第二十話 夏祭り〜An opening of a fantasy summer vacation〜










「……芽衣。どうしたんだ?」

部活動も一段落付いた陸が、ようやく一般学生の夏休みを過ごし始めたある日の夕方。
家中を行ったりきたりで何かを準備しているらしい双子の妹に陸は声を掛けた。

「見て分かりません?」

落ち着いて視線を送ると、彼女が抱えているのが浴衣…花火柄…らしい事に気付く。
とは言え。

「……なんだっけ」

それだけでは今ひとつ分からず、陸は首を傾げつつ問うた。
そんな兄に、やれやれ、と言わんばかりの息を零してから、芽衣は言った。

「今日は花火大会……夏祭りがある日ですよ。
 ……毎年行ってるじゃないですか」
「あー」

どの街でもそうであるように、この街でも夏祭りは恒例のものだった。
元々はある企業が主催で行われる花火大会のおまけ的な小さなものだったのだが、
街全体を盛り上げるのならと、いつの間やら街ぐるみで大きく行われるようになっていた。

平良家は花火大会主流の頃から毎年足を運んでいる。
家族が揃わない時も、なんとはなしでそれぞれ覗きには行っていたりする。
……割とお祭り好きな家族なのである。

「今年はどうするんだ?
 っていうか、その様子だと友達と行くのか」
「ええ。私の学校のオカルト研の面子と……他数名で。
 ……なんというか、私の学校側の引率と言うか監督と言うか、そんな感じです」
「相変わらず大変だな、お前も」

『人には見えないもの』が見え易いらしい妹はこの時期引張りだこだったりする。
それでなくともしっかりしていたり意外と面倒見が良かったりする為か、周囲から色々と誘われやすいのである。
……今年は、彼女が所属するオカルト研究会の責任者という意味合いが強いらしいが。

「まあ、なんにせよ気をつけてな。
 いざって時、何か力になってほしい事があれば携帯に連絡入れとけ」
「……無いとは思いますが、その時はお願いします。
 それはそれとして、兄さん」
「ん?」

改まった様子の言葉に、陸は眉を寄せて怪訝な表情を形作る。
それに構う事無く、芽衣は告げた。

「こういう時に薫義姉さんを誘わずにいつ誘うんですか?」
「……………はっ!!!!?」

思いっきり考えてませんでした。
明らかにそう語っている反応の兄に、芽衣は深い深い息を吐いた。

「……貸し一つですからね。
 じゃあ、私はこれで。
 もう少ししたら出ますから、戸締りお願いしますね」

近くに置いていた携帯を持って、右往左往する陸の姿を尻目に芽衣は居間を後にした。










ちょうどその頃、霧里家・薫の自室では。

「うーむ……」

浴衣を着込んだ薫が、携帯をジッと睨み付けながら唸っていた。

平良家同様、祭りに毎年赴いている霧里家。
いつもは家族(仕事で欠ける事が多い父親は基本的に除く)で適当にふら付いているのだが……。

「どうしようかなぁー」

今年は彼氏……陸がいる事から、家族から気を遣われている。
気を遣われる以前に、薫としても陸と一緒に色々回ってみたいとは思っているのだが。

「ぅ、うーん」

なんというか、改まって自分から誘うのは照れ臭い。
家族と回るのも楽しいので、今年もソレで良いような気もしていて、どうにも踏み切れないでいた。

「でも……なぁ」

そうして一人顔を赤らめたり頭を抱えたりで苦悩している最中。

『♪〜♪♪!!!!!』

「わぅうっひゃああっ!?」

握り締めていた携帯がいきなり震えると共に最大音量の着うた(特撮ソング)を流し始める。
不意打ちな驚きから思わず宙に放り投げるも、何とかキャッチ。
間を置かず、相手を確認する。

「……陸君……?!」

掛けようか掛けまいか悩んでいた相手からの電話に、薫はなんとも言えない気持ちになる。
が、このままと言うわけにも行かない。

「すーはー。すーはー」

ややオーバー気味に息を整えて、通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

「え、っと。もしもし。薫だけど。陸君?」
『か、薫さん?』

耳元から聞き慣れた声が響く。

『平良、っていうか陸だけど……って自分で言うの変じゃないか……?』
「……あの、陸君。なんか焦ってない?」

なんだか向こうも平常の様子ではないらしい事に気付き、薫は逆に少し落ち着きを取り戻していく。
とりあえずベッドに腰掛けて、陸からの言葉を待つ。
……浴衣が皺にならないか不安になったが、まあこのぐらいなら、と納得しつつ。

『う。まあ、実の所ちょっと焦ってるかも。
 あー……それはさておいて、えーと。
 薫さん、今から時間ある?』
「えーと。どして?」
『あのさ、ほら。毎年夏祭りあってるじゃない。
 んで、今年は今日やるらしくて。
 もし薫さんが良ければ、勿論時間が空いてればだけど……今から一緒に行かない?
 花火、一緒に見たいし』

渡りに船とはこの事か。
脳裏にそんな言葉を浮かび上がらせつつ、薫は口を開く。
……幽かな驚きと喜びを乗せて。

「うんっ。勿論オッケーよ。
 実はね、陸君誘おうかなぁ、とか考えてた所だったから」
『そ、そうなんだ。……ふぅっ、よかったぁぁ』
「何が?」
『んー……薫さんに誘わせちゃったら男失格になる所だったから。
 やっぱ、こういうお誘いは男からじゃないと』
「そー? 
 まあ、陸君から誘ってくれたのは嬉しいけどね」
『そ、そう?』
「そうそう。
 じゃあ、その辺の話は会ってからって事で。
 とりあえず一時間後にいつもの待ち合わせ場所で待ち合わせましょ」
『ん。了解。じゃあ、気をつけてね』
「…ありがと。陸君もね。じゃ。
 ……フフッ」

ピ、とボタンを押して通話を切った薫は、なんとなく&思わずで笑みを浮かべた。

(……なんか、悩んでたの馬鹿みたい)

こんな事なら自分から電話しても良かったんじゃないか、と考える。

「あ、でも、それだと陸君がちょっち傷付くのかな」

電話で言っていた事やこれまでの事を思い返し、
これから何処かに出掛ける時は待つべきか自分から動くべきなのか考えつつ、薫は立ち上がる。

「とりあえず……今からの事、ねーさんと母さんに話しとかないと」

どう話したものかねぇ、と呟きながら、薫は自室を出て行った。










「やっほー陸君、お待たせっ」
「いやー、待ってないから」

いつも通学時に待ち合わせるその場所で、二人はいつものように並び立った。
そんないつもの構図の中で、いつもと違うのは赤く染まる世界……時間帯と二人の格好。

「薫さん……浴衣、似合ってるよ。
 凄い可愛いって言うか、綺麗」

少し照れ臭くはあったが、陸は素直に思ったままを伝えた。
浴衣を着た薫の姿は、いつもより何処か大人びていて……陸の胸を高鳴らせるには十二分だった。
伝える言葉が気障になろうがなんだろうが、似合っているものは似合っているし、綺麗なものは綺麗なのだ。

「え、あ、う。ははは、ありがと」

アサガオ柄の浴衣を着た薫は瞬間対応に困ったものの、瞬時に切り替え、明るい笑顔で答えた。
……その頬が赤く染まっているのは言うまでも無いが。

「って言うか、陸君も浴衣すごい似合ってるよ」
「そ、そう?
 芽衣に言わせると馬子にも衣装らしいけど」

紺色主体の生地に水色の線が走っている浴衣をなんとはなしに眺め下ろし、陸は首を傾げた。
そんな陸に薫は満面の笑顔で迷い無く言った。

「んーそんなことないない。かっこいいよ」
「……まあ、その。
 なんというか、お褒めいただきありがとうございます」
「いえいえ。
 何はともあれ、誘ってくれてありがと」
「……あー。
 実の所芽衣に言われなきゃ、思いつかなかったんだ……ごめん」
「そうなの?
 でも、誘ってくれたのは陸君自身じゃない。
 そんな事気にしなくていいんだって。少なくとも私は気にしないよ」
「………ん」

少し悩む……が、陸は気持ちを切り替える事にした。

過ぎてしまった事でここで落ち込んでいても仕方が無い。
確かに自分はまだまだ未熟だが、それはこれからで挽回するとしよう。

今は、その分を埋め合わせるぐらいに薫を楽しくさせる……いや、一緒に楽しくなる事が一番大事なのだ。
だから、落ち込んでいる暇は無い。
少なくとも、自分の落ち込んだテンションに薫をつき合わせるなど言語道断だ。

(……よし)

心で一言呟き、気持ちを切り替えた陸は薫に『挽回する』事を伝えようと息巻く……が。

「とにかく、今日は楽しくいこーっ」
「わったたっとぉっ?!」

そんな決意など、笑顔で腕を引っ張る薫の前には無駄と言うか、越えてしまっていた。
祭りという事からなのか、いつもよりテンションもパワーも高めらしい。

「ぼやぼやしてる日が暮れる……って、今日は別にソレでいいんだっけ。
 まあ、ともかく楽しく楽しくっ」

(……かなわないなぁ、薫さんには)

自分を引っ張る薫の手の感触を感じながら、陸はシミジミ思う。
平良陸が『考えて出来る事』を、無意識に簡単に越えてしまうのだ、霧里薫は。

「…………そだね。楽しく楽しく行こう」

せめて。
そんな彼女に遅れる事が無いように、陸は心と足に力を込めた。










「おぉー。店が出てますなぁ」

日が落ちかけた商店街。
その周辺の道沿いに出店が並んでいるのを見て、薫は感嘆の声を上げた。
……ちなみに眼はイイ感じにキラキラ輝いている。

「うーむ。去年より多いかもねぇ」

いつもとは比較にならない人の多さ、その流れに陸もまた感嘆の声を上げた。
……ちなみに、本人は気付いていないが陸の目もまたキラキラ輝いている。

「薫さんは食べる方? 遊ぶ方?」
「当然両方満遍なく。陸君は?」
「同じく両方満遍なく」

互いの答に、二人はニヤリと不敵な笑みを交わし合う。

「んふふ……そういう事なら、花火の時間まで勝負する?」
「どんな?」

陸の問いに、薫は不敵な笑みのままで答える。

「射的とか金魚掬いとかをそれぞれやって、数やら景品の豪華さで競うの。
 負けた方は一敗に付き一回食べ物を奢るって事で」
「いいね。面白そうだ」
「でしょ? じゃ、早速始めましょっ!」





初戦は、近場でたまたま空いていた金魚掬い。
勝利条件は多く掬う事。

「よっし、まずは私ね」

お金を払い渡されたポイ(プラスチックの輪に紙の膜が貼られたタイプ)を握り、薫はしゃがみ込む。
その際、いつもと髪の纏め方が違うのか、浴衣だからなのか、薫の白いうなじが陸の視界に入った。

(……う、なんか、色っぽい……)

思わずどぎまぎする陸だったが、頬を掻く事で意識を勝負の方にどうにか戻す。

一方薫は、獲物を見定めている真っ只中。
勿論、陸の視線に気付く余裕は微塵も無い。

「ここねっ……おりゃっ!」

キュピーンッ!!と眼を光らせた薫は、小さめの金魚が数匹集まった所を目掛けてポイを奔らせた。
急角度から勢いで一気に掬い上げようという魂胆……だが。

「わっ、ミスったっ!」

勢いが有り過ぎたのか、角度広めなVの軌跡で動いたポイは薫の狙い通りの位置で数匹かの金魚を掬い上げた所で呆気なく破れた。
当然、金魚は水の中。

「うーん、去年はこれで上手くいったのになぁ。
 ……仲間増やしてあげられると思ったんだけど」

納得行かない、と言いたげに首を捻る薫。
そんな薫の様子に苦笑しつつ、ポイと金魚を入れる器を持って陸もしゃがみ込んだ。

「じゃ、今度は俺の番だな。
 もし掬えたら薫さんに譲るよ」
「むむ。勝利宣言?
 ……まあ、もしも掬えたなら譲って欲しいけど、そう簡単に行くかな」
「やってみるさ」

言いながら、ポイを水に馴染ませる。
そうしておいて、水面に対し水平にポイを移動させ……ターゲットロック。

「うーん……よっと」
「えぇえっ!? そんなあっさりとっ?!」

薫の驚きが示すように、陸はいとも簡単に金魚を数匹掬い取った。
そのまま慣れた手付きで金魚を器に移す。

「陸君、不器用だと思ってたのに〜」
「不器用だよ。でも、これについては話は別。
 昔から祭りの時期には芽衣にせがまれてやっててね。
 アイツ取れないとワンワン泣くから必死こいて『やり方』を身に付けた。
 ちなみに、家にはそうして獲った金魚が水槽で今も元気に泳いでる。……凄いたくさん」
「ぬぅ、そんな裏事情があったとは……
 それはそうと、その金魚今度見せてね」
「らじゃー」

こうして金魚掬い勝負は、その後も数匹掬い上げた事もあり、陸の完勝と相成った。





「フー。やるわね。
 でも、次は負けないからね。フー。はふはふ」
「フー。手抜きはしないよ。フー。はふはふ」

薫奢りのやたら熱いはし巻きを、人の流れから離れた場所で息を吹きかけつつ食べた後。
次に挑むは……射的勝負。
今度は数&品の質の複合で勝敗を決する事となった。

「確実に、仕留める……っ」

今度の先制は陸。
小物を確実に仕留める作戦で、三発中二つ菓子を落とし、狙いとしては成功した……が。

「なるほど。なら私は大物でいくわ。
 重心を見極めて……撃つべし撃つべしっ!」

対して薫は、大物狙い。
居並ぶ商品の一つである大きなロボットプラモの箱、
その僅かな重心の不安定さを見抜いた上で一発、ニ発、三発、と的確に不安定さを大きくさせるポイントを射抜いていく。

そして。

「よっしっ!」
『オオ〜』

見事なまでに撃ち落とす事に成功した。
その手際の見事さは、見物人も思わず声を上げるほどだった。

「うわ……あの大きさを落とすか……?!」
「へへー。昔からこういうのは扱いなれてるんだよね。
 一人遊びでの研鑽と、ガキ大将だった頃の経験でね」

そう言って、薫はクルクルとライフル型の銃を廻した後、西部劇の主人公のようにポーズをとって見せた。

「っていうか、私としては新作プラモを格安でゲットできたのが嬉しいかな。
 これ欲しかったのよ〜♪」

銃口から昇る煙(イメージ)を吹き流すように息を吹きかけ、自慢げな薫……だったが、勝負の事を思い出したのか、んー、と声を漏らす。

「陸君は二個で、私は一個だけど……どっちが勝ちかな?」
「いや、これは俺の負け。完敗です」
「え? いいの?」
「誰がどう見ても薫さんの勝ちだよ」

明らかにスケールが違う事から陸が敗北を認め、射的は薫の勝利となった。








それから暫しの時が流れ、いつの間にやらすっかり日は落ちていた。
空は黒に塗り潰されてはいたが、陸達のいる場所は夜店の明かりで輝きを放ち続け、昼と言うには過言だが夜というには難しい世界を作っていた。

「んー……次はどうしようか」
「大分ネタも尽きてきたしねー」

二人はあれから、ヨーヨー釣り、ダーツ、輪投げ、エトセトラエトセトラ……果てはくじで良い景品を当てたもの勝ちという勝負さえやった。
食べ物も奢り有り無し抜きで、綿菓子、焼き蕎麦、たこ焼き、りんご飴、クレープと食べ歩いている。

さらに言えば、定番のお面もしっかり購入。
薫は陸が買った招き猫っぽいお面をテールの辺りに、陸は薫が買った仮面ヒーローのお面を後頭部に被せるように装着していた。

「とりあえず一通り廻ったかな。
 んで勝率は五分五分……やるわね、陸君」
「薫さんもね」
「ふふっ、当然よ。
 でも、ここまで盛り上がれるとはね〜
 ……ちょっとだけ、由里奈達と一緒に回ってみたかったり」
「ちょっとだけ?」

少し意外な言葉に陸は顔にクエスチョンマークを浮かび上がらせる……ような表情を浮かべる。

いつもの薫なら、ストレートに回ってみたい、と言うのではないだろうか。
そう考えていた陸に、薫はふざけて怒る様な……そんな声と表情で言った。

「むー。こんな私だって『デート』したい時、あるんだから」 
「……! 薫さん……」

薫の言葉に、陸は胸を締め付けられた。
その言葉は……自分との時間を大事にしたいという意味に他ならなかったから。

「あー……ごほん」

思わず感動した陸の視線に少し照れ臭くなったのか、薫は場を整えるような咳払いをした。

「……と、ところで、陸君、時間は?」
「え? あ、ああ、花火ね。
 そろそろ見晴らしのいい場所に移動しないといけないかな。えーと……」
「現在八時二十分。あと十分で始まるよ、霧里さん」
「あ、もう、そんな……って」
「って、おい」

唐突に響いた第三者の声のした方に、二人揃って振り向く。
人の流れが僅かに途切れたそこには……

「や、こんばんは」
『久能君』

白い生地が主体の着物を着込んだ久能明悟が立っていた。

「なんで、ここに?」

なんとなくうんざりっぽい半眼気味な視線を送りつつ、陸は尋ねる。
すると明悟は、やれやれ、と肩を竦めて見せながら言った。

「僕もこの街の住人だよ?
 別にここに来る事になんら不自然な事は無いだろう。
 そして、その中で顔見知りを発見して声を掛ける事が不思議って訳でもない。
 ……まさか、クラスメートに声を掛けちゃいけないとでも?」
「う。いや、そんな事は……ない、と思うけど」

陸にとって明悟は恋敵と言える存在である。
しかし、かと言ってあからさまに邪険には……ある程度はいがみあうが……出来ない。
薫の手前、と言うのもあるが、それ以上に陸の性格はそういう風に出来てはいないのだ。

そんな陸の性格を、明悟は今まで接してきた中である程度理解していた。
ゆえに陸の言葉に対し、してやったりとばかりに、ニヤリ、と笑って見せた。
そして、そこからさらに優位を確立すべく、口を開く。

「というわけで、ここから僕も同行……」
「……人の恋路を邪魔するモノは、馬に蹴られますよ」

そんな明悟の言葉……それを彼の背後からの新たな声が遮る。
その声の主は、陸・薫・明悟三人ともが知る人物だった。

『芽衣「ちゃん』
「平良君の、妹さん……?」

狐のお面を左頭上に被った浴衣姿の芽衣は、静かに頭を下げて言った。

「こんばんは。たまたま姿を見つけたので声を掛けさせていただきました」
「それはいいけど……お前、友達は?」
「後ろにいます」

芽衣が表情を変える事無く指差した先には、どうもー、と頭を下げる女子男子数人ずつ。
格好としては、制服を着ているもの、私服を着ているもので様々。

「……って、古村さん?」
「あ、涼ちゃん」

その中にクラスメート・古村涼子の姿を見つけて、陸と薫は眼を丸くした。

「あ、やっぱり薫ちゃんと平良君? それに久能君も」

制服姿の涼子は、三人の存在を改めて確認すると眼を瞬かせた。

「って事は、やっぱり平良さんと平良君はキョウダイ?」
「そうだけど……なんで古村さんがうちの妹と?」
「んーと……オカルト研同士の繋がり、かな」
「ネットで知り合ったんですよ」

涼子の言葉を芽衣の言葉が補填する。
さらに詳しく聞く所によると、それぞれのオカルト研が作ったホームページ(学校公認)を互いに閲覧している事を知った事から親しくなり、色々『交流』するようになったとか。

「へぇー……でも、涼ちゃんがオカ研だって私知らなかったな」
「まあ、流布して廻る事じゃなかったから」
「しかし、そうしてオカ研同士で動いてるって事は……」
「ええ。今日も一応その集まり……ある意味オフ会です。
 こういう多くの人が集まる日は『色々と起こり易い』ですから。
 オカ研としては良くも悪くも『いい機会』なんです。
 ……私としては『君子危うきに近寄らず』がいいと思うんですけどね」
「と言っても、今日は特に何も起こって無いから、殆ど普通に遊んでるんだけどね」
「……起こる、ねぇ。
 別に非科学的な事を信じてないわけじゃないけど、こんなに多くの人間が集まってる中で起こるものかな」

肩を竦め、いかにも半信半疑な口調の明悟。
そんな彼に視線を送った芽衣は、ぽん、と手鼓を打った。

「そう言えば……ターゲットロックしてましたっけ。
 ……ん」

呟いたその時、キラリ、と流れ星が落ちていくのがたまたま芽衣の視界に入った。
そんな夜空の瞬きを見て、芽衣の眼が何かを閃いたのか、キラーンッ、と輝く。

「あ。お前、その眼……うごふっ!?」

その輝きに気付いた陸が注意を促そうと口を開きかけるが、それは陸の死角から放たれた芽衣の親指脇腹刺しによって封じられた。

「どしたの陸君、咳き込んで」
「げほ、ゲホッッゲふっ」
「ちょ、大丈夫……?」

余程良い所に入ったらしく、咳が止まらない陸はしゃがみ込む。
そんな陸を気遣い、意識が完全に彼に向く薫。
そうする事で陸及び薫の動きを封じた芽衣は、久能に真っ直ぐ向き合った上で口を開いた。

「……久能さん」
「なにかな?」
「こういう時、こういう場所だから起こる事もあるんですよ。人の『死角』を突いて。
 ……あ」
「?」

芽衣のそれは、如何にも『何かを見つけた』と言わんばかりの表情と言葉。
その方向……久能の頭上辺りを……に久能は眼を向けるが何も無い。
少なくとも奇異なものは何も無い……筈だ。

「何も無いじゃないか」
「……見えませんでしたか。
 残念な事です」

心底お気の毒に、という感情と表情の芽衣。

「……本当に残念な事です」

言ったついでに深い深い溜息を吐く芽衣。
そんな芽衣の様子を目の当たりにして、明悟の表情が変わっていく。

「あ、あの。平良君の妹さん。
 何か……いるのかな?」
「……」
「じ、冗談……だよね?」
「……」
「いや、そもそも、何かがいたとして僕に見えずに彼女に見えるって事は……」
「あの、久能君」

狼狽のふり幅が大きくなっていく明悟に、事態を傍観していた涼子が声を掛けた。

「な、なにかな古村さん」
「彼女……『見る』の得意らしいよ。色々見えたりするんだって。
 だからオカルト研究会にいるんだよ。
 というか、土下座までされて頼み込まれて入会したんだったかな?」
「はい。前部長に」
「……」

絶句する明悟……そんな彼に向けてなのか芽衣は、ポツリと呟く。

「そう言えば。
 商店街の外れにある雑貨屋さんに売っている青い石が悪霊に凄い効果がありますよ。
 いえ、なんとなく思い出して呟いてみたくなっただけですが」
「……………。
 あ、僕チョットした用事を思い出したので少し失礼するよ。
 すぐ戻ってくるから。必ず。
 決して悪霊が怖いと言うわけではないので悪しからず。でわ」 
 
シュタッ、と爽やかな笑みと共に手を上げて、明悟は走り去った。
……商店街の外れに向かって。

と、丁度そこでようやく回復した陸が立ち上がる。

「ぁー……きつかったぁー」
「やっと収まったねー……って、あれ? 久能君は?」
「小用があるそうです。暫くは帰ってこないでしょう」
「……お前なぁ」

陸に意識が向いていた薫とは違い、芽衣の動向が気になっていた陸は、咳に苦しみながらもしっかり一部始終を聞いていたので呆れ顔で言った。
……ただし、薫に余計な気を遣わせないように小声でだが。

「嘘付くのは良くないぞ」
「嘘なんか付いてません。
 私はただ流れ星を見て、それを久能さんが見れずに残念と言っただけです」

先刻流れ星が流れていったのは事実。
ただ、それは芽衣が陸を口封じする直前の事だが。

「それに、霊がいるなんて一言たりとも言ってませんし」
「肯定も否定もしなかっただけだろ」
「でも嘘は言ってません。
 あと店も石も実在して、効果があるのは確認済みです。
 持っていて損にはなりませんよ」
「……ったく。
 古村さんも口裏合わせなくてもよかったのに」

声を普通のトーンとボリュームに戻して、陸は言う。
すると涼子は苦笑した。

「ごめんなさい。でも、折角のデートなんでしょ?」
「それは……そうだけど」
「なんていうか、一応私も付き合ってる人がいるから……」

そう言うと涼子は、こちらをぼんやり眺めているオカ研メンバーの一人らしい男子にチラリと視線を送った。
……その所作で、陸はその人物が涼子の『付き合っている人』だと悟った。

「だから、ちょっとおせっかいしたくなっただけ。
 やっぱりデートは二人でないとね」
「……」
「兄さんは人が良過ぎるんですよ。
 もう少し、ずるくなってもいいと思います」
「むー。
 さっきからなんの話してるの? なんか置いてきぼりになってる気がするんだけど」

小声やら、話の方向性が見えなかったりで話に入れないでいた薫が不満気味な声を上げる。
そんな薫に芽衣は静かに微笑んで見せた。

「……折角のデートをお邪魔するのは心苦しいので、そろそろ失礼しようかという事を話していただけです」
「え? でも……」

陸と薫……二人の本音としては、ちゃんとした『デート』がしたい。
だが偶然でもこうして顔見知りと出会ったからには、決して無視は出来ないし、したくない……そう考えていた。
だから、明悟にせよ、芽衣にせよ、涼子にせよ、もし一緒に廻りたいと言ったのであれば、一緒にはしゃぎまわるつもりでいたのだ。

そんな二人の思考を推し量ってか、涼子もまた、笑顔で薫に言った。

「気にしないで薫ちゃん。私達は私達で楽しんでるから。
 ……ほら、皆、行きましょう」
「行きますよ」

芽衣や涼子が話している間、仲間内で雑談していたり陸達の様子を眺めていたオカ研メンバー達は、涼子と芽衣の言葉にそれぞれ了解の意を送った。
 
「ふむ……では、失礼しますね、兄さん、薫義姉さん」
「あ、うん……その……ごめんね。芽衣ちゃんも、涼ちゃんも。
 なんか気を遣ってもらった、のかな」
「気にしないでいいってば、薫ちゃん」
「……ありがとう、古村さん。芽衣もな」
「私は私の好きにしただけです」
「平良君も、いいんだってば。
 あ、でも……そんなに気にするんなら、今度オカ研主催で肝試しやる時に参加して。
 参加者が少なくて困ってるから、参加してくれると助かるんだけど」
「そういう事ならぜひ参加させてっ。私そういうの好きだしね。
 勿論陸君も参加するよね?」
「ああ。俺も嫌いじゃないからね。時間が合う限り、必ず」
「二人ともありがと。じゃあね」
「失礼します」

そうして。
唐突な登場人物たちは、あっという間に人ごみの中に消えていった。

ぼんやりとそれを見送った二人は、これまたぼんやりと呟く。

「……なんか、色々びっくりしたなぁ」
「……うーん、そだね。
 久能君が来たり、涼ちゃんと芽衣ちゃんが知り合いだったり……って、陸君、花火! 時間っ」
「あ。……わ、後一分位で始まる!」

薫の指摘に、時刻を確認した陸は思わず大きめの声を上げた。

「よーし、じゃあ決めてた場所まで早歩きで競争ね。
 さっきと同じで負けた人は奢るって事で。じゃ、スタートッ」
「って、いきなりだな薫さんっ!?」
「あははははっ!」

笑い合いながら、二人は進む。
人の流れの隙間の中を。
祭りのカオリを浴びながら。

そんな中で。
いつのまにか。
二人は互いの手を握り、引っ張り合っていた。

どちらが先とか前とか、勝負は忘れて。

それは……ただ、二人で花火が見たいと。
せっかく皆が作ってくれた時間を無駄にしたくないと、二人ともが心からそう思っていたから。










結局の所。
二人は花火の始まりまでに、最初から決めていた見晴らしのいい場所……商店街近くの高台……に辿り着く事は出来なかった。

ようやく着いたその場所は、既に結構な人がいて。
おまけに、そこで見れた花火も、その時間も、ほんの僅かだった。

でも。
それでも二人は悪い気はしなかった。

並んで見上げた何回かの花火も。
握り締め、繋いだままの手も。

短い時間ではあったけど、確かに感じる事が出来たから。










「んーっ、今日は楽しかったーっ」
「ああ、すっごい楽しかった」

それから少しの時が過ぎて。
いつもの別れ場所で薫と陸は向き合い、笑い合っていた。
その表情には何の翳りも無く、二人はただ混じりっ気の無い笑顔を浮かべていた。

「なんか……こうやって、いつもと違う時間に陸君といると、夏休みって感じがすごいしてきたよ」
「俺も。
 薫さんのおかげで、やっと夏休みって実感が涌いてきたよ。
 家でグータラしてるのも悪くないけど、やっぱこういう時間を過ごしてこその夏休みって気がする」
「……」
「薫さん?」
「あ、うん。そうだね。
 それはそれとして……肝試し、なんてさらに夏っぽい予定も入った事だし、これからも色々予定できそうだし、お互いスケジュール空けとかないとね」
「それはいいけど……宿題の事、忘れてない?」
「そ、そんなものもあったっけ?」
「現実逃避しない現実逃避しない。
 ……まあ、その辺りも協力してやるのもいいかもね」
「うん、そだね。
 じゃあ、今日はこれにてって事で。
 例の件は由里奈と連絡して絞っとくから、決まったら連絡するね」
「OK。じゃあね」

陸が消えるまで見送った薫は家に足を向けながら、頬を一掻きして呟く。
 
「ホント、夏休みらしくなってきたなぁ」

頭に浮かぶのは、自分が良く知る世界の……『空想世界』の夏休み。

楽しかったり、騒がしかったり。
そして……『彼氏彼女』と過ごしたり。

今までそんな事が少なかっただけに、今が凄く楽しい。

「……ふふっ」
「お楽しみだったみたいね」
「うひょわっ!?」

笑いを零した矢先に掛けられた声に、薫は思わず飛び上がらんばかりに驚いた。
驚きのままに声のした方向に振り向くと、そこには彼女の良く知った顔が二つ並んでいた。

「か、継母さん、ねーさん」
「や」
「ただいまって言ったほうがいいのかしらね」

薫同様浴衣に身を包んだ自身の家族二人は、色々持っていた。
どうやら彼女達も祭りから今帰ってきた所らしい。

「……もしかして、ずっと見てたの?」

赤面+引きつり気味な顔で問う薫。
ソレに対し彼女の姉……霧里和代は、クスクスと笑いながら言った。

「だと面白かったんだけどね」
「ちょうど手を振り合ってた辺りかな。私達が帰って来たのは。
 彼が薫ちゃんの彼氏さんなのね」
「……うん」
「どんな人かと思ってたけど……なんか、安心したかな」
「そうね」
「なんで? 話してもいないのに」
「彼氏さんを見送る薫ちゃんの顔が凄く優しかったから」
「ええ。少なくとも、薫は彼の事かなり気に入ってるみたいね」
「……むー。
 そ、そうじゃなきゃ、お付き合いできてないよ……」
「うわ、母さん。薫凄い照れてるよ? 珍しい〜」
「今日は赤飯にしましょうか?」
「うう〜。もうー……ここぞってばかりにからかうんだから」

真っ赤な顔でブツブツ呟きながら二人に背を向けた薫は、家に向かって歩き出した。

「あらら。からかわれて撤退なんて、ホント珍し」

ずんずん先へ進む薫に聞こえない程度の声で呟く和代。
そんな彼女に同意するように母……霧里佳織はクスリ、と笑みを零した。

「そうね。
 でも、本当に良かったわ。
 実際真面目そうな人みたいだし……父さんに似てるかも」
「『何処が。似てない。絶対に似てない』……ってあの子は言うでしょうけどね。
 ともかく、今度ちゃんと紹介してもらわないとね」
「そうね。
 あんな薫ちゃんの笑顔を引き出せる人だもの。
 ぜひお話ししてみたいわ」

そうして彼女達も薫の後を追う形で、家に向かって歩き出した。

ちなみに。
彼女達の望みたる『陸との面会』は少し先に実現する事になるのだが……ソレはまた別の話。

そんな事を知る由も無い彼女達、そして、陸や芽衣は家路を辿る。
花火のカケラのような、星が瞬く下で家路を辿る。










「ぬううううっ?! 何処にあるんだ、その店はぁあああっ!?
 っていうかヘルプミィィッ!?」

焦りのせいで店の存在を見落とし、街を彷徨い歩いている……久能明悟という例外を除いて。










……続く。



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