第2話 動き出す、誰かのはかりごと















 草薙家での勉強から数日経ち、紫雲と命が草薙家的里帰りを行う当日。
 平赤羽市中心街にある駅に、艮野灰路、宮古守櫻奈、法杖真唯子、久遠征、クラウドの四人と一匹が彼女らの見送りのため集まっていた。

「じゃあ、櫻奈ちゃん。悪いけど、三日の間よろしく頼むね。
 まぁ三日目はお昼過ぎくらいに帰ってくるつもりだけど」

 朝方なので、それなりに人が往来している駅構内への入口。
 夏の出で立ちとしては厚手のシャツとジーンズを黒で揃えた、少年と見れば違和感のない服装をした紫雲からの言葉に対し、魔法少女オーナこと宮古守櫻奈は、これ以上ない笑顔と�好汽ぅ鵑捻�えた。

「任せてよ、ヴァ、じゃない、紫雲さん。
 なんなら三日目ゆっくり帰ってきても全然大丈夫なんだから。
 この間も何事もなかったんだし」

 この間、とは一週間半ほど前に紫雲が征の頼みで”ある所”に赴いていた時の事である。
 その際もオーナに留守の間の平赤羽市を頼む事で、不安なく平赤羽市を離れる事が出来た。
 自分一人が平赤羽市を守っている、などとは全く思わない紫雲だが、
 平赤羽市で起こっている事件の何割かは、自分が解決すべき事、あるいは手助け出来る事が少なからずあるだろう、とは考えている。
 少なくとも、概念種子の異能者が起こす事やシャッフェン絡みの騒動は、自分やオーナにとって義務に近いものがある、と彼女は認識していた。

「うん、櫻奈ちゃんなら大丈夫なんだろうと思うんだけど……どうも心配性だから、ついね」

 紫雲的には櫻奈は深く信頼出来る友人であり、力強い仲間である。
 それでも自分より年下の少女であるのもまた事実。
 ゆえに、こういう騒動に巻き込むのはどうなんだろうとは常々悩んでいる。
 また、妹のように思える存在であるがゆえに、ついつい過剰かもしれないと思いながらも心配してしまうのだ。

「心配性、っていうより、皆の為にすごく気を使ってるって事だよね。
 そんな紫雲さんのお陰で、私はのんびり旅行できたんだよ。
 なーのーで。私としては紫雲さんにものんびりしてもらわないと困るかなぁ、うん」

 ニコニコしながらの櫻奈の言葉に、紫雲は内心敵わないなぁ、と思っていた。
 櫻奈は彼女自身の強い意思で、この街の騒動に関わっている。
 だからこそ、紫雲は櫻奈に「危ないから魔法少女をやめたらどうか」とは言えなかった。
 いや、初めて正体で対面した時に言った事はあるのだ。あるのだが、その時にキッパリ断わられて以来言えずにいた。
 更に、数々の共同戦線を経て、精神的には現状自分よりもずっと頼りになる、対等以上の存在だと思うようになったからこそ、改めて言えなくなっていた。

(……まぁ、それでも気になっちゃうんだけど)

 またそこまで考えると堂々巡りの繰り返しになりそうなので、紫雲はそれ以上の思考を打ち切った。
 ここは素直に櫻奈に任せる事にしよう。

「うん、そうだね。出来る限りそうするよ。真唯子ちゃんもいるし」
「ついでみたいに言われるのは心外だわ」

 半眼気味に呟いたのは、法杖真唯子だった。
 かつてシャッフェンに拾われ、その恩返しとして彼に協力していた、紫雲達とは違う形の魔法少女たるリューゲ・ヴィオレット……それが彼女である。
 ヴァレットが初めて遭遇した概念種子存在の能力でヴァレットを偶然に模倣・誕生した存在であり、これまた紫雲としては妹的存在だったりする。

「大体、あたしは協力するなんて……」
「なんだ、しないのか?」

 真唯子の言葉を遮ったのは、紆余曲折を経て、親の協力の下で真唯子を預かっていたりする久遠征。
 そんな征の言葉に、真唯子は半眼の視線を僅かに彼に向けてから、改めて口を開いた。

「全くやらない、とは言わないけど。……基本、面倒臭い事はしないわよ、あたしは」
「うん、それでいいよー」
「……なんでそんなニコニコしてるわけ、櫻奈」
「別に理由はないよ?」
「なんかムカつくわね……」

 紫雲は櫻奈と真唯子のそんなやりとりを櫻奈同様の笑顔で眺めていたが、そうして会話が一段落すると、辺りに視線を彷徨わせた。
 何かを探し出そうとするような、そんな視線に気付いた艮野灰路は、疑問をそのまま口にした。

「どうした、草薙。キョトキョトして」
「あー、うん、なんでもない」

 二人がそんな会話を交わしたまさにその瞬間、彼らの視界内、中心街の駅前らしい雑踏の中、見覚えのある顔が通り過ぎ掛けた。
 携帯に半分意識を向けている風だった『彼』も二人同様に感じたらしく、通り過ぎようとしていた足を停止させた彼は、その顔を紫雲たちに向けた。

「……おう、いたいた。まだ行ってなかったんだな」  
「直谷か」
「直谷君おはよう。うん、今から行く所」 

 身体ごと向き直り、多少距離を詰めつつ「おはよーさん」と返した彼……直谷明に紫雲は続けて言った。
 
「直谷君も見送りに来てくれたの?」

 元々紫雲はわざわざ見送りはいいからと言っていたのだが、
 ちゃんと見送っておきたい櫻奈、見送りしない理由がなかった灰路と征が見送りを表明し、
 そこに結果として征についてくる形となった真唯子が加わり、今現在の見送る形となっていた。
 この四人は待ち合わせていたわけではなく、紫雲達を見送ろうとした結果合流していたのである。
 そんな四人とは違い、事前に見送る表明をしていなかった明まで来てくれた事が嬉しくて、紫雲の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
 ……ただ、逆に。
 先日の勉強会の別れ際、見送りにいく、という話をしていたのに来ていない人物が気になってはいたのだが。

「んー。まぁ暇だったら出発前に顔ぐらい見とこうかと思ってたし。
 まぁ用もあってブラブラしてたし、そのついでもあってな」

 歩いていた時も取り出していた携帯をチラ見しつつ、明は答える。

「ついででもありがたいよ。えと、ところで、清子さんは……」
「ああ、今日は一緒じゃないぞ」
「……というか、そういう扱いなのを否定しないのね、貴方」

 淡々とした真唯子の突っ込みに、一瞬だけ顔を赤らめつつも引き攣らせた後、明は言った。

「えーとだな。なんかアイツ二三日遠出するとか言ってたな」
「なんだ、お前がおいてけぼりとは珍しいな、明」

 清子と明幼馴染ゆえに、彼らの行動パターンを熟知している征が何故か楽しげに呟く。

「……なんでも今回はちょっとねーとか何とか零してたな。
 行き先はちょっと事情があって言えないとか。
 まぁ、別にヤバイ状況とかじゃないらしいし、連絡はするそうだから心配はしてないが」
「それでさっきから携帯を取り出したり仕舞ったりてたわけか。
 んで、こっちはこっちでさっきからキョトキョトしてたのは高崎が気になってたからか」
「気になってたって言うか……勉強会の時は見送りには行くからって言ってたから、何かあったのかなって」

 そう、清子は見送りにいくと表明してくれていたのだ。
 紫雲的には来ると語っていた人間が来ないのは、何かあったのではないかと心配だった。だったのだが。

「でも、用事だったんならしょうがないね、うん」

 明が一緒じゃない、行き先を知らせていないというのは、おかしい。
 紫雲が清子から聞いている高崎清子と直谷明の関係性を考えれば変な話、というかそれより一段高いおかしな事態だ。
 つまるところ、それほどの急用なのだろう。
 ただ、危機的状況ではないらしいので、そこは安堵する紫雲であった。……内心少し残念にも思っていたが。

「悪いな、アイツも多分後から謝るんだろうけど、俺からも謝っておくよ」
「ありがとう。
 でも、直谷君が謝る様な事じゃ……と、いや、この場合は受け取っておくのが正しいのかな」
「いや、夫婦ならまだしも彼氏彼女ぐらいなら受け取らなくてもいいんじゃないの?
 あたし的にはどうでもいいことだけど」
「……ふぅむ、中々に難しいな。二次元的にはどちらもありなんだろうが」
「いや、二次元関係なくどちらもありだろ。
 というか、ここは素直に受け取っておけよ。直谷が微妙に困ってるっぽいぞ。
 多分、その方が喜ぶんじゃないか、ほら、こう、バカップル的な意味で」
「困ってるというか、言いたい事は色々あるが……お前ら本人を前によく言えるな」
「うーん、大人って色々あるんだねー」
「……ふむ」

 そうした一連の流れを殆ど会話に参加せずに見守っていた命は、腕時計に視線を落とし、頃合だと判断して口を開いた。

「さて名残惜しいかもしれんが、時間だ」
「あ、うん。
 じゃあ、行って来るけど……何かあったら連絡してね。
 何かが大きくても小さくてもいいから遠慮せずに」

 心配性な紫雲の言葉に、櫻奈は苦笑する。

「はーい。でも、何かあっても私達で出来るだけの事はするよ。折角の里帰りでお墓参りなんだし」
「うん、ありがとう。でも、必要だと思ったら遠慮なく……」
「はいはい。分かった分かった。しつこいわよ、アンタ」
「うう、そうだね、ごめんなさい」

 うんざりしたリューゲの様子で自分が同じ言葉を繰り返し過ぎた事に気付いたのか、紫雲はしょげつつも頭を下げた。
 そうして頭を下げた流れで、櫻奈の足元で行儀よく座っていたクラウドに声を掛ける。

「クラウド、留守番よろしくね」
「了解した。ただ、次回は連れて行ってくれ。色々と調べたい事がある」
 
 草薙家の文献や口伝などを調査しておきたかったクラウドだが、紫雲達との話し合いの結果、今回は留守番する事になっていた。
 万が一、携帯などの通常の手段で連絡が取れなかった時の為に、戦闘要員ではない、身軽に動ける存在が必要だろう、という結論に至っていたからだ。
 紫雲にとってのクラウドと同じくの、櫻奈のフォッグがいるとは言え、フォッグはあくまで櫻奈の『相棒』。
 万が一の事態の際は、フォッグは櫻奈と共にあるべきだと、クラウドは考えていた。
 ちなみに、見送りに来ていないフォッグが何をしているのかというと、櫻奈の『眼』を通してこちらの様子を見ながら、クラウドと毎日交代で行っている街の異常探しをしている最中だったりする。
 
「うん、近いうちに改めてね。あと、灰路君……」
「分かってるって。ちゃんと気をつけとくさ、諸々にな」
「……」
「ん? なんか間違ってたか?」
「……ううん、僕の言おうとしてた事、ちゃんと伝わってるよ。ありがと」
「……。そろそろ行くぞ、愚妹」
「ちょっと、姉さん、外では愚弟……」
「いや、お前、愚のところは否定しなくていいのか?」
「うーん、なんかずっと言われてるから慣れちゃって」
「おいおい」
「紫雲さん、いってらっしゃーい。
 フォッグも、行ってらっしゃい、だって」
「気をつけてなー」
「こっちで面倒事が起こんない内に五体満足で帰ってきなさいよね」
「微妙なツンデレだな、真唯子ちゃん……。あ、じゃあまたな。清子と連絡取れたら連絡するように言っとく」
「ありがとう、直谷君」
「みや……」
「お土産はないからね、灰路君」
「とか言いつつ、帰りにここで土産代わりの何かを買うんだろうな、お前」
「うっ」
「……お前ら的にそれは土産なのか?」
「紫雲さんの田舎の駅で買えばいいのに……」
「馬鹿ね、それがないから駅で買うのよ。つまりそれだけド田舎……」
「愚妹。時間おしてるんだが……」

 そんなこんながあって。
 割と時間的余裕があったはずの見送りは、最終的にはなんともグダグダで時間ギリギリな見送りになったのだった。


 








「……高崎君が見送りにいなくて残念か?」

 見送りを背に駅構内に入り、姉弟、いや姉妹並んで切符を買う中、命は呟く。
 切符分ピッタリの小銭を財布から取り出しながら紫雲は答える。

「残念っていうか……用事があるんなら仕方ないよ。
 大体、わざわざみんなで見送りに来てくれただけでも十二分にありがたいのに」
「そうだな。個人的には大袈裟だと思うがね。色々な意味で」

 言葉を交わしながら切符を買い終えた二人は、改札を抜け、田舎行きの電車が停まっているであろうホームへと歩いていく。
 お盆を過ぎた事もあり、ピークが過ぎたからか、人の波は夏休みにしては少なめ……それでもそれなりに多いのだろうが……だと紫雲は思った。
 他の地域の駅もこんなものだろうか、という紫雲の思考を停止させたのは、意図の読めない姉の言葉だった。

「……だが、そう落ち込む事はない」

 どういう事?と紫雲が問い掛ける前に。

「あ、来た来た」

 ホームに踏み入った直後、聞き覚えのある声が耳に届く。
 その声が発せられた方に紫雲が顔を向けると、そこには。

「清子さん……?」

 クラスメートであり友人である高崎清子が缶ジュースを片手に立っていた。
 夏らしい白系統の私服を纏った清子のすぐ側には、旅行用の赤色のカートが置いてあった。

「おはよ、紫雲」
「あ、うん、おはよう。
 えと、確か清子さんも何処かに行くって直谷君が……って、まさか」

 顔を見合わせてニンマリ笑う命と清子を見て、紫雲は察した。

「そういう事。私も同行させてもらう事になったから。……駄目だった、かな」

 最初は楽しげに最後は微妙に不安げな清子に、紫雲は即答する。

「ううん、そんな事はないけど。清子さんのご両親はこの事を?」
「もち知ってる。命さんが直接許可を取ってくれたし、問題は全然ないよ」
「そっか。……姉さん?」

 紫雲は清子への穏やかな表情とは微妙に変化させ、何処か問いただすような表情と声音を零す。
 だが、命はその中にある微妙ながらも分かりやすい感情に気付いていたので、からかうようにあっさりと答えた。

「いや、なに。いつぞやのお前が、いつか高崎君と女の子同士遊びに行こうと約束したと言っていたのを思い出してな。
 折角だし、もしかしたら、よければ、ぐらいで誘ってみたのさ。
 自然以外は取り得のない場所だからどうかと思ったがね」
「いえいえ、私あんまりそういう所行かないんで、楽しみですよ。
 でも、その、改めてでなんですが、本当にご迷惑じゃ……?」
「大丈夫だ。言っただろう? あっちには事情を説明して、快い了解をもらっている。
 変化に乏しい田舎からすれば、お客様が来るだけでもありがたいもんさ」
「紫雲も、本当に迷惑じゃない? その、黙ってたのは悪かったと思ってるんだけど」
「ああ、高崎君は悪くないぞ。ちょっとしたサプライズを私が演出したかったんでね。
 その為に直谷君にも話さないよう口止めしたくらいだからな」
「あ、いえ、私も、紫雲を驚かせたい気持ちがなかったわけじゃないですし。
 だから、その、ホントに迷惑なら帰るけど……」

 先程同様少し不安げな清子に、紫雲は首をふるふると横に振って、否定の意を示した。

「さっきも言ったけど、そんな事はないよ。清子さんさえ良ければ、むしろ大歓迎。
 友達との旅行なんて滅多にない事だから。女の子だけって言うなら初めての事だし」
「よかったぁ……」

 正直、紫雲ならそう言ってくれるという確信犯的な部分はあったが、
 それでも不安はあったし、申し訳なさもあったので、紫雲の言葉と表情に清子は安堵した。
 そんな清子の心情を、明確にではなくてもなんとなく察した紫雲は、
 彼女にしては少しテンション高めに彼女に呼び掛けつつ、既に停車している自分達の電車を指差した。

「よーし、そういう事なら早く乗ろうよ。景色を眺めながら色々話したいしね」
「そうね、うん。あ、でもお弁当とかは?」
「向こうまでは3,40分ってところだから特に必要はないだろう。
 まぁお菓子や飲み物を御所望とあれば私が買って来るから、二人は先に乗っていてくれ」
「うん。姉さん頼むね。じゃあ行こうか」
「おっけ。ところで紫雲、折角の遠出なんだから女物の服着てくれば良かったのにー」
「いや、流石にこの近辺でそういう服着てると女だとバレるかもだし……」
「でもこの間は普通に女の子姿で街中歩いてたじゃない」
「ほら、あれは魔法で髪の毛伸ばしてたから、分かり難いかなぁって……」

 そうして二人は笑い合いながら既に停車していた車両の1つに乗り込んでいった。
 命はそんな二人を何処か眩しそうに眺めていたが、背を向けてその足をホーム内にある売店に向けた。

「ふぅ……」

 その瞬間零した息は、溜息だったのか安堵の息だったのか。
 それは命自身にも分からなかった。 

 








「さて、このまま解散するのはなんだし、皆で遊びに行くか?」

 紫雲達が駅構内に消えてから暫し経った頃、話題の途切れた瞬間に灰路が言った。
 あの後、なんとはなしに見送った場所で会話を続けていた面々だったが、日差しの下での会話はそろそろ限界だった。
 そんな状況での灰路の提案に真っ先に乗ったのは征だった。

「いいな、それ。真唯子はどうする?」
「……別に断わる理由はないわね」
「私も行っていいんですかー?」
「おお、全然いいぞ。何事も華があった方がいいからな」
「華?」

 灰路の言葉のニュアンスが良く分からないのか、首を傾げる櫻奈。
 それに対し、明が苦笑しつつ説明する。

「可愛い子がいた方が賑やかでいいって事だよ。遠慮なく来るといいよ」
「……そ、そうですか。ありがとうございます」

 何度か顔を合わせた事はあったが、会話は殆どしていなかった為、櫻奈は明の人となりを掴みきれていなかった。
 今の会話で櫻奈の中の、少なくとも悪い人じゃない、という印象が、優しい良い人へと変わった。
 そうして互いに笑い合う微笑ましい空気に、征がニヤリと悪そうな笑みを浮かべながら割って入る。 

「よっ、流石元ハーレム王。草薙への心遣いといい、憎いねぇー」
「だぁーかぁーらぁー! 違うってぇのっ!」
「前から思ってたけど、それどういう事だ」

 明、征、清子と明確につるみ出したのは現在のクラスになってからだったので、彼らの会話の中には時々灰路や紫雲の知らない事柄もあった。
 ハーレム王云々もその1つだったので、これを機にとばかりに灰路は尋ねてみた。
 そんな質問に、征はやれやれとばかりに肩を大袈裟に竦めて見せた。

「深い意味はないさ。中学時代コイツが凄くモテてたってだけの話だ」
「直谷のお兄さん、モテモテだったんですか?」
「うむ、モテモテだったんだよ。
 不思議ちゃんや、委員長、ちみっこい後輩、アイドル、幽霊、不良少女などなどその他大勢に。
 二次元愛好家の俺でさえウンザリするぐらいにモテてたなぁ」
「征、その例えは分かり易いような分かり難いような……もう少し良い例えはないわけ?」
「二次元愛好家……んー、漫画とかが好きな人だよね。久遠のお兄さん、そうなんだ」
「……櫻奈、あんまり深い事は考えない方がいいぞ。少なくとも俺は知らない方が幸せだと思う」
「何を言う艮野っ! 不幸だ何てことはないと思うぞ。現に俺は幸せだっ!」
「あーいや、まぁ、それはそれとしてだ」

 このままではまたしても色々とグダグダになりそうな予感を感じて、灰路は話の方向を修正すべく口を開いた。
 
「ともあれ、何処行く? さしあたってメシでも食うか?」
「俺をスルーしたのはともかくとして、カラオケついでに食ったりすればいいんじゃね。
 丁度今夏のアニメの主題歌歌いたい気分なんだ」
「久遠の意図はどうでもいいが。まぁ、そんなところか。
 これが後三日くらい後だったら、アイドルの路上ライブでも見物に行くんだけどなー」
「あー。八重垣菫さんが来るとか言ってましたね。それですよね?」
「それそれ」

 八重垣菫。現在灰路達と同じく高校二年生。この街出身の人気アイドルである。
 容姿、歌唱力、色々なセンス、トーク、ファンサービス、などなどどれをとっても一級品。
 なのだが正直というか、毒があるというか、歯に衣着せぬ言動ゆえなのか、全国区的な人気では二番手、三番手に甘んじている印象のある少女である。
 ただし、その歯に衣着せぬ言動には魅了されている者も多く、その点は灰路も気に入っている部分だったりする。
 そんな八重垣菫が、自分の出身地への特別サービスと称して路上ライブを行う予定なのは、この街の住民であれば知らないものはいない……そう言っても過言ではないだろう、灰路はそう考えていたし、事実そうだった。
 
「艮野のお兄さん、好きなんですか?」
「んー、まぁそこそこに興味あるってくらいだな」
「お、浮気発言か」
「浮気もクソもあるか。歳相応の男子として、アイドル的に興味があるだけだっての。
 そも二次元の嫁が大量にいる久遠に言われたくない」
「何言ってんだ。俺は浮気なんかしてないぞ。全員に本気だっ!」
「……これがマジだから、征は恐ろしいんだよなぁ」
「……ええ、その通りなの」
「本気なら俺が特に言う事もないな。頑張れ頑張れー。
 じゃあ、その辺を適当にぶらついて、良さそうな店探そうぜ」
「なんでもいいけど、あたしメンドイのは嫌よ。あんまり歩き回らないでよね」
「年寄り臭いぞ、その発言は」
「フン、生後一年未満に何をおっしゃるやら」
「あーそう言えばそうっだったねー。
 真唯子ちゃん、見た目は私より年上なのに、なんか不思議……ん?」
「む」
「どうした櫻奈ちゃん、真唯子ちゃん」
「いえ、何かがこっちに近付いてくるような……って、これは」
「あー……帰りましょもう今すぐ帰りましょ。出来ればダッシュで」
「お前、何言ってんだ……って、ああ、そう言う事か」
 
 櫻奈が浮かべた苦笑、リューゲの帰宅催促の理由を、灰路はあっさり理解した。
 そして、半ば確信していたそれは、何処からともなくやって来た、空に浮かぶ珍妙なデザインのガラクタを見る事によって完全な確信に至る。

『ふははははははっ! 平赤羽市の皆様、おはようございますっ!!』

 案の定というか、いつもどおりと言うべきか。
 自作の巨大な浮遊ガラクタの上に立って腕を組み、無駄に偉そうなポーズでやって来たのは、
 自称・紅の狂魔術師こと平赤羽市の中でぶっちぎりで有名な異能者にして代表馬鹿たるシャッフェンその人だった。

「また来たぞ……」
「こんのクソ暑いのに、鬱陶しいな」
「あ、でもこの辺りで停まってくれると日陰が出来てありがたいわ」

 駅前付近にいる人々は皆、呆れ気味というか、引き攣り気味な表情をしつつ、それぞれ反応する。
 それに対し……例によって例の如く集音マイク的なもので声を拾っているらしい……シャッフェンは、一つ一つリアクションを返していく。
 そんな状況を櫻奈達は心情的に頭を抱えつつ見上げていた。

「……ヴァレットさんに連絡した方がいいかな」
「いやいや、流石にコレは気が早いだろ」
「あはは、ですよねー」
「というか、気付いて戻ってくるんじゃないか?」
「うーん、もう出発してるだろうし、この微妙な反応だと気付いてない可能性が高いんじゃないかしら。
 ……ちっ、楽が出来ていいわね」

 オリジナルである紫雲ならば口にしない……というより、そもそも考えないであろう方向性の言葉を口にする真唯子。
 この辺りが、彼女が単なる『草薙紫雲の複製』ではない、あくまで別個の存在である証拠のように灰路には思えた。
 ……と思いつつも、時折妙に似ている所があったりするのが、どうにも不思議であり、むず痒くもありだが。

「うーん、しょうがないか。じゃあ、ちょっと……」

 私が行って来ます、と言い掛けた瞬間、櫻奈が怪訝な表情を見せた。
 その直後。

『ん?』
「え?」
「なに?」
「なんだなんだ」

 何かが、動いていた。近付いていた。現れようとしていた。
 そんな、いつもとは違う状況に、シャッフェンを初め、駅周辺の人間達が声を上げる。

 いつもならば、ここに現れるのは最高三名。
 魔法多少少女ヴァレット、魔法少女オーナ、そしてリューゲ。
 その三人の内誰か数名、もしくは全員が空から現れるのが、ここ数ヶ月の日常だった。
 もっとも、ここ一ヶ月の間リューゲは姿を見せていないのだが。

 しかし、今回やってきた影は四つ。
 その内何人かは空からではなく、地上から姿を見せている。
 明らかに、平赤羽市のいつもとは違っていた。

 そうして。

 人ごみの中から。

 ビルの上から。

 シャッフェンが現れた方とは逆の空から。

 駅の中から。

 それぞれ現れた四つの影が、シャッフェンをいつしか取り囲んでいた……。










 ……続く。






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