―サモンナイト外伝【星の仙狐】―(恐らく後編)
「よぅ。
随分見せ付けてくれるじゃねえか?
ご両人さんよぉ」
何時の間にか囲まれてる。
…て、
とっくに気付いていたんだけどね。
あるじ様に懐く方が大事なのっ。
ていうか
黙って通してくれれば良いものを。
「あの…
何ていうか、おとなしく通してくださいませんか?
とりあえず…貴方たちの為に」
「あぁん?
何寝ぼけた事言ってやがるんだ」
あーあ…。
せっかく私の心優しいあるじ様が
わざわざ忠告してくれてるのに。
…バカな奴ら。
「さっさと金目のものを…」
「『銀河丸』
…顕現せよ」
私の背中には霊的に封印されている長剣が備わっている。
かつては殺戮にしか使われなかった魔剣…。
「!」
盗賊達が武器を構える…が。
…遅いね。見てて哀れになるよ。
けど私としては至福の時を邪魔されたんだから…
容赦はなし…と、言う事で。
・
・
・
「……ぅぅ」
「相変わらずだなぁ…」
「大丈夫です、命に別状ありませんから」
…四肢は動かせないけどな。
てゆーか手前ら感謝しれよ?
手足の腱を絶つだけで許してやったんだから。
「仕方ないなぁ
詰め所に連絡して引き上げてもらうか」
むー。
あるじ様甘アマっ!
ほっときゃいいってのに。
組織回復の術式も少し刃先に込めておいたから、
一週間もすれば動けるのに。
…社会復帰がやっとだけどな。
何となく手加減してしまうのは
あるじ様のやりようが移ってしまったというか。
まぁそんなことは置いといて。
それよか早く宿について…
…んな…とか
…んな…とか。
…たいな。
***
などとやってるうちに−
目的地に辿りつく。
レムルの村で私達を迎えてくれたのは、
暫定代表(村長)のアグラバインさんとその助手であるはぐれ召喚獣のユエルちゃん。
そして実務担当のロッカさん、警護班のリュークさん、衛生担当のアメルさん。
まだ幾分歳葉もいかないけど、一流の召喚師のミニスちゃん…。
リュークさんは無愛想だったけど、みんないいヒトたち。
中でもユエルちゃんは私と同じような境遇で、やはり周りのヒトに励まされて更正できたらしい。
まだ、この世界もすてたもんじゃないかな?
ユエルちゃんは未だ首輪が嵌ったまま。
効力は無いらしいが、あるじ様の技術が確立されればきっと…。
そして…。
「どうも…はじめまして…になるでしょうか?」
あるじ様が挨拶してる相手は蒼の派閥、先輩召喚師のネスティさん。
「ご苦労さん。
そうだな。…僕らは本部には殆ど寄り付かないほうだから」
何だか、悪いヒトではなさそうだが、本能的にいけ好かないカンジ。
「大体の話は聞いている。後でデータを読ませてもらうよ」
「はい、宜しくお願いします!」
あるじ様?…いくら先輩といったって、そこまでへーこらしないでもイイじゃないですか。
ちょっとひとりごこちながら、そのヒトを睨む。
ネスティさんはそんな視線はどこ吹く風といったふうに。
「連れ合いにも顔を出すように言っておいたんだが…
全く…どこで油を売ってるんだか…」
その時、勢いよく集会室の扉が開け放たれた。
「あははー、ゴメン!…ついうっかり忘れてたよー」
元気そうな召喚師と思われる、…女のヒト。
そして…
「!!」
次の瞬間…私の視線…というか全身が凍りついた。
まさか…そんな…ことって…!!?
私と交わるそのコの視線も、同様に…
まるで時間そのものが凍てつくように。
召喚師のうしろ…に…立ってる。
「は…」
ダメだ、うまく…声が出せない。
まわりの音も…まるで隔絶されたかのように
聞こえない。
それでも
「ハサハ…なの?」
声を振り絞った。
「クス…ハ…おねえ…ちゃん?」
くそっ
何で足がこんなに重いんだろう…。
そこまでの距離がとてつもなく遠い。
だけど。
チカラの入らない歩を進めて、
ようやく…其処に辿りついた。
「…ハサハ…」
「お姉ちゃん!」
記憶の中よりは随分大きく、それでもまだ幼さの残る身体を包むように抱きしめる。
…間違い…ない。
私たちは…
もう周りに誰も居ないかのように、
わんわん声を上げて泣いた。
それ以外は…
「え…?、何…?、これってどういう事なの?…ねぇ?」
まるで場違いな処に居会わせたというような、その召喚師の声だけが聞こえた。
***
「全く…とんだハプニングだな。
ケイタロウ君、きみも護衛獣のマスターなら、
もっと場の雰囲気をわきまえるようにだな…」
「はぁ…そうですね…」
「いーじゃねえか、コイツらの気持ちを考えれば、そんくらいの事」
「そうですよ。長く離ればなれになってる家族に会えるなら、私だって泣いちゃいます」
「そーだよ。ネスは厳しすぎる!」
ようやく私たち姉妹が落ち着きを取り戻し、先輩さんがあるじ様の責を正そうとしたのを
真っ先に弁護したのは、意外にもリュークさんだった。
続いてアメルさん、さらに拍車をかけたのが、ハサハの主である召喚師のトリスさん。
「む…しかしだな」
「まぁ、それぐらいにしといてやったらどうだ?
はるばるこんな処まで長旅をしてきたんだ。
そろそろ歓迎の宴の準備を始めようじゃないか?」
「ふぅ…仕方ありませんね」
村長であるアグラお爺さんが締めに入ったので、先輩さんは引き下がらずを得なかった。
とりあえず…安心した事は
ネスなんとかという先輩さんが、ハサハの主でなかったことかな。
トリスさんは見るからお調子ものぽくて、あんなネチネチとやるタイプじゃなさそうだし。
*
間もなく歓迎の宴がはじまった。
当初、主賓席だったあるじ様との二人席は
あるじ様の提案でハサハとの二人にあてがわれた。
うぅ。さすがは私のあるじ様です。感謝感激です。
それから暫くはふたりの身の上ばなしをした。
ハサハはこう見えて「魔導大戦」で修羅場をくぐり抜けてきたらしい。
私なんかより、よっぽど苦労してるんだなぁ。
で、やっぱり召喚主であるトリスさんには結構大事にされてるらしくて。
私と同様、当面シルターンに帰郷したいとは思ってないらしい。
うんうん、私だって今送還されたら泣いちゃうよぉ。
さて、そのくだんのトリスさんなのだが…
「へー、キミがあのケイタロウ君かぁ。
『変わり者』ってハナシだったから一体どんなヒトかと思ってたよ。
けど…結構マトモっぽいね?」
「はぁ…どうも…です」
あるじ様に絡む絡む…。
私はあるじ様のこと…信じてるけど
内心、気が気じゃない。
ちらちらと伺ってると、不意に目が合ってしまった。
「!?…(にこー)」
「!………」
思わず目を伏せてしまった。
「そっかー。
あのコがハサハの姉さんかー?
解るような気がするな」
「…………」
「ケイタロウは…
あのコの事好きなんだ」
え?
そんな事。
いきなり核心?
「それは…。
まぁその
妻ですから…」
「ぇ?」
「?」
「つまぁーー!!??」
トリスさん、
声デカいです。
恥ずかしいです。
「何それ、凄いじゃない!
護衛獣と結婚しちゃったんだ」
「いえ、
…順番が逆ですけど」
「そんなのどーでもいいの!」
「そう…ですか?」
「いーなぁ、いーなぁ!
すっごく素敵。
もうクスハちゃん、愛されちゃってるーってカンジ?」
「え…」
それはあるじ様にではなく、
私に向けられた問い。
「いえまぁ…その…
…ハィ…」
て…なんて事言わせんですか。
妹の前で。
トリスさん…大体思ったとおりのヒトですが、なんと言うか…
単刀直入すぎっ!
「良かったね…
お姉ちゃん…しあわせそう」
隣でただ素直に喜んでくれる妹だけが救いだ。
「だよねー?
どこぞの朴念仁にも
見習って欲しいよ…」
「……?」
誰の事を指してるのか?
トリスさんの視線は
例の先輩さんに向けられてるみたいだが。
違うよね?…あんなの。
「ま、まぁ…とりあえず
今夜は飲むぞー!!」
「サンセー!!」
「おいおい、程ほどにしておけよ?」
「却下、きゃっかー!!」
先輩さんの注意を一蹴するトリスさん。
何だか意気投合しそう。
あるじ様を伺うとただ苦笑してるだけ。
という事は…基本おっけー?
私はグラスに半分以上残ってる発泡性の果実酒を
一気に煽った。
そこからは
何だか良い気分ではしゃいでた気がするが…
記憶が…。
………。
***
「うぅーー」
何と言うか。
アタマががんがんする。
気分わるい。
それでもとりあえず身支度を整えて
あるじ様の傍に赴かないと。
護衛獣として、妻として失格だ。
…あるじ様はとっくに起きてるみたいだし。
「…そうですね」
廊下を進んでいくとあるじ様の声キャッチ。
すぐそこの部屋らしい。
いそいで扉を開ける。
「おはようございまーす」
「遅いぞ、クスハ君。
護衛獣ならむしろマスターを率先すべきだろう?」
「す…スイマセン」
ちょっとムっときたが
まぁ素直に席につくことにした。
…頭痛いし。
「…で、ケイタロウ君、例の論文とそのプログラムなんだが」
「…はい」
「はっきり言って、よくこんなもので術式が成立したものだな?
…余計な行数が多すぎる」
「済みません…ロレイラルのプログラムはまだ
勉強不足なので…」
「ならもっと精進したまえ、それに…」
…何?
…さっきから黙ってきいてりゃ私のあるじ様に言いたい放題?
じゃあ手前はそれだけの事成し遂げられるのかよ?
それは途中から意味不明かつ非難めいた雑言にしか聞こえなく
なって来て…。
「…ここはウェーバー方式より、ソレックスの方が…」
「…オーリンズよりはビルシュタインのほうが一般的だと思わないか?…」
「それと…」
ダンッ!
「いーかげんにして下さい!」
私は思わず机を叩いていた。
「「…………」」
「そんなにあるじ様の功績にケチ付けたいんですかっ!」
「こ…こら、クスハ?」
「あるじ様もあるじ様です、…言われっぱなしで!」
「いいから…」
あるじ様は私の手を引いて部屋の外に連れ出す。
*
「どうしたんだ?…一体?」
「悔しいんです!…あんな、
あんなのって!…あるじ様に…」
「クスハ?」
「?」
「別に僕は非難されている訳じゃないよ?
技術をより確実なものとするために、意見をもらってるだけ」
「だって…だって」
「ネス先輩はロレイラル系のひとだから、物事を論理的に検証して
くれてるだけ。他意はないよ」
「そんなの…」
信じられない。
あのヒトはあるじ様の理論を反故にして、よしんば横取りしようとしている
のではないか?
…そんな疑惑すらよぎる。
「疲れてるんだよ。クスハは
今日は休んでおいで」
「…………」
確かに、それはある。
体調が判断力を低下させてるかもしれない。
それにしても。
「ちょっとだけ待ってて。
事情を話してくる」
それからあるじ様は
私を診てもらうためにアメルさんのところに連れていった。
「うーん。
何ていうか…。
完璧に二日酔いですねー」
…予想通りの診断だった。
「ココで休んでもらっても構いませんよ?
歩くのだって辛いでしょうから」
私はお言葉に甘える事にした。
それに、聞きたい事もあったし。
「…ネスティさんですか?」
アメルさんは唐突な質問に戸惑い気味だが…
「確かに…自他共に厳しいところがありますよね。
けれど、それは周りのヒトに気を配ってるせいもあると。
もう少し、余裕をもってくれればいいんでしょうけど…
ひとりで抱え込んでいまうみたいですねー」
「…………」
その後も機会があれば
いろんなヒトにも尋ねてみたが
「…イイひと…だよ」というハサハの言に纏められるのが
概ねだった。
ただ一人
「分からず屋だね
アレはどうにかして欲しいよ…」
というトリスさんを除いて。
…同志?
*
気にしなければいい事なのかもしれない。
だけど。
やっぱり私はあるじ様と常に行動してるので…
事あるごとに
…ムカつくってゆーか。
「ケイタロウ君、思うのだが…
クスハ君は護衛獣として、クラスが高すぎるんじゃないか?
マスターの言いつけをあまり重要視してないようだし」
「はぁ…そー見えますか?」
…………
何ですとーー?
さすがに…
これには切れた。
「今の言葉、…撤回して下さい」
「………クスハ」
「いや、気に障ったら失敬、あくまでも推測だ…
統計的に基づいてだな…」
「いーえ、許せません!
あきらかにあるじ様に対する侮蔑ですっ!」
「だったら、どうすればいい?」
「私と勝負して…、私が勝ったら今後一切、
あるじ様に意見しないで欲しいです」
「ふむ。それは構わんが
だけどそれでは
僕が言った推測の裏付けにならないか?」
あ……
しまった…
…が
「とにかくっ!」
「…止めておこう」
「!」
「僕が勝った場合、得るものがないからな」
「だったら…」
それまで黙ってたあるじ様が開口した。
「僕の論文を賭けますよ?」
「「!!」」
「あるじ様…それは」
「甘いと思われるかもしれませんが、
僕は…クスハの思う通りにさせてあげたい…」
はうっ!
「ふむ、…なるほど
…悪くはない話だな」
…やっぱり!
ていうかもう
後に引けない。
「大丈夫ですよ。
私が勝つに決まってますから」
こっちだって修羅場潜ってんだからねっ!
「頑張れよ?
相手は『魔導大戦』の歴戦者だからな」
う…
何時もの穏やかな表情ですが
あるじ様…
それって「応援」ですか。
ひょっとして…怒ってます?
***
「ネスー…
これって一寸大人げなくない?」
「仕様があるまい。
…先方の申し入れだからな」
「いーんです。
私が売った喧嘩ですからっ」
一応先輩側の立会い人のトリスさんが
何とか場を納めようとしてくれてるが。
私としては引き下がる気は毛頭ない。
…てゆーか
「いーから早くやらせろよ?
ここんとこ何も無くって退屈してたとこなんだ」
リュークさん
面白ければ何でもいいんですか?
「まぁ僕としては気がすすまないんだけど
単なる手合いならばってことで」
双子の兄のロッカさんも止める気はないらしい。
ていうか、ギャラリーがこんなにー。
もしかしてみんな、娯楽に飢えてる?
…やってやろうじゃん。
「では、二人とも程ほどにな?
…始め」
審判のアグラお爺さんが開始の合図をする。
…ご冗談を。
最初から全開でいかせていただきます!
「覇ぁーー」
尻尾9本モードあーんど…
「『銀河丸』!」
すらり…と一間近くもある長身の刃を抜き放つ。
「『鋼丸』…こい!」
…?
先輩が出したのはずんぐりしたロボット「ゴレム」。
…なんじゃそれは。
「あー。
やっぱ大人げないー」
トリスさんが何か言ってるが
気にしない。
…蹴散らすだけっ!
ギィン!!
…うげ。
なんて…硬い!?
「ソイツはマガダム合金製のコーティングが施してあるからな
かなりの業物でも切れんぞ?」
「くっ」
ならば…
本人を狙えば…
…!!
速…い!?
早駆けや高跳びは自信あるのに…
…追いてこられる?
ブンッ!
ゴレムの腕がのびかわす私の頭上を掠める。
これじゃ…、
近付けない!
「くのくのくのっ!」
ガッ…ゴッ…ギィィン!
斬撃を重ねるが
いくらも効いてない。
*
「ハサハ…いいの?
あの剣て
霊的に軽い素材だろうけど
もともとは一撃離脱用だろ?
あれじゃ…体力を消耗させるだけじゃ…」
「はい…
でも…お姉ちゃんは
主の名誉のために闘ってます。
私には止められない…」
「そりゃ…そうだけど」
「それに…」
「?」
「ネスさんなら大丈夫です」
「…そっか」
トリスさんとハサハの会話も
聞こえる余裕も無かった。
「はぁ…はぁ…。」
間合いをとりつつ
様子を伺う。
何か…無いか?
ゴレムが攻撃を仕掛けて…。
…見えた!
口の中…。
あすこなら…装甲がない!
一点集中で…!
「破っ!」
ゴレムの口が開いたその瞬間…
胴体ごと貫いた!
が…
がくん!
「っ!」
ゴレムは銀河丸の刃を咥えた状態で停止する。
抜けない…それになんて重い…
「ベズ蔵…
ギヤ・メタル!」
え?
…なんで?
召喚できるのは一匹じゃ…?
その攻撃が迫るとき
そんな間抜けな思考しか浮かばなかった。
あるじ様…
ゴメンナサイ…。
「發!」
刹那…
あるじ様の声が聞こえたような気が…。
…あれ?
…何ともない?
恐る恐る顔をあげると。
其処には…
「鬼神将」が立ちふさがり
先輩の召喚ロボットをバラバラに切り裂いていた…。
振り向くとあるじ様が
赤色のサモナイト石をかざしていた。
*
「『マサムネ』…済まんな?
…急に喚びだして」
「…御意」
鬼神将は送還された。
その時…
一瞬だが見てしまった。
あるじ様の本気の目。
普段あんなにのほほんとしてるのに
なんて熱い…。
思い出した。
昔、
私を叱ってくれたときの
あの時と同じ瞳。
*
「成る程…『即時召喚』か
君の理論の応用ってとこかな?」
「すみません。
ルール違反は承知の上です。
でも…
妻が目の前で傷つけれれるのは不本意なので。
ここからは私の責で…」
「だめです!あるじ様。
まだ…闘えます!」
「いや。
…今回は此処までにしておこう」
意外にも引いたのは先輩のほうだった。
「ケイタロウ君の実力も見せてもらった。
どうやら、分相応の護衛獣を従えてるようだ。
些か甘やかし過ぎな面もあるが」
…ちくしょう。
負けただけに言い返せない…。
「それに…」
先輩は続けた。
「僕はその護衛獣が…
本部に護送されて来たところを、見たことがあるからな」
「「!!」」
「そのころは…何と言うか…『もぬけの殻』のようだった。
報告は読んだが、2つの事象がうまく重ならなかった。
もし、…それらが『事実』だとしたら?」
先輩は私の方を向き
「それだけでも、大した偉業と言えるんじゃないか…?
…今はそんなにも生き生きとしている、キミを見れば」
「う…
五月蝿い!うるさい!うるさーい!!」
…涙が溢れた。
言われなくたって…。
私が今こうしてられるのは
全くと言っていいくらいに
あるじ様のお陰だ。
認めたくない。
けれど
とっくに先輩はあるじ様を高く評価していたんだ。
だからこれは
私のひとりよがり。
なんて…無様な。
ただあるじ様に恥をかかせただけ。
「ま、…あとはケイタロウ
あとは君に任せる」
「あの…『賭け』は?」
「聞いてないか?
…この村で賭けは禁止だ。
それに…」
「あんな発案者の想いのこもった理論、
…僕には到底、手に負えんよ」
そういうと先輩はその場を立ち去った。
「立てる?」
見上げるとあるじ様が手を差し伸べてくれていた。
何時もの優しい瞳で。
たく。
このヒトは。
…あれ?
というか…
立て…無い?
腰が…抜けてる?
「もう…しょうがないなぁ」
て…あるじ様?
「お姫様抱っこ」ですかっ!?
「これは…」
いくら私でも恥ずかしいです!
「いいって。
僕がして上げたいから。
でも…
部屋に戻ったら…
『お仕置き』かな?」
ぐはぁ
ひょっとして「アレ」ですか。
あるじ様。
アレはだめー!
それだけは堪忍です。
ていうか耐えられませーん!
今度は心の中で
私はむせび泣いた。
***
結局…、
先輩との「手合い」も
私たちの赴任の「余興のひとつ」にされてしまい。
とりあえずあるじ様は実務班、
私は衛生班に配属される事になりました。
あるじ様と違う部署なのはしょんぼりですが、
同じ集落の中なので泣く泣く割きりました。
ま、何はともあれ、
今は妹とアメルさん達と、仲良くオシゴト頑張ってまーす。
それに…
「お茶、持ってきましたよー」
休み時間にはこうやってあるじ様と会えるし。
「ありがとう…。
あ、ネス先輩…ここのところですが…」
「うん?
まぁ…いいいんじゃないか?
そんなもので」
あるじ様とネス先輩は電影窓を覗きこみながらいろいろ話し込んでいる。
もちろん、私にはさっぱりです。
それはそれで悔しいので。
「あるじ様ー、お茶、置いときますね?
どれどれ、私にも見せてくださいなー」
もちろんそれは口実。
実際はこう…
あるじ様の腕に掴まって
胸の膨らみですりすりと…。
「ふむふむ、なるほど
これはなかなか良いものですねー」
映っているのは数字と記号の羅列ですが、
もちろん、そんなもの見てませーん。
「……クスハ?」
あるじ様は一寸困った顔で苦笑している。
「まったく…君は何度言ったら何度言ったら解るんだ?
執務中にそのような行為はだな…」
「え?私…?ちょっとあるじ様のオシゴトぶりを拝見してる
だけですけれど、何か…?」
「こらこら。
あまりネス先輩をこまらせるんじゃない」
「……はぁい」
私はしぶしぶ応える。
あるじ様の命とあれば仕方ない…と。
けれど…
「じゃまた…ぅんむ」
すかさずあるじ様の前に割り込み
振り向き様に唇を重ねる。
「「…!」」
「ばいばーい」
ネス先輩とあるじ様が呆気にとられてる間に離脱!
ようやく後ろから非難の声が飛んでくるが
もう遅いし、知ったこっちゃない。
*
今…
私は暖かなヒト達に囲まれて暮らしている。
辛かった日々は…もう遥か昔のように遠ざかって。
でも
例えまた困難が訪れたとしても
きっと二人なら乗り越えていける。
空に向かって大きな背伸びをしながら
何時ものコトバを呟いてみる。
「大好きですよ…あるじ様」
(とりあえずおわり)