弱きモノ達の詩



〜本当の出会い〜



川澄舞。

その名の人物は、私、久瀬光昭にとって汚点そのものだった。

校内で数々の問題を起こし。
それに対しての弁明、釈明はせず。
起こした問題の後始末に追われる人間の事など考えもしない。

さらには多くの人間の前で私に恥をかかせ。
何処吹く風で、今も私と同じ空気を吸っている。

・・・倉田佐祐理さんを私達の生徒会に迎え入れるためにした事とは言え、退学を取りやめさせたのは失敗だった。
今となってはつくづくそう思う。

だから、私は川澄舞を退学させるための確たる証拠を手に入れるために”ここ”に来ていた。



ここ。

すなわち、夜の校舎に。



「寒いな」

一人呟いてみる。
余計に寒くなるだけだと分かっていてもそうしてしまう。
・・・わかってはいるが虚しいものだ。

無駄な思考は止めて、やるべき事を成して早めに帰るのが賢明だろう。

川澄舞が起こした事件の9割。
それは窓ガラスなどの器物破損。

だが、それは日中には行われていない。

生徒達が登校した時に気がつくというケースが最も多い。
それは夜行なわれているという事だ。
推察などする必要もなく、容易に分かる。

まあ、日中にそんな事をやろうものなら、生徒会を通すまでもなく退学なのだが。

それはともかく。
夜に校内に忍び込むだけでも問題だし、その上、器物破損の現場を抑えれば川澄も、川澄を庇う倉田さんも手は出せないはずだ。

忘れ物を取りに来た、という名目がある僕が”現場”を目撃して、それをそのまま報告する。
今までは、川澄自身が肯定も否定もしなかったこともあって有耶無耶にされてきた部分もあったが、今度はそうはいかなくなるだろう。

侵入した事に処分が出るかもしれないが、同じ時にそれ以上の事を行っていた川澄の方がどうあっても目立つはずだし、この際、少しの処分には目を瞑るしかないだろう。

ただ。
こうする事で、私は確実に倉田さんを失ってしまうだろう。
立場的にも、個人的にも。

それだけが心残りと言えたが、それで川澄が放逐できるのならそれでいい。

個人的な恨みは確かにある。
だが、彼女の行動がいかに多くの人間に迷惑をかけているのか。
それをなんとかしなければならないという理由だって大きい。

社会にはルールがある。
ルールには守るべき理由がある。
それを守らない人間に罰を与えるのは至極当たり前の事だ。

例え、それで誰に恨まれようと、それは必要な事なのだから。



そんな事を考えながら歩いていくと。

「・・・ん?」

物音が流れ、響いてきた。
それは、誰かが走る音。

「・・・何をやってるのか知らないが・・・」

川澄である可能性は高い。
泥棒である可能性もあるが、その時はその時だ。

「よし・・・!」

口の端を僅かに上げながら、私はそこに向かった。



足音を殺しながら、私はそこに近付いていく。
昼間よりも静かに歩いているつもりなのだが、ままならない。

・・・いや、昼間よりも確かに静かではある。
だが、この場所が昼間よりも遥かに静寂だから、ままならないだけだ。

私は、そんないつもとは違う世界に足を踏み入れている事に少し興奮していた。

だから、それを見た時は何かが間違っているのではないかと思った。


そこに立っていたのは、川澄舞だ。
その手には西洋の細身の剣が握られている。

銃刀法違反だとか、それも退学させる理由になりうるだろうなどの思考が回る。

でも、それは一瞬で回り終えて、別のものに摩り替わっていった。

窓の向こうから注ぐ月光の下に立つ彼女は・・・・・



その瞬間。

空間が軋む。
そうとしか形容できない音が響いた。

それと同時に彼女が動く。

・・・素早い。
疾風のようなと表現しても違和感がない。
いや、この場合は適切だ。

それが手の動きにも伝わって、彼女の太刀が空間を裂く。
だが、その太刀は。

「・・・・・・・・・・・・!!!!???」

空中で制止している。
見る限り、彼女はあらん限りの力を込めている。
だが、それでも剣はそれ以上前へは進まない。

非常識だ。
おかしい。
こんなことは、ありえない。

夢でも見ているのか、とさえ思う。

だが、地面を踏んでいる感覚も、冷たい空気も、それを是とはしてくれない。

「嘘だ・・・」

それでも、信じる事が出来ず後ずさる。
その時だった。
後ずさった足が、備え付けの消火器に当たって甲高い音を立てたのは。

「!?」

川澄の顔がこちらに向く。
・・・視線が重なる。

それがまずかったのだろうか。

『何か』との力のバランスを彼女は崩した。
川澄が地面に倒れる・・・と同時に、先程の空間が軋む音が鳴る。

ひゅおっ・・・と、風が顔に当たる。
窓は締め切っているのに、風。
その異常さに呆けていた私は、襲い掛かってきた衝撃を避ける事ができなかった。

「な?」

そんな声しか上げられなかった。
そのまま私は宙を舞い、壁に叩きつけられ、地面に倒れこむ。

見えない何かが、全く見えない方法で”宙に投げ飛ばした”のだ。

さっぱり訳が分からない。
不可解極まりない。

痛みよりもまず先にそれが頭を回る辺り、私はつくづく理系の人間なのかもしれないと思う。

ひゅう・・・と風が顔に当たる。
さっきの『何か』がそこに迫ってきている。
それを示すように、窓ガラスが、私の方に近付くように順番に割れていく。

信じ難い現象だった。
何かのトリックかとすら思う。

だが、そこにあるのは紛れもなく現実。

理解したくはないが、さっき宙に飛んだ身体が痛みで伝えている。

だが、倒れたままの身体は動こうとしない。
さっきの衝撃で麻痺しているのか、それともあるいは・・・恐怖、なのか。

いずれにしても絶望的な予感を感じていた。

だが、決定的な絶望は訪れなかった。

「・・・・・ざ・・・・・・・・・・・せいっ!」

彼女の剣が、走る。
それは刹那、空間に静止したが、さらなる刹那の後、それは空間を行き、過ぎた。

空間の音。
今度はそれが何かの悲鳴に思えた。

音が消えた後、そこに静寂が戻った。

「・・・・・・」

私は、無言だった。
今の一連の出来事を整理しようと、頭を動かしていたからだ。

そんな私に影が覆い被さった。

顔を上げる。
そこには、剣を無気力にぶら下げた少女がただ立っていた。

私を見る目には何の感情も感じられない。
・・・少なくとも、私にはそうとしか思えなかった。
私は倉田さんではないのだから。

「・・・君は・・・・誰だ・・・・・・?」

思考と興奮が交じり合って、その言葉が私の口から洩れた。
それに彼女は静かに答えた。

「私は、魔物を討つ者」

彼女は、それ以上は何も語らず、その場から去って行った。
私も、その後ろ姿をただ見送る事しか出来なかった。

そして。

それは、私が川澄舞の事を一人の人間として見始めた、その始まりの終わりだった。




・・・・・・・続く。



注釈。
久瀬の下の名前はオリジナルです。
公式設定ではない事をご了承ください。






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