世界は、多くの可能性に満ちている。
世界は、多くの可能性の果てに構築される。
今から語られる世界は、積み重ねられた可能性の果てに、
私達が居る世界とは少しズレた場所に作られた、そんな世界。
では、其処はどんな世界なのかと言うと……
ありていに言えば、正義の味方がいて、悪っぽい連中がいて、何でもありな世界。
そんな世界の中で、今回は特定の『人種』が登場する物語を語る事にしよう。
特定の人種……人は彼女達を『魔法少女』と呼ぶ。
第1話 少し歳食ってて、ごめんなさい
人間は、昔の事を長くは覚えていられない。
貰った時は嬉しいお年玉の額や、その使い道、
年々の誕生日プレゼント、
好きだったアニメ、好きだった漫画、例を挙げればキリがない。
形として残っているものが無いと、人間の記憶はあっという間に劣化し下手したら消えていく。
この俺、艮野灰路(こんの・はいじ)もそれは同じ。
いや、偉そうに語ってるけど俺は至極普通の人間だ。
だから基本皆と同じなのも当たり前の事だ。
……っと、話が逸れたな。修正修正。
まぁ話を戻すと、記憶は消えていくし、ボケていくし、それが当たり前の事だってこと。
でも、そんな当たり前の中にも例外はある。
この場合で言えば、劣化する記憶の中でも色褪せない記憶が……思い出がある、という言い方になるかな。
んで、俺にもそういうものがある。
色々と忘れちまってる部分も多いが、
約十年前……小学一年生への入学を控えた6歳の記憶が残ってるってのは中々凄いことじゃねーか?
あ? どんな思い出かって? ぶっちゃけて言うと、女の子だ。
顔そのものはしっかり覚えてないが、凄い可愛かったって印象が残ってる。
男ってイキモノは基本女に弱いくせに女好きだからなぁ。
まぁ、実際に残ってる記憶はそれだけでもない。
その時、とんでもなく印象に残る、世界中を見ても珍しいと言えるだろう出来事があったからだ。
雪が降っていた。雪は雪でもただの雪じゃない。
空から振っていたソレは、色とりどりに薄い光を放っていたのだ。
赤、青、黄、緑、紫、桃、金、銀、黒、白……
おおよそ、考えられる殆どの色が輝きというには薄く光りながら、舞い降りていた。
幻覚じゃないかって?
むー……そう思う奴がいるのなら、ソイツは知らないんだな。珍しい奴もいたもんだ。
残念だが、それは幻覚じゃない。
何でかって言うと、十年前から今現在まで俺が住んでる平赤羽市全体に降り注いだ雪の事は、
当時市にいた人間皆が記憶してるし、映像記録だってしっかりきっちり残ってるからだ。
んで、その雪が巻き起こしているとされる事件の数々も人々の記憶を更新中……って、今はソレは関係ないか。
ともかくだ。
そんなわけだから、今も記憶に残るソレは夢じゃない。
だから、その時出会った女の子の事も、夢じゃない。
その女の子は、俺と同い年ぐらいだった……と思う。
詳しい事は覚えてないが、俺はその子と近所の公園で出会ったんだ。
それで、遊んだ。子供の時ってさ、別に知り合いとか友達じゃなくても、
そこに誰かいたら一緒に遊ぶもんだろ?
少なくとも俺はそうした。
そうして遊んで、雪が降って、積もれば良いねとか、こんな雪が積もったらどうなるんだろう、
なんて言い合って……そんな中で、俺はその女の子にひどい事を言った。
なんで?なんて聞かないでくれ、頼むから。
当時の俺はひどい事だなんて認識して言ったのか覚えてないし、その言葉の内容も同じくなんだ。
もしかしたら他の誰かにとっては大した事じゃなくても、
その子だけを傷つける言葉だったのかもしれんし……って、言い訳だな。反省。
ただ、俺が何か言った後、女の子が泣き出した事が頭に残ってる。
その後の事は何度も言ってるが覚えてない。
でも、またいつか会えたら謝ろうと思ってた。
近所に住んでる子なら、いつか必ず会えると子供の頭で思ってたんだ……。
「……その話を聞くのは、これで何度目だろうね」
よく晴れた朝、高校に向かう道の途中、俺の隣を歩く男が半眼気味の視線を送って呟いた。
コイツは草薙。ガキの頃からの腐れ縁の友達だ。
名前はあるが、野郎の名前なんてイチイチ語るまでもないんで割愛する。
まぁ野郎って言っても通じなさそうな優男だけどな。
奴は眼鏡をクイッと押し上げながら言葉を続ける。
「毎回言ってる事だけど、それが朝も早くから女の子に声を掛ける理由にはならないだろ」
「毎回言ってる事だが、理由にはなってないが原因だからいいだろ」
俺がそう答えると、草薙は深い深い……地獄にまで届きそうな溜息を吐いた。
「女の子を傷つけた記憶から女の子に優しくするようになった……
うん、それはいい。実に男のルールに適ってる。
でもね、それとナンパは違う次元というか、論理の飛躍というか……明らかに違う事だよね?」
「しつこいなぁ、お前も。それはそれ! これはこれ!
あの時の事を反省した俺が女の子を大切にするようになって、
ソレに思春期を経て可愛い子とお付き合いしたい思いが交じり合ったからとて誰が俺を責められるっ?!」
「……主に君の思い出の女の子が」
「ぐはっ!」
呆れ顔の草薙が放った的確な突っ込みに俺は思わず呻き声っぽい叫びを上げた。
「まぁ、その子が許すとしてもだよ」
そんな俺を見て気の毒にでも思ったのか、軽いフォローを入れて草薙は続ける。
「僕も男だから、可愛い子に声を掛けたいってのは分かるつもりだし、
ソレをヤメロなんて言うつもりはないけどさ。
場所と時間を考えるべきだって言ってるんだよ。常識とモラルの問題だよ」
言いながら嘆息する草薙。
小さい頃からテレビのヒーローモノに興奮し続けて、正義の味方に憧れて、
正義を妄信し続けているコイツは今時信じられないほどに堅物で生真面目だ。
後、実家が祈祷師だか退魔師だかの末裔らしいのも大きいだろう。
嘘とか法螺じゃなくてマジなのが質が悪い。
「あのなぁ。お前の好きなヒーロー達はんなこと細々と言わないと思うぞー?」
というか、ナンパの常識とモラルについて語るヒーローなんざ見た事がない。
なのだが、コイツは真正面からその反論を受け取る。……こういう所が生真面目なんだよな、コレは。
案の定、渋い顔した草薙は、うーん、と唸り、首を傾げた。
「む。それはそうかもしれないけどさ。
朝から見知らぬ男に声を掛けられる女の子の事を思えば見過ごせないよ。
他の日はまだしも、今日は特にね」
「………………………………草薙君」
「え?」
「君は今、とても軽率な事を言ったヨ。うん、すっごい軽率な事をネ」
「な、なに?
その妙なイントネーション。」
様子の変化に戸惑う草薙に、
今日という日に、この国の大半の男が抱く思いを代弁しようとした、その時だった。
「……あれ?」
「なんか、いきなり暗くなったな」
唐突に辺りが薄暗くなった事に気付く。
雲かなんかで太陽が遮られた……というには微妙な感じで暗過ぎる。
同様の事を考えたらしい草薙と顔を見合わせ、空を見上げた。
そこらを歩いていた同じ高校の連中や
近所のおばさん、ゴミ回収業者のオジサン、お兄さん、近くで商品入荷作業をしていたコンビニ店員などなど、
ココにいる、というか多分この町の住人達の殆どが同じタイミングで空を見上げ……同じタイミングで声を上げた。
『げ』
唱和した町の人々の声は、明らかに歓迎してない声。
皆の視線の向こうに何の前触れもなく、ソレはそこにいた。
というか浮いてた。
プロペラもなければジェット推進でもないくせに、非常識にプカプカと。
大きさ的には、そうだな……大型トラック二台強ってとこか。
まぁいつもどおりという所だな。
そんな大きさの赤い……毒々しく赤い色のハート型のガラクタ。
それに巨大な鋏型の右手……超有名な特撮シリーズの某宇宙人そのまま……と、
ウネウネ動く触手状のチューブで形成された左手が生えてるとしか言い様がないものが、青い空に浮いていた。
ぶっちゃけ、折角澄み渡った日本晴れが台無しだ。
『あーテステス。
ただいまマイクのテスト中。
うむ、本日はすがすがしいまでに晴天だな』
ところが、そのハート型機械怪物の上に立つ、
町の景観とか朝の爽やかさとか諸々全てを台無しにして、クシャクシャにしてこれ以上ないほど……
例えるなら『お前は舞踏会に出るんじゃないよシンデレラ、おほほほほほっ!』……
って感じで踏みにじってくれた張本人は別段気にして無いというか、むしろ堪能しているのだから質が悪い。
つーかフザケルナヨこの野郎。
『おはよう、諸君。
もうするまでも無いと思うが、
やはり名乗りを上げないと気持ち悪い事この上ないので名乗りを上げよう。
うん、その方がそれっぽいしね?
俺の名前はシャッフェン!
破壊と再生の使徒っ! 紅の狂魔術師・シャッフェンだっ!』
説明したくないが……説明しよう。
奴はシャッフェン。紅の狂魔術師(自称)。
マッドサイエンティストっているよな?
ソレの魔術師版みたいなもんだ。
奴に関する説明はそれ以上でもそれ以下でもなく、それで片がつく、というかつけたい。
あんな奴の事長々と説明したくない。
だが、奴に関してはソレで済んでも他については十分じゃないので、説明を続けよう。
事の起こりは十年前……らしい。
少なくともネットや新聞で偉い学者連中はそう言ってる、と俺と同じ高校に通い、オカルト研究会に所属する我が姉が言ってた。
あの、一度きりの不思議な雪が降ってから、この町では多くの不思議な事が起こるようになった。
文字通り目に見えて分かるほどに。
幽霊ぐらいはご挨拶。
想像上の生物、都市伝説、世界の一部でしか見られない気象……この町の位置的に絶対ありえないオーロラや白夜などが目撃されるようになった。
この『ありえない世界』の研究の為に世界各国から研究者がやってきたり、
不思議な事ラブのオカルトマニアが移り住んできたり、
果ては漫画的な出来事を求めて一部のオタク達までやってくる始末。
それらを利用して町を活性化させようとした市議会や商売人達の動きもあり、
現在俺達が住む平赤羽市は日本どころか世界でも稀に見る、カオスな都市となっていた。
まぁ、それだけでも大したものなのだが、それだけで終わらないから世界は恐ろしい。
何年か前から、ソレは起こり始めた。
超能力。魔法。魔術。そういう類としか言い切れない、不思議な力を持つ人間が現れ始めたのだ。
まぁ、そうは言っても、殆どの奴が大した力を持てず、日常的には何の役にも立たず、最終的にしょげるのが大多数。
だが、極一部に本人の意図のあるなし関係なく被害を生んでしまうような強い力を持った奴もいる。
もう分かると思うが、あのシャッフェンもその一人。
というか、ぶっちゃけ表立って意図的に事件を起こすのはアイツぐらいだ。
魔術だか、魔法だか、錬金だか知らないが、
よく分からない技術で現在科学を凌駕するガラクタを作り、滅茶苦茶な理由で街を荒らしている。
そのアホさと反比例する強大な武装や機械の数々は、警察はおろか自衛隊でも適わないと目されている。
……自衛隊だとそう簡単に街中で物騒な武器を使えないからという理由で介入できないのだろうが。
まぁ、人殺しなんかは主義に反するとか言ってしないし、
傍目から見ても自滅気味だし、阿呆だし、馬鹿だし……
理由を挙げればキリがないが、そんな理由から街の住人的には芸人扱いなのだが。
いや、限りなくはた迷惑極まりない芸人か。
奴に比べれば受けない芸人のギャグの方が人への迷惑度という観点から見ればまだ救いがある。
ちなみに、奴を芸人扱いたらしめている理由は他にもあるのだが、それについてはまた後で。
多分来ると思うし。
『さて、テストも済んだところで本題に入ろう』
奴はマイクのテストとか理由をほざいて、説教するわ、歌を唄うわ(腹が立つ事に結構上手い)、
最近のアニメについて熱く語るわでひとしきりやりたい放題やってからようやく本題らしい話に入った。
『実に今日は爽やかだな。
まさに今日というこの日を世界が祝福しているようだ。
はっはっは……って、ふざけるなよぉぉぉぉっ!』
脈略も流れも無く、天高く拳を掲げ、奴は咆哮した。
その眼にはきらりと涙が光っている(ちなみに俺の視力は2,0以上)。
『バレンタインデー! 今日、この日! 一体幾人もの男達が涙を流したかっ!
ある男は惚れた女に遠回しにチョコを求めただけでキモイと言われっ!
ある男は“今日はもしかしたら”などと根拠の無い期待に満ちた一日を過ごした末に絶望し枕を涙で濡らしっ!
ある男は貰ったと思ったら“これ、○○君に渡してっ”などとお礼に義理チョコも貰えないのに頼まれて……
それが自分の意中の相手でダブルショック……畜生……世界は俺の敵に違いないぜ……』
やたらリアルで生々しい言葉の数々に、空を見上げる男たちの大半が頷いていた。
かくいう俺もほんの少し感情移入……
畜生、俺は都合の良いメッセンジャーじゃねええええええええええっ!
「……灰路君、何も泣かなくても」
「うるさい草薙っ! 何気にモテるお前なんかに俺の気持ちが分かってたまるかぁぁっ!」
ええいっ! 不憫そうな視線を送りやがってこの野郎!!
かつてチョコを渡すのを頼まれた相手には分かるまい、分かるまいよぉっ!
『ぬ。そこの男子高校生もどうやら我が同士のようだな。』
比較的近いからか、あるいは集音装置でも使っているのか、俺を見下ろしながら奴は言った。
『というか、皆もそうかっ?!』
『おおおおおっ!』
奴の呼び掛けに、見物人達の約三分の一が拳を上げる。
あああ……その光景がどんなに痛いと分かっていても、今日ばかりはさしもの俺も同意せざるを得ないぜ……。
『そんなわけでっ! 今日この日バレンタインを!
世界は無理でもこの平赤羽市だけでも破壊の使徒の名の下に破壊させていただこうと思うっ!
具体的な手段としては、この市に存在する全部のチョコを俺に渡せっ!
なんか適当な事に再利用するっ!
コンビニのチョコだろうが、個人のチョコだろうが例外は無しだ。
渡さない人間、特に婦女子にはそりゃあもう……アレな目にあってもらう』
「適当とか、アレって……また不透明だな」
「政治家か、アイツは」
「アレって何よ……」
「まさか如何わしい事じゃないわよね」
「いや、何も考えてないんじゃないのか?」
平赤羽市住民達の大小それぞれ突っ込みが所々から浮かび上がる。
恐るべきはカオスな町の住人達。
状況に慣れたと言うのもあるが、
それでも世間一般から見れば異常なこの状況できっちり突っ込みを入れる辺り流石である。
『シャラップ。
アレと言ったらアレなのだ。ソレが嫌ならば素直に……。』
奴が言い掛けた、その時だった。
『うおっ!?』
シャッフェンの眼前を白い影が一閃し、奴の驚きの声が辺りに響く。
つーかマイクの所為で矢鱈うるさい。
「来たな」
「来たわねー」
「来た来た」
「待ってましたー!」
見物人達(俺含む)の呟きに応えてというわけではないだろうが、ソレは現れた。
疾風。
そうとしか言えない速さで飛行する物体がシャッフェンの乗るガラクタを一二周旋回しながらスピードを落とし、やがて停止する。
そこに現れたのは……白い翼を背中に生やし、自分の身長より幾分小さめの杖を持つ一人の少女。
『く、また現れたか、ロリ少女ッ!』
「うーん、その呼び方はやめてほしいなぁ」
飛行で乱れたと思われる、長いと言うには少しだけ微妙なセミロングの明るい茶髪を整えながら少女は苦笑する。
彼女が着ているのは白を基調にした、ロングスカートのゆったりワンピース。
それには黒と金色のラインで形成された幾何学的な紋様が走っている。
その上に羽織った金色のラインで縁取りされた白いショール……
それを纏めるように胸元に輝くのは緑色に光る宝石のブローチ。
子供にしてはスラリと長い印象を与える足は、白いロングブーツで覆われている。
そして、背中にはまさに天使と言わんばかりの白い翼が時折はためきながらその存在を主張していた。
そして『魔法少女』の名に相応しいデザインの杖……
ステッキをクルクル廻し、ビシッとシャッフェンを指して少女は名乗りを上げた。
「えと、魔法少女オーナ、魔法騒動収める為に隣町からお邪魔させていただきますっ!」
『おおおおおおおっ!』
名乗りに反応するように、辺りにいたり何処からか馳せ参じたりしたオタク達が携帯やデジタルカメラのシャッターを切る切る切り捲る。
少し顔を赤らめつつも少女はそんな地上の様子に再び苦笑を形にした。
そう。
コレがシャッフェンが芸人扱いに収まる理由。
彼女が幾度と無くシャッフェンの馬鹿騒ぎを押さえ込んでいるからこそ、奴は芸人扱いで済んでいるのだ。
魔法少女オーナ。
シャッフェン同様に力を得た存在ながら、奴とは真逆に不思議関連の騒動を収める為に力を使う謎の少女。
オマケに可愛い。
そんなわけで彼女は平赤羽市きっての有名人にして人気者だった。
「何度も見るが、可愛いもんだな」
ちなみに俺の彼女への可愛いは子供的な可愛さであって、決して邪なものは含んでいない。
ないったらない。
「お前もそう思うだろ、草薙……って、おい。」
隣を見ると、腐れ縁の姿はいつの間にやら消え果てていた。
「ったく……」
慌てず騒がず携帯を開き、奴の携帯にコールする。
『もしもし』
「今何処だよ?」
『コンビニ隣の雑居ビルの屋上だよ。
やっぱヒロイン…魔法少女の活躍は間近で見ないとっ!』
教えられた場所を見上げると……確かにいた。魔法少女にしっかり視線と携帯カメラをロックオンしてやがる。
ヒーローフリークの奴としては見逃せないんだろうなぁ……。
俺達がそんな事をやっている間も、魔法少女とマッドマジシャンの対峙は続いていた。
「あの、シャッフェンのおじさん、おとなしく帰ってくれないかな。
そしたら互いに怪我せずに済むわけだし、今なら皆も笑って許してくれるよ?」
オーナは子供らしい純粋さが窺える微笑みを浮かべながら、いつもどおりシャッフェンの説得に掛る。
だがシャッフェンはにべもない。
『……貴様は隣町でだけ活動しとけっ! 俺の邪魔をするな!』
「私だってそうしたいよー。隣町でも色々あるし」
風の流れか、彼女の声質か、上空にいるオーナの声は大声でもないのによく響いていた。
あるいはコレも魔法なのかもな。
「でもシャッフェンのおじさんが平赤羽市全体で事件を起こすんだから放っておけないよ」
理不尽な言葉に対し、正義のヒロインとして非常に模範解答な返事をするオーナ。
『えーいっやかましい!
どうしても邪魔すると言うのなら、
今日こそ徹底的に貴様を倒し、二度と俺の邪魔をしないようにしてくれるっ!』
あ、逆ギレ。……ああいう性格って正論嫌いそうだからなぁ。
「……どうしても、やるの?」
『やらいでかぁっ! つー事で、やってしまえいっ!!』
シャッフェンの叫びと共に、ガラクタの鋏腕がオーナに向かって襲い掛かる。
「……嫌だけど、しょうがないか……!」
その呟きの瞬間、彼女の翼が大きく動き……再び彼女は疾風と化した。
『ぬうっ! ちょこまかと!』
シャッフェンが彼女に連戦連敗している理由はココにある。
基本的に奴が作る機械は大型で鈍重。
ソレに対しオーナは小さく機敏。
彼女の動きを捉えきれない以上、勝利の確率は限りなく少ないだろう……って、姉が言ってたし、ネットに書いてありました。
実際その通りだと思うが。
しかし。
『だが、いつもどおりいくと思うなよ小娘!
触手アーム展開っ!』
奴の声に従い、ハート型ガラクタの左腕が持ち上がる。
次の瞬間、その左腕は上下左右縦横無尽にその触手を展開させた。
「うわわっ!」
蜘蛛の巣のように張り巡らされた触手の結界に、
高速移動していたオーナの動きが目に見えて鈍る。
そこに。
『このチャンス、逃しはしない……!
チョコ回収用ネット改め、オーナ捕獲用ネット、展開!』
なんかヒーローっぽい台詞の後、鋏腕の奥から射出された網がオーナを包み込む。
「ちょ……!」
慌てて急旋回するオーナだったが、張り巡らされた触手のせいで速度もコースもままならない。
結果、彼女はものの見事にネットの中にとっ捕まった。
「う、動けない〜」
『くっくっく、どうだ。
如何に貴様でもそう簡単に身動きが取れまい』
シャッフェンの言葉通り、やたら圧縮されギュウギュウ詰めの網の中、
彼女は少し身動きするのにも難儀な様子だった。
『そのザマだと法力を何かの形で放出して脱出するにもお前自身にダメージが来るぞ〜
クックック、ハッハッハ、バーカ、バーカ。
お前の母ちゃんでーべーそー』
「母さんでべそじゃないもん! うううううう、すっごい腹立つよ〜!」
なんというか傍から聞いてて凄まじく子供じみた罵倒なのだが、
それゆえに凄い精神的ダメージを彼女に与えていた。ありゃ辛いわ。
『さて、邪魔者は封じたわけだし、このままチョコ強奪と行くか。
貴様への仕置きはその後だ』
オーナを捉えたネットを高々とぶら下げながら移動開始するハート型のガラクタ。
「そ、そんな事……!」
『許さないってか。
ぷぷー、そのざまで何が出来る……』
「そんな事は許しませんっ!」
「『……へ?』」
突然響いた凛とした声にオーナとシャッフェンの声が図らずも重なった、次の瞬間。
上空……ガラクタよりも更に上から黒い影が急降下。
間も無く�垢竜案擦鯢舛�ながら落下時と殆ど変わらない凄まじい速度で空高くに浮上した。
『なっ! 貴様!』
シャッフェンが怒りと驚きの声を上げる。
それも当然、捕まえたばかりの敵・オーナをものの見事に掻っ攫い返され、開放されていたからだ。
彼女を捕らえていた網はものの見事にズタボロに切り刻まれている。
「……大丈夫?」
「は、はい……ありがとう、ございます」
その場の面々……事件を引き起こした自称・魔術師や、巻き込まれた人々、見物人達が揃って空を見上げた。
青い空に、浮かび上がる影。
皆が眼を凝らすと、箒というには微妙に違和感のある物体……
箒にしては太い柄の先は紫色の光の枝で形成されている……に人影が立っていた。
白い羽とアメジストのような紫色の宝石が一体になったアクセサリーをつけた紫色のベレー帽。
それを被った彼女は、オーナの無事を確認し微笑みを浮かべている。
彼女の両耳にはロボットについてるようなイヤーガードが装着されており、
そこから伸びた半透明の紫色のバイザー……多分正体を隠す為だろう……が顔の半分ほどを覆っていた。
女性にしては長身の体に纏うは、黒と紫で彩られた袖が殆ど無いロングコート。
その下には、スレンダーながら出る所は出ているボディーラインが見て取れる、暗い紫色のタートルネックと些か短めの黒いスカート。
オーナより短い編み上げっぽいブーツと黒いオーバーニーソックスを履いている足は、
『箒』の上下に互い違いについている取っ手のようなものの一つに引っ掛けられていた。
オーナを抱きかかえる腕は、指先が露出した他は肘まで覆われた黒い手袋に包まれている。
そして、高度ゆえの強い風により、
紫色の長髪と首に巻いた同色のマフラーが印象的にたなびいていた。
『おのれ……この間から名前も名乗らんと邪魔ばっかりしやがって……!
これで三度目……縁があると判断して名を聞こう。
何者だ! Who are you?!』
「そうですね……こうして日中に姿を見せるのは初めてですし、
尋ねられた事もありますし、名乗らせていただきましょう。
情熱の赤と冷静の青。
二つを持ちて、正義をなす為の紫と成る! 魔法少女・ヴァ」
『ちょっと待てぇぇぇッ!』
名乗りの最中、野次馬連中の叫びが上がった。
「へ? な、何か?」
紫色の自称魔法少女は唐突な停止発言に面食らった様子。
そんな彼女に向かって、野次馬の一人……
なんというか、パッと身でオタクなんじゃないかと分かる様な外見……が手をメガホン代わりにして尋ねた。
「アンタ、幾つだー?」
「え?
その……正確な年齢は正体に関わるんで言いたくないんですけど……一応十五歳以上十八歳未満ですが」
正体に関わるならもう少しぼかせよ。
「うぬぬ……どう思う、諸君」
「やはり魔法少女と名乗るからには、十六歳以上オーバーは問題なのでは?」
「やっぱり“少女”ですからねー」
その言葉を聞いて、俺は思い出した。
この街は、そのカオスっぷりゆえになのか、
いつのまにやら日本で二番目に有名なオタク都市となった街なのだという事を。
ダチに一人ディープ過ぎるオタクがいるから逆に印象が薄れがちになってたけどな。
「あー、でも、色々な作品にも十六歳以上の魔法少女っていると思いますけど……」
頬をポリポリ掻きつつ、彼女は言う。
すると即座に反論の声が上がった。
「馬鹿者!
あれは二次元だから許されるのだよ!
現実にいるならば十二歳以下がデフォなのだっ!」
「そ、そういうものですか?」
『そうだっ!』
オタク達とのやり取りを経て、うーむ、と唸った後。
彼女は、ふむ、と頷いて言った。
「……分かりました。
ハイティーンな魔法少女の皆さん、及び関係者の皆さん……ごめんなさい」
申し訳なさそうな声音で呟き、今度はオタク達に向かって声を掛ける。
「えと、個人的には少し皆様の意見は偏っている気がしますが、
郷に入っては郷に従えの言葉通り、私がこの街に合わせます。
皆様への妥協案として『多少』を付ける事をお許し願えますか?」
「ふむ、どうします?」
「まぁ、いいんじゃないか?」
最終的に野次馬達はOKサインをそれぞれの形で空に浮かぶ女性に送る。
ソレを受けて、オタク達に礼儀正しく頭を下げた彼女は、
咳払い一つして改めてシャッフェンに向き直った。
「えー。おほん。
お待たせしました。
それでは、改めて名乗らせていただきます」
『うむ』
律儀に待つなよ。
「情熱の赤と冷静の青。
二つを持ちて、正義をなす為の紫と成る!
魔法多少少女・ヴァレット!
世界平和……もとい、市内平和と正義探求の為に、ただいま参上っ!」
『あー……魔法少女というか、正義のヒーローな名乗りだな』
全く持って同意である。
なんとなく視線を腐れ縁に送ると……あーあ、凄い興奮してるよ、あの顔。
「いいじゃないですかー。
そういうの、好きなんですよ」
シャッフェンの言葉に、ぷー、と頬を膨らませるヴァレット。
うわ、遠目で殆ど声だけしか認識できないが、それでもかなり可愛いぞ。
今度は邪なモノもちーと入るかも……。
『……いいじゃない。好きなんだから』
「……っ」
刹那、頭の中で何かが引っ掛かり、何かの記憶が引っ張り上げられる。
その正体を知る由も無く、今の俺は魔法多少少女ヴァレットを見上げる事しかできなかった……。
これが、俺・艮野灰路と魔法多少少女ヴァレットの『出会い』。
そして、この時から始まる俺の非日常的な日常の始まりだった。
果てさて。
俺らは一体何処に転がり行くのやら。
……続く。