第二十二話 真夏の夜の『現』想(前編)
「ごめんね、待たせちゃって」
「そんなに待ってないから大丈夫だよ」
「……定番の台詞と気遣いありがと」
「いえいえ」
夏休みも折り返し地点を過ぎようとしている、ある日の夜。
いつもの待ち合わせ場所に平良陸と霧里薫はいた。
「……一応深夜アニメを録画してからいこうって思ってね。
それでビデオ探してたら時間掛かっちゃって」
今日が満月な事もあり、通常の同時刻よりは幾分明るく感じる街頭の下、薫は”遅れた理由”を口にした。
「そう言えば薫さんビデオで撮ってたんだったね」
『今時』のオタクとしては珍しく、薫はアニメ関係番組をビデオ録画する人間だった。
DVD録画なども出来はするらしいが、
昔オタクの道に目覚めたキッカケがビデオその他を貰ったからなので、
その感謝を忘れない為に基本的にビデオ録画をする事にしているのだとか。
「そーだよ。
DVDとかに比べると劣化しやすいけど、
ビデオはビデオでいいものなんだからね」
そう言ってニッカリと笑う薫。
その不敵っぽくも素敵な笑顔に陸は思わず苦笑を浮かべた。
……内心ではその笑顔に見惚れていたりもする。
「でも、DVDが出たら買うんでしょ?」
まぁ、それはそれとして突っ込みは入れておくのだが。
「もち。
それで放送時との作画を比較したりするのが面白いんだよね」
「うーむ。そういうものなんだ」
「そういうもの。
まぁ、その辺りは今度じっくり教授してあげるね。
じゃあ、行きますか」
「そうだね」
そうして立ち話を切り上げた二人は今日の目的地へと向かって歩き出した。
「うーん、結構な人が集まってるね」
「確かに。
なんというか、意外だ」
目的地に到着した二人は『その場所』を眺めて思わず呟いていた。
『その場所』……集合場所と言われた陸達の学校のグラウンドには、数十人ほどがいる。
彼らは一つだけ点けられた照明の下、時間潰しに周囲の人間と話したり、携帯を弄ったり、ぼんやりしたりしていた。
そんな彼らを見て、研究会主催のイベントとしては異常とも言える人数じゃないか……そう陸は考えた。
今日陸達がココにいるのは、オカルト研究会主催の肝試しに呼ばれたからだった。
約束した事だし、折角の夏休みらしいイベントに参加しないのも勿体無い……そんな軽い気持ちで訪れたのだが。
「これって一体どういう事なんだろ」
「いや、私にもサッパリ」
軽い気持ちとは裏腹な大事っぷりな様子に二人が首を傾げていると。
「あ、薫ちゃんに平良君、来てくれたんだ」
そんな声と共に、一人の少女が二人の横合いから姿を現した。
「涼ちゃん」
「古村さん」
この集まりの主催者たるオカルト研究会の会長にして陸達のクラスメート、古村涼子。
主催者の責任なのか、制服を着ている彼女は微笑みを浮かべたまま小さく頭を下げた。
「今日はわざわざ来てくれてありがと」
「お礼なんかいいよ涼ちゃん。
約束だしね。
それに、面白そうだったし」
「右に同じく。
まぁ、それはそれとして古村さん」
「何かな平良君」
「結構人が来てるみたいだけど、コレって一体……?」
「あー……それはね」
「景品をつけたから、よ」
陸の疑問に答えつつ現れたのは、涼子同様制服を着ている、ウェーブの掛かった髪型の少女。
その隣には先日二人が夏祭りで見掛けた男子生徒も立っていた。
……そう思い出すと、少女もその時に見掛けたような記憶が微かに浮かんできた。
陸がそんな小骨が引っかかるような記憶と格闘していると、少女は言った。
「初めまして、になるのかしらね?
涼子と同じオカルト研究会に所属してる艮野カナミよ」
「同じく、オカルト研究会所属、新谷篤だ」
「初めまして。私は霧里薫。
とりあえずよろしく〜」
「俺は平良陸。よろしく」
「二人の話は涼子とかから聞いてるわ。
なんでも凄く良い感じのカップルだとか」
「ああ。
あと俺は校内屈指のバカップルとか言われてるのを聞いた事があるぞ」
『バ、バカップル……?』
篤の言葉に、二人の顔が微妙に赤くなると同時に引き攣っていく。
その様子を見て、カナミはニヤリともクスクスとも取れるような笑みを浮かべた。
「なるほど。確かに良い感じねぇ。
それに……」
「いや、その。
その辺りは置いておいてくれないか?
というか、さっきの話の続きが気になってるんだけど」
「そ、そうそう。
私も気になってたし」
チラリ、とカナミが薫の方を見て何か言い掛けるのを察し、
これ以上何か言われるのは溜まったものじゃないと、陸は話の軌道修正を行う事にした。
薫も同様に感じていたのか、即座に陸に同意する。
「そうね。
じゃ、話を元に戻しましょうか」
そんな二人に苦笑しつつ、カナミは言葉を続けた。
「そうそう、景品の話だったわね。
今から行う肝試しはタイムアタック式でね。
上位成績者には景品をプレゼントする事にしたのよ。
そうしたら何処から噂を聞きつけてきたのか、参加者急増ってわけ。
いや、こっちとしては助かるんだけど」
「どんな景品なの?」
「えーと……休み終盤に近くでやる人気バンドのライブチケット二人分でしょ。
それから、隣町の遊園地の一日フリーパス券三枚、
学校近くの本屋限定の図書券と、
二学期以降の注文パンの人気モノ優先権、
もしくは新規パン導入決定権とか……あと、その他色々ね」
「ほほぉ、結構いい景品じゃない」
「でもなんでまた景品なんか準備したんだ?」
「ただ肝試しをやったって人は集まらないって思ったからな。
人を呼ぶには豪華な品物……これ鉄則だ」
ニヤリ、と笑いながらの篤の言葉には、納得できるものがあった。
だが、それはそれとして疑問も生まれる。
「まぁ、そうなんだろうけど……なんでそんなにたくさんの人を呼ぶ必要があるの?」
思ったままを口にする『薫スキル』が発動する。
その辺りは陸としても疑問に感じていた事だったので、彼は薫に合わせて視線をオカ研部員達に送る。
そんな二人の疑問に対し、そう問われる事を予測していたのか、涼子は名は体を現すような良い意味での涼やかな笑顔と共に、解答らしき言葉を即座に二人へと返した。
「あはは。私達も色々あるんだよ、薫ちゃん。
人に迷惑を掛けないオカルティックな理由って事で納得してくれると助かるかな」
「なるほど。それなら仕方ないかな」
「……それで納得するんだなぁ、薫さんは」
「オカルト研究会なんだからそれでいいじゃない」
「ま、まぁ、そうなんだけどね」
その辺りのアバウトぶりは薫らしいと言えばらしい……
陸はそう思いつつも、頭に浮かんだ別の言葉を口にする。
「……しかし、それはそれとしてよくそれだけの景品を揃えられたなぁ」
「ふふ、私もそう思ってるの」
「へ?」
「全部ほうぼうで頼み込んでどうにか急ごしらえで揃えたものだから。
最終的にこんなにまともな景品を提供できるなんて私達でも予想外だったりして」
涼子はそう言うと、顎に右拳を当て、その手の肘を左手で持ち支える……少しだけ『考える人』っぽい仕草を見せながら、入手経路についての解説を始めた。
「人気バンドのチケットは、白耶先生が『要らなくなったから』って涙流して提供してくれたの。
なんか誰かと行く予定が潰れちゃったみたい」
「遊園地のフリーパスは、歳の離れた私の知人が同じく『要らなくなったから』って。
家族で行くつもりだったみたいだけど、仕事でおじゃん」
「あそこのフリーパス、別に期限なかったんじゃ?」
「なんか皆で見たかったヒーローショーが終わったから意味ないって言ってたわね。
個人的には勿体無いと思うけど」
「うう、分かる、分かり過ぎるよ、その人の気持ち」
「……そうだろうねぇ」
先日約束していた図書館での勉強後、二人は遊園地デート(ヒーローショー目当て)をした。
その時の薫のはしゃぎぶりを思い出すと、なんというかシミジミ納得してしまう陸であった。
「本屋については、店長がココの卒業生でな。
あと、オカルト関係の本を購入する時の馴染みでもある。
そんな関係もあって、イベントの事を話したら喜んで協力を申し出てくれたってわけだ」
「パンについては……えっと、その。所謂企業秘密で」
「……なんか凄く気になるね、それ」
「うん」
「……あはは」
二人の視線を苦笑いで受け流した涼子は、集まっている人々をチラリと一瞥して、言った。
「まぁ、そんなわけで景品のお陰で人が来て、私達としては成功なんだけど。
……ただ、こんなに人が来るとは思ってなかったかな」
「ああ。
芋蔓式で皆それぞれに引っ張ってきてくれたみたいだな。
俺も知らん奴が結構いる」
篤の言葉で改めて二人は周囲を見やる。
顔自体は見覚えがあるが、名前だけしか知らない人間、名前さえ知らない人間の他、
全く見覚えのない他校の制服を着た人間が数人混じっていた。
ただ、陸も薫もその制服には見覚えがあった。
「あの学校の生徒って事は……?」
「あ、参加者と企画面で芽衣ちゃんに少し協力してもらってるんだ。
言ってなかったかな」
呟きの内容を察した涼子の発言に、陸は小さく首を捻る。
「……それについては初耳だな。
アイツも後からこっちに来るとは聞いてたけど」
「うん、ちょっと手伝ってもらう事があるから」
「それはそうと涼子、そろそろ準備始めないとまずいんじゃないか?」
「あ、そうだね」
携帯を取り出して時間を確認した涼子は、薫達に改めて向き直って言った。
「じゃあ、私達は準備があるからこれで。
ルールなんかは開始前に話すけど、他に何かあったらあそこにいる白耶先生に訊いてみて」
「あ、白耶センセだ」
「ホントだ」
暇潰しなのか、少し離れた所で懐中電灯を何処かのライトセ○バーのように振り回しているのは、紛れも無く陸達の担任である白耶音穏だった。
腕には『責任者』と書かれた腕章を付けている。
「一応学校公認のイベントだから監督してもらってるの。
あと生徒会にも協力してもらってるんだよ。
そんなわけで安全は保障するから楽しんでいってね」
「涼子、そこは怖がっていってねの間違いじゃない?」
「この馬鹿の言葉はともかく、折角来たんだ。堪能していってくれ」
「肝試しなんだから間違ってないじゃないの。
堪能の方がよっぽど間違ってると思うけど」
「……なんだと?」
「……なによ?」
「あははは、そ、それじゃあ」
険悪ムードになる二人の背中を押しつつ&宥めつつ、校舎の方へと涼子は去っていった。
「なんか大事になってきたなぁ」
「そうだねぇ。
まぁ、その方が面白そうだから私はOKだけど。
……それにしても、由里奈達いないね」
「そういえばそうだな」
今回のイベントに参加者が欲しいといっていた涼子達の為に、
薫達は自身の友人達にも参加要請を頼んでいた。
というか、皆で遊びたかったという理由が大きいのだが。
そんな誘いに応じたのは、月穂由里奈、久能明悟、幾田道雄といういつもの面子。
クラスメートや友人の何人かが断る中、彼らはイベントもしくは遊びに飢えていたらしく、殆ど二つ返事で了解してくれたのだが……。
開始予定時間十五分前の現在、彼女達の姿はない。
「うーん、私ちょっと校門まで見てくるよ」
「あ、俺も行く」
「いいよいいよ、パッと見てくるだけだから。
じゃ、ちょっと待ってて」
そんな言葉と笑顔を残し、薫はパタパタと照明の当たらない闇の中へと走っていった。
「……話に聞いてた通りの快活な子だな」
「天神?
いたんなら話しかければいい……って、君は……」
残された陸が掛けられた声に振り返ると、かつてのクラスメートにして友人たる天神輝が立っていた。
そして、そんな輝の後ろに立つもう一人の男子生徒に陸は見覚えがあった。
「確か、火午君だったよな。
生徒会副会長の」
「ああ、その通りだ平良君……だったな」
「俺の事を、知ってるのか?」
一年生時に自ら副会長に立候補した他、色々な意味で目立つ火午真治は有名人なので陸は彼の事を知っていたが、
真治の方が普通の生徒である自分の事を知っているとは思わず、陸は驚き混じりの声を上げた。
「ああ、あの霧里薫の彼氏だと聞き及んでいる」
陸の疑問に何処か大仰な口調で答えた後、真治は少し考えるような……少し躊躇うような間を取ってから再び口を開いた。
「……機会があったら君から彼女に伝えておいてくれ。
今年はこのまま大人しくしててくれと。
俺から伝えるとこじれそうな気がするんでな」
「……はい?」
その発言の意図を掴みかねて、陸は思わずそんな声を上げていた。
……ただ、薫がいた時にこちらに話し掛けなかったのは、
彼が薫を『苦手』としているかららしいというのはなんとなく理解していたが。
「それってどういう意味……」
「そらなぁ。
去年彼女が原因で起きたトラブルが何件かあるからなぁ」
唐突な関西弁は、真治の背後から響いた。
一体いつの間にいたのか、其処にはカメラを手にした私服の少女が立っていた。
「彼女の動向次第で今年のイベントの苦労度が何割増しかで変動する……
次期生徒会長様としては警戒は当然やね」
「ああ、全く。
って貴様が言うなぁぁぁぁっ!!」
真治が突っ込みを入れた少女は、可笑しそうにクスクスと笑みを零す。
「中々の突っ込みやね。
今度あたしと漫才してみるのはどない?
記事のネタにもなりそうやし」
「誰がするかっ!
というか貴様、この間のネガを渡せっ!!」
「この間って?
心当たりがぎょうさん有り過ぎてどれがどれやら。
というかネガやなくてデータの奴もあるんやけど」
「……こ、この女……
ええいっ、とりあえずそのカメラを寄越せぇぇぇっ!!」
「あーそれはできんから、逃げさせてもらうわ。
じゃ、平良君いずれまたな〜」
彼女は陸に向かってウィンクを一つ送ると、真治の手から逃れるべく駆け出す。
そうして、彼女を追う真治共々あっという間に陸の前からいなくなった。
「……えーと、何アレ」
あまりの展開の速さに呆気に取られ気味の陸は思わず呟く。
ソレに対し、輝は困ったように笑いつつ説明を口にした。
「彼女は新聞部副部長の駆柳羽唯さんだ。
霧里さんと同じ校内三大トラブルメーカーの一人で、トラブルエディターの異名を持つ、火午の天敵だよ。
まぁ、なんというか……彼女には気をつけた方が良い」
「何を? 何で?」
「彼女は自分の興味の無い事には凄まじく無頓着だが、
反面興味がある事とか、面白い事とか……なんというかスクープ絡みへの執着は半端ない。
そんな彼女が陸の名前を知ってたって事は、なにかしら狙いを付けられてるって事だぞ。
……多分霧里さん絡みだと思うが」
「……」
「だから今後は……まぁ、なるべく目立たない方がいい。
イベントの時とかは特にな」
「いや、俺は今まで目立った事とかないし、目立ったつもりもないんだけど……」
「まぁ陸はそうなんだろうけどな……
霧里さんと付き合ってるとそういうわけにもいかなくなると思うぞ」
「……そうか?」
「少なくとも、俺はそう思う」
「……」
なんというか、ここまで薫が『知られている』という事実に陸は少し驚いていた。
反面『去年の薫』を知らないのでピンと来ないものもあるのだが。
「……まぁ、精々気をつけるよ。
それはそれとして……気になってたんだが」
「なんだ?」
「なんでお前と火午君ここにいるんだ?
なんとなくだけど、イベント参加……ってわけじゃないんだろ?
というか、天神。お前、俺の誘い断ったじゃないか」
実は今日の為に陸は輝にも連絡を取っていたのだが、
その日は都合が悪いと断られていたのだ。
ゆえに陸の言葉は、その辺りも含めての問いかけだった。
「ああ。火午は真面目だから。
このイベントの事を小耳に挟んで、
イベントが無事に終了するように監督するつもりで来たんだよ」
(ああ……そう言えば、古村さんが言ってたっけ)
ついさっき涼子が生徒会にも協力してもらっていると言っていた事を思い出す。
「うーん……ソレは確かに真面目だなぁ」
もし彼のやっている事が生徒会として当然の仕事なら、
現生徒会長が出張ってくるはずだし、そうであるべきだろう。
だが副会長である彼が今ココに来ているという事を考えると、そうでないのは明らかだ。
生徒会長が出るまでもないという事なのかもしれないが、
ソレを言うのなら副会長が出るまでもないような気がするし、それこそ輝辺りに頼めば良い。
そういう事をせずに自ら動いている辺りに、火午真治という人間の真面目さを感じる陸だった。
「だろ。
で、たまたま予定が空いてた俺はその付き添い。
まさかお前の言ってた研究会のイベントだとは思ってなかったんだけどな。
……あと、ついでに言えば、駆柳さんは火午狙いとイベントの記事の為って所だろうな」
「なるほど」
「まぁ、そんなわけなんで、
あの連中を放置するってわけにもいかないから、俺は行くな」
「分かった。
まぁなんというか、頑張ってくれ」
「ああ、ありがと」
そうして二人が消えた方へと走っていく輝の姿を見届けた後。
「……はぁ」
陸は何とはなしに息を吐いた。
なんというか、始まる前から騒々しいというか、目まぐるしいというか。
陸自身、薫同様楽しければそれで良いと思ってはいるのだが、
それと疲れるかどうかの是非というのは別問題だったりする。
「なんか、今日は色々ありそうな気がするなぁ……」
実際の所。
その陸の予感は大体当たる事になるのだが……。
「……あ、しまった。
天神に月穂さん来るって言うの忘れてた」
今の陸にとっては、数秒で忘れるような内容の呟きに過ぎなかった。
……続く。
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