第十九話 ユメガタリ(後編)
ある所に幼馴染の男の子と女の子がいた。
二人はとても仲が良く、小・中・高と学校を共にしてきた。
二人の仲が良かったのは、相性的なものだけが理由ではない。
一番の趣味が同一だったのも、大きな理由だった。
その趣味とは……映画。
小さい頃はアニメ・特撮映画。
少し大きくなるとファンタジックな映画。
もう少し大きくなるとSFやアクション。
さらに成長を重ねて、サスペンスやホラー。
そんな感じで、歳をとっていくにつれ、彼らは様々な映画を見る様になっていった。
そして、彼らはソレを映画や演劇として自分達で形作りたいと思うようになっていった。
そんな夢を追うようになっていった。
そして、同じ方向の違う夢を見る内に……いつしか二人は付き合うようになっていった。
「この小説、面白いわよね」
「ああ、コレ映画とか劇とかににしたらいいだろうな」
「じゃあ……一緒に作ろうか?
折角だから、その為の場所もね」
「え?」
高校に入ったばかりの女の子の言葉。
それが夢のハジマリ。
そして、もしかしたら……恋のオワリだったのかもしれない。
「あっつー……」
朝というには少し遅い時間。
額の汗を拭いながら、制服姿の薫はぼやいた。
「うーん。夏は嫌いじゃないんだけど、暑いのには参るかなぁ」
「暑いのに参るのは、誰だって同じよ」
薫と同じく制服姿の由里奈が答える。
その顔は薫以上にゲッソリしていた。
「由里奈、夏苦手?」
「暑いのに参ってるだけよ。
……多分、人より多めに」
「苦手なら苦手って言えばいいのにー」
「……忠告と思って受け取っておくわ。
ところで、平良君の妹……芽衣ちゃんだったかしら。彼女は来ないのね」
「芽衣ちゃん、入ってる研究会がこの時期忙しいんだって。
自分が動かないと危ない事も多いから仕方ない、ってこないだ言ってたけど」
「……なんの研究会?」
「オカルト」
「……まあ、いいわ。
ともかく、中に入りましょ。
中は冷房が効いてるはずだし」
「だね」
言いながら、演劇部ではない二人は一般観客として会場内に入っていった。
場所は市民会館ホール。
そこがこの地区の高校生演劇大会が行われる場所だった。
……ちなみに入場料は無料で、席は自由である。
「んんー……冷房効いてて良かったね。
っていうか、結構綺麗」
二人は、受付での説明と案内板を頼りに客席に辿り着いた。
薫はなんとなく周囲を見渡し、思ったより綺麗な作りのホールに感嘆の声を上げる。
「何か事故があって壊れたついでに少し改装したって話よ。
詳しい事は知らないけど」
「へぇー……」
会話を交わしながら、最前列より二列ほど後方の席に座る二人。
それは、薫が陸をしっかり見たいという気持ちと、
最前列だと陸が意識してしまうのではないかと言う由里奈の配慮からなされた判断だった。
「……で、演劇部的には、どうなればいいんだったかしら」
「えと、この大会で最優秀賞か優秀賞を取ったら、全国大会に出られるんだって。
西華さんの目標としては、あくまで最優秀賞らしいけど」
「姉様らしいわ。
……確か、五校公演だったわね。
その内の二つなら確率的には難しくないけど……そういうものじゃないでしょうしね、演劇は」
「そうだね」
「薫、いいの?」
「何が?」
「平良君と話してこなくて」
「いいんだってば。
終わってから会う約束してるんだし」
陸や西華、日景達演劇部員は既に会場入りしている。
会おうと思えば会えるのだが……。
「邪魔はしたくないってワケ? 案外健気なのね」
「そ、そういうんじゃないよ。
あ、と、その。それはそれとして由里奈、夏休みの計画はどう?
私も一応ネットで色々探してるんだけど」
「そうね……」
そうして二人が世間話をしている内に開会式少し前の時間になり、人が結構多くなってきた。
人の流れがピークになるのをボンヤリと感じながら、薫は呟いた。
「しかし、皆結構見に来るんだね。もう一杯一杯だよ」
「各学校の演劇部員の数……その家族や関係者を考えれば当然ね。
ココのホール、綺麗になったけど、そんなに大きくないしね」
由里奈の言葉に薫が納得し、フムフム頷いていると。
「ここ、空いてる?」
そんな声が薫の頭上から振ってきた。
「ふぇ? ……あ、空いてますよ」
隣の席は空いている。
嘘をつく理由も必要もなく性格でもないので素直に答えながら振り向く。
すると、其処には見覚えの無い制服を着た男子高校生が立っていた。
なんというか、特に特徴が無いのが特徴となり、逆に印象に残るような青年だ。
(……ちょっと陸君に似てるかも)
なんとなく薫がそんな事を考えていると、男子生徒は言った。
「じゃあ座ってもいい?」
「どうぞどうぞ。……いいよね、由里奈」
「別に私に聞かなくても……」
「え?」
「……って、貴方」
「由里ちゃん……」
由里奈とその男子生徒は顔を合わせるなり、揃って少し眼を見開いていた。
「知り合い?」
「……そうね。
貴方の性格から考えれば見に来てるのが当然ね」
当然の疑問である薫の呟きには応えず(というか意識が完全にそっちに行っていて気付かなかった)、
由里奈は男子生徒に向かって言った。
「そういう君は、どうして?
演劇にはそんなに興味なかった筈だけど」
「……色々あるのよ」
「ちょいちょい。由里奈ってば」
「そうか。完璧少女な君にも色々あるみたいだな」
「まあね」
「おーい。……ぬぅ」
「それはそうと、姉様には挨拶……あははっはははは!!」
言葉の途中で爆笑する由里奈。
原因はすぐに分かった。
……薫が由里奈の脇をくすぐっていたのだ。
それから逃れるべく立ち上がった由里奈は、薫に向けて口を開いた。
「か、薫……?! いきなり何を……」
「あのねぇ。由里奈が話聞いてくれないからじゃない。
って……あ」
むー、と膨れ面な薫だったが、騒がしさからの非難の視線に気付くと立ち上がり、困り笑顔で頭を下げ謝罪した。
同じく由里奈も軽く頭を下げ、二人は揃って着席する。
「……えと。呼んでた?」
「うん、呼んでた」
周囲を考え、二人は多少小声でのやりとりにシフトする。
「それは……すまなかったわ」
「じゃ改めて訊くけど、お知り合い?」
「ええ。……貴方も知ってる人よ」
「はい?」
その覚えが無いから尋ねているというのに。
思いながら首を傾げる薫に、由里奈は言った。
「昨日の姉様話の『男の子』よ。
名前は……光谷東也(みつたに・とうや)さん」
ある所に幼馴染の男の子と女の子がいた。
二人はとても仲が良く、小・中・高と学校を共にしてきた。
二人の仲が良かったのは、相性的なものだけが理由ではない。
一番の趣味が同一だったのも、大きな理由だった。
その趣味とは……映画。
小さい頃はアニメ・特撮映画。
少し大きくなるとファンタジックな映画。
もう少し大きくなるとSFやアクション。
さらに成長を重ねて、サスペンスやホラー。
そんな感じで、歳をとっていくにつれ、彼らは様々な映画を見る様になっていった。
そして、彼らはソレを自分達で形作りたいと思うようになっていった。
夢を追うようになっていった。
だから二人は勉強していった。
男の子は、主に演技を。
女の子は、『物語』を組み立てていく方法や手腕を。
その為に必要ならば、と『場所』も作り上げた。
映画や演劇に関する知識が豊富で、機材も個人の努力で必要最小限以上にあったのに、人数不足で潰れる寸前だった映画研究会。
人材こそ豊富だったが、経験者が少なく、全体を纏め切れていなかった演劇部。
高校に入学したばかりの当時の二人にしてみれば、どちらかに所属するだけで十分ではあった。
だが、より自分達のしたい事を形にする為に、二つの長所を腐らせておくのは惜しいと思えた。
だから、二人は駆け回った。
折り合いが悪かった二つの集まりを、創作への熱意で説き伏せ、一つにした。
そうして、新たな『演劇部』が出来た。
初めはゴタゴタもあったが、作りたいものへの情熱や、新演劇部誕生のきっかけとなった二人の影響で次第にまとまっていった。
三年生が卒業する頃には、元々一つだったと部員達全員が思えるほどの結束を作るまでになった。
そんな『研鑽』を重ねていく内に、二人は……いつの間にか、彼氏彼女として付き合うようになっていた。
成長したからそういう関係になったのか、関係が二人の現状を形作っていったのか。
明確な所は分からないが、二人には大した事じゃなかった。
二人にしてみれば、同じ時間・同じ場所で共に積み重ねていくものがあれば、それで良かったのだから。
だが、そんな二人の関係は変化する事となる。
その『共に積み重ねていくもの』ゆえに。
同じだと思っていた価値観の微妙な違い。
そして、『好き』という気持ちの違いによって。
「……なんで、駄目なの?」
「もうすぐ、大会だろ。
こんな事ばっかりして、気を散らせたくないんだ」
「こんな事ばっかりって……別に、いつもデートしてるわけじゃないじゃない。
それに、コレはコレ、ソレはソレでしょ……?」
「前にも言ったろ?
全体を見るお前はそれでいいかもしれないけど、演じる俺はそういうわけにはいかないんだよ。
今は登場人物とのシンクロに集中したいんだ。
デートとかは、これから先一緒にいればたくさんできるじゃないか」
「……デートは、今したい事、なのよ。それが分からないの?」
二人は、そんなやり取りを幾度か交え……微妙な距離の歩みを繰り返した。
スキナモノと、スキナヒト。
ずっと関係が続いていくと信じた気持ちと、今この時を大事にしたいと常に想いを形作りたかった気持ち。
絶妙だったバランスが、関係の変化で崩れ、それが両方に悪い影響を与えていく。
そして、二人はその度に見失っていった。
自分達にとって、本当に大切なものを。
それは、ユメとコイの違い。
その事実を、二人は積み重ねの末に気付いていった。
それは『将来』としても『二人の関係』としても不協和音を刻んでいった。
そして、その不協和音は男の子の転校、それに付随した様々な出来事で決定的なものとなった。
「言うまでも無く、女の子は姉様ね。
まあ、そんな所。
ちなみに、私は姉様ともその人とも親しかったから、結果的に事情を知っただけよ。
興味を持ってたのは確かだけど」
くい、と眼鏡を押し上げながら、由里奈は語り終えた。
「……そんな事があったの……」
「……」
夕闇の中、立ち尽くす陸と薫。
そんな二人に肩を竦めて見せてから、由里奈は言った。
「薫、平良君。そんな哀しそうな顔をしなくてもいいわ。
話したいと思ったのは姉様なんだから。
というか、本人最早微塵も気にしてないし」
「そう、なのかな」
「ええ。別れたって言っても、ちゃんと和解したカタチだったし。
むしろ一区切り出来たって本人達は納得してたから。
だから、そのカレも転校した先で演劇を続けてるわ」
「そっか。それなら安心だね」
そう言ったのは薫だった。
おそらく、その通りなのだろうと陸は思った。
……例え、そこに痛みがあったとしても。
「ん……でも……」
「薫さん?」
「……え? あ、ううん、なんでもない。
安心だよね、うん」
「そうね。私もそう思う。
ただ、私としては……」
そこで由里奈は、二人に視線を送りつつ、言いよどんだ。
何かカタチに出来ないものをカタチにしようとして出来ないでいるような、そんな沈黙。
「由里奈?」
「……なんでも、ないわ。
ともあれ義務は果たしたから私はこれで」
そうして、由里奈は去っていき、残された二人も帰路に着いた。
ソレが昨日の事だった。
「……」
その頃、薫達の後方……客席の出入り口に西華が立っていた。
ちなみに彼女は舞台に立つ側の人間では無いので、いつもどおりの制服姿である。
彼女は無言で客席一つ一つを確認するように眺めている……と、そこに。
「部長、こんな所にいたんですか?」
部員達に頼まれて西華を探していた陸が、ようやくその姿を見つけ、声を掛けた。
……ちなみに役柄上、彼も普通の制服だったりする。
「ん、平良君。どうかした? 時間にはまだ余裕あると思うけど」
言いながら、西華は腕時計に視線を落とした。
西華達の順番は三番目で、直前準備が手間にならないよう準備は万端にしてあるので、余裕はある筈……そう西華は考えていた。
「はい、時間はあります。
ただ……部長に本当に最後の最終確認してもらいたいからって皆が探してました」
「そっか。まあ、しゃあないか」
「……探しモノ、いや、探し人ですか?」
「んー。まあ、そんな所。
見付けたから戻ろうと思ってたところだけど。
それより、昨日は由里ちゃんから話聞いた?」
「はい。えと、なんて言っていいのか」
「いいのよ、別に。話したくて話した事だから。
別に意味は……まあ、少しあるけど、あくまで少しだから返事は要らないし、気にしないでいいわ。
ちなみに、気付いてるんでしょ? 前に話した事のディティールアップ版だって事には」
「……はい」
「あの時は余計な事考えさせたくなかったから、あえてぼかしたんだけど、今の君達は余裕ありそうだったからね。
まあ、ともかく。なんとなくでも記憶に留めておいて」
そう言うと、西華は、パンパン、と手を打った。
気持ちを切り替えろと言わんばかりに。
「じゃあ、行きますか」
「……」
そんな西華に、陸は無言で頷いた。
……何かの言葉を押し込めるように。
『ただいまから、開会式を行います。
まず開会の挨拶を……』
通例の言葉と共に開会式が始まる。
……が、式に興味の無い、演劇しか見るつもりの無い人間にとっては、それは意識を向けなくてもいいものに過ぎない。
薫達は基本的にそういう式にも意識を向ける、比較的真面目な人間だが……今は自分達の話にヒートアップしていた。
まあ、周囲を考えて声はしっかり抑え気味ではあったが。
「ぬぅ……西華が話したのか。
なんというか、アレは相変わらずみたいだな」
大体の事……自己紹介と初対面の薫が自分を知るに至った経緯……を聞き、呆れとも感心とも取れる口調で青年……東也は言う。
「ええ、強がりと強さが良い感じで交じり合って、絶妙な感じ。
光谷さんの心配が要らない相変わらずさよ。
人によっては封印したい過去話をソコの彼女とその彼氏に堂々聞かせるぐらいだし。
……それについては、まあ単純に強がりだけじゃないみたいだけど」
チラリ、と薫を見る由里奈。
キョトン、とする薫を同様に見据え、東也は苦笑した。
「なるほど。確かに、似てる気がするよ」
「まあ、結構ね」
「似てるって誰と誰が……って、もしかして、西華さんと私?」
そのものスバリを指摘する薫……だったが、半信半疑だったらしく首を捻った。
「えと、テールの形、というか場所違いますよ?」
「髪型とか容姿じゃないわよ、薫。もっと内面部分。
……光谷さん。言っておくけど、この子が似てるのは雰囲気だけじゃないわよ。
状況も中々に似てたから」
「あー……そりゃ、アレはほっとかないだろうなぁ」
「貴方もほっとかないでしょうけどね」
「はは、否定はしないよ」
「……そんなに似てるかなぁ? その……」
「俺の事は好きに呼んで良いよ。薫ちゃん……で、いいのかな」
「はい、ありがとうございます」
自分をちゃん付けで呼ぶ東也に、薫は同じく初対面でちゃん付け呼称した西華の事を思い出す。
(……やっぱり、結構似たもの同士みたいね)
そう思考しつつ、薫は言った。
「じゃあ……とりあえず光谷さんでOK?」
「OK」
「じゃあ、光谷さんで。
という事で話を戻しますね。
えと、光谷さんと西華さんの関係は聞きましたけど……
私と陸君は幼馴染じゃないし、夢の方向性だって、違うと思うし。
だから、あんまり似てるとは思えませんけど」
(……それに、夢の事はまだ話して無いし)
その辺りは内心だけに留める薫。
そんな薫の内心など知る由もなく、由里奈は言った。
「薫、話聞いてた?」
「え?」
「私は『状況が似てた』って言ったわ。
この間私に相談した時の状況、忘れたわけじゃないでしょ?」
それは少し前。
薫と陸がそれぞれの立場から、一度は別れを覚悟した時の事。
好きという感情の格差について悩んだ時の事。
後で聞いたのだが、薫自身が由里奈や日景に話を聞いてもらっていたように、
陸は陸で西華に話を聞いてもらっていたと陸が話していた事を、薫は改めて思い出した。
そして、その時のアドバイスと昨日の話が一致するであろう事を、薫はなんとなく理解した。
「……あ」
「そういう事よ。
そして、そんな近い状況において、貴女達は『越えて』、姉様達は『越えなかった』。
それだけの事よ」
「……………………うーん………」
その言葉を受けた薫は、色々な意味でストレートな彼女らしからぬ複雑な感情と思考を表した表情を浮かべる。
そうして、腕を組んで、ウンウン、唸りだした。
「由里ちゃん、彼女考え込んじゃったみたいだけど……?」
「いいのよ、薫はこれで」
その間も薫は腕を組んで、唸り続けた。
悩んでいるような、悲しんでいるような……そんな表情の末に、薫はゆっくりと顔を上げた。
「……あの」
「な、なにかな」
「なんて言って良いのか、よく分からないんですけど……
『越えてない』なんて決められないんじゃないですか?」
「え?」
「昨日聞いた事からの勝手な考えかもしれないですけど、
由里奈が言うようにその時に『越えてなかった』のなら、今は駄目なんですか?
今……西華さんとやりなおせないんですか?」
「あのね、薫。
私は経験無いからなんとも言えないけど、人が別れるのにはそれなりの理由が存在する筈よ。
まして姉様と光谷さんは……」
「ちゃんと付き合って、好き合ってたのは、分かるよ。
由里奈の話からちゃんと伝わった。
でも……話を聞いてて……なんか引っ掛かってた。
今日光谷さんに会って、それが分かった気がする」
「それは……?」
「その、偉そうかもしれないけど……私、今日話して、光谷さんの中に西華さんを感じたの。
それって、二人の繋がりがまだちゃんとあるって事じゃないかって、そう思った」
「…!」
そんな薫の言葉に、東也は思わず眼を瞬かせた。
それは自分の中に確かにあるモノを指摘された驚きだった。
「根拠は?」
「だって、二人は嫌い合って別れたわけじゃないんでしょ?
それに、今だって、光谷さんは向こうでも演劇続けてるって言ってたじゃない。
西華さんも同じように演劇部部長をしっかり務めてる。
それって、絆が続いてるって事じゃないかな」
由里奈の問いに、薫は思考の末の考えを口にし、カタチにしていく。
「そりゃあ、好きでも別れるしか無い事だって、そうする事で関係を見直す事だって、確かにあると思う。
私と陸君だってそうなってたかもしれないから、そういう事があるのは少しは分かるつもりだよ。
だから……今がどうなのか、知りたいって思ったの。
今でも、やり直せないんですか?」
「……それは」
方向を変えた薫の言葉に、東也が口を開き掛ける。
だが、その間を縫う様にソレは始まった。
『ただいまより。
第一演目、速水高校の”Kanon”が始まります』
そのアナウンスと共に照明が切り替わっていく。
ソレは明らかに大会の本格的なハジマリを意味していた。
演劇本番が始まってしまえば、話を続けるわけには行かない。
その事は薫達も分かっていた事であり、ゆえに彼女達は口を閉ざした。閉ざさざるを得なかった。
そして、物語が幕を開ける。
「……」
ふと、東也は薫に視線を送った。
そこには、不満そうに頬を膨らませていた薫が、演劇が始まった途端、そちらに意識を向けていく姿があった。
……まあ、大会が終わればさっきの話に戻るつもりなのか、チラチラ東也の方を見てはいるが。
(……ふむ)
由里奈にオタクだと紹介されたが……おそらく『創作物』全般が好きなのだろう。
なんとなく、そう東也は推測した。
(本当に、似てるな。西華)
何かに眼を輝かせる、その姿。
ソレは確かに西華に似ている……東也はそう思った。
「あの、部長」
ソレを陸が口にしたのは、二人が部員達がいるリハーサル室に入る直前の事だった。
「なに?」
「探し人は……昨日の話の……人ですか?」
「……どうしてそう思うの?」
「いえ、昨日月穂さんから聞いた話だと、真面目そうな人だったから。
そういう人で、その……綺麗に、別れたのなら……気にして、見に来るんじゃないかなって思ったんです。
というか、俺だったらそうするかな、って…いや、一緒にするのは失礼ですよね」
ポリポリと頬を掻く陸。
そんな陸に西華は苦笑した。
「……やっぱ似てるわ、君は」
「へ?」
「一緒にして良いわよ。君はアイツに……元カレにそっくりだから。
その真面目さも、真っ直ぐさも、よく似てる。
ただ違うのは、恋愛観ね」
「…………差し出がましいですけど、やり直したりは出来ないんですか?」
意を決して、陸は言った。
おせっかいが過ぎるし、余計なお世話だと思いながらも、言わずにはいられなかった。
「だって……無理じゃないでしょう?
今だって……もし、連絡もして無いのに今日ココに来る様な人なら……
それに部長だって探してたじゃないですか。
今だって、嬉しそうに……笑ってた」
そう。
薫が東也に感じたように、陸もまた西華の中の東也を感じたから。
「……そうね」
そんな陸に、西華は何処か自嘲染みた笑みを見せた。
だが、次の瞬間には表情を正して、告げた。
「でも、それは今考えるべき事じゃないわ。
……そうでしょう?」
ソレは演劇部部長としての西華の表情だと陸は気付いた。
彼女の言葉は話を逸らす為の方便では無い……陸はそう感じ取っていた。
そして、今は本番を直前に控えている、大事な時間。
自分にとってだけではなく、部長や他の部員達にとっても。
「……! あ、その」
「フフ。一応言うとね、別に責めてはないのよ。
むしろ、褒めたい。
今だって本番前でスゴク緊張してて、他人の事なんか考えられもしないはずなのにね。
真面目で真っ直ぐな君は特にね」
「……お、俺はもう舞台でやれる事をやるだけですから。
薫さんにも、そう約束しましたから」
言って、自分で納得する。
そう考えていたからこそ、自分は西華の事を考えられたのかもしれない、と。
……実際の所は、少し違うのだが。
「そ。
なら、尚の事、私の事は考えなくて良いわ。
むしろ、私の事を考えてくれる位なら舞台の事を考えて。
貴方の望む事、私の望む事、全てはソコに繋がってるから」
「え?」
「いいから、心配しないで貴方は貴方で頑張れって事よ」
パンパン、と陸の肩を叩く西華。
それは薫の事を相談した時の事を陸に思い出させた。
そして、今はただ自分が出来る事をするしかない、と陸に認識させた。
……今まで、薫と向き合ってきた時のように。
それが演劇部部長としても、影浪西華としても望む事だと言うのなら、尚の事だ。
完全に納得は出来ない。
それでも、納得して、やるべき事をやらなければならない。
演劇部全体の為に、部長である西華の為に、薫の為に、そして自分自身の為に。
「分かったみたいね。……さあ、行くわよ」
「……はいっ」
その返事を聞き届けた西華は、今度こそリハーサル室の扉を開けた。
そして、時は進み……………………『その時』が訪れた。
ソレまで以上に薫は見据えていた。見届けていた。
舞台の上に立つ、いまやよく知った人達を。
舞台の中にいなくても、懸命に舞台を作っている人達を。
西華、日景……そして、陸を。
『それじゃ、また明日』
何処までも自然な、カレの声が響く。
そう。
陸の出番は、結局そんな端役でしかない。
だが、薫は知っていた。
”それじゃ!!!!また明日!!!!”
そんな、力み過ぎるほど力んでいた頃の事を。
そんな陸の『ココ』に至るまでの努力、そして、その成果を。
だから、分かった。
ソレが紛れもなく、最高の演技だった事を。
そして、気付く。
台詞がたった一言しかなくても、
この瞬間、紛れもなく、薫にとっての主役は陸なのだと。
自分が演技した瞬間の事を、ある一つの事柄を除いて、陸は覚えていなかった。
覚えているのは、終わった後、嬉しそうに皆が肩を叩きながら嬉しい言葉を掛けてくれた事。
自分も嬉しくて楽しくて肩を叩いて回った事。
ただ微笑んでいた、西華の顔。
……気付いたら。
残り二つの高校の演劇も終了し、閉会式となっていた。
そして、演劇大会はこれ以上無いと皆が思える拍手の中で、文字通りの幕を下ろした。
「……皆、今日はよくやったわ」
赤い空の下。
市民会館ホールの傍で、西華は部員達の顔を見渡して言った。
「私達は全力を尽くした。
結果は奨励賞だったけど、それ以上に全力を尽くせた事を誇りに思って。
何よりも、ソレが大事な事だから」
審査員特別奨励賞。
それが西華たちの結果。
そして、それは他の地区大会の結果によっては、全国大会に参加できる可能性を残す結果だった。
「とりあえず、疲れたでしょうから、今日は解散。
反省と打ち上げは……そうね、明日部室でやりましょ。
キッチリ絞るから、そのつもりで」
『はいっ!!!』
「じゃあ、ひとまず。……お疲れ様でした」
『(お疲れ様で)したっ!!』
道行く人々が、その声に振り返る。
だが、部員達は気に止めていなかった。
それぞれの気持ちで、今と結果を受け止めていたから。
「あ、いたよ由里奈っ」
「はいはい」
其処に、声を聞きつけた薫達が駆け寄っていく。
「皆さん、お疲れ様でしたっ!」
「お疲れ様でした」
「二人とも応援と観覧ありがと。
お陰で頑張れたわ。よね皆? 特に平良君?」
「そうですね。……だよね、平良君」
『そうそう』
「ううー……」
西華や日景、部員達の快い(?)冷やかしの声に、陸は苦笑しつつ薫に向き合った。
薫は満面の、最高の笑顔で陸に告げた。
「陸君。
今までで最高の演技だったよ。私が保証する。
すっごいかっこよかった」
「………ありがとう、薫さん」
そんな純粋な言葉に、陸は真っ直ぐな感謝の言葉で答えた。
その言葉に「うんっ」と頷いた後、薫は言った。
「皆さんも、最高の物語をありがとうございましたっ!
他の高校の舞台も凄かったけど……私には贔屓目込みで皆さんが最高でしたっ!!」
裏表無い、いつもどおりの思ったままの薫の言葉。
それを受け、演劇部員達は大きな笑い声を上げた。
「おぉ? 何故に笑ってます?」
「贔屓目込みで最高なの、薫ちゃん?」
「あ。……はうっ?! いや、あの、悪い意味じゃないよ日景ちゃんっ、皆さんっ」
「いや、薫さん、ソレは分かるけどね」
「もう少し考えてから言葉にしなさいね、薫」
「ううぅ〜、スミマセン」
「いいじゃない、それはそれで」
そうして。
そんな大騒ぎの内に、演劇部員たちは解散していった。
それから、暫し経って。
「よう」
部員達一人一人に声を掛けた末に、ヒトリでぼんやりと立ち尽くしていた西華に、声が掛った。
「や」
西華は、市民会館に向けていた視線をその声の主に少しだけ向け、軽く手を上げて応えた。
そう……光谷東也に。
「由里ちゃんの伝言受け取ったわ。
ここにいるのが、その証拠。
というか、場所くらい指定しなさい」
「ああ。すまんね」
並んだ二人は、顔を合わせない。
ただ、同じ空を見上げていた。
「……良く出来てたな。俺がいた頃より部全体の完成度が高かったよ。
最優秀賞と優秀賞の作品には全体平均の出来では負けてたけど、部分部分では圧倒してた。
構成も無駄が無かったし。
だから奨励賞、取れたんだと思う」
「まあね。個人的には奨励賞じゃ不満だけど。
皆の頑張りと成長度を考えると更にね」
「その辺りは審査員には分からないさ。
伝えたきゃ、作品を通すか、インタビューでも受けるような立場にでもなるしかない」
「違いないわね」
肩を竦める西華。
その裏では心底悔しがっている事を、東也は知っていた。
あえて、部員達の前でソレを見せていないだろう事も。
「……あの話、一番最初に物語にしたいって言ってた奴だったよな」
「ええ。『三年間の締めくくり』には相応しいでしょ?」
「違いない。でも、文化祭の映画もあるし、まだ全国の芽もあるだろ?」
転校しても元部員。
これからの予定は勝手知ったるなんとやら、だった。
その事に苦笑しつつ、西華は答える。
「そっちは、後輩達主体予定だから。
今後は私抜きでもやってもらわないとね。
まあ、実際は手を貸す事になるでしょうけど、ある程度はね」
「なるほどな。
そうして、俺達がカタチを整えた演劇部が次に受け継がれるわけか」
「そうなるわね。
……しかし、まあ、今思えば『演劇部』の創立は若気の至りだったわね。
未だに聞かれると上手く答えられないし、話せないわ、あの頃の事は」
その辺りを西華自身が陸に語らなかったり、実名をぼかしていたりした理由。
実際の所『二人で熱っぽく駆け回った当時が恥ずかしいから』が3割位入っていたりする。
……それこそ、恥ずかしくて言えやしないが。
「だな。確かに思い出すと、少し恥ずかしい」
「そーね」
やれやれ、と二人揃って息を吐く。
そこから少しの間を置いて、東也は言った。
「……あのさ。
仮に由里ちゃんからの連絡がなくても、俺が来てたと確信できたか?」
「まーね。他ならないアンタだし」
ぶっきらぼうにそう言った後、西華はニヤリ、と笑って見せた。
「というか、薫ちゃんのお陰で言われるまでも無く気付いたわよ。
一緒にいたでしょ、横ポニーテールの元気な女の子。
あの子が騒いでくれてたから」
「そっか。
……そうそう。
閉会式の後、その薫ちゃんに言われたよ。
やり直せなくても良いから、今でなくても良いから、とにかくお前と会ってほしいって」
「そっちも?
私もね、その薫ちゃんの彼氏に別れ際同じ事を言われたわ」
そして、その言葉があったからこそ、二人は今ココにいるのだ。
「……良い後輩だな。そして良いコンビだ」
「訂正しときなさいよ。良いカップルに」
「ああ、そうだな」
笑い合う。
だが、そこには何処か薄暗さも混じっていた。
今この時の黄昏の様に。
「でも……二人には悪いけど、やり直しは出来ないわね」
「……ああ、今はまだな。
俺達にとっての本当に大事なもの、多分見失ったままだしな」
陸と薫が持っていて、彼らが無くしたままのもの。
それは……気持ちの差異や格差に関係なく、関係ないと思えるほどに一緒にいたいと思う気持ち。
それがまだ蘇ってはいない。
それはそう簡単に取り戻せるものじゃない。
でも。
「……でも、話せて良かったよ」
「ええ、そうね。
二人に感謝しときましょう」
決して完全に消えてもいない。
二人は改めて、その事に気付かされた。
自分達によく似ていながら、違う道を行く二人によって。
「ところで、だ。
彼女は中々の逸材だと思うぞ、色んな意味で。
在学中に演劇部に勧誘したらどうだ?」
「あー、それは考えたけど、駄目よ。
万が一でも私達の二の舞になったらつまらないし、嫌でしょ?
ま、あの二人はそうならないとは思うけど……万が一で嫌なジンクスでも出来たら私、卒業後に遊びに行けないじゃない」
「そこは『私達』に訂正しといてくれ。俺も一応関係者でOBだしな。
あと、彼女の彼氏とやらにも会ってみたい」
「はいはい。分かったわよ」
「……じゃあ、またな」
「……ええ、またね」
最後に一度だけ、眼を合わせ。
二人は別々の方向へと歩いていった。
「……来てるんじゃないかなって気はしてたんだよ」
それは薫と陸、二人の帰り道での陸の言葉。
その言葉に、薫は小さく頷いてから、言った。
「そっか。
私……一応、西華さんに会うように発破かけたけど……」
「俺も部長に、同じ事やったよ」
別れ際、薫と話して東也が来ていた事を知った陸は、お節介である事を承知で西華に言ったのだ。
『今は無理でも、何時か会って欲しい』と。
ソレに対し、西華は「今日頑張ってくれたから、前向きに検討しとくわ」と答えた。
だからこそ、二人はしこりを残す事無く帰路に着く事が出来たのだ。
……ちなみに、その直後に西華が由里奈からの伝言を受け取った事、由里奈が東也からの伝言を受け取った事自体を二人は知らなかったりする。
「二人やりなおせたら、いいね」
「どうだろうな。
勿論、俺は薫さんと同じでそうして欲しいけど……やり直す事が最良とは限らないよ。
こればかりは部長達が決める事だし。
というか、やっぱり口を出しすぎちゃったかなぁ」
「……大丈夫だよ、多分。
だって、あの人……光谷さん、まだ部長の事が好きだよ。
スゴク楽しそうだったもん、部長の事話してたとき」
「ああ、そうだね。
俺だって、部長見てそう思った」
「うんうん。だよね。
だから、ね。
彼氏彼女には戻れないかもしれないけど……きっと、いつか一緒に歩く二人にはなるよ。
というか、そうなれ、って感じかな」
「うん。そうなれって感じだ」
ソレは勝手な思い込みで、余計なお世話かもしれない。
でも、二人にはどうしても、そう思えなかったのだ。
西華と東也。
二人はまだ、二人で歩き出した道を歩いている。
だから、まだ大丈夫。
だから、気持ちはまだ繋がっている。
陸達の考えは、子供じみた、シンプルすぎるものなのかもしれない。
それでも『大丈夫』と思う気持ちに偽りがない以上、黙っていられなかった。
そして、何より。
西華達は『もう二度とやり直せはしない』と否定しなかったから。
だからこそ、薫と陸は必要以上の御節介を焼いた。
過剰なのかもしれない、と自分達で感じながら。
『自分達に似ている』と思ってしまったがゆえの、自分達との重ね合わせだと気付かないままに。
それが、西華が自分達に過去を話した理由と同じだと、気付かないままに。
「……あ、もう着いちゃった」
薫の声とシンクロするように、陸の足が止まる。
其処はもう、いつも別れる場所だった。
そこで薫はクルリ、と陸と向き合うと、少し笑みを浮かべながら言った。
「陸君、とりあえず今日まで本当にお疲れ様。
今日まで、陸君達が頑張ってるの見て私もやる気出てきたよ。
だから今日から色々頑張っていこうと思う」
「……なにを?」
「そう言えば、まだ話してなかったね」
今までは話していなかった事。
少し照れ臭くて、言えてなかった事。
今日、ソレを告げる事を、薫は決めていた。
陸が頑張ってきた姿に、少しでも応えたかったから。
自分にも頑張るべき、頑張りたい事がある事を、教えたかったから。
「オホン。
実は、私ね。小説家になるのが夢なの。
ジャンル的に言えばライトノベル作家かな」
「小説家、に?」
「うん。
理由は、今まで私が楽しませてもらった分の恩返しがしたいから。
私が受け取ってきたたくさんのものを、少しでも世界に返してあげたいの。
んでね、そのついでに、いつか作品がテレビアニメになったり、同人誌描いて貰ったりしたら嬉しいかなって思ってる。
それが私の夢」
「そう、なんだ。
……なんか、薫さんらしい気がするよ」
「そう? ありがとっ」
嬉しそうに歯を見せて笑う薫。
「所で、陸君の夢は?」
「俺? ……俺は、その。
まだハッキリとは決めてないけど……あの世界で、演劇の世界で生きてみたいかなとは思うよ。
だって、楽しいしね」
自分ではない何かを演じる事。
ココでは無い世界に入る事。
それは陸にとって、向き不向き関係なく楽しい事だったから。
「そっかぁ。
となると……私としては陸君が声優とかになって、私原作のアニメとかで声当ててくれるの希望かな〜」
「う、うーん……それは難しいんじゃないかって気がするなぁ。
俳優になるとかまでは考えてないし、声優とはまた別物な気もするし」
「まあ、そうだね。
陸君のユメは、陸君のユメ。
私のユメは、私のユメ。
重なり合ったら嬉しいかもしれないけど……
重ねる事がユメじゃないもんね」
そう。
例え、方向性が限りなく近くても。
恋のハジマリが『同じ夢』であったとしても。
恋と夢は違うモノ。
少なくとも、共に時間を過ごすための手段に使うものではない。
何故なら。
夢はヒトリのモノでしかなく、恋はフタリで作り上げていくモノだから。
「でも、それはそれで、ちょっと面白いかもとは思うけどね」
「あはは、その時はお願いします」
「うん、その時はよろしく」
そうして、二人は歩いていく。
時に重なるかもしれないそれぞれの夢の道と、重なっていくであろう恋の道を。
「さて、と」
東也と別れた西華は、携帯を取り出し、ある番号を押した。
幾度かのコールの後、番号の主が電話先に出る。
『もしもし姉様?』
「やっほー由里ちゃん。
私に何か言う事は無い?」
『……別に何も』
「へえ?
所で、なんであの二人に教えなかったの? 私達が会うって。
言っても別に良かったのに、というかアンタは近くで見てたでしょ」
『……』
「由里ちゃんが恋愛ゴトに興味津々なのは知ってるからね。
だから、そのついでにあの二人も引っ張ってきてると思ったんだけど」
『……確かに、前の私ならそうしてたわ』
「って事は、今はそうしない、そうできない理由があるのね。
……なら、ま、しょうがないか」
『悪かったわね、期待に添えなくて』
「別にいいわよ。
伝言役になってもらったし、今日は勘弁したげる。
そして、折角だからアンタにも助言しとこうか」
『なにかしら?』
「由里ちゃんがあの二人の何に惹かれてるのかはなんとなく分かるけどね。
あの二人は由里ちゃんが思ってるほど綺麗じゃないと思うわ。
むしろ、その逆だと私は思うけどね。
だから過剰な期待は自分を……というか大切なものを壊す結果になるかもしれないわよ」
『……どういう事?』
「なんとなくよ。じゃね」
『ちょ……』
一方的に別れを告げて、一方的に通話を切る。
そうして、西華は、ふう、と小さな息を吐いた。
「やれやれ。
面倒な事にならないならいいけどね」
願わくば、大事な後輩達と可愛い従妹が、自分達みたいにこじれたり、面倒な事にならないように。
心からそう思いながら、西華もまた家路に着くのだった。
今は夏。
多くの者が語るように、いろいろなモノが変わりやすい季節。
そして、夏休みはまだ始まったばかりだった。
……続く。
第二十話はもう少しお待ちください