その夜。
ベルトの所有者達は、それぞれの場所で『それ』に気付いた。



(……なんか、一瞬だけ感じたような気がしたんだが)

自室にいた祐一は気のせいだと認識して、再び眠り。



「……ん?」
「浩平、どうかしたの?」
「あ、いや……なんでもない」

瑞佳の部屋でTVを見ていた浩平も気のせいだと思い、深夜番組に再び意識を向け。



「……っ……」

廃工場で完全に熟睡していた紫雲は、不快感に目を覚ますが疲れから再び深い眠りに落ちた。



彼らは気付く事ができなかった。
自分達が戦うべき存在が間近に迫っていた事を。







第八話 嵐、来たりて(前編)







『遊覧船沈没。その原因は未だ不明』

そんな記事が書かれた新聞をベッドに横になりながら読んで、祐一は溜息をついた。
その事故が起こったのは二日前だが、記事が示すとおりその原因は未だ明らかになってはいなかった。

(……こういう事故で人が死ぬのはな……)

パーゼスト絡みの死者が人の知らない所で出ている現状を思うと、せめてこういう事で多くの人間に死んでほしくはないのだが……

そんな事を考えていると、壁をノックする音が響いた。

『祐一、そろそろ出るよ〜』
「……おう」

壁の向こうからの名雪の声に答えて、祐一は起き上がった。

憂鬱な気分だが、自分としては自分の出来る事をやっていくしかない。
そう考えながら準備を済ませた、祐一は部屋を出た。



階段を下りると、そこに顔見知りがいたので祐一は軽く声を掛けた。

「よ、遠野」
「相沢さん。……その節はお世話になりまして」

彼女……遠野美凪はペコリと頭を下げた。
パーゼストに寄生されかかった彼女だったが、今は問題なく復調しているようだった。

「それは草薙に言ってくれ。俺は何もしてない……って、どうしたんだその荷物」

彼女は肩に旅行用の大きなバッグをかけていた。
どう見ても今から大学に行く格好ではない。

「これは……」

美凪がその事について説明しようとした時だった。

「おはよう、遠野さん」
「……おはようございます」

お辞儀した美凪の向こうには、軽く手を上げる草薙紫雲が立っていた。
それを見た祐一は渋い顔で言った。

「……お前、何しにきたんだ?」
「開口一番がそれ?朝の挨拶くらいしてもバチは当たらないと思うけど」
「………あの。どうかなされたんですか?」

険悪というには少し違うが、あまりいい雰囲気ではない事は誰の目にも明らかだった。

「……いや」
「別に何も」

二人がこういう状況なのには理由があった。

二日前の、美凪がパーゼストに寄生されかかる事件について、紫雲は祐一に詳しい事情を尋ねようとした。
つまり、その事件に至る段階……パーゼストの名残が何処で発生したかについてを。
美凪が変化したタイムラグや現状を鑑みて『ライダー』がパーゼストを倒したのには間違いない。
では誰が倒したのか。

紫雲自身は確実に名残を対消滅させる技でパーゼストを滅ぼしている。
となると、祐一が始末し損なった……紫雲はそう思っていたし、祐一もそう主張していた。
だが、紫雲がどうやって倒したのかを問い掛ける段階になると、話が食い違い始めたのである。

祐一は『いつもどおり』に倒したと語っていたのだが『いつもどおり』であるならば対消滅が起こっているはずなのだ。

だが現実はそうならず、名残が残っていた。
そうなると紫雲としては、祐一が何かを隠しているとしか思えない。
だが祐一は自分の失敗だと主張するし、祐一が『何か』の真実を隠しているとして隠す理由があるとは紫雲には思えず、結局真相は闇の中という状況だった。

それが結果として二人の齟齬を生み、この有様という訳である。

「……ともかく、何の用だ?」

改めて問いかけた祐一に、紫雲は微かな息を吐いてから口を開いた。

「僕の知り合いに遠野さんの身体を診てもらおうと思ってね。
大丈夫だとは思うけど、念には念を入れておいた方がいいと思うから」
「近くの病院じゃ駄目なのか?」
「駄目だね。パーゼストを知らない以上、何が正常で何が異常か、普通の医者には分からない。
そうでもなければ、遠出の準備をわざわざさせたりしないよ。
そういうわけで暫く留守にするから、くれぐれも無茶はしないように。
……それじゃ遠野さん、行こうか」
「はい。……それでは失礼致します」

そうして頭を下げた美凪を伴い、紫雲はその場を去っていった。
祐一は、半眼でそれをぼんやりと眺めていた。










「あれ?あれは……草薙君?」

登校途中の月宮あゆは、道路を挟んだ向こう側にあるバスの停留所に立つ紫雲を見掛けて、その足を止めた。

「うぐぅ、気になるよ〜」

思い立ったが吉日と言わんばかりに、あゆは紫雲に話を聞こうと歩道橋を渡ったのだが……

「あ〜っ!」

歩道橋を降りた所で停留所にバスが停まり、紫雲はあゆに気付く事無くバスに乗ってしまった。

「ああ〜行っちゃったよ−……」

消えていくバスを眺め、あゆはやや大袈裟に途方に暮れた。
そんなあゆの背に声が掛かった。

「どうした?」

振り向くと、そこには一台のサイドカーがあった。
どうやら、それに乗っている男が声を掛けてきたらしい……

あゆはその男に向かって言った。

「友達があのバスに乗ってたんだけど、ボクに気付かないまま行っちゃって……」
「お前、あのバスに乗るつもりだったのか?」
「そうじゃないけど……聞きたい事があったのに〜」

そのあゆの様子を見て、その男は、ふむ、と呟いた。

「それなら、乗ってくか?」
「え?」
「あのバスに乗ってる奴に用があるんでな。追いかけるつもりだったんだ。
ついでだから乗せてやるが……」
「うん、助かるよっ!」
「そうか……って、本当に行く気なのかよ?」

問答無用で誰も乗っていないサイドに乗るあゆを見て、まさか本気とは思っていなかったのか、男は呆れ声を出した。

「お前、学校は?」
「大丈夫だよっ」

……あゆは気付いていなかった。
このバスの停留所が長距離バスの停留所である事に。
そんな事など露知らず、男は「そう言うなら仕方がないか」とぼやいた。

「ったく……そのシートには瑞佳を一番乗りさせるつもりだったのにな……」
「え?なに?どうかしたの?」
「なんでもない。これかぶってろよ。えーと……名前は?」
「ボクは月宮あゆ。君は?」
「俺は、折原浩平だ。月宮、ヘルメットはちゃんとつけといてくれよ」
「うぐぅ……今つけてるの、見ればわかるでしょ」

そうしてサイドカーは走り始めた。
その行先に何が待ち受けているのか、知る由もなく。







「解せないな……」

聖は書類を整理しながら呟いた。
解せない事、それは昨日自らが浩平に伝えた連絡事項の事だった。

『ベルトの所有者の一人である草薙紫雲をマークせよ』

それ自体は解せないことではない。
ただ、何故今なのか。

居所が分かっているとは言え『こちら側』の事情を知りベルトを自在に使いこなす草薙紫雲をマークするよりは、もう一つのベルトの調査・奪還を進める方が安全かつ確実のはずだ。

その疑問に対し『上』は「ベルトを失うわけにはいかない」とだけ答えた。

草薙紫雲が報告を受けたパーゼスト化した少女を連れて東京外に出る事は聖もまた予想していた。
もし、それに合わせての決定だとすれば、それが意味する事はなんなのか。

「……何かが起こりつつあるという事なのか、東京で……」

彼女は知らない。
彼女のその呟きが現実のものになるという事を。










「ふぅ……」

刑事課と書かれた扉の中。
人が行き交う出入り口のすぐ近くの机で、橘敬介は溜息をついた。

ここ数週間の内に起こっている様々な事件。
その異常性。
それに半ば気付きながらも、証拠不十分、事件性の有無……そういったものを考慮して動き出せない警察という機関。

様々な事が、彼に溜息をつかせていた。

以前出した奇妙な腕の鑑識結果もまたその一つだった。

現在の鑑識で分かったのは、作り物ではない事、そしてその血液成分はほぼ人間のものと同じという事だった。
詳しい事は現在も調査中らしいが、もしかしたら自分の予想以上の大事になるかもしれない、そんな予感を敬介は感じていた。

人間であって、人間ではない何か。
もし『それ』に目的があるのなら『それ』は何をしようとしているのか。

その答えを探るように資料を眺める敬介に、声がかかった。
厳密に言えば、それは敬介にではなく、この場にいる人間全てに告げるものだった。

「おい!手の空いているものは全員手を貸してくれ!!」

敬介はその声の主を確認すべく顔を向けた。
そこに立つのは、自分が配属されてから随分と世話になっていた刑事課のベテラン刑事だった。

しかし、ここ数年で、彼がこんなにも慌てふためく……いや、動揺しているのを見るのは、あまりない事だった。

「何があったんですか?」

疑問から問い掛ける敬介に、彼は答えた。

「大量殺人事件が都内の百貨店内で起こった……
死者は軽く見ても数十人はいるそうだ……」

その事実が行き渡った刑事課の空気は、一瞬にして凍りついた……










「”くれぐれも無茶はしないように”だとさ。……あいつ。余程俺の事を信用してないな」

雨が降り出しそうな空の下、バイクを押しながら祐一は朝の事を名雪に話していた。
その日は特に何事もなく一日が過ぎ、二人はこうして家路についていた。

名雪は祐一の言葉に対し、んー、と唸って呟いた。

「そうかなー。祐一の事、本当に信用してないんなら今東京を出たりしないんじゃない?」
「うーん……分からん。あいつの思考はいまいち読めん」
「えー?分かりやすいと思うけど。いい人だし」
「いや、それは関係ないだろ」










「へっくし!」

バスから降り立った紫雲をくしゃみが襲った。
そんな紫雲に心配げな眼差しを向けて、美凪は言った。

「……風邪ですか?」
「そうなのかな…………
まあ、それはさておき。ここから少し歩く事になる。きつくなったら、いつでも言ってね」
「……はい」

そこは、山の中と言っても差し支えないような場所だった。
木々が生い茂り、夏になれば蝉の鳴き声が聞こえてきそうな、そんな場所。

「……」
「どうかしたの?」
「生まれ育った町に似ていたものですから。懐かしんでいました」
「そう。……できればゆっくりしていきたいけど……そうもいかないんだ。ごめんね」
「相沢さんが心配ですか?」

何気無い問いに、紫雲は渋い顔を見せた。

「東京は心配だね。相沢君はともかく」
「……」
「えーあー……ともかく、行こう。僕から離れないようにしてついて来てね」

そうしてバスの停留所から二人は暫く歩いた。
途中、美凪は違和感の様な物を感じていたのだが、紫雲が何も言わず進むので特に心配する事はないだろうと、ただその後に続いていった。

数時間後、二人はその場所に辿り着いていた。
岩肌の中に木製の扉があるその場所は、とても澄んでいるような、そしてそれでいて。

「……」
「何か?」

じっと扉を見据える美凪に、紫雲は声を掛けた。

「……いえ、ただ、この場所は他の場所と違うような……そんな気がしたもので」
「……やっぱり分かるのか」
「え?」
「なにはともあれ、久しぶりのお客様だし、歓迎するよ」

そう言って、紫雲は木製の扉を開き、その中に足を踏み入れていった……










「……これは……」

事件があったという百貨店の中。

『それ』を見た他の人間同様、敬介もまた言葉を失った。
そこにある惨状を見れば、誰もがそう感じるだろう。

老若男女関係なく。
ただひたすらにそこにある、死体。

店中がその状態だった。

「う……うぇっ……」

中には吐く者もいるが、それを責める者はいない。

「……くっ……」

敬介もまた吐き気に襲われたが、それ以上に憤りがそれを抑えさせた。

誰が、一体、何の為に。
……警察でなくても、それを問いたくなる、この場所。

(……逃げようとした人間はいないんだろうか……)

そう考えた敬介は、一人で駐車場の方に向かった。

この百貨店は駐車場と百貨店が一つになっていて、各階ごとに駐車場がある。

とりあえずこの階を調べてから他の階の駐車場も調べよう……そんな事を敬介が考えていた時だった。

「……?!」

敬介の耳に響くものがあった
それは、人間の悲鳴らしきものは、ここの下……一階の駐車場から聞こえてきた。

「……っ」

何があるのかは分からない。
ただ、敬介の足は動かずにはいられなかった。








「……!」

祐一はその感覚を感じ取っていた。
パーゼストが人を襲う、その感覚を。

それはいつもと変わらず。

「祐一?」
「奴らが出た。……だから、ちょっと行って来るな」

それゆえに祐一は何の迷いも無く、そう言ってバイクに跨る。
名雪に向けて心配するな、と軽く手を上げて祐一を乗せたバイクは走り去っていった。

「……祐一……」

名雪はその背中を見続けていた。
それでも、なんとなく湧き上がってきた嫌な予感を拭い取る事はできなかった。

そんな名雪の心情を映し出したようにポツリ、ポツリ、と雨が降り出した……










一階の駐車場に降りた敬介が見たものは……百貨店内と同じ惨殺だった。

ある者は頭を潰され、ある者は壁に叩きつけられている。
そして、例外なく、誰一人として動こうともしない。

「……っ!」

声にならない声と共に駆け出そうとした敬介……その眼前にその存在は立ち塞がった。

敬介は、その異常さに足を止める。
いや、本能から、といってもいいのではないだろうか。

人間よりも半回り大きなフォルム。
それは人であって人ではない。
まるで鎧を着込んでいる様な紺色の硬質な身体。
その所々には魚のヒレの様な物が刃の鋭さを同居させながら流れていた。
頭部は騎士の兜の様な形状になっていて、角ともヒレとも取れる鋭利な器官を頭頂部から背面に掛けて生やしていた。

……敬介はこの時、直感的に理解していた。
目の前の存在は、着ぐるみや装具の類ではなく。
あの異形の腕と同種の存在……バケモノである事を。

「う、あああっ!!」」

敬介は叫びながら目の前の存在に発砲した。
「それ」が人間ならば、発砲する前に果たすべきルールがある。
だが、それは明らかに人間ではない。
ゆえに、彼は発砲に躊躇わなかった。
だが、それはどのみち無意味に過ぎない。

人ならば確実に殺せる弾丸は、その存在には何の痛痒も与えなかった。
皮膚と言うにはあまりの硬度に弾かれた銃弾が虚しくコンクリートの床を打つ。

その存在……は自分に銃弾を放った人間を眺めた。

『……貴様も、警察、という存在のようだな』

一瞬、耳を疑った敬介だった。
だが。

『銃とやらを使ってこんなものか。弱き存在め。
これならばわざわざ誘い出すまでも無かったか。
滅ぼすのが容易いのは、楽でいいが』

続けられた言葉で、それが事実である事を知った。
目の前のバケモノが、言葉を解しているという事を。

そのバケモノは自分の手を見つめると、腕を大きく上げ……横薙ぎに振り払うように振り下ろした。

それはただ、空を切るだけ。
敬介はそう思った。
だが次の瞬間、それが間違いであった事に否が応でも気付く事になった。

ふわっ……と身体が浮いたかと思うと、十数メートル宙を舞い、敬介の身体はコンクリートの壁に叩き付けられた。

バケモノは、手を触れてさえいないのに。

「ごはっ!!がはっ!!」
『……ふむ。
建築物ごと肉体を両断するつもりだったが……この身体のスペックに問題があるようだな。
まだ完全に力が回復していないか』

息を整えようと必死の敬介に、バケモノはゆっくりと歩み寄っていく。

殺される。
間違いなく、殺される。

敬介がそれを悟った瞬間、その声は響いた。

「あんた!!早く逃げろ!!」

声のした方向を見る。
そこには、まだ十代に見える青年が駆けて来る。

ここは封鎖していたはずなのに。
だが、今はそんな事を言っている場合ではない。

「だ、駄目だ!!逃げ……」

懸命に上げるその声が、青年に届くか否かの時、それは起こった。

「変身ッ!!」

その青年が腹部に手を当てて何かしたかと思うと、身体に赤と黒の閃光が巻き付き、さらにその一瞬後にはまったく別の姿の存在がそこにいた。
青年……祐一ことカノンは、その勢いのままパーゼストに掴みかかった。
だが。

「くっ!?」

掴みかかったパーゼストの身体はびくともしない。
そんなはずはない、とさらに力を込めるが……

『……フンッ!』
「ぐあっ!?」

逆に振り解かれ、軽く投げ捨てられた。
空中で体勢を立て直し、どうにか着地に成功する。

だがその内心はかなり動揺していた。

『……驚いたな。我らを目覚めさせる為に放たれた反因子結晶を使って、我らもどきの力を得るとは』
「お前……!?言葉を話せるのか!?」
『我の母体となった人間の知識だ』
「!?」

その言葉に息を呑んだのは敬介だった。
今の言葉、そして自分の推測が正しければ、あの存在は人間を使って形作られたという事ではないのかと。

「ただのパーゼストじゃないって事か……」
『我らの事をそう呼ぶのか。覚えておこう』
「ふざけるな!お前ら、何でこんな事をする!」
『貴様も我らと同じだというのに分からないのか。やはり、不完全なるモノという事か』
「同じ!?どういう事だ!!」
『まあ、いい。どの道我らの意志に背きしものは、滅ぼさなければならない』

ゆっくりとカノンの方を向きながらその存在……ハイ・パーゼスト、シャークパーゼストは宣言した。

『因子を持たない者、我らに逆らう存在は敵。弱き生物に価値は無し。
我らは、星の仇人。
その銘と命に従って……見せてもらう。汝の力を』
「……あんた!早く逃げろ!!気が散って戦えない!」

目の前の存在……それは、おそらく今までの敵とは違う。
そんな敵を相手に、誰かを護りながら戦おうとするほど祐一は自分の力を過信していなかった。

敬介はその言葉を聞いて、下唇をグッと噛み締めた後、吐く様に言葉を紡いだ。

「……すぐに応援を呼ぶ。待っていてくれ……!」

本当の所、応援を呼んだところでなんの役に立つのかは分からない……そう思ってはいた。
だが、放っておくわけにも行かなかった。

そうして敬介が去るのを横目で見届けて、カノンもまたパーゼストに向き直った。

「……おい。何で見逃した?」
『どうせ汝らは全て滅ぶ。少しの間でも長く生きていた方が幸せだろう』
「てめぇ……!」

その言葉に弾かれ、カノンは拳を浴びせ掛ける。
だが、パーゼストは微動だにしない。

『……』
「くっ!!はああっ!!」

連撃虚しく、いとも簡単にカノンの拳を払ったシャークパーゼストは、その至近距離からの体当たりを敢行した。

『フンッ!!』
「う、あああああああっ!?」

パーゼスト自身ごと壁に叩きつけられ、押し付けられたカノン。
その力はコンクリートの壁をものともせず突き破り、カノンは外に転がり倒れた。
降り続く雨が、うつ伏せのカノンに降り注ぐ。

「く……」

今までは、パーゼストを圧倒した力。
それがまるで歯が立たなかった。

気力を持って立ち上がろうとするカノンを嘲笑うように、それは壁の向こうから現れた。

『脆い。弱い。こんなものか敵性種の力は。因子を持ってこれではたかが知れているな』
「っ……なめんなああああっ!!」

吠えて、カノンは大地を蹴った。
空中で身体を翻したその足には、赤き閃光が輝いていた。

『む?!』
「うおおおおおおおっ!!」

紅の破壊が放たれる。
それはカノンの放つ事のできる最強の技。

それを見たパーゼストの右腕が形状変化する。
それは、元々の腕を禍々しく巨大化させた、そんなカタチに変貌していた。

「おおおおっ!!」
『ふんっ!!!』

カノンのキックとシャークパーゼストの『魔手』が衝突する!
火花の様な赤い閃光が、チリチリと散っていく……!!

それは互角であり、拮抗しているように見えた。

「ぎ……ぐ……!」
『……』

だが。
その均衡はほんの一瞬だった。

『……Huujuuuuuuu!!!』

本能寄りの叫びがその空間を支配した。
そして。
巨大な爪が閃光を突き破って、カノンの右足を掴んだ。

「っ!?」
『フン!!』

右足を掴み取りそのまま持ち上げたシャークパーゼストは、圧倒的な力を持って、カノンを地面に叩きつけた。

……辺りに轟音が、響く。

『……なるほど。弱いが雑兵よりは上か』

見下ろす地面には、衝撃からベルトが外れ、変身が解除された祐一が倒れていた。
それを一瞥した後に、今度は自分の腕を見て、呟いた。

『手の痺れが、取れん。反因子の力と因子の力を複合させるか』

その爪部分はよく見ると小さな罅割れが起こっていた。

『この星の知性体、思っていたよりは侮れん。ここは暫し、様子を見るか』

そう呟いた瞬間、パーゼストの姿が変化した。
それは、人間の姿。

背の高い銀髪の青年と化したパーゼストは身体の具合を確かめるように手を開いては握り締めた。
それを数回繰り返した後、満足したのか立ち去ろうとしたその足に、何かの感触を覚えて『彼』は振り返る。

「……ほう。まだ戦おうとするか」

そこにはパーゼストの足を掴む祐一がいた。
息も絶え絶えだったが、それでも、あらん限りの力で逃がすまいとしていた。

「……か……は……」
「だがやめておけ。さっきも言ったが、どうせ全て滅ぶ。少しは生き長らえておくがいい」

祐一の最後の力は簡単に振り払われ、シャークパーゼストが変じた男はその場をゆっくりと後にした。

倒れた祐一は、追えなかった。
力の差に、成す術がなかった。
何より、向こうはこちらを敵とさえ思っていない……

「く……」

ただ。
声しか、出ない。

「……くっそおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

祐一の咆哮が、ただ雨の中に響いた……








……続く。





次回予告。

圧倒的な力を見せ付けた、高位パーゼスト。
敗北と恐怖に打ちひしがれた祐一は、ベルトを持つ事、戦う事に恐怖する。
だが、そんな事に関係なく。

人は死に、事態は流れていく……

「祐一が戦わないのなら、私が戦う!」

乞うご期待はご自由に。





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