第七話 アンチプログラム



爆炎の名残と、立ち昇る陽炎。
その向こうに存在している、自分に似た存在。
彼らは互いに互いを認識していた。

……ここに立つのが、カノン……祐一ではなく、紫雲……エグザイルであれば、恐らくまた別の物語が始まっていただろうが……

この二人は、互いの事を知らなかった。
そして、それゆえに二人はそれぞれ動けずにいた。

「……」
「……」

(……敵か味方も分からない奴と戦うのは、後々面倒になるかもな。
それに大学の近くでこれ以上騒ぐのもな……)

仮面ライダーアームズ……浩平はそう判断し、カノンに背を向けた。
カノン……祐一もまた、同じ考えに至り、動けないままにアームズが去るまでその背中を眺めていたが、その姿が消えたのを見届けて変身を解除し、大学内に戻っていった。

その胸中には、ただ疑問が渦巻いていた。







二人のライダーが立ち去った後。
さっきまで戦場だったそこに通りかかる人間がいた。

「……?」

彼女、遠野美凪は自分が所属している同好会に立ち寄った後、次の講義に向かう途中だったのだが、その場所に妙な違和感を感じて、足を止めたのだ。

美凪は、その場所に残る何かの残滓を感じ取っていた。
正確には、感じ取るというほどに強く感じていたわけではない。
ただ、漠然としたもののがそこにいるような、そんな気がしていた。

彼女は気付かなかった。
彼女が感じ取った、漠然としたものが、既に彼女の中に入り込んでいた事を。
その時はまだ知らなかった。







「相沢君」
「草薙……」

祐一が大学内に戻り、次の講義の場所に向かおうとしていると、そこに紫雲が通りかかった。

紫雲は、念の為にパーゼストを感じた所へと向かっていた所だった。
その途中で戻ってきた祐一と遭遇したのである。

それに気付いた祐一は『自分は信用されていないのか』と一瞬考えたが、そうではないことにすぐに気付いた。
自分が同じ立場ならば、どちらにしてもいても立ってもいられずに戦いの場所に向かうだろうから。

「敵は?」
「……ああ、問題ない」

単刀直入に問う紫雲に、祐一は微かな間を空けて答えた。
祐一は嘘は言っていない。
あの敵についてはもう存在していない以上、問題は無いのだから。

ただ、もう一つの問題、疑問があった。

「……ところでさ、ベルトって何本あるんだ?お前知ってるんだろ?」

その言葉を、祐一は紫雲に向けた。
紫雲は眉を寄せ、首を傾げた。

「……唐突だな。なんでそんな事を?」
「ただ興味を持っただけだって。いったいどれくらいのベルトがこの世に出て、パーゼストと戦ってるのか、興味が無い方がおかしいだろ?」
「まあ、それはそうだね」

祐一の問いは当然だろうと思ったのか、紫雲はあっさりとその答えを口にした。

「今完成されているベルトは三つ。内一つは、行方不明になってる」
「二つは、俺とお前のベルトだよな」
「ああ。もう一つは……研究中のごたごたで、盗まれてしまったんだ。
もし、もう一つのベルトを見つけたら、その時は……」
「取り返す、のか?」
「当然だ。どんな事をしても取り返す」

微かな憎悪さえ滲ませて紫雲は呟いた。
祐一はそんな紫雲を見て、とりあえず言葉と事実を封じる事にした。

それは先程のライダーが、ベルトを持っている理由が分からなかったから。
北川の事が心に残るがゆえに、祐一は何も言えなかった。

……祐一は知らない。
この判断が後に一つの事態を引き起こしてしまう事を。

「まあ、それはそれとして……たった三本のベルトでどうにかできるのか?」

話を逸らそうと、祐一は元々の話に引き戻した。
それはたまたま口から出た言葉だったが、祐一自身疑問に思えることだった。

パーゼストが現在どれほど存在し、活動しているのかは知らないが、たった三本のベルトでどうにかできるとは思い難かった。

「……今はまだ大丈夫だよ。
まだ第二段階のパーゼストだから、人間の武器でも対処できない事は無い。
現に、他の国ではそれぞれ対処が始まっている。定まらないのは、日本だけだよ」
「そうなのか?」

途中でまた分からない言葉が出たが、今は聞き返すのが億劫に思えた祐一はそう言うに留めた。

「うん。でも、色々と問題もある。
そういう意味でも、早くベルトを回収しないとならないんだ」
「どういう事だよ」
「……相沢君。君は『ライダー』をただ単純な力でしか見ていないのかもしれないが、それは違う。
もしも単純な破壊力や力を求めるのなら他にも方法はある。
でも、パーゼストと戦うのはなるべくライダーである方がいいんだ」
「……?」
「対パーゼストアンチプログラム。それが『ライダー』なんだから」

その紫雲の言葉を、祐一はこの時理解できなかった。










「ってな事があったんだ。どうすりゃ良かったんだろうな」

浩平は携帯の向こうの相手にそう問い掛けた。
相手……霧島聖は、聞いた事実について冷静に頭の中で吟味した。

パーゼストとの遭遇。その撃破。
そして、出会った『ベルトの所持者』。

『そのベルトを使っていたのは、紫色のラインじゃなかったんだな?』
「ああ、赤いラインだった」
『ふむ……するとそれは、話に聞いていたもう一つのベルトである可能性が高いな』
「もう一つのベルト、か」

浩平は聞いていた話を思い出した。
ベルトは現段階で三つ存在している事。

そのうち一つは自分が。
そのうち一つを自分達と敵対する存在の実験体が。
そして、数時間前に遭遇した存在が最後の一つを所持している……

「んで、それはどうするんだ?」
『私の独断では決められない。私は所詮一研究者に過ぎないからな。
この事は上に報告しておくから、それまでは現状維持で頼む』
「……全ては我ら『レクイエム』の為に、ってか?」
『まあな』
「へいへい。お互い『人質』を取られた身の上だしな。今は、言う事を聞いておくさ」
『……滅多な事は言わない方がいいと思うぞ』
「俺はいつも周囲にそう言ってるから問題ないさ。でもま、気をつけるさ。んじゃな」

言うだけ言って、浩平は携帯を閉じた。
その隣の床に一人の女性が、浩平と同じ様に腰掛ける。
彼女……瑞佳は浩平に顔を向けると、微かに首を傾げつつ尋ねた。

「浩平、誰と話してたの?」
「ん。バイト先の上司」

ここは、寮内の瑞佳の部屋。
大学が終った後、浩平は瑞佳に誘われてここにいた。
久しぶりに会って嬉しくないはずはない浩平は、からかいを交えながらもそのささやかな提案を受け入れた。

長森瑞佳は折原浩平にとって、唯一無二の存在だった。
幼馴染であり恋人。
そして、かつてある事情で彼女の側から去っていった自分を呼び戻す力となり、待っていてくれた……ただ一人の女性。

彼女がいるから、浩平は己が身をある組織……正確には違うが……に置いていた。
そもそも今こうしてベルトを持つに至ったのも、彼女を護る力を欲していたからだ。
……実の所、もう一つ理由はあるが、それは非現実的なものだ。

だから、彼がベルトを所有する明確な理由はただ一つ、彼女の、長森瑞佳の為だった。

「……瑞佳。何かあったらすぐに俺を呼べ。どんな事でも何とかしてやるからな」

そんな浩平の言葉に、瑞佳は少し困った、それでいて笑っているような表情を浮かべた。

「どうしたの急に」
「いや…急に言いたくなったんだよ」

そう言って、浩平は隣に座った瑞佳の肩を抱いた。
そのあたたかさと重みを確認する為に。







その一階上。
そこは相沢祐一の部屋で、同じ様に二人の男女が食事を進めながら会話を交わしていた。

「…んぐ。うまいな」
「そう言ってくれると嬉しいよ」

褒められた事が嬉しくて満面の笑みを浮かべる名雪。
その表情が可愛くて、祐一は恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻いた。
テーブルの上に置かれた夕食の並びを、なんとなく見回してから再び名雪に視線を向ける。

「あーその。ところで香里、どうだった?」
「うん。大分いいよ。元々怪我してるわけじゃなかったしね。
それでね、祐一。私、教えられる事教えちゃったんだけど、いいのかな?」
「俺に聞くなよ。俺は別に問題ないだろ。草薙の奴も文句は言わないだろうしな」
「そうだね」
「んで、なんか言ってたか?」
「信じられなかったみたいだけど、自分の目で見た事はしょうがないってぼやいてたよ」
「……香里らしいっちゃらしいな」
「ねえ、祐一」

少し改まった様子の名雪に、祐一は目を瞬かせた。

「どうかしたのか?」
「これは香里も言ってた事なんだけど、警察とかに知らせなくていいのかな」
「……そりゃ、そうした方がいいのかもしれないが……信じてもらえると思うか?」
「……無理、かな」
「だろうが」

そして、祐一としては警察が何処までパーゼストに対抗できるかも疑問だった。
その辺の警官が持っている拳銃が効く様にはとても思えない。
バズーカやミサイルランチャーといった強力な兵器なら有効かもしれないが、何処まで通用するか分からないし、そんなもの街中で使うわけにもいかない。

まあ、詰まる所。

「今のところ、俺や草薙が何とかするしかないんだろうな……」

そんな祐一の言葉が現状の答だという事を、二人は納得せざるを得なかった。







数日後。
その日は日曜日で、多くの人間達が休日をそれなりに謳歌していた。

その日、遠野美凪はいつものように起床し、いつものように着替え、外に出た。
当番制となっている寮内の掃除をする為に。

「よ、おはようさん」

管理人である神尾晴子の、関西のイントネーションが入った挨拶に、美凪はゆっくりと顔を向けた。

「おはようございます、晴……」

そう言いかけた瞬間。

『……き。…………びよ』

美凪の脳裏に、何かが浮かび上がりかけた。

「……」
「ん、どした?」
「……いえ、なんでもありません」

それはほんの一瞬の事だったので、彼女は特に気にする事なく挨拶を交わし、その場を後にした。







「それじゃ今日から頑張ってもらうよ。忙しいけどしっかりね」
「はいっ」

その男……このファーストフード店の店長に、七瀬は乙女の笑顔を向けた。
身に纏うのは、この店の店員制服。
以前バイトしていた店がパーゼストによって壊され(実際には紫雲がやった事だが)、七瀬は次のバイト先としてそのファーストフード店の他店舗を選び、今日から働く事になっていた。

何故この店なのか。
……実はなんだかんだ言って、名雪に制服姿が可愛いと言われた事が尾を引いていたりする辺りが実に彼女らしい。

「じゃあ、分からない事はそこにいる彼に聞くといい」
「分かりました」

そう言われた七瀬は、店内のゴミをまとめている男に声を掛けた。

「どうもー。新しく入った七瀬です。色々教えてくださいね」
「ん?」

その声に振り向いた男の顔を見て、七瀬は思わず声を上げた。

「んげ」
「……そんな声あげなくてもいいじゃないか」

頭を掻きながら言うのは、男性用の制服に身を包んだ紫雲だった。








おかしい。
遠野美凪は今日の自分について、そう感じていた。

妙に体が熱く、時々何か考え事をしているわけでもないのに呆けてしまう。
もしかしたら風邪を引いてしまったのだろうか、と頭に手を当ててみるが熱さは特に感じなかった。

掃除が終わったら暫く横になろう……そう思いながら次の掃除場所である駐輪場の方に向かう。
すると、そこにはバイクに荷物を載せようとしていた祐一がいた。

「おはようございます」
「お、おはようさん。遠野……だったよな」

軽く手を上げて声を掛ける祐一に、美凪は微かに呆けそうになっていた意識を集中して返事を返した。

「はい、合っていますよ。今日はどちらに?」
「ああ、いい天気だからバイクでその辺を一回りしようと思ってる」
「そうですか。……水瀬さんは連れて行かれないんですか?」
「ああ、まあ、その……あいつはぐっすり寝てるから」
「はあ……」

恐ろしいほどの睡眠時間を取る名雪の事情など知る由もなく、美凪は不思議そうに首を傾げた。

「それにしても、いつもご苦労様だな。そんなに真面目で疲れないか?」
「……ぽ」
「……何想像したんだか知らないが、俺は一応彼女がいるからな」

そんな祐一の言葉に美凪が答えようとした、その瞬間。

ドクン、と。

身体を駆ける何かの音を、美凪は聞いたような気がした。

そして、認識した。
朝からずっと続いてきた、その声の内容、その意味を。


『因子を持たない者は敵』

『我らに逆らう存在は敵』

『弱き生物に価値は無し』

『滅びよ。滅びよ。滅びよ』

『全ては我らが主の為に』

『滅ぼせ。滅ぼせ。滅ぼせ……!』

(なに?……これは、なに?)

衝動とでも言えばいいのか。
いや、違う。
これは『命令』だ。
何かによって刷り込まれ、刷り込まれた何かが同じ様に刷り込もうとしているプログラム。

「おい?どうかしたか?」

いきなり背中を丸めた美凪の様子に、祐一は思わず歩み寄って声を掛けた。

「あ、いざわさん」
「なんだ?」

振り向いた祐一の首を、美凪は両手で掴んだ。
それは、どう見ても首を締めているようにしか見えない形だった。

「ぐ…?!」

祐一はそれを振り払おうとするが、びくともしなかった。
それは明らかに普通の女性の力ではない。
祐一はその力に押され、自分のバイクに背中から寄り掛かる形となった。

「か……はぁ……?」
「に、げて……にげて……ください……!」

この状況を祐一は把握できなかった。
だが言えるのは、これは彼女の意志ではない。

彼女の意志だというのなら、どうしてこんなにも必死に逃げてと言うのか。
どうしてこんなにも瞳を潤ませているのか。

その証拠と言わんばかりに、彼女の顔、そして肌が露出している部分に、注意して見なければ分からないようなひびのような細く筋が走っていた。

そして、バックの中に入れている鍵から流れ込んでくる情報が、目の前の存在を微弱にも感じていた。
……パーゼストとして。

「が……」

意識が遠のいていく。
マズイ、と頭では分かっていても振り払えない。
祐一は必死にバイクに置いたバックを開けて、ベルトと鍵を取り出した。
それ以外に、対応策を思いつかなかった。

「……!……」

だが、ベルトを巻くだけの力が入らない。
それどころかバックともども取り落としてしまい、その手には鍵だけが残った。

「…くぁ…」

失いかかる意識を必死に手繰り寄せ、祐一が無我夢中で美凪の腕を振り解こうとした、その時。
祐一が掴んでいた鍵が美凪に触れ、それは起こった。

「ぁぅっ!?」

鍵が薄く赤く輝き、その光を受けた美凪の力が緩んだ。

「だああっ!!」

その隙に、祐一は全力を持って、美凪を振り払った。
美凪はぺたんと地面に座り込む。

「わ、たし……一体……?」

そう呟きながら、彼女は今さっき人の首を締めた自分の手を見た。

「……あ……!」

その事実を認識した美凪は走り去った。
人を殺しかけたという恐怖から逃れるように。

「ごほっ!!がはっがはっ!!」

一方の祐一は激しく咳き込みながらそれを見ていた。
追いたくても、追えなかった。

少し経って、それが収まると祐一は即座に立ち上がった。
その顔には焦燥が滲んでいた。

「くそ!!」

祐一は、紫雲に連絡を入れるべく携帯を取り出しながら、美凪を追って走り出した。







寮の敷地の外に飛び出した美凪はただ走った。
途中、意識が切れかかり、足を止めながらもただひたすらに。
だが、いつしか体が酸素を求めて、自然にその足を止めていた。

自分の身体に何が起こっているのか。
何故、こんな事になったのか。
美凪自身まったく分からなかった。

ただ、人がいる所にいるわけにはいかない。
それだけははっきりしていた。

さっきと同じ事を、あるいはそれよりも最悪な状況を自らの手で生み出してしまう……その確信があった。

それほどに、今の自分に流れ込んでくる”声”は強いものだった。

そして、それは絶対にしてはならないことだと、美凪はしっかりと認識していた。

先の事なんか考えている余裕は無い。
とにかく、まず人がいない所へ……

そう思いながら、美凪は再び足を動かし始めた。

……その事に必死だった彼女は気付かなかった。
自分を追いかけている人間の存在に。








紫雲はゴミ袋の口を縛り終えると、やれやれと言いながら立ち上がった。

「あんた、こんな所で何やってるのよ」
「バイトだけど」
「そんな事見りゃわかるわよっ!どうしてここにいるのか、って聞いてるの!」
「どうしてって……僕も働かなきゃ食べていけないわけで……」
「……怪人倒すのが仕事じゃないの?」
「いや、まあ……仕事、じゃないよ。やらなきゃならないからやっているのであって」

……実の所、パーゼストと戦う事で報酬をもらう事もできるのだが、その事実は彼の姉が握り潰していて紫雲の知るところではなかったりする。
ゆえに紫雲は普段地道にバイトをして、生活費を稼いでいるのである。

「ともかく、生活するには働かないと。
人間お金がないとやっていけないからね」

苦笑いをしながらそんなことを漏らす紫雲に、七瀬は初めて人間らしさを感じた。
そして、それがなんとなくおかしかった。

「……そう言えば、ちゃんと名乗ってなかったわね。あたしは七瀬留美。好きに呼んでくれていいわ」
「僕は草薙紫雲。よろしく、七瀬さん」
「こちらこそよろしくね、草薙」

二人はそうして握手を交わした。

そんな和やかな空気の中で、着メロが響いた。
それが自分のものであると気付いた紫雲は「ちょっとごめん」と七瀬に断わってから、彼女から距離を取ってから携帯に出た。

……七瀬は見た。
紫雲の顔が、さっきまでの穏やかな表情から険しい表情に変わっていくのを。

携帯を切った後、紫雲は七瀬に告げた。

「急用ができた。悪いけど、後はよろしく頼む」

七瀬はそれに不平を漏らす事ができず。
その日は初めてだったというのに、紫雲の分まで奔走する事になった。







「どういう事なんだよ!!」

簡単に事情を説明した後で、祐一は電話の向こうの紫雲に叫んだ。
そうしないではいられなかった。
それに対し、紫雲は静かな口調で答えた。

『パーゼストに寄生されかかっているのか、それとも別の状況なのか、君の話だけだと判断できない』
「どうすればいいんだよ!!」
『分からない。……ただ、もし間に合わなければ、その時は』
「まさか、お前……?!」

その言葉の意味する所を察して、祐一は叩きつけるように言った。
だが、それに対してさえ紫雲は冷静に答えた。

『多分、君の考えている通りだ』
「ふざけんな!!顔見知りを殺せって言うのか?!」
『……彼女を放っておけば、何人もの人間が殺される可能性が高いとしても?』

その言葉に祐一は言葉に詰まった。何も言えなくなった。
そうなる事が分かっていたかのように、紫雲は言葉を続けた。

『ともかく、彼女を見つけたら捕まえておいてほしい。全ては、そこからだ』

それを最後に、電話は切れた。

乱暴に携帯をしまいながら、祐一はぎりっ、と歯を軋ませた。

紫雲よりも先に美凪を見付けなければならない。
紫雲が彼女を殺すとは思えない。

だが、かつて紫雲は自分の友達を殺す為に変身し、そうしたのだ。
……それが例え、本人の願う所と違っていたとしても、そうした事実は変わらない。

(そんな事……させるか……!!)

心の内で呟いて、祐一は走り出した。
鍵から感じる、微かな反応を目指して。







美凪は頼りない足取りで、人気が無い所へと僅かに残った意識で進んでいた。
半分の意識、半分の無意識で、彼女は彼女の望む、人の通りの少ない路地裏に入り込んでいく。
だが、そこで彼女にとって思いもよらない事が起こった。

「遠野さんっ」

美凪が振り向いたそこには、長森瑞佳が立っていた。
美凪には彼女が何故ここにいるのか分からない。
寮で尋常じゃない様子で飛び出していく美凪を見掛けて、心配してここまで追ってきた事など今の彼女には分からなかった。

瑞佳は微かに息を弾ませながら言葉を続けた。

「やっと、追いついた……何か、あったの?」
「……」
「顔色、悪いよ?体の具合、悪いんだったら、病院に行かないと……」
「に、げ、て」
「……えっ」

戸惑う瑞佳に構う事無く、彼女の意志に関係なく美凪の手が伸びる。
それを反射的に避けようとした瑞佳は足をもつれさせた。
地面に倒れた瑞佳の首元に、美凪はゆっくりと手を伸ばしていく。
そこに。

「だあっ!!」

いきなりの衝撃に突き飛ばされて、美凪は地面に倒れた。

「浩平!?」

折原浩平がそこにいた。
彼は、自分に黙って部屋を出て行った瑞佳を追ってここに来たのだが、それとは別にもう一つ理由があった。
浩平はゆっくりと起き上がる美凪を油断無く見据えながら言った。

「……瑞佳。怪我は無いか?」
「あ、うん。大丈夫だけど……って浩平!!女の子になんて事するんだよ!!」
「苦情は後で聞くから早く家に帰れ」
「でも……遠野さんが……」
「瑞佳。彼女の事は俺に任せてくれ」
「でも……」
「頼む」

それは強引であり、何故そんな言葉を言うのか瑞佳には分からなかった。
だが他ならぬ浩平の言葉、そしてそこにある強い何かを感じ思わず頷いていた。

「う、うん……よろしくね」

瑞佳は戸惑いながら、その場から去っていく。
その視線は二人に向けられていて、不安そうだったが、結局何も言えないままだった。
……瑞佳がいなくなるのを見届けて、二人は向き直った。

「……微弱な感覚だから、何かと思ったら、憑かれかけか」

瑞佳が追う人間に感じていた感覚。
それが数日前に感じたパーゼストの出現感覚とよく似ていたので、彼はそれを追ってここに来た。

瑞佳を護る為。
そして、瑞佳を脅かす存在を狩る為に。

『あ……う……』

美凪の身体を走っていた筋が、目に見えて分かるほどになっていく。
それに顔をしかめながらも、浩平は告げた。

「どうやら、意識が少しだけ残ってるみたいだな。瑞佳を逃がしてくれて、ありがとうな。
……でも、悪く思うなよ。今のあんたを放っておくわけには行かない。
それに、どんな事情があろうと瑞佳に手を出した以上、相応に覚悟してもらう」

そう言って、背負っていたバックに手を伸ばしかけた時だった。

「……変身!!」

唐突に響いた声の方向に二人が顔を向けると、そこには浩平が数日前に見た『ライダー』がいた。
赤いラインを輝かせながら姿を転じ、こちらに向かって駆けて来る。
恐らく、自分と同じ様に微弱な感覚を感じたのだろう。
それ以外の理由は思いつかなかった。

その時。

『……くうぁっ!!』
「しまっ……?!」

意識をそちらに向けた隙を突かれ、予想外の力に反応できないまま、浩平は弾き飛ばされた。

「ち……」

(くそ、俺とした事が……)

そんな事を考えながら、コンクリートの壁に叩きつけられた浩平は意識を失った。
カノン……祐一は浩平に意識を向けたが、強化された視覚と聴覚で無事を確認できたので、それ以上彼に注意を払う事は無かった。

……もしも、ここで祐一がもう少し彼に注目していたのなら、バックから微かに覗くベルトの一部が見えたのだが……今の祐一にはそんな余裕はなかった。

カノンとなった祐一は美凪に呼びかけるべく、声を上げた。

「遠野!俺だ。相沢だ!!」
『あ、いざわさん……?』

普段の涼やかな声にエコーがかかるようなそれに戸惑いながら、祐一は呼びかけ続けた。

「ああ、信じられないかもしれないけど、俺だ!
とにかく、大人しくしててくれ。何とかするから……」

呟きながら歩み寄る。
美凪はそれに対し、苦渋の表情を浮かべながらもカノンに向かって大きく跳躍した。

「なにっ!?」

それを見た慌ててカノンは地面を蹴る。
その一瞬後、カノンが立っていた場所に美凪が着地する。
そこに狙いをつけ、カノンは美凪を羽交い絞めにした。

(変身しておいて正解だったな……)

心の内でそう呟いて、祐一は息を吐いた。

先程力で圧倒された事を考えて変身しておいたが、パーゼストに比べればなんて事はない。
勿論人間としては常識外れで、気を抜けば振り払われるかもしれないが。

その考えが祐一に更なる力を込めさせたのだが、それは美凪の身体を軋ませた。
ミシ、と骨が軋む音が強化された聴覚に響く。

『く……ぅ』
「……遠野?!」

苦しそうな声を漏らす美凪に、思わず力が弛む。
それは瞬間的なものだったが、その躊躇いを突かれカノンの腕は振り解かれた。

「く……!?遠野っ!」
『あああああああっ!!』

祐一の呼び掛けごと振り払うような動きに、カノンは壁に叩きつけられた。
その際の衝撃で、腰のベルトが外れ変身が解除される。

「く……」
『………に……げ……』

そう懸命に呟く彼女のひびは、いまやはっきりと浮かび上がっていた。

その状態がどういうものなのかは分からない。
ただ、このまま放っておくわけにはいかない事は誰の目にも明らかだった。

近くに転がったベルトを即座に拾い上げ、もう一度腰に巻きつける。
だが、もう一度変身しても方策がない。
下手をすれば美凪に大怪我を負わせてしまうかもしれない。
大怪我云々言っている場合ではないのは承知していたが、それが祐一に再度の変身を躊躇わせていた。

(どうする……?)

祐一が八方塞を感じたそこに。

「……なるほど」

その声と共に草薙紫雲が現れた。
店員姿のままの彼は鋭い視線を美凪に向けて、呟いた。

「……彼女も因子を……」

そうでなければ、これだけ時間が経ってもこの状態であるはずはない。
この状態を紫雲は何度か見た事があった。
ある組織の実験体が、その状態に成り果てていたのを、何度も。

放っておけば、彼女は。

『……』
「……心配しなくてもいい。すぐ楽にしてあげるから」

もう意識が消えかかっているのか何の反応も示さない美凪に、紫雲は安心させるように微笑んでから腹部に意識を集中させた。
ベルトが身体の中から浮かび上がる。

美凪の目の前で変身する事に、紫雲は少し躊躇った。
だが、いきなり目の前に知らない『怪人』が現れるよりは、目の前で変身した方が理解してくれるだろう。
人間が『怪人』になるのを見て平静でいろと言うのも無理かもしれないのは重々承知しているが、紫雲はそうすべきと判断し、何よりそうしたいと思った。

せめてもの、謝罪の代わりに。

「……変身」

鍵を廻して両手を広げる……その間に紫の光の帯が虚空を走り、仮面ライダーの姿を形作った。

『……?!』

美凪自身の恐怖か。
それともパーゼストの恐怖か。

美凪は後ずさった。
だが、後ずさったその瞬間には、エグザイルは彼女の懐に入り込んでいた。

『!!!』
「……ごめん。少し痛いかもしれないけど、我慢してくれ」

その言葉の意味を、祐一はこう解釈した。

もう元には戻れない。だから諦めて死んでくれ、と。

「やめろ!!草薙っ!!」

変身さえせずに突っ込んでいく祐一を、エグザイルは簡単にいなす。
地面に転がった祐一には目もくれず、エグザイルは右拳を腰だめに構えた。
紫の閃光が、エグザイルの拳に巻き付き、そして。

「はあっ!」

その拳が、美凪の腹部に、突き刺さった。

時が止まったように、その刹那は静寂だった。

そして、その次の瞬間。
美凪の体全体に広がりかかっていたひびのようなものが、消えていった。
信じられないほどに、あっさりと、速やかに。

「……ぅ……」
「っと」

意識を失い、倒れそうになった美凪をエグザイル……紫雲は優しく抱きとめた。

その感触で、紫雲は過去を思い出した。
……救えなかった友人、幼馴染の少女の事を。

『その時』と違う事がある事を認識して、紫雲は自分の目の奥が熱くなった事を感じた。

それはこの腕の中の命が生きているという事。
それは命を助ける事ができたという事。

「これは……?」

事態をよく理解できていないのか、祐一はそんな言葉を漏らした。
紫雲は、ふぅ、と息を漏らして、自分の感情を霧散させてから答えた。

「……どうも勘違いしてたみたいだな、君は。
僕だってむやみやたらに犠牲を出したいわけじゃないんだ」

呆れ気味の口調で、紫雲は言葉を続けた。

「言っただろう?ライダーは対パーゼストアンチプログラムだって。
完全に寄生形態のパーゼストならともかく、その名残を除去する事ぐらいはできる」
「名残……?」
「物理的な手段……武器の類でパーゼストを倒すのは決して不可能じゃないんだ。
ただ、それには常に問題が付き纏う。
ある一定以上のダメージを受けたパーゼストは、自身の核が存在している間制御している生体エネルギーのコントロールを手放して爆発する。
その際、結果としてその肉体の破片が撒き散らされる」
「それが名残、か?」
「そう。その名残……パーゼストになった存在を構成するもの全ては、いわばパーゼストのプログラムなんだ。
それは『憑依される側』である人間にはひどく有害なモノだ。
今回の事でそれは分かっただろう?」
「……」
「そのプログラムを完全に消滅させる為には凄まじいエネルギーで完全に消し去るか、僕らの変身の要となる鍵……反因子結晶体から生み出される生体エネルギーの一撃を確実に当てて対消滅させるか、もしくは核が無くなった後で自然消滅するのを待つかの三通りしかない。

……今回、何でこんな事が起こったのかは分からないけど、美凪さんが因子保有者でよかったよ。
完全な核をもった寄生体じゃなくても、普通の人間が憑依されたらもっと速くにパーゼストに変換されてしまう所だった。
完全に変換されてしまったら、前も話したとおり、もう元に戻す事はできないからね」
「……」
「これからも、そういうことは起こり得る。
因子を持つ人間、持たない人間にかかわらず、パーゼストは危険で、それを未然に防ぐ為にも、反因子結晶体を含むベルトのさらなる研究は必要なんだ」

その紫雲の言葉で、祐一は紫雲があれほどベルトの回収にこだわっていた理由を理解した。

美凪を丁寧に地面に寝かしつけた後、紫雲は変身を解除した。
祐一にチラリと視線を向けて、告げる。

「今回の事は後日ゆっくり事情を聞く事として……後の事は頼むよ。
後、彼女が目を覚ましたら僕に連絡するように言っておいてくれないか?
大丈夫だと思うけど、ちゃんと検査した方がいいからね」

祐一はしばし呆然としていたが、どうにか気を取り直し、首を縦に振った。

「……わかった。ああ、その、何だ……」

誤解についての謝罪。
その気配を感じて、紫雲は首を横に振った。

「……悪く思う必要は無い。
君と僕が同じ立場なら、きっと僕も同じ事を思うよ。
ただ。言い訳だけど、一つだけ言わせてくれ」

本当は言う必要は無い。
それでも言いたかった。

「僕だって、救える限りは救いたいんだ。今も、昔も、これからも」

背を向けたままでそう呟いて。
紫雲は何処かに歩み去っていった。







……しばらく歩いた後。
紫雲は自分の体の軋みに耐えかねて、壁に身体を預けた。

「く……」

制服の襟を引っ張って、その中を覗きこむ。
そこには、薄く広がっている、ひび割れのような筋が広がっていた。
”それ”はすぐに消え去り普通の状態に戻るが、それがいつまでも続くかは……

「……いつまで、もつかな」

『その時』が来たらどうなるのか。
紫雲には分からない。

ただ、その時が来るまでは戦う。
全てをかけて、ただひたすらに。

それが、自分にできるたった一つの事だと、紫雲は思っていた。








その日の夜。
東京湾の近くを航海中の遊覧船が沈没するという事件が起こった。

それは最初、何かの事故だと思われた。

だがそうではない事を、それに関わった人々は感じ取っていた。
信じられなくても、そう思わざるを得なかった。
引き上げられた船の残骸が、恐ろしく綺麗に真っ二つに『斬られて』いたからだ。

それは、ベルトを持つ者達の戦いが次の段階に上がった事を知らせるものだったが、この段階でそれに気付く者はまだ誰もいなかった。







……続く。






次回予告。

ライダー達が集うその街に、一つの存在が現れる。
それは暴悪な嵐となって、人間達を翻弄する。
そして、彼らは知る。
純粋なる敵の存在を。

『見せてもらう。汝の力を』

乞うご期待、はご自由に!





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