”そこ”は、何処とも知れない闇。
その闇の中で、そんな会話が交わされていた。
『……報告を』
「はい。
東京に現れた高位パーゼストは、カノンのベルトを持つ者によって撃退されました。
現在は肉体回収の手回しをしております」
『ふむ。意外な結末だな。
適格者……折原を東京から離れさせる必要も無かったか』
「いえ、妥当な判断だったと思います」
『ふむ。それで、そのカノンのベルトを持っている人間については?』
「相沢祐一……ベルトの製作に関わった、相沢夫妻の実子です。
素性、その他を調べましたが、我々やファントムへの繋がりは見られません。
いかがしましょう?」
『しばらくは放っておけ。
所詮、因子を持つだけの素人なのだろう?後からなんとでもなる。
それに、今はその方が都合がいい』
「は」
『他には?』
「信じ難い事ですが……霧島女史経由の連絡で、折原浩平がファントムのS級施設への侵入に成功したそうです」
『ほう?』
「ただ、草薙紫雲の監視を放棄した事で他の者の不満を買っているようですが……」
『この場合、折原の判断が正しい。私がそう言っていたとなだめておけ』
「はい。折原には既に情報収集を命じてありますが……その後は?」
『そうだな。試験体を三体準備。適格者の鍵の反応を辿れば、結界が施されているとは言え、誘導するのは容易かろう。
情報を収集後『試験』を行う様に伝えろ』
「それでしたら既に手配してあります。しかし情報入手の確認を行ってからの方が良いのでは?」
『構わん。奴らとこちらの技術力はほぼ同等……後はサンプルの有無の差に過ぎない。
奴等の妨害を多少なりとも減らせる方が意味合いとして大きいからな。
それに、折原では情報収集にさほど期待できまい。
アレはあくまで試験体の中の一体でしかないのだからな。
ふむ……現状ではこんな所か。ご苦労だった』
「は。全ては、我らレクイエムの為に」
会話が終わる。
そうする事で、闇は静寂の中、真の闇に戻った。
闇の中にたゆたう『彼ら』が、かろうじて光射す場所に現れるのは、まだ先の話である。
第十話 レクイエム
「………く………」
草薙紫雲、いや、仮面ライダーエグザイルは、愛機・シュバルツアイゼンで疾走していた。
その速度は明らかに交通法規を違反している。
いかに街を離れ人気が無い道とはいえ、はっきり言って危険以外の何者でもない速度。
基本的に社会のルールを遵守する紫雲としてはそんな事をしたくはない。
だが、それ以上にそんな事に構っていられなかった。
彼が受けた電話。
それは、遠野美凪からの連絡だった。
『施設』がパーゼストに襲われる。
そんな予感がするから、早く戻ってきて欲しいと言うもの。
……正直、信じ難い。
だが、彼女は一時的とは言え、パーゼストに憑かれかけた。
その影響で何らかの力を得た……と考えられなくもない。
彼女が因子を保有している以上、それはありえない事じゃないのだから。
パーゼストのベースは人間。
そして、パーゼストはある意味で人間の可能性を引き出した姿である。
……ライダーがそうであるように。
そう。
紫雲もまた、嫌な予感がしていたのだ。
「……しかし……」
美凪の言葉が正しいとすれば、このタイミングは作為的すぎる。
昨日施設に入った部外者三人の中の誰かが行動を起こした……そう考えるのが妥当だろう。
とはいえ。
(……まだ分からないんだ。勝手に決め付けるな……)
そういう考えがあまり好きではない紫雲は、とりあえずその思考を切った。
だが、その代わりにもう一つの考えが頭に浮かび上がってくる。
それは、相沢祐一を連れてくるべきだったろうか、という考え。
不測の事態が起こった時、協力してくれる人間がいれば……
「って、馬鹿か僕は」
彼はすぐさま自分の考えを否定した。
今朝の戦いの後、名雪と話していた祐一の姿が思い浮かぶ。
それを思うと尚更の事だ。
「…………これは、僕らの問題だ」
エグザイルはそう呟いて、速度を上げた。
今はそうするしかない自分に歯痒さを感じながら。
遠野美凪は紫雲への連絡を終えて、携帯を閉じた。
「……」
紫雲に語ったそれは、ただの予感でしかない。
だが、あんなにも確信が持てる予感を感じたのは、初めての事だった。
……何事もなければ紫雲に謝ろう。
そう考えながら美凪は身支度を整えて、寝室として与えられた仮眠室を出た。
ドアを開いたそこに、丁度通りかかった人影があった。
それは自分の見知った人間たちだったので、美凪は頭を下げて、朝の挨拶を告げた。
「……おはようございます」
「あ、おはよう」
「おはよう。よく眠れたかしら?」
みさきと雪見が、それぞれの言葉で美凪に挨拶を返した。
紫雲がいなくなった後、あゆ、美凪、浩平は施設内に招かれた。
招かれたと言っても施設の性質上、歓迎していたのはごく一部の人間でしかなかったが。
奇異の視線を浴びながらの夕食の後、三人は施設の一角にある仮眠室に押し込められた。
……男女一緒は問題では、という意見もあったが、部外者をひとまとめにできるという主張で押し切られ、結局三人は同じ部屋で眠る事になったのである。
まあ、それもみさきの『浩平君は変な事をしたりしない』という信頼の言葉があったからだが。
「お陰様でグッスリです」
「ならいいんだけど。……他の二人は?」
辺りを見回しながら雪見は言った。
彼女とみさきは『知り合いだろう?』という命の言葉でさりげなく三人の様子を見るように言われていたのだ。
朝からわざわざ挨拶に来たのはそういう意味合いが大きい。
と、そこに。
「あ、おはよーございます」
仮眠室のすぐ前にあるトイレから、あゆが手を拭きながら現れた。
みさきは笑いかけた。
「おはよう、あゆちゃん。
後いないのは浩平君だけだね。浩平君は?」
みさきは誰にともなく問い掛けた。
「……さあ……私は存じませんが……」
……そう言えば、朝起きた時既に彼の姿は仮眠室になかった。
美凪は同室にいたあゆに視線を向けた。
あゆはその視線を受けて。
「え?と……その……」
ツツツ……と視線をずらした。
額には一筋の汗。
「……あの……?」
「なんだか果てしなく嫌な予感がするんだけど……」
「……あゆちゃん、浩平君は?」
三者三様の視線を浴びたあゆは表情を引きつらせながらも正直に告げた。
というか、告げるしかなかった。
「男たるもの探検だって言って、どっかに行っちゃった……」
「……中の警備は外に比べると雑だな」
呟いて、浩平はその室内に足を踏み入れた。
浩平がいる場所は、浩平自身何処なのか分かっていない。
ただ少なくとも、ただの一般人である彼が立ち入っていい場所ではないのは明らかだった。
あゆに言った、探検というのは勿論適当なでっち上げだった。
トイレに行く、飯を食べに行くというような理由では数分程度しか時間が取れないだろうし、自分の事を多少なりとも知るみさきや雪見ならそんな馬鹿な理由に説得力を感じてくれる……そう判断したからだ。
……個人的にうろちょろしてみたかったと、浩平自身考えていたりするのだから。
「気配がなかったんで入ったが……外れってわけでもなかったみたいだな」
少し狭い室内を眺め回して、浩平は、うんうん、と満足げに頷いた。
警戒はそれなりにあったが、あくまで研究施設に過ぎない以上、穴はある。
監視カメラも、外の結界に頼りすぎているのか、いくつか死角があった。
それを抜けるぐらいのは、素人に毛が生えた程度の自分でも不可能ではない。
「さて、と」
浩平は、既に起動されていたパソコンのキーボードに触れた。
まだ起動していないのであればパスコードなりが必要になるが、今は必要なさそうだった。
気になるのは人が来るか来ないかだが、監視を一部の人間に任せているのなら研究スタッフは無防備極まりなく足音を立てて動くだろう。
警備の人間に関しても、今まで見てきた分なら同程度の警戒で十分だ。
そう判断して、浩平は画面に向かった。
ベルト、反因子結晶組成、パーゼスト……キーワードを起点に表層のデータを探っていく。
それは『組織もどき』……『レクイエム』に入った後の訓練で覚えたものだ。
数週間程度で覚えたにわか技術。
だが、『レクイエム』に取り入ってベルトを手に入れる為に必死になって身に付けた技術でもある。
そんな技術を使う内に、浩平は無意識に思い返していた。
自分がここにいる発端と、理由を。
折原浩平。
彼は特異な人生を生きている青年だった。
幼い頃に父を失い。
妹を病気で失い。
母は、その生活の中で負荷の掛かりすぎた精神を慰める為に宗教にのめりこむようになった。
そうして、彼はただ一人になった。
妹の死後、叔母の家に預けられた浩平はそこで育っていったが、子供ゆえの弱い精神はその孤独感に壊れかけていた。
その環境において、彼は精神の拠り所を求め、一つの世界に縋った。
『それ』を、彼は『えいえんの世界』と呼んだ。
そこは、いつまでも変わらない、揺らぎのない世界。
紛れもない”えいえん”……だが何処か歪んだ永遠。
そこは確かに存在し、彼は一時的にその世界にトラワレタ。
今となっては、それがなんだったのか……浩平が作り出した虚像の世界だったのか、本当に何処かに存在する世界だったのか……浩平自身さえも分からない。
ただ分かる事は、最終的にはその世界ではなく現実を選んだ事。
そこから自分を呼び戻したのが長森瑞佳という幼馴染の少女であるという事。
そして、彼女がいるからこそ、えいえんではなく現実を選んだのだという事。
だからこそ、浩平は瑞佳を大切にしていこうと決意した。
えいえんの世界の影響からか、皆が自分を忘れていく中で、瑞佳だけは自分の事を記憶し続け、愛し、帰還を待ち続けてくれたのだから。
その決意とともに、彼は日常に帰っていった。
……そんな彼にある日事件が起こる。
それは、パーゼストという存在との遭遇。
その際に、浩平はパーゼストの恐ろしさを身を持って知った。
そして彼はもう一つの存在と遭遇する事になる。
それは『仮面ライダー』だった。
『ライダー』に助けられた浩平。
『ライダー』に変身していた、青年……氷上シュンと名乗った……は語った。
自分は、浩平への使者として派遣された人間である事。
パーゼストとの遭遇戦は偶然の産物である事。
そして、自分達は『レクイエム』だと。
浩平にとって。
その名は忘れられないもの、いや忘れる事が不可能な名前だった。
何故なら、かつて浩平の母が精神の拠り所として縋った『宗教団体』……その名前だったのだから。
当初、浩平は怒りを露にした。
当たり前だろう。
母親の弱さを差し引いたとしても、『レクイエム』は家族を奪った存在であり、場所なのだから。
そうして激昂した浩平に、シュンは問い掛けた。
「君の母親が何故僕達に執着していたのか……知りたくないのかい?」
……その疑問を投げ掛けられ、何も問わずにいられるほど浩平は子供ではなかった。
疑問とともに『レクイエム』に導かれた浩平は知った。
彼らが宗教団体と語っていたのは表向きの事で、その本当の姿は『人間』を研究する集団だったという事実を。
しかも、常識を超える技術を数多く所有する。
彼らはその技術を得るために様々な違法行為、人体実験を行っていた。
だが、そうして得た信じ難い技術の数々は、国々との繋がりを持ち、大きな『力』となった。
ゆえに、彼らを裁ける存在は無い。
漫画の様な、冗談の様な、だが確かな形で彼らは存在していた。
その行動範囲は極めて多岐に及び、大きな影響力を持ち、最終的に何を目的としているのかさえ定かではない集団。
宗教団体というのは、あくまでその『姿』を隠す為の隠れ蓑でしかなかった。
そんな『レクイエム』に、浩平の母が執着していた本当の理由。
……それは、浩平の妹にあった。
母親が『彼ら』に傾倒していた頃、浩平の妹は重い病気で長期入院を強いられていた。
治療が困難な状況にあった妹……ゆえに浩平の母は『レクイエム』の技術を欲していた。
通常ではありえない精度の手術能力、臓器移植に転用可能なレベルのクローン技術、エトセトラ、エトセトラ……彼らが有していた高度な医療技術を。
それらを求めて、彼女は『レクイエム』に援助し続けていたのだ。
そして、その事を表沙汰に出さない為に宗教に縋っている様に見せていた。
だが、結局。
いろんな要因が重なった結果、彼女の願いが叶えられる事はなかった。
そして、浩平の母親は失意の中で失踪したとの事だった。
……その話を聞き終えた後。
僅かな時を置いてから、浩平はシュンに問い掛けた。
何故自分にそんな事を話したのか。
そして、そもそも自分をここまで連れて来たのは何のためのなのか、と。
そんな浩平の言葉に、シュンは満足そうな表情で再び語った。
『レクイエム』が、自分が使っていたベルトの実験体を多く必要としている事。
自分もまた実験体ではあるが、自分だけではサンプルとして足りない事。
そのための資質を浩平が有している事実を、浩平の母の肉体情報から割り出した事。
「その資質……因子を持つ人間は数少ないんだ。
もし君が協力してくれるのなら、僕たちは君に出来得る限りの事をするよ。
俗っぽいけど、しばらくは遊んで暮らせる額のお金とかでもいいし」
「……で?そんな阿呆な条件で俺らを実験動物にして、その後はどうする気なんだ?」
「実験動物……ストレートだね、君は。君に関してはそれほどリスクは高くないんだけどな」
「いいから、こっちの質問に答えろ」
「ああ、そうだったね。
もちろん、そのデータを元にパーゼストと戦うのさ。
僕たちは人間を研究している……だから、人間を滅ぼされるのは困るんだ」
「ふー……ん」
(……こいつの言ってることは嘘じゃない。でも全部が事実そのままじゃない……)
浩平は気付いていた。
母親の話をしたのは、自分の精神を揺らぎ易くする為である事。
そうする事で、僅かでも判断力を鈍らせて自分達の側に引き寄せようとしている事。
そして、自分は、素材として好条件を揃えたモルモットでしかない事。
……滅ぼされると困るからパーゼストと戦うというのも嘘ではないだろうが、それだけではない。
(そのパーゼストさえ利用しようとしている……そんな感じだな……)
人間を滅ぼそうとしているものさえ利用する、計り切れない何か。
それを目の前の青年が所属する『レクイエム』は持っている。
浩平は直感的にそれを感じていた。
だが同時に浩平は考えていた。
パーゼストの脅威。
これは紛れもなく現実。
それはいずれ世界中に現れるという。
そうなった時、自分は瑞佳を守りきれるだろうか。
……否。
例え自分が命を賭けた所で、ただ一度きり逃がして殺されるのが関の山だろう。
『あれ』は普通の人間の力でどうこうできる存在ではない。
武器を持つ様な軍人でも警官でもないなら尚更だ。
そうなったら、誰が瑞佳を守るというのだろうか。
世界でたった一人の、長森瑞佳を。
かけがえのない、一番大切な人を。
……それを誰かに委ねるなど、浩平には考えられなかった。
ならば、どうするか。
決まっている。
彼女を守れる力を手に入れればいい。
さしあたっては、あのベルトの力を。
(その為に、利用できるものならなんだって利用してやるさ……)
「いいぜ。協力してやるよ」
不敵に笑いながら、浩平は言った。
「だがな、俺もただ黙って実験動物にされるほどお人好しじゃない」
「その代わり、要求したいものがある……そういう事だね?」
「察しが早くて助かるぜ」
そうして、折原浩平は『レクイエム』にその身を置く様になった。
この世界でたった一つの確かな絆を守るために。
……いくつかの条件を引き換えにして。
そんな事を思い浮かべていた時。
「……精が出る事だな」
唐突に。
浩平の背に、その声が掛かった。
はっとして振り向くと、そこには一人の女性が壁にもたれかかっていた。
その足音も気配らしきものも感じ取れなかった事に、浩平は少なからず驚いた。
その女性……草薙命は口元を微かに持ち上げ、笑っているような、それでいて不機嫌にも見える微妙な表情で浩平を眺めていた。
そんな命に向けて、浩平は何事もなかったように言葉を発した。
「……何の事だ?俺はちっと迷っただけだよ。そうしたらこんな所に……」
「戯言を。君はレクイエムなんだろう?」
「……」
浩平は、命の目を見据え……諦めたように息を吐いた。
「しらばっくれても、駄目そうだな。
確かに、俺はレクイエムの一員だよ。
で、だ」
浩平は構えた。
ここ数週間、実験の合い間に格闘の真似事を嫌と言うほどさせられている。
「それを踏まえた上で、あんたはどうする?
俺としては、あんたが余計な事さえしなければ、この後帰るだけにしたい。
正直、人的被害は避けたいんでね。敵も味方も」
「……ふむ。私としても、その意見には賛成だ。
しかし、そういうわけにもいかないのがこの世界だということは君も承知だろう。
ましてや、機密データを引き出しているかもしれない人間を逃がすわけにもいかない」
「ま、そうだよな。……あんた、名前は?」
「どうしてそんな事を聞く?」
「なんとなく、だよ。あんたに興味が湧いたのかもしれないがね」
「……ふ。なら名乗っておこうか。……草薙命だ」
「へえ、あんたが。俺は折原浩平だ。短い付き合いになるみたいだが、よろしくな」
互いに笑いあう、そんな奇妙で静かな対峙。
その時。
けたたましい警報が鳴り響いた。
「なんだ?」
「ふむ」
命は呟いて、近くの壁に設置された内線電話の受話器を取った。
その際、音声を受話器の外に聞こえるようにスピーカー機能をONにした。
「……命だ。どうした?」
『結界内にパーゼスト侵入!!現在Bエリアを抜けて真っ直ぐこちらに向かっています!!
その数……三体です!!』
「ほう……そうか。分かった、すぐに対応する。…………だ、そうだ」
受話器を置きながらの最後の言葉は、浩平に向けたものだった。
「どうやら、君の上司は君とは違う考え方のようだな」
「は、そうきたか……」
浩平は『上』の判断を瞬時に理解した……が。
そこでふと気付く。
「って、俺らだってどうして分かるんだよ?」
「ピンポイントで『ここ』に複数体のパーゼストが現れる事がおかしい。
通常のパーゼストなら結界に迷うしな。
そうならないということは、何かしらの道標がある、という事だ。
例えば、そう……反因子結晶……ベルトの鍵が現状では扱い易いかな」
「……そこまでお見通しかよ」
「まあ、な。気付いたのはついさっきだがな」
命は昨日施設に入った三人……その中の浩平の所作を見て、その素性に大体の見当をつけていた。
それを知りながら今の今まで放っておいたのも、あえて特定の監視をつけなかったのも、油断を誘い、尻尾を見せるのを待っていたからだったのだが……
(まさかベルトを持っていたとはな。私とした事が、見通しが少々甘かったな)
内心で呟いてから、命は言った。
「……とはいえ、このザマでは化かし合いは引き分けと言った所だな。
それに免じて今は君を見逃す事にしよう。
じゃあな」
そう言って、命は浩平に背を向けた。
「おい、何処に行くんだよ?」
「私は一応ここの責任者でな。迎撃に行かないとならないのさ」
「おいおい。あんた、人間だろ?」
パーゼストに生身の人間が敵うはずがない……そんなニュアンスを込めての言葉。
それに対し、命は不敵に笑った。
「そうだ。戦うべき時に戦う。だから人間なのさ」
「……」
「それじゃ、失礼するよ。
後、これは忠告だが、これに乗じて奥まで、などと思わない事だ。
その時は、私直々に君を殺す」
その瞬間の命の眼。
そこには偽りない殺意が込められていた。
……だが、それは一瞬だけで、さらに次の瞬間には先程までの命に戻っていた。
「それと、一つ頼みというか、言いたい事があるんだが……」
唐突に鳴り響いた警報の音に、女性陣は顔を見合わせた。
「なに?どうかしたの?」
「……やっぱり」
初めて聞くそれに、あゆは困惑し。
それとは対照的に美凪は落ち着いて呟いた。
「……ここに来れるパーゼストがいるなんて…………」
「うーん、でもここまで来るかはまだ分からないよ?」
ここに居る事には慣れても、こんな事態は初めての二人も、忙しなく動いている人間たち……普段とは違う彼らから滲み出ている緊張感に中てられて、それなりに動揺していた。
そこに。
「おーい!月宮、それから、遠野……だったかー?」
人の流れを抜けて、その言葉とともに浩平が駆け込んできた。
「……」
「折原君っ、何処に行ってたの〜!」
「行っただろう?探検さ」
キュピーン!と歯を(無駄に)輝かせて、浩平は言った。
「……浩平君のそういう変な所変わってないね」
「そうねぇ」
「お、みさき先輩達もいたか。丁度いい。
一応、万が一の時の避難場所はあるんだろ?そこまで一緒に行こうぜ」
「どうしてそれを?」
「さっき会った命って人に聞いたんだよ。
ほら、行こうぜ」
「あ、うん……」
先を促す浩平の言葉に、みさきは生返事で答えた。
「……どうした?」
「…………他の人たちはどうするのかな、って思って」
「みさき……気持ちは分かるわ。でもね、こうなったら私たちにできる事は何もないの。
私たちはあくまで日常のサポートのためにここにいるだけだから」
「うん……」
「…………」
みさきの表情。
それは誰がどう見ても、憂いの顔だ。
何についての憂いか。
高校時代、みさきとそれなりに仲が良かった浩平はすぐに思い至った。
それは生命の危機への憂い。
誰かの生命の危機を、優しい彼女は心から案じている。
ここにある戦力がどの程度のものなのか、浩平は知らない。
だが三体のパーゼスト相手にどの程度もつというのだろうか。
いや、もつ事さえできないかもしれない。
そうなれば、どうなる。
……考えるまでもない。
ここにいる人間は、ここから逃げない限り殺される。
結果として、ここまで巻き込んでしまった月宮も。
高校時代多少なりとも言葉を交わした仲であるみさきや雪見も。
ただ一人、『レクイエム』に所属しベルトを所有する自分を除く、全ての人間が……殺される対象となる。
(……どうする……?)
浩平は、別に冷酷でもなければ非情でもない。
目の前で人間が死んで快感を覚えるような人間でもない。
ただ、彼にとって、全てに優先される最優先事項が瑞佳であるだけだ。
瑞佳との選択なら……彼は、瑞佳を取る。
その決意を、彼は既にしていたから。
だが、ここに彼女はいない。
彼女との天秤でない以上、取るべき道は。
「………」
それに。
『せめて自分の知り合いと、巻き込んだ人間ぐらいは、君が守れ。
それが筋だろう?男なんだから』
先程の命の言葉で、浩平は思い出した。
「……そうだったな」
かつて交わした契約の事を。
「外はどうなってる?」
命はセキュリティルームに足を踏み入れるなり、誰にともなく言った。
その言葉にモニター前に座っていた青年が叫ぶように答えた。
「もうすぐAエリアに到達されます!」
「そうか」
「そうか、じゃないですよ!なんで警備班を集めないんですか?!!」
ここに来るまでに命が出した指示は、研究データの保存と持ち出し準備、それを行う人間の警備、そして最終エリア侵攻時における緊急避難勧告。
それらは、明らかに戦う気がない指示ばかりだった。
ここの施設に置かれているモノの重要さを鑑みると、それはあまりに消極的な指示だった。
「……ここにいる警備を集めた所でパーゼスト三体相手はきついだろう。時間稼ぎが関の山だ。
そもそもここの警備の装備は対人間用ばかりだから、パーゼストには向かんよ。
無駄死には良くない」
「ですが!!」
「心配しなくていい。手は打ってある。……というか焚き付けてある。
……ほら来た」
「へ?」
呆けた声で青年が画面を見る。
そこには、命は意図したとおりの展開があった。
三体の、虎の姿をしたパーゼストが、山道を進んでいく。
全く同じ姿の彼らに刻まれたのは、元々のモノを少し改造した程度の簡単なプログラム。
破壊。
人を殺す。
その方向性。
それだけだった。
他にも細やかな指示を受け付けるようなプログラムを植え付けてはいるが、それらはまだ試験段階のもの。
それゆえ、この場所への侵攻はそれらを試すには絶好の機会だった。
「……kuj?」
その内の一体が、気配を感じて顔を上げた。
「……よう、久しぶりだな」
そこには、折原浩平が立っていた。
彼の表情は、苦笑気味だった。
視界には、三体のタイガーパーゼスト。
浩平は、彼らの事をよく知っていた。
自分が持つモノに適応できなかった人間たちの……なれの果てだ。
「連中のモルモットになった時、俺は幾つか条件を出した」
その腰に、バックに隠し持っていたベルトを巻きつける。
そして、その手に鍵を握り締め。
「その一つに、基本的に何をやっても構わないが、俺の知り合い連中の安全には細心の注意を払えってのがあった。
それが最低限の条件だと、俺は氷上の奴に再三言った。
……レクイエム全体としてはともかく、少なくとも『お前ら』はそれを破ったんだ」
その鍵を軽く空に放り投げる。
「だから自業自得だ。……悪く、思うなよ」
そして、それをパシッと取って、ベルトに差し込み、廻した。
「変身っ!」
白のラインと黒い閃光が浩平の身体を包み込む。
閃光が収まった後、そこに立つのは仮面の戦士。
仮面ライダーアームズ……!!
「行くぜ……!!」
右腕の形状が変化し、白いエネルギー弾が解き放たれる。
三体のパーゼストは各々の判断で、その弾丸を避ける。
「kyuujjujj」
「ujnuuu??」
「yyhhh!!!」
「……何言ってんだか、もうわかりゃしねーな」
(三対一……か)
内心ニヤリと笑いながら、アームズは再び弾丸を解き放つ。
三連発。
その狙いは連射にありがちなブレはなく、的確だった。
だが、三体のパーゼストはその俊敏性をもって、あっさりとそれをかわし、白い弾丸は背後の木々に直撃する。
そのエネルギー弾に幹を抉り取られた、一本の細い木がパーゼストに向かって倒れていく……
そこにいたパーゼストが木を避ける事に意識を向けた刹那。
「遅ぇ」
そのパーゼストの懐にアームズは入り込んでいた。
「hyiijm……」
パーゼストが何事かを叫び終わる前に。
そのパーゼストの腹部に、アームズの左肘が突き刺さる。
「貫け」
そう呟いた瞬間。
突き刺さった左肘……そこにあった突起物が瞬時に伸び、パーゼストの身体を貫通した。
さらには次の瞬間、そのパーゼストは突起物……高熱を帯びた刃……から発せられた白い炎に包まれた……!!
「まず、一体。んで」
「Hujujjmiuiiijknn!!」
停止したアームズを狙って飛び掛ったパーゼストの顔面を、右手で掴む。
そうして、パーゼストの動きを封じた上で。
「……ファイア」
轟音とともに放たれた、右腕の弾丸の一斉掃射。
逃げる事もできず、全てをまともに浴びたパーゼストは一瞬で塵と化し、爆発する。
それは、一体目のパーゼストが燃え尽きるのと、殆ど同時だった。
「二体目。そして」
呟くアームズの身体に影が被さる。
二体の動きを隠れ蓑にした上で、残る一体が跳躍し、上空からの奇襲を敢行したのだ。
……それは、操られているがゆえに可能な攻撃。
……命の概念がないがゆえの攻撃。
だが。
「見え見えだって」
アームズはそれを完全に見切っていた。
……左肩の肩当を外し、中空に放り投げる。
空中での回避は、飛行能力が無い限り不可能。
ゆえに、パーゼストはその肩当を回避する事ができなかった。
肩当がパーゼストに接触した、次の瞬間。
「……これで、ラスト」
生体爆弾である肩当の爆発。
佇むアームズの身体に、塵となったパーゼストの欠片がパラパラと降り注いだ。
「訓練の時とパターンが同じなんだよ。それじゃ、俺は殺せない」
未だ軽い塵が舞う空を見上げて、そう言い放ったアームズは、ふう、と溜息にも似た息を漏らした。
「さて、どう言い訳したもんかね」
結果として戦いはしたが『レクイエム』を裏切ったつもりはない。
かつて交わした条件について話せば弁解の余地はあるだろうが……万が一の事は考えておいた方がいいだろう。
一時東京……瑞佳の所に戻る必要があるかもしれない。
奴らは、全てを知っているのだから。
いや、それとも『支部』へ先に……
「……」
その思考の最中、アームズの感覚はいつのまにかそこに在った気配を感じ取っていた。
「……よう」
「……」
そこには、今の自分によく似た姿の存在がいた。
自分と少なからず近い立場にいるらしい存在。
自らを『仮面ライダーエグザイル』と呼称する存在が、口を開いた。
「……………聞きたいことは色々あるけど……言いたい事は今一つだけだ」
二人の『ライダー』は、油断無く対峙する。
互いに隙を見出そうとするが、それを見つけられない状態に陥る。
「なんだ?何なりと言ってくれ」
「そのベルト……元々は僕らのものだ。返してくれないか」
その問い掛けが平行線である事は互いに承知していた。
だから、それは隙を見出す為の形だけの会話に過ぎない。
(ふん……)
近くに実験結果の観測を兼ねた監視の人間がいる事にも浩平は気付いていた。
そいつに、自分は裏切ってない事をアピールする必要がある。
ゆえに、アームズ……浩平は、挑発気味な口調で言った。
「馬鹿か。断わるに決まってるだろうが」
「……なら、力づくでも渡してもらうだけだ」
「そりゃ、分かりやすくて助かるよ」
その言葉を、互いに認識した瞬間。
「……っ!」
「はぁっ!!」
二人のライダーが同時に地を蹴り。
戦いが、始まった。
…………………続く。
次回予告。
ファントムとレクイエム。
二つの立場に別れたライダー同士の戦いが行われる一方で、様々なモノが動き始めていた。
それは、人類にとっての希望か、悪夢か……?
乞うご期待はご自由に!
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