仮面ライダーKEY 第一話 その名は仮面ライダー









彼、相沢祐一は信じられないものを見ていた。


それは、ある時代以降の、日本という国で生まれ育った男なら多分誰もが知っているヒーロー。
それは、まさに危機であるこの場面に相応しく現れた。

わけがわからない存在がいて、祐一・・・いや、祐一たちの命を奪おうとしている。
辺りは炎に包まれている。
その炎の向こうに立っている化物。
・・・そして。
それと相対している存在。

祐一が知っているそれとは全く違う。
だが、雰囲気が似通っている。

両肩の突起物から流れるようにたなびいているマフラーらしきもの。
黒っぽい身体に流れる紫色のライン。
そして、仮面のような頭部。
アメジストのような紫色の双眸は昆虫の複眼のように輝き、その頭には触覚と角の真ん中に立つような二本のアンテナ。

それを、なんと呼ぶか。

もう、分かっているはずだ。

そう。

「仮面・・・ライダー・・・・?」

その祐一の呟きは、その虚空の中に溶け、消えていく・・・・・







事の起こりは、いつ、何処からなのか。
それを告げるにはまだ早過ぎる。
よってここは人の視点からの始まりを告げるべきだろう。





相沢祐一が”その時”に至る、半年前。
一つの隕石が地球に落ちた。

それ自体は大して珍しい事でもない。
地球には年々数多くの隕石が落ちている。
ただその多くは、小さく、大気圏で燃え尽きる。

今回の隕石はそれを潜り抜ける大きさだった。

しかし、それは大きな人的被害を及ぼす事はなかった。
どこかの都市ではなく、海の上に落ちたからである。
・・・時として、その方がより甚大な被害を生む場合もあるのだが。

それはさておき。
さらに言えば、その隕石ははっきりいってしまえば小さすぎた。
ゆえに地球環境を左右する事はなかったし、その場所の生態系を大きく狂わせる事もなかった。
落下地点から小さな津波を発生させもしたが、それは人の社会になんら影響を与える事はなかった。

なんでもない、ただの隕石。

しかし、この隕石が始まりを告げる鐘を鳴らしていたことをそのときは誰も知らなかった。






それから、半年後。





多くの人々は普通の生活を送っていた。
今日、その日が人類のとっての戦いの始まりとなる事も知らず。
そして、その中に相沢祐一もいた。

相沢祐一。19歳。
住んでいた北の街を出て、都内の大学に入ったばかりの青年である。

彼はごく普通の青年・・・というにはあまりにも稀有な人生を送っていた。
まあ、正確に言うのなら稀有なのは彼の知人たちなのだが、それに関わり巻き込まれた事で、それは彼の経験と言えなくはないだろう。

まあ、それについてはいずれ語ることとなるだろう。

ゆえに、今は彼について語る。

祐一はこの春、都内の大学に通うために、住み慣れ始めていた北の街から東京に出てきた。
彼が住んでいた北の街に希望学科のある大学がなかった、というわけではない。

彼はゆえあって親戚・・・叔母・水瀬秋子の家に住んでいたのだが、いつまでも世話になっているわけにはいかないと一念発起し、それならば早いほうがいいと都内の大学に入ることを決意したのである。

別に居心地が悪かったわけではなく、彼なりの自立心からの決意だった。

彼は周りを説得、試験までの間必死に勉強した結果、見事合格し今日ここに至ったのである。

しかし、彼にとって予定外の出来事がいくつかあった。
彼はいろいろな条件下から寮生活を選んだのだが・・・



「祐一〜もう、お昼だよー。買い物行くって約束したよね」

何かを叩く音とともに響く声に祐一はベッドの中で頭を抱えた。

(何故だっ・・・何故こんな事になっているっ・・・)

分かりきっている事を祐一は自問自答した。

今祐一を呼んでいる声の主は水瀬名雪。
水瀬秋子の娘・・・つまり祐一にとっては従姉妹である。
もっとも、それだけではなくいわゆる"お付き合い"をしている仲なのだが。

そういうことだから、祐一は別に名雪の事を嫌っているわけではないし、今祐一を呼んでいる事も日曜日で絶好のデート日和だからと思えばなんら不思議ではない。

ただ、その声が、安普請のせいだと思われる薄い壁の向こうから聞こえてこなければ。

名雪もまた、学科こそ違うが、祐一と同じ大学に通う事になっていた。
これはあくまで偶然の事だった。
名雪が考えていた進路と祐一の進路が重なっただけという偶然。

それだけならよかった。
祐一もその段階ではむしろ内心喜んでさえいた。

恐るべき事は、同じ寮の同じ階、そして隣同士の部屋になったということだ。

名雪は従姉妹同士として、そして恋人としての親しさから、祐一を気軽に呼ぶ。
いつどこでも、この寮内でも、そして学内でも。

名雪の容姿が水準以上だったこともあり、入学してたった一ヶ月程度だというのに、いまや祐一と名雪は寮内、学内でも一二を争う有名なカップルだった。

そういうのを嫌う祐一にとって、それは恥ずかしさで悶絶してしまいそうになる事だった。
しかも、名雪はそういう事に無頓着・・・というほどではないが、他人の目に気付いていない。
さらに言えば、祐一は大本の所で名雪に甘い。
そのために、はっきりと名雪に言えない事がこの状況を泥沼化させていた。

(・・・耐えろ、相沢祐一!人の噂も七十五日。いつかきっと沈静化するさ・・・)

最早諦めの境地に至っている自分が悲しかった。

はああああ、と深い息を吐き出して、祐一は起き上がった。





「どうしたの祐一。暗い顔して」
「・・・・・別になんでもない」

すでに外出の準備を済ませた名雪と話しながら、祐一は靴紐を結んだ。
名雪は祐一の部屋の玄関で、靴紐を結ぶ祐一を眺めていたが、近付いてきた足音に顔を向けた。

「あ、管理人さん、おはようございます」
「おはようさん」

そう言って管理人はニパッと笑った。
長い髪をさらっと伸ばした二十代半ばか、それより少し年上に見える女性だった。

「管理人じゃ堅苦しいから晴子呼んで言うたやろ?」
「あ、そうでした。晴子さん」
「それでよし、や。ところであんたの相棒はおる?」
「あ、はい。そこで靴履いてます」

ひょいっと晴子が顔を覗かせると、そこには確かに玄関口に座って靴紐を結んでいる祐一の姿があった。

「・・・おはようございます、晴子さん」

靴紐を結び終わって立ち上がった祐一がそう言うと、管理人・・・神尾晴子は満足げに頷いた。

「物分りがええな。前にうちが世話した奴は晴子呼べ、言いよるのにおばさんなんぞと・・・」
「あの、それは前も聞きましたから」

言わなくてよかったと内心思いながら祐一は言った。

「ところで、何か用事があったんじゃないんですか?」
「あ、そうやった。ほれ、これこないだ預けとったあんたの届け物」

そう言って晴子は手にしていたダンボール箱を祐一に手渡した。
その表面にはなにやら色々な文字が書かれていた。

・・・それは数日前、外出しようとしていた所で宅配業者に呼び止められ、自室に戻るのも億劫だったためにとりあえずサインだけして晴子に預けていたものだった。

「ありがとうございます」
「んじゃ、うちは管理人室に戻るさかい」

そう言って、晴子はさっさとその場を去っていった。
祐一はそれを見送ってから、重くもなくかといって軽いわけでもないその荷物の差出人を改めて見た。

「・・・母さん?」

そこに書かれた名前は相沢冬奈・・・祐一の母親の名前だった。
その筆跡も紛れもなく母親のもののようだった。

「叔母さんと叔父さん、今何処にいるのかな?」
「・・・これには書いてないな。ったく、息子ほっぽいて今更合格祝いかよ」

祐一の両親は様々な事業に携わっていて、国内、海外を行ったりきたりしている。
少なくとも祐一はそう聞いていた。
そのため祐一の元にはよく海外や国内の名産品が送られていたりしている。
箱に書かれている読めない文字の数々は税関やら何やらを通る時、チェックする際についた文字なのだろうと祐一は思った。

「開けてみようよ」
「ああ、なんだろな」

密封していたガムテープを、便利さから持ち歩いているペーパーナイフで切って、ダンボール箱を開けた祐一は紙やらなにやらに埋もれたそれを見て首を傾げた。

「・・・なんだこりゃ?」
「・・・ベルト・・・みたいだけど」

名雪の言うとおり、それはベルトだった。
ただバックルの部分が妙に大きく、装飾がなされていた。
その中央部には何かが入るような窪みと小さな穴があった。

「・・・何処かの工芸品か?これでなにをしろと?まさかこれ付けて街を歩けとか言うんじゃないだろうな」
「あ、祐一。まだ何か入ってるよ」
「ん?・・・これは・・・鍵?」

名雪の言葉でもう一度箱の中身を見やると、赤く丸い宝石のようなものが埋め込まれた鍵があった。
それもまた奇妙な鍵だった。
宝石が埋め込まれた部分と鍵の意味を為す柄の部分の間・・・その半ばで折れ曲がる仕組みになっているのだ。

「ふーむ。わからん」
「ただの飾り物じゃないかな」

祐一は考え込んでみたが、名雪の言葉以外に使い道が思いつかなかった。

「まあいいか。帰ってから考えればいい。そろそろ行かないと帰りが遅くなるしな」
「そうだね。それじゃ、いこ?」

名雪の言葉に頷いて祐一は施錠し、二人は寮を後にした。
・・・靴箱の上に"ベルト"を入れ直したダンボールを置いて。





駅から降り立った祐一と名雪の二人は休日で人の溢れかえった雑踏の中を歩いていく。
その顔には終始笑顔が浮かんでいた。
二人は暫しウィンドウショッピングを楽しんだ後、夕方ごろになって少し人が減ってきたファーストフード店に入って、遅めの昼食を取ることにした。

「しかし人の多さにはまだ慣れないな」
「そうだねー」

窓際の席に座って、二人は頼んだモノを待つ間、会話を交わしていた。
祐一のトレイには"5"と書かれた番号札が置かれている。

彼らが座るその場所からは街を歩く人々が遠巻きながら本当によく見える。
それは彼らが住んでいた北の街の風景では中々見れないほどの人の流れなのだろう。

「みんな、元気かな」

祐一と同じようにあの街の事を思っていたのか、名雪は呟いた。
その脳裏に浮かぶのは、あの街で親しかった人たちのこと。

「元気だろ、きっと。
香里や北川にはこないだ会ったばっかりだしな」
「そうだね。二人とも元気そうだった」

香里と北川というのは彼らの高校時代のクラスメート。
彼らもまた祐一たちとは違うが、都内の大学・・・医大に通っている。
せっかく近くにいるんだからと連絡を取り合ったのはつい先週の事だ。

「そういえば、あゆちゃんは?」
「ん?ああ、電話口で話しただけだからどんな感じなのかはなんとも言えないが、元気だったのは確かだな」
「そう、よかった」

あゆ、という名の少女も二人の友人だが、彼女の場合は少し状況が特殊だったりする。
学校が一緒だったわけでも、親戚だったわけでもない彼女は、わけあって今は都内に病院通いをしながら、高校に通っている。
上京した日に会って以来、スケジュールが噛み合わず会えない日々が続いているが。

「電話口でもうぐぅうぐぅ言って実にからかいがいがあって無駄に元気そうだったぞ」
「もう、駄目だよ、祐一」
「はははは」



・・・そんな二人の足元を一匹の小さな蜘蛛が移動していった。
その体色はこの国では普通見られない朱い色をしていた。
二人は会話に夢中でそのことに気付かなかった。
そして、それは幸運な事だった。

もし気付いていた場合、彼らはこれから始まる悲劇の、最初の犠牲者となっていたであろうから。







彼は感じていた。
その異常を。
ゆえに彼は急いでいた。
"敵"が現れる。
姉が言っていた事は本当だったのだ。
・・・戦わなければならない。
自分にはそのための力が与えられている。
正義を行使する力が。
だから、急ごう。
誰一人死なせないために。







祐一たちが食事をしているファーストフード店の厨房の隅で、一人の店員がそれに気付いた。
いや、店員ではない。
彼は店長。
このファーストフードの支店を任されている身の上の者だった。

「蜘蛛・・・?しかも、毒でも持ってそうな色だな」

その朱い色の蜘蛛を見掛けて、店長はうんざりした顔を浮かべた。
ここは清潔第一をモットーとしている。
ゴキブリなどではないにしろ、虫がうろついているのは店にとってイメージダウンだ。
もし、この蜘蛛が毒なんかを持っていたら尚更だ。

「しょうがないな・・・」

店長はそれを踏み潰すべく足をあげ・・・それを下ろした。
床を踏み潰す堅い感触。
恐る恐る足の裏を見る・・・がそこには何もなかった。

不審に思う店長だったが、蜘蛛が何処に行ったのか、彼はすぐ知る事になる。

「・・・?!」

彼の身体に何かが這い回る感触が走る。
どうやら蜘蛛が自分の服の中に入ったらしい。
いつの間に、と思いながらも彼は背中やズボンをパンパンとはたいた。
しかし、それは効果を上げる事無く。

「!?!」

店長が気付いた時には遅かった。
その蜘蛛は店長の耳に登りつめ・・・彼の耳から彼の内部へと入っていった・・・







七瀬留美はうんざりしていた。

何故自分はこんな格好をしてこんな場所でバイトしているのか。
・・・分かっている。あの男・・・高校時代からの腐れ縁である折原浩平の姦計のせいだ。
あの男が「七瀬にはあの店の制服は似合わないだろうな」などと言い出さなければこんな所にはいなかった。
あの時意地にさえならなければ、こんな短いスカートの制服を着る必要もなかったのだ。

・・・短いといってもそれほどではない。
それほどではないが彼女が普段着ているスカートよりも短ければ気になってしまうものだ。

あの男はそれを承知で言ったに違いない。
大した意味もなく、ただ見たいから、ただからかいたいからという理由で。

高校時代からよくもまあ続く幼稚さ加減。
そんな彼と付き合っている、幼馴染であり彼女でもある長森瑞佳にはただ感心するばかりだ。

「はう・・・どうせ私には彼氏いないわよー」
「何黄昏てるんだ、新入り。5番できたからさっさと運べ」
「はーい」

文句を言いながらも仕事をやってしまう辺りが彼女の真面目さなのだろう。
七瀬はできたてのバーガー、ポテト、コーラの三点ニセットをトレイに載せて、店内を練り歩いた。

「5番、5番と・・・げっ!あんたら・・・」
「お。七瀬」
「七瀬さん、バイト?」

5番の番号札のついたテーブルに辿り着いた七瀬は顔見知りと遭遇することとなった。

同じ大学の同じ学科を学ぶ、相沢。
講義で何度か一緒になったことがある、水瀬。
・・・彼らはこの大学でも一二を争うバカップル。
七瀬はそういう風に記憶していた。

最悪だ。
よりにもよってこんな所を見られるとは・・・というか見せ付けられてるのか。

「お疲れさん。大変だな」
「ベ、別に」

早く立ち去りたい一心で七瀬は手早く商品を置いた。
そして背を向けて去ろうとするが、その背に名雪の声が掛かった。

「似合ってるね、それ。すごく可愛い−」

ピタリ、と七瀬の動きが止まった。
ぎぎぎ・・・振り向いた七瀬は嬉しそうな顔をしていた。
・・・現金とは言うなかれ。
彼女は乙女。そして、乙女というものはえてして複雑なのである。

七瀬が名雪の言葉に「え、そうかなー」などと白々しくも答えようとしたときだった。





「うあああああっ!!?」





・・・ここで終わる。

彼らの、ただ楽しくて、明日が来ると疑いなく信じられた日々は。

その瞬間、終わった。

店の奥から響いたその悲鳴が、終わらせた。







それよりも僅かに前。

「店長?」

最初に異変に気付いたのは店長のすぐ近くに立っていた男性店員だった。
店長はその男性店員をボーッ・・・と眺めていた。

「・・・店長?」

もう一度呼びかけたが、店長は答えない。
男性店員は注意深く店長の様子を見やった。

店長の眼。
おかしい。
・・・妙に血走っている。

・・・いや、そもそもにして。
店長はこんなに背が高かっただろうか?
確か自分よりも少し低いぐらいだったはずだ。

そう思って彼は店長の足元を見た。
そこには現実離れした光景があった。

店長の足を突き破って生えている、黒い足。
一本の大きな鉤爪を伸ばした、ヒトではない足。

「・・・・・・・・っ!?」

彼が息を飲んで顔を上げた瞬間、それは起こった。
店長の身体が歪み、服が破け、全く違う形に変わる。
それは信じられないほどに滑らかな変化だった。
そして、信じられないほど凄まじい変化だった。

そこに人の面影はない。
人ではない何か。
それでいて人の形を残したもの。

これを表すのにもっとも適した言葉がある。

そう。”怪人”。



その瞬間、彼は悲鳴を上げた。
恥も外聞もない、本能からの叫びだった。





その悲鳴が上がった時、店中の注目がそこに集まった。
レジの向こう、厨房の奥。
そこに立つ、異形の何かに。

しかし、皆それが何なのか理解できなかった。
もしくは、TVか何かの撮影とかそんなものだろうと思った。

そうでなければ信じられないだろう。

背中からいくつものの足を生やした蜘蛛の怪人など、信じられるわけがない。

だが、それは現実。
そしてそれはあっという間に伝わる事になる。

蜘蛛怪人の”足”が動く。
その目の前に立っていた男性店員の首が飛んだ。

清潔第一の厨房が血で染まる。

そして、悪夢という名の現実が始まった。



「ひ、ひ・・・・・っ!」
「ばけもの!け、警察!早く、誰か!!」

そう言いながら自動ドアに殺到する人々。
祐一、名雪、そして七瀬はさっきの悲鳴とそれらを見てようやっとただ事ではないらしい何かが起こっている事を知った。
・・・彼らの位置は店の端の辺りで、位置的な関係から厨房の奥で起こったことは見えなかったのである。

「おいっ!何が起こってんだよっ!!」

祐一は辺りの人間に呼びかけるが、彼らはそんな声に気を取られる事なく、一目散に店の外に逃げていった。
そんな人波に押されている間に店の中に残った人間は祐一たち三人だけとなっていた。

「・・・くそっ!」
「ど、どうしよう、祐一・・・」

不安な表情の名雪を見て、祐一は冷静さを取り戻した。
・・・今は自分が彼女を守らなければならない。

「とりあえず、店を出るぞ!七瀬も来いっ!」
「うんっ!!」
「わ、わかった!」

名雪の手を握って祐一が、そして七瀬が駆け出そうとしたその時。

「ぐぇっ!?」
「ぐっ!」
「きゃあっ!!」

三人はそれぞれの声を上げて、その場から動けなくなってしまった。

(・・・何かが首を・・・締めている・・・?!)

祐一は必死に首を締めている何かを把握しようと周囲を見やった。
・・・首から伸びている何か。
それが首を、名雪の足を、七瀬の腕を捉えて離さない。

それは”糸”。
細い糸が束になった、それでいて粘着性があるもの。

そして、その向こうには。

「なっ?!!」
「・・・あああああっ!」
「きゃあああああっ!!?」

三人の叫びが重なる。
その視線の向こうには、口から三人を捕らえている糸を吐き出している蜘蛛怪人の姿があった。

赤い血に塗れた朱い異形。
それは三人の本能と理性に"これは危険だ"と悟らせるには十分なものだった。

怪人はそんな三人の様子など気にもかけず、ぷっ、と糸を切った。
すると、切った糸は三人それぞれに分かれて、それぞれに巻き付き、動きを封じた。

それを見て頷くと、怪人はゆっくりとゆっくりと祐一たちの方に歩み寄っていく。

(ヤバイ!これは、まじでヤバイ・・・!)

祐一は必死にポケットを探った。
さっき糸が巻きつく時に必死で逃れようとしたためか、祐一の糸はかかりが甘く、どうにか動けるようだった。
他の二人もそれはある程度同じで、名雪は両足を巻き取られただけ、七瀬は糸に驚いて床に倒れてしまってはいるが逆に両腕を封じられただけで逃げられない事はないようだった。

ただ、目の前の存在がそれを許せば、だが。

何かこの状況を打開できるものはないか・・・携帯電話、レシートのクズ、そんなモノが散らばる中、 祐一はようやっとそれを取り出した。

さっきダンボールを開封する時に使ったペーパーナイフ。
切れ味に不安はあるがないよりましだ。
先端部の鋭い部分を使えば、強度がややあるとはいえ、こんな糸くらいなら切れるはずだし、目の前の相手を刺す位はできるかもしれない。
・・・それを使うか、祐一は悩んだ。

これで一番不自由な名雪の足の糸を切るべきか、それともこの怪人に攻撃すべきか・・・

名雪を抱えて逃げられない事もないが、動きの遅さを狙われ、また糸を出されたら今度こそ逃げられない。

「畜生っ!」

結局迷ったのは一瞬だった。

この状況で名雪の糸を切って逃げ出している暇はない。
だが、誰かが時間稼ぎをすれば・・・

「名雪っ!これで自分の糸を切って逃げろ!!七瀬、名雪を頼む!」」
「え、でも!!」
「いいから!」
「相沢!あんた、まさか!?」
「七瀬、頼んだからなっ!」

そう叫んで祐一は名雪にナイフを手渡して、怪人に殴りかかっていった。
まとわりつく糸が邪魔に思えたが、それほど動きの障害にはならなかった。

・・・それは、祐一が最初の惨劇を見ていればできるはずもない、無謀な突進だった。
だが、結果としてはそれが功を奏した、と言えるのかもしれない。
思い切りのいいその突進は怪人の隙を付いた。

人の形をした何かに攻撃を向けることを躊躇いながらも、
祐一は全力でその顔面を殴った。

だが。

「痛うっ!??」

その怪人の顔面。
それは生半可な堅さではなかった。
そして、怪人は微動だにしなかった。
・・・祐一が非力なわけではない。この怪人の皮膚が堅牢すぎただけだ。

「あ・・・」

ぎっ・・・と無機質な目で直視され、今度こそ、祐一は動けなくなった。
怪人の”足”がゆっくりと上がっていく。
そこに血が滴っているのを祐一は見た。
・・・最早、声にすらならない。

「ゆ、祐一!」
「だ、誰か・・・誰か、助けてよっ!」

祐一に託されたナイフをどうする事もできず、一部始終を名雪は見ていた。
七瀬にしてもそれは同じだった。
だが、その場には誰もいない。
遠巻きに眺めている人間はいても、助けようとするものはいなかった。
警察とかが間に合うなんてことはありえない。

(駄目、このままじゃ祐一が・・・!)

名雪は恐怖に震えながらも、祐一の元へ這っていこうした。
七瀬はそれ以上見ている事もできず、目を瞑った。
そして怪人の"足"が最大限に高められた、その瞬間。

「うおおおおおおおおおっ!!!」

叫びとともにガラスをぶち破って、一台のバイクが店内に突っ込んできた。
それに乗るのは黒いメットをかぶった”誰か”。
そして、そのバイクは今まさに"足"を振り下ろそうとしていた怪人に側面からぶつかった。

全く予期しない出来事に怪人は弾き飛ばされ、バイクごと厨房に突っ込んだ。
・・・そして、それは爆発を生んだ。

轟音。
爆音。
激音。

それらが一塊になったような音と衝撃が全てを揺らした。





「・・・ういち!祐一!」
「う・・・名雪」

自分を揺り動かす声で祐一は目を覚ました。
どうやら気絶していたらしいと認識した。
視界には空と恋人の顔。

・・・ゆっくりと上半身を起こした祐一が事態の状況を把握する前に、名雪がその身体に抱きついた。
その目からはどうしようもないほど涙がこぼれている。
祐一は戸惑いを隠せなかった。

「な、ゆき?」
「よかった・・・よかったよ・・・・・」
「ホント、まあよく無事だったわよね・・・私たち」

その声のした方に顔を見やると、制服の所々が黒くなり破けている七瀬が立っていた。
その周囲には今まで様子を窺っていた人間がぽつぽつと現れ始めていた。

「え・・・あれから、どうなった・・・?」
「あのバイクの人が祐一と私を店の外まで運んで、糸を切ってくれたんだよ」
「え・・・?」

祐一の脳裏にあの瞬間の事が甦った。
バイクを突っ込ませた"誰か"はその瞬間にバイクから飛び降りていたようだったが・・・

祐一は辺りを見渡した。
しかし、どうも頭が上手く思考してくれなくて、それらしい人間を探し出せなかった。

「ちなみにバイクが突っ込んできてからまだ一分も経っちゃいないわ。短い気絶だったわね」
爆発は派手に起きたが、その場にいた人間は奇跡的に爆風を浴びる事はなかったようだ。
祐一も名雪も七瀬も大きな怪我はない。
そのことを確認して、祐一は安堵の息を洩らした。
・・・そして同時に、この爆発の原因の事を思い出した。

「・・・あの、化物は・・・?」
「何言ってんのよ。あの爆発の中心にいたのよ?生きてるわけないじゃ・・・・」

そこで、七瀬は言葉を詰まらせた。
ふと向いた視線が、それを捉えて離さなかった。
それを、名雪や祐一も見た。

炎の中から歩き出してくる人影・・・いや、いくつもの足を背負った、異形の影。

蜘蛛の、怪人。

”それ”は炎をものともせずゆっくりと外へとその姿を現していった。

残っていた人々はまたも逃げていく。
だが、祐一は立てなかった。
名雪も動けなかった。
七瀬はただ呆然と怪人を見ていた。

(今度こそ、駄目だ)

誰かがそう思っていた。
それゆえの硬直だった。
しかし、そうはならなかった。

「・・・待てっ・・・!」

その声が響いた。
その場にいた存在全てが声のした方を見た。

そこに立っていたのは、青年だった。
それこそ祐一たちと同じ年くらいの。
中途半端に伸ばした髪を風に揺らし、その下には眼鏡をかけた人の良さそうな顔があった。
そして、それはメットこそかぶっていなかったが、さっきバイクで突っ込んでいった人物だと、その服装で祐一は気付いた。
そして、もう一つ、気付いた事があった。

(あの顔、いつか何処かで・・・?)

「あれは・・・草薙君・・・?」
「え・・・?」

名雪の口から零れた、聞き覚えのある名前。
草薙紫雲。
それはかつて、北の街で祐一たちのクラスメートだった男の名前。

彼は眼鏡の奥の双眸を細めて、両手を広げた。

その瞬間、彼の腹部から肉体の中から何かがせり上がってきた。
それが完全にせり上がると、彼の表情が苦痛で歪んだ。

"それ"。つまりはベルト。

そしてそのベルトの中心には何かが突き刺さっている。
紫色の宝石を埋め込んだ、何か。
祐一はそれらに見覚えがあった。

「あれは・・・」

祐一の元に送り届けられた、ベルト。そして、鍵。
形状やデザインが微妙に異なるが、それは男・・・草薙の腰に巻かれているものと似ていた・・・いや”同じ”だった。

草薙は苦悶に満ちた表情をきっと引き締め、ベルトに刺さった鍵を一回転させ、その鍵を半ばから曲げるとそのままベルトの中に押し込んだ。
すると、ベルトの中央に紫色の宝石がはまる形となった。
それは初めからそこにはまるのが決まっていた事を物語る様な、そんな調和を生み出していた。

「・・・・・・・・・変身・・・・・・・・・・・!」

草薙がそう言って、再び両手を広げた時、それは起こった。
そのベルトの中心の宝石から紫と黒の光の束が溢れ出たかと思うと、それは一瞬で草薙の身体を覆った。
そして、さらにその刹那の後には"それ"が完成していた。

そう。

「仮面・・・ライダー・・・・?」

”それ”そのものの姿に、祐一は声を上げた。

そして、それが戦いのはじまりだった。



「ふっ・・・!!」

祐一の言葉に弾かれるように草薙・・・いや”仮面ライダー”が地面を蹴った。
その動きはまさに弾丸。

瞬きする間もないほどの時間の隙間で間合いを詰め、蜘蛛怪人の顔面に拳を叩き込んだ。
祐一の拳では微動だにしなかった怪人は無様な姿で空中を舞い、地面に転がる・・・暇もなかった。

地面に転がった時にはすでに怪人のすぐ側に詰めていた”仮面ライダー”が怪人の背中を踏み付けた。

「ggggga!!」

痛みからか、怪人が声を上げる。
さらにそれを踏む力を強くする”仮面ライダー”。
・・・その背を狙って、怪人の伸びた"足"が振り下ろされる。

「あぶな・・・っ」

祐一がそう言う間に背中に振り落とされたその"足"は。
全く無防備だったはずの”仮面ライダー”の背に突き刺さる事は無く。
振り向く事さえしなかった”ライダー”の手の中に捉えられていた。

”仮面ライダー”はその体勢から"足"を力任せに引き千切った。
そして、その他の"足"も同様に全て毟り取る。
辺りに怪人の体液と悲鳴が撒き散らされた。

「ggggggggggggggggaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

その様子を目の当たりにして、七瀬と名雪は口を押さえ、目を逸らした。
だが、完全に逸らす事はできなかった。
微かに、だが、確かに、そして自分達にもわからない衝動から、その戦いを見続けていた。

祐一もまた、それを見届けていた。
しっかりと、目を逸らす事無く、それを直視していた。

異形同士の戦いを。

「ganjknngg!!」

”仮面ライダー”のなすがままになっていた怪人は最後の力で”ライダー”を振り払って立ち上がった。
そして距離を取ると、その口から糸を拭き掛けた。
それは”仮面ライダー”の体の自由を奪う・・・はずだった。

「・・・ふっ!!」

"仮面ライダー"はその気合とともに、いとも容易く、その糸を断ち切った。
動揺の気配を見せる怪人。
・・・もう、彼に成す術は何も無かった。

「はああああああ・・・・・・・・・・・・・」

”仮面”から裂帛の息を洩らしながら、腰低く構える”仮面ライダー”。
ベルトから出た紫色の光の帯がその右足に巻き付いた瞬間、彼は跳躍した。
空中で一回転して、一撃のカタチを整える。
そして、突き出した右足は残酷なまでの威力をもって、怪人の胸に突き刺さった・・・!

・・・右足の光の帯が怪人の身体に移る。

それを確認するためのような刹那の静寂の後、”仮面ライダー”は怪人の体から離れ、地面に深く着地した。

振り向く事はしない。
すでに勝負は決していた。

怪人の身体が光に包まれ、爆風を撒き散らす・・・その寸前に、紫色の光が怪人を包み、圧縮した。 その光の球は回転をかけられたボールのようにその場でグルグル回ると、やがて、一条の光となって天に昇り、完全に消滅していった。

後にはただ、その光から零れた輝く粒が辺りに舞うだけだった。



「・・・・・・・大丈夫?」



”仮面ライダー”はゆっくりと立ち上がって、祐一たちに告げた。

「あ、ああ・・・・・」
「そっか。・・・・・よかった」

祐一の答えに、彼は心から安心したような声で言って、祐一たちに歩み寄ろうとする。
その時、七瀬と名雪は身を震わせて、彼からその身を遠ざけた。
二人のその姿を見て、彼は伸ばしかけた手を引っ込めた。
・・・怪人の緑色の体液に汚れた手を。

「・・・ごめん。怖がらせるつもりは・・・なかった」

悲しそうに彼はうなだれて、炎の中を見詰めて、呟いた。

「・・・来い、シュバルツアイゼン」

その声に応えて、炎に包まれた店の中から一台のバイクが現れた。
彼と同じく、黒と紫で彩られた”生きている”マシン。

彼はそれに跨って、最後にもう一度だけ祐一たちの方を見た。
その背に向けて、祐一は言った。

「お前、草薙だろ?!どうしてだよ?!何で、お前が・・・」
「・・・いろいろあったんだ。それから、今の僕は草薙じゃない」
「・・・・・?」
「僕は、仮面ライダー。・・・仮面ライダーじゃない、仮面ライダー。
・・・・・仮面ライダー・エグザイル、だよ」
「あ、おい・・・!」

それを告げると仮面ライダー・・・エグザイルは前を向いて、すでに火の灯っていたマシンのアクセルを全開にし、疾風のように、あるいは黒い光のように去っていった。


・・・分からない事だらけだった。

あの怪人は何なのか。
何のために破壊を行ったのか。
どうしてここに、今現在に、存在しているのか。
草薙紫雲。自らを仮面ライダーと名乗るようになった、彼は何なのか。
そして、自分に送られてきた、彼がつけていたものと同じベルトは何なのか。

全てがまだ、闇の中だ。

そんな中、ただ一つぼんやりと分かっている事があった。



「何が、始まったんだよ・・・?」



そう。それは、はじまり。
炎と、人のざわめきと、混乱の中で一つの物語が幕を開けた。



その物語の名は、仮面ライダーKEY。

それは、全てを超えるものの名前。

そして。

仮面ライダーになれない仮面ライダーの物語の名前である。



・・・続く。



次回予告。

「あれは化物だよ」
「いや、あれは英雄だ」

その日から何かが変わろうとしていた。
世界各地に現れるという怪人。
そして、それと闘う戦士。
彼らは人間の敵か、味方か。

そして、新たな、世界を護る力が目覚める。

「できる何かから逃げるのは、嫌だ。だから、俺は戦いたい。お前と同じに」

乞うご期待はご自由に。





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