第三話 仮面の意味




「ふっ!」

祐一・・・仮面ライダーカノンの拳が空を裂く。
紫雲・・・仮面ライダーエグザイルはそれをあっさりと掴み、受けきった。

「ちっ・・・」

カノンは続けて左手の拳も突き出すがそれも止められてしまう。
エグザイルは掴んだ両腕をグッと引っ張り、カノンの腹に膝蹴りを叩きつけた。

「ぐぅっ!」

ダメージから上体が前かがみになるカノン。
そのカノンの顔面に低い軌道からの拳が直撃し、カノンは地面を転がった。

(こいつ・・・強い・・・!)

その立ち合いで祐一は紫雲の強さを感じ取っていた。
・・・それはベルトの性能の違いなのか、それとも・・・・

「・・・・・こんなものか?」

思考に埋没したカノンに、エグザイルがゆっくりと歩み寄っていく。
その言葉にカノンはカッとなって殴りかかっていく。

「うおおおっ!!」
「君は知っているか?」

降りかかる拳を防御さえせず立ったままで受ける。
微動だにせず、エグザイルは言う。

「?!」
「拳の重さを」

ゆっくりと拳を振り上げ、それをカノンの右胸に叩き込む。
カノンは圧倒的な衝撃に弾き飛ばされる。
・・・その痛みは、祐一が今まで受けた事のないほどの重さが込められていた。

「この拳は、殴る力が強ければ、自分すら痛みを感じる。
勿論、拳を向けた相手はその何倍もの痛みを感じてるはずだ。
そして、変身した僕らの拳は、その威力に見合った重さがある。
それがわかるか?」
「・・・・・」

カノンの拳が堅く握られていく。

「そんな拳を振るう覚悟が君にあるか?」
「あるに、決まってるだろうがっ!!」

起き上がりざまの拳が再びエグザイルの胸に突き刺さる。
衝撃で、エグザイルが一歩後ずさる。

「・・・これが、その拳か?」
「・・・そうだ」
「そうか。なら」

エグザイルが拳を握り締める。
堅く、強固に。

「倒れてはやれないな」

その拳でカノンを殴りつけたエグザイルは、連撃を浴びせ掛ける。

「君は知らない。
拳の重さも、痛みも知らなすぎる・・・・」
「ぐ・・・!」

流れるような連撃。
一撃一撃に無駄が殆どない。
明らかに、慣れた・・・いや、鍛えられた動きだった。

「何かと戦うという事は、自分の痛みにも相手の痛みにも耐えうる覚悟を持つということだ」
「ち・・・くっ・・・・が・・・・」
「君には、無理だ」
「ぐ・・・・・・あああああああああっ!?」

連撃の締めの回し蹴り。

それを受けて、一際大きく宙に弾き飛ばされるカノン。
その最中、攻撃の衝撃からかベルトが外れ、カノンは祐一の姿に戻った。
祐一とベルトはそれぞれの場所で地面に落ち、叩きつけられる。

「・・・く・・・・」
「悪く思うな、とは言わない。
でも、君には闘う必要はないんだ。
待つ人が多くいる君には」

エグザイルはそう言うと転がったベルトを拾い上げようと、歩み寄ろうとした。
その時。

「・・・・・・・・ぐ・・・・・・・・・・・・?!!」

エグザイルは身体を抑えてしゃがみ込んだ。
その身体には耐え難い痛みが巡っていた。
祐一はそれを知る由もないが、この隙を逃がしてはいられなかった。
痛みを堪えながら起き上がり、ベルトを拾い上げる。

「く・・・相沢、君・・・・!」
「・・・悪いな、草薙」

そう言い残して、祐一はその場を走り去っていった。

「・・・く」

紫雲は迷ったが、結局、追う事はしなかった。
今無理をして、後々怪人との戦いに影響が出るようでは本末転倒だ。

大きく息を吐いて立ち上がると、鍵を変身の時とは逆方向に回した。
そうすることで変身が解除され、紫雲の姿に戻る。

「・・・長く変身しすぎたか。ったく、このポンコツ体め」

言いながら壁によりかかり、右手を胸に当てた。

「・・・結構、効いたな」

分かってはいた。
祐一の覚悟は。

でも、その覚悟の重さを認めたくても、認めるわけにはいかなかった。
そうすることは、許されなかった。
自分自身のためにも、祐一自身のためにも。

「・・・・・ああ、疲れた」

呟いて、紫雲はずりずり音を立てながら壁を滑り落ちていき、その場で眠りに落ちた。
その場に近付いてくる足音と警察、そして救急車のサイレンの音が聞こえてくるのを微かに聞き取りながら。






「・・・ただいま・・・・」
「祐一っ?!」

祐一が自室のドアをあける姿を確認した瞬間、名雪は駆け寄って祐一に抱きついた。

「っとと、名雪・・・?」
「よかった・・・祐一、生きてるよ・・・祐一のままだよ・・・よかった、よかったよ」
「名雪・・・心配かけてすまない・・・・って、痛い痛いっ」
「あ、ごめん・・・って、祐一怪我してるの?
というか、ベルト・・・つけてないね。変身しなかったの?」
「あーもう、まとめて話すから、とりあえず離れろっ!」

祐一は名雪を振り払うと、ふう、と溜息を吐いた。
・・・まあ、その内心は名雪が心から心配してくれた事に照れていたり、感謝していたりしたのだが。



「・・・そうなんだ・・・」

傷の手当ての合間、全てを聞いた名雪はそう洩らした。
その表情は・・・内心同様複雑なものだった。

祐一の覚悟も分かるが、紫雲がベルトを奪おうとした気持ちもなんとなく理解できる。
何より祐一が闘う必要はないという紫雲の心遣いは名雪の願いだったから。

自分としては紫雲を支持したいが、祐一の気持ちを思うと素直にそう思うことはできなかった。

「なあ、名雪」

俯き加減に祐一は呟いた。
その言葉に何かを感じ取って、名雪は穏やかな声で問い返した。

「なに?」
「傍から見てて、俺の覚悟ってそんなに半端だったか?」
「え?」
「半端に見えたか?」
「・・・ううん」

それは素直な名雪の気持ちだった。
あの時の祐一はかつてないほどの意思をその目に宿らせていた。
相沢祐一をそれなりの年月見てきた自分にはそれが分かる・・・だから名雪は自信を持って、祐一に答えた。

「祐一はすごく覚悟してた。私は、そう感じた」
「そっか・・・
でもな、それでも、あいつには届かなかったんだ・・・・・」

圧倒的な力で祐一を、カノンを捻じ伏せたエグザイル。
今にして思えば、その力は単純に性能や能力の違いとは思えない。

揺るぎない意志の力。

それを確かに感じ取った。

(あいつと、俺・・・一体、何が違うって言うんだよ・・・・)

祐一はパンッ!と右拳を左掌に当てた。
湧き上がる感情を諌める様に。

今の名雪には、ただそれを眺めるしかできなかった・・・・・









「・・・・・ここは・・・・・?」

紫雲が目を覚ますと、そこは病院らしき場所の長椅子の上だった。
救急車に運ばれて病院で眠る羽目になったのだろう。
見覚えがあるような気がするが・・・大きな病院は似たような感じがあるので気のせいだろう。

自分の腕に巻いたアナログの腕時計を見ると八時。
廊下の果ての窓から覗く外が暗くなっているので午後の八時なのだろう。

「・・・」

体の調子は良くなっている。
何かを取られた形跡も無い。
救急車で運ばれたにしては扱いが雑だが文句を言うつもりは無い。
そもそも倒れた理由は怪我ではないのだから。

(万事、というわけではないが、問題なしだな)

いろいろ考えながら紫雲が立ち上がろうとした時だった。

「・・・あ、気がつかれましたか」

診察室か何かのドアが開いて、一人の女性が姿を現した。

「・・・あなたは、確か・・・今朝お会いした・・・・」

紫雲は彼女に見覚えがあった。
確か今朝、相沢祐一を訪ねた時、いろいろ教えてくれた親切な女性だ。

「はい。お久しぶりです」
「・・・あ、いや、その」

・・・今朝始めて出会ったのに久しぶり。
紫雲は彼女・・・美凪の常人とは違った反応に少し圧倒された。

「あーえー、それはともかく、あなたが救急車を?」
「はい。・・・・・・怪我人がいらっしゃったので、救急車を呼んだ後戻ってきたらあなたも倒れていて・・・・・」
「そうですか・・・ありがとうございます」
「お気になさらずに。・・・・・あの、お聞きしたい事があるのですが」
「はい、なんですか?」
「あなたがそこに来る前に、男の人・・・あなたが今朝尋ねていらっしゃった相沢さんはおられませんでしたか?」
「・・・・・」

そう問われて、紫雲は大体の状況を把握した。
彼女が怪人に襲われていて、それを祐一が助けたのだろう。
その後で、それを放っておけなかった彼女は、警察と救急車を呼んだのだ。

(・・・彼に感謝しなければならないのかな・・・)

「あの・・・?」
「あ、いや、ごめん。相沢君なら無事だよ・・・じゃなくて無事ですよ」
「そうですか。それは・・・安心しました」

美凪が安堵の表情を浮かべたので、紫雲もまた同じ様な表情を浮かべた。
他人の無事を心から喜んでいる美凪の心に、素直に好感を持ったのだ。

「さて、それではそろそろ失礼します」
「・・・あの、無理に言葉を丁寧になさる必要はないかと。私達は同年代なのですし」

その言葉に、しばし紫雲は考え込んだが、納得したのか頷いて言った。

「・・・ああ、そうだね。君ももう少し楽に話していいよ」
「私はこれが普通ですから」
「そっか。あ、そうだった。診察代は・・・・」

その事に思い当たり紫雲がポケットに手を入れると、美凪は思い出したように、あ、と声を洩らした。

「診察代は払わなくてもいいと、あなたの知り合いだという方がおっしゃってましたが」
「・・・・・・・・・・・・・・・僕の、知り合い?」
「はい、そこにいらっしゃる・・・」
「だらしがないな愚弟よ」

美凪が出てきたドアの所に偉そうに腕を組む影を見て、紫雲の顔が引きつった。

「姉貴っ!?」

そこにいたのは、紫雲の姉である草薙命だった。

命の職業は医者である。
そして、見覚えのあるこの場所は、彼女が勤める大学病院だということに気付いて紫雲は頭を抱えた。

「ああ、お姉さまでしたか」
「うん、そうだよって・・・そうじゃなくて。病院にしては扱いが雑だと思ったらそういう事か」
「大した怪我でもあるまいし、文句を言うな。この未熟者が」
「・・・・・・・この野郎・・・・」
「誰が野郎だ、誰が」

火花散るその様子を見て、美凪は穏やかに微笑んだ。

「姉弟、仲良くて大変よろしいですね」
「・・・これの何処をどう見たらそう思えるんだ・・・?」
「全部ですが」
「・・・・・・・・・・」
「それでは、私はそろそろ失礼させていただきますね」
「あ、それなら寮まで送るけど・・・」
「いえ、割と近くですから、へっちゃらへーです」
「そ、そう?・・・あーまーその。今日はお世話になったね。このお返しはいつか必ずするから。えーと・・・」
「・・・私は遠野美凪と申します。以後お見知りおきを」
「あ、僕は草薙紫雲。・・・好きなように呼んでくれて構わないから」
「はい。では紫雲さん、また何処かで。それでは」

軽く頭を下げると、美凪は静々とその場を去っていった。
その姿が消えるまで見送った後、命が呟いた。

「いい子だな。今時珍しいぞ」
「そうだな」
「相沢祐一君がいなければ、そういう子が一人失われてしまったわけだな」
「・・・何が言いたい」

さっきまでとはうって変わって、その表情が険しいものになる。
振り向きもせずに言った自身の弟の言葉に、命は静かに答えた。

「言葉通りだよ、愚弟。
お前の眼から見て、相沢祐一君はベルトを持つに相応しくないと思うか?」
「・・・・・」
「何をそんなに意固地になる?状況を見る限り、彼ほどに相応しい『適格者』はいないと思うが」
「彼には、彼を待つ人間が多すぎる。彼に戦いは似合わない」
「逆に言えば、それは護るべき人間が多いということではないか?
そして、そういう人間にこそ、ベルトの力は相応しいと私は思うのだがね」
「見解の相違だな」

ふん、と息を洩らして、紫雲は歩き出した。

「おい」
「これ以上、話す事はない。もう一つの鍵とベルトの所在がわかったら知らせてくれ。
鍵が揃わないかぎり、KEYは完成しないし、KEYが完成しない限り、人類は滅びる。
・・・とまでは言わないが、状況が悪化するのは確かなんだからな。
僕や、僕の鍵だけじゃ、サンプルとしては足りない」
「分かっている」
「皆にもよろしく伝えてくれ」

紫雲はそう言って手を上げると、静かに去っていった。

「・・・確かにそうだな、愚弟。
だが、私としてはお前の事も気にかかるのさ」

そう呟いて、命はふむ、と頷いた。

「そうだな。そのためにも会ってみるのも悪くはない」







個人にどんなことがあっても、余程の事がなければ日常というものは巡る。
それがこの日本という国だ。

翌日、祐一はそんな気分はしないながらも大学に講義を受けに来ていた。
名雪は学科が違うので、今のところ別々だ。

「おはよ、相沢」

その声に、机に突っ伏していた祐一が顔を上げると、隣の席に七瀬留美が座ろうとしている所だった。

「あーおはようさん、七瀬」
「何よ元気ないわね」

椅子に姿勢正しく座って、七瀬は言った。

「あんた、この間の事まだ引きずってるの?」
「この間・・・ああ」

七瀬の言葉が日曜日、つまり祐一がはじめて怪人と遭遇した日の事を指していると気付き、祐一は納得したのを知らせるように何度か頷いた。

「・・・まあ、それ絡みと言ったらそうだな」
「そう言えば、昨日も『同じ』事件がいくつか起きたみたいね」
「なんでそんな事分かるんだよ」
「目撃者の証言があっても、それを確認してないとか、信憑性薄い扱いしてたり、その事件現場周辺がなんかすごい力で破壊されてたりしてたらしいし。
共通点が多いから、冷静に見れば丸分かりよ」

七瀬はふふん、と誇らしげに語ったが。

「ニュースかワイドショーの受け売りじゃないのか?」

と、祐一が突っ込むと額に一筋の汗が流れた。
取り繕うように、あはは、と笑って、七瀬は続けた。

「ま、まあ、それはともかく、被害が少なかったって事は、あのカメンライダーってのが来てくれたんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・まあな」

それに自分の事も含まれてるとは言わない。
別に秘密にする大きな理由は今のところないが、両親の手紙の手前や、気分的なものから祐一は何も言わなかった。

「・・・あれって、あんたの友達なんでしょ。
今度もし会ったら、私がありがとうって言ってたって伝えておいてくれない?」
「・・・・・・・・考えとくよ」
「?どうしたの、急に不機嫌そうになって」
「別に」

祐一は頬杖を付いて、七瀬とは逆方向の窓を見上げた。
七瀬はそんな祐一に首を傾げながらも、ま、いいか、と呟いて、授業までの暇つぶしに携帯を取り出した。






「・・・」
「・・・」

大学が終わると、いつものように待ち合わせていた祐一と名雪は寮への帰路を歩いていった。
いつもなら、祐一が名雪をからかったり、名雪が夕飯について話したりしているのだが、今日はただ無言で二人は歩いていった。
・・・少し言うと、それは正確ではない。
名雪はそれに耐え切れず、話し掛けていたはいたのだが、祐一がそれに対して上の空気味で会話が長続きしなかったのだ。

(・・・なんとかしないと・・・・)

名雪がそう思いながら歩いているうちに、二人は寮に辿り着いていたのだが、そこにはいつもと違う事が待っていた。
寮の入り口の前に、白衣を着た女性が立っていた。
長身で、長くも短くもない髪を面倒そうにかき上げている、整った容姿の女性。
・・・彼女は近付いてくる名雪たちに気付くと、二人に歩み寄って、口を開いた。

「水瀬名雪君と、相沢祐一君だな?」
「そうですけど、何か?」

祐一は名雪を庇うように前に出ながら尋ねた。
女性はその様子に苦笑した。

「別に君たちに危害を加えに来たわけじゃない。
ただ、話をしたいと思ってきただけさ。・・・草薙紫雲の姉としてな」

その言葉を聞いて、祐一たちの表情が驚きに彩られた。
二人のそんな表情を見て、女性・・・命は、ふ、と軽く笑った。

「・・・草薙の?」
「お姉さん?」
「ああ、そうだ。
相沢君には昨日迷惑をかけたようで、一度謝罪したくてな。ま、もっともそれだけではないがね」

昨日、と言われて、祐一の表情が硬化する。

「それじゃ、あんたは草薙が変身したり、俺がベルトを持ってたりするのを知ってるのか?」
「ああ、知っているよ。ベルトの事については君以上にな。
まあ、それに絡んだ事で少し話がしたいんだが、時間は取れるかな?」
「・・・ああ」

祐一にしてみれば、それは望むべき事だった。
命は、祐一が深く頷くのを見た後、今度は名雪に言った。

「悪いが、君には席を外してもらいたいが・・・構わないか?」
「・・・わかりました」

納得はいかないが、おそらくその方が都合がいいのだろうと名雪は判断を下した。

話をまとめた三人はそれぞれの表情を浮かべながら寮内に入っていった。
祐一と命が祐一の部屋に入るのを見届けた後、名雪もまた自分の部屋に戻ろうと自室のドアの鍵を開けた・・・その時だった。

「あ、水瀬さん」

その声に振り向くと、人の良さそうな顔がそこにあった。
草薙紫雲がそこにいた。
彼はばつの悪そうな表情で言った。

「あー、その、昨日は相沢君に手荒な事をしてごめん。
相沢君にも悪かったけど、その・・・・・」
「・・・いいってわけじゃないけど・・・草薙君は祐一の事を考えてくれたんだよね。
だから、気にしないで」
「・・・あーその・・・ありがとう。
ところで、相沢君はいるのかな?」

照れなのか、頭を掻きながら祐一の部屋を指差して紫雲は言った。
それに名雪は「知らなかったの?」と呟いて、答えた。

「え?草薙君のお姉さんが話したいことがあるからって、中に・・・」
「なに・・・?何考えてるんだ、あいつ・・・・」

露骨に表情を変えた紫雲はそう呟いてチャイムを押そうとしたが、名雪の言葉がそれを止めた。

「・・・あの、草薙君」
「なに?」
「時間があったら、少し話聞いてくれないかな?」

名雪の言葉に、紫雲は不思議そうに少し眉を寄せながらも頷いた。

「・・・別に、構わないけど」
「ありがと」

名雪はそう言って、自分の部屋のドアを開けて紫雲を招き入れた。





「で、話ってなんですか?」

自室のテーブルで向かい合って、祐一は言った。

昨日は紫雲がいた席に、今日はその姉が座っている。
その事を、人生はわからないものだな、などと祐一は思っていた。

命はテーブルに置かれたベルトを横目で見てから、口を開いた。

「君は知りたくないか?愚弟が何故戦っているのかを」

少し考えた後、祐一は頷いた。
自分と紫雲の差を知るために、それは必要な事だと思えたから。
それを満足げに眺めてから、命は語りだした。

「まあ、なんというかな。
君もかつてあれのクラスメートだったらしいから知っているかもしれないが・・・あいつはどうしようもないほどにお人好しだ。
だから、昔から人を助けるためならどんな事にも首を突っ込んでいたよ。
単純な人助けから、喧嘩まで幅広くな」
「・・・・・」
「まあ、そんな中かな。
偶然だったがあいつは知ったのさ。
『敵』の事、ベルトの事。
知った以上、あいつはまた首を突っ込むしかなかった。
それがどんな事であっても、いつもと同じ様に」
「それが、あいつの理由なんですか?」

それなら、俺と同じじゃないかよ・・・・・そう思いながら祐一は呟いた。
すると、命はふっ、と笑った。

「今、君は”なら自分と大差ない”・・・そう思ったんじゃないか?」
「・・・・・」
「そうだな。思いの質としては同じさ。
でも、君とあいつでは決定的に違う所がある。
君は知らないんだろうが・・・君が遭遇した怪人。
あれのベースは人間だ」
「なっ?!」

いきなり突きつけられた事実に、祐一は戸惑いを隠せなかった。

「特殊な要素を持った生物に寄生されて、人間が変異したもの・・・それがあの怪人だ。
だから我々はあれを憑依体・・・パーゼストと呼ぶ。
・・・あいつがはじめて戦ったパーゼストは、あいつの友人だった」
「!!」
「あいつの目の前で変化して、あいつは一度殺されかけた。
あいつや私は散々手を尽くしたが、どうやっても人間に戻せないし、そいつの理性を取り戻す事は出来なかった」
「それで、草薙は・・・?」
「・・・殺したよ。ベルトをつけて、涙ボロボロ流して変身して、渾身の一撃で、それを殺した。
殺すしか、術がなかった」
「・・・・・」
「それからあいつはしばらく放心状態だった。
今まで自分がやってきた事が何の意味もなさなかったのでは、と悔いて、苦しんだ。
今までの自分との矛盾に心を掻き毟られた。
その果てに、あいつは決意した。
戦って、人を守ることを。
自分の手を汚した自分にできる事はそれしかないと、ある意味開き直って。
・・・まあ、だから、なんだろうな。
君に自分と同じ様に手を汚して欲しくないから、あいつは似合わない力づくででも君からベルトを奪おうとしたんだろう。
・・・いつか自分達の知り合いが寄生されるとも限らないからな」
「・・・・・なんで、だ。何でそれでもまだ戦うんだよ・・・・」

呆然と祐一は言葉を洩らした。
信じられなかった。
それでも、まだ戦おうとする、草薙紫雲という男が。

「今もあいつが戦ってるのは、捜してるからさ。
ずっと昔から信じてきて、友達を殺した瞬間に失ってしまった正義を。
戦えば戦うだけ、不完全な・・・いや、侵食型のベルトを使うあいつの体はボロボロになる。
でも、あいつは戦うことをやめない。
戦うことだけが、あいつの中の正義を捜す唯一の手段だからさ。
・・・・あいつは言ったよ。
『僕は仮面ライダーになんかなれない。それでも仮面ライダーにならなきゃいけないんだ!』
ってな。
人を傷つける事を死ぬほど嫌うあいつが敵を殺すためには、仮面ライダーという名の仮面をかぶるしかなかった・・・・・それだけの話さ」

そう語る命の表情は何処か自嘲的だった。
身内を語るゆえに、自嘲なのか。
弟を止められない自分を自嘲しているのか。

・・・祐一には、分からなかった。



「祐一はね、真剣なんだよ」
「それは分かる。でも、水瀬さんは相沢君に危ない目にあって欲しいか?」

昨日飲み損なったコーヒーに口をつけて、紫雲は呟くように問うた。
名雪は自分の前にあるコーヒーを見詰めながら答える。

「・・・それは、嫌だよ」
「だったら・・・」

否定しようと声を上げる紫雲に、名雪は顔を上げて、必死に告げた。

「でも!・・・そうする事は、祐一が心から望んでいる事だから・・・」
「・・・」

その表情を見て、紫雲は押し黙るしかなかった。
名雪の顔があまりにも真剣だったから。
名雪はそんな紫雲に語り続けた。

「祐一はね、近しい人が苦しむのをずっとその眼で見てきてるの。
幼馴染の女の子が大怪我をした所を、私のお母さんが事故で死にかけた所を、友達の女の子が病気で死にそうになったりする所を・・・・・そんな、いろんな事を見てきたの。
だから、多分、すごく他人の痛みに敏感になってるの。
自分の痛みのように感じてるんだと思う。
祐一は優しいから。優し、過ぎるから・・・・・・」
「・・・・・」
「だから、自分が何かできるのに、それを見過ごすのは祐一自身を傷つけるのと同じなんだと思う。
・・・・・・私は、そんな苦しそうな祐一を見たくない。
結局、同じ様に傷つくのなら、祐一がやりたいことをやらせてあげたい」
「・・・君は、それでいいのか・・・・?」
「嫌だよ・・・だけど、私は・・・・・・そんな祐一が好きだから・・・・・・」
「・・・・・そっか」

紫雲が困ったように微笑んだ。
名雪の祐一への真摯な思いが、自分の心の奥にしっかりと伝わるのを感じていたから。

・・・その時だった。
紫雲の脳裏に、流れ込んでくるものがあった。

それは、意思。
人に害を為すものの、意思。

「・・・・・!」
「草薙君?」
「ごめん、またあいつらが現れたらしい」

その言葉に名雪は息を飲んだ。
そんな名雪に笑いかけて、紫雲は言った。

「大丈夫。そのために、僕がいる。
・・・コーヒー、おいしかったよ。ありがとう」

告げて、紫雲は席を立った。



「・・・!!」
「敵のようだな」

テーブルに置かれたベルト。
それに並べて置かれていた鍵が赤く明滅していた。

「・・・さあ、君はどうする?」

命の問いに、祐一は言った。

「行きますよ。
失った事のない俺の覚悟なんて、あいつには敵わないかもしれない。
・・・・・でも、失わせないために、失わないために、俺は戦いたいんです」
「・・・それでいいのさ。
あの愚弟に付き合って馬鹿みたいに悩むのは、愚の骨頂だからな」

今度は心から可笑しそうに笑う命に祐一は告げた。

「・・・お話、ありがとうございました」
「ああ、気をつけてな」

頷いて、祐一は席を立った。



同時にドアを開く。
同時に飛び出した二人は顔を見合わせた。

祐一は祐一で「何で名雪の部屋からこいつが出て来たんだ?」と思ったし、紫雲は紫雲で「何話してたんだ?」と思っていた。
だが、今は。

「・・・今は、ごたごたはなしだ」
「分かってる」

申し合わせたように走り出し、下に降りる。
途中、管理人である神尾晴子に遭遇するが、構うことなく走り抜ける。

「こら、待ちぃ!通路は走るもんやないんやでっ!!」
「今は急ぎの用事なんです!」
「申し訳ありません!!」

口々に言って、敷地内の駐輪場に向かう。

「相沢君、バイクは?」

自身のバイクに跨りながら紫雲が問う。
それに祐一はにやりと笑った。

「持ってるさ」

シートをはがすと、そこにはシルバーメタリックのオフロードバイクがあった。
高校時代から貯め続けたバイト代で、祐一自身がしっかりと品定めして購入したものだ。
一人で遠出する時以外は使っていないので新品同様だ。
だが、整備だけは定期的に行っているので、すぐに、かつ問題なく走り出せる。

そのバイクに跨って、メットを被った祐一は告げた。

「行くぜ。遅れるなよ」
「・・・そっちこそね」
「ふん、言ってくれるな」

対になるような二台はまるで競い合うように敷地を出て、走り去っていった。
・・・それを上から眺めていた名雪と命は見届けると、顔を見合わせた。

「心配か?」
「・・・・・はい」
「そうか。でもそうそうのことはないさ。
似たもの馬鹿が二人揃っているのだからな。
・・・まあ、それにしても」

命は、ふふ、と笑った。
名雪がその笑みの理由を測りかねていると、そのままの表情で命は言った。

「お互い、苦労しそうだな、これから」
「・・・・・そうですね」

名雪は、少しだけ心配そうなその表情を弛めて、その言葉に頷き返した。





『・・・いた!』

二人が声を上げる。
その視線の先には、地面に倒れながら必死に逃げようとする中年の男と、それをゆっくり追い詰めようとしている怪人・・・蟻の姿に酷似している・・・がいた。

二人は怪人・・・アントパーゼストと男の間に入り込み、バイクを停車させた。
すぐさま降り立つと、祐一はアントパーゼストに殴りかかり、紫雲は倒れていた男を無理をさせないように気を配りながら、立ち上がらせた。

「大丈夫ですか?!」

紫雲の問い掛けに、男は恐怖からか首を必死に縦に振り続けた。
ざっと見て、外傷もない事を確認した紫雲は言った。

「早く逃げてください、ここはなんとかしますから」

男はただただ頷いて走り去っていった。
それを見届けた紫雲は、おっかなびっくりで牽制している祐一の脇を通り抜けて、アントパーゼストの脚を引っ掛けた。
いかに人間より強いと言えども、この地面に二本足で歩いているのなら人間用の対応策で通じるものもある。

案の定、絶妙なタイミングのそれは怪人を転ばせる事に成功した。
その隙を付いて、祐一は自分のバイクに駆け寄った。

紫雲が両手を広げると、腹部にベルトが生まれ出る。
祐一もバイクに括りつけたバックの中からベルトを取り出し、腰に巻きつけた。

二人は同時に鍵を廻す。
それは自身の力を覚醒させる鍵。
人以上の存在に変わる鍵。

そして、そのための意思を明確にする言葉を、二人は紡ぐ。

「・・・変身」
「変身っ!」

漆黒の紫・・・仮面ライダーエグザイル。
漆黒にして紅・・・仮面ライダーカノン。

エグザイルが走る。

「・・・・・ふっ!」

微かな息遣いと共に起き上がったアントパーゼストの背後に回り込み、裏拳を頭部に叩き込む。

その衝撃でのけぞったパーゼストを今度は前からカノンが強襲する。

「はっ!」

右拳をパーゼストの顔面にクリーンヒットさせる。
ふらつくパーゼストに、並んだ二人は申し合わせたように後ろ回し蹴りを同時に叩き込んだ。

「kjhhujhujnmgryhhy!!?」

まともにそれを受けたアントパーゼストは奇声を上げながら、空中を舞い、地面に叩きつけられた。
本能からか必死に起き上がる。
逃走か、続闘か。

しかし、結局の所、彼にそれを選び取る時間はなかった。
二人の仮面の戦士が、それを許すはずもない。

カノンは右拳を、エグザイルは左拳を、腰だめに溜めた。
両者の拳に、それぞれ紅と紫の光の帯が巻き付く。

「はあああああっ!!」
「くらえええっ!!」

解き放たれた拳が閃光の様にアントパーゼストの腹部に突き刺さり、貫いた!

二人は同時にそれを抜いて、アントパーゼストに背を向ける。
次の瞬間、アントパーゼストに赤と紫のヒビが入り、さらに光の玉となって消滅、霧散した。

「・・・」
「・・・」

無言で変身を解除した二人は、ただそこに立ちすくんだ。
お互いに言いたいことはあるが、まとまらない・・・そんな沈黙だった。

その沈黙を紫雲が破った。
紫雲は少し不機嫌そうに言った。

「・・・水瀬さんに免じてベルトは預けておく。今はね。
でも、いつか必要になった時は渡してもらう。
その時、君が強硬に抵抗するのなら、その時こそ容赦はしない」
「上等だよ。
俺はまだお前の覚悟には敵わない。
でも、その時までにはお前を越えてみせる。必ずな」

そう言った後、祐一は少し躊躇った後に、はっきりと言った。

「俺も、仮面ライダー、なんだからな」
「・・・・・・・なら、その時を楽しみにさせてもらうよ」
「ふん」

鼻息も荒く、二人はバイクに乗ってそれぞれの方向へと走り去っていった。




・・・・・二人は迂闊にも気付かなかった。
それをずっと影から見ていた存在がいたことを。

「・・・・・あいつら・・・・・一体・・・・・?」

青年、北川潤は今自分の目の前で起きた出来事に、ただ呆然とするしか出来なかった。

今、この時は。






・・・・・続く。





次回予告。

仮面ライダーになる事を覚悟した祐一。
そんな彼はかつての旧友と再会する。
それが思いもよらない危機を呼び込む事になると知らずに。

「俺だって、誰かを護りたいんだ!!」

乞うご期待、はご自由に!




注釈

パーゼストの名称は悪霊に取りつかれるという意味のpossessedから来ています。
発音としてはパゼスト、ポゼストなどが正しいと思われますが、イメージ重視(かっこよさ重視とも言います)でパーゼストとさせていただきました事、やや造語寄りである事をご了承ください。






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