第五話 資格と資質(後編)
「くそっ・・・!」
祐一は呟いて、じりじりと動いた。
こいつ・・・目の前のパーゼストをどうにかかわして、北川の所に行かなければならない。
ベルトの事もそうだが、北川の安否が気掛かりだった。
「くっ!」
掛け声とともに、祐一は土手に向かって走り出した。
土手の上に上がって、そこから倒れた北川の所へと回り込もうと考えたのである。
だが・・・
「hjujhby・・・・・・・」
何事かを呟いたパーゼストは高々と跳躍し、土手に上がった祐一の前に立ち塞がった。
「どけっ!!」
「htujujhuuhguuju・・・!」
祐一は立ち塞がるその存在に吠えた。
そうしなければ、内から滲み出る恐怖に抗えなかった。
キャタピラーパーセストは呻く様で、それていて嘲笑う様な、言葉とも鳴声とも取れる音を漏らしながら、足を除けば唯一針の様な体毛に包まれていない拳を振るった。
祐一はその動きを予測し全速力で、バッ、と後ろに下がる。
だが、その速度や力は祐一の予測以上だった。
予測を超えた速度は完全に避けたと思った祐一の腹部に触れた。
微かに触れただけ。
普通の人間の感覚ならその程度だったはずだ。
だが、それは容易に祐一の身体を宙に浮かせ、弾き飛ばした。
「がはっ・・・!!」
地面に叩きつけられた祐一は息を吐きながら必死に身体を起こした。
そうしながら、痛感する。
人間では、目の前の存在には勝てない事を。
その時だった。
バイクの排気音が響く。
半ば反射的に振り向いたそこには見覚えのあるバイクの姿があった。
それに気付いた祐一は横っ飛びして、土手を転がった。
その直後、祐一のいた場所を黒いバイクが駆け抜け、パーゼストに突っ込んだ。
祐一の影でそれを視認する事ができなかったパーゼストはそれを受けて、宙を舞った。
その黒いバイクから二人の人間が降り立つ。
一人は、草薙紫雲。
そして、もう一人は。
「月宮さん、相沢君を頼む」
「うんっ!」
紫雲の後ろに乗っていたあゆは一目散に祐一の元に走っていく。
それに一瞬だけ意識を向けた紫雲だったが、すぐさま気を取り直し、その場の状況を一瞥した。
起き上がろうとするパーゼスト。
苦しみながら倒れている北川。
血溜まりの中に倒れ付す、見知らぬ誰か。
ギリ・・・と歯の音が鳴る。
怒りがただ胸の内に滾る。
「・・・変身」
それをただ込める様に鍵を廻す。
紫の閃光が走った後にそこに立つのは仮面の男。
「jhyjukiuh?!」
「・・・黙れ」
起き上がったパーゼストに、紫雲・・・いや仮面ライダーエグザイルは殴りかかった。
その攻撃によろめきながらも、パーゼストは腕を振り上げた。
だがエグザイルは左腕でそれをあっさりと掴み取った。
そして、その腕を針のような体毛ごと握り潰す。
果物が潰れた様な音が辺りに響き、撒き散らされる緑色の体液と共に右腕が落ちた。
「jjuujjhuuuuuhnjiygvfr!!!!??」
「黙れ・・・・・!」
紫色の双眸が一際強く発光する。
それと同時に掲げた右腕が紫色の光を帯びる。
握った拳がギシギシと軋む音がエグザイルの耳には響いていた。
「hj・・・」
「黙れと言った・・・!!」
エグザイルの紫の光拳が、首と身体との境目が無い怪人の、頭部だと認識できそう部分に突き刺さる。
次の瞬間、パーゼストは紫色のヒビを広げた後、光の粒となって消滅した。
「・・・・・・・・・・・」
それを見届けたエグザイルは変身を解除し、祐一の方に歩いていった。
紫雲は、同様にこちらに近付いてくる祐一に鋭い視線を向けて、口を開いた。
「・・・間に合わなかったのか?」
「ああ、間に合えなかった」
そう答える祐一の表情は暗い。
そんな表情を見た紫雲は、視線を微かに緩めた後に倒れた男に向けて頭を下げた。
そんな二人と、死んでいる人間という現実を見て、あゆは呟いた。
「・・・ボクのせいだ。ボクがあそこで草薙君を引き止めなかったら、こんな事には・・・・」
「・・・君のせいじゃない。多分、どうあっても間に合わなかった」
それは嘘だった。
確かに、どうやっても間に合わなかったのかもしれない。
だが、あそこであゆと問答しなければ・・・それは分からない。
それでも、あゆのせいじゃないというのは紫雲の本音だった。
まず、距離の問題があった。
それは、どんなに誰かを守りたいと思っていても、それだけではどうしようもない壁。
おそらく、あの工場跡地からはどんなに急いでも間に合わなかっただろう。
もしも、名雪が、ひいてはあゆが自分を呼ばなければ、被害は拡大していたという可能性もある。
そして、それを踏まえても、やはり距離としては遠かった。
それが事実。
そして、迷い。
あゆを護る自信がなかったから連れて行くことに躊躇した。
だが結局、あゆの意思を無視する事ができず、連れてきてしまった。
そこにあったのは、紛れもなく迷いだ。
迷いなく連れて行くか、迷いなく去るか。
どちらかを選択する場面でそうできなかった自分の弱さ。
それもまた事実。
それらの結果が、目の前の現実だ。
(・・・・・・・・・やっぱり、ライダーを名乗る資格はないな、僕には)
それでも名乗り始めた以上は、強くなるしかない。
そのために、憧れである、その名を掲げたのだから。
「だから、君は悪くないんだよ。気にしなくていい」
あゆの頭に手を置いて、紫雲は笑った。
その不安や悲しみを拭い去るために。
あゆは紫雲の気持ちを感じ取り、嬉しく思った。
だが、そこに人の死がある以上笑う事は許されなかった。
だから、ただ頷いた。
そんなあゆの様子を見届けてから再び祐一に向き直った紫雲は、気付いたままの事を口にした。
「・・・相沢君。ベルトはどうした?」
「・・・あ・・・!!」
その言葉で、祐一は北川の事を思い出した。
だが、その時には北川は自分の乗ってきたバイクに跨っていた。
「おい!」
「・・・悪い・・・・」
メットの下で、痛みを堪えながら懸命に呟く。
その声が例え聞こえないと分かってはいても、そう言わずにはいられなかった。
そんな感情を押し込めたままで。
北川を乗せたバイクは走り去っていった。
事情を知らない紫雲とあゆは訳が分からず、北川の心情を垣間見た祐一は追う事ができず、彼らは、ただそれを眺める事しかできなかった。
祐一たちは気付かない。
遠くから自分達を眺める存在がいた事を。
「・・・ふむ」
その存在・・・黒髪の女性はそこで起こった事を見届けて、なんとなく頷いた。
憑依体『パーゼスト』を見たのは初めてではない。
だが、それに対する存在との戦いを見たのは初めてだった。
彼女は自分の内に沸き上がった”なんとなく”の理由をそういうことだと解釈した。
他にも何人かいた様だが・・・そちらについてはよく分からない。
『彼ら』か、それとも『彼』の友人だろうか。
推測交じりの思考の中、持っていた双眼鏡を下ろし、女性は呟いた。
「彼が『彼ら』の試験体NO.00(ダブルオー)。起動成功例の草薙紫雲」
彼女は目を細めた。
表情に浮かぶのは哀憫の感情。
「人の身体を捨てて、人を護る事を選択した青年か・・・」
『彼』に比べての自分の立場を思い・・・その虚しさから、思考を閉じた。
それを今更考えても仕方がない。
自分で選んだ道だ。
そう思いながら。
彼女・・・霧島聖は背を向けた。
いまだ微かに痛みが続く身体を引きずって、北川はバイクを降りた。
その背にはベルトの入ったバッグを背負っている。
「・・・くそ・・・・」
苛立たしさからバイクの座席に軽く拳を落とす。
だからといって、自分が抱えているものが晴れる筈もない。
訳がわからなかった。
いきなり体中を走った痛み。
その理由の見当さえ、自分にはつかない事が腹立たしかった。
これで自分も戦えると思ったのに。
祐一や紫雲も同じ痛みを堪えているのだろうか。
それとも、自分にはこの力を扱う資格がないのだろうか。
「そんなことは、ねー・・・俺だって、戦えるはずだ・・・・・・」
その言葉が自分の本心からのものか、負け惜しみのようなものなのか。
それさえも分からないままに、北川はその場所・・・大学病院の中に入っていった。
「北川君が・・・」
祐一から話を聞いて、紫雲は呟いた。
三人はあの後、警察に連絡を入れてからその場所を離れた。
・・・気は進まなかったが、人が死んでいる以上そのままにしておくわけにはいかなかった。
その後、あゆを自宅まで送り届けた二人は、聞きたい事があるという祐一の言葉から、寮に向かった。
紫雲は、自分が塒−ねぐら−にしている(とは言わなかったが)工場跡地の方がいいのでは、という意見を出したが距離的な問題から祐一に却下され、今に至る。
祐一の部屋の中、椅子に座る紫雲の表情は複雑なものだった。
そして、同様にその心中も複雑だった。
その正面に座る祐一はそれに気付いていたが、構うことなく言葉を続けた。
構っている気分でもなければ余裕もない。
「・・・変身して数分経って、あいつは・・・変身を解除されて、いきなり倒れた。
あれは痛みを堪えてるようにしか、俺には見えなかった。・・・・どういうことなんだよ?」
「・・・」
「お前、知ってるんだろ?」
紫雲はしばし押し黙っていたが、軽い溜息を吐いてから答えた。
「・・・君が持っていたあのベルトは、君が言うように誰にでも使う事ができる。
でも、誰にでも、完全に使いこなせるわけじゃない」
「なに?」
「ある因子を持った人間でないと、完全には適応しない。
あのベルトに関しては・・・多分ある一定以上の時間が立つとセーフティ機能が作動して変身を解除する・・・んだと思う。詳しくは知らないけど・・・・・」
初めて聞くその事実に、祐一は少なからず驚き、押し黙った。
そんな祐一に、紫雲は尚も告げた。
「多分、君にはその因子が備わっている」
「・・・・・俺に?」
頷いて、紫雲は言葉を続けた。
「僕は君の変身を何度か見ているけど・・・・・変身が自動的に解除されるのを見た事はないし、君もその覚えはないんだろ?
それに加えて、北川君の変身時間を考慮すると、君には因子が備わっていて、北川君にはそれがなかった・・・そういう事だとしか思えない」
「・・・・・なんだよ、その因子ってのは」
その当然の疑問に、紫雲は少し・・・それこそしっかり観察していなければ気付けない程度に視線をずらした。
「・・・・・知らない」
「知らないじゃねーだろーが。お前だってベルトを・・・って」
そう言い掛けた時。
祐一は紫雲も痛みを感じていた事を思い出した。
「お前も・・・?」
「・・・・・僕は・・・・・いや。想像に任せるよ」
紫雲は言いかけて、言葉を濁した。
自分の身体の中で進行している事を話したくなかったし、誰かに自分の事で余計な心配をさせたくはない。
特にそれが、目の前にいる相沢祐一だとすれば・・・なんとなくだが癪に障る。
「・・・とにかく、北川君の事は僕に任せてくれ。
ベルトを持って、戦う意志がある以上、彼はパーゼストが現れる時に必ず現れるだろう。
その時、僕が何とかしよう」
「嫌だね」
「・・・なに?」
「お前、あのベルトを必要としてるんだろ?
あいつからベルト奪ったら、そのまま持っていきかねないからな。
しばらくは張り付かせてもらう」
「・・・好きにしてくれ」
呆れ気味に、紫雲は言った。
・・・祐一自身、紫雲がそんな事をするとは思っていなかったが、万が一という事もあるので保険をかけているだけに過ぎないのだが。
「まあ、それ以前にあいつの所に直接行けばいいんだろうけどさ」
「・・・北川君の住所知ってるの?」
「いや、知らね。携帯の番号は教え合ってたから、必要ないと思って聞いてなかった」
「まあ、そういうものだよね」
「北川君がどうかしたの?」
その名前の部分だけ聞き取ったのか、事情を知らない名雪が台所から顔を出す。
彼女は、二人が帰ってきた時すでに合鍵で部屋に入っていて、夕食を作っている所だった。
「いや・・・ちょっとね。北川君に少し用事があるんだけど・・・」
「電話じゃ駄目なの?」
「・・・直接言って分からせたいんだよ」
うんざりとした表情で祐一は呟いた。
「北川君なら今ごろ大学病院にいるんじゃないかな」
あっさりと言った名雪に、二人はそれぞれの視線を投げ掛けた。
「どうして、そう思うんだ?」
「え?だって・・・香里がそう言ってたよ。よく栞ちゃんのお見舞いに来てくれるって」
高層住宅が川の向こうに見える、川原の土手。
日が傾きかけ、そこは赤く染め上げられていた。
もう少しすれば黒く染め上げられていくだろう、そんな場所に多くの人間が集まっていた。
普段は人通り自体少ない”そこ”にこんなにも人間が集まるのは異常だと言える。
原因は、そこに並ぶ数台のパトカー。
そして、その向こう側に倒れている死体。
人々の喧騒に包まれた場所の一角に、二人の男が並んでいた。
二人の視線は地面に落ちた『それ』に注がれていた。
「これは・・・・・なんなんだい?」
男・・・橘敬介はそんな言葉を漏らした。
そこにあるのは、針の様な体毛に包まれた、何かの腕。
「・・・分かりません・・・」
「・・・だろうね。僕にもさっぱり分からない」
異形の手・・・そうとしか表現できない何か。
そして、その断面から流れ出ている緑色の体液。
「ただ言えるのは・・・これは作り物の類じゃない」
勘でしかないが、敬介はそれを感じ取っていた。
「だとしたら、なんですか・・・?」
「あっさり分かったら苦労はしないよ」
困惑の表情を浮かべる自分よりも幾分若い青年刑事に、敬介自身も困った表情を返した。
まあ、彼よりも少しは余裕があったが。
・・・彼らは知らない。
それが今の自分たちの想像を越える存在である事を。
紫雲・・・仮面ライダーエグザイルが倒したキャタピラーパーゼストの腕である事を。
敬介はしばし考え込んでいたが、頭を掻いて呟いた。
「残念だが・・・とりあえずは鑑識か科警研に回すなりして結果待ちだね」
「・・・そう、ですね」
「そろそろ、失礼したいが・・・もう少しはかかりそうだな」
「え?何か用事ですか?」
「ん・・・ちょっとね」
男はその言葉で、敬介の娘が病院に入院していると話していた事を思い出した。
「ああ・・・そうでしたね。娘さん、早くよくなるといいですね」
「・・・ああ、そうだね。ありがとう」
敬介は彼の言葉に笑って頷いた後、さて、と呟いてから死体の方に歩いていった。
「おーっす、元気にしてるかー?」
その声に病室の中にいた数名の視線が集中した。
視線を一斉に浴びた人物・・・北川はそれにやーやーと手を上げて答えながら、病室の奥に進んでいった。
「いよっ栞ちゃん元気?」
「・・・ここでそう言うのなら、わざわざ入り口で言う必要はないでしょ。恥ずかしい」
ウェーブのかかった髪のその女性・・・美坂香里が呆れ果てた口調で言った。
彼女と北川は祐一たちと同じ高校に通っていた友人同士であり、現在同じ医大に通う者同士でもある。
「もう、いいじゃないお姉ちゃん。・・・北川さんこんにちは」
「おう。元気そうだな」
北川がそう言葉を返した少女の名は美坂栞。
彼女は祐一や北川の後輩だった少女であり、美坂香里の妹である。
彼女・・・栞は、病気で死に瀕した事があったが、奇跡的にそれを回避しているという経歴を持っていた。
だが、病気自体は治ったものの、その後遺症からか身体は以前よりも弱くなり、入退院を繰り返していた。
そんな状況をなんとかしようと、美坂家は香里の上京に合わせる形で引っ越してきた。
医学的な環境のいい、この場所に。
栞自身は「生きているんですからこのぐらい平気です」と気丈に笑うが、辛くないはずはない。
いくら少しずつ快方に向かいつつあるとは言えど、年頃の女の子が学校に通えないというのは。
・・・それを微塵にも感じさせない笑顔で、栞は告げた。
「いつもありがとうございます」
「いやなに、大した事じゃないさ。あ、これは差し入れ」
そう言って北川が取り出したのは、網状の袋に入ったミカン。
それを受け取った栞はしばし眺めてから言った。
「あ・・・すみません。皆さんにお分けしてもいいですか?」
「栞ちゃんのものだから、好きにしていいさ」
笑顔で頷いた北川に栞は、ペコリ、と可愛らしく頭を下げた。
「ありがとうございます。・・・はい、まず観鈴さんどうぞ」
「にはは、ありがとう」
栞の隣のベッドに座っていた少女は、ベッドから下りた栞の手からミカンを受け取ると、にっこりと微笑み、栞もまた、それに微笑みで答えた。
それだけで、この病室が和やかになるような、そんな二つの微笑みだった。
少なくとも、北川はそう思った。
「・・・」
それから、暫く経って。
自分のお隣さんと仲良く話す栞を眺めながら、静かに病室から出た北川は一人廊下を歩いていく。
「北川君、何処に行くの?」
その声に振り向くと、そこには香里が立っていた。
北川は左腕の腕時計を香里に見せながら言った。
「そろそろ面会時間が終わるからな」
「そう、ね。・・・北川君」
「何だよ、改まって」
その言葉を受けて、香里は頭を下げた。
「今日もありがとう」
「・・・よしてくれよ。大した事は何もしてないんだし」
「そんなことないわよ。おかげで栞は随分気が楽になってる」
学校に行く事ができず、日々を知らない人間で囲まれた病院で過ごす栞にとって、知り合いである北川たちが来てくれる事は救いだった。
祐一や名雪もちょくちょく訪れているが、北川は栞がここに入院して以来、ほぼ毎日顔を出している。
「・・・・・まさか、栞にちょっかいだそうだなんて思ってないでしょうね?」
「滅相もない」
「冗談よ。それぐらい見れば分かるわ。・・・あたしは、本当に感謝してるのよ」
そう言う香里の笑みには純粋な感謝が込められていた。
だが、だからこそ北川は辛かった。
それは、かつて何の力にもなれなかった事の穴埋めに過ぎないような気がしていたから。
「そんなことないことないさ。・・・じゃな」
それを誤魔化すように、おどけた口調で北川は呟き、別れを告げた。
廊下を歩くその途中で、北川は見覚えのある男と擦れ違った。
男は、リボンを綺麗に巻かれた箱に気を使いながら歩いていたが、北川に気付くと笑みを浮かべた。
「やあ、こんにちは」
「・・・ども」
とりあえず会釈を返した北川だったが、見覚えはあっても素性が思い出せなかった。
通り過ぎて暫く・・・病院の外に出た段階で、彼はようやっと思い出した。
栞と同じ病室の少女・・・確か、神尾観鈴という名前だった・・・の、家族だという事を。
栞と彼女本人から聞いた話によると原因不明の病気であるらしい彼女の事を心配しているのか、毎日のように顔を出しているらしい。
来る時間のずれか、北川はまだ二、三回しか顔を合わせた事がないのだが。
(・・・なんにしても、早く良くなるといいよな、二人とも)
そんな事を思いながら駐車場に到着した北川は、バイクの鍵を取り出した。
その時。
ポンポン、と肩を叩かれて、香里か、と思いながら振り返る。
だが、そこにあった顔はその思考とは似ても似つかない・・・というか、今会いたくない人間の筆頭だった。
「げ」
「よう。会いたかったぜ」
ニヤリと笑う相沢祐一がそこに立っていた。
北川の顔と脳裏に焦燥が走る。
祐一は、そんな北川の表情を読み取り、笑いの質を穏やかなものに変えた。
「まあ待てって。無理矢理返してもらうつもりは・・・ないわけじゃないけど、今はない。
・・・ただ、少し話がある。多分お前も知りたい事だぞ」
そう呟く祐一に嘘はないと感じ取った北川は、取り出した鍵を手にした腕を下ろして、祐一に疑問の篭った視線を向けた。
「ねえ草薙君」
「なにかな」
名雪の問いに、靴を履きながら紫雲は答えた。
彼女は眉を微かに寄せつつ、尋ねた。
「祐一と一緒に行かなくて良かったの?」
「行っても僕に言える事はないよ」
最初、北川が自分にではなく祐一に「相談」を持ち掛けたのは二つ理由があると紫雲は思っていた。
一つ。
祐一のベルトは着脱可能なもので、紫雲のベルトは肉体の中にある事。
明らかに祐一の方がベルトを奪いやすいし、ベルトを肉体に取り込んでいると推測される紫雲に腕力で敵うかどうかの考慮。・・・まあ、ベルト関係無しに紫雲の腕っ節は元々強いのだが。
そしてもう一つは。
「・・・それに、こういう事は親しい者同士で話し合ったほうがいい」
単純に『そういう』事だ。
祐一とさっき交わした会話を、紫雲はふと思い出す。
北川の居場所を知った祐一に、これからどうするつもりなのかを尋ねた紫雲に彼はこう答えた。
「言ったろ?『俺も仮面ライダーだ』って。
『それ』を他の人間に譲る気はない。だから、行く。
・・・・・まあ、それに」
一旦言葉を切って、少しだけ迷うような間を空けてから祐一は言った。
「・・・一応、知り合いに無理や無茶はさせたくないからな」
「・・・心配なら心配って最初から言えばいいのに」
「え?」
「いや、なんでもないよ。それじゃ失礼するよ。長居して申し訳ない」
「せっかくだから夕飯食べていけばいいのに」
「いや、二人の邪魔しちゃ悪いから遠慮しておくよ」
その言葉に顔を赤くさせた名雪に笑顔を向けてから、紫雲は部屋を出た。
一階に下りた時、晴子が向こうから歩いてくるのを見て、頭を下げる。
「どうも、お邪魔さまでした」
「・・・部外者が出入りするのは関心せんで」
「すみません」
素直に頭を下げる紫雲を見て、晴子は、ふーっ、と呆れるような深い息を吐いた。
「でもま・・・友達ならしゃーないけどな。用事がある時なら、了承したる」
「・・・ありがとうございます」
管理人の晴子に三度頭を下げて去っていく紫雲を眺めて、晴子は呟いた。
「・・・今時珍しいな、ああいう男」
そんな事を思われているとは露とも知らず。
駐輪場に向かった紫雲が自分のバイクに辿り着いた時だった。
「・・・・・く・・・・・・・」
突然に。唐突に。
紫雲の体中に痛みが走った。
それは、ベルトの誕生に立ち会った人間達も原因不明だという痛み。
何で今頃・・・と紫雲は歯噛みする。
何度変身しても、この痛みには慣れない。
負けるつもりはないが・・・辛いものは辛い。
今この時がが非常時なら、紫雲は何が何でも意識を保つだろう。
だが、今はその時ではなかった。
懸命に意識を保とうとしていた紫雲だったが、そこで力が抜けて、地面に倒れた。
その瞬間。
(誰だ・・・?)
誰かが見下ろしているような気がしたが、それが誰かを確認できず、紫雲の意識は闇に落ちた。
「・・・ってことらしい」
紫雲から聞いた事そのままを、祐一は北川に語った。
「そうか。じゃな」
「待ておい」
バイクに跨った北川の手を祐一は掴んだ。
「お前、人の話聞いてたか?」
「聞いてたよ。それがなんだってんだ」
北川は幾分不機嫌そうな視線を祐一にぶつけた。
「要するに、俺に負担がかかるって事と、変身できる時間が短いってだけだろ。
要は時間内に勝てばいいんだ。
・・・この間はそれを知らなかっただけだからな。次は勝つさ」
「・・・そりゃそうだが・・・」
「・・・お前には悪いと本当に思ってるよ。でもな、俺は・・・・」
その瞬間、北川の表情が変わった。
何か呆けるような、宙にある見えない何かを見るようなそんな表情。
それで祐一はすぐに理解した。
北川の言う”次”が来た事を。
「っ・・・」
「おい!」
北川は祐一の声を無視して走り出した。
『鍵』から流れ込んでくるイメージに従って。
「・・・くそっ・・・・・」
『鍵』を持たない祐一は、そんな北川を追うことしかできなかった。
彼女・・・美坂香里は面会時間ギリギリまで栞の病室にいた後、明日も来る約束をしてから病院を後にした。
随分遅くなってしまった事を、暗くなった空を見て思い知る。
今日はレポートを書くつもりなので、長居してしまった少しだけ後悔した。
そんな事を思いながら彼女は暫く歩いていたのだが。
裏通りと表通りの中間に位置するような少し狭い通り。
その暗闇の中に誰かが立っていた。
香里は直感から警戒し、そこに立ち止まった。
勿論、ただの直感だけで立ち止まったわけではない。
香里がそこに歩いてくるまでの間、その人影は微動だにせず、そこに立ち尽くしていたからだ。
「・・・・・」
香里はいざとなったら走り出せるように精神的に構えて、その人影を観察した。
そこで香里は見た。
その人影が変化していく様を。
その変化はあまりにも異様だった。
骨を砕くような音と共に何かが広がっていった。
それは・・・羽。
大きな蝶の羽を背負った人間・・・香里にはそうとしか思えなかったし、そうとしか見えなかった。
親友である水瀬名雪が電話で話していた事が脳裏をよぎる。
『それ』が確かに存在している事。
そして、万が一遭遇した時は、まず逃げる事を最優先にして、その上でかつてのクラスメートである相沢祐一か草薙紫雲に連絡を入れる事。
訳が分からず、その時は何かの冗談だろうと一笑に付した。
香里がその意味を半ば理解しかけていた、その時。
動き出した『それ』が、街灯の下にその姿を露にした。
それを見た香里は、本能のままに悲鳴を上げた。
「きゃあああああああああああああっ!!」
そこに立っていたのは見紛う事のない『怪人』だった。
極彩色の羽を持ったその『怪人』・・・バタフライパーゼストは、その頭から生やした触角を不気味に動かしながら香里に歩み寄っていく。
香里は純粋な恐怖から駆け出した。
だが、それゆえに最初にしていた精神的な構えを忘れ去っていた。
焦りからか足がもつれ、数メートルも進まない内に香里は転んでしまった。
今が昼間であるのなら、彼女はこれほどのパニックに陥る事はなかっただろう。
暗闇から生まれ出たような錯覚が、香里に必要以上の恐怖を与えていた。
「あ・・・・あ・・・・・・あ・・・・・・・・」
「やめろおおおおっっ!!」
響いたその声とともに飛び出した人間がパーゼストに全力で体当たりを放つ。
不意をつかれて、意外なほどあっさりとパーゼストは弾き飛ばされた。
その人間・・・北川は慌てて倒れた香里に駆け寄った。
北川の後を追ってきた祐一も、同じ様にしゃがみこむ。
内心でその倒れていた人間が香里である事に驚いたが、今はそれどころではないと外傷がないかを調べた。
「おい!しっかりしろ、美坂!!」
「きた・・・がわ・・・・くん・・・・・・?」
北川の問い掛けに香里はそう呟くと、安堵からか、それとも転んだ時の打ち所が悪かったのか、糸の切れた人形のように、カクン、となって意識を閉じた。
「美坂っ!しっかりしろ!」
「・・・大丈夫・・・気を、失っただけだ・・・・」
外傷が無い事と、呼吸と脈がある事を確かめて、祐一はとりあえずの安堵の息を吐いた。
北川はギリッ・・・と歯噛みしながら、背負ったバックからベルトを取り出し、巻きつけた。
「北川!」
「うるせぇっ!資質がどうとか、関係あるかよ!!変身!」
赤と黒の閃光に包まれた北川の姿が瞬時に変わる。
「行くぜっ!」
祐一を押しのけて、カノンに変身した北川はバタフライパーゼストに向かって全力疾走する。
その疾走の中で、カノンの右腕が光に包まれていく。
「・・・あいつ・・・」
それを見て、祐一はすぐに理解した。
香里が襲われた事で頭に血が昇っている事を。
おそらく限界の事など北川の頭にはない事を。
「・・・くらえっ!」
赤い輝きを放つ拳が唸る。
だが。
「hujumuuhuuuuuuu・・・」
何処か嘲る様な呟き。
次の瞬間、バタフライパーゼストはその背中に背負った蝶の羽で空に舞い上がった。
「ちっ!?」
怒りに突き動かされ、判断力のないカノンの拳は掠りもしなかった。
そんなカノンを尚も嘲笑うように、空高く飛翔するバタフライパーゼストは急降下し襲い掛かる。
攻撃を当てては即座に下がるヒットアンドアウェイの前に、冷静さを失ったカノン・・・北川は闇雲に拳を繰り出すばかりで、手も足も出せなかった。
「くそがっ!!」
北川は、怒りと焦りのままに脚部にエネルギーを集中した。
「うおおおっ!!!くらえええええっ!!!」
全力でアスファルトの大地を蹴ったカノンは、空中で半回転し、エネルギーの篭った足を伸ばす。
だが、その動きが直線であるなら避けるのは容易い。
さらに言えば、空中を自在に飛び回る存在には尚の事だ。
あっさりとキックを避けたパーゼストは、その隙だらけの身体に両足蹴りを叩き込んだ。
それを避ける術など、高い跳躍はできても飛ぶ事はできないカノンには、ない。
「ぐ・・・ああああああああああっ!??」
「ちっ・・・!」
まともにそれを受けたカノンは体勢を崩しながら地面に落ちた。
祐一はそれを受け止めようと走ったが、間に合わず、倒れた北川のそばに駆け寄る形となった。
「ぐ・・・」
「北川・・・!」
そして。
「・・・待て!待ってくれ・・・・・!!」
『それ』を察知した北川の叫びも空しく変身が解除される。
そして、人を越えた力の代償が北川を襲った。
「く・・・がああああああああああ・・・・・・!!」
それでも。
「く・・・そったれ・・・・・・・!!」
それでも、北川はフラフラと立ち上がりながら、刺さったままの鍵に手を伸ばした。
「やめろ!無茶するな!」
その手を払って、祐一は北川のベルトを外しにかかる。
当然、北川はそれに抵抗した。
「今だって、身体痛いんだろうが!」
「痛いぐらいが何だってんだよ!」
バタフライパーゼストが地面に降り立つ。
そこからは少し距離はあるが、時間稼ぎにはならない。
横目でそれを確認しながら、焦りを込めて祐一は叫んだ。
「お前・・・どうして、そこまで・・・・・・!!」
「二年前だって、俺は何もできなかったんだ・・・!」
二年前。
その事に祐一はすぐに思い当たった。
他ならぬ、今日の北川自身の行動全てが、その思い当たりを肯定していた。
それは、あの冬。
彼らが始めて出会った、あの頃の出来事・・・ただそう言うにはあまりに辛い記憶の一つ。
病気に苦しむ栞の事で、香里は悩み、苦しんでいた。
彼女と親しい誰もが、その苦しみを間近で見ていながら、何もできなかった。
ただ時が流れていく中で、彼女の僅かな感情の吐露を受け止める以外に無かった。
香里に好意を抱いていた北川が・・・少なくとも祐一にはそう見えた・・・その現実に痛みを感じていたのは想像に難くない。
好きな人間のために何もできなかったという、どうしようもなく圧倒的で残酷な現実。
・・・その事を北川が今も悔やんでいる事に、祐一は気付いた。
今、栞が死を回避して生きていようとも。
香里が、そんな北川に負の感情を向けることが無くても。
あの日々は北川にとって後悔でしかなかった。
そして、今。
パーゼストに襲われた人間を見て。
それを救う事ができない自分を直視して。
北川は、過去の気持ちを今にダブらせていた。
「ここで、また何もできなかったら、俺は・・・・・!」
だが、今なら。
あの時とは違うが、現実に、ある意味あの時以上に理不尽な現実に抗う力がある・・・・・!
それを求めて、北川は『鍵』に手を伸ばした。
だが、その手を、祐一は再び払いのけて、叫んだ。
「馬鹿か、お前っ!!」
「なにっ・・・!?」
「お前は・・・あの時、単なる学生だっただろうが!
医者でもなければ、神様でもない、普通の学生だった・・・違うか?!
あの状況じゃ、誰も何の力にもなれない・・・それが当たり前なんだよ!」
畳み掛けるような祐一の言葉。
その間にも、バタフライパーゼストは二人に歩み寄っていく。
余裕からか、その歩みこそ遅いが確実に。
「・・・お前に何が・・・・」
「分かるさ!・・・どうしようもない現実があるって事ぐらい俺にだってわかる!」
9年前。
幼馴染である月宮あゆが、誤って大木から落ちてしまった時。
そこから七年の昏睡状態を余儀なくされた時。
自分も、あの時、何もできなかった。
子供だったから。
無知だったから。
しょうがなかった。
そう思いたくなくても、それが純然たる事実だった。
「でもな・・・それとこれは!・・・昔と今は違う!違うんだよ、北川!!」
「・・・」
祐一の言葉に何かを感じ取ったのか、北川の抵抗が微かに緩んだ。
その瞬間をついて、祐一は鍵が刺さったままのベルトを北川の腰から外した。
「・・・っ?!」
「・・・だから!」
二人に到達したパーゼストが襲い掛かる瞬間、祐一は北川を突き飛ばし、自身は前回り受身の要領で地面を転がる。
パーゼストの攻撃が空を切る。
「だから、俺が戦うんだ!」
起き上がった祐一はベルトを巻き付けた。
資格があるかは分からない。
昔の無力だった自分と大きく何かが変わったわけじゃない。
それは、北川と同じだ。
だが、自分には資質がある。
そして、何より。
自分が戦う事で、同じ気持ちの誰かが・・・北川が、傷つく事が無いのなら。
「・・・変身!」
祐一が鍵を廻した瞬間、辺りが閃光に包まれた。
その閃光が静まった後、そこには真っ赤な眼に光を灯す、仮面の戦士が立っていた。
祐一・・・仮面ライダーカノンはその眼差しをパーゼストに向ける。
「・・・見てろよ、北川」
視線はパーゼストに、言葉は北川に向けて。
カノンはパーゼストに殴りかかっていった。
バタフライパーゼストは北川の時同様、それを空に舞い上がる事でかわす。
「huijuujhnyuuuuuujhh!!!」
一声吠えて、急降下するパーゼスト。
「・・・馬鹿の一つ覚えだなっ・・・!」
急降下するパーゼストを確認して、カノンは叫んだ。
空を飛べない以上、確かに空中戦では勝負にならない。
以前に蝙蝠のパーゼストを倒した時は、殆ど勢いで勝ったようなものだ。
まともにやれば、おそらくもう少し苦戦していただろう。
だが、こちらが地上にいる限り。
遠距離からの攻撃手段が向こうにない限り。
パーゼストは必ず降りて来る。
こちらの攻撃の届く範囲内に。
そして、それが分かっているのなら策はある。
疾風の速度で襲い掛かってくるバタフライパーゼスト・・・!
(まだだ・・・もっと引き付けて・・・・・)
カノンは全身に力を漲らせ”その時”を待った。
バタフライパーゼストの伸ばした鋭い手刀がカノンに突き刺さらんとした、その瞬間。
「今だ!」
それを身体の軸をずらす事で紙一重で避ける。
そこに『攻撃の後』という最大の隙が生まれる。
カノンは無防備極まりないその背に渾身の拳を叩き込んだ。
それをかわせなかったバタフライパーゼストは、再び舞い上がる事も叶わず、地面に擦り付けられながら、這いつくばった。
すぐさま起き上がろうとするその背をカノンが踏みつける。
そうして動きを封じたカノンはパーゼストの片翼を掴み、一切の遠慮なく引き千切った。
その裂け目からは緑色の体液が流れ出て、痛みからかパーゼストは叫ぶ。
「jujiiikkkioiikhgy?!」
「悪いな。・・・だが、こうすりゃ、逃げたりできないだろ・・・っ!?」
言いながらもう一枚の羽ももぎ取り、大きく蹴り飛ばす。
バタフライパーゼストの戦闘能力は人間にはない飛行能力にある。
それを奪われてしまえば、戦闘能力が半減・・・いや、それ以下になるのは明らかだった。
それでも普通の人間なら、その圧倒的な力、堅牢な皮膚をもって、なんとでもなる。
だが、今そこに立つのは、普通の人間ではない。
「・・・くらえ・・・・・・!」
カノンが駆ける。
その最中、カノンの身体を廻る力の奔流が脚部に集中されていく・・・・・!
「はああああああああっ!!!」
疾走から繰り出された紅の蹴撃。
その圧倒的な破壊がパーゼストの腹部に突き刺さった、次の瞬間。
「jyuuhyuujnjuuuu!!!!」
人間には理解できない叫びと共に、爆発を封じられたパーゼストは光の粒となって消滅した。
北川は。
倒れたままの香里の側に、彼女を護るようにしゃがみこんで。
痛みにふらつきながらも、それを眺めて・・・いや、見届けていた。
祐一はそんな北川に、変身を解除しないままに、言った。
祐一としてではなく。
仮面ライダーカノンとして言いたかった。
「北川・・・俺とお前って、少し・・・似てるよな」
「・・・・・」
「でもな・・・俺とお前は・・・やっぱり違うんだ」
北川は、すぐに理解した。
その『違い』が何を意味しているのか。
そうしたくない気持ちとは、裏腹に。
体中を回る痛みが、それを教えていた。
「だから、今は・・・このベルトの力は、俺が使う。
・・・・・でも、俺は、お前の分まで頑張るなんて約束はしない」
祐一が戦う事で、北川は傷つく事は無いかもしれない。
ただ、それはあくまで肉体的な事に過ぎない。
祐一が戦うたびに北川は自分が無力だと思い込み、心は痛み続けるかもしれない。
北川は、自分が戦う事に意味があると思っているのだから。
だから、そう約束する事は無意味でしかないし、祐一が戦う事は北川の救いにはならないのかもしれない。
・・・でも。
「ただ、俺は俺の全力を持って・・・名雪や、あゆや・・・香里や栞・・・皆を、守る。
それだけは、言っとく」
それでも、生きてさえいれば何かができる。
祐一は、そう思いたかった。
・・・・・そんな祐一の言葉を聞き終えて、北川は思った。
(・・・ああ、確かにそうだよ)
同じ想いを抱えているのなら、この”力”は、より相応しい者が使うべきだ。
その方が、きっといい。
・・・それは奇しくも、北川が変身した時、祐一が抱いた思いとまったく同じモノだった。
だが、それゆえに。
「・・・っ・・・・」
北川は俯いて拳を握り締めた。
「・・・北川・・・・」
その声には答えず、北川は倒れていた香里を抱きかかえ、祐一に背を向けた。
痛みは当然残っている。
それでも、そう見せないのは、ただ意地だった。
「・・・美坂は、俺が送る。病院にも連れて行く。心配しなくてもいい」
「・・・・・」
「相沢。確かにそれはお前が使うべき力だ。少なくとも俺よりは相応しいよ。
でも、それは・・・今だけだ」
負け惜しみだと分かっていながら。
北川は、言わずにはいられなかった。
「いつか、お前以上にそれを使えて、その資質とかがある奴が現れたら・・・・・ベルトは、そいつに譲れよ。
・・・・・今、俺がそうしたように」
そんな北川の言葉に、祐一は答える事ができなかった。
否定の言葉も、肯定の言葉も、何故か出てくることはなかった。
そして、去っていく北川の背中を、ただ見つめる事しかできなかった。
北川自身、八つ当たりだとしか思っていなかったその言葉。
それが、いずれ自分に重くのしかかってくる事を。
この時、祐一はすでに気付いていたのかもしれない・・・・・
・・・・・続く。
次回予告。
パーゼスト。
人間に憑依する化物。
人間を殺して回る彼らの狙いは何なのか。
その真実の一部に触れた時。
祐一は『その存在』と遭遇した。
「人間の敵がパーゼストだけだと思わない事だ」
乞うご期待は、ご自由に!
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