第二十四話 真夏の夜の『現』想(後編)
「あれ? そこにいるのは平良君達じゃない」
聞き覚えのあるそんな声に振り返ると、そこには平良陸が所属する演劇部の面々が何人か立っていた。
そんな面々を代表するかのように影浪西華と風見日景がこちらに歩み寄る。
「こんばんは、薫ちゃん、由里ちゃん。
えっと……?」
「ああ、こっちは俺のクラスメートで友達です。
……一部微妙な人もいますが。
で、こっちが別の学校に通ってる俺の妹です」
「こんばんは、はじめまして。平良芽衣です」
「こんばんは、はじめまして。影浪西華よ。他の皆さんもよろしくね」
「姉様、いっしょくたはどうかと思います……」
「日景ちゃん、お久ー」
「薫ちゃん、久しぶり〜」
以前演劇部で色々活動していたからか、この二人は結構仲良くなっていた。
……陸には話していない・知らない事だが、平良陸を『好き』な者同士の共感のようなものがその理由なのかもしれない。
「日景ちゃんも、肝試しに?」
「うん。
部長が演劇を志すものとして、恐怖という感情も知らなければって、皆を引っ張ってきたの。
……あたしは基本裏方なんだけどね」
「いや、それ建前だから。今日はただ遊びに来ただけ」
『ええーっ!?』
西華がそれを口にした瞬間、日景をはじめとする演劇部員たちがそんな声を上げた。
「ちょ、部長、それはひどくないスか?!」
「無理やり連れてきといてっ!?」
「まぁまぁ、落ち着きなさい。
建前は事実だけど、言ってた事も嘘じゃあないのよ。
何事も経験でしょ? テレビ見てるよりは有意義じゃない?」
「いや、それは人によると思いますけど……。
あ、でも、それはそれとして、そういう事ならどうして俺を呼ばなかったんですか?」
浮かび上がった素朴な疑問を呟く陸。
それに対し、西華はあっさりと答えた。
「平良君は薫ちゃんと一緒じゃないかって思って気を利かせたんじゃない」
『うっ』
「よっ、ご両人」
「お似合いだねぇ」
「うんうん」
どストレートな西華の言葉に、陸と薫は思わずそんな声を漏らした。
そんな二人に演劇部員(日景を含む)はさっきまでの部長への不満は何処へやら、楽しげに二人に声を掛けた。
「……兄さん達って、結構目立ってるんですね」
「あ、いや、どうなんだろ……」
「う、うーん」
呆れ気味の視線をよこす『妹』・芽衣。
その視線を受けて二人は何とも複雑な苦笑いを浮かべるのが精一杯だった。
「まぁ、からかいはここまでにしておいて。
邪魔をするのもなんだから、私達はそろそろ行くわね。
それはそうと、由里ちゃん?」
「……何です、姉様」
「悪巧みはほどほどになさいよ」
「……検討はするわ。
というより、姉様は光谷さんの事でも考えててくださいな。
……どうせ、この後何処かで会ったりするんじゃない?」
「ぐっ、何故それを」
「分からいでか、です。
部員招集も約二割はそれを隠す為の言い訳なんじゃ……」
「ちぃ、痛い所を突かれたわね」
「部長? 何をコソコソ月穂さんと話してるんです?」
途中から内緒話の様相となっていた二人に、陸が声を掛ける。
その声を切っ掛けとして、西華は告げた。
「風向きが悪いし、ここは撤退するわ。
行くわよ、皆」
「あ、はいっ。じゃあね、薫ちゃん」
「うん。じゃあまた。
そっちも頑張ってね、日景ちゃん、西華さん、みなさん」
「ええ」
「おおー」
「平良と仲良くなぁ」
そうして演劇部の面々が去って行ったまさにその時。
夜の静けさにそぐわない、大きなマイク音声が響いた。
『えー、皆様。
お集まりいただき、誠にありがとうございます』
マイクの主は、オカルト研究会会長・古村涼子。
いつもは朝礼等に使われる台の上に立って、マイクを手に彼女は居並ぶ参加者達に告げた。
『それでは予定していた時間と相成りましたので、肝試しを始めようと思います。
皆様既に登録されているかと思いますので、その際に渡した番号の順に校舎の中に入っていただきます。
参加の際の注意などは、既にお配りした用紙の裏側に要項は書いてありますので詳しくはそちらを参考いただくとして、簡単なルールだけ改めて』
涼子はバスガイドのように一番近くの校舎に手を向けて、説明を始めた。
『皆様には、こちらの校舎で肝試しを行っていただきます。
こちらの校舎の各教室にはスタンプが1つずつ置いてあります。
皆様は各階で2つずつスタンプを配った用紙の表側に押していただき、最後に屋上のスタンプを押して、屋上にいるスタッフに計7個のスタンプを確認していただき、ゲーム終了。
校舎に入ってから屋上に辿りつくまでのタイムで競っていただきます。
各階の、どの教室に入るかは皆様次第です。
それによって、タイムロスするか否かなど変わってきますので、皆様の第六感が試されます。
何か質問などありますか?』
涼子の言葉に対し集まった面々が疑問をぶつける中、薫が呟いた。
「結構大掛かりだねぇ」
「まぁ、それなりに。
……幽霊の皆様にもご協力していただくには骨が折れましたし」
「芽衣ちゃんなんか言った?」
「いえ、特には」
「しっかし、これだけの企画やら準備やら四人だけで出来たのか?」
兄である陸の問い掛けに、芽衣は肩を竦めてから答えた。
「出来ませんよ。
人手が足りませんでしたから、私の他にも何人か助っ人を呼んでましたよ。
この学校の生徒さんやそれ以外……どういうお知り合いなのか詳しく知りませんけど」
「なんか他人事というか、適当だな」
「私が協力していたのはごく一部なんで。
だからこそ、こうして参加が許されてるんですよ」
「そりゃそうか。
まぁ、お手柔らかにしとけよ。色々な意味で」
『人に見えないものが見える』だけでも芽衣はかなり有利だ。
それを思うと、他の参加者達に悪い気がして、陸はそんな事を言った。
……時折変な所で暴走する妹の性格面を踏まえてでもあるが。
「……兄さんの意図が何処にあるのかはあえて深く考えませんが、努力はしましょう」
「おう、そうしてくれ。
……ああ、そうだ。幾田」
「な、なんだ?」
「悪いけど、妹の事よろしく頼む」
「お、おおっ! 任されたっ!!」
「おー幾田君気合入ってるねー。まるで父親に娘を託されたお婿さんのようだわー」
「……言い得て妙ね」
「いや、まったく。
何気なしに本質を見抜いてるあたり、流石は霧里さんと言うべきか」
「……??? 何の事だ、芽衣?」
「兄さんは知らなくていいんです」
「うーん」
そんな声を上げつつ、思考する陸。
数秒程度それを続けた後、唐突に、くわっ!、と顔を上げると、言った。
「ま、まさかっ!?」
「……っ」
刹那、道雄の口元が引き攣る。
それに気付いているのかいないのか陸は言葉を続けた。
「幾田、芽衣に何かしらで脅されてるのかっ!?」
「ええっ?! そうなのっ!?」
『違う違う』
大真面目に叫ぶ陸と、その発言を真に受ける薫。
それに対し、由里奈、明悟はパタパタと手を振って否定した。
「……兄さん、冷蔵庫のお菓子没収ね」
「えー?
いや、言い掛かりだったかもだったからそれはいいけど、良い線いってたと思うんだけどなぁ」
「……普段の行動をもう少し見直すべきなのかしら……」
首を傾げる陸と、兄の発言に地味にダメージを受ける芽衣。
似ていない双子ではあるが、紛れもない兄妹である、そんな二人。
そんな二人のやり取りを見て、由里奈はなんとはなしに呟いた。
「……兄妹って、皆こんな感じなのかしら」
「うん、多分こんな感じ」
「なんでそう断言できるの、薫」
「んー、陸君の眼がね、私のねーさんに似てるの。
だからかな」
「そういうもの?」
「そういうもの」
薫達がそんな会話を続けているうちに。
参加者の涼子への質疑応答は終了していたらしく。
『……それでは、今から肝試しを始めまーす』
そんな開催の言葉に拍手が巻き起こり、オカルト研究会主催の肝試しが始まった。
「……うーむ、結構盛り上がってるというか、楽しげだな皆」
道雄達が遅れ気味だった事もあり、
登録が最後の方となった陸達はおしゃべりしつつ、肝試しの行方を見守っていた。
参加した後の人々は皆興奮し、怖がっており、同時にその怖さを込みで楽しんできたようだった。
その度合いは、普通のお化け屋敷などによるものより、もう一つ色濃いもののように陸には見えた。
それらの事や、漏れ聞こえた会話から察するに、どうやら『本物』も出ているらしい。
「まぁ、芽衣が絡んでる時点で普通とはちょっと違うんだろうけど」
「その言い分には何かイラッときますが、普通じゃないのは事実なので黙っておきます」
「いや、それ黙ってないよね」
「……何かおっしゃいましたか、久能さん?」
「怖っ!? その眼怖いよ?! 何、僕に何か恨みでもあるの?!」
「恨みはありませんが、思う所が色々ありますので」
「ま、まぁまぁ芽衣ちゃん。折角のイベントだから抑えて抑えて」
「義姉さんがそう言うのなら」
「り、理不尽だ……なんか理不尽だ……」
「あー、なんだ。悪い。兄として謝っておく」
微かな怒りやら同様やらで口元やコメカミをピクピクさせる明悟に、陸は申し訳なさげに言った。
そんな陸に興味深げな視線で眺めつつ、由里奈が口を開く。
「へぇ? 久能君に謝るのね」
「相手が誰であろうと、謝るべき事にはちゃんと謝るよ。
なんと言うか、まぁ、悪いって気がする……っ!?」
「ほほぉ。そうすると兄さんは私が悪いと」
「……っ!? 〜〜!!」
背後からその声が聞こえた次の瞬間脇腹に走った痛みにより、陸は思わずうずくまった。
妹得意の脇腹親指刺しなのは、確認せずともわかった。
「お、おい、悶絶してるけどいいのか?」
「……別に構いませんよ。さて」
そう言いながら、芽衣は視線を余所へと向けた。
其処には開始からずっと参加者を誘導している涼子がいる。
芽衣の視線に気づいているのかいないのか、涼子は事務的に次に校舎に入る人間の番号を読み上げた。
「……まずは私達の出番ですね。いきましょうか、幾田さん」
「お、おう」
そうして『薫達の肝試し』が始まった。
まず最初は、芽衣・道雄の二人。
「おおぅ。夜の校舎って結構怖いな。
ありがちな感想でなんだけど」
電気をつけない校舎というのは、普段とはまるで趣が異なって見えた。
夏だというのに、何処か冷えた雰囲気さえ感じさせる。
「……まぁ、そうですね」
「怖がってるように聞こえないし、見えないな」
淡々と語る芽衣の様子には怖がっている様子は全くなかった。
見えないモノを見えるという彼女にしてみれば、こんな状況もある意味で日常茶飯事なのかもしれない。
その芽衣はと言うと、道雄の言葉にくだらなそうに肩を竦めて見せた。
「そうですか? まぁ、別にいいですけど」
「……あの、なんか、怒ってないか?」
彼女の言葉や態度の端々に鋭さを感じて、道雄は言った。
それは、芽衣とそれなりに会話を交わしてきているからこそ感じる違和感だった。
そんな道雄の疑問に対し、芽衣は、フゥ、と小さな息を零す。
「私が何に怒ると?
先程までの会話において、私が貴方に怒る要素がありましたか?」
「う、うーん……」
実際どうなのか、道雄にはわからなかった。
自分には分からない何かが彼女の癇に障ったのかもしれない。
仮に謝るにせよ、それが分からないままに謝るのは逆効果な気がする。
いや、そもそも本当に自分に対しては怒っていないという可能性もある。
「何もなければ行きましょう。
時間を無駄にするのもなんですし。
さっさと終わらせてしまいましょう」
となれば、このまま普通に肝試しを続けた方がいいのかも……。
(いや、駄目だ)
道雄はそう思った。
折角二人でこんなイベントに参加しているのに、何処か遠慮気味なままなのは駄目だし、嫌だ、と。
ふと思う。
こんな時、アイツはどうしてただろうか、と。
彼女の兄にして、自分の友人たる……平良陸は。
何故道雄は陸の事を考えたのか。
それは何となくでしかなかった。
目の前にいる存在にとっての兄である事。
彼女を持つ友人としての『意見』を求めての思考。
それらが交じり合った結果の『なんとなく』だった。
だが、それは道雄にとって意味のある、価値のある思考となった。
「ま、待った」
「……なんです?」
少し咎めるような芽衣の視線に少し顔と心が引き攣るものの、道雄は言った。
本人は意識していなかったが、その心の中には、どんな時も真っ直ぐな平良陸の姿があった。
「あーいや、その。
正直俺には今芽衣ちゃんが怒ってるように見える」
「……」
「でも、俺には芽衣ちゃんが怒る理由が皆目見当つかない。
だから、悪いけど教えてくれると助かる。
君を怒らせたくない、というか、不愉快にはさせたくないんだ」
「……まるで兄さんのような事を言いますね」
「うっ」
「まぁ、いいです」
そこで芽衣は小さく息を吐いた。
その息はそれまでの何処か冷たげな空気を孕んだものではなかった。
「……別に、怒ってませんよ。
ただ1つ気に掛かってる事があったから、ついなんとなくこうなってるんだと思います」
「気に掛かってる事?」
「……なんと言えばいいのか、そうですね……。
なんだか、私が平良陸の妹だと知ってから、貴方が硬くなってる気がします。
そういうの、落ち着きません。
ですから、貴方が良ければ、いつもどおりに……普通に話してください。
私がやり難いので」
「え?」
「別に兄さんがいてもいなくても今までどおりでいいじゃないですか。
貴方が私を名前で呼ぶ事に、兄さんの許可がいるわけじゃないですし」
「め、芽衣ちゃん……」
そんな事が気に掛かっていたのか、と思う道雄だったが、同時に何処かで納得もしていた。
『そんな事』でふら付く様な男は確かにカッコ悪いかもしれないし、見ていて気分のいいものではないのかも、と。
「そもそも、私達は”ただの”友達ですし」
「め、芽衣ちゃん……」
先程と同じように彼女の名前を呟くが、当然そのテンションはだだ下がりだった。
友達。
やっぱりそのレベルだよなぁと思い知らされて、ガックリくる道雄。
だが逆に希望もあるような気がしていた。
「あ、ああ、分かったよ。
いつも通りに戻る。堂々と行くぜ、俺は」
「……結構な事です」
(友達なら、悪くないよな、うん)
好きの反対は嫌いではなく無関心。
何処かでそんな事を聞いたことがあるが、友達ならまだ関心を持ってもらえてはいるはず。
(これからの事や、陸の事はこれから考えていけばいいし。
そう考えると友達ってのは悪くない距離感かも……
うん、そうだな、そう、だよな、多分……)
問いかければ問いかける度に不安になっていく道雄。
そんな思考に捕らわれていた道雄は気付かなかった。
微かに。
微かにだが芽衣の顔が赤らんでいた事を。
しかし、夜の闇で酷く見え難いそれに、道雄は気付く事はなかった。
少なくとも、今この時は。
「……じゃあ、解決した所で行きましょうか」
「お、おうっ」
張り切った声を上げる道雄。
そんな彼を見て微かに笑みを浮かべた後、芽衣は尋ねた。
「ところで、幾田さんは霊が出る方と出ない方、どっちがいいですか?」
「へ? それなら霊が出る方かな。見てみたいし」
「……ふむ。私としては勝ちに行きたかったんですけど。
そういう事であれば、ご期待に添うとしましょう」
「え?」
「では、ご案内しますよ。霊がいる場所に」
その時芽衣が浮かべた笑みは、道雄にとって印象深いものとなった。
それは、いつもの彼女の笑みより楽しげでそれでいて、何処か恐ろしい笑みだったからであり。
これから起こる幽霊行脚の始まりでもあったからである。
芽衣・道雄組。
道雄の遊び心(+芽衣の微かな楽しみ)のため、大幅タイムロス。
タイムは、二十二分三十五秒。
……ちなみに後に集計した平均クリアタイムは二十分二十一秒である。
「ん? なんか上ですごい悲鳴が聞こえたような」
「ぬぅ……幾田君の声っぽかったような気もするけど……」
道雄達に続いて校舎に入ったのは、薫・明悟組だった。
夜の校舎に入るなんて漫画やゲームみたいとはしゃいでいた薫は、何処からか聞こえてきた悲鳴に何とはなしに上の階を見上げた。
それに倣って明悟もまた上の階に視線を向けた……のは少しの間で、途中からは薫の方に視線を向けていたのだが。
「ねぇ」
「な、なにかなっ!?」
そんな中で声を掛けられた為、若干挙動不審気味に反応してしまう明悟。
そんな明悟を特に気にする事もなく……肝試し中だからかなと考えていた……薫は言った。
「二人とも大丈夫かなぁー」
「大丈夫だよ、きっと。平良君の妹さん、凄くしっかりしてそうだし」
道雄はともかく、芽衣は凄く頼もしげなイメージが明悟の中にはあった。
今までの彼女との遭遇経験からの勝手なイメージだと理解していたが、あながち間違いでもないだろうとも思っている。
「そ、そうだねり……じゃない、久能君」
言い掛けた名前が誰なのかは簡単にわかった。
平良陸。
おそらく月穂由里奈の提案が無ければ自分の代わりにここにいたであろう存在。
現在の彼女の『彼氏』にして、久能明悟の敵。
(……というか、ライバル、かな)
改めて思うと、敵、というには明悟の中には違和感があった。
現在の所、明悟は陸の事が嫌いではある。
基本何処までも普通な彼が何故彼女の彼氏なのかをはじめ、考え始めると憤りしか湧かない。
しかし同時に、同じ人を好きになった『同類』という面は否定できないし、彼とのやり取りが近頃退屈しない、良い刺激なのも否定出来ない。
だから敵ではなくライバル。
陸の事を、明悟は改めてそう定義付けた。
「あー、ごめんごめん、ついうっかり」
明悟がそんな事を考えている事など知る由もない薫は、恥ずかしげに頬を掻きつつ謝罪の言葉を口にした。
そんな薫の様子が可愛くて若干ニヤケ気味な顔と内面を、明悟は多少引き締めた(カッコ悪い所は見せたくない為)。
「いいよ。気にしなくても。
平良君が一番君の側にいるのは事実だし。間違えるのも仕方ないさ」
「う、なんかそう言われると照れるやら恥ずかしいやら」
そう言って照れる薫の様子から、明悟は二人が以前より確実に距離を縮めている事を感じた。
今より前に同じ状況になった場合でも、薫は同じリアクションを取るかもしれないのだが……それでも、今とは何かが違っているような気がするのだ。
それは言葉に出来ない、微妙な変化であり、距離感。
それゆえにリアルさがあり、説得力があり、二人の『関係』を明悟に思い知らせている、ような気がする。
「まぁ、でも、いずれは……」
いずれ。
今はまだ無理でも、いずれはその距離よりも自分と薫の距離を近くしてみせる。
そうハッキリと形にするつもりはないが、それなりの決意証明をしようとした明悟だったのだが。
「って、いないしっ!?」
気付けば薫は少し先に進み、並んだ教室群を腕を組んで睨みつけ、考え込んでいた。
「むむむ、次は何処にしようかな〜 ねぇ、久能君、次は何処に……」
「?」
そう言い掛けた後の言葉を呑み込んだ薫は、ゆっくりとその視線を奥の教室へと向けた。
「霧里さん、どうかした?」
「……ねぇ、久能君。
出来れば次はあっちの、一番奥の教室にしない?」
「一番、奥?」
言われた明悟は薫同様に視線を一番奥の教室へと向ける。
「……っ」
なんとなく、息を呑む明悟。
一番奥ゆえにここよりも一際暗く、教室そのものがよく見えない事もあってか、明悟は『その場所』に薄ら怖さと妙な寒気を感じていた。
「あー、いや、その。
なんとなくだけど、一番奥はやめた方がいいんじゃないかなぁって」
明悟は気付いていない。
基本的に薫の前ではカッコつけたがる自分が、無意識に『その思考』を含めて避けている事に。その意味に。
「いや、なんとなくなんだけど……」
「……ん。
それなら、うん、そうだね。別の所にしよ」
そうして二人は手近な教室に入っていく。
この一連の行動や言動が、後にある事を決定させる第一歩になるのだが。
それはまた別の話である。
薫・明悟組。
時折『本物』に遭遇するも、基本的には無難に進み、十五分十一秒。
「……うーむ」
そして陸・由里奈組が校舎に入る。
校舎に入るなり、陸は唸りつつ上の階を見据えた。
今頃薫と明悟はどの辺りにいるのか、変な事になったりしていないか。
そんな事を考えていたのだが、その思考は由里奈にバレバレだった。
「……薫が心配?」
「うっ。なんで考えてる事分かったの?」
何故か少し声を抑え気味な由里奈に対し、陸は普通のトーンで答を返した。
「いきなり顔を上に向けてたりとかするからよ。あと表情」
「……う、うーん」
「で、心配なの?」
「薫さんがというより、久能君かな」
「大丈夫よ。
久能君は……まぁ、たまーに感情的になりすぎるみたいだけど、基本的には紳士を気取ってるから」
「……今の発言のどこに安心できる要素があると?
まぁ、でも、なんとなく分かる気もするなぁ」
今までの明悟とのやりとりを思い返す陸。
……確かに色々気に入らない点は多いが、極端な無茶や無理強いはしないだろう。
「心配なら早く終わらせて外で合流すればいいじゃない」
「うーん、まぁ、そうか。じゃ、行こ……」
その時、何かが軋むような音が微かに響いた。
これについては何処の家でも起こり得る、空気の流れや状況による科学的な理屈が存在している『現象』である。
だった、のだが。
「っ!?」
そんな音に対し、由里奈は敏感に反応した。
ビクッと身を震わせた後、少し血走った目で周囲に視線を走らせ、異常が無いかを確認する。
その途中で。
自分に向けられた陸の少し驚き気味の視線に気づき、由里奈はその動きを停止した。
「……」
「え、えーと月穂さん?」
「こ、これは、そ、その、えと……」
「も、もしかして、こういうの苦手だったりする?」
こういうの、というのは言うまでもなく肝試し、もしくはオカルト的な事に他ならない。
そんな陸の問いに対し、由里奈は口元を思いっきり引き攣らせる。
何処からどう見ても肯定のリアクションだった。
(さっきの声の小ささも、ちょっと怖かったりとか、だったのかな?)
思い返した陸はそう思考・推測した。
それを肯定するかのように、由里奈の様子には普段の落ち着きがなかった。
「……い、いや、違うのよ?
私もね、正直、まぁ、少しは苦手だと思ってたんだけど。
夜の学校とか雰囲気とかが予想以上で、その」
「う、うん、確かに思ったより怖いからなぁ」
「そ、そうでしょ?」
「は、はは、ハハハ……」
「ふ、ふふ、フフフ……」
なんとかフォローしようとする陸。
なんとか体面を保とうとする由里奈。
そんな二人の微妙な思惑が絡んだ同意の笑い声が廊下に響いた。
だが、そんな微妙な状況がいつまでも続く訳もなく。
どちらともなく吐いた溜息の後、陸が言った。
「えーと、無理ならやめとこうか?」
「嫌よ」
心配げに陸の提案に対し、即答する由里奈。
プライドが高い月穂由里奈の性格上、そう言うのではないかと思ってはいたのだが……。
「でも、まだ始めてもいないのにこれじゃ……」
「大丈夫よ。気にしないで。逃げるのは嫌だもの」
震えていても声は強く、決意は固い。
少なくとも陸にはそう思えた。
(これは、仕方ないか)
リタイアを諦めた陸は、少し言葉を選びつつ言った。
「……分かった。でも、あんまり無理はしないで。
本当に駄目な時は駄目って言う様に」
「……子ども扱いしないでくれる、って言いたいけど。
まぁ、仕方ないわね」
「よし。じゃあ、さっさと終わらせよう。
何処にしようか」
「ど、何処でもいいから早く行きましょう」
「んじゃ、一番近い教室に入るか」
「そうね」
そうして頷き合った後、二人は入口から一番近くの教室に足を向けた。
「じゃあ、開けるよ?」
「え、ええ」
由里奈に確認を取った後、陸が教室の扉を開く。
次の瞬間。
ピン、と何か糸が弾かれたような音が微かにしたと思ったら、何か冷たくて柔らかいものが二人の顔面にぶつかってきた。
避ける事を考える事すらできず、ペチャッと音を立ててソレは二人に張り付いた。
「っと、蒟蒻か」
陸はすぐさまその正体を理解する。
この手のお約束として定番な為、あまり驚きはなかった。
ただし、それは陸の場合、でしかなかった。
「っ、きゃあああああああああああぁああああああああああああっ!?」
「つ、月穂さんっ!?」
由里奈もまた予想はしていた。
しかし、予想していた事が今現実に起こる事として頭の中で繋がっていなかったのである。
結果、思いっきり動揺しまくった由里奈は、慌てふためいて下がろうとした途中でバランスを崩し、コメディ的な側面で言えば見事な転倒を見せた。
しかし、本人にしてみればコメディとは真逆の事態に他ならない。
「だ、大丈夫っ!?」
「え、ええ、なんとか……う、うう……こ、蒟蒻だったのよね、今の……」
転んだ事で逆にパニック状態から解放されたのか、比較的冷静に分析する。
その様子から、どうやら精神的には大丈夫ではあるらしいと安堵した陸だったのだが。
「ご、ごめんなさい。
もう不覚は取らないわ。さぁ……?????」
「ん? どうかした?」
由里奈が一向に立ち上がらない様子を見て、声を掛ける。
その間も由里奈は動こうとしているのだが、動くのは上半身ばかり。
ピョコピョコ微妙に動いているが、立つには至っていない。
もしや、と陸が思った時、由里奈が酷く恥ずかしそうに呟いた。
「あの、平良君」
「なに?」
「その、笑わないで、欲しいんだけど」
「笑わないよ」
「……………こ、腰が抜けちゃった……みたい」
「……」
その言葉を聞いた瞬間陸が思ったのは、人間ってホントに腰が抜けるんだなぁとか、そんな事だった。
「……め、面目ないわ」
「気にしないでいいって」
あの後。
リタイアを進める陸の意見を由里奈はあくまで強硬に拒絶。
それならどうするかを話し合った結果。
「……お、重くない?」
「そんな事はないよ。
後、割と早くここまで来れたから、そんなにキツくもないし」
由里奈を、所謂お姫様抱っこしつつ肝試しを進めるという事となり、それは今も続いている。
由里奈としてはこれも避けたいようだったが、他に方法もない以上呑むしかなかったのである。
最初これで大丈夫なのかと陸は心配だったのだが、
あの後に回った教室は特に大げさな仕掛けや『本物』も居らず、
むしろ最初以外は平穏無事に教室を回り終え、現在二人は屋上へと上がっていた。
「運が良かったよ」
「……そうね」
「……。元気ない、ね」
「それは、そうよ」
そう言って、由里奈は小さく息を吐いた。
「貴方には、こんな姿ばかり見せてる気がするわ」
「ばかりって……ああ」
由里奈の言う『こんな姿』が、以前の体力測定の時の事だと数秒掛けて陸は思い出した。
「あれと今回でたったの2回じゃないか」
「2回も、よ。私としたことが……。
なんでかしらね。
普段の私なら、多分、こんなことないのに」
「まぁ確かにそうかもね。
でも、それは多分、こういうイベントに参加してるからだよ」
「そういうものかしら」
「少なくとも、俺はそう思うよ」
陸は少し考えて、由里奈の性格を陸なりに考慮した上での言葉を再び選びつつ、続けていく。
「前の、もしくは普段の月穂さんだったら多分こうなってない。
今の月穂さんは、今を思うまま楽しんでいるから、って事だと俺は思う」
「今を思うままに?」
「うん。
ありのままに楽しんでるっていう事。
要するにリラックスしてるって事じゃないかなって」
「……それはいくらなんでも善意的かつポジティブに解釈しすぎじゃない?」
「……そう、かな?」
「そうよ。
それに、それでも私が情けない事に変わりないし」
「……」
その由里奈の発言に、陸は少ししょげて肩を落とした。
(……駄目だなぁ、俺は)
そうして小さく小さく息を吐く陸。
「まぁ、その」
そんな陸の様子に気づいてか、彼の気遣いへのフォローなのか。
由里奈は、彼女にしては歯切れの悪い調子で口を開く。
「ポジティブ過ぎはするけど、全くの的外れってわけじゃないのかもしれないわね。
私が考えた別の原因というか、理由に繋がる気がするから」
「別の……?」
そうして陸が問いかけると、由里奈は少し躊躇いつつ、それを口にした。
「なんというか、論理的じゃないんだけど。
平良君は、こんな私でも笑わないと思ったから」
「え?」
「貴方は馬鹿に真面目な人だから。
こういう事で人を笑わないと思ったのよ。
だから、私も少し……少しだけ気を抜いてたのかもしれない」
気を抜く、というのが自分の言った『リラックス』と繋がっている点なのだろうか。
そんな事を思いつつ、陸は由里奈に言葉を返す。
「……んー?
いや、まぁ、皆も笑わないんじゃないかって思うけど。
特に薫さんは」
「まぁ薫はそうでしょうね。
でも、久能君や幾田君でも笑わないと思う?」
「……あ、いや、その。
確かにあの二人は笑うかもだけど、それは別に馬鹿にしたりとかじゃなくて……」
「ええ、そうでしょうね。
真の意味で嘲笑したりはしないわね、あの二人は。
それでも笑わない方が、私は良い、そう思ったのよ」
「……そういうものかな。
って、話してたらあっという間だな」
気付けば陸達は屋上の扉の前に立っていた。
実際校舎に入ってから込みでもそれなりに時間は経っているはずなのだが、陸にはあっという間に思えていた。
(それこそ、イベントを楽しんだから、かな)
心の内で呟いてから、陸は思考を切り替える。
「……えと、月穂さん」
「なに?」
「このまま行っても大丈夫?」
「……まだ立てないから仕方がないわ」
「あと、その……なんて言えばいいか。
少なくとも、俺はこの事を無暗矢鱈に吹聴するつもりはないし、からかうつもりもないから。
だから、気にしないで、というか、忘れてもいいんじゃないかとか、その」
「……分かってるわ。ありがとう。
大丈夫よ。私は気にしない事にするから。
だから平良君も気にしない事にしておいて」
「……分かった。
じゃあ、行こうか。ドアをお願い」
「ええ」
由里奈が開けた扉を抜けて、二人は進んでいく。
月光が照らす屋上、二人が進む先には、オカルト研究会会員・艮野カナミが立っていた。
二人はカナミに歩み寄り、彼女の前に置かれていた折り畳み式の机で立ち止まる。
そして、その机の上に置かれたスタンプを用紙の最後の余白に押しつけた。
その瞬間、カナミは持っていたストップウォッチのボタンを見せつける様に掲げ、押してみせた。
終了の合図と言わんばかりに。
「はい、お疲れ様。
タイムは十六分五十一秒。可もなく不可もなく。
商品は逃した感じね」
「……ちなみに、薫さん達のタイムは?」
「んー。
私が知ってる限りの平良君のお友達関係は上位に食い込めてない感じ」
「そっか、残念だ」
「それはそうと大丈夫?」
「……大丈夫よ。その……」
何かを言い淀む由里奈の様子を見たカナミは、薄い笑みを浮かべた。
苦笑じみたその顔のまま、彼女は言った。
「はいはい、分かってるわ。他言無用でしょ?」
「……よく分かったね」
「貴女のプライドが高いって話はたまに聞いてるから。
それ位は予想できるわよ。
それはそうと、看てあげようか?
私、結構そういうの得意なんだけど」
「……いえ、結構よ」
由里奈は恥ずかしげに顔を背ける。
今ここで看てもらっていては次の組の人間にこの事が知られかねない。
そういう事なのだろうと、陸は推測した。
「ふむ。そうでしょうね。
多分、そう言うんじゃないかって思ったわ」
「……どういう意味?」
「さぁ? その意味を知ってるのは私じゃないと思うけど」
クスクスと、今度は何処かからかいを含んだ調子でカナミが言う。
だが、次の瞬間にはその調子を掻き消し、薄い心配を伴った口調で言葉を続けていた。
「でも、その状態で戻っていいの?」
「うーん、それはそうだな。
ああ、そうだ。携帯で薫さんに連絡して手伝ってもらおう」
「え?」
「薫さんなら月穂さんも安心だろ?
トイレを口実に迎えに来てもらって、月穂さんが回復するまで一緒にいてもらう感じで。
んで、その間に俺は先に皆の所に戻って、月穂さんはトイレだとか言っておけば問題ないんじゃないかな」
そうすれば余計な疑いは持たれないだろう……そう陸は考えた。
そんな陸の提案・言葉に、カナミは、フム、と頷く。
「ま、それがベストでしょうね」
「月穂さんもそれでいい?」
「……ええ」
「じゃあ、長居しすぎて心配させたりさせるといけないから行くよ」
(携帯は、ルートから離れた場所で掛けるとして……)
そうして踵を返した時。
「平良君」
「?」
唐突にカナミが呼び掛けてきたので、陸は普通に振り返った。
その瞬間。
月光を背にするカナミの姿を見た時、陸は何かに呑まれたような、不思議な感覚を覚えた。
それに呑まれているうちに、カナミは告げた。
静かに、穏やかに。
「お気をつけて」
その言葉だけ見れば、それは今から皆の下に戻るまでの事だろう。
しかし、何故か。
今だけじゃない何かに対しての言葉の様に、陸には思えた。
「……うん。ありがとう、艮野さん。
出来る限り気を付ける」
だから陸は思うまま、カナミの気持ちに対し丁寧にそう返してから、降りて行った。
そうして。
そんなこんなが各人にあったものの、肝試し大会は無事に終了した。
それぞれ怖い目に遭ったり、思わぬ出来事に遭遇したりした人間もいたようだが、全体的には何事もなく、肝試しの範疇内だったようだ。
ちなみに、優勝以下各種景品は陸達以外の、微妙に彼らとの縁を持つ人々へと渡っていった。
後にそれが陸達の先々に、時に微妙に、時に大きく関わっていくのだから、世の中とは摩訶不思議なものである。
「いやー残念だったな」
帰り道、そう言ったのは妙にご機嫌な道雄。
その隣には、芽衣が微かに機嫌良さげに……陸と薫にはそう見えた……歩いている。
珍しいなぁ、と思いつつ、陸は言った。
「まぁ、元々景品が貰えるとは思ってなかったし。
貰えたらよかったんだろうけど」
「……悪かったわね、足を引っ張って。ふーんだ」
先を歩く由里奈が呟く。
彼女の足取りは、腰が抜けた事実など感じさせないものだった。
その事と薫が手助けしてくれた以降が上手くいった事に改めて安堵しつつ、陸はなんとはなしに今日の事を思い返した。
彼女を抱き上げていた間は助けようという気持ちが最優先で余り意識していなかったが、思い出すと恥ずかしいやら照れ臭いやら。
というか、思わぬ一面が意外だったというか、ある意味魅力的だったというか……。
(って、それよりも)
会話の途中だった事を思い出し、陸は懸命に言葉を紡いだ。
「あ、いや、そういう事じゃなくて」
「冗談よ。フンだ」
「え? 結局怒ってるの? 冗談なの? なんかゲシュタルト崩壊っ!?」
「……ふむ。珍しいね、由里奈のそういう冗談」
「ああ、なんか変に可愛げがあるんだが」
「……普段可愛げががないみたいな……いや、ないわよね。
ともかく。
まぁ、そういう気分なのよ、今は」
「分かる気がするね。
イベントのあった時は、楽しくていつもとはちょっと違う、違っていたい……そんな気分になるもんさ」
『……』
一番後ろを歩く明悟の呟き。
それに対し、芽衣と由里奈の嫌そうな視線が向けられた。
「な、なんだよ二人とも」
『……別になんでも』
「久能君と同じ意見だったりが嫌なの?」
例によって例のごとく、薫が思ったままを口にする。
「ひどいなぁ。
駄目だよ、二人とも。
そんな気持ちになったりするのは、多分皆同じなんだから」
そう言って、ニッカリ笑う薫。
そんな薫の笑顔につられて笑いながら、陸も口を開く。
「だな。
それは別に悪い事じゃないし、多分今日が楽しかった事の証明って気がするよ」
「うわ、恥ずかしいな平良」
「兄さん、もう少し恥ずかしさを包むような良い表現ないんですか?」
「いやはや、語彙力がないね」
「平良君、今度現国教えてあげましょうか?」
「って、君ら酷いなっ!? その気持ちで一つになるのはどうなんだ実際っ!」
「プッ……ハハハハハッ」
「って、薫さんっ!?」
「ははは、あー、陸君を笑ったわけじゃないの、これ。
うん、やっぱり、いいね」
「何が?」
「こうして、皆でいること」
爽やかで、楽しげで、優しげな、薫の笑顔と言葉。
ソレを見て、感じて、陸達は薫と同じ笑みを浮かべた。
陸は、そんな穏やかな空気が、皆の笑顔が、柔らかな月の光のようだと、そんな事を思った。
「じゃあ、ここで」
「おう、またなー」
「薫、あの事、そろそろ纏めてしまいましょ」
「おっけー」
そうして、それぞれがそれぞれの道へと別れていく。
陸と薫の二人を除いて。
「じゃ、帰ろうか。家まで送るよ」
いつもどおり薫の家まで送る、その流れの中。
「……」
「薫さん?」
薫が不意に押し黙ったので、陸は不安げに問い掛けた。
そんな陸に、薫は少し恥ずかしげに、ポツリ、と言った。
「その、お願いがあるんだけど」
「……ふぅ」
一人家路を辿る由里奈の口から息が漏れる。
それは安堵の息。
考えていた事が、ある程度は思うままになった事への。
組み合わせの提案……これはほぼ計算通りの流れだった。
組み合わせの結果……これについては運が良かった。
正直、あの二人を少し離したかったのがメインの目的だったので、上手い組み合わせになったのはありがたかった。
(……腰を抜かしたのは思いっきり計算外だったけど)
近い事を演技でやろうとは思っていたのだが、まさか演技云々以前の事になるとは。
だが、それのお蔭で思った以上の事が出来たような気もするので結果オーライと言うべきなのだろうか。
「……」
ふと、足を止めて、歩いて来た道を振り向く。
その視線の向こうにいるのは、あの二人。
「……やっぱり、嫌いじゃないのよね」
一人確認するように、何処か寂しげに呟いた後、由里奈は再び歩き出した。
その足取りは、陸達と共に歩いていた時より微かに重いように、彼女には思えた。
「うーん、ちょっと予想外だったなぁ」
そう言いながら夜道を歩く陸。
その隣に薫はいない。
薫がいるのは……。
「……だって。由里奈が羨ましいなって思っちゃったんだもん」
陸の腕の上というか中。
薫は陸に、所謂お姫様抱っこされた状態だった。
「え?」
「むー。そう思っちゃったのに理由なんかいらないと思うけど」
「……あ、うん。勿論、そうだね」
あの後、薫が口にしたのは、家までお姫様抱っこをしてほしい、というものだった。
陸としてはそれを断る理由などなく(人目は大した問題ではない)、結果こうなっていた。
「重くない?」
「ん、いや、その。大丈夫、重くない」
「む。なんか、間が無かった?」
「えと、あれだ、月穂さんと一瞬比較しちゃったんだよ」
「……由里奈に比べてどう?」
「……えーと、その、由里奈さんに比べるとちょっとは重い、かな」
「やっぱり?」
「そ、そりゃあ、薫さんの方が大きいし」
全体的なボリュームが(スタイル的に)、と言いそうになるのを陸はかろうじて堪えた。
そんな陸に、薫には、フフッ、と笑ってみせる。
「ん。正直でよろしい。やっぱ陸君はそうでないと。
これからもそんな陸君でいてほしいな、私的には」
「あー、うん。
俺もそういう俺でありたいと思うよ」
「……その、ごめんね。我が儘言っちゃって」
「いいよ、全然。むしろ俺は嬉しいし」
「……あはは。陸君ってば、ホント正直ー」
「いや、流石に舌の根も乾かないうちはねぇ」
そうして笑い合いながら、二人は夜道を進む。
二人の顔は終始赤かったが、同時に終始楽しげでもあった。
……続く。
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