偶然とはいえ、浩平は手中に収めているのだ。
もし、その事実がレクイエムに知れた後、再び紫雲がレクイエムの敵に回るようになれば……はっきり言って面白い状況にはならないだろう。
最悪、裏切り者扱いを受け、処分される危険性もある。
いや、それだけならまだいい。
そうなっても、手元にベルトがあれば、追っ手を迎撃する事も可能かもしれない。
ただそうなった後、自分を処分する方法として周囲の人間に手が伸びないと言い切れないのだ。
「……」
「君が何を考えているのは分かるよ。
でも、彼は他人。友人でも恋人でもない。
それを護る為に本当に護るべきものを見失うわけにはいかないんじゃないかな」
シュンの言う通りだった。
紫雲には確かに借りがある。
しかし、瑞佳や周囲にいる友人たち……彼らを巻き込まない事こそ浩平には重要だ。
浩平が思考を収束させつつあった、その時。
「……そんな事、させるか!!」
隠れて様子を窺っていた祐一が姿を現した。
その話の流れは、彼にとって看過出来るものではなかったからである。
そんな突然の乱入者に、二人はそれぞれの困惑の視線を向けた。
「君は?」
「俺が誰だろうと、そんな事は問題じゃないだろ……
あんた、草薙を引き渡せってどういう事だよ!折原もだ!」
「関係もないのに、首を挟むのは止めた方がいいよ。君の為にならない」
「関係なくないんだよ。草薙は……草薙には、借りがあるんだ。
そう簡単に引き下がれるか……!!」
その祐一の顔を見て、シュンは、ふう、と息を吐いた。
「……どうやら、簡単には諦めてくれなさそうだね。
殺しはしないけど……少し痛い目をみてもらうよ」
そう言って、シュンが瞑目した次の瞬間。
「juyyghuuujhhghy……」
一体のパーゼスト……タイガーパーゼストが何処からか地面に降り立った。
「パーゼスト?!」
「へえ……知っているのか。
参考までに言っておくけど、これはある程度なら僕の思い通りに動く。
さっきも言ったけど、痛い目を見たくなかったら帰った方がいい」
正直、祐一には訳が分からなかった。
パーゼストを操る青年。
その青年と意味ありげな会話を交わしていた浩平。
だが、それでも言える事が一つあった。
「……こっちもさっき言ったはずだ。
そう簡単に引き下がれるか……!」
そう叫んで、祐一は背中のバッグからベルトを取り出した。
「!」
「そのベルトは……!」
「変身!!」
鍵を廻した次の瞬間、祐一の姿がカノンに変わる。
「……なるほど。君が相沢祐一君か。今の今まで気付かなかったよ。
これは好都合だなんて、悪役みたいで嫌だけど……せっかくだしね。
草薙紫雲ともども、そのベルト、いただくよ」
「あんた達が何者か知らないが……このベルトも草薙もそう簡単に渡してたまるかよ!」
そう。
このベルトの、力のあるべき場所は定まった。
苦渋の思いで、定めたのだ。
だからこそ、こんな得体の知れない連中に、渡すわけには行かない……!!
「うおおおっ!!」
その決意を持って、祐一……カノンは拳を振り上げた。
……続く。
次回予告。
混迷の中、戦うライダー達。
その中で現れる存在に、事態は大きく揺り動かされていく。
そして訪れる瞬間に、祐一は。
「……変身っ!!」
乞うご期待はご自由に。
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