一機の輸送ヘリがかなりの被害を受けた基地の上空へと飛来してきた。
いくつもの建物が崩れ、地面のあちこちに大きな穴があいている。滑走路の一部にも被害は及んでおり、更に真っ二つになった巨大なモグラ怪獣の死体がまるで何かの醜悪なオブジェのように横たわっていた。
ヘリのコックピットからそんな基地の惨状を見た柚原が顔をしかめる。少しの間、時間にすれば一時間も離れていないと言うのに、たったそれだけでこれだけの被害を基地に与えたモグラ怪獣と石の巨人。どちらも恐るべき力を持っていたと言えよう。
無事だったヘリポートに輸送ヘリが着陸する。
「全く酷いものだな」
輸送ヘリから降りながら柚原がそう言うと彼を迎えにやってきた基地防衛隊の指揮官が渋面を作った。
「人的な被害はどれだけ出ている?」
「幸いなことにごく少数です。あの真っ二つにされたモグラの怪物は我々など意にも介しておりませんでしたし、後から現れた石の巨人はモグラの怪物にしか攻撃しておりません」
「問題は物的被害か。またあちこちから文句が出るだろうな」
そんなことを話しながら柚原と指揮官が輸送ヘリから離れていく。指揮官が乗ってきたジープに乗りかけたところで柚原がヘリの方を振り返った。輸送ヘリからは両手を拘束された環、雄二、花梨の三人がライフルを持った兵士達に伴われて降りてくるところだった。
「その三人の扱いは丁重にな! とりあえず私のオフィスに連れて行ってくれればいい!」
柚原の声が聞こえたのかヘリの側にいた兵士達が彼に敬礼を返す。柚原も彼らに敬礼を返すと指揮官はジープの運転手に発進するよう促した。
「……わざわざあの子供達の身柄を移送する為に?」
「あの内の二人は向坂家の人間だ。下手な扱いは出来ないだろう?」
「それはそうですが、わざわざ一佐が自ら出向かなくても」
「まさかいない間にここが襲われるとは夢にも思わなかったのでな。それについては済まないと思っている」
「ああ、いや、そう言うわけでは」
「ところで……例の彼はどうしてる? あの部屋のあったビルは倒壊していると聞いたが、彼は無事なのか?」
「はぁ、それなんですが……例の連中があの少年の身柄を確保してから一切何の報告も我々にはもたらされていません」
「そうか。では私が直接話を聞きにいこう。そっちへ向かってくれ」
柚原に言われてジープの運転手がジープの行き先を変えた。向かう先はモニタールームのあった棟である。
貴明が目を覚ましたのはコンクリートがむき出しになった部屋の中だった。上半身は裸で心電図を取る時に使うようなものがあちこちに貼り付けられている。頭には脳波を測定するのであろう、そう言うものが取り付けられていた。
「……ここは……」
ゆっくりと身を起こしてみると、寝かされていたベッドのすぐ側に誰かいることに気付いた。そっちを向いてみると、そこには白衣を着た女性が妙なくらい真剣な表情をして貴明の方を見つめていた。
「気がついたようね。気分はどうかしら?」
「……最悪」
白衣の女性の質問に短くそう答えると貴明は身体につけられているものを自らの手で取り払う。額につけられているものを取り去り、ベッドから降りようとすると女性が自分に向かって拳銃を構えていると言うことに気がついた。
「な、何だよ?」
「……どうやらまだあなた自身の意識が残っているみたいだけど……それもいつまで持つか時間の問題ね」
「……何?」
「あなたがまだあなたでいられる間に殺してあげようかってこと」
女性がそう言って銃口を貴明の胸に押し当てる。ここで引き金を引かれたら確実に貴明の命は奪われてしまうだろう。本当に女性がそうするつもりなのかどうかは彼にはわからなかったが、とりあえず下手な真似は出来ない。そう思って彼はごくりと唾を飲み込んだ。
「聞きたいことがいくつかあるの。答えてくれるかしら?」
「お、俺で答えられることなら」
「それで構わないわ。まず一つ目、あなたはさっきまでのことを覚えているかしら?」
「さ、さっきまでのこと?」
「その様子だと覚えて無さそうね。あなたは石の巨人になって襲ってきたモグラの化け物を倒したのよ」
「ま、まさか!」
女性の言うことを即座に否定した貴明だったが、女性が相変わらず真剣な目をして自分を見つめていることからどうやら彼女が嘘をついているわけではないようだ。だが、到底信じられるような話でもない。
「冗談……ですよね?」
ちょっと引きつったような笑みを浮かべながら尋ねる貴明だが、白衣の女性は無言のまま彼をじっと見つめているだけだった。
「映像があるわ。見せてあげましょうか?」
少しの沈黙の後、女性がそう言ったが、今度は貴明の方が無言で首を左右に振る。
「やめておきます。それよりも……一体どう言うことなのかを教えて欲しい……」
「わかった。ついてきなさい」
女性は貴明の胸に押しつけていた拳銃を降ろして、そして彼に背を向けて歩き出した。少し歩いてから、すぐに立ち止まり振り返る。
「ついてこないの? 知りたいんでしょ?」
「あ、ああ」
言われて、慌ててベッドから降りる貴明。
コンクリートの部屋から出ると薄暗い廊下が続いている。その先にあるエレベータに乗り、二人が向かったのは三階にあるモニタールームだった。
女性が中に入ると彼女と同じような白衣を着た男達が彼女を振り返る。そんな彼らに向かって女性はただ頷いてみせるだけだった。続いて貴明が中に入ると、男達の顔に一斉に緊張が走った。ほぼ同時に彼ら以外にいた野戦服を着た男達が一斉に貴明に向かって持っていた銃を向けるが、女性がさっと手を挙げてそれを押しとどめる。
「大丈夫よ、彼は」
女性がそう言うが、男達の顔から不審の色は消えない。
「彼に例のビデオを見せてあげたいんだけど……誰か手伝ってもらえるかしら?」
その発言に男達は互いの顔を見合わせた。少なくても彼らは貴明が一体どう言った存在なのであるかを知っているらしい。その所為か、出来るならば貴明の側には居たく無さそうだ。
「ならば私が手伝おう。もっとも役に立てるかどうかはわからんがね」
そう言いながら一人の男がモニタールームに入ってきた。その男の顔を見て、貴明が「あっ」と声をあげる。
「……おじさん」
「元気そうで何よりだよ、貴明君。君には色々と謝らないといけないことがあるんだが……」
「柚原一佐。申し訳ありませんが、彼との個人的なお話があるのならば後にしてもらえますか?」
驚いている貴明に少し申し訳なさそうな顔をして声をかける柚原。だが、そこにまるで横槍を挟むような形で白衣の女性が声をかけてきた。その表情は少し険しい。つい先ほどまで彼がこの基地にいなかったと言うことを非難しているかのようだ。もっともそんなことを貴明が知るよしもないが。
「ああ、わかっている。さて、どのビデオを見せればいいのかな?」
柚原がそう言うと白衣を着た男の一人が彼に一本のビデオテープを手渡した。
「この場にいたくないものは退出しても構わないわ。何かあったらすぐに声をかけるから」
白衣の女性がそう言って男達を見回すと、それぞれ多少の躊躇いがあったものの、皆彼女と柚原に一礼してモニタールームから出て行ってしまった。残されたのは白衣の女性、柚原、そして貴明の三人だけ。
「やれやれ、本当に出て行ってしまうとはね」
「それだけ彼のことが脅威なのですわ、みんな」
テープを手渡しながら言う柚原にそう答え、女性はテープをビデオデッキにセットする。続けて再生ボタンを押すと、いくつかあるモニターの一つにノイズが走り、そして何かの映像が映し出された。
それは貴明が数日間閉じこめられていたのと同じような部屋の映像だった。窓も何もない部屋の中、ベッドだけがおかれてあり、その上に一人の男が座っているのが見える。長い前髪の所為で男の顔はよくわからない。しばらく見ていると、男が不意にカメラの方を見てニヤリと笑った。次の瞬間、男の姿がベッドの上から消える。
「なっ!?」
思わず貴明の口から驚きの声が漏れる。
モニターに男の顔が大きく映し出されたのだ。相変わらず前髪で目は隠れているが、口元を歪ませて笑っている。その口が動いた。どうやらマイクなどはついていないらしく音声は聞き取ることが出来なかったが、貴明には何故か男が何を言っているのかがはっきりとわかった。
『イ・マ・ニ・ミ・テ・イ・ロ・ミ・ン・ナ・コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル』
ぞくっと貴明の背筋に冷たいものが走る。モニター越しに感じられる男の暗い怨念のようなもの。過去の映像だと言うのに、それが恐ろしいまでに彼に叩きつけられてくる。敏感に感じ取れてしまう。
「こ、こいつ……」
思わず逃げ出したくなるが、それをぐっと堪える。想像を絶する程の闇を宿した強力な怨念。その正体が何となくだが貴明にはわかるような気がした。だが、はっきりとはしない。はっきりとはしないながらも、その怨念が一番強く誰に向けられているのかがわかってしまう。だからこそ逃げ出したくなったのだが。
モニターが切り替わった。今度映し出されたのは薄暗く広い部屋。迷彩服のようなものを着た男達が例の男を取り囲んでいる。その迷彩服達の中に白衣を着た男女が一組だけ居た。薄暗くてその顔までは判別出来なかったが、白衣の片方は今この場で一緒にモニターを見ている女性だと言うことはわかる。チラリと彼女の方を伺ってみると、何かを堪えるような顔をして彼女はモニターを凝視していた。
モニターの映像の中では例の男がニヤニヤと笑いながら机の上におかれているナイフを手に取り、自らの腕をそのナイフで切り裂いていた。だが自らが付けた傷があっと言う間に回復していく。まるで逆回し再生の映像を見ているかのように。
「何度見ても信じられん映像だな」
同じようにモニターを見つめている柚原が呟く。
「ですがあれは現実です。この目で見ましたから」
柚原の呟きに女性がそう答えた。
二人の会話を何処か別の世界でのことのように貴明は聞いている。目はモニターに釘付けだ。何故だかわからないが、モニターに映っている男の一挙一動から目が離せない。
映像は続く。
男が立ち上がろうとするのを周りにいた迷彩服の男達が取り押さえようとしているところだ。だが、明らかに自分よりも屈強な迷彩服の男達の手を振り払い、男は――彼はどちらかと言うと線の細いやせ形だった――立ち上がると一番近くに立っていた迷彩服の男の首を掴んで上へと持ち上げ、そしてそのまま首を握りつぶしてしまう。それはまるで水を含んだスポンジを握りつぶすかのようで、首を握りつぶされた迷彩服の男の身体がぴくぴくと痙攣し、そして動かなくなってしまう。
あまりにも突然すぎる惨劇にモニターの中の女性が悲鳴を上げる。いや、音声は入っていないからそう見えるだけだったのだが。そんな彼女の方へと男が振り返った。先ほど自らが首を握りつぶした迷彩服の男の返り血に染まった顔に壮絶な笑みを浮かべながら。
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走るのを感じ、思わず一歩後ろに下がってしまう貴明。だがそれでも目はモニターから離せない。
思いも寄らない男の行動に一瞬呆然としていた迷彩服の男達だったが、すぐに気を取り直したのか一斉に銃を男に向ける。しかし、その時にはもう男の姿はそこにはなく、次の瞬間迷彩服の一人の背中から胸へと腕が突き出していた。銃を向けられる前の、皆が呆然としていた一瞬。その間に男は後ろに回り込んだのだ。そして通常の人間には有り得ない速さで手を突き出し、迷彩服の男の胸を貫いた。迷彩服の男の胸を自らの腕で貫きながら男はまた笑みを浮かべる。
その笑みに貴明は見覚えがあった。あの赤い光を見た山の中で自分を襲ったあの恐竜人間が浮かべていたのと全く同じ笑み。忘れようにも忘れられない笑み。思わずギリッと歯を噛み締めてしまう。
男は次々と迷彩服の男達を恐るべき力で惨殺していった。訓練されているはずの迷彩服の男達がまるで為す術もなく次々と惨殺されていくのを白衣を着た男女はただ見ていることしか出来ない。迷彩服の男達を全て惨殺し終わった男は白衣の男の方を見て、またニヤリと笑った。次の瞬間、白衣の男の首が宙に飛ぶ。男が目にも止まらぬ速さで手を横に一閃させただけで、白衣の男の首が胴体と離れたのだ。噴き出す血に白衣の男の隣に立っていた女性の着ている白衣が赤く染まる。男は呆然と立ち竦んでいる女性を少しの間見ていたが、やがてそのまま歩き出しモニターに映る範囲から消えていった。そしてすぐにモニターがブラックアウトし、一瞬後、砂嵐のような画面となる。どうやらテープに収められていた映像はあれで終わりのようだった。
「映像はこれで終わり。どうだったかしら?」
「どうだったって……」
女性がモニターの電源を消しながら貴明にそう尋ねる。だが、貴明は何と答えればいいのかわからなかった。
「……あの後彼は施設にいたほとんどの人を殺害して逃亡したわ。そして未だに行方不明。あそこで生き残ったのは私一人」
ビデオデッキからテープを取り出し、そしてようやく女性は貴明の方を振り返った。
「幸いなことに彼はあそこで取られたデータを壊していかなかったわ。だからこそ、彼の脅威に対する対抗策を講じることが出来、そしてその為に編成されたのが私たち」
そう言いながら女性が拳銃を取り出し、貴明の方に向ける。
「この銃には彼の細胞組織を分子レベルで分解することの出来る特殊な薬品の入った弾丸が装填されているわ。今ならあなたを人のまま殺してあげられる。彼のように人の心を失い化け物になるよりはマシだと思うけど、どう?」
「俺が……あいつのようになる……?」
突きつけられている銃口を見つめながら貴明がそう口にし、女性は無言のまましっかり頷いた。
「まだそうなると決まったわけではないだろう。彼は彼、貴明君は貴明君だ。二人の中にいるものが同一であるという確証はない」
横から口を挟んできたのは柚原だ。いつになく険しい顔をして女性の顔を見つめている。まるで睨み付けるかのように。
「確かに柚原一佐の仰る通り彼の中にいるものが例の男のものと同一のものという確証はありません。ですが、かなり近いものであることに違いはない。外で撤去作業を行っているあのモグラの怪物と同様に」
柚原の視線を受けても一向に怯まず、女性は貴明に銃を突きつけたまま彼に答えた。どうやら貴明に向けた銃を降ろす気はないようだ。
「あのモグラの怪物は宇宙から来たと思われる何かとモグラが一体化し、突然変異したものと推測されています。その後に現れた石の巨人、君は覚えていないって言っていたけど、今でもそうかしら?」
「……」
女性にそう言われても貴明はまだ自分が巨人になったなどと言うことを信じられはしなかった。
そんな貴明の様子を見て、女性は小さくため息をつく。
「その様子だとまだ思い出せていないみたいね。でも本当のことなのよ。私以外にも多くの人が目撃しているわ」
「でも、俺は……」
「いいわ。話を続けましょう。彼が巨人になり得た理由、それもおそらくは彼の中にいる宇宙から来た何かの力。それのお陰で彼は巨人となり、モグラの怪物を倒すことが出来た。今回はあのモグラの怪物と彼の中にいる何かが敵対関係にあったから先にあのモグラの怪物を倒したけれど、もしもそうでなかったら。いえ、この次に彼があの巨人になった時、今度はあの力が我々に向けられないとは限らない」
「しかし、それも可能性の問題だ。今ここで貴明君を殺す理由にはならない」
「もしもですが、彼が例の男と同じく我々に敵対した場合、我々の力では倒すことはかなり困難だと予想されます。今現在この地球上にあるあらゆる兵器を用いてもダメージを与えることは難しいでしょう。核であろうともです」
「だから変身する前に殺すということか?」
「それが一番いい方法です。この先例の男、岸田が我々の前に現れたらそのようにするつもりですし」
「しかし、貴明君の力は例の岸田とか言う男に対する有効的なものになるという考え方もある」
「彼が自分の中にいる何かの力を制御出来れば、彼が自分の意志でその力を使いこなせるならばそれもそうでしょう。ですがそうでなければ我々は新たな脅威をこのまま見過ごすことになります」
「まだ脅威になると決まったわけではない!」
「脅威になってからでは遅いのです」
柚原の言葉にも女性は一歩も引かない。彼女には彼女なりの考え方があり、確たる正義があるのだろう。それにあの施設でたった一人生き残った彼女にしかわからない何かがあるのかも知れない。
「……わかったよ」
不意に貴明が口を開いた。
「俺のことは好きにしてくれていい。殺すんなら殺してくれ。どうせ一度は死んだんだ。今更……」
「貴明君!!」
何処か投げやりにも感じられる貴明の発言に柚原が怒鳴り声を上げる。
「何を言っているんだ、君は!」
「おじさん、おじさんの気持ちは嬉しいけどいいんだ。事実俺は一回死んでる。でもこうして生きているのはこの人の言った通り俺の中に何か別のものがいるからだろうし、そいつが悪いことをするかも知れないなら、おじさんや他の人に迷惑をかけるんなら、そんなのは俺は嫌だし」
そこまで言って貴明は言葉を切る。頭の中に次々と親しい人たちの顔が思い浮かんでくる。自分の両親や学校での仲間、雄二や環、春夏やこのみの顔などが。だが、それを振り払うかのように首を左右に振り、それから顔を上げて柚原と女性の顔を見る。
「いいんだ、もう……このまま生きていても普通の生活には戻れないんだろうし、それなら、そんなくらいならここで死んだ方がマシだと思う」
「どうやら覚悟は出来ているようね」
女性がそう言って貴明の胸に銃口を押し当てた。
「出来れば苦しまずに、一思いに死なせてあげたいけどこの薬品もまだ試作段階のものなの。半分はあなたの身体で実験するような感じになってしまうけど、悪く思わないでね」
女性の言葉を貴明はぼんやりと聞いている。
「でもあなたの身体で取れたデータは役に立つわ。少なくても後一人に対してね。あなたは無駄死にじゃない。あなたの死は人類の……」
そこまで女性が言った時だった。
一人の兵士が息を切らせながらこの部屋に駆け込んできた。そして柚原を見てすかさず敬礼する。
「どうした?」
入ってきた兵士に敬礼を返しながら柚原が問うと、彼は大きく息を吸い込んでから、改めて口を開いた。
「はい、例の山にまた怪物が出現しました! 現在あの地域に展開していた部隊が足止めしていますが……」
「あそこに展開している部隊では足止めもままならんだろう。周辺の住民の避難を優先させるんだ。その怪物の足止めにはこの基地から部隊を向かわせる」
「は、はい! それと……現地の部隊からの映像が届いております」
兵士が上着のポケットの中に入っていたメモリーカードを取り出し、近くにあったパソコンにセットする。メモリーカードに納められていたデータを呼び出し、モニターに展開させる。
そこに映し出されたのは巨大な木の映像だった。だが、ただの木ではない。異常な程に太い幹には不気味な顔のような紋様が浮かび上がり、枝がまるで触手のようにうねうねと蠢いている。更に根元も根っこの部分が枝と同じく触手のように蠢いており、それが足の代わりにでもなっているのか極々微速ながら前方へと移動していた。
「これは……例の男の変身した姿なのかね?」
モニターに映る木の怪物を見ながら柚原が女性に問うと女性は首を左右に振って答えた。
「また……違うと言うのか!? 一体何体この地球にいると言うのだ、その宇宙から来た何かと言うのは!!」
「い、いえ、はっきりとしたことは調べないとわかりません。ですが、これはあの男――岸田とは違う……それだけははっきり言えると思います」
柚原と同じく木の怪物を見ている彼女の声からも驚愕の色は感じ取れた。
そんな二人の会話を聞くともなしに聞きながら貴明もモニターの映像を見ていたが、不意に胸の奥で何かが強く鼓動を刻んだ。
――来たか。
頭の中に響き渡る自分以外の声。これで三度目だ。だからだろうか、驚きはしない。それどころか、心の中にあの場へ行かなければならないと言う強い使命感のようなものが湧き上がってくる。
「……行かなきゃ」
そう呟いて部屋から出ていこうとする貴明だったが、彼の行動に気付いた女性がいつの間にか降ろしていた銃を再び彼に向けてその行動を止める。
「待ちなさい。一体何処に行く気?」
「あの場所。行かなきゃいけないんだ」
貴明はそう言うと、モニターを指差した。
「何で君が?」
「わからない。でも行かなきゃならない。そう言う気がするんだ」
自分でも曖昧だと思いながらもそう答え、女性に背を向ける貴明。撃つのなら撃てと言わんばかりの態度だ。
そんな貴明の態度にムッとなった女性が引き金にかけた指に力を込めようとしたその時だ、じっとモニターを睨み付けるようにして見ていた柚原があっと声をあげた。
「何でこんなところに!?」
柚原の信じられないと言った感じの声に女性と貴明が同時に振り返る。そして、貴明も柚原と同じような声をあげてしまう。モニター上に見覚えのある少女の姿が映っていたからだ。
「何でこのみが……?」
モニター上、兵士と共に映っていたのは柚原の娘のこのみの姿だった。映し出されたのは偶然だったのだろう、ほんの一瞬程度だったがそれでもはっきりと彼女だとわかる。
「何でこんなところにこのみが!?」
「君のことが心配だったからじゃないかしら?」
「え?」
女性がいきなりそう言ったので貴明は驚いたように彼女の方を振り返った。
「君が失踪したのがあの山の中と言うことは知っている人は知っていること。それに彼女は柚原一佐の娘さんだし、あそこにいる兵隊さん達の中に知り合いがいても不思議じゃない」
「あのバカは……」
苦々しげに呟く柚原。彼は防衛隊の中でも結構親バカで知られており、彼の部下達もこのみのことを知っている者は多い。逆に言えばこのみも柚原の部下を知っていると言うことでもあり、だからこそ彼女はこの山で失踪した貴明のことを彼らが知っているのではないかと思って尋ねに来たのだろう。
実際のところこのみ以上の行動を起こした連中もいるのだが、そのことはまだ貴明は知らないし知らされてもいない。そのことを彼に伝えるつもりでいた柚原だったが、どうやらそれどころではなくなってしまったらしい。
「私も行くぞ! 攻撃部隊の出撃を急がせろ!」
兵士にそう命令すると彼は貴明の方を振り返った。今まで見せたことのない程真剣な表情を浮かべて貴明の顔をじっと見る。
「一緒に来て欲しい。君の中にいる何かの力が必要となるかもしれん」
「……わかってます」
貴明は柚原の目をしっかりと見返して頷いてみせた。
「折原君、君も来てくれるな?」
「当然です」
柚原の問いに当たり前だとばかりに頷く女性。貴明に向けていた銃を降ろし、それから彼の方を向く。
「とりあえず君のことは一時保留ね」
「ええ」
「それじゃ、行きましょう。今度はこの目でしっかりと見せて貰うわ」
そう言って女性が歩き出す。
その後に貴明も続こうとして、不意にその視界が歪んだ。思わずよろめいてしまい、近くにあった机の上に手をついて身体を支えてしまう。
「貴明君!?」
机の上に手をついた貴明を見て慌ててその側に寄り、彼の肩に手をかける柚原。
「どうしたんだ?」
「あ、だ、大丈夫です……ちょっと目眩がしただけ」
そう言って貴明は柚原の手を振り払った。そして彼の方に向かって笑いかける。
「心配しなくても大丈夫ですよ、おじさん。多分、疲れてるだけだと思うから」
「……ならいいんだが」
貴明の顔色があまりよくないことを知りつつ、あえてそれを柚原は本人には伝えなかった。何となく不安な気持ちになりながらも、柚原は貴明の背を叩いて歩き出した。
「行こう」
「はい」
半壊した防衛軍の基地からありったけの戦闘ヘリが飛び立っていく。
基地と木の怪物が出現した山との距離が結構ある為、戦車などでは間に合わない。戦闘機を使用しないのは石の巨人とモグラ怪獣との戦いの時に滑走路の一部が破壊されてしまい、飛び立つことが出来なくなっていた為だ。それでも優先的に滑走路の補修を行うように指示してあるので、間に合えばすぐに援軍としてやってくるだろう。
「これだけの戦力で何処までやれるかだな」
編隊を組んで飛ぶ戦闘ヘリを見回しながら柚原が呟く。
「一佐、見えました!」
ヘリのパイロットがそう言って前方を指差した。そこには巨大な木が一本突き立っている。いや、それは木ではない。木の姿をした怪物だ。
「射程範囲内に入り次第攻撃開始! ただし周辺住民の避難はまだ完了していない! 十分に注意しろ!」
柚原がマイクに向かってそう命令する。ちなみに彼が乗っているのは戦闘用のヘリではなく輸送用の大型ヘリである。これを臨時の戦闘司令部代わりにするつもりらしい。更にこのヘリの中には貴明と例の女性も乗っている。
「背中に水晶を生やしたモグラの怪物の次は生きている木……果たしてあの男は何になっているのかしらね」
じっと巨大な木の怪物を見つめながら女性が呟くのを、その隣で同じように怪物を見つめていた貴明は無言で聞いていた。
「そう言えば君は石の巨人……ここでもやっぱり同じ姿になるのかしら? ねぇ? 聞いてる?」
「……」
女性が貴明に声をかけてみても彼はじっと木の怪物の方を見ているだけで答えようとはしない。
「ちょっと! 君!?」
完全に自分を無視している貴明に思わず語気荒くなってしまう女性。だが、それでようやく彼は自分が呼ばれていると言うことに気がついたらしい。少しキョトンとしたような表情で彼は女性の方を見た。
「俺のこと、呼んでました?」
「呼んでましたって、君ねぇ……まぁ、自分のお仲間を真剣に見つめていたのはわかるけど」
「……仲間なんかじゃありませんよ、あれは……言うなら……敵――そう、敵ですね」
少し考えてから言う貴明を見て女性が不敵な笑みを浮かべる。
「敵、ね。なら君は正義の味方なのかしら?」
「そんなこと俺が知るかよ」
女性の笑みに気分を害したのか、ぶっきらぼうに貴明が答えた。だが、その視線はすぐに再び木の怪物に向けられる。
モグラ怪獣の時と違ってあの怪物がまだ自分をその視界に捕らえていない所為かもしれないが、あの木の怪物からは叩きつけるようなそんな激しい憎しみの感情を感じ取ることが出来ない。モグラ怪獣や一度自分を殺したあの恐竜人間からは思わず身がすくんでしまう程の恐怖とこちらに対する憎しみを感じたものだったが、あの木の怪物からはそれをどうしても感じ取ることは出来なかった。むしろ別の感情、追いつめられ戸惑い焦っている、そんな感情をあの木の怪物からは読みとれてしまう。
(……どう言うことだ……?)
その疑問は口にはしない。口にしたところで意味がない。彼以外の誰にもあの木の怪物の感情などわかるはずがないのだから。
「攻撃、開始します!」
ヘリのパイロットが柚原にそう報告するのが聞こえてきた。それに柚原が頷いて答える。
編隊を組んで飛んでいる戦闘ヘリから次々とミサイルが発射された。狙い違わずその全てが木の怪物へと向かっていき、次々と着弾して爆発する。
「よしっ!」
次々とミサイルの直撃を受け、爆発に包まれていく木の怪物を見て柚原が拳をギュッと握りしめる。相手は木の怪物。ミサイルの攻撃を受けて木の怪物があっさりと炎上してしまうとでも思ったのだろう。だが、そんな彼の期待はすぐに裏切られる。
「な、何ぃっ!?」
爆発の中から無傷の木の怪物が姿を現したのだ。いや、その幹の表面が少し焦げている程度、その程度のダメージしかミサイルは与えられなかったらしい。
「あれだけのミサイルを受けて……」
「どうやら表面も見た目通りって訳じゃないみたいね」
柚原と同じく木の怪物の様子をうかがっていた女性が少し感心した風にそう呟く。どうやら彼女の研究者としての好奇心が疼いたらしい。
そんな中、貴明だけは不安そうな顔をして木の怪物を見つめていた。先ほどあの木の怪物から感じた感情は恐れ、戸惑い、焦り。だが、今は別の感情をあの木の怪物から感じ取れてしまう。その感情の名は”怒り”。
いきなりあの場に放り出され、何が何だかわからないまま包囲され、そして一方的に攻撃される。あの木の怪物からしたらそんなところだろう。自分がこれをやられたら確かに怒りたくなる。それがわかった貴明は次のあの木の怪物がどう言った行動を取るかの予想が出来てしまった。
「おじさん! ダメだ! すぐにこの場から離れるように言って!!」
貴明が必死にそう叫ぶが、もう既に遅かった。
木の怪物の根元当たりの地面が盛り上がり、そこから何かが飛び出してきたのだ。それは木の怪物の根。地面の上に出て蠢いて見えていたのはほんの一部だったのだろう、地面の下から飛び出した根っこはまるで触手のようにうねりながら次々と戦闘ヘリへと襲いかかっていく。いや、それだけではない。枝の部分も触手のように次々と伸びてきて戦闘ヘリの一団を絡め取ろうとして来るではないか。
「さ、散開して退避!」
彼らの乗る輸送ヘリにも襲いかかってくる触手枝。それを見ながら柚原が必死に指示を飛ばす。だがもう遅い。戦闘ヘリの数機が地上から伸びてきた触手根に叩きつけられて墜落、更に数機が触手枝に絡み付かれて行動不能となってしまう。
「やはりただの怪物じゃないって事ね」
またしても感心した風に頷く女性。
そんな彼女を睨み付けて黙らせると柚原は残る戦闘ヘリ部隊を下がらせ遠距離から再度ミサイル攻撃をするように命じた。先ほどの攻撃でミサイルなどではあの木の怪物を倒せないことはわかったはずなのに、である。それでも何もしないわけにはいかない。あの木の怪物が何処に向かおうとしているのかは不明だが、その進行方向の先には住宅地が広がっているのだ。三十メートルから四十メートルはあろう、そんな巨大な木の怪物が住宅地に突っ込んでいったら莫大な被害が出る。しかもまだ近辺住民の避難は終わっていないのだ。
「何としても奴を足止めしろ! これ以上進ませるな!」
柚原がマイクに向かって叫ぶ。
戦闘ヘリが次々とミサイルを発射していくが、相変わらずダメージは与えられない。それどころか先ほどの攻撃で学習したのか、木の怪物は触手枝と触手根を使ってミサイルを叩き落としてさえいる。更に地下に埋もれていた根が地上に現れた所為か、その進行速度が格段に上がっていた。このままではものの数分で住宅地へと木の怪物は突入するだろう。
「何とか出来んのか、何とか……!」
悔しそうに歯をきつく噛み締めながら吐き捨てるように呟く柚原。
「こんな事なら例のサンプルを全て使うべきではなかったわね。あれなら少しぐらいのダメージを与えることが出来たでしょうけど」
女性が言ったサンプルとは例のモグラ怪獣に対して使われたカプセル弾のことだろう。彼女が持っている拳銃に込められているのと同様の薬品がカプセル弾には込められており、モグラ怪獣に対してダメージを与えることに一応成功している。だが、それも彼女の持ってきたサンプル全てを使い果たした結果の上で、しかもその後モグラ怪獣は何ともなかったように暴れていたのだからどれだけの効果があったのかは疑わしいのだが。
「ちょっと君、何とか出来ないの?」
女性がそう言って貴明の方を見た。
「な、何とかって?」
女性から向けられた冷たい視線に少し怯みながら貴明が答える。
「あの時と同じように変身出来ないのかって聞いているのよ。あなたがあの巨人になれればあの怪物を倒せるはず。通常兵器で倒せない以上、後の期待はあなただけってことになる」
「そ、そんなこと言われても」
「……その様子だと出来ないみたいね。少なくてもあなたの意思ではってことだけど。全く、役に立たないわね」
少し蔑んだような女性の口調にカチンと来る貴明だったが言い返すことはしなかった。確かに彼女の言う通りだったからだ。
貴明自身は記憶していないが、あのモグラ怪獣を倒した時と同じように巨人になることが出来ればあの怪物を倒すことは不可能ではないはずだ。だが、どうやって巨人になったのか、巨人になってどう戦ったのかなどその辺りの記憶は全て欠如している。
(くそっ、あの時俺はどうしたんだ? 何を考えた? 思い出せ!)
きつく目を閉じ、あの時のことを思い出そうとする。
モグラの怪獣に見下ろされ、殺意の籠もった目で睨み付けられた時考えたこと、思ったこと。
自分はここで死ぬんだと思った。
それならそれでも構わないと思った。
でも同時にまだ死にたくないとも思った。
もう一度みんなに会いたいと思った。
そう、特に環やこのみと会いたいと思った。
「きゃあああっ!!」
目を閉じ、考え事に没頭していた貴明の耳にそんな悲鳴が飛び込んできた。はっと地上を見下ろすと――見えるはずがないのだが――地上で倒れているこのみの姿が見えた。多くの兵士達と共に逃げている時に足を何かに引っかけてしまったのか。その後ろ数十メートルのところには木の怪物の足である根っこが迫っている。このままだとあの根っこに巻き込まれてしまうだろう。まるでブルドーザーのような根っこに巻き込まれてしまえばこのみの身体など一溜まりもなく潰されてしまうに違いない。
(そんなことはさせない!)
そう思った瞬間、胸の奥で何かが激しく鼓動を刻み、貴明は輸送ヘリのスライドドアに手をかけていた。それはロックされていたのだが、それに構わず無理矢理こじ開けてしまう。
「ちょ、ちょっと君! 何してるのよ!!」
いきなりドアをこじ開けた貴明を見て女性がそう言うが、それを無視して貴明はじっと地面を見下ろした。かなりの高度があり、そこから飛び降りたら即死はほぼ免れないだろう。だが、それでも彼は恐れもしなければ躊躇いもしなかった。
外から輸送ヘリの内側へと吹き込んでくる風をものともせず、貴明は空中へと身を躍らせる。
「ちょ、ちょっと!!」
「貴明君!!」
女性と柚原の声が後ろ――上から聞こえてくるが貴明は振り返りもしない。真っ直ぐに地上を見つめて落下していく。その彼の胸に赤い光が浮かび上がる。
(あの女の人の言った通りなら出来るはずだ……)
考えることはただ一つ。このみを助けると言うことだけ。あの女性の言った通り自分の中に自分とは別の何かがいて、それが自分を巨人へと変えたのならその力を引き出す。それが出来ればこのみを助けることが出来るはずだ。
「うあああああああっ!!」
無我夢中で叫ぶ貴明。どんどん地面との距離は詰まってくる。そして、その胸では赤い光が更に輝きを増していた。その輝きが落下する貴明の全身を包み込み、彼自身が赤い光となった瞬間、その赤い光に向かって地面から土や砂、石などがまるで吸い込まれるかのように舞い上がっていった。
「あ、あれは……」
輸送ヘリの中からその光景を見下ろしていた柚原が思わず息を呑む。そのすぐ側では女性が必死にその様子をどこからか持ち出してきたビデオカメラで撮影していた。
赤い光によって舞い上げられた土や砂、石などがその赤い光を中心にして人の形を成していく。その姿は前回基地に現れた石の巨人とそう変わらない。その全身を構成している物質が違う所為か、前程鈍重なイメージはないが前程堅そうには見えない。あえて言うならば土の巨人と言うところか。
その土の巨人は地上に降り立つと同時にかがみ込み、手で地面を掬い上げると突っ込んでくる木の怪物をかわすように横にジャンプした。木の怪物がほんの少し前まで土の巨人のいた場所を通過していくのを見てからゆっくりとその手を地面に下ろす。
その手の中にはこのみと彼女を助けようとしていた兵士の姿があった。二人は呆然とした様子で巨人を見上げている。それもそうだろう、あんな巨大な木の怪物の次はその木の怪物と同じくらいの大きさの土の巨人が現れたのだ。通常の思考能力なら追いつけなくなっていても不思議ではない。
土の巨人も少しの間こちらを見上げている二人を見下ろしていたが、そこに背後から触手のような枝が伸びてきて巨人の首を締め上げた。
『コノ俺ヲ殺シニ来タカ、追跡者!』
巨人の後ろにいた木の怪物がそんな思念を飛ばしてくる。
『ダガソウ簡単ニ殺サレテハヤレン! オ前ヲ殺シテヤル!』
それは人間に例えて言うなれば逆ギレと言う感情なのだろうか。しかし、首を締め上げられている巨人には答える余裕はない。何とか首に巻き付いた触手枝を引き剥がそうと藻掻くだけだ。
首を締め上げられ、苦しみ藻掻く巨人の身体をぐいと引き寄せる木の怪物。巨人が背中から倒れるのを見て、ゆっくりと前進を開始する。そのまま自分の巨体で押し潰そうと言うのか。
しかし、倒れた拍子に首を締め付けていた触手枝が弛んだのか巨人は何とか絡み付いた触手枝を首から引き剥がすとすぐさま起き上がり、自ら木の怪物の体当たりしていった。巨人の後ろにはまだこのみ達がいる。あの二人は絶対に守らなければならない。その為にもここは自ら前に出るしかないのだ。だが、木の怪物は巨人よりも遙かに重いらしく巨人の体当たりを受けても微動だにしなかった。それどころか巨人の方が逆に跳ね飛ばされてしまう。
背中から地響きを立てながら倒れる巨人。その頭のすぐ側には未だその場から逃げていないこのみと兵士が居る。二人の姿を見た巨人は慌てて身を起こした。これでは下手に動けない。早くこの場から逃げて欲しい。そう思って二人を見下ろす巨人だが、二人はその視線を見返すだけだ。
そこに木の怪物の触手枝がまるで鞭のように唸りを上げて襲いかかってきた。いち早くそれに気付いた巨人だが、この一撃をかわすとこのみ達が危ないと悟り、その場から動かない。さっと右手を挙げて触手枝を受け止める。
木の怪物の攻撃はそれだけにとどまらなかった。次々と伸びてきた触手枝が巨人を打ち据えようと襲いかかってきたのだ。
それに対して巨人は両腕を広げて木の怪物に背中を向けた。背中で触手枝の鞭攻撃を受け止めるつもりのようだ。
「何で反撃しない!」
輸送ヘリの中で巨人と木の怪物を見ていた柚原が苛立たしげに呟く。巨人は防戦一方でまるで木の怪物に対して反撃しようとしない。一方的に木の怪物が巨人を攻撃し続けているのだ。
「……何かを守っているみたいな感じですね」
「何かを?」
ヘリのパイロットがそう言ったので柚原は双眼鏡を手にした。そして巨人の足元を見てみるとそこには愛娘と部下の兵士がいるではないか。
「……あの巨人は……貴明君はこのみ達を守る為にわざと……」
この時柚原は確信した。貴明は巨人になっても、その身の内に彼以外の何かを宿していてもやはり貴明なのだと言うことを。
木の怪物の触手攻撃によるダメージは決して小さくはないだろう。だがそれでも、貴明はこのみ達を守ることを選択した。自らが傷ついても、このみ達を守ると言うことを。
「柚原一佐。ご指示をお願いします」
パイロットに声をかけられて、柚原は我に返った。巨人の、貴明の犠牲的精神に感動している場合ではない。幸いにもあの木の怪物は巨人を攻撃することに夢中になっており、動きを止めている。
「残存しているヘリで怪物を攻撃しろ。ただしあの枝の届く範囲外からな」
「それでは牽制にしかなりませんが?」
「構わん。その間に降下して馬鹿娘を捕まえる」
「フッ、了解しました!」
一瞬パイロットが笑ったように思えたが、それでも構わない。あの場にいるこのみ達が巨人にとって足枷になるならそれを取り除いてやるのだ。通常兵器の通じない怪物に対して自分たちが出来ることはそれぐらいのこと。
「攻撃開始!!」
柚原の指示を受けて戦闘ヘリが次々とミサイルを発射していった。だが、その大半が地面から飛び出した触手根によって阻まれてしまう。それでもいくつかのミサイルが木の怪物の身体に直撃する。しかし、今までの攻撃と変わらずダメージらしいダメージは与えられない。それでも牽制という意味では充分に役に立っていた。
戦闘ヘリから次々と発射されるミサイルを撃ち落とすのに木の怪物は必死になっており、巨人に対する攻撃はいつの間にか止んでいる。それを見た輸送ヘリのパイロットがヘリを降下させた。
このみは自分たちをかばうように両手を広げている土の身体を持つ巨人の顔をじっと見上げていた。まるで仮面のようなその顔には何の表情も浮かんでいないが、先ほどからずっと木の怪物の触手枝による攻撃をその背中で受け続けている。何となくだが、このみにはその顔が苦痛に歪んでいるようにも思えた。
「何で……助けてくれるの……?」
震える声で巨人に向かって呼びかけてみるが巨人からは答えは返ってこない。だが、どうしてもその答えを知りたかった。
貴明が行方不明となった山に突然現れた巨大な木の怪物。この山に貴明の消息を求めてやってきたこのみはそこで動き出した怪物を見て、貴明がこの怪物に襲われて怪我でもしているのではないかと思い、兵士の制止を振り切って山の中へと入っていった。だが、追いかけてきた兵士に捕まってすぐに避難することになってしまう。そうこうしているうちに戦闘ヘリによる攻撃が始まり、怪物の動きが急に早くなり、慌てて走り出そうとしたら足を何かに引っかけて転んでしまい、迫り来る木の怪物の根に潰されそうになったところをこれまた突然現れた巨人によって助け出されて今に至る。
一体この巨人がどうしてこのみ達を助けてくれて、今もまたこのみ達を守ってくれているのか全く見当もつかない。だからこそ、今も身を挺して自分たちを守ってくれているからこそ、その理由を知りたいのだ。もしかしたら、ほんのわずかな希望なのだがこの巨人は自分たち以外にも貴明を助けてくれているのかも知れないのだから。貴明の行方を知っているのかも知れないのだから。
「どうして……?」
じっと巨人を見上げるこのみ。
そんな彼女たちの近くに輸送ヘリが降りてきた。その中から降りてきた人物を見て、一緒にいた兵士がすかさず敬礼する。
「このみ!」
突然の聞き覚えのある怒鳴り声にこのみがその声のした方を向くとそこには父が立っていた。
「おとう……さん……?」
どうしてここに父がいるのかわからないといった風に首を傾げるこのみ。
そんな娘を見ながら柚原は彼女の方へと歩み寄ってくると何も言わずにその頭を一発拳で殴りつけた。
「いた〜いっ!」
「この馬鹿娘が! ここには来るなと言っておいただろうに!」
「で、でも、タカ君、ここにいるかも知れないって……」
娘を怒鳴りつける柚原にこのみは涙目で彼を見返した。余程貴明のことが心配だったのだろう。普段父の言うことをよく聞くこのみがその父の言いつけを破ってまでこの場へとやってきたのだから。
「貴明君のことが心配なのはわかる。だが、お前までこんなところに来て何かあったらどうするつもりだったんだ? お母さんだって心配している。さぁ行くぞ」
それだけ言うと柚原はこのみの手を取ってヘリの方へと歩き出した。だが、すぐに立ち止まりこちらをじっと見下ろしている巨人の方を見上げる。
(これで存分に戦えるはずだ。君に頼るのは我々としては申し訳ないが……頼む、頼んだぞ、貴明君……)
少しの間無言で巨人の方を見つめていた柚原だが、このみが心配そうな顔をして自分を見つめていることに気付き、すぐさまヘリの方へと目を向けた。
「一佐! 早く!」
ヘリのドアから身を乗り出して叫んでいるのはこのみと一緒にいた兵士である。
「わかっている! このみ、行くぞ」
「う、うん……」
このみは一瞬巨人の方を振り返った。
巨人の顔は相変わらず何の表情も浮かべていない。だが、このみにはその顔に何処か優しげな、安心したような笑みが浮かんでいるように見えた。そして、その笑みが何処かの誰かの浮かべている笑みに被って見える。
「タカ……君……?」
「このみ、早くしなさい!」
「あ、う、うん!」
父に手を引かれてこのみはヘリの方へと向かう。その道すがら何度となく巨人の方を心配げに振り返りながら。
ヘリの側に辿り着いた柚原は何度となく巨人の方を振り返っている娘を先に乗せ、最後にもう一度娘と同じく巨人の方を振り返った。だが、すぐにヘリの方を向き、自身も中に乗り込んだ。
「やってくれ!」
「了解!」
パイロットが威勢のいい返事を返しながら、ヘリを上昇させ始める。と、その時、地面の下を潜ってきたのだろう触手根がヘリの真下の地面から飛び出し、上昇しようとしていたヘリの胴体に絡み付いた。
それを見た巨人が輸送ヘリに向かって手を伸ばそうとするが、それよりも早く木の怪物から伸ばされた触手枝が巨人の身体や手足に巻き付いていく。
木の怪物は巨人の身体に巻き付けた触手枝を大きく振り上げ、そして勢いよく振り下ろした。
地響きを上げながら巨人が勢いよく地面に叩きつけられる。だが、巨人は地面に手をついてすぐさま起き上がろうとした。それが出来なかったのは再び木の怪物が触手枝を持ち上げたからである。巨人の身体が宙に浮き、そしてまた地面に叩きつけられてしまう。
今度はダメージが大きかったのか、なかなか起きあがれない巨人。今のダメージだけではない。先ほどまで背中に受け続けた触手枝による鞭打ち攻撃、あれもかなりのダメージとなっているのだ。そして、倒れている巨人の胸では赤い光が激しく明滅を始めていた。同時に巨人の身体を構成している土などがパラパラと崩壊し始めている。どうやら活動限界が近付いているらしい。
それを見て取ったのか、木の怪物がまたも巨人の身体を持ち上げた。三度巨人を地面に叩きつけ、一気にとどめを刺そうと言うつもりなのだろうか。だが、それはもはや自分の力では立ち上がることすら出来なくなっていた巨人の待ち望んでいた瞬間でもあった。
空中へとその身体を持ち上げられた巨人はすかさず右手を木の怪物の方へと突き出し、そこから赤い光弾を放った。その光弾が巨人の身体を捕らえている触手枝を切り裂き、尚かつ木の怪物の身体となっている幹に直撃する。
防衛軍の戦闘ヘリのミサイル攻撃ではびくともしなかった木の怪物がその一撃によろめいた。
その隙に巨人は次々と赤い光弾を手から放ち、自分の身体を絡め取っている触手枝を次々と切り落としていく。自由の身となった巨人は着地すると同時に後ろへと振り返り、赤い光を宿した手刀で輸送ヘリの胴体に絡み付いている触手根を切り裂いた。そして、危うく落下しそうになっていた輸送ヘリを両手で掴み、ゆっくりと地面へと降ろしていく。
だがそれを黙って見ている木の怪物ではない。触手枝の大半は先ほどの巨人の赤い光弾により斬り落とされてしまったがまだ触手根がある。その触手根が地面から飛び出して巨人に襲いかかったのだ。
「危ないっ!!」
果たしてそう叫んだのは誰だったか。輸送ヘリの中から聞こえてきたその声にはっとなったように後ろをチラリと見、そしてすぐさま横へと転がる巨人。起き上がると同時に後ろへと向き直り、手に宿した赤い光を木の怪物目掛けて放った。
赤い光弾となった光を受け、木の怪物がまたもよろめく。しかし、巨人の胸の赤い光の明滅も激しさを増していた。赤い光弾を巨人が放つたびにその明滅の度合いが激しくなっている。あの赤い光弾自体が巨人のエネルギーそのもので出来ているのだろう。まさに命を削りながら巨人は木の怪物に攻撃をしているのだ。
大きく肩を上下させ、地面に手をつく巨人。かなり消耗してしまっているらしく、その身体を構成している土の剥がれ落ちる量も増えてきている。
と、そこへ木の怪物の触手枝が襲いかかってきた。先ほど巨人によってその大半を斬り落とされたのだが、残った分を集め、寄り合わせて一本の太い触手枝としそれをまるで槍のように一直線に突き出してきたのだ。唸りを上げて空気を切り裂き巨人に迫る触手枝。
その風切り音に気付いた巨人が顔を上げ、迫る槍のような触手枝を認識すると同時にその場から飛び退こうとするが、その足に地面から飛び出した触手根が絡み付きその場に巨人の身体を固定してしまう。
一本の槍のようになっていた触手枝は巨人の身体に直撃する寸前、四つに枝分かれし、そのそれぞれが巨人の左腕、左太股、右肩、右脇腹を貫いていく。それは巨人にとって限りなく致命的な一撃だった。
ゆっくりと、まるで巨人に更なる痛みを与えるかのように殊更ゆっくりと触手枝が巨人の身体から引き抜かれていく。その直後、巨人の身体が地面に倒れ――なかった。ぐっと足を踏ん張り、真正面にいる木の怪物をまるで睨み付けるかのように見据える。だがその身に受けたダメージは半端なものではない。ボロボロとその身体が崩れていく。
それでも巨人は右手を上に掲げた。その手に赤い光が宿っていく。
「あれは……」
巨人の腕に赤い光が宿っていくのを見ながらそう呟いたのは白衣の女性だった。彼女は巨人がモグラ怪獣を倒したところを目撃している。その時と同じ事を巨人が今やろうとしているのがわかったのだ。だが、あの時と違って今の巨人は壮絶なまでのダメージを受けている。おそらくは立っているのもやっとだろう。果たしてそのような状態でモグラ怪獣を倒した時と同じような威力が出せるのか。
そんな白衣の女性の心配をよそに巨人の右腕が赤い光に包まれる。そしてその腕を一気に振り下ろし、腕に宿した赤い光を赤い光刃として木の怪物目掛けて放った。
巨人の腕から放たれた赤い光刃を見て木の怪物が慌てて横にかわそうとするが、自らの重量と地面の下に埋まっている根が邪魔をしてそれは叶わなかった。赤い光刃の直撃を受け、真っ二つになる木の怪物。継いで木の怪物の全身が炎に包まれ、一気に燃え上がった。パチパチと何かが爆ぜるような音をさせつつ木の怪物が燃え落ちていく。
じっとそれを見ていた巨人だが、その身体を構成していた土などがその形状をこれ以上は維持出来ないとばかりに崩れ落ちだした。見る見るうちに巨人の身体は崩れ落ち、巨人の立っていた場所には土塊の山だけが残る。その山の上には弱々しい赤い光が見えていたが、それもすぐに消え去り、その代わりに身体中傷だらけで気を失っている貴明の姿が現れるのであった。
土の巨人と木の怪物との戦いがよく見渡すことの出来た場所があった。それは貴明達が通う学校の屋上。防衛軍による現場の封鎖は山の周辺に限られており、木の怪物の出現後の周辺住民の避難先もこの学校ではなかった為、忍び込むこと事態は容易であった。もっとも今の彼にとってすれば防衛軍の兵士などものの数でもないのだが。
「無様な戦い方だ……」
巨人と木の怪物との戦いを見て、その男はせせら笑う。
何とも無様な戦いぶりだった。かつて自分たちを追いつめ、そしてこの様な辺境の未開の惑星にまで追い込んだ時とはまるで違う。どうやら一体化した人間の所為らしいが、あれなら自分の敵ではない。今度戦えばこちらが勝つ。本当の力を発揮出来ない奴など今の自分の足元にも及ばないだろう。
木の怪物の攻撃に苦戦する巨人を見て、その男はそう考える。
しかし、保険はかけておくべきだろう。元々の力は奴の方が上だ。何かの拍子に本来の力を取り戻されればこっちの身が危うくなる。それだけは避けなければならない。その為にも自分の力の強化は必須。その為の布石は既に打っておいた。
「さてと……それじゃ回収しに行くか。まぁ、精々奴を苦しめて足止めしておいてくれよ」
ニヤリと笑い、男はジャンプした。軽々と屋上のフェンスを飛び越え、地上目掛けて落下していく。ただの人間ならば確実に助からない高さだが、この男は違った。何事もなかったかのようにあっさりと地上へ降り立ち、そして歩き出す。
防衛軍の基地では巨人によって真っ二つにされたモグラ怪獣の死体の撤去作業が行われていた。しかしながらあまりにも巨大な為にその作業は遅々として進まない。
「全く、どうせ倒すんなら跡形もなく吹っ飛ばしてくれたらいいのにな」
念のための白い防護服に身を包んで怪獣の死体撤去作業を行っていた兵士がぼやくように言う。
「おいおい、そりゃ何処の特撮映画だよ」
同じような白い防護服に身を包んだ同僚が揶揄するように言って笑った。
「だいたい吹っ飛ばしちまったら後の破片集めの方が大変じゃないか」
「それもそうだ」
「おい、そこ、喋ってないでさっさとやれよ!」
また別の作業員が喋っていた二人に向かって文句を言ってくる。
互いの顔を見合わせ、肩を竦めてその二人が作業に戻っていく。
そんな作業員達の様子を少し離れたところで一人の男が興味深げに見つめていた。貴明達の通う学校の屋上から巨人と木の怪物との戦いをじっと眺めていた男である。
男は少しの間モグラ怪獣の死体の周りで撤去の為の作業をしている白い防護服の兵士達を眺めていたが、やがてそれに飽きたのか、男はモグラ怪獣の死体の方へと歩み寄っていった。
「おい! ここは立ち入り禁止区域だぞ!」
モグラ怪獣の死体の側へと悠々と歩いてくる男の姿を見とがめた兵士の一人が彼の側へと近寄っていく。そしてこれ以上彼を怪獣の死体の側に近寄らせないようにするが、男はそんな兵士に向かってニヤリと笑ってみせるとすっと手を横に一閃させた。そして何事もなかったかのようにその兵士の前を通り過ぎていく。その後ろで兵士の頭部がごとりと地面の上に落ちていった。
「フフフ……」
ニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべながら男はどんどんモグラ怪獣の側へと近付いていく。
「さぁ、パーティの始まりだ」
モグラ怪獣に近付く彼の姿を見つけた防護服の兵士達が彼を止めようと集まってくるのを見回しながら男がそう呟いた。その顔には本当に楽しそうな笑みを浮かべながら。
「お前らの恐怖と絶望を存分に喰らわせてくれよぉ!!」
そこは一体どう言う空間なのか、物凄い速さで光が流れていくのをぼんやりとした頭で貴明は眺めていた。
(……何なんだ、ここ……?)
ぐるりと周囲を見回してみても一体ここが何処なのかはわからない。わかることは自分がそこに存在していると言うことだけ。何故自分がここにいるのか、どうやってここに来たのかなどはまるでわからない。
(一体どうして……)
彼が最後に記憶しているのは自分が乗っていたヘリから飛び降りた時のこと。あの時はこのみの危機を救う為に夢中だった。あの高さから飛び降りたら死ぬことはほぼ確実、それがわかっていてそれでも自分の行動を止められなかった。まるで何かに突き動かされるかのように。
(……俺は死んだのかな……?)
そうだとしたら何と馬鹿なことをしたのだろうか。一度は拾った命を自らの後先を考えない行動で再び失ってしまう、これほど馬鹿で愚かな行為はないだろう。
(このみは助かったのかな……気がかりって言えばそれぐらいだけど)
自嘲的な笑みを浮かべながらそんなことを考えていると、彼の前方に一際大きい光が迫ってきた。その余りもの眩しさに思わず手で顔を覆ってしまう貴明。
(な、何だ!?)
その光は貴明の前で停止すると徐々に人の形を成していく。同時に直視できないほどの眩しさを持っていた光が少しずつ弱まっていった。それでようやく貴明はその光を、人の形となった光を見ることが出来る。
人の形となった光――いや光の巨人と言うべきか――はじっと貴明を見下ろしていた。貴明の方も光の巨人の顔をじっと見返している。
(……あんたは……)
光の巨人は何も言わずにただじっと貴明の顔を見つめている。その視線から貴明は巨人が自分に対して謝罪の意を持っていることを感じた。
(何で謝るんだ?)
貴明がそう問い返すが光の巨人は何も言わず、ただじっと彼を見下ろすだけ。
(俺を助けてくれたのはあんただろう? そのあんたに俺が礼を言うんならともかく何であんたが俺に謝るんだよ?)
少し苛立たしげに貴明が再び問う。この光の巨人との意思の疎通がなかなか上手く出来ないのが彼の苛立ちを増幅させているのだ。だが、それでも光の巨人は何も答えない。ただただじっと彼を見下ろし、謝罪の意を込めた視線を送ってくるだけ。
(あの怪物達からも俺たちを助けてくれたんだろ? だから何で……)
貴明がそう問うた瞬間、彼の頭の中にモグラ怪獣との戦い、木の怪物との戦いのシーンが浮かび上がった。更に宇宙空間で赤い光と戦う三つの光の映像も流れ込んでくる。そしてその三つの光が地球に落ちていくシーン、それを追いかけて赤い光も地球へと向かうシーンが連続で。
(……巻き込んだ……それをあんたは謝ってるのか? 違う、巻き込まれたのは確かだけど、あんたは俺を助けてくれただろ!!)
そこまで貴明が言った時、急速に光の巨人の姿が遠のいていった。それと同時に貴明の意識も遠のいていく。
(待てよ! まだ話は……)
そしてブラックアウトする貴明の意識。
「……!!」
寝かされていた簡易ベッドの上でがばっと貴明が身を起こした。だがすぐに身体中に走った激痛に顔をしかめ、踞ってしまう。
「まだ寝ていた方がいいわよ。一応傷は塞がっているみたいだけどダメージまでは回復しきってないはずだし」
横からそんな声がかけられる。だが、その声音には特に貴明のことを心配しているようなそんな感じはしない。あくまで冷静に事実のみを伝えている。しかも極めて事務的に。
貴明は顔だけを横に向けて声をかけてきた女性の方を見やった。少し睨み付けるようにして。
「設備が整ってないからあまりちゃんとしたことはわからないけどね」
自分を睨み付けてくる貴明を軽くスルーしつつ、女性は笑みを浮かべてみせる。
その笑みを見ながらもまだ貴明はこの女性を睨み続けていた。とてもではないがこの女性を信じることは出来ない。
「今度は……一体どう言うつもりだ?」
「とりあえず横になったら? 痛いんでしょ?」
そう言って貴明の肩に手をかけて彼をベッドに横たわらせる女性。
貴明としても全身に走る激痛は耐え難いものがあったので素直にそれに従って横になった。それから大きく息を吐く。少し楽になったような気がした。
「さてと、少しお話いいかしら?」
ベッドに横になった貴明を見下ろしながら女性が言う。許可を求めているようでいて、その実拒否することを許さない響きがその声には込められている。
「勝手にしたらいいじゃないか」
女性の声に込められている意思を敏感に感じ取った貴明がぶっきらぼうに答えた。今の彼に出来る精一杯の抵抗がそれだった。
「そうね……それじゃ尋ねるけど、あなた、変身出来るって確信あったわけ?」
「……」
「その沈黙は否定としてとっていいわけね。はっきり言って呆れたわ。よくあんな行動が取れたものね」
そう言った女性は本当に呆れたような顔をしていた。
「あの時は必死だったんだよ。このみを助けなきゃって思って……それで気がついたら飛び出してた」
「ふぅん……あ、そこ、確認しておきたいんだけど。あなた、柚原一佐の娘さんの姿が見えたの? あの高さからじゃ彼女の姿なんて米粒程度にしか見えないと思うんだけど」
「見えた」
はっきりと、確信を持って答える貴明。
あの時、確かに貴明の目には地面に倒れているこのみの姿が見えた。彼女の声も聞こえた。本当ならばそれは有り得ないのだが、それでも彼はこのみの声が聞こえ、そしてその姿を見ることが出来たと確信している。
「……五感が強化されているのかしらね。まぁ、いいわ。その辺のことは例の男も同じだったし」
女性がそう言った時、そこに新たな人物が現れた。それでようやく貴明は気がついたのだが、彼が今いるのはいつの間にか設営されたテントの中だった。
巨人となった貴明が木の怪物を倒し、その後始末をする為にここに臨時の司令本部が築かれたのだろう。その中でもここは特別に隔離された一角。あの巨人の正体が貴明であることはトップシークレットになっているのだろう。
「気がついたようだな、貴明君」
入ってきたのは柚原だった。少し安心したような笑みを彼は浮かべている。だが、同時に少し不安げな表情も浮かべていた。何とも複雑な表情だ。
「君のお陰で何とかあの怪物は撃退出来た。皆を代表して礼を言わせて貰う」
「あ、いや……俺、何も覚えてないから」
自分に向かって頭を下げる柚原を見て、貴明はそう言い、身を起こそうとした。だが、すぐに身体中に走る激痛に顔をしかめ、またベッドに倒れ込んでしまう。
「無理はしなくていい。我々が君を発見した時は君の身体は本当にボロボロだったんだ。特に……」
「左腕、左太股、右肩、右脇腹ね。大量に出血していたし、それはもう物凄い傷だったわ。今はある程度回復しているみたいだけどね」
柚原の後を受けて女性が言う。
「回復能力の向上もあの男と同じ。彼が段々あの男に近付いている証拠ですわ。まぁ、あの男程でもありませんが」
今度は柚原の方を見て言う女性。
「折原君。少なくても彼はこのみや私の部下、それに我々も守ってくれた。そのことは」
「ええ、わかっています。ですが彼が我々人類にとって脅威にならないと言う保証は何処にもない」
柚原が少し女性を睨むようにしてそう言うが、女性はその視線を真正面から受けてそう答える。
二人のやりとりを見ながら貴明は小さくため息をついた。
実際のところ貴明は木の怪物との戦いのことを覚えていた。実際に戦ったことは覚えていないのだが、覚醒する直前何かによってその一部始終を見せられたのだ。その記憶だけが残っている。だが、それを口にする気はなかった。
「ところでおじさん、このみは?」
「ん? ああ、しっかり言い聞かせて帰らせた。随分君のことを心配していたんだが、何とか納得してくれたよ」
話の流れを変えるような貴明の質問に柚原が少し安堵したように答える。これ以上女性と言い争いを続けたい気分ではなかったからだ。
「すいません……」
「いや、君が気にする事じゃない。しかし、困った奴だよ、我が子ながらな」
「それだけ彼のことが好きだって事ですわ、一佐」
苦笑を浮かべた柚原に女性が横からそう口を挟んだ。その顔には何やら楽しげな表情が浮かんでいる。
「恋する女の子は時として思いも寄らない行動にでる……そう言うことでしょう?」
「それは君の経験談かね、折原君?」
今度は苦虫を噛み潰したような顔を見せる柚原。だが女性は軽く首を振って柚原の言葉を否定する。
「いいえ。一佐のご期待に反して残念ですが、私の娘のことですわ」
「ほう、君に娘がいたとは初耳だな」
「ええ、今初めて話しましたから。不肖の娘ですわ」
自分の娘のことを思いだしたのか、女性がうっすらと笑みを浮かべた。その笑みは少なくても貴明が初めて見る、彼女の普通の、人間的な笑みだった。
ぼんやりとそんなことを考えながら貴明は目を閉じる。これで全てが終わったわけではない。あの光の巨人が自分に見せたこの星へと至るシーンには少なくても四つの光が見えた。その内の一つが光の巨人だとして、残りは三つ。倒した怪物は二体。少なくても後もう一つ残っている。
(あいつが……俺を殺したあいつが残っている……)
女性や柚原の言う例の男こそ貴明を一度殺したあの恐竜人間だろう。どう言う経緯でかはわからないが、あの男の中にも貴明と同じように何かが宿っているに違いない。その何かがあの男をああも恐ろしい姿へと変えてしまったのだろう。
(いつかは俺も……あんなのになってしまうのか……)
今はまだ普通の人間の姿でいられるが、それもいつまでのことかはわからない。それにあのような姿になってしまえば、人としての、河野貴明としての意識を保てるかどうかわからない。
(せめてあいつを倒すまでは……)
と、そこにテントの外から声がかけられた。
「柚原一佐! 大変です!」
「どうした?」
外にいるのは考えるまでもなく柚原の部下だろう。その声から焦りと緊張が感じ取れる。一体何があったというのだろうか。少なからず興味を覚えた貴明が目を開く。
「は、はい! 例の男が……基地に現れたとの連絡が……」
「な、何っ!?」
「現在基地防衛隊が対応していますが、奴はそれをものともしないと……」
「くっ! 一体奴は何を……」
柚原がギュッと拳を握りしめる。
「そんなことよりも早く戻りましょう。あの男は危険です!」
兵士の報告を聞いた女性がかなり慌てたような感じで進言してきた。
「わかっている! 最低限の人員を残して後はすぐに基地へ戻るぞ!」
女性の進言にそう答え、柚原はテントの外にいる部下に対して命令する。それから簡易ベッドの上の貴明の方を振り返った。
「貴明君、申し訳ないんだが」
「あなたの力が必要になるわ。多分、あなただけが奴に対抗出来る唯一の存在。来てくれるわね?」
柚原が言いにくそうに口を開くのを制するように女性がはっきりと言った。その口調には有無を言わせない迫力がある。
「わかってる……」
そう言って貴明は激痛に顔をしかめながら身体を起こした。
今の状態で変身して戦えるかどうかははっきり言って自信がない。しかし、対抗出来るのが自分だけならばやるしかなかった。それに、彼自身もそれをやらなければならないと思っている。一度は自分を殺した相手、恨みがないとは言い切れない。
ゆっくりとした動作で簡易ベッドから降りる貴明。そして歩き出そうとするが足には全く力が入らなかった。それに左の太股が激しく痛み、彼はその場に倒れ込んでしまう。
「た、貴明君!?」
倒れた貴明を見て慌てて駆け寄ってくる柚原。そして彼に肩を貸して何とか立ち上がらせる。
「大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫……ちょっとふらついただけですから」
そう言った貴明の顔はまさしく蒼白だった。ちょっとふらついただけとはとてもではないが思えない。先ほどの戦闘によるダメージはかなりのものでこの短時間では回復などほんの少しぐらいしか出来ていないのだろう。
「行こう、おじさん」
「あ、ああ」
それでもそう言った貴明に柚原は心の中で詫びながら歩き出す。
その様子を女性はじっと無言で見つめていた。
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