―サモンナイト外伝【星の仙狐】―(多分前編)
*
暗い…、ここは暗い牢獄のなか…
出られるのはひと時、…ただ「ヒトを殺める」ときだけ…。
それだけがワタシの世界。
もう、諦めるというか…慣れてしまった。
全ては…ユメマボロシ。
そう思えば。
だから…
ただそう考える事にした。
*
ここはリィンバウム(巡りの大樹)という世界。
サプレス(霊界)、ロレイラル(機界)、メイトルパ(幻獣界)、
そしてシルターン(鬼妖界)の四界の中心にあって…。
ワタシ…今となっては名前等どうでもいいが…「クスハ」は
シルターンから不完全に召喚された「仙狐」。
だが今はただの「暗殺者」。
だから名前なんてどうでもいいんだ。
*
逃げる?
出来るならとっくにそうしていた。
けれど
召喚と同時に嵌められた「戒めの首輪」はワタシが施術者に逆らうことを許さない。
そう。
死すら叶わない。
殺戮という目的のためにのみ生かされる操り人形。
だけど悪夢も何時かは終わる。
不完全に召喚されたワタシの魔力も、今や妖狐レベルまで落ちてきている。
魔力が尽きれば…
私は元の狐に戻って用なし…。
其れは
そんな事を考え始めた矢先の出来事だった。
*
…大きな音と共に壁が破られた。
…差し込む光が眩し過ぎた。
…誰?
何時もと違う影?
イヤだ…
もう連れていかないで!
ワタシは本能的に警戒した。
でもそれは「過ち」だったんだ…。
恐怖のあまり、ワタシは風神の刃を放った。
「!」
至近距離の攻撃は相手の左腕を捕らえ、
装着されたスキッドを砕く。
「…………
…ょうぶ…だから」
「…………」
「大丈夫だから…
そんなに怯えないで?」
そのヒトの左腕はかろうじて繋がっていた。
もしそうでなかったら、ワタシは一生…いや
多分死んでも悔やみきれなかっただろう。
***
「『クスハ』か…いい響きの名だね」
そのヒトの名前はケイタロウ。
世俗と関りをもたず、
世界の真理を探究する組織である「蒼の派閥」の召喚師。
召喚師というと、召喚術により戦闘を行ったり、
いろいろな事業を行ったりするイメージがあるが、
彼はどちらかっていうと研究者タイプのようだ。
まぁそんなこともその時にはどうでもよくて、
ワタシはとりあえず蒼の派閥の「施設」に移される事になった。
部屋は以前よりも明るいとはいえ、窓には格子がはめられ、
およそ自由とは縁遠い場所には違いない。
最初のうちはいろんな人間が食事等の世話をしてくれたが、
そのうちに彼ひとりしか来なくなった。
これは後に解ったことだが、ただ面倒ごとを
押し付けられたに過ぎなかったのだと。
彼は聞いてもいないのに、いろいろな事を話してくれた。
この町「王都ゼラム」のこと。
「巡りの大樹」の世界のこと。
仕舞いには自分の生い立ち(幼い頃に
両親を無くして孤児になったらしく、
それで派閥に引き取られたらしい)とか。
…彼は一体、何がしたいのか。
試しに訊いてみたこともある。
「ワタシのカラダが欲しいの?」
前の組織の連中にはソレ目的の者もいた。
でも耐えるしかなかったし。
寧ろそうすれば「取引」もできるかもしれないと。
けれど…
「そんな、…自分を貶めるような事言うんじゃない!」
ケイタロウは珍しく語気を荒げた。
ていうか、怒ることができたんだ。
ワタシはてっきり…。
その時彼は怒って部屋を去ってしまった。
悪い事したかな。
それに…。
ワタシはケイタロウの左手が殆ど動かせない事にも気がついてしまっていた。
あの時の怪我の所為?
あれは「事故だった」、「相手が悪いのだ」と思い込もうとしていたけれど。
やはり今から考えれば…アレはワタシの罪だ。
そんな事の積み重ねを考えてみると…
随分彼には迷惑かけてる。
もう来てくれないかもしれない。
それも仕方がないか…と。
けれど、
やっぱりケイタロウはまた食事を持ってきてくれて。
何だか。
心の中に不思議な感覚が生まれた。
*
ケイタロウの話で気になったといえば、彼が今、取り組んでいる事。
「誓約の解除」に関する研究。
間違い等で召喚されたり、召喚師が死んでしまって元の世界に帰るに帰れない、
いわゆる「はぐれ召喚獣」を何とか出来ないものかという。
別に「はぐれ」がこの世界に居ること自体、問題になっているわけではない。
問題は「はぐれ」に生活する為の権限が与えられないということ。
それが不憫で仕様が無いらしい。
たく…何考えてるんだろ?
みんな、自分の為に精一杯なはずだろうに。
「せめて、誓約の解除が出来れば…、
キミだって…元の世界に『送還』してあげられるのに」
「………」
そう、…だったんだ。
シルターン(鬼妖界)に帰りたくない…といえば、それは嘘になる。
あすこには離れ離れになった家族が居る…。
けれど。
ケイタロウには悪いけど…
それは「叶わぬ夢」だと…。
その時はそう思っていた。
…でも。
「なら…」
「?」
「ワタシを実験に使えば?」
「えっ!」
「以前貴方に酷い事を言った。
…そのお詫び」
「そんな、全然気にしてないよ」
「でも、どうせ生きてても仕方ないし…」
「…『仕方ない』なんていうな!」
「!」
「無意味に生きてる命なんてないはずだよ。
それを解って言ってるの!?」
「………
ごめんなさい」
何故?
謝ることなんか…ない…はず。
「けど…」
「?」
「キミが本当に元の世界に帰りたいのなら…その…
協力してもらいたい…けど」
「…………
…帰りた…い」
「……。」
「帰りたい」
「…うん。
じゃ、…頑張ろうか」
「…あぁ」
…?
…まただ。
あの「不思議な感覚」。
一体…何だって…。
*
それからの「日々」は辛くもあったけれど楽しくもあった。
失敗の度に意気消沈したこともあったり、
何か解決の糸口を掴めてはふたりで大喜びしたり。
・・・
そして。
ケイタロウは「代替誓約」という理論を完成させた。
「名も無き世界」からの召喚を司る無色のサモナイト石。
その中に、ある術式(ロレイラル式の「プログラム」と呼ばれるもの)を
凝光器で入力して…とか、…には到底不可解なハナシだけど。
ともかくそのサモナイト石に今実行されている「誓約」を
一時的にせよ、封印してしまうもの。
「誓約」そのものが無くなる訳じゃないから、どれくらい効力が続くか解らないけど
とりあえずその猶予時間内に送還を済ませてしまえば…という事。
そして
プログラムの書かれた石スを戒めの首輪の上に重ねる。
「…行くよ?」
「…うん」
「我は願う…ここに旧き誓約の解除を…」
ケイタロウが詠唱をはじめると
「…う…くっ!!」
戒めの首輪がワタシの喉を締め付け始めた。
「…!」
「続け…て」
「…でも」
「ワタシ…はケイ…タロウを…信…じる…か…ら」
どのみちこのままじゃ…。
「…!解った…我は願う『誓約の凍結をっ!!』」
キィン。
耳鳴りのような音がして、
ワタシは意識を失った。
*
「…おはよ」
「…………
…あ」
気が付くと私はベッドに寝かされていた。
どうやらちゃん生きてるらしい。
術式はどうなったのだろう。
ワタシはおそるおそる首に手をやる。
其処には…
戒めの首輪の代わりの無色のサモナイト石のペンダント。
それに包帯。
「成功…したのか?」
「…取り敢えずは」
「…そう」
「まだまだ改善の余地が多分にあるけど…
とにかく…
君はこれで、シルターンに帰れる」
「……」
ケイタロウは何故だか少し寂しそうに微笑んだ。
何故だろう。
術式の成功は喜ばしいはず。
それなのに…。
「そう…だな」
それに…ワタシも…
もとの世界に戻れるというのに
…何故だか少しも嬉しくなかった。
「とりあえず、怪我がよくなるまではここに居ていいから」
「………」
私は…
その言葉に安堵を覚えた。
*
それでも傷はいつか癒える。
やがて…その日がきた。
「じゃ、そろそろ送還の用意を始めよっか…」
「イヤ…だ」
「?」
「ケイタロウ…その」
「ん?」
「…私がお前の『護衛獣』ではダメか?」
「?…何を…」
「チカラは戻ってないけど、精一杯頑張る…だから」
「一体、…何を言って」
「帰りたくない。ここに居たい。
だけど、今のままじゃケイタロウの迷惑になるだけ」
「…………
…駄目だ」
「!」
「君をもう…危ない目に合わせたくない」
「それは大丈夫だ、今までだって…
ちゃんとやってきた」
「魔力の供給が回復されない以上、許可できない。
元の誓約が復元して、干渉しないとも限らないから」
「……そんな」
「だから…」
「?」
「結婚…しよ?」
「…!?」
「…僕も
一緒に居たい
クスハと別れたくない。
だけど、
それは自分勝手な想いだとばかり…。
…ごめんね」
そっか。
そうだったんだ。
私の心の中に生まれ
知らぬ間にどんどん大きくなっていたもの。
やっと…気が付いた。
「…ううん。
でもケイタロウはずるい」
「…かもしれない」
「私のこと、全然『女』としてみてないようだったし」
「それは…
そう考えないと…別れが辛くなると思ったから」
「早く…
言ってくれれば…
…て
こんなこと言えないな…私も」
「いいよ…
御互い様だし」
「でも…信じていいのか?」
「…うん」
ケイタロウは親愛の証に
私の肩を抱いて
ヒトがそうする行為を私の唇に…。
そして
敷地内の小さな礼拝堂で
婚姻の誓いを立てた。
***
便宜上、この世界から還される事はなくなったけど…
それでもやはり私は護衛獣としての契りを強く要望した。
何よりケイタロウの左手は私の所為だ。
最初は反対していたケイタロウも、
さすがに根負けする形で。
「…代替誓約の封印が解けるまでかもしれないよ?」
「…うん」
シルターン(鬼妖界)の誓約を結ぶ赤色のサモナイト石。
それを挟むようにして、たなごころを合わせる。
「青の派閥、召喚師ケイタロウの名において願う…。
護衛獣の契り賜わらん事…」
それは祈るように。
自身も其れを切に願う。
自然と唇が重なる…そして。
全身を包む赤色の淡い光。
「ぁ…」
けれど続いて…
「!!」
爆発的にカラダに注ぎ込まれる青紫色の強い光。
…イヤだ!
私達を…離さないで!
だけどそれはすぐに思い違いだと気付く。
「あ。…あぁあ?!」
それは悠久の長き時間、忘れていた感覚。
…チカラが
…戻って…くる?
髪の色も、瞳の色も…
明るい色へ変化を遂げる。
左右に4本づつ、元のと合わせて9本の尻尾が現れる。
「…そっか」
しばらく呆然と眺めていたケイタロウが呟く。
「正規の方法で誓約を上書きしたから
本来の姿を…」
「…違う」
「?」
「貴方が…
ケイタロウが取り戻してくれた」
私本来のスガタ…
私本来のチカラ。
「だから…
これからは、
ケイタロウが私の『あるじ様』だ」
「『あるじ様』って…」
「チカラのある『仙狐』を従えるには、地位が必要だから。
心配しなくたって、あるじ様は立派な私の主人だから。
『婚姻』と護衛獣の『誓約』で二重に結ばれたから」
「まぁ…そうなんだけど」
「…そうだ!」
「?」
私は「あるじ様」の左の袖をまくる。
その傷を見ると今も胸が疼く。
「…いきます!」
念を込める。
術式も思い出した。
「………」
お願い。
例え再びチカラを失ってもいい。
これだけは叶えて。
チカラの奔流が青紫の光となって流れ込み
あるじ様のかいなも光を放つ。
そう、古の私は「星の仙狐」と呼ばれる癒し手。
ホシのチカラよ…どうかあるじ様の、
左腕の筋と神経を修復して。
やがて…
「う…ん」
あるじ様は左手を見つめ
やがて指先が…ぴく…と、動いた。
「…!!」
…良かった。
あとは少しずつ訓練すれば、元通りに…。
「クスハ、髪の色とか、尻尾とかが」
心配そうにあるじ様が私を見つめてる。
「大丈夫。
少し魔力のレベルが下がっただけ」
これは本当。
今も体内への魔力供給を感じている。
どうやら…
私の魔力は気持ちに大きく同調するらしい。
寧ろ精神が高まった時にだけ「完全体」になれるというか。
「でも…良かった。ホント、良かった」
私はどさくさに紛れてというか、
ただそうしたかったというか。
あるじ様に抱きつき泣きじゃくった。
あるじ様はようやく動くようになった手で
そんな私の髪を、不器用に撫で続けてくれた。
願わくば…
どうかこの時間が
何時までも続きますように…。
***
「なんだかクスハも言葉使いが丁寧になったなぁ」
「そりゃそうです。
あるじ様の品位を下げるような真似はしたくないですから」
「というか、そんなモノ無い気がするんだけど」
「何いってるんですか。あるじ様の功績はもっと評価されてイイはずです!
それをこんな、半ば追放みたいなカタチで…」
「いや。
これは多分総帥が気を遣ってくれた結果だと思うよ?
派閥の中にも何かと妬みは多いし。
それに今度の任は僕にとっても分相応というか遣り甲斐があるというか…」
結局、あるじ様は
事の一部始終を「蒼の派閥」本部に報告した。
「サンプル」を私的に運用したという事で、何らかの咎めがあるかもしれないというのに。
もしそうなったら私が身を挺して阻止しようとも思ったんだけど。
結論は
「婚姻は双方の合意によって為されたものであり、研究は派閥の将来に
利益をもたらす可能性があるもので、個人的な営利の痕跡が見られない…云々、
よって当件は不問とする…ただし…」
『祝福の場に立ち会えなかった事は、私的ではあるが甚だ遺憾である』と
解るような解らないような総帥:エクス=プリマス=ドラウニーの自筆があった。
実際のところ、派閥は世界を賭した「魔導大戦」にかかりきりで
それどころの話ではなかった所為もあるが。
あるじ様が私に付きっきりでいたのは、怪我のせいで戦力外にされていたためで
それは不幸中の幸いとも言うべきか。
とりあえず世界が落ち着きをとり戻し、あるじ様の研究成果が本部の知るところになった頃、
突然、復興中の「レムルの村」への派遣の任が言い渡された。
其処はゆくゆくは「はぐれ召喚獣」達の共同コロニーとなる予定で、
あるじ様の研究が活かされるのでは…と。
今はともかく、その旅の途中だ。
「…まったく。
あるじ様はお人良し過ぎます…。
でも…
そんなあるじ様だから大好きなんですけどね…えへへっ」
私は何時ものようにあるじ様の左腕を抱えて懐く。
あるじ様は多分歩きにくいだろうけど、気にせず微笑んでくれる。
このひと時は私にとって至福のひとつ。
二度と手放せない、離しちゃいけない。
夕照に伸びる二つの影を眺めながらそう思った。