第十六話 distance
「というわけで、今日は終わり。
月穂ー、お願い」
「起立、礼」
担任である白耶音穏の呼びかけに答え、由里奈の号令で締めくくり。
その日も無事に一日が終わった。
「やれやれー……」
陸の席に向かいながら、首を左右に傾けてコキコキ鳴らす薫。
その様子を見て、由里奈は言った。
「年寄り臭いわよ、薫」
「うー……そっかな。
今日はどうも苦手な教科ばっかで、肩こっちゃって」
「そうだなぁ。
確かに、薫さんの苦手な理数系が多かったもんな」
チラリと薫達の姿を見つつ、鞄に教科書を詰め込み、しみじみと頷く陸。
薫は理数系(特に数学)が苦手なのである。
逆に文系は人並み以上の実力を持ちはするのだが、理数系で相殺されて順位的には平々凡々だったりする。
「陸君はいいよねー。どの教科も満遍なくできるから」
「いや、まあ」
その彼氏である所の陸は、全ての教科が平均点を上回る点数を持つ事で、学年順位は上の下クラスだったりする。
「逆に言えば……突出した所がないって事だけどな」
「うぐっ」
横から道雄の冷静な突っ込みが入る。
「え? でも陸君、どの教科も平均点より一回り上だよ?
それもある意味突出してるんじゃないかな」
「ソレを更に上回る秀才……月穂から見れば普通クラスだろ」
「そうね。平良君が悪いわけじゃないけど、まだまだ普通レベルね」
「うう……普通が嫌なわけじゃないけど連呼されるのはどうだろうか……」
口々に言われ、なんとなく肩を落とす陸。
「ドンマイ陸君っ。普通でもいいじゃない」
「……うーん、そう思う?」
そんなこんなで帰る準備を終えた陸は、そう答えながら立ち上がる。
すると、自然……陸のすぐ後ろにいた薫の近くに立つ事となる。
「……うん、そう思うよー」
答えながら、薫は陸から少し離れる。
その顔は少し赤い。
「……なんだ、お前ら喧嘩でもしてんのか?」
少し前の昼食でも同じものを見たのだが、まだ続いていたとは。
そんな思いで呟く道雄。
「あーいや」
「そういうわけじゃないんだけどね」
問題自体は解決したのだが、残った気持ちは未解決とでも言うべきなのか……ともかく二人は揃って否定した。
「うーむ。確かに。……むしろ前よりいい雰囲気になってないか、お前ら」
『そそそそうかなぁ?』
なんとなくの道雄の言葉に、まったく同じ返事をギクシャクと返す二人。
その様子を見て、道雄は肩を竦めた。
「どうやら心配無用みたいだな。お前もそう思うだろ月穂」
「……そのようね」
「んじゃ、お前らの関係進展祝いにこの面子で遊びでも行くか。
この後時間空いてるか?」
「そう口実はともかく…空いてるけど」
「えーと、まあ『めでぃあに』に行くつもりだったけど空いてると言えば空いてるよ。
そっちはいつでも行けるしね」
「よーし、ならゲーセンにでも行こうぜ。
なんならカラオケでもいいぞ。この面子で遊びに行った事なかったしな」
「うん、言われてみれば、確かに」
ふむふむ、と陸は頷いた。
確かにこのクラス、この面子でそういう機会はなかった。
(それにもうすぐ期末テストで、夏休み始めには演劇の大会もあるしな)
そんな陸にとっては、今を置いてのんびり遊ぶ機会はないだろう。
「そうだな。じゃあ、皆で遊ぼうか」
『オー』
陸の言葉に、薫と道雄が拳を上げる。
その子供じみた様子を見て、由里奈が眼鏡を上げながら溜息をつく。
と、そんな中で。
「……って、あれ?
なんか今声が多くなかった?」
紛れ込んだ違和感に陸は気付いた。
「そう言えば……」
「平良君、薫の横」
由里奈の指摘した方に顔を向ける。
すると其処には。
「やあ」
ちゃっかり拳を上げている久能明悟がいた。
「……ぬぅー」
学校を出て、街中を五人で歩いていく。
夕食前、会社帰りなどでそれなりの人の流れがある中、五人の一番後ろで陸がそんな声を上げていた。
「どしたの、陸君唸ったりして」
そんな陸と一番近くにいながらも、微妙な距離を取る薫が尋ねる。
「どうもこうも……」
言いかけて噤む陸。
明悟の薫への好意は知っている。
それ自体になんら罪は無い。
だが、一応彼氏である自分がいるというのにこうもあからさまに動く事には多少なりとも腹が立つ。
かといって、薫が意に介してないのに……ように陸には見える……自分だけ怒って場の空気を悪くするのも良くないだろう。
そして、これは今どうこう出来る問題ではなく、これからの時間の中で解決していく問題だ。
なら、今は普通にしておくべきだ……陸はそう判断した。
「……いや、なんでもない」
「ならいいけど。
でも、あんまり溜め込まないようにね。
で、話したくなったら話してよね」
そう言って、薫は優しい笑顔を浮かべた。
「……あ、うん。ありがとう」
「どういたしまして」
『あの日』から、薫は少し変わったように陸は感じていた。
何が、と問われても具体的に答えきれないのだが……以前の薫とは何かが変わっているのは間違いないような……
「あ、ついたよ陸君」
「う、ん……!?」
ボンヤリしかけていた頭が覚醒する。
キョトキョトと視線を彷徨わせたかと思うと、薫がいきなり手を掴んだからだ。
(あ、れ?)
近頃の薫は自分と距離を置いていたので、そのギャップに陸は戸惑った。
陸のそんな戸惑いに気付いているのかいないのか、薫はそのまま陸をゲームセンター店内へと引っ張っていこうとする。
が、それはほんの一瞬の事だった。
「薫?」
二人の足並みが遅い事に気付いた由里奈が振り向いた瞬間に、薫がパッと手を離したからだ。
「ごめんごめん」
陸の手を離した薫は、パタパタと由里奈の後に続く。
その訳の分からなさに首を傾げながらも、陸もまた薫に続く形で、近所で一番大きなゲームセンターに足を踏み入れていった。
「さて、まず何からやる?」
それなりの人間が出入りするゲームセンター入り口付近。
今回の発案者である所の道雄が皆の意見を集めるべく言った。
「うーん……私はアレかな」
言いながら薫が指差したのは、アニメのロボットのコクピットがそのまま形になったようなゲーム筐体。
密閉された空間がいかにもな臨場感を誘うソレがズラリと6台並んでいる。
「お。流石にオタク。
最新鋭・最先端の技術の結晶であるロボゲーを選ぶとは、眼が高いな」
そのゲームは、道雄の語った通りのゲームだ。
数あるロボットから一体選び、それを操作し敵を倒し、あるいは作戦を成功させていく。
それらを積み重ね、ポイントを累積する事により階級を上げ、使えるロボットの種類やプレイ可能なフィールド、作戦を増やしていき(ゲーム開始時に認証カードを作成するのでそれに記憶させる)最終的に戦争を終結させるのがクリア目的である。
コンピュータ戦のクリア自体はさほど難しいものではない。
このゲームの面白さは、対戦にこそあるのである。
単純な対戦から、緻密なミッション、シミュレーションパートまで楽しめる事から多くの支持者を生んでいるこのゲームは、現在第3次大戦中。
ゲームセンター内の対戦に留まらず、ネットにより世界中の人間との同時共同戦線や対戦さえ可能な、現時点における究極のロボットゲーム……ゆえに加熱する勢いは留まる所を知らず、ゲーム内大戦の終息の流れが微塵も見えない状況だったりする……のだが、それはまた別の話。
「でも、これって結構操作難度高いだろ?
やった事が無い人がいるなら止めておいた方がいいと思うけど」
「HA。それは自分の事を言っているのかな平良君。
負けるのが怖いと?」
「……FUFUFU。言ってくれるな久能君。
一応俺は薫さんと一緒にこのゲームをそれなりにプレイしてるんだ。
そうそう遅れをとるつもりはない」
メラメラメラと二人の背後に炎が立ち昇る……そう錯覚出来るくらいに陸と明悟はヒートアップしていく。
……そのすぐ横で。
「ごめんなさい、私プレイした事ないからやめておくわ」
「うーん、由里奈がそうなら止めとこうか」
「私はいいから、薫達は……」
「そういうわけにはいかないわよ。
折角皆できたんだから、皆で楽しまないと」
そんな女性陣の会話(主に薫の声)が流れた瞬間、二人の動きがピタリ、と静止した。
「そうだな。皆で楽しめなきゃ意味がない」
「うむ。平良君の意見に従うつもりなんかこれっぽっちもないが、霧里さんの意見には賛成だ」
「……分かり易過ぎるよな、お前らって」
あっさりと対戦の意志を引っ込める二人に、道雄は呆れ顔で言った。
まあ実際の所。
二人は薫の意見だからというのを抜きにしても、意見そのものには心から賛同していたりするのだが。
なんだかんだで、皆で楽しみたいというコトに関して言えば、心は同じだったのである。
「じゃあ、どうする?」
「うーん。身体全体を動かすようなステップリズム系ゲームは……由里奈苦手だろうし」
思ったままを口にする薫スキル発動で、実は運動音痴である由里奈の表情が引きつる。
が、すぐに持ち直した由里奈は眼鏡をクイッと持ち上げながら、言った。
「ま、まあそういうのは駄目だけど……リズムゲームそのものが出来ないわけじゃないわ」
「そりゃーそうだよな」
「なら、あれなんかいいんじゃないかな?」
やや無意味に勿体ぶった明悟の指先には、最早ゲーセン馴染みの太鼓ゲームがあった。
旬こそ過ぎ去ってしまったが、万人向けの分かり易さやプレイした時の楽しさから根強い人気がある。
「あ、あれを人前で私にプレイしろと……?」
ピシッと眼鏡がひび割れる……ような表情で由里奈は言った。
ちなみに彼女の脳内イメージは盆踊りで太鼓を叩く勇ましいオッサン……もとい漢の姿。
彼女がそんなイメージを浮かべているとは知らず(もしかしたら勘付いている者もいたかもしれないが)彼らは口々に言った。
「いいじゃないか月穂」(ニタリ)
「そうだぞ、月穂さん」(ニヤリ)
「別に恥ずかしくなんかないって。女の子結構やってるし」
「陸君の言うとおりだって。
無意味なプライドはこの際うっちゃっとこうよ」
「うぐっ……」
止めと言わんばかりに、またしても薫スキル発動。
その隙に薫に引っ張り出された由里奈は、気付けば薫と共にゲーム筐体の前に立っていた。
しかもしっかり太鼓のバチを握らされて。
「か、薫……図ったわね?!」
「はいはい。料金投入。曲は……これで、と、プレイ開始っ」
「くぅっ!!」
彼女らしからぬ狼狽を露にする由里奈だったが、勝負に立った以上負けるわけにはいかなかった。
それこそ、彼女の高いプライドが許さない。
「いいわ。でも、勝つのは私よ……!」
「そうこなくちゃね!
……勝負よ、由里奈!!」
そうして二人は握ったバチを握り締め、振り上げた……!
「いやー白熱したな」
「おお。あれだけ盛り上がるとは思ってなかった」
陸の言葉に、道雄が頷く。
あの後、入れ替わり立ち替わりのリーグ戦を開戦。
五人はそれぞれ全力を尽くして、太鼓を叩きまくった。
その死力を尽くした戦いは、通りかかった人々も思わず足を止め、時に拍手を贈るほどだった。
最終的な勝敗としては、薫が一位。
運動神経では陸の方が上だが、リズムとの総合的な融合、ゲームの慣れに関しては薫の方が一枚も二枚も上手だったのである。
「恥を捨てたのに一位を取れないとはね……無様だわ」
「でもないよ。結構危なかったし。次やったら負けるかも。
あんまりプレイした事なかったんでしょ? 由里奈、すごいよ」
「うん、俺もそう思う。月穂さんすごかったよ」
「……馬鹿正直な平良君と薫に褒められると悪い気はしないわね」
「じゃあ、俺や明悟だと?」
「コケにされてるとしか思えないわ」
「うわ、凄い差別だなそれ」
次いで、リズム取りが上手く、意地を見せつけた由里奈、平均的な能力が高い陸、プレイ慣れしている道雄と順位は続く。
……となればビリは誰なのかは言うまでもない。
「……く。僕とした事が……」
罰ゲームと言う事でジュースを買いに行かされていた明悟が帰還する。
……実は由里奈以上にゲーセンに行き慣れてなかったりするのが敗因だったり。
「あのな。大口は考えて叩いた方がいいぞ」
「ちゅ、忠告は少しだけ受け取っておこう……」
全員に(特に陸に)完膚なきまでに敗れ去った明悟は精神的ダメージ肉体的疲労あいまって、ヨレヨレ風味だった。
「まあ、何はともあれお疲れ様。ありがとね」
「フ。この程度。何てことはないよ霧里さん」
『復活早っ』
道雄・陸の声がハモる。
薫の労い一つで簡単に回復するお手軽さに、薫と本人を除く全員が呆れ顔になった。
「……とと、ちょっとトイレ行って来る。
次の候補挙げといてくれ」
「りょーかい」
一気飲みして空き缶になったコーヒーを持って、道雄が店の奥に消えていく。
「さて……次は」
どうするか。
そう陸が言い掛けた時だった。
「兄さん。こんな所で何をしているんです?」
振り向いた先には、平良陸の妹・平良芽衣が自動ドアを抜け、制服姿で立っていた。
その手には通学鞄の他、スーパーの袋を二三抱えている。
「芽衣。お前こそどうして?」
「私は買い物途中で兄さんたちを見掛けたから入っただけです。それで兄さん達は?」
「いや、こんな所ってお前……ゲーセンにいるんなら遊ぶ以外の何があるって言うんだ?」
「そんな事は分かっています。私が聞きたかったのは……」
「平良君が薫とデートしてるかしてないか、よね?」
眼鏡をクイ、と上げながら由里奈が言う。
『そこ』でようやっと芽衣は兄とその彼女の周囲にいる人間達の存在を認識した。
「ええ、その通りです。
……どうも違うようですが」
周囲に立つ由里奈達を改めて視界に入れて、芽衣は頭を下げた。
「……遅くなりましたが。
どうも、初めまして。平良陸の妹の平良芽衣と申します」
「こちらこそ初めまして。
平良君のクラスメートの月穂由里奈よ」
そうして深々と互いに頭を下げ合う二人。
「……うぅー。芽衣ちゃん、私の時と丁寧さが違わない?」
「義姉さんの時とは状況が違いますから」
薫の言葉に対し、クスリ……と微笑みながら答える芽衣。
しかし、彼女達はそこに知らない人間がいれば問題がある発言がある事を忘れていた。
『義姉、さん?』っ!!?』
芽衣の言葉に、由里奈と明悟(後半の驚き分は彼)が声を上げる。
そのリアクションも含めて、頭痛を感じながら陸は言った。
「芽衣。だから、その『義姉さん』呼びは止めろ」
「あーそうだね。ちょっと改めて呼ばれると……それに」
一度だけ自分の前で呼ばれた時は冗談と言うか場の流れだったし……と薫が付け加えようとした矢先に。
「……薫義姉さんは嫌ですか?」
ポツリ、と芽衣。
何処か寂しそうなニュアンスを漂わせながらの発言に、薫は困りベクトルな苦笑いを浮かべた。
「う。まあ、嫌って言うほど嫌じゃないけど……」
「嫌ですか?」
「…………OK。私、妹はいないからね」
結果。
満更でもない表情で薫は頷いた。
……というか頷かされたのだが。
「か、薫さんっ!?」
「見苦しいですよ、兄さん。
まあ、義姉さんは認可してくれましたから、兄さんの意見は聞きませんが」
「駄目だっ! 僕は認めない!!」
それ以外に認めない人間が約一名。
「いかに君が平良君の妹だと信じられないほどに中々可愛かろうとも許されんぞ!!」
「……はあ。それはどうも」
微かに顔を赤らめる芽衣。
しかし、その一瞬後には通常状態に移行して、一言告げた。
「褒めていただいた事には素直に感謝しますし、嬉しいです。
しかし『中々』という言葉は中途半端で人によっては不快にさせます。
私はともかく、他の方に使う場合は気をつける事を忠告させていただきます。
それと、大声は周囲に迷惑です」
この間、芽衣の眼は半眼状態で呆れ気味。
さしもの明悟も初対面の人間からのジト目には耐え切れなかったのか、思わず顔を引きつらせた。
「ぐ……」
「では改めて。平良陸の妹の平良芽衣です。初めまして」
「……久能明悟。彼のクラスメートだ」
「なるほど。クラスメート、ですか。友達ではなく。……ふむふむ」
そうしてブツブツ呟いた芽衣は薫、陸、明悟を交互に見て、頷いた。
「了解しました」
キュピーン、と芽衣の目が輝く。
「あー……芽衣。その眼は……」
幼い頃から何度か見た事があり、久方ぶりに見るその眼。
それは獲物というか敵というか……そういう認識で相手を捉えた時の眼。
昔、彼女が今とは違い活発だった時代。
一緒に遊んでいた友人たちがその眼を向けられてとんでもない目にあっていた……その眼。
その事になんとなく危険を感じ、とりあえずその眼は止めとけと言おうとする陸だったが……
「うぐっ!?」
トスッ、と芽衣に親指で脇腹を刺され、陸は悶絶した。
……ちなみに角度的に何が起こったのか陸以外には認識できていない。
なので素知らぬ顔で芽衣は言った。
「兄さん、どうかしましたか?」
「……こ、コイツ……」
「心配しなくても、今手は出しません。
証拠が残る……もとい、今は買い物途中ですし」
などとコソコソと呟いたり。
さておき。
そもそも芽衣がゲームセンターに入ったのは陸と薫の姿がたまたま通り過ぎた時に視界に入ったからだけで、此処に居る理由はさほどない。
「……あー荷物大丈夫か?」
脇腹を擦り、痛みを堪えながら、陸は尋ねた。
そんなザマでも自分を気にする辺りつくづく甘いというか……と芽衣は溜息をつく。
……まあ、この兄らしくて悪い気はしないのだが。
そんな思考は微塵も見せず、芽衣は言った。
「……大丈夫ですよ。
兄さんは気兼ねなく皆さんと遊んできてください。
それでは義姉さん、月穂さん、久能さん、失礼します」
ぺコリ、と頭を下げると芽衣はササッとゲームセンターの外へと出て行った。
ウィンドウの向こう、表を歩いていく彼女の姿には無駄が感じられない。
「中々将来が楽しみな妹さんね」
「私もそう思うわ」
「僕も同感だな。……思うに、君ら血繋がってないだろ」
「……久能君、勝手な設定を捏造するな」
「ははは……」
以前同じ事を考えた薫は思わず苦笑する。
と、そこに。
「おいおい、何の話だ?」
トイレを終えたらしい道雄が戻ってきた。
「今、平良君の妹さんが来てたのよ」
「彼の妹とは思えない、可愛くも将来有望なお嬢さんだ。
多分、血が繋がってない。そしてフラグが立ってると見た」
「……だから、設定を作るな言うに」
「へぇ? それは惜しい事をしたな」
皆の様子から、どうやら面白いイベントを逃がしたらしいと悟った道雄は残念そうな顔を形作った。
その後も、彼らは遊びまくった。
UFOクレーンゲームでは誰が何回で景品をGETできるかを競い。
格闘ゲームでもリーグ戦を行い、今度は攻撃パターンを読みまくる由里奈がぶっちぎりに勝利を収め。
クイズゲームでは薫がオタクな問題をスラスラ解いて、彼女らしさをアピールした。
まあ、そんなこんなで時間は過ぎて。
気付けば三時間近くが経過していた。
「遊んだな」
「遊んだねー」
「遊んだわね」
「遊びすぎたかな?」
「まあ、こんなもんだろ。
今日はそろそろ帰るとしようぜ」
『賛成ー』
携帯で時刻を確認した上の道雄の言葉に、皆同意した。
できればもっと遊びたいが、資金的にも時間的にも厳しくなっていたのである。
「あ。じゃあ、最後に写真撮ろうよ」
「……あれ撮るの?」
薫の提案に、陸の表情が硬くなった。
写真、というのは言わずもがなのプリントシール機の事である。
そう言われて陸は、瞬間的に二人で撮る事をイメージしてしまった為に、気恥ずかしさから硬くなってしまったのである。
「うん、皆でね」
「そ、そうだよな」
「……フ。自意識過剰な男が一人」
その明悟の言葉に陸が言葉を発するよりも早く。
薫が一言付け加えた。
「あ、その。
陸君との写真は皆とは別に撮るから……えと、その、心配しないで」
「な、ぬうううっ!!??」
「おおー。中々言うなぁ霧里。……でもノロケ反対」
「ぐうう……霧里さんが悪いわけじゃないが、ノロケ反対ーっ!」
「聞いてて恥ずかしいから、私も。ノロケ反対」
「い、いいじゃないの、その、カレカノなんだから。
ほ、ほら陸君も何か……って陸君?!」
そこにはユデダコ状態の陸がカチコチになって佇んでいた。
「っと、じゃあこんなもんかな」
フレームやその他の設定を終えて、薫は呟いた。
その隣には、いまだカチコチの陸。
「……」
余りの硬直加減に皆との写真を先に撮ったのだが、それでも堅さが取れていない。
ゆえに、一回撮ってはみたが、どうにも……微妙な写りだった。
「……あのね、陸君」
「な、なに?」
薫の言葉に、身を跳ね上がらせる陸。
呆れられているのだろうか、と緊張していると、薫は陸にとっては思いも寄らないことを口にした。
「……えと。
今の陸君の気持ち、私なんとなく分かるよ」
「は、え?」
「最近、その……何回か距離とったりしてたから、なんだけど。ごめんね」
言いながら、薫は陸との距離を少し詰めた。
画面の中の二人の距離も、当然微かに縮まる。
「薫、さん?」
「陸君は違うかもしれないけど、
私の場合は……なんか、ちょっと……こういう、二人だけじゃないと、ちょっと恥ずかしかったりして。
昨日一昨日かな。やっと、その事に気付いたの」
あの『告白』の日から幾日か経ち。
薫は薫なりに自分の気持ちや行動について色々考えていた。
そうしている内に薫は辿り着いたのである。
つい距離をとってしまう自分の気持ちの正体を。
少し前は整理がつかなかった事も、自分の気持ちを自覚した為か客観的に考えられるようになっていた……と薫自身は思っている。
……まあ気付いた直後、暫しの間は如何ともし難い顔の火照りを冷ますのに苦労する事になったりしたのだが。
「なんていうのかな。だから、そのえと……」
必死にアタフタと言葉を紡ごうとしている薫。
その姿を見て、陸は恥ずかしくなった。
……自分の不甲斐無さに。
「……ああーもう、なんて言ったら……って、り、陸君?」
薫が説明に夢中になっている間に、陸は薫の傍に寄った。
無論というか、顔は真っ赤なままだったが。
「これでいい?
もう一回、撮りたいんだけど」
その言葉だけは堂々とした、迷いのない言葉だった。
「……うん」
そうして。
二人は自分達の姿を写真に収めた。
「……なにやってんだか」
「ま。色々やってるんだろ。あの二人らしい初歩レベルな事をな」
幕に囲まれた空間を少し離れたところから眺めながら、由里奈と道雄は呟いた。
……ちなみに明悟はというと、邪魔をしないように道雄に羽交い絞めにされていた。
「ぬううっ! 君は誰の味方なんだ!!?」
「普通に考えて、付き合ってるアイツらの味方だろ。
状況にも寄るがな」
「…ふむ。幾田君はあの二人の味方なのね」
「まあな。月穂は違うのか?」
「……私はね、いつだって私自身の味方よ。
だから誰の味方をするかなんて、私自身が知ってればいいの」
「相変わらずの屁理屈だな。
そんなんじゃ、彼氏見つけるのも大変だろ」
「まあね。
ただ……こんな私でも付き合ってくれそうな人の心当たりはあるわ」
そう呟く由里奈の眼が微かに細くなる。
……何かを堪える様に。あるいは何かに祈るように。
「その心当たりを上手く引き当てるまでは……こうして皆で遊ぶのも悪くないわね」
「……」
この眼の意味を彼らが悟るのは……まだ少し先の話である。
「んー」
自宅に帰り、シャワーを浴びた薫は濡れた髪をコシコシ拭きながら、自室に入った。
あの後、五人は「また明日」をそれぞれの形で口にしながら、各々の帰り道に散っていった。
……まあ、陸に関しては例のごとく薫を家の近くまで送ってからの帰宅だが。
「……陸君ってば」
帰り際、陸が申し訳なさそうに漏らした言葉を思い出して、薫は苦笑した。
『鈍くてごめん』
「それは……私の言葉なのにね」
自分の鈍さにさえ気付かなかった。
多分そのせいで幾度となく陸に嫌な思いをさせてきたはずだ。
今更、それはどうしようもない。
ならばどうするか……答は一つ。
もう二度と、とは言えなくても、何度も繰り返させないように頑張るだけだ。
「……どうすればいいのか、いまいち分からないんだけどね」
その辺りは手探りで進むしかないのだろう。
今までと同じように……二人で。
「さてはて」
髪を一通り拭き終えた薫は、鞄の中から今日撮った写真を取り出した。
皆で撮ったものと、陸と二人で撮ったもの。
薫はそれらの写真を一枚ずつ携帯に貼ろうとして……息を吐いた。
「やっぱこっちで」
取り出した財布の内側に、1枚……陸と一緒に撮ったものを貼り付けた。
外側には皆で撮ったものを貼り付ける。
「うー……今は、恥ずかしいから、これで勘弁してね」
そう言って。
陸に向かって謝罪の意味を込めた手を合わせる薫だった。
……続く。
第十七話へ