魔法多少少女ヴァレット・アフター〜魔法多少少女の”日常”〜
夢を見ていた。
それは、ここではない何処か。
それは、いまではないいつか。
私でない私が、私のように戦っている夢。
私でない私が、私とは違う恋をしている夢。
夢のような現実。現実のような夢。
ふと思う。
どちらが夢なのか。
どちらも現実なのか。
あるいは、どちらも夢なのか。
そんな不安定さにまどろみを感じながらも、私は目を開いた。
「……ん……」
薄暗い中で目を覚ます。
視界に広がっているのはいつもどおりの自室。
だが、気分はいつもどおりという訳にはいかなかった。
「……なんか、んー……」
変な夢と寝汗のせいで、どうにも心地良いという目覚めではなかった。
シャツをつまんで、パタパタと動かし、涼を取ろう……として、止める。
気軽にそういう事を出来ない身の上である事は、ここ数年で身に付いていたからだ。
女としての、身体の変化が始まった時から。
「……カーテンは閉まってる、よね」
少し寝ぼけ気味な頭を振ってから、朝日さえ遮る厚いカーテンを確認した上で、シャツを動かす。
外ではこんな事が出来ないので、新鮮というかなんというか。
さておき。
ここは自宅で、自室だ。
である以上必要以上の警戒は無用ではとも思う。
しかし、何事も油断は禁物だ。
気を緩めると外でも同じ事をやりかねないので、私は日課として覗きその他に気を払うようにしていた。
私のやっている事やその責任を考えれば必要以上の警戒は必要だろう。
私の名前は、草薙紫雲。
平赤羽市、県立慶備高校に通う男子高校生……という事になっている。
家の事情で女である事を隠している以外は基本的にごく普通の高校生、と言いたい所だが、それは仮の姿、というかもう一つの姿。
私のもう一つの姿は、ここ平赤羽市ではちょっとだけ名前の知られている存在。
様々なトラブルに首を突っ込む、『正義の味方』を目指すもの。
魔法”多少”少女ヴァレット。
それが、私のもう一つの姿である。
いわゆる『正義の味方』にとって、正体の露見は危険極まりない事だ。
自分自身だけならまだしも、家族や友人を迷惑を掛ける、どころか、下手をすれば危険に晒しかねない。
その事を考えると、私が女である事を隠すのに必要以上の警戒をするのも過剰ではない、そう私は思っている。
もし私が女である事が広まってしまったら、”何故隠すのか?”という疑問が何処からか生まれ、そこからヴァレットに繋がらないとも言い切れないからだ。
まぁ、私が男装しているのはそもそも家の方針でヴァレットとは関係ない(ある意味では関係があるが)のだが。
今となってはヴァレットの正体を隠すのに都合がいいとも言えるので、複雑というかなんというか。
「難儀な事だね。男装も、魔法少女も」
「まぁ、ね。でも、もう慣れちゃったし」
唐突な言葉が響く。
”彼”の言葉は、時折こちらの心を読んでいるかのように的確だ。
当初は驚かされたが、同居して数か月ともなると慣れてくる。
いや、普通は慣れないものなのかもしれないのだが。
”彼”と私はよく似ているらしく、私も彼の思考を読める事がちょくちょくある。
つまるところ、どっちもどっちなので慣れたという所だろうか。
「おはよう、クラウド」
「おはよう、紫雲」
私の挨拶にベッドの下から現れ、チラリと視線を送る”彼”の名はクラウド。
目に見える姿こそ猫だが、その正体はピースという名の異世界良識概念の結晶体だったりする。
私を『魔法少女』へと導いた存在で、私にとっては良き師であり、友達でもある。
「ふむ。もう夏だな。僕もこの姿だと暑い」
「そうね、お互いの為にエアコンの掃除しとかないと。
今日の所はシャワーだけど」
「だとすれば、少し急いだ方がいい」
「確かに、そうね」
そう頷いた私は下着その他を準備した後、クラウドを連れてシャワーを浴びに向かった。
「んっ……」
約十分後。
簡単にシャワーを浴びた私は、女である事を隠すために胸にさらしを巻いていた。
「……きつい、なぁ」
少し強めに巻き付ける。
先日バストサイズを測ったら2�僂曚病腓�くなっていたので、その分を意識して。
「ん……ふぅ、困ったなぁ……」
「女性としては良い事じゃないのか?」
どうにか巻き終えて息を吐く私の方は向かずに、器用に身体をタオルで拭きつつ……クラウドは言う。
「分かってて言ってるでしょう? 隠す分には、って事」
「紫雲的には?」
「……どう、なんだろ」
悪い気はしないが、日常的には扱いに困る。
「確か、灰路君はどちらかと言えば胸部が豊かな方が好みじゃなかった?」
「うっ」
幼馴染であり想い人であるヒトの名前を言われ、私は動揺する。
「……そ、そうだったけど、えと、その……と、とにかく、今は学校!」
「まぁ今は良いけど……後々の為に、方向性位考えておいた方がいいよ」
「……う、うん。そう、だね」
言いながら今度は下の下着を……トランクスを手に取る。
慣れたと言うのは悲しいのだが、実際慣れてしまっており、当初の葛藤は何処へやらの悲しみを感じながら履く。
……箪笥の奥にある、あまり使わない女性としての下着が恋しい。
しかし、自分で選んだ道である以上、文句は言えないし、言うつもりはない。
「よし」
違和感がないか、姿見で確認して呟く。
胸の膨らみは良し、喉仏も包帯を巻いて(首元を隠せる服やスカーフとかで隠す事もある)誤魔化し完了。
男子としての制服に身を包んだ私は、いつもより少し遅れての朝食を取り、家を出た。
「おはよう、草薙君」
「おはよう、草薙サン」
「浪之君、スギナさん、おはよう」
朝の通学路を歩いていると、クラスメートの浪之歩二君とスギナさんが声をかけてくれた。
浪之君は、なんというか、今時珍しい凄く模範的な男子高校生。
真面目で色々な事に気を遣っている、いい人だ。
本人はそれを演技というか嘘というか、そう思っているらしいけど、私的にはそれも含めての『浪之君』だと思っている。
その辺りで色々悩んで時折無理しているというか、疲れ気味だったりする事もあるようなので私としては心配だ。
私に出来る事があれば、と思っている。
もう一人のスギナさんは……なんというか、特殊な存在だ。
簡単に説明するなら、人権を与えられた女性型のロボット。
浪之君に興味があるらしく行動を共にしているとの事だが、私としては仲が良い友達同士というか、それ以上というか、そういう関係に見える。
彼女もなんだか色々悩みがあるように(色々な意味で分かり難いが)見えるので、気になっている。
私達三人は武道同好会の会員(三人でフルメンバー)でもある。
浪之君と一緒にいるのに不都合でないよう同好会を作りたいというスギナさんの頼み(実際にはもう少しオブラートに包んだような頼み方だったけど)で設立した、あまり活動しない会なんだけど、私は気に入っている。
この二人とは妙に気が合うから、居心地がいいのだろう。
そんなわけで、親しくさせてもらっている二人に声を掛けてもらった私は自然にこやかに会話に入っていった。
そんな中。
「おーっす、草薙ー」
「おはようさん、草薙」
「草薙、おはよう」
「おはよう、し、じゃない、草薙……君」
聞こえてきたのは馴染みの声。
艮野灰路君、久遠征君、直谷明君、高崎清子さん。
二年に進級した直後で席が近くだったり、互いに微妙に話が合ったり、誰かが誰かの側にいたい必然性とかがあって、よく一緒にいた。
詰まる所、クラスメートであり、友達だった。
……約一名、そのくくりだと複雑なヒトもいるけど。
ちなみに、この四人は私が女であり、ヴァレットである事を知っているが、浪之君とスギナさんは知らない。
清子さんが私への呼び掛けを途中で変化させたのはその辺りに事情がある。
「おはよう、灰路君、久遠君、直谷君、清子さん」
「皆、おはよう」
「おはよう」
それぞれ挨拶や会話を交わす中、私は久遠君に話しかけた。
……気になっている事があったからだ。
「久遠君、リュ、じゃない。真唯子ちゃんは元気にしてるかな」
「ああ、心配はいらない。元気すぎるほどに元気だよ」
「困った事とか特にない?」
「大丈夫だ。心配性だな草薙は」
久遠君との会話の内容は、かつて私やもう一人の魔法少女である櫻奈ちゃんと立場上敵対していたリューゲちゃんの事。
彼女は現在久遠君の家で『法杖真唯子』という名前のごく普通の少女として生活している。
私の複製体という事もあり、彼女は私にしてみれば妹ととも呼べる存在だ。
そんな理由もあって、彼女が元気に暮らせているか心配(久遠君を信頼していないわけではなく、リューゲちゃんの性格や心情面を考えて)だったのだが、久遠君の言葉を聞いて私は安心した。
「うん、それならいいんだ。最近はどんな感じ?」
「あ、それは私も気になってた」
そう言って話に入ってきたのは清子さん。
……久遠君の趣味(オタク)を快く思っていないのか、彼が女の子を預かるというのに不安があるらしい。
他の人達もこちらの話に興味があるらしく視線を送っている。
リューゲちゃんではなく、真唯子ちゃんという女の子の話なら問題ないと判断したのか、久遠君はあっさり答えた。
「ん? そうだな。
この間、妹と一緒に遊園地に連れて行ったら、顔は不服そうにしながら喜んでたな。
ただ、入場する時に実年齢と外見を考慮して小学生チケット買ったらやたら怒られてしまったが」
「いや、それは……せ、せめて中学生にしてあげたらよかったんじゃないかな」
なんとなくで、勘違いかもしれないのだが。
リューゲちゃんは久遠君の事を好いている、と私は思っている。
ゆえに、そんな彼に子ども扱いされるのは望む所ではないのだろう……憶測でしかないんだけど。
……違ってたらごめんね、リューゲちゃん。
「何故に? その方がお得じゃないか」
「うーん、なんて言ったらいいか……」
「やっぱコイツ駄目だ。征、アンタねぇ」
「いや、それぐらいで怒るのはどうかと思う……痛ぁぁっ!」
「明ぁ……! アンタもかぁっ!」
「ふむ。色々あるものね。興味深いわ」
「お、落ち着いて高崎さん!! スギナ……さん、も面白がるなっ!」
「おうおう、女心が分からない奴は大変だねぇ」
「……灰路君黙ってて。頼むから」
「そうだな、艮野に言われる筋合いはない」
「征……アンタが発端なんでしょうがぁぁっ!」
そうして騒ぎつつも、私達は学校へと歩いて行った。
そんな騒がしさが、私はとても楽しかった。
……同時に、微かな痛みを感じてもいた。
学校生活というのは、色々な事が起こる。
男装している身の上としては、避けて通りたいが避けられない事もある。
この時期の体育の水泳の授業なんかまさにそれである。
……いや、厳密に言えば避けているのだが。
「清子さん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫よ。別にそこまで重くないし」
皆がプールで泳ぐ中、私と清子さんはプールサイドで見学していた。
私の事情は語るまでもない。
清子さんの方は……体調の関係だ。
「……というか、紫雲はその辺どうなの?」
「私、もそんなには」
「そっか」
少しトーンを抑えて話す私達。
清子さんは、私の『正体』を知る数少ない女の子という事で、よく親身になって色んな話を聞いてくれる。
そうして色々話す内に結構親しくなっていて、私の事を知っている人しかいない時は下の名前で呼び合うようになっていたりする。
他の誰かがいる時は、急に親しくなった事に疑問を持たれるかも、という事で(考えすぎかもしれないが)以前通りの呼び方をしてもらっているが。
同年代の女の子で話ができるヒトという事で、私は凄く助けられている。
「昔はどうしてたの? やっぱり今と同じ?」
「……見学が、殆どだったけど。
小学校低学年のころは何度か、無理して出てた」
「そ、それは……なんというか、もう、大変ね」
「……今思うと、凄く恥ずかしいなぁ……」
「ま、まぁねぇ。
あー、ところで、紫雲は泳ぐの嫌いだったりする?」
「ううん。むしろ好きだけど」
夏の時期には親戚の家に行く時があり、その際近くのプールで鬱憤を晴らす意味で泳いだりしていた。
その時、親戚の家の子供……私にとってはイトコの二人を誘うのが通例行事となっている。
そうしてイトコ達と一緒に遊ぶのは、私にとって毎年の楽しみだった。
ただ最近、何故か従弟が(もう一人は女の子)があまり遊ぼうとしなくなったので少し寂しかった。
何か嫌われる事でもしてしまったのだろうかと思い返してみるが心当たりがないので、少し悩んでいたり。
従妹は「お姉ちゃんは全然悪くない」と言ってくれているのだが……。
閑話休題。
「親戚の家に遠出する時なんかに泳いでたかな。親戚は僕の家の事情を知ってるし。
……流石にヴァレットの事は知らないけど」
「なるほどね。
そういう事なら、今度何処かに泳ぎに行きましょうよ。
いつもの面子でもいいし、男どもが嫌なら、私と二人だけでもさ。
それで物足りないなら、真唯子ちゃんとかも誘って」
「え、でも……」
「遠慮なんかしなくていいって。私が一緒に遊びたいんだから」
「……ありがとう」
清子さんの笑顔と心遣いが嬉しく、私は胸が熱くなった。
だが、そんな気持ちになったからこそ、思う。不安が過ぎる。
たまに……いや、最近よく思う事。
それは、私がこんなに幸せでいいのだろうか、というそんな不安だった。
時が少し流れて放課後。
今日の私は、武道同好会の方に参加していた。
本来所属している美術部の方が休みだった事もあるが、武道同好会の活動そのものが少ないので、そちらがある時は優先するようにしているのが大きい。
ヴァレットとして活動している際の『身代わり』の作成も大分ストック出来ているし。
……もっとも、その作成はあくまで美術部の活動のついででしかないのだが。
「まったく、上達しないわね」
「やかましい。人間がそう簡単に成長出来たら苦労しないんだよ」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
浪之君・スギナさんとそんな会話を交わしながら、下駄箱へと向かう。
その途中、一人の女生徒が下駄箱の方からこちらへと歩いてきた。
彼女の顔を見て、私は胸の痛みを感じた。
彼女も私に気付いたらしく、一瞬だけ視線が交錯する。
「……」
「……」
すぐに目を逸らされる。
仕方がない事だと分かっているが、胸が痛んだ。
彼女は、一か月前、私に告白してくれた。
男子生徒としての草薙紫雲に。
私は、断った。断る事しか出来なかった。
その際、女の子を好きになれない事を話した。
可能な限り、嘘をつかないように。
自己満足でしかなくても、それがせめてもの誠意だと信じて。
会話の末、彼女は納得してくれた。
涙を、流しながら。
だからこそ、より強く、心が痛んだ。
多分彼女の方がもっと痛い筈だとわかっていながら、その痛みで私は一夜泣き通した。
申し訳なくて、情けなくて、悔しくて。
そして、その痛みはまだ完全には消えていない。消えるはずはない。
「どうかした?」
それは、こうしてよく話す浪之君達に対しても感じている痛みだから。
私は、嘘をついている。つき続けている。
理由や意味があっても、嘘は嘘でしかない。
でも、その痛みを簡単に外に出す訳にはいかない。
それは私の選んだ、私の痛みなのだから。
だから、私は浪之君に苦笑しつつ答えた。
「……ん。いや、ちょっとね」
「……そっか。
まぁ、その。困った事があったら誰かに相談した方がいいよ。
俺でもよさそうなら俺でもいいけど」
「真っ先に俺に相談しろ、と言わない辺りヘタレよね」
「うっさい。俺に出来ない事を軽々しく引き受けたりは出来ないだろうが。
出来ない事を出来るって言うのは無責任だと俺は思う」
「ま、それもそうね。
草薙サン。何かあったら私に言ってくれてもいいわ。
このヘタレ同様、出来ることがあればするつもりだから」
「……なんだよ、お前も大差ないじゃないか」
「小声でブツブツとは男らしくないわね」
「う、嘘じゃない分いいだろうっ?!」
「そうだね。嘘じゃないのは、いいと思うよ」
『え?』
「なんでもない。二人とも、ありがとう」
心からの御礼を告げる。
それが嘘をついている私に出来る、せめてもの本当だと思いながら。
二人に別れを告げた後、私はヴァレットに変身し、空を飛んだ。
日課の町内パトロールを行う為に。
種子の力を使う存在がいれば即座に感知できる以上、ある意味無駄なんじゃないかと事情を知っている人は言うのかもしれない。
だが、種子関係の事件以外にも事件や事故は起きる。
その解決を私の力で少しでも手助け出来れば、そう思って私は可能な限りパトロールをしている。
途中、同じくパトロールしているオーナちゃんと出会って近況を報告し合う。
あの『怪獣』出現以降は割りと落ち着いているらしく、私のみならずオーナちゃんも近頃は種子とは関係の無い事柄に関わる事が多いらしい。
しかし、これが嵐の前の静けさとも限らないので互いに気をつけておこうと確認してから、オーナちゃんと別れた。
「ふぅ……」
一通り回り、今日のパトロールを終えた後、私は少し高くに移動して街を見下ろし、眺めていた。
平赤羽市。
私が生まれ育った、私の大好きな街。守りたい故郷。
子供の頃からその想いは変わっていない。
だからこそ男装を続けてきたのだし、だからこそヴァレットになった。
でも、だとしても。
「……ん?」
ふと、近くに微弱な種子の力を感じる。
「……どうした? えらく黄昏てるな」
その力のある方向に顔を向ける。
そこには、マッドマジシャンことシャッフェンさんが、浮かんでいた。
背中に魔力の炎を吐く、飛行マシンを装着して。
種子の力が微弱だった、というのもあるが。
シャッフェンさんが静かだった事も気付けなかった理由なんだろうと私は思った。
そんなシャッフェンさんにいつもの気配が無いのを感じ取って私は警戒を解き、普通に答える。
「ちょっと悩み事があって。シャッフェンさんは何を?」
「散歩だ、ただの」
「散歩、ですか」
「ああ。
俺にも、まぁ、たまにこうしてぼんやりしたくなる時もあるのさ」
「そうですか。
そういう事なら、今は争う理由はありませんね」
「まぁ、そうだな。暫くご一緒して良いか?」
「それは、構いませんけど」
「そうか。じゃあ、そういう事で」
そうして、私達は並んで、というには少し距離が離れているが、共に赤く染まった街を眺めた。
いつもは『戦って』いる間柄なのに。
こうして街を眺めているのはなんだか不思議で。
なんとなく、私はチラリとシャッフェンさんの方を見た。
街を眺めるシャッフェンさんの顔は、とても穏やかで優しかった。
少なくとも私にはそう思えた。
「ところで、ヴァレットの悩みとはなんだ?」
そんな中、シャッフェンさんがそんな事を口にした。
何かの意図があるのだろうか……私はその可能性を少し考えつつ、言った。
「……質問を質問で返すのはなんですが、聞いてどうするんです?」
「惚れた女の悩みを解決したいってのに理由がいるか?」
「っ?! あ、う、その、それは、ないです、けど」
「なら別にいいではないか。ふふふ話せ、話すのだ」
さっきまでの表情は何処へやら実に楽しげなシャッフェンさん。
心から楽しげなその顔を見ているうちに、いつの間にやら頬が緩み、私の動揺は鳴りを潜めていた。
(……そう、ね)
心の中で考えをまとめる。
こうして、シャッフェンさんとまともに話す機会は滅多に無い。
そんなあまり無いであろう機会を大事にしたかった意味で、私は少し話す事にした。
それは『簡単に外に出す』事はしたくない私の言い訳だったのかもしれない。
でも、その事に気付いたのは後になってからだった。
だから私は、その機会を逃すまいという思考に引っ張られて、口を開いていた。
「いえ、その。
なんというか、大げさな悩みじゃないんですが。
正体に関する事で、私、周囲に色々嘘をついたりしてて」
「ふむ」
「でも、最近はそういう部分を理解してくれたり、知らなくても心配してくれる人がいてくれるようになって。
それを私は幸せに思ってます。
その事について、どうなんだろうって思ってる自分がいるんです」
「どうなんだろう、とは?」
「嘘をつく事は、覚悟してやってる事です。
でも、そうして嘘をついている私が……幸せを感じていいのかって。
そんな事を、思うんです」
「まぁ、分からなくはないな」
「え?」
「俺も正体絡みについては嘘というか隠さざるをえない事があってな。
ぶっちゃけ、心苦しい」
「そう、なんですか?」
「そうなんだよ。俺は嘘を吐くのが嫌いだからな」
正直な所意外だった。
というより、あまりシャッフェンさんの『正体』という事を考えた事がなかった。
だが、嘘を吐くのが嫌い、というのは分かる。
今までシャッフェンさんは色々な事件を起こしてはいるが『嘘』を吐いた事はない。
私はその事をよく知っていた。
「まぁだからその辺りで悩まないと言えば嘘になるな。
だが、その事で幸せを放棄するなど愚の骨頂よっ!」
「え?」
腕を組んだ威風堂々とした姿のまま、シャッフェンさんは言葉を紡いでいった。
「この力も、今の姿も、選んで手にし、望んでなったものっ!
言わば己が魂の姿っ!!
その魂の在り方に沿う事が幸せでないわけがあるまいっ!!」
「……む」
「悩もうが苦しもうが、この姿を選んだ以上、幸せが共にある事、それは変わらん。
ならば、後は為すべき事のために、この姿を選んだ意味の為に、前に進むだけだ。
俺はそう思っている。
ヴァレットは、そうは思えないか?」
「…………うーん。そう簡単には思えませんね。
確かに、この姿は、私が望んでなったものです。
でも、それが幸せに直結してる、というのはちょっと無理があるかと」
「まぁ、それは仕方ないな。
君はまだまだ幼い。理解出来ない事もあるだろう」
「……そうですね。でも、そんな私でも理解出来る事が一つあります」
「ほぉ?」
「幸せは悩みや苦しみと共にある。という部分についてです」
常にではないにせよ。
直結してはいなくとも。
悩みや苦しみがあるからこそ、幸せがあるのは、幸せがより強く輝くのは、私にも少しは分かる。
常に幸せである……日常化している幸せとは、幸せとは言い難いものだと私は思う。
仮に、常に幸せである人が存在しているのなら、多分その人は幸せを失う恐怖や不安と戦いながら日々を生きているはずだ。
……その戦いに気づいているかいないかの違いはあれど。
「ありがとうございます、シャッフェンさん」
「む?」
「シャッフェンさんの言葉で、気付きました。
幸せは、不幸と同じで、ある意味で受けるしかないもの、なんですね」
全てがそうではないだろう。
避ける事が出来るものもありはすると思う。
だけど、そう出来ないものの方がおそらく多い。
与えられた、与えてもらった幸せを、ただ幸せだと感じるしかできないように。
そうであるのなら、恐る恐る受け取るより、堂々と受け取りたいと私は思った。
今まで贈られてきた……今日も受け取っていた、たくさんの人の気持ちを、大切にしたいから。
そして、そうする事で、誰かを裏切ってしまった、傷つけてしまった事を忘れず、逃げず、背負う為に。
そうして感じる幸せを、また不安に思う時もあるだろうけど。
それは、『今』を守りたいと思う力に変えていける。
そう、信じていきたい。
「そうであるのなら、確かに、後は前に進むしかないですね。
……この姿を望んだ在り方のままに」
それが、皆が信じてくれている『魔法多少少女ヴァレット』なのだから。
「ふむ。迷いは晴れたかな?」
「申し訳ないですけど、完全には晴れないですね。多分、これからも。
でも今はスッキリ出来ました。
本当にありがとうございます。
……この所、借りをつくってばかりですね」
「ふふふ、ではそれを返してもらおうかな」
「……それは私も望む所なんですけれど。では一体どのようにお返しすれば……?」
「ふむ。じゃあ、熱いキスで」
「……。
ええええええぇぇえええええええええええええええええええええええっ!?」
「おおう。そんなに嫌か。ちょっちショック」
「あ、いや、嫌とか、そういう事ではなくてですね、その、えの、私、未経験ですし……
むしろ、シャッフェンさんがいいのかとか、いや、あの、えとしたいわけでもないというと誤解を招きますが、そのっ」
正直な所、そんな事を誰かに望まれたことがないので心臓がバックン、バックン鳴りまくってます。
なんと言うべきなのかさえよく分からないほど混乱する私。
そんな私の醜態を見てなのか、シャッフェンさんは、ふむ、と漏らしてから言った。
「む。そうか、ファーストもまだか。
では仕方ない。やめておこう」
「そ、そそそそ、そう、ですか。はい、その、そうしていただけると」
「だが、諦めたわけではないぞ。段階を踏んでからいただこう」
「それもまた、なんというか、なんですけど……出来ればその方でお願いします」
「では、その辺りについては考えておこう。
……ふむ、そろそろ夜だ」
「あ」
いつの間にやら日は沈み、空には星が瞬き、街にも灯りが瞬いていた。
「今日はこの辺にしておこう。じゃあまたな」
「……はい。じゃあ、また」
そうして何処かに去っていくシャッフェンさんを私は手を振って見送った。
シャッフェンさんとこんな別れ方をするのは初めてだったが、悪い気はしなかった。
むしろ、楽しく、良い気持ちになれた。
「……悪い人、じゃないんだけどなぁ」
思わず苦笑してしまう。
それでも、シャッフェンさんが騒ぎを起こすのなら私は止める。
それで多かれ少なかれ迷惑が掛かる人がいる限り。
そうならない時が来るのか来ないのか、私にはわからない。
シャッフェンさんの事だけじゃない。
これから、この街は、能力者の人達は、どうなっていくのか。
いずれ現れるであろう『脅威』に、私達は勝つ事が出来るのか。
その果てに、何が待っているのか。
私にも、僕にも、分からない。
でも、今はこの日々を続けていこう。守っていこう。
私に、僕に出来る全てを掛けて。
それが、誰かを傷つけても嘘を吐き続ける理由でもあるのだから。
この騒がしくも、愛おしい時間を、世界を。
二つの姿と、一つの心で守る。
それが、私。
魔法多少少女・ヴァレット、なのだから。
「……うん」
一人夜空で頷いてから、私は家路を辿る。
掛け替えの無い『日常』に感謝し、それを守る誓いを新たにしながら。
夢を見ていた。
それは、ここではない何処か。
それは、いまではないいつか。
私でない私が、私のように戦っている夢。
私でない私が、私とは違う恋をしている夢。
夢のような夢。現実のような夢。
ふと思う。
どちらが夢なのか。
どちらも現実なのか。
あるいは、どちらも夢なのか。
そんな不安定さにまどろみを感じながらも、私は目を開いた。
「……どうかしたの?」
彼女が問い掛ける。
私は、微かに笑みを浮かべながら答えた。
「少し、夢を、見ていたの。幸せな夢を。
いつかどこかにある、可能性を」
「そうなんだ。……そっちでは、勝ててるのかな?」
「分からないわ。でも、きっと大丈夫よ」
「どうして?」
「そっちにも、貴女がいて、私がいて、皆がいた。
だから。
悲しい事とか、こっちと同じ様に起こるのかもしれないけど。
きっと最後は負けないわ」
「うん、そうだね。
そしていつか、それがみんな繋がって、世界が変わるんだよね」
「ええ。だから」
緑色の廃墟の中。
魔法少女と、魔法多少少女が、空を見上げた。
全てが結晶と絶望に覆われつつある世界の中。
彼女達の眼には未だ希望が映っていた。
彼女達の後ろには、仲間達がいた。
「休憩は、ここまで。
ここから一気に大逆転しましょう、オーナちゃん、皆!!」
「うん、ここからが、本当の勝負だよ……!」
世界の全てに無意味なものは無い。
全ては、何かに繋がっている。
ただ。
それらが何に繋がり、何を導き出すのか。
その全てを明確に知る者はない。
例え、それが神であったとしても。
ゆえに。
物語の結末を知る者は無い。
今は、まだ。
……to be continued……?